- 『子犬のララバイ(前編)』 作者:笑子 / 未分類 未分類
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全角9343.5文字
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原稿用紙約30.1枚
1.まだ何も起こってはいない
日が沈み、オレンジ色の夕焼けが教室に忍び込む。物音ひとつしない教室は昼間と違い何ともいえないムードを醸し出している。
オペラグラスを覗き込んだまま、バリッ、と美伊(みい)は煎餅をほお張る。人気のない教室に、さみしくなるほどバリボリと噛み砕く音が響いた。
「美伊、私にも一枚ちょうだい」
隣に座りこんでいる唯子(ゆいこ)が袋に手を伸ばす。
「いいけど、じゃあお茶買ってきてよ。何だか水分欲しくなってきた」
そう言って美伊は、黒目を上に寄せて舌を出す。【ミイラ】を表現したつもりらしかった。
「えー、今いいところだから駄目」
唯子は煎餅をほお張ると、再びかじりつく様に窓ガラスにオペラグラスを押し付ける。
二人がオペラグラスで覗き込んでいるのは、向かい側に立てられた校舎の一教室だ。
教室内には、夕焼け色に染まった男女二人が、互いを見つめたまま佇んでいる。
男の手が、彼女の腕に触れ、ゆっくりと二人の顔が接近する。
「いけ! チューしろー!」
興奮した唯子が大声を上げる。
「うるさいな! 駄目よ真知子! そんなことしちゃ!」
そんなことを言いつつも、美伊は自分も唯子の展開を期待していることはわかっていた。
二人の予想通り、男女の唇がゆっくりと触れる。
「ハフーン」
「唯子、隣で発情すんな」
唯子はもはやオペラグラスを床に置き、両手を合わせて唇を突き出していた。
「教室で禁断の愛。素敵だわー、私もチューしたーい」
「あんたが禁断の愛が素敵だと思ってるのかチューが素敵だと思ってるのか気になるね」
「両方」
カシャッ、とシャッターを切る音が鳴る。
美伊はすぐにカメラから現像されて出てきた写真を厳しい表情で確認する。
「嫌味なほどばっちり取れたよ。あー、なんか腹立ってきた。2年2組日高真知子(ひだかまちこ)浮気決定、証拠写真ゲット」
「仕事終了だねー。五千円ゲット! 帰りはパーッとスタバにでも行こうぜぃ」
唯子はぴょん、と飛び跳ねる。ショートカットの茶色に染められた髪がさらっと揺れた。
「おk。電話する」
美伊は笑顔で頷いて、携帯のボタンを押した。
二人に覗きの趣味はない。もし二人が喜んでいるように見えたとすれば、それは高校生という多感なお年頃ゆえにだろう。仕事でなければ、こんな同じ学校の生徒を放課後まで付け回して素行調査などという真似、二人は絶対しない。
仕事、と言ってもこれは部活動の一環だった。二人は【聡美探偵部】の部員なのだ。表向きには推理小説の研究、また推理小説製作を活動内容としているが、その実はこういった学校内の生徒から頼まれる浮気調査や恋のキューピット役、雑用がほとんどである。
また、雑用内容はかなり幅広い。宿題、掃除の身代わりや時にはマネージャーのいない寂しい運動部の洗濯まで請け負うこともある。それもこれもこうでもしなければまったく収入の見込みがない【聡美探偵部】の持続のためだった。
しかし、そんな二人の努力もそろそろ限界に来ている。
「先輩達もさぁ、受験で忙しいのかもしれないけどちょっとくらい手伝ってくれたってよくない? 私たちが活動止めたら聡美探偵部終わりだよ?」
スタバでホイップクリームの乗ったカプチーノに唇を寄せ、唯子は不満を漏らした。
「先輩たちが勉強してるとは思えないけどね。草(そう)ちゃ……佐良島(さらしま)先輩とか昨日夜まで遊んでたらしいし」
「草ちゃんでいいって。あんたらの仲はよーく、わかってるから」
唯子がにやりと笑って突っ込む。
「やめてよ。そんなんじゃないから」
美伊は無表情で言い返した。唯子のこの種のからかいにはもう慣れている。
