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『ある日のある人の直感 2』 作者:ありる / 未分類 未分類
全角5961文字
容量11922 bytes
原稿用紙約18.75枚

 今日は土曜。大会も近く、朝練だってしているというのに、今日の部活は休止だった。理由は簡単。公経たちの学校がバレー部の試合に使われるため、弱小卓球部は追い出されたというわけだ。
 それに意義を唱えるでもなく公経たち部員はありがたく休みを受け取った。どうせこれから毎日大会まで常より厳しい練習を行うのだから、一日でも休暇がほしかったところなのだ。朝はゆっくり寝るもんだよな、と公経は昼過ぎまでゆっくりと寝こけていた。
「公経〜。いい加減起きなさい。真冬くんが来たわよー」
 階段下から大声を張り上げる母親の声に、公経はしぶしぶ体を起こした。寝すぎで頭でも痛くなりそうな感じがする。もっと寝ていたい気もしたが、友人が来ているのではそれもできない。ベッド脇の机から手探りでメガネを掴み取り、公経は大きく伸びをした。
「よーっす!きつね」
「はよ。」
 公経がベッドから降りる前に、真冬のほうが先に部屋に上がってきてしまった。ぼさぼさの髪をかき回して公経はベッドに座りなおした。
「何しにきたの」
「別に。暇だから来ただけ」
「そう」
「んでさ、お前”みやすなり”って覚えてっか?」
「…………は?」
 寝起きの微妙に擦れた声で公経は訝しげに真冬を見やった。真冬は公経の正面にあぐらをかいて腰を下ろしている。
 その顔が妙に真剣なような、からかってるような曖昧な表情をしていて、公経は答えに慎重にならざるを得なかった。
「”みやすなり”。ほら、中学のときの同級生。」
「いや、覚えてるけど……」
 覚えてるも何も、昨日電車の中で会ったばかりだ。あのあとすっかり記憶から消し去ってしまっていたが、確かに会った。
「”康成”だろ?それがどーかしたの」
 『みやすなり』は康成の中学時代のあだ名だった。いやにおかしなことを突発的に言ったり起こしたりすることで有名で、いつのまにか『康成』に『御』がついて『みやすなり』と呼ばれるようになっていた。何故に尊敬の意で使われる『御』がつくんだろう、と公経はずっと不思議で、だからというわけではないのだが、唯一そのあだ名を呼ばなかった。ついでに公経は一部で『きつね』というあだ名をつけられ、真冬は今でもずっとそれで呼んでいる。
「いやさー。ここにくる途中会ってさ。なんかやけに嬉しそうにしてて。『今日は楽しいことが起こるよ!!あ、公経にも言っといて!昨日じゃなくて今日だったみたい!』とかなんとか言っててさ〜」
 相変わらず訳わかんねー奴だよな、と真冬は肩を落とした。
「”昨日じゃなくて今日”……?どういうことだ?」
「さぁ?俺に聞くなよ。あいつの思考なんざ理解できるわきゃないじゃん」
「いや、そうだけど……」
 なんか気にかかるな、と思ったところで♪♪♪機械じみた音が部屋に響いた。公経の携帯が何か着信をしたらしかった。
「わり」
 机の上に放り投げていた携帯を手にとり画面を確かめる。公経は眉をしかめた。
「…どーったの、きつね」
「…………………………ん〜……これ、なんだと思う?」
 首を傾げて公経は真冬に携帯の画面を見せつけた。
「あーーーーーーーーーー?」
 目を細めて真冬はじっと小さな画面を見つめた。そこにはこう書かれていた。

“来たれ同士よ!P.M5:00より”差出人は不明。

「………………………………………………………………………なにそれ」
 たっぷり数分間をおいて、真冬は小さく尋ねた。
「なんだろな…」
「新手の悪戯メールじゃねぇのか?」
 頭をかいて奇妙なメールを見つめる公経に、真冬はつまらなそうに言ってテレビのほうへ興味を移した。勝手に点けて、勝手にチャンネルを回し始める。だがすぐに面白そうな番組がないことに気づいて「ゲームしていい?」と訊いてきた。「いーけど」と答えて、公経は再度、訳のわからないメールを見つめた。


