- 『自心喪失』 作者:うしゃ / 未分類 未分類
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全角5723文字
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原稿用紙約19.6枚
深夜の通信販売は怪しい物で一杯だ。僕は受験勉強をしながら、この受験勉強から逃れる道具は無いものか、とテレビを見つめた。
小さいコタツに入りながら、小さい部屋でテレビを見る僕。
どうやら、そんな道具はないと現実が伝えている。
ドラえもんー、とノビタ君なら叫べるところだが、二十二世紀からのお誘いは僕には無い。
明日行く学校のことを思うと、胸が痛くなる。深夜零時を回っているので、後八時間が経過したら、学校に行かなくてはならない。僕は、欝だ死のう、と思った。やる気がないどころじゃなく、生きる気力がなえていた。
僕はしょうがないので、机に突っ伏した。試験に出る問題集Bがくしゃくしゃになったが気にならなかった。
少し前はそうじゃなかった。少なくとも僕は楽しく生きていた。いつの間にこんなことになったのか。いつからこんなに疲れるようになったのか。僕には解らなかった。
「ヘーイ、生きることにツカレタ、あなたにはこれ」
テレビが何か喋っている。僕はそれを見てみた。
変な外国人とも取れない、どこかの誰かが変な日本語で喋っている。
「ちゃらっらちゃーん……、現実逃避薬ー!」
ものすごい名前のサプリメントみたいな丸薬の集まりが出た。怪しさ満点の紫色だ。
「学生、サラリーマン、主婦。どんな人にもこれ。これ一つであなたは人生から逃避できます」
怪しさを噴出しながら、すごい速度で喋っている。僕は聞くのが疲れたので再び試験に出る問題集Bに顔を押し付けた。
「さぁ、あなた、今ならお買い得。いつもなら一粒五百円。百粒で五万円ですが……」
高。
「……なんと今なら五百円ー!」
やすーい。
「どうです、今なら御買い得価格、百粒五百円。どうです、買いますか?」
買ってもいい、と思った。ただし、電話とかするのが面倒くさい。
「買ってもいいけどな」
思ったことの一部分が言葉に出た。溜息をつくと、試験集の紙のにおいが嫌な気持ちにさせた。
「まいどありー」
どこかで声が聞こえた。テレビの音か、と思ったが、それは明らかに自分の部屋から聞こえた、生の人間の声。母親でも入ってきたか、と首を上げて、部屋を見た。
すると、
誰もいない。
気のせい、という言葉。
しかし、確かに……。僕は窓を振り返った。窓は開いておらず、鍵がかかっている。しかし、その窓の下の布団には、黄色い袋が乗っていた。自分のものではない。どういうことだ?ついさっきにはなかった。
まさか。
その袋を開けて、中身を見てみた。紫色の丸薬が入ったビン。現実逃避薬だ。くらっと来た。一体どういうことだ。これは夢か。いやいや、落ち着け。もしかしたら、すごい速達なのかもしれない。
いや、しかし、どうやって注文を確認した。音声入力?このぼろいテレビにはそんな機能がない。どういうことだ。
その紫色の丸薬は黄色い袋の中で怪しげな色を見せていた。もしかして猛毒とか。
うろうろ動き回っていた僕は、その黄色い袋を部屋の片隅に捨てた。
こんなことを気にして、明日に差支えがあったら大変だ。という事で、僕はそのことを考えるのを止めて、布団の中に入ることにした。
僕はその紫色の丸薬からも逃げた。
朝起きると、自分がなんでここにいるのか迷った。しかし、見渡すと自分の部屋であることがわかる。僕は起きて、時計を見た。六時五十分。そろそろ準備を始めなくてはいけない。
僕は起きるのを五回ほど迷ってから、布団からはいでた。
