- 『―LOG―最終話』 作者:黒羽根 / 未分類 未分類
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全角22574文字
容量45148 bytes
原稿用紙約69.6枚
プロローグ:「それは始まりだとしたら」
少女は見知らぬ所での目覚めを迎えた。
―それは始まり―
ここは?
不思議と静寂の続く暗闇で、少女は少しの悪寒を感じ、身震いをする。
そんな状況に彼女は恐怖を感じ、しばしの間その呪縛から抜け出せずに居た。
その中でかすかに聞こえる、雫の音。
一滴たれれば廻りにそれが響き渡り、より一層少女を孤独へ追いやった。
―ピチャン―
少女の頬に水滴がしたたる。その雫にはほんの一握りの不安を覚えさせた。
―此処は何処? 私は誰?―
少女の脳裏を走馬灯のように流れ込むのは煩いノイズ。
――IPROBOTONLY.リズ=フレッシュウォーター――
彼女の名前はリズ。しかしその事実に本人は気付く事は無い。
その濡れた瞳の奥には、深い闇が存在している。
ノイズはより一層大きな音になり、彼女をその中にはめ込む。
煩いノイズはやがて一瞬間の静寂となった。
そこには一筋の、灯火が。
揺ら揺らと揺れるそのぼんやりと温かい光は、段々と彼女に近づく。
まるで天からの迎えのようだと、そう思うほどであった。
そしてその灯火は、目の前にして止まり、リズの顔を映し出す。
「大丈夫ですか?」
そう訊いた声はしゃがれていて、どうやら男性のようだった。
ここはどうやら地下水道のようだった。
その灯火にあたりが照らされれば周りの景色が見えた。鼠色のコンクリに濁ったドブ川。そこに転がる一つの死体。頬にたれた雫は、天井にへばりついた赤黒い血液だった。
偶然にも見えないその顔はやさしい面影を察する。
リズの中に流れ込むノイズはやがて静寂に。そして今、ヒトツの風になった。
―この人を私は知っている……・・ピ―――――――システム破壊。彼女をこれより指名手配IPRとする。名はリズ=フレッシュウォーター―
金色の長い髪と暗紫の瞳。『記憶生涯並びに、連続殺人の容疑』
―システム破壊。強制終了―
リズはその瞬間に辺りが目が痛くなるほど光り輝き、その刹那に気が遠のいた。
―それは始まり―
第一話:「私とノイズとあの男」
―…?
リズは再び目覚める。目覚めるはずの無い眠りから、久々に覚めたような気分だった。
―システム破壊―
そう自分の頭に指令が出たと思うと、寝ているダブルベッド。
一面真っ白な部屋は音がしなかった。
不信感を抱くとそこへ入ってくる優しい面影。
「おや。やっと目が覚めましたね。はい、どうぞ」
長身で色白のもの優しげな男はリズにコーヒーを手渡すのだが、リズはそれを受け取らずに、シーツにコーヒーのシミが染み込んでいく。
「…………何故助けた」
その感情の無いような冷たい瞳でリズは睨み返すようにみつめた。
男はため息をついてコーヒーの片づけをし始め、食器の音がただカチャカチャと音を立てるだけで、質問への応答は一切なし。
「何ていうんでしょうね……呼ばれている気がして、身体が勝手に動いたんですよ。別に貴方を助けようとしたわけでもないですし、できればこんな面倒な事やりたくないですよ」
長々とした台詞をリズに注ぐと、男は振り返ってリズを見た。
「でも少しだけ、似てるなーなんて、思っちゃったんですよ」
銀髪の短い髪を揺らして微笑む男は何だか訳の分からない事を言って、近くにある椅子へどっかりと座り込んだ。
「………?お前は、医者か?」
ベッドから起き上がるとリズは男に興味を持ち始める。白衣を着ているといえば”医者”と、彼女の頭にインプットされていた。
「医者?違いますよ。僕は”教授”。ハルゼフス=ウルフ教授」
「教授…」
またノイズだった。この男の名を聞いたとたんに流れるノイズはまるでこの男を拒否、あるいは重要人物であると表示ているようなものだ。
リズは頭を抱えて小さく俯いた。それを見計らったようにハルゼフスと名乗った教授は彼女の輝く金色の長い髪に手を添えて、口元に優しい笑みを浮かべた。
「まだ未熟ですね。何年前の型です?メンテナンスもろくにしていないようですしね。ショート寸前でしたよ。けれど流石、あの方の作品だ」
流石。と謳われたあの方。それは何処の人なのだろうか。
そして光る、彼の右腕。けれど光ったのは腕ではなく、その手の平に握られているヒトツのチップだということ。
そのチップはやがて音も出さずに消えた。そうして見開くリズの瞳。
―アップロード成功。これより任務に入る―
「……!?なにを…ッ!」
流れ込む音声と男の持っていたチップの残像。ぐらりと傾く地球に、リズは一瞬闇を感じ、再びもとの風景に戻るまで、さほど時間はかからなかった。
「ほぉ…やはり貴方はリズですか。生存が確認されれば指名手配ですね…」
ハルゼフスは湯気を出すコーヒーを取り、それを飲み干す。リズの頭の中ではいつしかの記憶が流れ込む。
知らない風景は知っているように。知らない人。でも知っている。
そして浴びせられる返り血を快感とする自分がその映像の中にいた。
「リズ?指名手配…?私は何かをしたのか」
「そうですねー。記憶プログラムがシャットダウンしたんでしょうね、多分。それじゃあ段々と説明していかないと、です」
一瞬の沈黙が流れると、一つの銃が疼いた。ハルゼフスはすぐ近くの棚から古めかしい小型マシンガンを取り出すと、ベッドの上に放り投げる。
”取れ”と言わんばかりな状況と言えた。
「何だこれは」
短い台詞を感情無しに吐いて、銃を少し見て、ハルゼフスの顔を見る。
「僕は面倒なこと説明するのは苦手なんですけどね。まぁ簡単に言いますよ。貴方は約150年前につくりあげられたIPR。あることを目的に作られたモノ。表では連続殺人犯行者と言われ、裏舞台では英雄。」
難しい話をそっとして、ハルゼフスは立ち上がりリズに近づいた。リズは自分自身の存在に大きな恐怖を感じて、しばしそこから踏み出せずにいる。
「殺されるのか?私は」
「それは否。君の存在がなければこの世界は消滅。それに偶然貴方を助けてしまったわけですし、このまま死なれちゃ僕が困ります」
リズは俯いたまま、暗い一言を放つ。その表情は見えなくとも、随分とこわばった感じだった。
「英雄と謳われようが、私は指名手配犯。なら、生きていてはいけないんだろ」
―システム完全起動。感情プログラム挿入―
まだ記憶は走馬灯。自分の名前もぎこちなく、自分の犯した罪の重さも解らずに。
彼女の瞳から零れ落ちるその大量の雫たちは頬を伝い、シーツへたれた。
「裏舞台でどんなに英雄と呼ばれようが、表でそれを認めている人は少ないというんだろ。その現状もしらない人間がそこにいて、認めてもらえないのなら、もう殺される対象だ…」
その言い分はさ流石十四歳の少女だと、男は思ったに違いない。
