- 『虹の少女』 作者:ラーキ / 未分類 未分類
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全角5306文字
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原稿用紙約17.9枚
「え〜っと、今日からこの学校で生活する虹山玲です。これからよろしくお願いします」
彼女は教卓の前で挨拶をし、皆に向かってぎこちなく一礼した。教室中に拍手が巻き起こり、担任の先生が言葉を発した。
「じゃあ、自己紹介に入ろうか。宮郷、お前からだ」
名を呼ばれた宮郷恩(ミヤサト メグミ)は返事をして自己紹介を始めた。僕は自己紹介文を考えながら、時々彼女の顔をチラッと見た。
今日このクラスにき転校生虹山玲(ニジヤマ レイ)は、このクラスの生徒たちの自己紹介を興味深く聴いている。今日来たばかりなのに、普通なら不安でいっぱいのはずなのに、何故か笑顔で…。
「次、羽野山」
僕の名が呼ばれたのは、ちょうど僕が自己紹介文を考え終わったときだった。僕は返事をして立った。そして虹山の眼を見た。とても澄んで見えた。そのせいか、僕は妙に緊張してしまった。
「っと、名前は羽野山駿(ハノヤマ シュン)です。部活は吹奏楽部で、好きな言葉は『別れは始まり』です。これからもよろしくお願いします」
僕はそう言って一礼をして座った。お決まりの拍手の間、僕と僕の後ろの席の友達、三瀬慶治(ミセ ケイジ)との間では、こんな会話があった。
「なあ駿、お前好きな言葉『別れは始まり』だったのか?」
慶治は笑いながら小声でそう言った。
「? 話さなかったっけ?」
僕は慶治に何食わぬ笑顔でそう返した。でも本当は、このことは誰にも話したことは無かった。というか、そんな言葉は存在しないよ。慶治、気付けよ。……と僕は思っていた。
「さて、次は……と、羽野山」
「はいっ!?」
自己紹介終了直後、突然何の前触れも無く名を呼ばれた僕は思わず大声で言ってしまった。笑いが教室を包み込んだ。僕は顔を赤らめた。
先生は笑いを静めて話を続行した。
「今日から虹山の席は羽野山の隣の空き席だ、いいな?」
その瞬間、男子全員の視線がこちらを向いた。皆とても羨ましそうだ。僕はそれを無視してこちらに歩いてきた虹山に一礼をした。すると、虹山はにこっと笑ってこう言った。
「虹山玲です。よろしくね」
「あ……うん、よろしく」
こうして、僕の隣に転校生はやってきた。
虹山が転校してきてはや一週間。隣の僕はだんだんと虹山のことがわかってきた。勉強は僕より少し上で、運動が少し苦手とか、大人しそうなわりに結構おしゃべりだったり。しかも、前の学校では吹奏楽部でフルートをやっていて、この学校でも吹奏楽部に入ることを約束してくれた。そんなある日のことだった。
昼休み、僕は窓のふちに座って教室内を見渡していた。
無造作に前のほうに寄せられた机、無数の落書きがされている背面黒板、半開きになっているドア。これが、僕たち二年二組の昼休みの風景。そこに、どこかへ行っていた虹山が戻ってきた。
「あ、羽野山君」
虹山は僕を見るなりそう言って僕の隣に来た。僕は、転校してきたあの日、気になって仕方なかったことを聞いてみることにした。
「ねえ虹山」
「? 何?」
虹山がこちらを向く。その瞳は綺麗に澄んでいた。僕はそれをなるべく気にしないようにした。
「転校してきた日、虹山、笑ってたよな? あれは……どうして?」
「え、どうして……って、まあ不安だったけど、不安な顔してたら皆に違和感持たせちゃうじゃない?」
虹山のこの言葉には、やけに説得力があったような気がした。虹山は話を続ける。
「それに、私このクラス気に入ったのよ。皆の自己紹介聞いてて、ああいいクラスみたいだなぁって。だから、不安なんか吹っ飛んじゃったわ」
笑いながら虹山は言う。僕もつられたのか、笑顔で
「ふぅん、なるほどね」
と答えた。すると、虹山がすっ……と笑ったのだ。その笑顔に、僕は吸い込まれそうになってしまい、思わず一緒に笑顔になった。
この瞬間、僕は虹山玲に恋をしたことを、僕自身が虹山のことが好きだ、と言う事を確信した。
その日から、僕は無意識のうちに虹山のことを意識し始めていた。その度に、僕は自分が恋をしていることを痛感するのだった。
