- 『君へ。』 作者:HAL / 未分類 未分類
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原稿用紙約8.4枚
宛先のない 手紙を書きます
空高く走るあの飛行機雲のように まっすぐな君へ
君の夢を見ました。いつか行ったあの海で二人、ギュッと手を握り合い楽しそうに。私のたわいもない話に、君はただ微笑んでくれました。けれど、不意に私の手を離し、走り出す君。次に見たのは真っ暗闇で、そこに君の姿はなくて―――
「行かないで」
自分の声で、目が覚めました。何かを掴もうと宙に伸ばした両腕が、ストンと布団の上に落ち、涙が一筋流れました。
顔を洗うのも忘れて、夢中でアルバムを開きました。わざと戸棚の奥にしまっておいた、空色のアルバム。そこには切ないほどに無邪気な、二人の笑顔がありました。
君に初めて会ったのは、高一の春。太陽みたいなその笑顔に、一瞬にして、私の心は奪われました。
「幸せと辛いって、よく似た字なのにまったく違う意味なんだよね」
何気ない私の一言。机の上に書き出した“幸”と“辛”の文字。君は私のシャーペンを手に取ると、楽しそうに笑って言ったよね。
「ほんの少しの手の入れようで、辛いことも幸せに変わる。なーんてな」
私は君の屈託ない笑顔から目を反らし、机の上に二つ並んだ“幸”を見つめ、「脳天気なやつ」なんて笑ったっけ。けど本当は君の言葉に、結構ジーンときてたんだ。
つまらないことで言い争って、ケンカもいっぱいしたよね。それでも次の日、いつもと変わらないその笑顔に、怒ってたことなんてどうでもよくなっちゃって、心の中で「弱いなぁ」なんて呟いたりした。
些細なことが嬉しくて、些細なことで不安になって。
「焦らなくてもいいんだよ。ゆっくりゆっくり、躓いて転んで、また起きあがってさ。それが俺らの仕事っしょ」
いつでも、欲しい言葉をくれる。そんな君の隣は、とても居心地がよくって、ただ、傍にいたかった。
ずっと。
誰もいない夜の公園で、二人並んでブランコに座った。親の離婚や将来のことで情緒不安定になっていた私を、君は心配して誘い出してくれたんだよね。ただ黙って私の話を聞いてくれる君に、これ以上迷惑かけたくなくて、グッと唇を噛んで涙をこらえた。
君は少しブランコを揺らし、夜空を見上げて。
「満月の日って、涙出やすくなるんだって」
最初は、いきなり何を言い出すんだろう、って思った。けど。
「何かの本で読んだんだ。確か、引力がどうのこうのって」
続ける君に、私もつられて夜空を見上げた。とても大きく、綺麗な満月。きっと一生、忘れない。
「だからっ」
君はブランコから降りると、私の前にしゃがみこんで、言ったんだ。
「我慢すんなって」
ピンと張った糸が、音を立てて切れた。後はもう、あふれ出す涙、どうしようもなくて。声にならない声をあげて、小さな子供のように泣き続ける私。君はぎゅっと手を握って、何も言わず、傍にいてくれたね。そんな君が愛しくって、その優しさが嬉しすぎて、よけいに涙止まらなくなったんだ。
アルバム最後のページには、夢に見たあの景色。風の冷たい十一月の海で、たわいもない話に花を咲かせたよね。散歩で通りがかったおじさんに「いいねぇ」なんて、からかわれながら撮ってもらったこの写真。
君と撮った、最後の写真。
あの時の言葉、覚えてますか?
「ずっと、亜紀の傍にいるから」
君と出会ってから、涙もろくなったのかな。優しく抱かれた腕の中で、気づかれないよう、そっと涙を拭ったんだ。
今、思い出してまた、涙が溢れてきました。こんなとこ君に見られたら、また「一人ぼっちで泣くな」なんて怒られるかな。
「泣きたい時は、隣にいるから」
いつかの言葉、耳元で聞こえた気がしました。そうだよね、私の泣き場所は君の隣。泣きたくなったら呼ぶって、約束した。
けど、今だけは、今日だけは、許して下さい。
今日は隼人の、命日だから。
海へ行ったあの日、いつものように私をマンションまで送ってくれた君。
「また明日」
確かにそう言って別れたよね。その数時間後、一人きりのリビングに、鳴り響いた電話。いつものように、短めのコールで取りました。聞こえてきたのは、おかあさんの、震える声。
「隼人が、事故にあって……今病院で……」
後のことは、よく覚えていません。気がついたのは、病院へ向かう拓人兄の車の中でした。突然電話の向こうから消えた声に、拓人兄が心配して駆けつけてくれた時、私はペタンと床に座り込んで、君の名前を呟き続けていたそうです。
連れて行かれた、真っ暗な部屋。蝋燭の光と白いシーツがやけに眩しくて、まるでドラマのワンシーンのようでした。泣き崩れるおかあさんも、その肩を抱く拓人兄も、立ちつくす私も、動かない君も、本当はみんな出演者で……ドラマだったらよかったのに。
冷たくなった君に触れて初めて、あぁもう目を覚まさないんだなって、2度と抱きしめてもらえないんだなって、ボンヤリとした思考の中で、それだけは分かった。
「なんで……?」
ずっと傍にいるよって、言ってくれたのに。また明日って、笑顔で。
「なんで!?」
目の前の現実、受け入れたくなくて。受け入れることなんてできなくて。目を閉じ、耳を塞いで叫んだ。
それからの私は、一人部屋に閉じこもり、ただ布団の中で丸くなるばかりでした。だって、そうすれば君に会えたから。夢に出てくる君は、いつもの笑顔で話しかけてくれた。やさしく髪を撫でてくれた。それだけが、幸せだったの。
きっと、心が壊れていたんです。
けどそんなある日、いつもの様に夢で会った君は、私に向かってこう言ったんだ。
「自分を縛り付けないで。ちゃんと前、向いて」
初めて見た君の涙は、切ないほどに、綺麗でした。
このままじゃいけない。私がこんなんじゃ、隼人を苦しめるだけだって、そのときやっと分かったの。
次の日、君が可愛いって言ってくれたロングパーマを、肩の上まで切りました。進もう。ちゃんと前向いて、進まなきゃ。
私を突き動かすモノは、結局いつも、君なんです。
あれから一年。もう一年も経ったんだなって驚く反面、少しずつ、君のいない生活にも慣れてきました。大学には行けなかったけど、塾に通って、友達もできて、私は毎日、夢に向かって頑張っています。あ、そうだ。この前のコンクール、私の絵入賞したんだよ。見てくれたかな。
空色のアルバムは、また、戸棚の奥に片づけます。けど隼人との楽しい思い出は、私の心の端っこに、いつまでも消えることはありません。たとえ私に、君と同じくらい愛しい人ができたとしても。
もう「会いたい」なんて言わないけど、最後に一つだけ、お願いがあります。
ねぇ隼人、もし二人、いつか生まれ変わっても、また隼人の恋人にしてください。
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2005/01/29(Sat)23:00:32 公開 / HAL
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■作者からのメッセージ
おひさしぶりです。一年以上前に書いた作品を、ついに書き直しました。もう、「なんで!?」と言いたくなるような表現とか、矛盾がいっぱいで恥ずかしかったです。これでも一応、ちょっとは成長してるんだな。と思ってみたり。
さらに研究して改正したいと思うので、すこしでも思われた事など、教えて頂けるとうれしいです。では。