「では生きて、自分の道を貫きましょう。世間なんざクソくらえです。ようは自分がどうしたいか。求めるのは結局自分の意志なのですよ。いいですか?今までの貴方は間違ってなんか無いのです。世間がただ単に”連続殺人”となじつけた。貴方が殺してきたのは人間になりすました化け物です。思い出せますかね?”ブルーズ”という集団組織を」
何故この男はこう150年も前のことを知っているのだろうか。
そして何故リズをこのようにかばうのか。
「ブルーズ…!」
何かに感づいてリズはハルゼフスの顔を急いで見上げてその薄桃色の肌がどんどんと目にとるように青ざめていくのが見えた。
「ふぅ。これ以上一気に言うのは身体に毒ですから、今日は止めにしましょうか。貴方が聴きたくなったらいつでも訊くといいですよ」
ベッドの右側から注ぐ、夕暮れの赤。いつのまにかもう、夜に向かうその空。
「ゆっくり休んでくださいね。急にシステムが起動したので、機械的にもダメージが大きいはずですし」
そういってハルゼフスはその部屋を出て行った。
静かにドアが閉められると、窓に吹き付ける風が少し聞こえた。
「………!思い出した…」
リズははっとして冷や汗をたれこぼす。そして言い放つ言葉は、確かに彼女の言葉だった。
『私は主を殺したんだ』と。
第二話:「思い出す過去と切り開く未来、憂鬱」
『私は主を殺した』
ハルゼフスが過ぎ去った直後に、リズは一つの映像を思い出した。
<…!ついに完成だ!リズ=フレッシュウォーター!>
<教授。これでこの世界の未来は救われましたね!>
<ああそうだ!全く嬉しい事限りないよ!このメカは完璧だ!>
<さぁ、出ておいで、リズ>
しかし完璧が故に、幼いロボットは教授(主)と助手を殺害。
―任務は殺人。この世界に侵略しようと目論む”ブルーズ”を全滅させよ―
―ピシャン…――――――――
映像は途切れた。その瞬間に頭痛が迸る。これ以上思い出そうとしたら駄目になる。リズは自分でそれを察して、布団にもぐりこんだ。
痛い、痛い、痛い。怖い、怖い、怖い。
その言葉が並べられると自分の存在が怖く感じて、震えた。彼女の金色の長い髪は、ただの飾りにしか過ぎない輝きだった。
暗紫の瞳はなみだぐんだ。ハルゼフスはその全てを自分に話そうとしているのだと、今気付いた自分を少し恥じく。でも今の自分には全てを訊く勇気が無い。
受け入れられるという確信が無い。
何より自分が恐怖の塊なのだから。ベッドに転がる古めかしい銃はそのままで、でもその存在は大きかった。
これでブルーズという組織の奴らを殺したのかと。返り血を幾度も浴びた銃には赤黒い錆がついて、それは彼女への罪の重さを表すようだった。
ブルーズとは何か。ハルゼフスは何を知っているのか。主は私に何をさせようとしたのか。
大きな謎が残ったままで、居心地の悪いリズは、寝るのをやめた。起き上がって部屋をウロウロする。目を閉じてしまったら、何か嫌なことを思い出しそうでいやだという気持ちもかすかにあったかもしれない。
とにかく寝るのが怖かったのだ。カーテンを閉めて、ハルゼフスの座っていた椅子に座ってみる。
「………訊きたい。あの教授なら、知っているだろうか」
独り言をぼやいて、思い立ったとき、そこにもう彼女の姿は無かった。扉を開けて、光りのあるほうへ走った。
あの腹黒そうな教授の方へ走った。一番大きな門のような扉の前で、リズは立ち尽くした。心の準備をしていかなければ、また何かに飲み込まれる。
知りたい。けど訊きたくない。矛盾した思考がよぎると、彼女の存在を察したように扉は開く。シャンデリアの光がいっぺんにリズへ当てられ、大理石でできあがった床に相応しい物だった。
流れる緩やかなメロディーと飾られた人々。光り輝くワイン。
そんな中で目立つ、白衣の教授。ハルゼフスがそこにいた。リズの存在に気付くとハルゼフスは音を立てて近づき、心配そうに見下ろした。彼女と目が合うようになるまでしゃがむとニッコリわらってどうしたのかと尋ねる。
その刹那、瞬く間にあたりは暗闇に変わる。オーケストラの演奏も、それにあわせて踊っていた人々も、あのワインも。
全てが消えて、ハルゼフスとリズが会った時のような真っ暗闇になった。
その時と同じような寒気と転がる死体。浴びる返り血。おびえた自分。
全てが再現された中で、ハルゼフスの長い話は幕を開ける。魔法のように二つの椅子と机、そのうえに紅茶が注がれて、ハルゼフスはそこへ彼女を誘導した。
「さて、何から話せばいいのでしょうね?何でも訊いてくださいよ。できるだけの処置はしますので…ね」
「わざわざこのシュチュエーションを用意するのは嫌味に取ってもいいのだろうか」
気分を落としたように椅子に座った。聞こえる雫の音。
「どう取ってもらっても結構ですよ。さて、どうぞ?」
「教授。何故貴方は150年も前の事を知っていて、私に加勢するのだ」
率直な質問に率直に答えるリズはしばしの間ハルゼフスを黙らせた。
「いきなり来るね。知りたいですか?」
「勿論(ポジティブ)」
それじゃあ…といってハルゼフスは口を開く。転がる死体の映像を指差してその視線を向けた。リズもその指の指すほうへ視線を運ぶ。
「あれが…”ブルーズ”の生き残り。それを排除している途中で、君はウイルスチップを挿入された。ま、それは良いとして、知っているかな君は。『龍』という名の架空の動物を」
「龍…それが、貴方。と言うのか?」
カチャカチャとソーサーを持ち上げて、紅茶をすする。リズは紅茶を戻して、質問の応答を待つように、頬杖をついた。
「ほぉ。察しが良いね。流石IPRですね。その通りですよ。僕は元々山の奥に住んでいたんですけどね、遺伝子やDNAを組替えられてね。それがブルーズ。その刹那の間に、君の主君と出会ったんです。……そういえば貴方はコーヒー派じゃないんですねぇ。スミマセン」
『龍』と吐いたその瞳には一寸の曇りもない済んだ状態だった。
転がる死体はといえば、もう見る姿もないくらいに朽ち果てていて、もはや原型も止めていない。しかし地下は程良い気候らしく、腐食が遅れていた模様だった。
「茶の話はどうでも良いが、加勢の理由はその、自分に起きた事からか?」
「そうですね。だから”似てるなー”と言ったんですよ。僕「達」の主君リゴット教授は最期に言ったんです。『ブルーズを倒さなければ、この世の全てが朽ちていく』と。でもいまだにその意味は解りませんがね」
沈黙が流れた。紅茶をすする音が響き、辺りは明るくなって、目覚めたベッドのあった部屋。
「…!!…――じゃあ何だ。目的はブルーズの抹殺で、もう全滅しているんだろう?」
「…イエ。用が済んでいたら貴方を助けにはいかなかったでしょう。復活しているんですよ。いわば無限状態で。その原動力とも言えるメカがいるはずなんです。それも、貴方達の仲間といっていいIPR」
そうするとリズは疲れた様子でベッドに座った。そしてため息をついて寝転がる。
「急に全部離されるのはやはり辛かったようですね。でも貴方には任務があるのです。なので次回は全て聞いてくれるようにしてくれればいいのですが」
