- 『新人賞選考会』 作者:笑子 / 未分類 未分類
-
全角3733.5文字
容量7467 bytes
原稿用紙約12.2枚
「何じゃこれはぁっ!」
大きな叫び声とともに、ビリビリと原稿用紙が破かれる。
他の下読み人達はもはや見向きもせず、黙々と作品を読み続けている。
工藤は息も切れ切れに、破いた原稿をゴミ袋(ゴミ箱はとうに満タンになったので用意してもらった)に突っ込んだ。
工藤は去年、この会社から新人賞でデビューしたばかりのプロの作家である。まだまだ自分は作家として青臭いひよっこである、という自覚とそれゆえ小説に対する燃えるような情熱を買われて今回、下読み人として再びこの新人賞に携わることになったのだ。
工藤は立ち上がったまま他の原稿を手に取る。
タイトル「バトルロワイヤルV」
「勝手に続編作るなぁっ! 新人のクセに盗作してんじゃねぇっ」
原稿はそのままゴミ袋へ直行した。
タイトル「美人家庭教師と禁断の秘密授業」
「自分の作品のジャンルもわからねぇのかっ! ライトノベルだって規定に書いてあっただろーが!」
工藤は原稿を更にゴミ袋に詰め込む。
―――きょうね、おひるね、ままとぱぱとわたしとでおひるごはんをたべたんだよ。―――
「漢字も書けないガキが出版社に日記送るんじゃねぇっ! 親が送らせたんだろ! そうなんだな!?」
ゴミ袋に突っ込んだ。
タイトル「無題」
「考えろよ!」
もちろん捨てた。
タイトル「ハウルの走る城」
「愚か者ぉっ! お前は物書きとしてそれでも恥ずかしくないのかっ! お前は自分で思いつく努力を怠ったんだ! そうやって一生誰かのおこぼれを頂戴して生きていくつもりなのかっ!? そんなこと俺が絶対させな……」
「まぁまぁ工藤君、落ち着いて。新人賞なんてこんなもんだよ」
この新人賞の総責任者である古谷社長が、今にも原稿を襲う獣と化しそうな工藤の肩を叩いた。
「古谷さんっ。でも、俺は悔しいんですっ。こんな奴らがプロになる登竜門である新人賞にどうどうと作品を送ってくるなんてっ」
工藤は涙を流していた。
「きっと他にいい作品があるわよ」
美人秘書の水城が助け舟を出す。
そうだ、きっと少し当たりが悪かっただけなのかもしれない。
工藤は深呼吸して椅子に座った。
すうっ、はぁっ、よし。
気合補充完了。
―――彼女の瞳が切なげに瞬き、僕は彼女の指先に軽く触れてみた後指輪をそっとはめて様子を伺うと彼女は満面の笑みで僕を見つめていて、僕は嬉しくて彼女を強く抱きしめて嵐のようなキスをすると彼女もそれに応えるように僕の首に回した手に力を込めたので僕は―――
「息が続かんわボケっ! 無意味に伸ばすな! 句読点の使い方ぐらい覚えろ! はぁはぁっごほっ……」
古谷社長は工藤に酸素マスクを装着させた。
―――あなたにこの願いを届けられたら
私は空を飛ぶ蝶になる
二枚の羽でもって、あなたのもとに飛んでいくの―――
―――僕は今日も待つ
君を待つ
僕の心の砂時計は
君が去ったあのときからずっと時を止めたままだ―――
「詩は小説じゃねぇっ!」
カッターを取り出した工藤を水城が押さえつける。
「とめるなぁっ。切らせてくれぇっ、こんな原稿ミンチにしてやるぅっ!」
「工藤君、まだ他にも作品あるじゃない、ね? 今度こそいけるわよ」
水城はなんとか工藤からカッターを取り上げることに成功した。
―――「僕に何のようだい?哀れな子羊君」
パルトイデはロメオの髪に指を絡ませ、楽しそうに口元を緩めた。
「!!僕に触るなっ。。。汚らわしい卑怯者めっ!!」
ロメオはその冷たい手を振り払う。
「ふふ。そんな君ですら僕には愛おしい。。。。」―――
「文章作法復習して来いっ!」
原稿が投げ込まれて、ゴミ袋は満杯になった。
―――私は荒野に咲く一輪の花。
「私ってなんでこんなに美しいのかしら☆」
美玖は鏡に向かってため息を漏らす。
「美玖はなんていったって俺の妹だからな(д)」
「《《《(゜д゜)》》》ガクガクブルブル。お兄ちゃん!? いつからそこにいたの?w」
―――
「2chに書き込んどけ! 物書きなら絵文字なんかに頼らず表現してみろ! うがぁっ! 畜生! 皆バラバラにして屋上から撒いてやるぅ! うがぁっ! うおおおお!」
とうとう発狂しだした工藤に、水城はためらわず麻酔銃を撃ち込んだ。
これで一人下読み人が使い物にならなくなった。
見込んだ若さと情熱が仇となったか。もっとも選考途中に発狂する新人などめずらしくはない。
水城の一声ですぐに担架が担ぎこまれ、工藤は近くの病院へ搬送された。
「みんな、期限は明日の朝までなのよ。しっかり頑張ってちょうだい」
選考作業は夜を徹して行われ、翌日の朝には1200の作品から5作品まで絞られた。