ある日、僕が帰ろうとしたとき、慶治が一緒に帰ろうと誘ってきた。慶治の家は、僕の家の三件挟んだ先という近い場所にあるので、僕はすんなりオーケーした。その帰り道……
「駿、ちょっと聞きたいことがあるんだ。いいか?」
ある川に架かった橋の上で突然、慶治が僕に訊いてきた。しかもことのほか深刻な表情で。二人の足が、自然と止まる。
「? いいけど……?」
僕は慶治の深刻な表情に戸惑いながらも、出来るだけ普通に答えた。
「……虹山のこと、どう思う?」
「え……?」
僕は言葉を失ってしまい、しばらく何も言えなかった。慶治の顔が、紅い夕陽に照らされて眩しい。
「いや……そんな大それたことを聞きたいんじゃなくて、ただあいつのことをどう思うか訊きたいんだ」
「…………」
一時の沈黙が訪れる。僕と慶治は何も口にせず、見つめ合っている。僕は正直、本当のことを言うのが恥ずかしかったし、怖かった。もしもここで“好きだ”と言って、皆に知れ渡ったら……。僕の心の奥底には、そのことへの恐怖心があった。
だけど、これでは慶治を信用していないという事になる。僕の本当の意味でたった一人の“親友”と呼べる慶治を、裏切ることは出来ない。許されない。
僕は慶治を信じて、沈黙の末に震えながらも口を開いて言った。
「好き。僕は、虹山が……好き」
すると、慶治はさっきと人が変わったようににこっと笑った。
「ははははは……よく言った駿。それでこそ男だ」
「はあぁ!?」
僕の顔は一瞬で赤くなった。あの燃える夕陽のように。
「まあ、そんなに恥ずかしがらなくてもいいぜ。おれは絶対ばらさないからな」
「……頼むよ、ホントに」
僕たちはこのあとも、楽しげに話をしながら帰ったが、どうしても慶治の好きな人だけは、訊くことが出来なかったが、慶治は約束どおり、誰にもあのことは話さなかった。僕は今一度、慶治は頼れる存在だ、と確信した。
しかしこの頃、虹山の様子が変わってきたことに、僕は気付き始めていた。前は明るかった虹山が、最近になって妙に大人しくなったのだ。見たところ調子が悪いわけでも無さそうなのに、何故かいつも追い詰めたような顔で。僕は、だんだん心配になってきた。
虹山が、もうすぐいなくなってしまいそうな気がして……
そんなある日、僕は信じがたい事実を耳にする。
その日、僕はいつものように部活を終え、昇降口にいた。誰を待つわけでもなく、ただ目の前の横断歩道の車の流れが止まるのを夕陽に照らされながらただじっと待っていた。その時、突然後ろに誰かの気配を感じた。後ろを振り返ると、虹山だった。でも、いつもの虹山とは、何か違った。
「よっ、虹山」
僕がそう言うと、虹山はハッとしたように、
「! ああ、羽野山君」
と答えた。様子といえ、声といえ、何かおかしい。そう思った僕は、虹山に訊いてみた。
「虹山、なんか変だぞ? 何かあったのか?」
「え……いや、別に……」
虹山は哀しみを湛えたような瞳を顔ごとこちらに向けてそう言うと、また顔を下に向けた。僕は耐えがたくなって虹山の前に立った。虹山は追い詰めたような顔をしている。
「なあ、話してくれよ。僕は虹山の力になりたいんだ……」
僕は瞬間的に頭に浮かんだ言葉を、虹山に向かって言った。虹山はしばらくそのままだったが、突然こちらを向き言った。
「……私の言う事……信じて、くれる……?」
僕はそれを聞いて、静かに首を縦に振った。虹山は、何かを決心したように頷き、こう言った。
「私は、異世界に住む“虹の女・レーニョ”。もうすぐ……仲間の暮らす世界に帰らなければいけないの……」
虹山は全て僕に話してくれた。自分が他の世界に住む“虹族”の女“レーニョ”だということ、自分達の世界のつまらない日常に嫌気が差して、自由を求め、統治者に逆らってこの世界に渡ってきたこと、そして一昨日その統治者から連絡がきて、ここにいられるのはあと三日と宣告されたこと……
「……もう、あんな当たり前だけの生活に戻りたくない。ここに、一生いたい……」
虹山はそう言って、ぽたぽたと涙を流し始めた。その一つ一つが、夕陽の光を受けて輝きながら落ちてゆく。
「虹山……」
僕は虹山の正体を知って、事情を知って、何とかしたいと思った。虹山を故郷に帰らせず、一生ここで暮らさせたいと思った。
でも、僕と虹山の力だけではどうしようもない。たとえあと十人、百人集まったとしても同じだろう。虹山は、きっとそのことを知らせずに、静かに去ろうとした……。ただ時だけが、刻一刻と過ぎていく。