「了解(ポジティブ)」
そうして夜はふけていく。真っ暗闇に少女と男。メカと龍。
その関係は何であれ、繋がっている事には限りなし。
それでも君はこの状態を、否定するというのか。
―指令1。ローマへ旅立て―
第三話:『Galleria Borgheseでの惨劇』:ローマ@
あれからして
「ローマ?」
「どうしました?」
しっくりこない台詞で、今日の一日が始まった。朝焼けに染まる空はまだ青みを帯び、その刹那に小さな鳥の鳴き声が聞こえる。
此処はどこか。答えは”研究室”という名の場所。その傍ら、多くの人体実験が繰り返された場所でもあり、リズの記憶の中にも残る印象的な場所。
だがここはあくまでハルゼフス教授の館の中にあるなんともチャチィ実験室だ。何もかもに埃がかぶり、そのブッ詰まれた資料といえば見る影も無い。
「いや。”指令”と流れた」
その可愛くない口調で言うリズの言葉に呆気取られるハルゼフスは顔を覗き込む。埃だらけの椅子を叩いて、リズのために椅子を引く。
それに続いてリズは心配げにそこに座り、少しむせた。その後にハルゼフスも座る。
「指令…ですか。面倒くさい」
この埃だらけの部屋になじむ銀色の髪をかきあげて背もたれに思いっきり体重をかけるハルゼフスは何とも間抜けな。
「大体どこからの指令ですか…………ぐあっ」
体重をかけたのは良いものの、何年も使っていない椅子はガタがきていたらしく、
教授諸共ものすごい音を立ててスッ転びチリや紙やらが舞い散った。
「何処から?それは私が私自身に下した指令だ」
そんな光景を目の前にしても、少女は微動だにせず話を続けるが、彼女の記憶はあれから何も変わることもなく、彼女自身ハルゼフスに自分の追求をしなかった。
―ようはブルーズとかいう何か企む組織の主君を倒すって事だろう―
「…いててて…自分自身?あ、そういえば教授が言ってましたね”自動指令装置”を着けたとかなんだとか…」
ムクリと起き上がるその馬鹿面に冷たい視線を注いだ。しかし今回の指令でまさかイタリアのローマへ行くことになるとは、この二人のどちらもおもっていなかっただろう。
「ローマのボルゲーゼ美術館」
リズが吐いたその館の名前はローマでも有名な美術館で、どうやらその美術館に何らかの関連があるというのだ。
でもまぁここはイタリアのミラノ。そう遠くは無いはずである。
「ボルゲーゼ?公園のですか?」
「恐らく」
短い会話が終わると、リズは銃を軽く点検して、粉っぽい部屋から出て行く。
何かわかれば心の足しに。何か変われば自分の足しに。
―今日は血腥いな―
「教授。行かないのか?己が躊躇うのなら、無理やり止めないが。私はとりあえず自分の力で記憶を取り戻す事にしたんでね」
「行きます(ポジティブ)」
――イタリア:ローマ『ボルゲーゼ公園(美術館)』
「ボルゲーゼ家…か。教授、この場合は手分けの方が良いと思うが」
目の前にはボルゲーゼ美術館。四角が印象的な薄肌色の壁。
中心に正方形の建物、中央玄関といおうか。その右が第一号室、続くに第二号室、そして第三号室という。その全てには貴重な美術的資料が飾られる由緒正しき聖地。
「了解。それじゃあ僕は一号室でもみてきます。リズは二号室をお願いしますね」
「OK」
―血腥い―
渇いた血のにおいが充満して気色悪い。そう感じているのはリズだけではなく、教授も同じ意見だった。人気も無く、定休日かと思うほど静寂に満ちている。
「そうですねぇ…たまには芸術に浸るのも良いですねぇ」
白衣のサイドポケットに手を徐に突っ込んで、寒さを凌ごうとした。少し寒いと感じる、第一号室。
『ポーリーヌ・ボナパルト』というカノーヴァによる長いすに横たわったポーリーヌの彫刻があった。なんとも美しい作品で、それに見入る者は大勢いるのではないだろうか。
「ポーリーヌですね。いやぁ、お目にかかれて嬉しい限りですよ、はい」
独り佇むその中でハルゼフスはポーリーヌの彫刻に一礼して、とても嬉しそうに目元をゆるめた。
そこに轟く銃声に気付く。その刹那の間にリズが急いだ様子で走り血相を変える。
「教授!伏せろおおおぉぉぉ!!!」
爆発音がしたと思うとむわっと渇いた熱い熱風が一号室に迷い込む。
リズはハルゼフスを押し倒した。一瞬何が起きたのかリズ自身も解らない。そんな中なわけだからぶっ飛ばされ状態のハルゼフス教授は余計にわからず、
飛んできた破片に頭を打ち付けて気を失せた。
「・・・・チ。この駄目教授」
砂埃を叩いて立ち上がると腰に引っ掛けてあるあの銃を取り出し、引き金(トリガー)に手をかざして爆風の残骸へ銃口を向けた。そこから現れる黒い影。
悪寒のするようなその雰囲気に、リズは息を呑んだ。
あたりの美術品は無残になり教授が敬っていた彫刻も粉々になり、きっとハルゼフスが目覚めてこれを見たとき、また気絶するんじゃないかと、リズは隅で思っていた。
「オイオイ譲ちゃん。逃げるってのは卑怯なんじゃねェの?」
ケタケタと気に食わない笑い方で現れる人物は、耳が尖り、オマケに武装しているという化け物だった。所謂”ブルーズ”…―――――――
「チ。お前ここに来た人間をどうした」
「人間?あぁ、一人残らず俺がペロッと………頂いたよ。ご馳走さん」
口元に笑みを浮かべたその男はムカツク位切れ長の瞳でこちらを睨む。その睨み面に返す、リズの顔も恐ろしいものだった。
煙が消えると、辺りはグチャグチャな美術品が散らばって足の踏み場もないが、トリガーを引きかけのリズはお構いなしに発砲を繰り返す。
その刹那、奴は速かった。何時の間にか目の前にその顔をさらけ出し、その切れ長の凛々しい瞳を突き刺すように向けて、追いつけなかったリズは倒れこんだ。いや、正確に言えば押し倒されたのだ。
「ッ!?何をする!放せ!!」
必死の抵抗も空しく、男の腕は彼女の肩を押さえ込んだまま、笑みをこぼした。
「………………渡せ」
その一言の意味が解らなかった。なんのことだと返せば、とぼけるなと声を強めて返される。
一瞬間流れて、リズは無理やり腕を除け、銃口を額に当てた。
「ハァ、ハァ…」
抵抗した後のリズは荒い息遣いで『死ね』と言い吐く。瓦礫で怪我をした左腕が軋んだ。定期的に揺れる。
「”リーモートコントロールパネル”だ。そんなのを知ってるのはお前しかいないんだよ。IPR」
眉間の間に銃口を向けられたというのにピクリともせず質問をした。勿論彼女は知るよしも無い。記憶を失っているのだから。
「…殺す前に一つ訊く。何故パネルというモノを狙う」
トリガーを引きかけてリズは訊いた。するとようやく教授は目が覚めた様子であたりを見回した。そしてあの彫刻を見て、涙ぐみながら気絶する。
案の定な出来事だったため何の反応も見せずに銃を降ろそうとしなかった。
「世界を狂わす”ウイルスパネル”。全ての歯車が壊れ、自分のものにできる。人間も、女も、世界もだ。言わば独裁者になれるきっかけが・・・ソレさ」