実際、二人の関係は同じマンションの隣の部屋に住む(偶然ではない)幼馴染という関係でしかない。
一時、草(そう)に対し淡い恋心が芽生えたこともあることは認めるが、多感なお年頃を唯子に負けず地で生きている美伊にとって、それは長続きしなかった。
ようするに、いろいろ目移りしているのである。
「ねぇ、真知子のことなんだけどさ」
唯子が急に話題を変える。
「うん」
「あれは、他にも男がいると私は思うんだよね」
「かもね」
日高真知子は高校一年の通称【マドンナ】である。栗色の髪に大きな二重の目が実にチャーミングな女の子である。当然男子生徒からの人気も熱い。しかし、誰にでも気がある素振りをするためか、女子生徒からの評判は散々だった。入学当初から、なぜかこの真知子ノ美伊は好かれていた。先輩後輩の関係に限定すれば、礼儀正しくてかわいい後輩だと美伊は思っている。
「美伊、真知子からその手のこと聞いてないの?」
「全然。公になってる小林多喜二(たきじ)との話ならよく聞くけど……」
小林多喜二は今回の【真知子の浮気調査】の依頼人でもある。唯子はこの依頼を五千円で受けた。
「多喜二君もいい男なのよね。失恋でかわいそうだから私が慰めてあげようかしら」
唯子がうっとりした顔で囁く。
「えー、やめときなよ。浮気調査されるよ」
美伊のジョークに、唯子は腹を抱えて大爆笑した。
☆
午後7時、美伊は自宅のマンションのエレベーターを待っていた。
毎日のことながら帰りたくない、と思う。かと言って夜遅くまで出歩くのも時間と金の浪費だし、特に後者は切実で長続きしなかった。美伊の月の小遣いは3000円で私立のためバイトは禁止されている。よって月の収入は3000円+(探偵部のへそくり)しかないのだ。
6階でランプがしばらく止まった後、エレベーターがゆっくりと降りてくる。
一階につくと、チーン、と鳴ってドアが開いた。
「あ、草ちゃん」
「今帰り? お帰り」
エレベーターで降りてきたのは6階に住む佐良島草(さらしま そう)だった。
「帰るのはもうちょっと待ったほうがいいよ」
草が厳しい顔をして忠告する。
「今激しいバトルの真っ最中」
「マジ? がーん」
もちろん、激しいバトルを行っているのは美伊の両親である。個性ある人間が衝突することがあるのは当然だが、美伊の両親はそれがあまりにも頻繁だった。二人がなぜ結婚できたのか、美伊は今でも謎に思う。
「夕飯食べた?」
「まだ……」
そう言って美伊は腹を押さえる。張り込み中煎餅を食べたものの、美伊はひどく腹を空かせていた。
「ジョナサンでいいなら奢るよ。ちょうど夕飯食べに行こうと思ってたところだし」
草はそう言ってポケットから車のキーを取り出して見せる。
「行きます行きます。もう、腹へって死にそう」
ありがたい申し出に、美伊は心から感謝するとともに、今日彼が部活をサボったことを許してあげようと思った。
草の車は新車の黒いセダンである。草の父親は成功した実業家でかなりの金持ちだった。草本人はそのことをあまり知られたがらないが、18歳になってすぐ免許取得とともに自分の車を購入した。ちなみに、このマンションには草一人で住んでいる。ここから数駅離れたところにある広大な彼の実家に、美伊は幼いころ何回か遊びに行ったことがあった。
草がオートで車のドアを開ける。美伊が草の車に乗るのはまだ3回目だった。
「まったく、ウチのお父さんとお母さんもさ、草ちゃんのお父さんが私の両親が草ちゃんの面倒を見る、ていうのを条件に草ちゃんの一人暮らしを許したのに、全然見てないよね」
助手席に深く体を沈めて、美伊は呆れたように言う。柔らかいカバーのついた背もたれが気持ちよかった。
「だって、それどころじゃないでしょ、あの二人」
草が思い出したように小さく笑う。
「今日はそんなに激しかったの?」
美伊の表情がわずかに曇る。派手にケンカして怪我をしないか心配になった。