 その後公経は変ないたずらメール、と携帯をベッドに放り投げ、着替えをして、ゲームを始めた真冬を一人残して一階へと降りていった。遅い昼食ともいえなくもない朝食を摂り、二人分の飲み物を持って二階の自室へと戻った。
 数時間二人で喋ったりゲームをしたりして、その日は過ぎ去ろうとしていた夕方、また公経の携帯が軽快なメロディーを奏でたのだった。



「またかよ!」
 対戦中の格ゲーを中途にして、公経はベッドに放置したままだった携帯を手に取り、中身を見て大声を上げた。それはまた、昼起きたばかりの時に来たメールと全く同じ内容だったのだ。差出人はまたしても不明。
「変なメールまた来たし………」
 真冬に見せつけながら公経は嫌そうな顔をする。真冬はもっと嫌そうな顔をした。
「ほっとけって。んなもん気にしたってしゃーねぇだろ」
「そうだけどさー〜………あれ?」
「なに」
「ムービーもついてる」
 携帯を操作して公経は添付されていたムービーを開いた。
「あぁ?おい、ウィルスとか入ってんじゃねーの?」
「え!?」
 何の気なしに添付ファイルを開いてしまった公経は、言われたことに慌ててつい、真冬のほうへ携帯を放り投げてしまった。
「あほ!」
 なにやってんだ、と真冬は公経の携帯をナイスにキャッチした。
「投げてどうすんだ!壊れんだろうが!」
「でもウィルスだったらもう壊れてるかも………!」
 オロオロしている公経を余所に真冬は冷静に携帯を見やった。
「ん〜?なんだこれ。」
 数秒見て、真冬は首を傾けた。
「壊れた?」
「いや〜……壊れてはない、みたいだけど………」
 公経はメガネを直しながら真冬に近づき、顔を寄せて携帯を覗き込んだ。
「ん〜?」
 真冬と同じように首を傾げる。
 数センチ四方の小さな液晶画面には、黒ばかりが映っていた。正確には暗闇。それがずっと、僅かな雑音と共にたっぷり3分間流れていた。
「なんだこれー…?」
 公経は真冬から携帯を奪い取って、電灯にかざすようにそれを持ち上げた。幾ら手首を捻って角度を変えてみても、やはりそれは、暗闇しか映さない。
「ん〜…?でもなんか見えんじゃん。微妙〜に…………。」
 そう言うと真冬はできる限り目を細め、じっと食い入るように画面を見つめた。そしてこめかみがピクピクと痙攣し出した頃、「これ4中じゃねぇ…?」と言った。
「は?4中?」
 4中とは、公経たちがかつて通っていた中学校の略称のことである。正式名称は級浜第四中学校という。
 言われてみて初めて、公経はそれが中学校の表玄関を映していることに気が付いた。何であるのか知らないが、級浜第四中学には表玄関にトラの彫刻が飾ってあるので、かろうじて気付くことができた。もしこれがなければ絶対的に気付くことはなかっただろう。このメールを送ってきた犯人はこれを想定してこんなムービーを寄越してきたのだろうかと公経は思った。
「ん〜……5時に4中行けってことかなぁ…?」
 頭をかいて呟くと、真冬もそうだろうと頷いた。
「なに。行く気かぁ?」
 じっと画面を見つめ続ける公経に、真冬は卑しい笑みを浮かべて問いかけた。公経は、俺がこういうの好きなの分かってて言ってるだろ、心の中で毒づいた。
「さぁ〜………」
 なので曖昧に答えておく。手の中の携帯を、時刻を表す数字だけ確認してまたベッドに放り投げた。
 只今の時刻、午後4時半。公経の家からなら余裕で予定されている時間に学校へたどり着く。というか、第四中学の校区はそんなに広くないから、通っていた奴であれば誰でも大体間に合う時刻だ。
「楽しそうではあるけど」
 に、と口元だけで笑ってみせると、真冬は呼応したように似たような笑い方をした。
 そして急に、真冬のその笑い方と、昨日会った康成の笑顔が重なった。同時に、半分眠っていた所為でほとんど聞いていなかったはずの康成の台詞が蘇ってきた。
