- 『スカイ・ライフ』 作者:ココハ / 未分類 未分類
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全角3309.5文字
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原稿用紙約10.1枚
1章
ボクは、空の上にいた。
小型のプロペラ機。白い鉄の壁に覆われた空間に、外人のカップルや単独で空を楽しみにきた人々が乗り合わせていた。
ボクの胸は高鳴った。
徐々に高度を上げていく飛行機の上で、ボクは孤独に19年の人生を振り返っていた。…、あんまり、良くなかったかな。
しばらくして飛行機が水平を保ち始めた。といっても、ボクにはほんの少し機体が傾いていたのが元に戻ったように感じられただけだった。
インストラクターの黒人のおっさんが、なにやらしゃべっている。そしてその後ろのドアがいつのまにか開いていた。
多分飛び出す前の最後の説明をしているんだろう。なんにしても、英語のわからないボクには関係のない話だ。
それに、ボクの目的ってのはスカイダイビングだけどスカイダイビングじゃない。周りにいる人たちとは少し違った。
ボクはゆっくりと、背中に背負っていたものを壁におろし、立ち上がる。おっさんは気づいていない。女性客に対するセクハラまがいの説明に必死みたいだ。
そして、ドアの前に空間が空いていた。そこから強風が吹き込んでくる。
ボクは小刻みにゆれる飛行機の中でいきなり走り出した。ドアを目指して。
距離は5メートルぐらいだったけど、もっと長く感じられた。万引きをして逃げるときみたいだった。
ドアのところに立ったとき、一瞬足ががすくんだけど、そんなことで怖気づいてはいられない。ボクは決めたんだから。そのためにわざわざこんな国にきて、こんな飛行機に乗ったんだから。
「じゃあね」
おっさんが気づいて駆け寄ったけど、彼が伸ばした手はボクの服に少し触れただけだった。ボクは目を閉じて飛び降りた。
ものすごい風圧。
空気の塊がボクの全身にぶつかる。
息が苦しい。
それが空気が薄いせいなのか、風のせいなのかわからなかった。
ジェットコースターとか、フリーフォールとか、そういうのが下に落ちるときの感覚。腹の内側がキューンってなる感じ。あれがずっと続いてる。
ゴーグルに守られた目を見開くと、そこにはテレビで見たような果てしない風景が本当に広がっていた。口では表現できないような。
青一色。
ボクの目の高さはどこもみんな白っぽい青一色だった。
遠くのほうには緑の山がある。
上のほうには晴れた空にぽつんと白い雲が浮かんでる。
真下は茶色がかった草原が広がっている。
ずっと向こうのほうには灰色の線が延びている。多分あれは道路だろう。
ああそうか、あの飛行機に乗ってた人たちは、これが見たくて来てたんだな、と今更ながらに気づいた。
良くテレビで見かけるスカイダイビングのポーズみたいなのをやってみる。手を広げ、足を伸ばして。そうすると、自然に手足が後ろに引っ張られる。ボクの華奢な手足なんてもげちゃうんじゃないかってくらい。
楽しいな、スカイダイビング。もうこれっきりだけど…。
ボクの背中には、背負われているはずのパラシュートがなかった。
「君は、近いうちに死ぬことになると思う」
ベッドで寝ていたボクのところに、めがねの先生が一人でやってきて言った。
ボクは驚かなかったし、聞き返しもしなかった。これがインフォームドコンセントか、なんてむしろ感心していた。
「驚かないのかい?」
意外そうな顔で先生はボクを見た。ボクはうなずいた。
道端で倒れて、起きたら病院で、変な隔離された部屋で、妙にキツイ薬を打たれたら、いくら頭の悪いボクでも気づくよそりゃ。
痛くて痛くて、ほとんど毎日苦しくて、こんなのが続くんなら死んだほうがましだって何度も考えてた。
「うん…」
医者は一呼吸置いて、話し始めた。
「私が君に伝えなきゃいけないのは、君の残された命のこと。半年になるのか一年になるのか、はっきりしたところはまだわからないけど、その時間っていうのはほとんどが病院に拘束された時間なんだ」
普通言いにくいことをスパスパ言ってくれるから、ボクはこの人のこと、嫌いじゃない。
「君が自由に使える時間は、一日か二日か、とにかくすごく短い。だからこそ、その時間を君と君の大切な人のために使ってほしい」
先生はこのことをボクの親に伝えるべきか聞いた。ボクは首を横に振った。
