- 『思い出に刻まれて【読みきり】』 作者:影舞踊 / 未分類 未分類
-
全角3845.5文字
容量7691 bytes
原稿用紙約11.5枚
辛い気持ちを吐き出さないと、そこに残るは悔しさ、後悔。
それでも人はそうせずにはいられずに。
別れの道と進む道。
綺麗なままではいられずに、全てを包む優しさを。
☆ ☆
小さい頃僕にはとっても大切な友達がいた。彼女の名前は唯。
幼さゆえのことかもしれない。僕は彼女といつまでもいられると思った。彼女も「大きくなったら結婚しようね」、なんて言ってくれて。よく考えるとそれは全部僕の空耳だったのかもしれない。
「子供が生まれたらどんな名前にする?」
小さい頃僕が友達と話してた話題の一つ。その頃の僕は唯のことはもう忘れてた。といっても知らなかったと言った方が正しいのかもしれない。僕が初めて唯と会ったのは1歳の時らしい。それで3,4歳まで僕と唯は一緒に遊んでいたそうだ。かくれんぼ、積み木、ままごと。どれもこれも楽しかった気がする。
当時6年生だった僕はそんな昔のことを覚えているはずもなく、友達と力いっぱい遊んでいた。1学期の中頃だったと思う。転校生がやってきた。昔このあたりに住んでいて、引っ越して行ったのだが、また戻ってきたという簡単な紹介の後、名前を言った少女。順番が逆じゃないかとか、髪の毛が茶色いぞとかそんなことはどうでもよかった。名前を聞いた瞬間、なんでかはわからないけど心臓が飛び出そうだった。
「崎本 唯(さきもと ゆい)です。仲良くしてください」
なんでかわからないとか、暑かったとかは後で友達に言った嘘。「お前顔赤いぞ」なんて言われたもんだから、当時小学6年生のシャイな僕にはそういう嘘を言ってごまかすしかなかった。全部わかっていた。名前を聞いた瞬間に、全て思い出した。緊張した声の調子、赤くなった耳、俯きかげんの小さな顔。それら一つ一つのパーツが僕の心の中にあった押入れから唯という少女を引き出した。
唯はクラスにすぐに馴染んで、誰とでも話す子だった。活発で明るくて、何より可愛かった。体育の時間、男女一緒にやるドッジボールで唯と一緒のチームになった時、僕は必死にでもさりげなく唯の前に立つようにした。小学生同士の間の色恋沙汰はすぐに広まる。誰が誰を好きだとか、誰と誰が付き合ってるとかなんて隠すのは不可能に近い。それでも当の本人達はその事が全くばれてないかのように振舞って、大分立ってからその事に赤面する。
僕と唯の関係もそんな感じになりつつあった。僕が唯を好きで、告白したとかまだしてないとか、ありもしない噂がとびかう。確かに当時の僕は唯が好きで、でもそれを頑なに否定し誰にも言ってなかった。それでも唯のことが好きだった僕はよく一緒に遊んだ。小学生で男女一緒に遊んでいれば、それはもう完璧に付き合っているという証明である。もちろんそんなことを承知済みの僕は自分から誘うなんてことはしなかった。あくまで唯達が休み時間に誘ってくれるのをしょうがないという振りでごまかせたと思っていた。それに唯と二人で遊ぶならともかく、他の女子も一緒にいたので大丈夫だろうと言う自信があった。
唯達と遊ぶのは本当に楽しかった。別にたいした遊びはしなかったけど、彼女らと一緒にいることで自分がうきうきしているのがわかる。常にドキドキした気分を味わうのが楽しかった。唯の前ではかっこいいところをと、僕はいつも張り切って無茶なことをした。高い上り棒をダダダッとかけ上がったり、鉄棒で片足ぶら下がりの一回転なんてのもした。でもある時、失敗をした。地面から50センチほどの高さにある細長い棒が平行に並んでいる場所、僕はその上に立って細い棒の間を行ったりきたりした。唯達が「危ないよ」と言うのもとても心地よかった。「僕は男の子なんだ、唯よりもずっとずっとすごいところを見せてやるぞ」そんなことを思いながら行ったりきたり。笑って唯の方を見るとひどく心配そうな顔をしてこちらを見ていた。それがとても可愛くて、僕はまた行ったりきたり。
ガンッ
調子に乗りすぎた。足を滑らせた僕はそのまま棒の上へまっさかさま。細い棒が僕のみぞおちを強打。痛さで涙がこらえられず、ついでに息も出来なかった。「コッホ…カッハッ…」となんとも奇妙な声を出して泣く僕。
「大丈夫?」
唯が僕の側でものすごく心配そうな顔をする。僕は泣いている顔を見られたくないと思って顔を背ける。他の女子も「大丈夫?」と気を遣ってくれる。
「いき…が…出来…へん」
何とか絞り出した声。もっとかっこいい事を言いたかった。「大丈夫」とか「心配ない」とか。でも体は正直で、自分の命が心配やと脳に命令を出す。僕の理性は本能には勝てなくて、結果的に唯達にかっこ悪いところを見せてしまった。その後心配そうに僕に付き添ってくれた唯。僕は「ヒィーヒィー」と言う変な声を出しながら、呼吸を整えた。今考えてもどうして唯がこの時僕のことを嫌いにならなかったのかわからない。
