- 『白帯【読みきり】』 作者:影舞踊 / 未分類 未分類
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原稿用紙約10.1枚
どんなに頑張っても、自分にはできないこと。
誰にでもそれはある。
―だからって頑張らないのはかっこ悪いんじゃない?
きっと心の中ではそう思うし、思いたい。
辛いことはみんな嫌いさ、それが結果的にどう繋がっているか?
それだけ知りたい。
自分が頑張った結果、どうなるのか?
結果だけを気にする僕はどう見えるんだろう?
☆ ☆ ☆
僕はどこにでもいる普通の高校2年生。友達もいるし、成績だって悪くない。僕の通ってる高校はこの辺じゃそこそこ頭のいい進学校なんだ。身長が低いわけでもないし、不細工でもないと思う(彼女はいないけど)。学校に入るのも苦労はしなかった。これまで死ぬほど苦しい思いなんてあんまりしたことない。運動もそこそこできる方で、今僕は柔道部に入っている。
「柔道は楽しい?」そう聞かれると答えに詰まってしまうが、とりあえず内心点を稼ぐためとは答えられず、決まって「楽しいです」と笑顔で答えるようにしている。柔道の部活は実際厳しい。進学校なんだからここまでやらなくていいのでは、と思ってしまうほどに。大概ダメなやつはすぐにやめる。試合に負けたり、練習についていけなかったり、交友関係が上手くいかなくなったりと理由は様々だけど。
僕はさっきも言ったけど運動はできる方だ。中学校の時も柔道をやっていたから、練習はきつかったが、ついていけないってことはなかった。試合でも優勝はしたことなかったが、いい線まではいっていた。そんなわけで、僕は人を見る時にその人に「能力」があるかないかで見てしまう癖がある。どんなにその人が頑張っていても、結果が出なければそれは無駄でしかない。もちろんそんな嫌味を言っていては嫌われるから、その辺は口には出さないけれど。
さぁそろそろ受験シーズンだ。最後の試合を前にいろいろと考え込んでしまった。よし、「楽しい」柔道のやり納めだ!
「戸口、野田、前へ!」
部長が言う。
「今回で僕達は引退する。僕達にとっては最後の試合であり、部活だ。みんなも気合を入れて取り組もう!」
部長はそう言うと踵を返して先生に一礼をする。再び向き直ると今度は僕達に深々と一礼。僕達もそれに返す。この学校は進学校であり、2年の終わりにはもう受験のため部活は引退になる。今から行われるのは昇段試合といって、三人連続で勝ち抜けばその人の段位が上がるというものだ。
目を瞑って精神を集中させる。「やめ」と言う声が乾いた空間に響く。隙間風の入る柔道場に柔道着一枚ではやはり寒い。しかし今回の昇段試験は部長も言っていた通り重要な意味がある。正座をした状態で周りを見渡すと、全員黒帯で強そうに見える。やめていく者も多い部活であるからそれほど大人数ではないが、女子部員もちらほらと見える。その全員が黒帯だ。でも。
―部長の腰に巻かれているのは白帯
部活内で一番強い人が部長になるとは決まっていない。腕は二番手だが、責任感がありしっかりとまじめなものが選ばれる。部長はまじめでとても優しい人で、責任感もあった。でも…弱かった。毎日練習にも来ているけど、昇段試合で3人連続で勝った事がなかった。
「さぁ始めよう!先生よろしいですか?」
部長の後ろでむっと正座をしている先生が静かに頷く。部活内では部長と2年生が指揮を取って自主的に進める方針で、先生はほとんど口を挟まない。全員が一斉に立って赤い畳で囲まれた試合場を開ける。
「菊池、赤間、前へ!」
部長が1年生2人の名前を呼ぶ。呼ばれた2人は黒帯を締めなおし、向かい合う。白帯を締めた審判の「始め!」と言う合図とともに技の掛け合いが始まった。どちらも襟首と袖を引っ張り合い、あちらこちらへと足を動かす。一瞬ふらついた赤間の足元に菊池の足が滑り込む。内股。綺麗に足が跳ね上がった。ドンと言う音とともに赤間の体が畳を打つ。
「1本、それまで!」
部長の声がざわざわとしていた中で響く。いつの間にか応援合戦のような盛り上がりだ。
その後も順調に試合は進み、菊池に続き段位昇格のものが続く。2年生が最後の昇段試合ということでみんな張り切っていた。そしてついに、部長の番がまわってきた。みんなここぞとばかりの大声で部長を応援する。部長は白帯をギュッと結びなおし、対戦相手を見据える。3連続勝負の1試合目。
ドン!