「ウイルス…?何の話だ。身に覚えの無い事を突きつけるな」
そしてトリガーを引いた。赤黒く舞い散った血液はリズの顔へ斑に飛び散り、男は後ろへ倒れこむ。息は無し。脈無し。完璧に死んだといえよう。
軋む左手をさすり、ハルゼフスの元ヘ寄る、景気良くそのツラを蹴ると教授は目を覚ます。
「おや。済んじゃいましたか?」
「あぁ、どうやら”ウイルスパネル”のありかを私が知っているらしくてな」
「そうですか…収穫は、それまでですか?」
「そうだ」
―作戦終了(ミッションコンプリート)―
言葉が流れた。しかし周りを見れば美術品やらなにやらの残骸が残り、醜い塊と化していた。教授は目をつぶると、瞬く間にここの風景が来た時のように戻っていく。『龍』の脳力と行った所か。
「しかし死んだものの命を戻す事はできん。どうか哀れな死者達よ、安らかに眠ってくれ」
そう手の平と平を組んで、ひざまづくリズ。それに続いてハルゼフスも手を組んだ。これからは幾度となく大量の血液を見なくてはならないのだという事が、
この二人の頭をよぎった。どうであれ、道は一つ。
君はまだ、この存在を否定するのか
第四話:「Foro Romano」:ローマA
―かつての古代ローマの中心。多くの神殿、寺院、元老院、公共広場、市民の家の遺跡が立ち並ぶ。それは人々の生活を強く思わせた。
「まだローマにいるのか?次は…フォロロマーノ…?」
あれから二日ほどローマに在住してその朝に、またもや指令が流れた。
ちなみにその二日間路頭に迷い美術館の近くの民家に止めてもらうという有様だ。
ハルゼフスの事なのできっとお金のない貧乏な人なのだと思うが、仮にも教授という教える立場に居るわけなのだから宿泊料金くらいはたくわえて置いてほしい現状である。このままローマにまだ在住するとしたら一日くらい野宿という選択も出てしまうかもしれない…
今回の事件は前回の事件とは違う、もっともっと重要な事件と察するリズは、身体に武者震いを這わせ、キュウッと顔を張らせた。
「フォロロマーノ。えーと、古代ローマの中心…ですね。さっそく行きますか?」
ハルゼフスはローマの観光ガイドブックを開いて真剣にそう言った。この男には緊張もなにも無い気がするのだが…
「勿論(ポジティブ)」
そう誇らしげに言うと金色の髪が風に靡く。その煌く金に、ハルゼフスは一瞬見入ってしまった。
―こんな少女にしかみえない子供が…指令をこなすメカだと言うのですか―
ボルゲーゼ美術館からホロロマーノまでの距離はかなり離れているが、タクシーもバスも乗れるお金が手元にないため、徒歩で行く事になった。
美術館からぺネト地区を通り過ぎ、日本大使館を横切る。トレビの泉とベネチア広場を過ぎればテルミニ駅。少し行けばこの”フォロロマーノ”―…
今日の空は驚くほど澄んでいて、雲一つない景色だった。―気味が悪い―程に…今日もまた何かが起きるんじゃないか。またなにか自分について解るのではないか。リズの心中は交差し、別で怖いという気持ちもあったに違いない。
そんな光景を目前にしてハルゼフスは優しく頭をなでた。
「さて、と。私は貴重な文化財を壊したくはないのですがね…」
「そうだな…だがそれをまぬがれないときもある」
リズはハルゼフスの手と話を払って、その硬い口調で言い吐いた。
「そうですねー。僕は平和主義者なんですけど」
「平然とウソを吐くな」
「ウソじゃないですって…あ、左手は大丈夫なんですか?リズ」
心配げにそう言ってフォロロマーノを背に言う。なるべく貴重文化財を破壊させたくないが為に、まだその付近にいた。
「心配は無用だ。二日もすれば傷も塞がる」
「スミマセンね…僕はモノしか直せないので。でも貴方は人間みたいなつくりなんですね…尊敬ですよ」
だが完璧な故、中途半端な自分が許せないのだ。そんな心中をハルゼフスが読み取る事は無かった。
その刹那、リズの拳銃が火花をチ散らし、何かを打ち抜いたその弾は紅の液体と共に飛び散る。脳天をぶち抜かれたブルーズらしき化け物はピクリとも動かなくなった。
「―――――――!」
ハルゼフスの表情は驚きの表情に変わり、やがて冷や汗を流しながら笑う。
何せリズはブルーズに背を向けたまま、やっとこちらを襲おうと出かけて来た奴等を、ハルゼフスと顔を合わせて殺してしまったのだから。
―作戦開始(ミッションスタート)―
リズは急いだようにハルゼフスの手を引いて走った。なるべく見えないような安全で尚且つ敵に狙いを定められる所。
我武者羅に走ってついたのは、どうやら宮殿の中庭のようだ。一辺は土手のような坂、古代作りの柱が幾つも立てられ、その奥で宮殿の頭。くぼんだ所に生い茂る芝生。そしてトンネルのような円形でかたどられた壁。
それはまさに古代ローマ。
その独特な空気が、二人。メカと龍に緊張を走らせた。
「リズ。中庭の真ん中っていうのはかなり不利だと…」
「いや。あたりを見渡せる。逆に有利ととらえるのが良いだろう。そのかわり教授。今回気絶したら私は本気で貴方を軽蔑する」
そうして銃を両手でしっかりと持ち、トリガーに指をかける。これが本当に十四歳の少女だと言うのだろうか。
「でもまぁ今回は気絶すればきっと僕は死にますよ、はい」
「死にたくなければ精々気絶しないように努力するんだな。今回は単独で来る馬鹿どもではないようだ。必ず頭がいる」
「……………なるほど」
そして降り注ぐ、暁の光は、その視界を鈍らせた。いまだにかかってこないブルーズ達。緊張が迸る。お互いに背中を合わせて立つ二人は今だ感じたことの無い圧迫感に見舞われていた。
「…ッ――何か起きたのか?まさか指令であんなチョロイブルーズ一人じゃないだろうな」
そう一言吐くと、イライラした為が一つの弾を上に飛ばしてその銃口から煙が吹き出る。
「まぁまぁ落ち着いて。弾が勿体無いですって。そのマシンガンの弾高いんですよ?」
その瞬間だ。一つの影が、ローマの柱の上に立っている。ハッと気付いて暁の光がその顔を照らせば、紛れも無いブルーズだった。
白髪の長い髪を一つに結ったその女は怪しげな色香を醸し出し、金色の瞳は何もかも見下ろすようだ。だがそれは一つの罠に過ぎないという事。それを何時でも中心に供えていなくてはならない。
「やっとご登場だな」
リズは小型マシンガンのレーザーポインターの赤い光を女の眉間に向けた。女はクスッと笑うと、黒い装束を瞬かせて言い吐く。
「童はパール。生きたいのならはよウイルスチップを渡すのじゃ」
右手で二人を指すと、気味の悪い美貌を側に言うのだった。その姿は今までの奴tらより格が上の奴だと、二人は瞬間的に察知する。
「は…チップ?そんなの知らんな。大体なんだお前は。術か何かで隠しているつもりか?クソババァ」
その無表情な顔で女を突き刺した。パールという女ブルーズの顔は見る見る内に変化していき、ヒステリックになった。
「キィィ!生意気な餓鬼じゃ!童を怒らせてしまったのぉ。死ぬ覚悟は出来たんじゃろうのぉ?」