『こういう時の俺の感はぜってー当たるんだよな!見てろよー!隕石が落ちてくるくらいの変なことが起こるから!!』


「康成ってさ〜」
「あ?」
 中学校へ向かう、通いなれた道。けれど今はまるで使わないから、異様に懐かしさを覚えながら、公経は歩を進めていた。
 隣には真冬。いつも毎朝、二人並んで中学へ通った。
 それは今も変わらないけれど、制服や身長、そこら中の雰囲気といった、数え上げればキリが無いほどの差異がある。割合ひらけた場所にある中学と違って、高校はまるで郊外の隅にあるので、景色が全くといっていいほど違う。同じ市内かと疑いたくなるほどだ。
しかし、こうして歩いてみるのもいいもんだな〜、なんて悦に浸りながら歩いている最中、公経は唐突に浮かび上がった疑問を口にした。
「康成。」
「みやすなりが、何?」
「いやさ。あいつってどこの高校行ったっけ」
「みやすなり、な〜。……………ん〜。高専じゃなかったか?あいつあれで頭良いから」
「そうだっけ…」
 なら何で昨日は同じ電車に乗っていたんだろう、と公経は眉を顰めた。高専は確か、まるで逆方向にあったような気がするのだが。
「なに、急にあいつのことなんか言い出して」
「お前だって今日来たばっかの頃言ってたじゃん」
「あれは会ったからだろー。」
「俺だって会ったっつーの…」
 言いかけた所で、公経は目の前を見知った背中が歩いていることに気付いた。長い髪の間から長い線が伸びているので、イヤホンで何かを聴きながら歩いているようだった。他に同行者はいず、一人で歩いているようだった。
「あれ金成じゃねぇの?」
「え?」
 公経が前方を指差すと、真冬は初めてその人物に気付いたようで、視界に納めた途端、「げ!」と苦い声を出した。だが、真冬の心中とは逆に、その声で、前方の元同級生は公経たちの方を振り返ってしまった。真冬は苦虫でも噛み潰したような顔をして視線をそらした。
「……………公経と、真冬……………?」
 耳にはめたイヤホンを外し、元同級生金成は立ち止まった。公経を見て、あぁ久しぶりだな、といった顔をし、真冬の方を見て、何で俺はこの道を選んで歩いてしまったんだろう、という顔をした。相変わらずすぐ顔に出る奴、と公経は楽しくなった。隣の真冬には悪かったが。
 近寄りたくないのか、真冬も立ち止まってしまったため、一定の距離を置いて3人は対峙することとなった。その内2人は明らかに嬉しくは無い顔をしている。
 板ばさみ状態で公経は言うべき言葉が見つからず喉をつまらせた。
「………帰るぞ、きつね」
 側の道路を何台も車が通りすぎ、下校途中の可愛らしい小・中学生が横を通っていく。その間ずっと、無言で睨み合いをしていた2人だったが、重苦しい沈黙を破って真冬が先に声を発した。見た目にも分かるほど金成が身体を揺らしたのを、公経は見逃さなかった。
「え………いや、あれはどーすんの」
「ほっとけ。悪戯だ悪戯。もし学校行って、既に悪戯がされてたらどーする。俺達の所為になんぞ」
「はぁ?なんだそりゃ。いーじゃん。ここまで来といて今さら帰るぞもねーじゃん。一回見てから帰ろーぜ」
 くるりと踵を返してしまった親友を、公経は慌てて引き止めた。
 もう学校までの距離を半分以上来ている。今さら帰るのでは無駄足ではないか。
 公経はこそこそと真冬の耳元で「あいつは気にすんなって!一緒に行くわけじゃねーんだし、な!」と囁いた。
「それもそーだけど……」
 しかし簡単には応じてくれない。真冬の顔を見れば、かなり機嫌が急降下しており、そしてなおも下がり続けていることが目に見て取れた。
「公経―!そいつなんか帰しちまえよ。お前どこ行く気だったんだ?俺が変わりに連れてってやるぜー?」
 その背中に、傍から聞いていれば明るい声が被さってきた。しかし内情をよく知る公経には、単なる明るい声、とは思えるはずも無かった。
