- 『放課後の知恵 (読みきり)』 作者:Rikoris / 未分類 未分類
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全角3040文字
容量6080 bytes
原稿用紙約10.35枚
金曜日。
週末への放課後に、私は一人呟く。
「終わったぁ……」
いろんな意味での、いろんなものの終わりに。
終礼直後。
教室内はざわついていた。
机や椅子たちが、前へと押し寄せる。掃除のために移動させられているのだ。生徒達は室内にたむろったり、さっさと廊下へ出て行ったりと様々。
さて、私も行動に移るとするか。
今週、私は特別教室の掃除だ。週最後の掃除、気は進まないがやり遂げるとしよう。
最前列の一番廊下側の現私の席。冬はすぐ右のドアから寒風が入り込んできて寒いが、出入りは便利だ。その椅子を持ち上げ、机に乗せておく。教室掃除さんのために。私が出来る、クラスへのささやかな恩返しだ。
廊下に出、夕日に照らされる教室を横目で見つつ通り過ぎる。
もう、数ヵ月後にはこのクラスともお別れか。一年近くいると、愛着がわいてくるものなのだろうか。郷愁とまでは行かないが、妙な感覚に囚われた。
廊下突き当りの階段を下ると、特別教室――視聴覚室へたどり着いた。
六時間目も使ったのだろう。鍵がかかっていることさえあった教室のドアが、半開きになっていた。
室内は閑散としている。終礼が終わって直ぐ来たからか、まだ私以外誰も来ていなかった。
一旦教室を出る。廊下の角にある掃除道具入れを開き、ほうきを取り出した。引き返すと一人、掃除を開始する。
使われていない時は全くと言って良いほどゴミがないのに、今日はやけに消しゴムのかすがあった。
理由は至って簡単で明確。今日この教室を使ったのが私の学年だったからだ。総合の時間、ビデオを見させられて、感想を書けと言われた。
ビデオのことを思い出して、覚えず視界が歪んだ。
ダウン症の子供の、ビデオだった。染色体の異常、突然変異で起きる病気。ビデオではそう、言っていた。生まれたばかりの頃に余命一年と宣告されて、それでも懸命に生きた、男の子のドキュメンタリーだった。
それを想うと、普通の家庭に生まれて標準的な生活をしている自分は、平凡であっても恵まれているのだなと思われる。悩みはあっても、生きているだけで十分幸せなのだと、その小さな男の子に教えられた気がした。
入り口の開く音と足音に、瞳にたまっているものを押し込める。振り向くと、同じ掃除班のクラスメイト達がいた。手に手に、ほうきや雑巾を持って。
ほうきや雑巾が、忙しなく動き出し始める。私を急かすかのように。
自然に止まっていた手を、動かし始めた。
掃除が終わると、階段を駆け上って、教室へと向かった。そろそろ彼女達がいるだろう、と思って。
案の定、教室内の温かいラジエーター前に、彼女達はいた。
他のクラスの友人、陽(はる)と優(ゆう)だ。彼女達は宗教研究会、というのに入っていて、今日はそのお泊り会があるのだという。集合時間――下校時刻まで暇と言う彼女達に付き合って、私は、どうせ掃除で残るし、と三日前から今日下校鈴まで残ることを決めていた。
「あ、お疲れ様!」
前の戸から入ってきた私を目で捉えて、ラジエーターの上に腰掛けている陽が声を掛けてきた。ラジエーター前の机に何かを置いて作業していた優も、私の方を向いた。
「何、やってるの?」
近付いて、優に尋ねる。優は白い小顔に微笑を湛えて、答えた。
「知恵の板」
知恵の輪ならぬ、知恵の板? 聞いた事のないものだった。
机の上を見ると、黄色い小さな板切れがいくつか踊っていた。小さな三角の板、長方形の先に三角をつけたようなの、その小さい版などだ。優はそれらをくっつけてははずし、はずしてはくっつけてを繰り返している。
「板を組み合わせて、形を作るんだよ。ほら、こういうの」
問う前に、陽が今まで見ていたらしい説明書を見せてくれた。カクカクした若武者とか、女学生とか、孔雀とかがいた。片仮名やローマ字などの文字まである。なかなか難しそうだ。