「金星人から電波を受信したよ。奥さんと別れたらしい。やっぱり子供を土星人にするか金星人にするかで揉めたのが尾を引いたんだな」
新人の田中は半分寝ていた。
水城は田中に熱いコーヒーを淹れてやった。そのとき彼の机に置かれていた原稿をちらりと見る。
タイトル「金星人の新婚旅行」
突然部屋に電話がかかってきた。時刻はまだ朝の4時である。
水城は眉をひそめて受話器を取った。
「はい、こちら大大出版社新人発掘本部です」
『お前のところの社員、寺島唯子は預かった。俺の要求を呑まなければこいつの命はない』
寺島は水城の部下だ。振り返ってみるが、同じ部屋にいたはずの彼女の姿が見当たらない。
水城はすぐに受話器のサイドについた小さなボタンを押し、隣のPCが電話を受信できるようにする。
「それで? 何がご要望かしら?」
『俺の要求はただ一つ。今回の新人賞応募作品「はっちゃんとブーの秘密探検記」を大賞にしろ』
男の要求は予想通りだった。
「私一人じゃ決められないわ。上の人とも相談しないと……。ちょっと待ってくれる?」
水城はできるだけゆっくりとしゃべる。
『30分後までに決めろ。またかけなおす』
電話は切られた。
「逆探知、成功しました。これが犯人の住所です」
隣でPCをいじっていたプログラマー笹井りん子が水城に画面を見せる。
逆探知機が示した場所と、「はっちゃんとブーの秘密探検記」の作者の住所は一致していた。
「馬鹿な犯人ね。そんなに自分の作品に自信がないのかしら」
水城はふふんと笑うと工藤が入院している病院に電話をかけた。
男は電話の前にじっと座っていた。寺島は縄で体を縛られ、床の上に転がされている。大きな声が出せないように口にタオルを巻かれていた。
「んー、んんんんんっ(離せー、この卑怯者!)」
「何を言っているかわからん」
「んんんんんっんんんんんんーんー(こんなことして新人賞が取れると思ったら、大間違いですよーっだ」
男の眉がぴくりと動く。
「何を言っているか、わからんが今お前、俺を馬鹿にしたな? そうなんだな!? 俺は最高の作家なんだ!」
寺島は慌てて身をよじった。
「許さんっ。貴様ぁ!」
パリン、と窓ガラスにひびが入る。
男は慌てて後ろを振り返った。
ガラスが割れている。
男は窓を開けて外を見渡した。特に不審なものはない。男はほっとして窓を閉めた。
「まったく、びびらせやがっ……」
ドンッと鈍い音が響いて、今度は玄関のドアが吹っ飛んだ。
「うわぁっ!」
「んんーっ(きゃー!)」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
ドアを蹴破って侵入してきたのは、病院にいたはずの工藤だった。まだ寝巻きを着用し、腕には点滴がささっている。下読みによって心に深いダメージを受けた工藤は視線もうつろだった。
ゆらり、と体が揺れ、工藤は前進する。
「わわわっ!」
「んーーー(おばけー!)」
「お前……許さん……」
工藤は点滴台を引きずりながらも男の胸倉を掴む。
「お前は! 小説を何だと思っているんだ! こんなことをして賞を取って、お前の作家ソウルは満足するのか!? こんな汚いことをして賞を取った作品を、お前は愛せるのか!? お前はこの作品とともに墓場に入るくらいの決心を持っているのか!?」
「ひいいっ、どうかお助けをー!」
「お助けだと!?」
工藤は狂ったように笑った。
「いいだろう。文学を汚す害虫め! 俺が人誅を下して黄泉の世界へ連れて行ってやる……あの世で閻魔にでも作家ソウルを鍛えてもらえ!」
工藤は自分の腕に刺さっている針をずぶっと抜いた。
「あ、あ、あああああ!」
「んんーっ」
このように、ちょっとした小さなハプニングはおこったが、新人発掘選考は予定通りに進み、5つの作品が無事に大御所の作家の先生方に届けられ、その後新人賞が確定した。
タイトルは「黒屋敷の怪人オルカ」。誘拐された寺島が下読みした作品だった。
ここに記したことは珍しいことではなく、大手出版社の日常である。作品に命を懸けているのは作家だけではない。出版社の社員だって命懸けなのだ。
だから社員は切に願う。
その作品はお前の誇りとなれるのか?
その作品にお前は全力を尽くしたのか?
その作品がお前の最後の作品になってしまっても、お前は後悔せずにいられるのか? と。
完
-
2005/01/25(Tue)01:21:22 公開 / 笑子
■この作品の著作権は笑子さんにあります。無断転載は禁止です。
-
■作者からのメッセージ
フィクションです笑。下読みの人って大変かもなーと思い、書いてみた作品です。これは…コメディなのか? 激しく反応が不安な笑子でした…(ショート苦手ですんません)。