朝から疲れた気分を味わって、朝食を食べて、登校の準備をした。
そこまでは順調に行ったが、登校するというところで足が止まった。
しかし、母親は笑顔で自分を送り出した。
仕方なく、僕は靴をはいて、鞄を持って、いつもどおり、家を出た。
学校に着くと少し後悔をした。なんてことなく話しかける友人。なんてことなく授業を受ける僕。なんら変わりないその姿。
僕は後悔した。
そして、罪悪感があった。授業を真面目に受けずボーっとしている僕。どうしていいのか解らず、ただ前を向き続けた。授業中に騒ぐ友人と同じように騒ぐことが出来なかった。自分が空っぽである感じがしていたたまれなかった。
そして、時間は進む。精神は削り取られていった。
「カシ、どうしたのよ?しっかりしなさいよ」
僕は背中を叩かれてビックリした。その叩いた人物を見ると、いつものようにその人物は変わらなかった。
「別になんでもないよ」
そういって、僕は弁当をかっ込んだ。
「……ふん」
そういって彼女は僕の机を離れ、教室を出てってしまった。
ただそれだけだ。それだけなのに僕はすごく苦しい思いをした。
とりあえず、どこかに逃げたくなった。どこかに深い穴はないものか、と探した。しかし、そんな穴はどこにもなく、空間と拒絶している自分を見つけるだけだった。僕は遠くから自分を見ている気になった。ひとりで、机に座り、弁当を食べている。
逃げ出したくなった。僕は食べ終わった弁当を鞄の中に入れた。入れたときに気づいた。黄色い袋が入っている。あの紫色の丸薬が入っている。
僕はそれを取り出し、躊躇せずに飲んだ。
何も変わらなかった。
どういう変化もなく、頭が変になったりしない。
ただ、いつもと変わらない。もうすぐ授業が始まる。英語の授業だ。予習をしなくてはいけない。
僕は準備をしようとした。頭の中でぷつんと言う音がした。なぜこんなことをやらなくてはいけないのか。唐突に僕は教室を抜け出した。
屋上まで走り、手に持っていたビンをたたきつけた。しかし、それは割れずにそこら辺を転がった。太陽がまぶしかった。
僕は寝転がって、考えた。
こんな薬に頼った自分がばかなのだ。ならそれでいいさ、ばかな自分で。
僕は寝転がって、しばらく起きなかった。
少しの間眠っていたらしい、起きると、太陽がまぶしかった。
授業は?すぐに思いついた。寝た後は自分の頭がさえていた。冷えてもいた。
行かなくては、そう思い。
僕は階段を下りた。
かつん、かつん、という音が自分が何をしたのか思い出させた。瞬時に先生への言い訳の言葉が思い浮かんだ。同時に友人達への言い訳の言葉も思い浮かんだ。そんな自分が嫌になった。
しかし、嫌な自分は関係なく階段を下りていく。
降りていくほどに、言い訳が浮かんだ。
教室にたどり着くと、六時間目の授業をしていた。
「失礼します」
僕はそういって、扉を開けた。が、
先生、そしてクラスメイトは何の反応もしなかった。
「失礼します、遅れてすいません」
僕はそういいなおした。しかし何にも、誰も反応しない。
教師は授業を続ける。生徒は授業を受ける。自分が見たことのない角度からの授業。いつもの授業。
おかしくなりそうだ。いや、自分はおかしくなっているのかも知れない。
僕は、大声をだした。
「すいません!」
誰も気づかない。
まるで、自分がいなくなったような感覚。誰もが僕を無視する。先生、友人、サヤ、誰もが僕がいないように黒板を見る。自分が透明人間にでもなったようだ。
まさか、
ここで気づいた。
現実逃避薬、の効果。
そんなばかな、そんなことが有るわけがない。
しかし、誰も僕に気づかない。
誰もが僕を素通りする。
僕は解放された。
効果が切れるかは解らなかったが、自然と誰もが僕を見えるようになっていた。