「――あぁ、出来ないっ。別のにしようかな」
何か作る物を決めてやっていたらしい。優は言うと、説明書を覗き込んできた。
「あっ、いいよ」
言って、説明書を優に手渡す。
「ありがとう」
優は言うや否やページをめくり、これは難しそう、これは出来なさそう、と呟き出す。
「やっぱりさ、優って真面目だよね。絶対、この前の実力も一位なんだろなぁ」
ラジエーターの上から、陽が囁いて来た。確かに、優は真面目だ。さっきの説明書の図も、やったものには木賃とバツ印が付いていたし。
実力、という一言に、私の頭が沈む。この前の、実力テストのことだ。今週、全教科が帰って来た。
終わった、と呟いてしまったのは、一日のよりもそのせいが大きい。だって、過去最低点を取ってしまったのだから。笑って済ませられる問題なはずもなく。危惧が、私の心に巣食った。
「……だね。私は最下位かも、今回やばかったからなぁ」
ため息が一つ漏れる。終わったな、という心の呟きと共に。
「まぁ、気にしない。次があるんだから。うじうじ悩んだって、始まらないでしょ」
それも、そうだ。
「言っちゃ悪いけど、今日のビデオの子のより、ずっと人生長いし? 楽観的、って言っちゃったらそれまでだけどさ」
織田信長的に言えば、私には楽に二倍以上人生がある。
もう済んでしまったことよりも、先のことを考えなよ。
そういうことだね、陽。
「あーっ、これも出来ないよぉ」
優の嘆きに、私も陽も彼女の方を向いた。優は、説明書と睨めっこをしている。
「じゃ、三人でやろっか。三人寄れば文殊の知恵、って言うじゃない」
うんちく好きの陽が、得意げに発案する。そして、早速説明書を睨み、黄色い板をくっつけ始めた。
暗黙の了解。
私も負けじと参戦した。
予鈴が、鳴り響く。最終下校時刻五分前だ。
「出来たっ!」
規則的なベルの音の中に、優の歓声が飛んだ。
机の上に、黄色い図形が出来ていた。終了の了の、頭と棒が離れたような形だ。
「ね、知恵を合わせると効率良いでしょ」
陽が得意げに、色の濃い顔に笑みを浮かべた。
「うん。それにしても、この図形何?」
問うと、知らないでやってたの、と陽は言ってきた。
「あ、だよ。片仮名のア」
優は快く、そう答えてくれた。なるほど、と妙に納得した。
「じゃ、もういこっか?」
陽の催促に、優は作った図形を黄色い板に戻して、箱に戻して行く。
優の手によって、離されていく板と板。
それを眺めていると、それが人生のような気がしてきた。知恵を絞ってくっつけられては、崩される。人生はこの知恵の板と同じような物だと感じた。
人生は、始まっては終わる。成功しては、どん底に落ちる。その繰り返し。
そんなものなのだ。だから、陽の言っていたように、いちいち気にしていたら始まらないのだろう。
そう思うと何か吹っ切れて、気持ちが軽くなった。くよくよ悩んでいたって駄目だ、先のことを考えなきゃ。大切なのは、未来だ。
それが、今日手に入れた知恵、だった。
「さ、行こう」
優が知恵の板を鞄にしまい終えて、言った。私と陽も鞄を担ぐ。
廊下に出、階段へ向かう。泊まる優と陽は階上集合で、帰宅する私が向かうは靴箱。
「じゃーね」
彼女達は言って、手を振ってくる。
「また、月曜日に」
私は言って、手を振り返す。
階上へ彼女達が駆けて行くのを見送って、私は階下へと駆けた。
飛ぶような、足取りで。
【了】
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■作者からのメッセージ
ご無沙汰しております。
学校が始まり、読書感想文やら実力テストやら論文要旨まとめやら色々ありまして……。二週間ほど来られませんでした(汗 長編の方が埋もれてしまってますし(雪崩汗
短編2作目です。ちょっとだけ実話を基にして作りました。(微妙にエッセイな感じです)
感想、アドバイスなどいただけるとうれしいですm(._.)m