「死ぬのはお前だ」
「そうですねー。見た目的に貴方弱そうですし」
鉄の雨のように降り注ぐ言葉は、相当パールにダメージを当てたに違いない。だがそれと同時に奴の怒りは急上昇。パールが伸ばした右腕をそのままにしているとその腕は輝き、やがて青白く光るアーチェリーとなるまで、その時間は一瞬だった。
「…今の時期に弓矢…か。どんなけ時代ハズレなんだお前は」
「あの…リズ?爽やかに切れてません?」
「さぁな」
次の瞬間に、テルミニ駅が壮大な爆発音と共にチリとなった。けたたましい黒い煙とゴウゴウと燃える炎。人々の恐怖の声が響き渡る。今の時間、会社から帰ってくる絶好のラッシュ。それを奴は爆破したのだ。あのアーチェリー、中々侮れない。かなりの破壊力を持っていると予測をした。
「ふ…童を怒らせれば…このローマ住民を一晩で朽ちさせることができるのじゃ…どうだ?少しは驚いたじゃろう。ならさっきの言葉を…撤回しろ」
「知るか。他人のことまで構っていられる状況じゃないわけだし、真実を言ったまでだ”クソババァ”」
ヒステリックなパールは余計に血をのぼらせ、その矢先をリズに向ける。銃声が響いて女の手や脚を打ち抜いた。だがパールはそんなことに見向きもせず、狙いを定める。
「痛覚ってモノが…ないんですかねぇ」
ヘラヘラと笑いながら言うハルゼフスはなんて緊張感の無い男だろう。リズは内心そう思ったが口にせず、その女が近づいてくるのをじっと見た。
「殺ってしまえ、童の下部達よ」
そう言い放った瞬間に回りから大量のブルーズが顔を出し、一斉に襲い掛かってくる。ハルゼフス教授はキョトンとして何秒か後に動き出し片っ端からブルーズ達を殴りにかかる。リズはといえばパールと一対一の立場に迎えられ、その無表情な顔をピクリとも変えず銃を降ろそうとはしなかった。赤いポインターが顔の真ん中に現れる。
目の前には、”自分”…――――――――――
「…な!何のつもりだ年増」
その表情を少しゆがめて、自分の顔にもポインターが現れているのに気付く。ハルゼフスが加勢に入ろうとするのだが大量のブルーズ達に囲まれて、身動きできたい状態だった。
「くっくっくっ…いい気味じゃ!えぇ?もう一回言えば、その顔が醜くなるのじゃぞ?ウイルスチップの在り処を言うのだ。さぁ、はよせんと首まで吹っ飛ぶぞ」
「あぁ、そう言うことか。ミラー…だろ?いいさ。何度でも言ってやる、”年増”。大体私はチップの在り処などは知らん」
その後に言った言葉を聴き取らぬ間にリズはひざまづいて倒れた。一体何が起きたのか。一体…―――――――――
―ザザッ…ピー、ガガーッ…き、機能停、止。IPチップ…はかぃ…―
「リズ!!!リズ!!!!!」
―教授の声が…遠い。何が、起きた…―――――――?―
そして蒼い火花を散らして、リズは倒れこんだ。靡く金色の髪が紅に染まる。ロボットの血も、あの赤だった。
「ざまぁないの。お前のような古い型に、負けるはずが…おっと、殺してしまったかの?おぉ?」
女はあざけ笑うとその頭を蹴り飛ばす。実際に起きた事は、パールの右腕は鋭い鋭利な刃物に変わり、リズの心臓部を貫いた。銃を両手で持っていたリズにとって、もっとも隙の多い部位だったのだ。
ザ、ピー…ガッ
鈍い機械音と、響いた湿った音はハルゼフスの耳に流れ込んだ瞬間、我を忘れるほどだった。
雑魚いブルーズは全滅し、揺ら揺らと動きながらパールに近づく。それはもう鬼のような面影で。パールの背筋にも、悪寒が漂った。
「しょうがないですね…リズ。見っとも無いですよ…」
その座り込んだ目は、やがて光り輝く緑色へと変色をしていく。
―龍の眼―
まさにその光景だった。いつもはあんなのほほんとした顔の教授の表情はみるみる内に変わっていく。そう例えばあの、”白龍”のように――――
「チ。使えない奴らめ。まぁ良い。お前は知っているんじゃろ?ウイルスの在り処。さっさと言ってしまえば、楽に逝けるからのぉ」
倒れたリズを挟んで向かい合う教授と女の周りには、百虎のごとく黄金のオーラと蒼龍のような青白いオーラに包まれる。だがリズにまとう黄金のオーラはやがて散った。残った青白い光は、紛れも無いハルゼフスの物だ。
「さぁて…女の方に手荒なことはしたくないんですけどね。しょうがないでしょう。本当はこの姿、誰にも見せないつもりだったのですが」
すると教授の手に現れる、気の塊。その塊はバチバチと音を立て、恐ろしく唸った。ハルゼフスの背中には龍が。ひょうひょうとそこにいる。
その面影に恐れをなしたパールは”勝てない”と心の中で呟いて、後ろず去った。
「ま、待つのじゃ!ウイルスはもういい!み、みのがし……ぐぎゃぁぁぁぁ」
龍の面影はその気の塊を、後ろにこけたパールの頭に叩きつける。女は白目をむいて血が吹き出す。しつこく悲鳴をあげるその女に、龍は止めとして内ポケットに入っていた短剣を心臓部に突き刺した。悲鳴はぐがぁぁと一言吐き捨ててぴたりと止んだ。
それはもう地獄絵のような死体の山。返り血を浴びた龍は、やがてもとの教授に戻る。瞳の色も元に戻っていた。自分が浴びた返り血を眺めてリズもそんな気分だったということ。それを思い知る自分がそこにいて、こんな血さっさと流したいと、心から思う気持ち。
夜になって月夜が照らす。残されたのは自分だけ。そして都合よくも雨が降り注いで、その血が流れるのが実感できた。
そして膝をついてリズをだきしめる。雨と一緒に流れる涙は、本人しかわからないだろう。今だに治まらない駅の火災の火がじょじょに消えていくのも気付かずに、そんなのに目をやらずに、銀色の髪が濡れる中で、リズを強く抱きしめる。
「リズ…!リズ!!ごめん…なさい。僕が不甲斐ないばっかりに…」
そうして教授は雨の中小一時間泣いた後、自分の館があるミラノに徒歩で向かって行った。
―作戦終…了(ミッション…コンプリー、ト)―
第五話:「後ろを見るより前を見ろ」
どれだけたったろう。記憶ではたった三日。でもそれは三年とも勘違いできるほど、奴は独りだった。
あれからリズは修理され、今も尚健全。元気な少女ではあるが、
それと同時に指名手配もされている。つい先日に手紙が届いた。
―国務機械省管理管より通達―
ハルゼフス=ウルフ教授。
貴方がIPRONLYをかくまっている事はすでに調査済み。
国連にそのIPRを渡せないというのなら、国連総出でそのIPRを撤去しに行きます。
間違っているのは、貴方自身だという事にお気づきください。
もし抵抗するというのならば、予告無く貴方も犠牲になるかもしれません。
以下の期日を守り、IPRを連れて来る事を命じます
○月×日厳守
代表:ハーゼン=ジョンソン
「……ッ―どうしますかね……リズ、貴方は捕まりたくはないでしょう?尚且つ処分などされてたまりますか。リゴット教授が世界を救うために作られたメカなんだ。僕はそれを見取る義務があるっ」