「わかんないけど、何かが割れるような音はしてたよ。食器かな」
淡々とまるで「今夜のおかずは〜」のような口調で草は言う。ぴくりと美伊の眉が動く。これだ、と思った。この淡々さは決して慣れからきているわけではない。時折みせるこの冷たさが美伊を一歩引かせる。優しい男には違いないが、きっと本当は冷たい人なんだろう、と思わせる。それは小さいころから一緒に時間を過ごしてきた美伊だからこそわかることなのかもしれない。
静かなエンジン音がかかる。美伊はこの車に限り、このエンジン音が好きだった。草の車だから、という欲目も多少はあるだろうが、そんなことはどうでもいいことだと思った。
「なーにが、どうでもいいだ。ちぇー」
「は?」
草が不思議そうに眉をひそめる。
「あら、私ったらうっかり声に出しちゃった? 気にしないでー」
草が自分を見ているのがわかると、美伊はわざと大げさに肩をすくめて、小さく舌を出した。
2.事件は起こった。最初の犠牲者
男の部屋には何枚もの写真が散らばっていた。それらは全て同じ女性のものである。
「ハァハァ……ハァハァ……真知子ちゃん……」
男は何度も指の腹でその写真を撫でた。
ピーンポーン、とインターホンがなる。男の全身がびくっと震えた。慌てて写真をかきあつめ、こたつの中に押し込む。バタバタと足音を立てて、ドアを開けた。
ドアの外で待っていた女性が、にっこりと微笑む。
「こんにちわー。お姉ちゃんから差し入れでーす。っていっても、たこ焼きとお好み焼きなんだけどぉー」
そう言って彼女は部屋の中を覗き込む。
「あ、ありがとう……」
男はぎこちなく答えた。
「ちょっとお邪魔してもイイ?」
そう言って上目遣いで男を覗き込む。男は予想外のことにひどく慌てた。
「だ、だ、だ、駄目だよ真知子ちゃん! その、あの、部屋散らかってるし!」
「えー、掃除してあげるよー? あ、もしかしてエロ本とか?」
エロ本のほうが何倍もマシだった。
真知子は勝手に部屋にあがりこむ。
「だ、駄目だったら!」
「お邪魔しまーす。うわぁ、本当に汚い部屋ー」
真知子は差し入れ品をコタツの上におくと、散乱しているフィギュアや雑誌を片付け始めた。
「いいって、いいって!」
男が慌てて真知子の腕を掴む。だが、真知子が「きゃん」と言って啼いたので、思わず離してしまう。
「お茶淹れてくださいよ。私これ片付けますから……」
男は仕方なくキッチンに向かう。
真知子はてきぱきと散らかっていたものを片付けていく。
「ちょっと、お手洗いかりますね」
その言葉に、男は心の中でガッツポーズを取った。
トイレのドアが閉まった途端、男はコタツに猛ダッシュする。
コタツの中に隠した何十枚もの生温かい写真を必死にかき集めた。
ど、どうしよう。ダンボールにでもつめておくか……・
ガチャリ、とドアが開けられる。
「トイレットペーパーないよぅ。まったく、どこー?」
男は6畳1間のアパートで、はっと顔をあげた。その視線が真知子とがっちりとぶつかる。
「ん? それ誰の写真?」
真知子はあんぐりと口を空けている男の両手から、禁断の写真を一枚抜き取る。
「……これって……」
「う、うわあああああああああ!」
男の絶叫が、アパート中に響き渡った。
☆
翌日の朝、佐良島草と大月国文(おおつき こくぶん)は3階の資料室謙部室に立ち寄るため、早めに学校に来ていた。大月国文は草と同じクラスで、聡美探偵部の創設者であり、部長でもある。
職員室で部室の鍵を借りた後、国文は廊下で大きく息を吐いた。
「馬鹿な話だよな。金が絡んでなければ俺はやるつもりはなかった」
「金が絡んでても俺ならやらないけど」
草が不機嫌に答える。
「いーや、お前はやるね、絶対やる。だってお前暇人じゃないか」
「俺、受験生だよ」
「お前に勉強なんて必要ないだろ」
草は無言でセリフを流した。
二人は鍵を開けて、部室に入る。部屋は二人の知らない間にかなり埃っぽくなっていた。「うわぁ。あの二人、全然掃除してねぇじゃん! 先輩が見ないと思って!」