僕はそれ以来唯達の誘いを断るようになった。他の友達にいろいろ言われ始めてたのもあるけど、あんな格好悪いところを見られて堂々と出来るほど当時の僕は出来た人間じゃなかった。それでもやっぱり僕が唯を好きな事は変わらず、その事が徐々にみんなに広がり始める。
ある日の放課後いきなりこの話題が出た。
「お前崎本のこと好きやろ?」
唐突に言われたその言葉に僕はしどろもどろで、何とか「違うわ」とだけ言い返す。
「隠さんでもええって、崎本もお前のこと好きやってよ。この両思い〜」
「うっさいわ」とだけ言い、先に帰ってやると走り出そうとした途端ランドセルを掴まれる。
「ええから、ええから。東も協力してくれてんねんで。」
「は?」
東とは僕が唯達に誘われて遊んでいた時の女子の一人。その東が教室に一人唯を残してセッティングしてくれているらしい。僕は沸騰する頭のまま、友達の守口に腕をつかまれ教室へと連れて行かれる。夕日が差し込み、窓から入る赤い光だけが教室の灯りだった。
唯は教卓に立っていた。先生のように教室を眺めている。僕が「嫌や」と頑なに踏ん張っているところへ東がやってきて僕の背中をめいっぱい押した。グイッという衝撃とともに教室に飛び出る僕。そこには誰もいなくて、いるのは茶髪で、とても若くて、小さくて、可愛い先生が一人。突然入ってきた僕に特に驚いた風もなくニコッと笑う唯。嬉しかった。おそらく唯も僕と同じような手段でここにいるのだろう。そして僕が言われたようなことを東に言われたのだろう。
そう考えると無性に恥ずかしくて、まっすぐ唯のことを見れなかった。
「こっち、来て」
唯からのお誘い。そういえば遊びのお誘いを断るようになってからこの言葉を聞くのも久しぶりな感じがする。僕は言われるままに教卓と黒板の間に立った。黒板には誰が書いたかよくわかる字で相合傘が書かれていた。傘の下には僕と唯。
「よかった。今日は来てくれたね」
「…うん」
後ろで誰かが見ている気配がする。こんなところを誰かに見られたらと思うと気が気じゃない。まっすぐ唯を見れない僕は何かしなきゃと思って黒板消しを握る。
「ったく誰やねんなぁ?こんなん書きやがって」
ハハハと笑いながらそれを消そうとするのを唯が止める。
「もうちょっと、おいとこ…帰るまで」
頭が爆発しそうだった。僕は何も言わず黒板消しを元に戻す。それから特に何か喋ることもなく、ただ二人の空間を楽しんだ。実を言えば、僕はその時頭が真っ白で、自分が今どうすればいいのか、今何時なのかさえわからないほどパニくっていた。夕日が落ちて教室に明かりがなくなる。ずっともじもじしている僕と唯を止めたのは東と守口だった。僕と唯は急いで黒板消しを取り相合傘を消す。事情を知らない守口が何かと顔を覗かせるがそこには何もなかった。
その日以来僕と唯の噂は消えていった。あると困るのだが、消えていくとなんだか少し寂しかった。小学校6年生の冬。3学期が終わって卒業式、このままだと思っていたものが変わる。卒業式、唯は泣いていた。でも僕にとって重要だったのは唯の服装。僕の進学する中学校の制服とは違うものだった。別に付き合っていたわけでもなく、好きだと告白していたわけでもない。
ただ、唯は僕と違う学校へ行った。
何にも言葉を交さずに、僕らは別々の道を行った。辛かったけど、口には出さなかった。出したら冷やかされるのが目に見えていたし、唯にそれを言うのが怖かった。
☆ ☆
「子供が生まれたらどんな名前にする?」
「う〜ん、まかせる」
おなかを膨らませた女性が僕の方を見上げる。適当に答えた僕に彼女の鉄拳が飛んでくる。
「真面目に考えてくんないと」
もぅと頬を膨らませる彼女。茶色い髪がいくぶん彼女を若く見せる(実際若いのだが)。
「こっち、来て」
そう言われて僕がすごすごと彼女に近寄ると彼女は優しく僕にキスをした。
「全優ってのどうや?男でも女でも」
「女の子に全優〜?ダメ、あんまり可愛くない」
「ほんじゃ女やったら、包優(ほゆ)でどや?」
「う〜ん、考えとく」
「何やねん、それ」
プロポーズの言葉からとった名前。彼女の名前同様、僕にとってはとても意味のある言葉だ。
―優しい気持ちは消えへん思う。どんなことがあっても全部僕が包み込んだるさかい…結婚しよう。
―僕にとっての唯という名前のように、誰かにとって何度も何度も思い出せる名前をつけてあげたい
-
2005/01/17(Mon)01:31:06 公開 / 影舞踊
■この作品の著作権は影舞踊さんにあります。無断転載は禁止です。
-
■作者からのメッセージ
うわ〜微妙な仕上がりですねぇ(笑
(もしいたらですけど)期待していらっしゃた皆様申し訳ないです(ハハハ(汗
今回はちょっとだけ長めなのかなぁ?恋愛物を書いてみました。特に伝わるものもないですね(笑
まぁいうなれば「名前って大事よ」みたいなwやっぱり恋愛物向いてないです(確信
基本的にまとまってない気がしてしょうがないですが(締めもビミョー)、いかがでしたか?(>_<;
感想・批評等頂ければ幸いです。
読んでくれた人お疲れ様です。