夜の傍ら、リズが眠るその横で、ハルゼフスは舌打ちをした。国からの手紙が、とうとうやってきてしまった。
期日は明日。教授は絶対に渡せないと、心で誓っている。だがしかし問題があった。ここからどう逃げ出し何処へ行けばいいのか。
勿論逃げ出したらその瞬間にハルゼフスも指名手配だ。それを承知で、任意しているのだから、この教授もたいしたもんだと、そう思うほどであった。
「ハーゼン……かぁ」
彼がぼやくハーゼンの名は、彼には印象深い相手だった。その理由は同じ大学だったということ。今は国務機械省の代表まで勤める。それに比べこの教授はどういうことだ。
ハーゼンとハルゼフスの仲は良いといってよいと思われる。かつては二人で夜中の街を歩き回り、悪い事もよくやったもんだ。
ハーゼンという男は昔からの悪だったらしくただ単に脅されて付き合っていたというウワサも一時期出たのだが、彼は決してそうではないというのだ。
勿論それはハルゼフスもわかっている。
その手紙は書類も一緒に纏められ、なんとも結滞な物だ。
「明日……交渉にでも行ってきましょうかね」
座っていた椅子から重い腰を持ち上げて、リズに布団をかけなおす。白い部屋のモダンな灯りも消され、その後に灯る研究室の部屋。
あれから少しは掃除をして、まともになったきがするのだが、まだキレイとはいえない状態だ。
「えー、何々?ふむふむ…―――――――――」
ハルゼフスは書類を読んでいる途中で眠りこけ、夜中から朝までその電気はつけっぱなしだった。
迫るその日。リズはいつも通り黒い長ズボンに白の長袖の上にえりの高いコートを羽織って、とある場所へ連れて行かれた。
―機械省―
「お?ハルゼフスじゃないか。よーっくあの田舎からここ(都会)までくるなぁ」
そこの受け付けをしている途中で出会った、ハーゼン。
床は細かい網目で作られて、下の景色が覗く。どうやら会議室で、今いる二階は肉体労働系のようだった。
響く轟音。オイルの匂い。
「やぁ。ハーゼン。元気にしてましたか?」
ハルゼフスはハーゼンの肩をぽんと叩いて、嬉しそうに呟いた。相変わらずぼろっちぃ白衣を着たままの状態で、一緒にいるリズは少しだけ恥かしくなってその長身の後ろへ隠れた。
「ぼちぼち。ん?それ、か?”例”の」
アゴでリズを指すハーゼンはサバサバした黒髪をかき上げながらタバコを吸って、忌々しいという目でリズを見る。
いい気分はしないだろう教授は、腹黒いがためにそれをそっと隠して、ニッコリと笑った。
「何だお前は。人に何か訊くときくらいその弛んだ足をピシッとしたらどうだ」
リズはいつもの無表情で突き刺すと、ハーゼンの顔が歪んだ。
まるで”IPRの『くせに』”となじいているようだった。
その白熱の争いの中で約一名ヘラヘラと笑い飛ばそうとしている奴がいる。
それがまぎれも無いハルゼフスだ。
「まぁ良い。で?渡すんなら渡すんで早く契約書書いてくんねぇかな。こちとらそちらさんみたいに暇じゃないんでな」
―嫌味ったらしい奴だな―
リズはハルゼフスに目線でそう伝えると”いつものことだ”と返されて、すこしむっとした。
「ハーゼン?」
ハルゼフスが少し強く呼ぶと、嫌そうに後ろを振り向いて”なんだよ”と問い掛ける。これが本当に大学の親友だというのだろうか。
ただ合わせているようにしか見えないのは、リズだけなのであろうか。
リズは幾度となくハーゼンの話をさせられ、印象の強い名前で、こんな教授とつるむ奴なんてもっとのほほんしてるんだろうなと、そう思ってばっかりだったが、
どうやらただ、遊ばれているだけにしか見えない。
「逃げます」
ハルゼフスはニッコリそう言った。それはもうリズにしか解らない怒りをたっぷりと込めて、刺すように吐き捨てる。
「……は?…」
ハーゼンはくわえていたタバコを床に落とし、書類までも落としそうになった。
そしてクククッと笑えば、奴はまた侮辱をし始める。
「ハルゼフス!お前もいつからそんなに偉くなった?俺に逆らえるほど賢くなったのか?」
「お前は偉くは無い。そんな自分の気持ちだけぶつけて、ただの幼稚園児とおなじじゃないか。自分の思い通りに事が進めばそれでいい。ならなければ、潰す。やっていることは餓鬼とさほどかわらんではないか」
リズは前にずいっと出て、睨みつける。それを見下ろすハーゼンは小ばかにしたように笑い、今だ尚戯言を続けた。
「はっ。笑っちまうぜハルゼフスさんよォ!?こんな餓鬼にかくまわれてるんですか?グハハハハハ」
右手で顔をおおって馬鹿笑いをするハーゼンは、周りから見てどう思われただろう。ここにいる従業員全員が、この男の言う事は正統ではないことに気付くのだ。
面倒な社交辞令なんてもんがあるから、誰も何も言わず、口を紡ぐ。
「相変わらずですねぇ。じゃあ賭けましょうか?僕達が逃げて、貴方が捕まえる。さーてどっちが喰われるんでしょうね……?」
そう笑ったハルゼフスは奴よりずっと大人で、逆にハーゼンを馬鹿にしているようだ。
「いいぜ。面白そうじゃねぇの」
「成立ですね。勝負のときは、容赦無しに殺しますから」
「ok。我友として我『同士』」
皮肉な会話が途絶えた瞬間、メカと龍は逃げ出した。当ても無い、何も無い。
けれどそこには未来があると、リゴット教授も言っていたように。
この暗黒世紀を終わらせるためには、リズのようなIPRONLYが必要なのだ。
ブルーズ、国務機械省。そのどちらに殺されるかだなんて今考えても解るはずがないが、後ろをみるより前を見ろ。
「教授。今更後悔しても遅いぞ」
「いやー、後悔してるかもしれませんねぇ」
―指令2:アメリカNYへ旅立て―
その存在はなくてはならないものだとしたら
最終話:『NY.アンパイアステイトビル』
エンパイアステイトビル
展望台から夜景のマンハッタン…
5番街と34丁目の角、ミッドタウンにそびえるニューヨークのシンボル的建物。地上102階、テレビ塔を含めた高さは443メートル。1931年に、以前ウォドルフ・アストリアがあった場所に建てられた。86階には展望台があり、360度ぐるりとマンハッタンの景色を眺めることができる。特におすすめの時間は日没ごろ。高層ビル群のイルミネーションがきらめきはじめ、ロマンティックそのもの。近くには、世界最大のデパート「メイシーズ」や、スポーツやコンサートの会場となる「マジソン・スクエア・ガーデン」などがある。
「はぁ…指令ってそんなに大雑把にしかでないんですか?リズゥ…」
そう書き込まれた観光所の本を片手に、あの教授は言った。
ハーゼンと約束を交わした日から、災難が続く。それは勿論二重攻撃という奴だ。
そんな二人の心には勿論と言って良いほどのストレスがたまり、特にリズは平然とした顔で激怒していた。
それを予知する教授は少しは気を使ってあれやこれや訊くのだが、その応答はどれも「そうか」や「知らん」。最悪な時はシカトされるなどという有様だ。
でもそんな状況に置かれて教授も黙っているという事はまずない。