部屋の惨状を見て、草は笑った。美伊は無類の綺麗好きである。わけもなく大事な部室を彼女がここまで放っておくわけがなかった。もちろん大事な部室、とは彼女にとって、であるが。
「きっとまったく部に来ない部長に対して、後輩部員が行ったささやかな反抗なんじゃないかな」
草はまだ笑っていた。
「何で俺だけ? 草も共犯だろ」
「俺、先週行った。ここには来なかったけど」
「暇人」
「いや、冗談じゃなくて、部活にはたまにでも出たほうがいいよ。美伊が掃除をしないのは最終警告だから」
突然国文は振り返って、じっと草の顔を見つめた。
「何?」
草が不審そうに眉をひそめる。
「いやに美伊ちゃんを怖がるのね、あなた。地球が消滅するのと美伊ちゃんが怒り出すのとどっちが怖いのかしら?」
突然のカマ言葉に草は気色悪いと思ったが、ここで気持ち悪がると彼が喜ぶのでじっと耐えた。
「もちろん、決まってるさ」
そう答えたものの、それから30秒たっても草はどっちかはっきり言うことはなかった。
国文は一番奥のさびれた本棚の三段目の三冊目の本を手に取る。それからハンカチを取り出して椅子の上を軽くはたくと、そこに座って本をひっくり返した。
数回振ると本の間から数枚の写真が机の上に落ちた。
「うわ、バッチリ撮られすぎだって。密会どころかキスシーンじゃん、これ」
「ネガもあったよ」
本棚の隙間から、草が小さなフィルムを取り出す。
国文はフィルムを受け取ると、写真とともに自分のカバンの中にしまった。
「俺たちがやったってばれたら、唯子ちゃんと美伊ちゃん怒り狂うだろうなぁ」
「っていうか、俺たち以外にこんなことできないでしょ」
国文はちらりと草の顔を見る。彼の機嫌は相当悪そうだった。
「もしばれてもお前のことは美伊ちゃんに秘密にしとく? 俺はそれでもいーけど?」
国文の言葉に、草は一瞬大きく目を開き、硬直したかに見えた。しかしすぐに声を立てて笑い出す。
「馬鹿ばっか言ってないで、とっとと燃やしちゃいな。日高真知子さんからお金もらったんでしょ」
草の取り出した強力ライターは、写真とネガを一瞬で灰にした。
「しっかし、きったないなぁ……ちょっと掃除しよっか」
「いいよ、箒一本俺にも借して」
国文は立ち上がると、軽い足取りで掃除用具入れに向かった。
「あれっ、開かねぇ……」
ガチャガチャと国文は取っ手を引いてみる。よほど力が篭っているのか掃除用具入れがぐらぐらと揺れた。
「それ、コツがあっただろ。少し左に力入れてから手前に引かないと」
「あ、そっか」
今度は簡単に開いた。
ずっと待っていたのよ。
そう言ったかのようにぐらりと、大きな人形が中から飛び出してくる。
滑らかな扇状の曲線を描き、国文の腕の中に不時着する。
髪。
顔。
手。
足。
ごりっと堅くて細いものが、国文の腕に触れる。
実に、上手く作られた人形ではないか、と国文は最初思った。その腕を触り、事実を確信するまでは。
ごくり、と草が息を呑む。瞳が驚きで見開かれている。
確かな重さでそれは国文にのしかかった。
「うわっ!」
国文は慌てて横に体をずらす。冷たい人形はどさ、と床にうつぶせに倒れた。
国文の白いYシャツが、赤く染まっている。
草は跪くと、その人形の首筋に手をあてた。
「おい、それ……まさ、まさか……」
国文が後ずさりながら言う。
「死んでる。これ、真知子さんじゃない?」
草は写真でしか彼女を見たことがなかった。
「な、な、なんだって? うそ、うそだろ?」
彼の声はうわずっていた。
「国文、落ちついて。それからすぐに職員室に行ってきて、国文? 早く!」
草に一喝され、国文は慌てて部屋から飛び出していく。
草はこれ以上モノに触れないように気を配りながら窓のところに行く。
窓ガラスは割られていた。破片は片付けられたのか、落ちていない。
真知子の胸元には、小さな果物ナイフが垂直に刺さっていた。心臓を一突きにされたようだ。それから異様に腹の部分がへこんでいた。制服を着ているのでわからないが、腹をえぐられているのかもしれない。