先生が病室を去ったあと、ボクは一人で考えていた。
大切な人の為、ボクはその言葉が気になっていた。今のボクにそんな人はいない。
いや、浮かばなかったわけじゃないんだ。すぐに浮かんで、ボクが驚いたぐらいだった。でもそれは、2つ浮かんだけど、それはどっちも大切な人っていうのとはちょっと違った。
1つは、ルナちゃん。大切だけど、人じゃない。ルナちゃん、猫だもんね。大切だけど、猫だもんね。
もう1つは…、由衣。
ボクにとっては、今もずっと一番大切な人。誰よりも、何よりも大切な人。
でも、ボクが最期の時を由衣と過ごすってのは絶対に絶対に、ありえない。
それは何もかも全部、ボクが悪い。二人が別の道を歩き出したのも悪いことなんかじゃなかったんだ。由衣はボクなんかと一緒にいちゃいけない女の子だったんだ。
医者の先生の話があって、由衣のことを思い出してから、ボクは由衣のことが頭から離れなくなっていた。そしてつくづく落ち込んだ。どうしようもないくらいに落ち込んだ。
それからのことは、うっすらとしか覚えていない。かつてのバンドのメンバーで、今は海外で活動している貴に頼んで、スカイダイビングのことを手配してもらったのは覚えてるけど、どうやって病院を抜け出して、どうやってこの国に来て、どうやってさっきの飛行機に乗り込んだのか、ぜんぜんわからない。そんなことはどうでもいいことだから。
空の上。ボクは下に向かって落ちてる。
そのことだけで、もう十分じゃないか?
ボクはもう十分生きたし、十分環境を破壊して、十分人の気持ちを傷つけた。
ルナちゃんのトイレの片づけだって忘れたし、近所の叔父さんの家の窓も割った。
もう満足するべきじゃないか?
そんなことを考えていて、ふと思った。
地面に着くまでってこんなに長いんだっけ?
もう10分も20分経っている気がするし、落ちるスピードだって上がってる気がする。それなのに地面がぜんぜん近づいてこない。
等加速度運動?だったっけ?確かそんな感じだったよな、落下って。
…、ああでも、よくテストとかで「空気抵抗はないものとする」って書いてあったな。それにしたって、空気抵抗なんて大したことないだろ?まさかそのせいで、5分が1時間になるってことはないだろ。
ボクは今の高さから後どのくらいで地面に着くのか考えていたが、やめた。わかるわけがないし、タイムリミットを自分で作るみたいなのってなんか嫌いだ。
きっと、死を目前にしてボクの脳味噌がフル回転してるんだろう。
それがボクの残り時間を延ばしているんだ。
生の本能ってのは厄介なもんだ、と心から思った。
じゃああれも見えるのかな?走馬灯とかいう奴。もしくは川の向こうでおばあちゃんが手を振るのかな?見たこともない、ボクが生まれる前に死んだおばあちゃんの顔見ても、絶対なんとも思わないと思う。
下らないことを考えて一人で笑っていると、すぐに空しくなった。
さっきから、飛び出したときの興奮が冷めてしまって病気の鈍痛がまた僕の全身を襲っていた。
そうだ。ボクが自分で死のうと思ったのは、病気に食われるのがいやだったから。
死に場所に空をを選んだのは、首吊りとかガスとか、そんなんじゃあまりにも空しかったから。羽根を切られた鳥のまま死にたくなかった。
でも、ボクは結局空の上でも空しさを感じ、病魔に苦しめられ、落ちるだけだった。重力に抗う羽根など元から持ち合わせていなかった。
「由衣」
ボクは声に出した。しかしボク自身にぶつかる空気の塊のせいで、ボクにすらその声は届かなかった。
「由衣」
でも、そう呼ぶと安心した。そこに由衣がいてくれるような気がした。痛みが消えていくような気がした。
ボクはすがりたかった。他の誰よりも、かつて僕を愛してくれていた由衣に。
そしてボクは手を伸ばす。
そうすれば、ボクの手を由衣が救い上げてくれるような気がして。
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2005/01/24(Mon)16:05:44 公開 / ココハ
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■作者からのメッセージ
なんか、よくわかんないうちに消されちゃいました。でも、どうせ前回書いてたのって中途半端でよくわかんなかったと思うので、これをいい機会にちゃんと書こうと思いました。ああー、1章書いててつまんねーw
全5章を予定しています。
それでは酷評ご指摘をお願いします。