そして二人のイライラから口喧嘩はこぼれ始める。それが治まりきらなければそこでもうOUT。今まさにその状態に置かれている立場であった。
「リズ、怒るのは勝手ですけど周りの人に危害を加えるような事は控えめになさったらどうですかね」
ハルゼフスは不貞腐れた顔をしてそこらのゴミ箱を蹴り飛ばすリズを見てその暴れる腕を掴んで、無理やりこちらを向かせれば、まだ子供のリズは睨み返してその気持ちをぶつけにはいる。ぶつけと言うより、攻めとでも言おうか。
「自分も少しはそのヘラついた顔をどうにかしたらどうだ」
無理やり捕まれた腕を振り解いて猫背気味に歩く。その光景を見てハルゼフスもカチンと来たのか、腹黒笑顔は上昇。その場の空気は刹那、ピシリと鈍い音を出した。
そして気付けばNYの夜景の見所、『エンパイアステイトビル』……――
「リズ、人が多いのではぐれないように…て、居ない……」
心を切り替えて左を見ればその小さな少女は消えているのだ。
「リズ…――――――――――?」
教授の心配をよそに、リズはもうビルの中。沢山の人で賑わうため、手荒な事はできないと彼女がそう思ったとき、一瞬にしてその思いは砕け散るのであった。
いつかの暗闇が、また訪れる。
あの地下水のような、暗闇が……。流れ込むノイズ。自分以外につくられた誰か。
自分を恨む……誰か。
その記憶は曖昧にしか過ぎないが、でもリズはその時に感じた「誰か」を他人事とは思えずにいた。
NYに輝くマンハッタンの夜景は消え、ただ一つ不規則に聞こえる、靴の音。
「誰だ?こんな悪趣味な場所を提供する馬鹿野郎は」
リズの怒りはその刹那頂点に達し、言葉遣いが荒くなる。その無表情な顔はより静寂と化し、全く持ってその状況がわかる奴にとってはつらい事だ。
「……君、なんだね。リズでしょ?知ってる?僕の事……―――――――」
「こんな趣味の奴に知り合いはいないと思うが」
暗闇から現れる一人の少年は、不気味な表情で現れ、出迎えの笑顔をこぼす。
深緑の髪は揺ら揺らとそこに揺れ、座った目はリズから視線を放そうとはしなかった。リズのノイズは拡大し、いつしかその場にすら立っていられなくなってしまう。片膝をついて俯く彼女をまるで快感のように見るその少年は、紛れも無くあの「誰か」だと、思うしかなかった。
「立てないの?立てないんだね。そうだね、ここにはアノ電磁波が流れ込んでいるんだから」
「電磁波…?ッ――――…何のことだ」
二人っきりの暗闇で、二人のその足元にしか伸びない光。その光りの片方はうずくまり、もう一つの光はそのうずくまった光に近づく。そして少年は金色の髪を勢い良く引っ張りあげる。リズが短い悲鳴をあげれば、少年は笑った。
「忘れちゃったの?リゴット教授がつくった電磁波……。あれはね、もしもの時機能を鈍らせる破壊装置なんだ」
「……何がしたい?何が望みだ。つまらんことをやっていないでさっさと話したらどうだ」
髪を振りほどくと少年は「おやおや」という顔をして、うずくまる彼女と目線が会うまで座り込む。そして言い吐く、その言葉。
「僕?僕はIPRMIRROWONLY。君と同じ教授に作られたロボだよ。名前はリング=オヴ。よろしくね」
麻痺をした少女に冷たい手を差し伸べるリング。その表情はまるで、悪魔のような恐ろしい顔だった。リズは何かが可笑しいと思う。私は何故リゴットという教授を殺してしまったのか…と。
何せ自分には殺す理由が無い。まさかとは思い、尋ねるが、案の定答えはリズの予想通りで、一瞬唖然とし唇から血が流れ出すまで、強く噛んだ。
『リゴットを殺したのはお前なのか』
『何で知ってるの?ばれないように君の記憶を破壊して尚且つ違う記憶を挿入したというのに』
全ては影から見ていた奴の思惑通りに事が進んでいた。そのことを知れば、リズには深い後悔が流れる。それを楽しそうに眺めるリングは、一つの恨みをそえて、ニッコリ笑った。
「じゃあさぁ、思い出したんなら、”君の”、頂戴よ。僕は君が目覚めるまでこの世界に攻撃をしなかったんだ。だって”君の”がないと、何もできないからさ」
フッと麻痺が取れたようにリズの身体は軽くなる。よたついて立ち上がれば、『君のを頂戴』と、駄々をこねる少年。
「”君の”?」
「やだなぁ。そこまで思い出していないの?ウイルスチップはねぇ、僕に使わせないよう、リゴット教授が”君の身体の中に隠した”んだよ。君が眠っている間は安全装置がついていて手を出せなかったんだ……」
そういうと幼い子供のようにシュンとした顔をして、涙目でそれを訴える。今だ尚明けることの無い暗闇で、記憶の断片は蘇り始める。
「ねぇねぇ!君もこの世界を手にしたいとは思わない?仲間に入れてあげるから、一緒に独裁者にな…」
「断る」
言い終えぬまにそう言えば、リングは激怒し、リズの頬を平手で殴る。リズの頬は赤く染まる。そしてリズは、考える。
私はリゴット教授が大好きだった。
でも奴はそんな教授を殺した。
私に与えられた使命はブルーズを全滅させること。
そして決してミラーにチップを渡してはならない。
だが奴がブルーズのボスだと知ったとき、信じられなかったんだ。
そして地下水まで追い込まれて、システムが破壊。
リングはまぎれもない私の友達”だった”……
龍も居て、同じように記憶を改造され、尚且つ人体に移し変えられ、龍の身体は他の目的に使用されてしまった……
全てを思い出した。チップが自分の身体にある理由を。
「お前も変わらないな。有り得ない。お前にチップなど渡せるか」
「何でだよ!友達だろ!僕は世界を手にするんだよ!!!お前なんかに何が解るんだぁぁぁぁあああああ!!!!!!!!!」
キチガイのように怒鳴りつけて、リズの顔を何度も殴りつける。叫びをあげながらそんな事を言うリングは、幼い餓鬼のよう。
「せっかく……ハーゼンまで使って君を捕まえようと思ったのに……」
そしてシュンとなり、思いもよらないことを言い放つ。
まさかあのハーゼンとかいう男も、屍だったというのか。ハルゼフスの友達に成りすまし、そこまでして私のチップを狙うのか……
「最低な奴だな。死んどけ。下衆」
そう銃を向けたとき、少年は怖がり尻餅をついた。そして『何でだよぉ』と幼い瞳で言っては、後ずさる。コツコツと響く靴の音は確実にリングへ近づく。
「わぁぁぁぁああああああっ!!僕に!僕によこせぇぇぇぇ!」
そうしてリズ腰にしがみ付いてそのまま押し倒す。少年は甲高い叫びをあげて、突然現れる刀を喉にさらした。なきじゃくって叫んで笑うリング。
―いかれてやがる。この馬鹿―
「言え!言えよぉ!!!どうやったらお前の身体からチップが出るんだよぉぉ!!」
「そんなの私が訊きたいぐらいだ」
そしてハルゼフスがそこに現れる。ひどく驚いたようだった。まさか自分の記憶も作り返られているとは思いもしなかっただろうが。
「リズ。突然消えないで下さいよ」
「悪い」
どうする。結局世界の混乱の原因は私じゃないか。やはり生きていてはイケナイ奴なのでは……?