草は注意深くあたりを見回す。だいぶ前にここに来たときから、汚さ以外はこれといって変わったものはなかった。
電話したいな、と草は思った。でも、もうすぐ先生たちが駆けつけるから、持ち込み禁止になっている携帯は堂々とは使えない。それに、表向きにこの部屋に入ったのは彼女たち二人だけなのだから、すぐに学校と警察から連絡が入るだろう。
バタバタと大きな駆け音が近づいてくる。
「佐良島君!」
彼を見つけた先生がさけんだ。二人の先生の後ろに、国文もいる。
国語の川島先生と保健の沢渡先生だった。半信半疑で連れてこられた二人も、倒れている女子生徒を見つけると息を呑んだ。
沢渡先生が、屈んで真知子を覗き込む。
「死んでます」
草が低い声で沢渡先生に言った。
「さわった?」
「脈を取りました」
川島先生が部屋に常設してある職員室直通の電話をとった。
「もしもし、川島ですが。えぇ、あの、残念なことですが2年2組の日高真知子さん、本当に亡くなってます。警察に連絡してください」
「これ、殺人だな」
いつの間にか草の隣に立っていた国文が、小さな声で耳打ちする。その表情には数分前の慌てようは1ナノメートルも残っていない。むしろその眼差しには期待感さえ含まれている。
「たぶんね」
草はなるべく意識的に冷たい声で、自分は興味がないことをアピールした。
「おい、草。俺たちの属する部は何だ」
「ミステリー研究部」
草は即答した。
「そうだ。ってアホ。聡美探偵部だ。そうとも、俺たちは探偵の卵だ」
草は思い切り嫌そうな顔をした。
「そんなの、警察に任せればいいじゃないか。犯人が自首するかもしれないし」
「しないかもしれないじゃねぇか。とにかく、俺はやるぞ。真知子ちゃんは俺の依頼人だったんだからな。……草。俺が首突っ込んだら確実に唯子ちゃんと美伊ちゃんも参加するぞ。何たって美伊ちゃんは……」
「勝手にすれば」
国文が言い終える前に、草はそう吐き捨てた。
「……草。こぇぇよ、お前、その顔。お前が殺したんじゃねぇだろーな?」
国文の発言に、他の二人が振り返る。
「大月君。そういうふざけた発言は止めなさい!」
先生に厳しく一喝されて、さすがの国文も警察が来るまでは大人しくすることにした。
しばらくして、数台のパトカーと救急車とともに、二人のもとに一人の刑事が寄ってきた。まだ20代後半いってるかいってないかくらいの、若くて髪の短い男だったが、無精髭が伸び放題だった。
「初めまして。都警の後藤譲二(ごとうじょうじ)です。えーっと、君たちが第一発見者の大月国文君と、佐良島草君だね?」
「そうです。真知子さんはそこのロッカーの中にいました」
国文は笑顔でロッカーを指差す。後藤はちらり、と開け放たれたロッカーを見た後、上着のポケットから白いメモ帳とペンを取り出した。
「どうして朝早くから資料室に立ち寄ったのかな?」
「部活の資料を取るためです」
国文は写真とは言わなかった。
男は更に質問を続ける。
「それはすぐに必要なものだったのかな?」
「ええ。それはもう。できれば昨日取りに来たかったくらいで」
「昨日の放課後取りに行こうとは思わなかったの?」
国文は難しい顔をする。
「もしかして、刑事さん。俺たちのこと疑ってます?」
その質問に、後藤はにやりと笑っただけだった。
「これも仕事だからね。すみませんが、署までご同行願えますか?」
警察署に連れていかれた二人は、婦警に案内されて取調室に入った。
「ちょっと待っててくださいね」
そう言うと、婦警は二人を残して部屋を出て行く。
ドアが閉められると、国文はパイプ椅子に深く座ってから伸びをした。
「疑われてるね」
そう言って草は用意された緑茶を口に含んだ。お茶はぬるくてまずかった。
「俺さー、初警察署INなんだけどー、赤飯炊いてくれる?」
「あぁ、それを言うなら俺の分も」
