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『あたしの触覚』 作者:8 / 未分類 未分類
全角2519文字
容量5038 bytes
原稿用紙約6.9枚
 寒い。
 あたしの眠りを妨げたのは…この寒さか。いや、なんだかそれだけじゃない。まぶたの裏が真っ赤に染まっている。眠いあたしが大量にかもし出すこの気だるさが流れる狭い空間の中で、少し身震いしてからうっすらと目を開ける。目を開けようとすると、あたしの狭い視界を何かが覆って、うまく目をJけることができない。一面にあたしの目の前を包み、あたしの眠りを妨げたもの―――それは、誰もが美しいと感じる、夕焼けの光だった。
 けれどあいにく今のあたしは、その美しさにうっとりとする余裕もなければ、美しいと感じる人間の心の、本当に基礎になりそうな感情も持ち合わせていない。この夕焼けがあたしの眠りを妨げるくらいならいっそのこと、世の中から消えてしまえば良いとさえ思う。あたしにそんなことを思われていると知ってか知らずか、夕焼けはさっきよりも赤みを増して、暗くなりかけた空に浮かんでいる。あたしにはそれがまた、気に食わなくてしょうがない。

 まだ起きる気がしないあたしは、目を硬く瞑って、何度か寝返りを打ってみたけれど、あたしの脳細胞は、体に、「寝ろ」という信号は出してくれなかったらしく、ベッドの上でのあたしの努力は無駄となったようだ。それに、目が覚めた時から、なんとなく自分の中でごまかそうとしてごまかせきれなかった寒さも、さっきよりもいっそう気になるようになって、あたしはなんだかベッドから出て、寝る前に閉め忘れたらしい、開けっ放しの窓を閉めなければいけないような気がしてきた。
 なんだかベッドに追い出されるようで、なんとなく悔しかったけれど、この、少し気になる寒さや、眠いのに寝ることができない状態の微妙なもどかしさに負けて、しぶしぶベッドから出た。
窓を開けていたはずなのに、まだ部屋中にバニラのお香の匂いが残っていて、その、お香を焚いている瞬間のとは違う、甘い部分だけが残ったような残り香に少し酔った。頭の中にお香の残り香がふわふわと、形を定めずに舞っているようで、うまく物事を考えられない。このまま、お香の煙があたしの頭を蝕んで、あたしが何も考えられなくなるようにしてくれたら楽なのに。

 「ああ、今は何時だっけ。」
 誰も答えてくれるはずなんてないのに、ついつい出てくる独り言にうんざりしながらも、あたしは携帯電話を見ようとした。が、ない。どこに置いたのかわからない。あんなに小さいものをこんな部屋から探さなければならない。
 あたしの部屋に時計があれば、いちいち携帯電話を探して時間を確認する必要なんてないのに。どうしてあたしの部屋には時計がないのだろう。どうしてあたしは時計を置いてないのだろう。
 あたしの部屋の状況と、時計を置かなかった過去のあたしの愚かさに文句を言っても仕方がないのに、次々と頭の中を回っては消えていく、自分への中傷。それをあたしごと飲み込む、大きくて散らかったあたしの空間。
 あたしのものたちが集いあう、この部屋は、なんだかとてもグロテスクで、それは、霊安室のような、墓場のような、とにかく、あたしが使っているものすべてが死んでいて、それを囲っているような空間で、そして時々、あたしも死んでいるような、そんな感覚に陥る。そんな、他人からしたら、息の詰まるような、居心地の悪い部屋。
 そんな部屋から携帯電話を探し出すのは、とてつもなく困難なような気がしたし、やる気も出なかったけれど、なんだか自分が何時間寝ていたのか気になって、携帯電話を探して、それを知らなければ、気になる気持ちが増大して、後々、厄介なことになりかねないので、仕方なく探し始めたけれど、どこにもない。携帯電話の捜索は、あたしにイライラを募らせるばかりで、しないほうが良かったのかもしれないけれど、やっぱり時間が気になって、でも、一向に現れない携帯電話を思うと、イライラして、枕を投げた。
 
 結局、枕の下にあったあたしの携帯電話は、あたしが嫌いなのか、あたしに見つからないようにひっそりと隠れていたようで、その携帯電話の様子は、ごていねいにあたしをイライラの絶頂に導いてくれた。
 あたしの携帯電話は、その面に、「新着メール1件」という文字を写し出し、あたしはそれを見て、少し、「あぁ、祐輔かもしれない」なんていう、綿菓子のような、無駄に甘い期待を抱いてしまった。
 そんな自分をふがいなく思いながらも、メールを見てみると、沙織からで、結局祐輔じゃなかった、よかった、なんて、思ってもいないことを自己暗示のように何回も何回も心の中でつぶやいた。なんだか、こうでもしないと、あたしの中の何かの回線がどうにかなりそうで、それは、あたしの人生を簡単に否定するような、あたしの世界が崩壊するような、そんな重要性を持っていたような気がして怖かった。
 沙織のメールを読んでみると、「祐輔君と別れたん?いける?」という、イライラしているあたしにとって、最高のタイミングの最高のプレゼントだった。
 あたしは沙織に返事もせずに、携帯電話をベッドに投げつけ、今度は時間を気にせずに眠ろうと心に誓って、さっきの携帯電話より少し遅れてベッドに入り、そのままゆっくり瞳を閉じた。
 遠くのほうで、カラスが鳴いているのが、かすれた意識の中で聞こえた。

 翌朝、学校をサボろうかどうか悩みながら、結局学校に行くと、沙織は何もなかったかのように接してきた。いつものように。
 はっ。これが沙織の気の使い方?世の中の男はこういう気の使える女がいいって?あたしみたいなエゴの塊は要らないって?ご入用じゃないですか。はっ。やめてほしいね。他人に気使って何が楽しいの?そんなことしなくても一人で生きていけるじゃない。他人に気使ってばっかりの女なんて、そんなの負け犬じゃない。
 あたしは誰にも依存しないで生きていける。あたしにはこの美貌がある。そんじょそこらの女とは違う。だから祐輔もあたしに好きだって言ったんだから。あんなのあたしの一時の玩具だから。あんなのと別れて悲しんでるなんて、クラスの女たちに少しでも思われてたらあたしの一生の恥だ。あたしは少しも悲しくない。ただ、腹が立つだけ。
2005/01/20(Thu)11:20:51 公開 /
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