僕に出来るのは、そんな虹山に、故郷でうまくやってけるような励ましの言葉をかけてあげるしかなかった。
「……虹山、だめだ」
「! ……羽野山君?」
「今もう諦めてたら、きっとあっちではうまくやっていけない。希望を持つんだ。望みを持つんだ。望みがあれば、きっとその願いは叶う。いや、絶対!」
虹山は僕の言葉を瞬きもせずに、ただじっと聞いていた。この時、もう僕の頭は真っ白だった。ただ、虹山に希望を与えたい。その気持ちが、僕を動かしたんだと思う。
「……それに、その世界は、虹山の故郷だろう? 故郷が嫌いになったらだめだ。自分の生まれ故郷は、自分の心のよりどころなんだ。 当たり前の生活か……僕は羨ましいよ」
「え?」
「こっち生まれの僕からすれば、いつもいろんなことがありすぎるんだから」
「ふふ……」
虹山がすっと笑った。僕が、虹山に恋をした瞬間の、あの笑いだ。
「……虹山」
「何にも思い残さずに、帰れよ。虹山なら、きっとうまくやっていける」
「……うん」
顔から滴り落ちていた涙を袖でふき取り、にこっと笑ってそう言った。
虹山はそれから急に元気になった。僕は元気になった虹山の様子をさりげなく見守っていた。
「……駿、良かったな」
慶治が僕に笑顔で言った。僕は小さく頷く。
「なんか言ったのか?」
「うん、ちょっとね」
しかし、虹山との別れの時間は刻一刻と迫るのだった。時間は感情、心を持たない。僕はこのことに悲しみを感じた。当たり前だとわかっていたけど。
そして三日後、とうとう別れの時がやってきた。僕は虹山の家の近くの公園に連れて来られた。
時は夕方。既に空は朱に染まり、そこには子供たちの姿も無く、僕と虹山の姿だけになっていた。
「……来たよ」
虹山が僕のほうを向いてそう呟くと、虹山の横に謎の蒼い光が発生した。そこから、一人の人間が現れた。男だ。僕らと同じくらいの年の。この人も、虹山と同じ虹族なのだろうと僕は思った。
「……あの方は?」
その男は虹山に訊いた。
「こっちの友達よ」
「そうか……」
男はそう呟くと僕のほうを向いた。こう正面で見ると、年のわりにどこか大人びていて、僕らとはどこか雰囲気が違っていた。
「……レーニョが世話になったようだな、感謝する。俺はバーグ。レーニョの兄だ」
「兄……!?」
僕は虹山のほうを向いた。虹山はコクリと頷く。
「……レーニョも別れを惜しんでいるようだが、統治者の言いつけでな。すまない」
バーグさんはそうすまなさそうに言った。
「いや、それは仕方な……」
そこまで言いかけて、急に僕の目に涙が込み上げてきた。僕は涙を堪えて虹山に向かってこう言った。
「きっと、またこっちに来れるよな?」
「羽野山君……!!」
虹山は少しの間下を向いて黙ってしまった。どうやら虹山も涙が込み上げてきたようだ。僕は虹山に歩み寄って手を握り、こう告げた。
「“別れは始まり”だよ。ここで分かれても、またあっちでの生活が始まるんだ。前向きにいかなくちゃ。な?」
虹山の手を握る僕の手に、虹山の涙が落ちてくる。その一滴一滴が、僕には水晶玉のように見えた。
「さあ、レーニョ。時間だ。羽野山君に挨拶しろ」
バーグさんは虹山にそう告げ、光の中に消えた。虹山は手を離し、僕のほうを向いた。もう涙は治まったようだ。
「じゃあ、またな……」
「ありがとう……!!」
虹山はそう呟き、光の中に消えていった。その直後、僕の瞳から涙が溢れ出した。よくよく考えてみると、気持ちを伝えるのを、僕は忘れていた。
一週間後、故郷へ帰った虹山から便りが届いた。
帰ってからはちゃんとやっているということ、両親が帰ってきたと同時にないて喜んでいたこと、こっちでの体験をまとめた本が学校のベストセラーになったことなどが書いてあった。どうやら、あっちでもうまくやっていけているようだ。
僕はホッとして手紙を封筒にしまい、ため息をつく。ふと空を見上げると、雨上がりの空に綺麗な虹がかかっていた。
「……あれも、虹山の仲間なのかな……」
その時、空の彼方に何かが光ったような気がした。目を擦って、もう一度見た。しかし、そこには何も無かった。
「……気のせい……か」
僕はそう呟き、また歩き出した。
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2005/01/09(Sun)18:11:17 公開 /
ラーキ
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