「1本!」
部長の大外狩りがいきなり決まった。対戦相手が悔しそうな顔をしているのを見て少しほっとする。次の試合、1年生の巨漢(実際はそれほど重くはないが手足が長い)大沼が部長の前に立つ。「始め!」の合図で両者とも奥襟を取られぬように必死に手を出す。掴まれた袖を引っ張り合いながら、歩き回る。何度も試合場から出て、長い勝負だった。
ドン!
「技あり!」
部長の子外狩りが決まった。何回も何回も練習していた技だ。僕はよくそれを見ていた。周りの声援がいっそう大きくなる中で、僕も負けじと声を出した。でも、結局そのまま判定となって、部長は2勝目を上げた。
「戸口、野田、前へ!」
呼ばれたままに足を動かす。部長には勝って欲しいがここで手を抜いたら、僕は一生この人と対等に話す資格はないと思った。部長が目の前に立ち白帯を締めなおしている。周りの声援は部長一色。僕もそれでいいと思った。でも手を抜く気はない。
「始め!」
部長の手がぬっと伸びてくる。それを払いのけ、襟を掴みに腕を出す。取っ組み合い、重心を足において駆られないように注意する。さっきあんな2戦目を闘ったばかりなのにどこにこんな力が、と言うほどの力でぐいぐい押してくる。必死の目には部長の今までの全てが入っている気がした。一瞬目を合わせたその時、ふわっと僕の体が浮いたと同時にみんなの声援もいっそう大きくなった。
自分ができないから嘘で心を偽っていた。本当は柔道が大好きだった。でも勝てなかった。いい線まで言っても、結局は勝てなかった。自分に能力が、才能がないって思ったとき、自分と同じ人を探そうとした自分が嫌いだった。いつから結果だけを気にして柔道をやめたくなったんだろう。
ドン!
「1本!それまで」
一瞬にしてしんとなった柔道場。畳の上に寝転がっているのは僕じゃなかった。勝ったんだ。僕が。
「戸口の勝ち」
心なしか元気がないように聞こえるのも無理はないだろう。僕が勝ったのだから。部長が僕を持ち上げようとした瞬間、足が勝手に動いた。部長の脚の内側から、小内狩り。静まり返った空気の中で女子達の泣いているような声が聞こえる。部長はゆっくり起き上がると、向かい合って一礼をした。
「ありがとうございました!!」
大きな声で叫んだ部長。その顔には涙はなかった。
パチパチパチパチ…
どこからともなく拍手が起こった。部長は白帯を締めなおし一礼をすると、「整列」といってみんなを呼び集めた。
「みなさん、今日は僕達2年生にとって最後の部活であり、最後の昇段試験でした。僕は高校に入ってからずっと白帯のままで、結局今日も最後のところで勝てませんでした」
部長は笑って話を続ける。でも、誰も笑わない。
「でも、僕は今日始めて勝てました。それも2連勝です。僕は今まで自分が部長でいいのか、ずっと悩んでました。でも僕は部長をやらせてもらって本当によかったです」
女子達の嗚咽の声が小さく相槌のように響く。
「僕は、部長をやってたから練習にこれたんだと思います。練習して、負けて、練習して、負けて、それを繰り返すうちに僕は自分が嫌になりました。部活も嫌になりました。それでも僕をここまで支えてくれて、頑張らせてくれたのはみんなの挨拶です。僕におはよう部長と、ありがとう部長と言ってくれたみんなの言葉が僕を部活に導いてくれました。今日で僕らは引退です。今までどうもありがとう」
パチパチパチという拍手の中に、嗚咽の声が混ざり、なんとも奇妙な音楽を立てる空間で、部長の顔にはやっぱり涙はなかったけど、顔をつたう汗が涙に見えて僕も無性に感動した。
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2005/01/10(Mon)00:50:34 公開 / 影舞踊
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■作者からのメッセージ
最近やること多すぎで頭パンクしそうです(*□*;
どうも影舞踊です。今回の作品はどうなのこれ?ってな感じですが、ご容赦を(笑
ショートって書いてみたいんだけど、何を書いたらいいんかわからんというか、書いてみても上手くいかないってなことが多いので苦手です(マテマテ
熱血・青春って感じなのかなぁ?これは…
皆様がどう受け取ってくださるかなのですがww
感想・批評等いただければ幸いです。
お忙しい中読んでいただきどうもでした☆