「仲間が増えた所で!僕に勝てるとおもってるのかぁぁぁ!?」
喉にさらした刀をグッと近づけて、そこにいる教授を睨む。スポットライトのような光は三つに増え、その場は一瞬静寂に満ちる。
「いいさ……殺しちゃえ!僕の玩具達!!!!」
そう言い放つ瞬間に大量のブルーズが現れる。こんなにいては切りが無い。ハルゼフスはその一匹一匹をぶん殴って倒していくがその一方でリズとリングの話は続いていた。
「早くしないと教授が死んじゃうよぉ?いいのー?」
「奴は死なん」
「早く言わないとこの首……掻っ捌くぞバカァ!!!!!」
そうして飛び散った、赤黒い液体。あたりに斑に飛び散り、それは教授まで届いた。
「うがぁぁぁぁぁあああ!痛い!痛いぃぃぃぃいい」
腰についていたマシンガンを向けたリズはそのまま撃ち、リングの横腹を貫通。少年はひどく痛がり、床をゴロゴロと這いつくばる。その瞬間大量もブルーズ達は姿を消した。
「要するに…だ。お前の気が崩れればあんな分身は消えるってことだな」
何だかどっと疲れたように立ち上がれば、その銃口をリングに向ける。いまだに治まることなく暴れるリングに二三発弾をぶち込んだ。そうして動かなくなる。
だがこんな簡単な事でIPRが壊れるはずが無いのだ。一体、どうしてというのだろうか……。
「リズ。有難うございます。助かりました」
「礼は無用ださっさとあのキチガイをぶん殴らないと気がすまん」
「同感ですねー」
ピクリとも動かなくなったリングは、少し時間がたつとガバッと起き上がり、睨みつける。
横にならんだリズと教授は目の前に広がるその光景にあっけどられ、しばらくの間その光景から目を離すのは無理な事だった。
「あれは……っ」
教授がそう言えばリズは間違いないだろうと冷や汗を流す。
間の前には何時しか昔に奪われたあの…白龍だった。
何かの目的。それはいずれも自分の身体に取り込んで利用するためだったのだ。龍はその昔人に被害の及ばない場所でのんびりと過ごしていたというのに、彼に罪はないはずなのに、己の目的で勝手に使われた。
それは怒りに変わり、ハルゼフスの瞳は真緑に変色を始める。リズは見たことも無い教授の姿に、一瞬怯えた。
「あはははは!・・・・・・・・・・・・・・・・死ね」
リングはその巨大な龍の姿をさらけ出し、ぎょろぎょろとした目をこちらに向け、二人の小さな物体を大きな手の平で叩きつける。
「ッガ・・・・ハ」
教授の口から血が噴出し、リズは左腕から銅線がこぼれた。それをみて『ひゃはははっは』と不気味に笑うと、何度も何度も床へ叩きつける。
轟音が響いた。リズはかろうじて右手に持っていた銃を発砲し、驚いた龍は思いっきり二人を投げる。その刹那、三つのオーラがまとった。
百虎のような黄金の輝きと、蒼龍のような青白い輝き。そして暗黒のような紫色の不気味な輝きが、そこへ交差する。
「死ぬのは貴方ですよ」
「そうだ、死ね」
光り輝く正義のオーラは膨張し、闇を圧倒した。
「勝てるはずがないじゃないかこの僕に」
「でもまぁもう精神的ダメージでブルーズは出無いんですよね」
その瞬間。闇が彼を蝕んでいく。闇の力に全てを託しすぎた彼は、その闇にどんどん飲み込まれていった。闇を侮ってはいけない。闇はいつだって好機をねらっているのだから。
「うわぁぁぁぁ!助けて!助けてぇぇぇ!!!」
悲鳴をあげて、闇の隙間からそういう彼は、何とも情けない姿だ。だがそんな彼を、助け様とはひとかけらも、二人は思わなかった。ただただ奴が闇に飲み込まれていくのを見取る。
「ああぁぁぁぁぁあ………――――――――――」
そして闇は消えた。残された二人は切なげにその場を見つめる。気がつけばそこは、エンパイアステイトビルの頂上。
―生きていてはまたいずれ、チップを狙う輩は現れる…―
リズはそう心で呟いて、ハルゼフスがこちらを見たとき、彼女の手の内には一つの手榴弾が、眠っていた事に気付かなかった。それは後の後悔になるかもりれないが、気付かせまいと、リズも思っていたのだ。
したたる涙。それを心配してハルゼフスはぽんぽんと頭を撫でる。この笑顔が最期だと、この人といれる時間がこのひと時だと解ると、余計悲しくてならなかった。
「教授。喉が渇いた。飲み物…買ってきてくれるか?」
「え?えぇ、いいですよ。紅茶でいいですよね」
そうして少し嬉しそうに立ち去ろうとする教授を止めて、リズはその頬へ口付けを落とす。『ありがとう』
その重みはまだ彼には通じずに、彼は紅茶を渡したときにするリズの表情を浮かべて、側から歩き始めた。
「ッ・・・・・・ありがとう……教授」
後ろで涙を流して、見送る。それはどんないつらい事であっても、自分の存在はありえないのだと、信じて、そのピンを引いた。
「生まれ変わったら、人間になれると…いいな」
そう、言い残して、ビルの中でものすごい爆発音が響く。爆風がゴウッと吹いて、流石に教授も事態を察知して、そのフロアに戻る。
そこに転がる機械の破片。煙で前が見えないが、何があったかは理解できた。
「リズ…何でこんな馬鹿な真似を・・・・・・・・ッ」
その場に膝をついて、泣いた。彼女のためい持ってきた紅茶がフロアの床に流れ込んでいく。彼はまた、一人になっていった。
「リズ!!!!!!!!」
その声は空しく、響く。遠く聞こえるリズの面影。あのときの『ありがとう』。あのときの口付け。
全てをを忘れてはならないと、そう、胸に刻んだ。何百年、何千年たとうとも、彼女の存在を、忘れてはならないと。
それからのことである。
何十年も、経っただろう。ブルーズについてはもう音沙汰無しだ。
教授は相変わらず平穏な日々を過ごし、毎日が平和であることを幸せに思っていた。
何か足りないものを償わせようと、毎日必死に研究を続ける。
でも一つあいた場所は、消えない。そのままずっと残ったままで、彼女を忘れてしまわぬように、ずっとずっと、あの日のままで。
軋んだドアの音がして、底に近づく。
「はーい、どちらさま……」
そこに輝く、金色の長い髪と、暗紫の瞳。教授は一瞬。目を疑った。そこにいた彼女は紛れも無いリズというあの少女だったから。
「教授。言ったろう?人間になりたいって」
「そんなの……僕聞いてませんよ」
そうして二人はそこで抱き合い、嬉しそうに笑う。
これでまた一緒に過ごせる家族が増えたのだと。何年先も生まれ変わって落ち合うと。
貴方の存在は、そこにあるとしたら。
Log.<完>
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2005/01/18(Tue)10:40:56 公開 / 黒羽根
■この作品の著作権は黒羽根さんにあります。無断転載は禁止です。
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■作者からのメッセージ
完結を果たしたLog.です。
最期の方は何だか無理やりなのですが…
とりあえず初の連載が完結したので嬉しい限りです!今まで感想を下さった皆様どうもありがとうございました!
これからも新作を作っていこうとおもうので、どうぞ末永くよろしくお願い致します。
本当に、有難うございました。
それでは次作で会いましょう。