国文は白い天井を見上げる。天井は埃が溜まってさびれていた。
「きったない部屋ー。ま、いいか。ところでさ、草。お前犯人わかった?」
場所を選ばない発言に、草は眉をひそめる。
「ここ、取調室。カメラ回ってるんじゃない?」
「いーよ、別に。やましいこと何もないし。ちなみに俺はわかんない」
国文が促すように草を見る。草は国文を一度睨みつけた後、視線をお茶に移した。
草が手を伸ばすのよりも先に国文がそのお茶を取り上げる。国文はべぇ、と舌を出した。
「……俺もわかんない。どうやって殺したかが多少思いつくらい。しかもそれもかなり曖昧だけど……」
手を伸ばした姿勢のまま、草は言った。
「言ってみろよ」
「……」
草は湯呑みを手に取ると、深く椅子に座りなおした。
「まず、聡美探偵部が犯人じゃないと仮定する。聡美高校の鍵は合鍵が作れないようにできてるから、普通部屋に入るためには職員室に入って先生から鍵を借りるしかない。でもそれはまずないだろうね、先生に聞けば誰が鍵を借りたかなんてすぐわかる。犯人が自白しようと思ってない限りはそんなことはしないだろう。鍵を使わないとすると、犯人は窓から侵入するしかない。たぶん、犯人は真知子さんを外で殺害した後、3階までロープか何かを使って真知子さんを抱えて上ったんだ」
「すげぇ怪力」
「それなりの機械を使えば女の子でも子供でもできるよ。窓の横には本棚を留める金具が留めてあったから、そこにかけたんだと思う。そして開いていた窓から入った犯人は真知子さんの死体をロッカーの中に隠した。いや、捨てたのかな、それはわからないけど」
国文が首をひねる。
「あの部屋に死体を運ぶ理由は?」
「さぁ。聡美探偵部に疑いの矛先を向けたかったとか? あの部屋は部員以外はほとんど使わないからね。真っ先に疑われるのは部員だよ。しかも、あの二人は昨日放課後まで部活動の一環で真知子さんの後をつけてる」
「それだと校内に犯人が限定されねぇか? まったく外部の犯行だったら?」
「何の事情も知らない外部の犯行だったら、3階まで死体を運ぶメリットなんてないよ」
「真知子ちゃんが鍵を借りていたら、犯人を呼び込んでから殺された可能性もない?」
「鍵は返されてたから、同じことだよ。っていうか、お前、さっきから聞いてばっか。部長なら少しは自分で考えろ」
国文は得意げに両手を合わせる。
「俺にもとっておきの説があるさ。俺の説はなぁ、なんと、お前の仮定を取り外さない説」
そう言って国文は得意げにフフンと笑った。
「今のところ否定できないよね。あの二人が殺したとすれば一番スマートで現実的」
「……おい」
驚いたように国文が草の顔を見る。
「……俺、冗談のつもりなんですけどぉー」
「そうなの? 全然気づかなかった」
草は一瞬笑いを漏らすと、冷めた不味いお茶にもう一度口をつけた。
次回 推理のそばに
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2005/01/20(Thu)09:33:32 公開 / 笑子
■この作品の著作権は笑子さんにあります。無断転載は禁止です。
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■作者からのメッセージ
神からのお告げがあってうまれた作品(しつこいですが夢に見ただけ)、味付けしすぎ笑。もともと夢に見たのは最初の部分とトリック(そんな大層なものなのか)だけでしたし…。感想くださったかたがたありがとうございます。受験の応援までしてくれてなんだかやる気が出ます。電車の中の時間を今は小説に当てているのですが、電車の中でミニPC広げてうってるのってはたから見ると、はたから見ると、【小説家みたい】ですね笑いいかも、これ。次回の更新はロビンの後ですが続きもよんでやってください。あと、感想を見てはっとしたのですが、すいません笑これおもっきし連載モノです。前編タイトルで何回も更新する気満々ですた><。