 急速に周りの温度が下がったような感覚に陥り、引きつった顔をした途端、すぐ隣からどうにも苦手な罵声が投げられた。
「あぁ!?てめぇなんざお呼びじゃねぇんだよ!とっととどこへでも行け!地球の裏側まで行っちまえ!!」
 すぐさま相手も応戦する。
「はぁ!?てめぇこそ行ってろよ!邪魔癖くせー。あぁ〜あ。こんな所通るんじゃなかったな!すっげ気分悪ぃ」
「それはこっちの台詞だ!邪魔なのはてめぇなんだよ!そこ退けハゲ!」
「誰が退くか!退いてほしぃんだったらなぁ、頭下げて退いてくださいって言えよ!勿論土下座つきでなぁ!」
「あぁぁぁあ!?」
 …ぁああああああああああ。
 その場で頭を抱えて座り込みたい気分に襲われながらも、この場を沈めるべく公経は脳をフル回転させた。
 ……………だが、犬猿の仲であるこの二人を諌める言葉など思い浮かばず、公経はとりあえず真冬の真ん前に立った。
 嫌な相手が視界から消えた所為か、真冬も金成も、途端に口を閉ざした。背後の金成の様子は分からないが、目の前の真冬はパクパクと数度口を開閉させた後、滅多にしない刃のように鋭い目で公経を睨み付けてきた。この目をする時は、大抵金成が側にいることを公経は知っている。それくらい、この2人は仲が悪いのだ。
「俺が悪かった。帰ろう、真冬」
 とにかく思いついた言葉を口にすると、真冬は怪訝そうに公経を見やった。それに気を配る余裕もないまま今度は金成の方を向き、
「と、いう訳だから。お前もどっか行くんだろ?久しぶりに会えて嬉しかった。またな、金成」
 一方的に言い置くと、真冬の身体を押して来た道を戻ろうとした。
 帰るぞ、って言ったのは真冬なのだから、これで良いだろうと思ったのだ。だがしかし。
「は?学校行くんだろ。なんで帰んのよ」
「へ?」
 真冬は公経の腕を振り払い、何を言ってるんだ、と言わんばかりにそう言った。しかしそれは公経の台詞であって、真冬の言うことには矛盾がないか?と眉間に皺を寄せた。
「だって、さっき帰るって」
 慌てて問うと、真冬はふっ、と息を吐くようにして笑った。
「俺が大人げなかった。もうあいつとは共通点なんざねぇんだし、ここはいっちょ無視して行く、ということで決まりだ」
「はぃ?」
「よーし行くぞ。無視だムシ。関わるだけ疲れるだけだよな、うん」
「………」
 それはありがたいのだが、どうして大声で言うのだろう、と公経は乾いた笑いをした。
 そして案の定、金成も近所迷惑なほどの大声で言う。
「だーれかさんに会っちまった所為で時間くっちまったなー。バカ!に付き合ってやってられるほど俺は暇じゃあないんでね。さーて、行かなくちゃぁ」
 大振りな動作で身体を回転させると、金成は元のように道を進み始めた。横の真冬が、笑っているのに額には青筋が立って見え、公経はあんなメール無視しときゃ良かった、と心底泣きたくなった。
2005/01/28(Fri)18:05:46 公開 / ありる
■この作品の著作権はありるさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
どうもこんにちは。
前回のものに感想寄せてくださった方、ありがとうございます。突発的に思いつきで書いたものだったので、感想をいただけるとは思ってもみませんでした。
急いで続きを書いてみたのですが、何だかまだ終わりそうにないので続きまでをのせてみました。
前回のは短いとのご指摘を受けたので頑張って長くしてみたつもり…なんですけど、どんなもんなんでしょう(汗)
なにはともあれ、読んでくださった方に感謝します。ありがとうございます。
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この作品の投稿者 及び 運営スタッフ用編集口
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