そして、驚くことに僕が授業に出ていたようにみんなが思っていたことだった。
僕が真面目に授業をしていた、と友人は答えた。
出席簿をチラリと覗き込んでも、僕が出席していることになっている。
こりゃいいや、と思わない人はいないだろう。
僕はそれからの授業を現実逃避薬で過ごした。
学校に行くと嫌な授業は現実逃避薬を使った。
そして、僕はいつの間にか家でもそれを使うことになった。楽しかった、と思う。
そして、決定的なことが起こるまで、僕はそうやって生きていた。
現実逃避薬を使い出してから、一ヶ月がたった。
僕は体育の授業を逃避していた。机の上には受験のための勉強道具が開かれていた。いつの間にかそれは出ていて、しかし僕は勉強するつもりはなかった。
だから、机にうずくまって過ごした。遠くでクラスメイトが楽しく叫んでいる声が聞こえる。いつか、少し前まで、僕もその中にいた気がした。
頭がクラリとして、僕は眠った。
「ねぇ、あんた、この頃どうしたの?真面目に勉強しているときもあれば、何かボーっとして、何にもしていないときもある。おかしいよ、この頃のカシは」
サヤはそういって、僕の肩をつかんだ。
「別に」
僕はサヤの手を振り払い、家に帰る準備をした。
「今日の体育の授業は、楽しそうにやっていたのに、その後の授業はなによ!授業中寝るなんて、そんな事なかったはずでしょ」
サヤは僕が鞄を取り出そうと下手をつかんだ。
「どういうことよ!あんた大学に行くんじゃなかったの?このまま受けて本当に合格できるの!」
「煩いな」
本当に煩かった。なんでそんな事お前に言われなくちゃならないんだ。
「ほっとけよ、もう」
僕はサヤから逃げた。それは痛かったからだ。自分の本音が見透かされているようで。自分が不安に思っていることを知られているようで。
サヤに怒られた日から、ほとんどの授業を現実逃避薬で避けていた。
一日中寝ながら過ごした。
それで幸せだった。幸せだった。幸せだった。幸せだったのだ。
そうやって、現実と格差が出来るほど、僕はその現実を見るのが嫌だった。
時々現れる友達、それに親しげに話すことが苦痛に感じた。
どうすればいいのか分からず、話しかけられると現実逃避薬を飲んだ。
そうやってどんどん亀裂が出来ていくことを感じた。
それでも、幸せだったのだ。
ある日学校に変える途中でサヤに会った。
「今度の土曜日、遊ぶ約束したでしょ、それどこに行こうか?」
そんな約束はしていない、僕はそんな事はしていない。
しらない。そういったら、サヤは怒り出した。
「なにそれ、忘れたの?」
僕は早足で歩いた。
「ちょっと待ちなさいよ!どうしてよ!なんでそんな風になるの?学校では楽しくやってたのに。なんで、そんな風にするの」
僕はそれを振り払った。
煩い。
「煩いんだよ!」
僕は走った。
走って家に帰った。
しかし、家の中も窮屈だった。
僕にはどこにも居場所がない。
布団に丸まって、僕はがたがた震えた。怖かった。自分じゃない自分が増えていた。サヤと約束したのは誰だ。なんでいつの間にこういうことになっているんだ。
どういうことだ。どういうことだ。どういうことなんだ。
僕は耐え難い苦しみの中、現実逃避薬を取り出した。
「カシくーん、電話よ。サヤちゃんからー!」
僕は家を飛び出した。
助けて欲しかった。
夜の学校に忍び込んだ。そこはがらんとしていた。しかし自分には不気味に見えず、僕には落ち着く空間に見えた。
現実逃避薬を取り出した。
黄色い袋から、紙が落ちる。こんな紙が入っていたなんて知らなかった。
僕はそれを読んでみた。
『十錠以上の摂取を一度にすると副作用が出ます」
それだけ、怪しさ爆発だが、僕にはどうでもよかった。
僕は震える手でビンから残りのクスリを全て取り出した。
もしかしたら、死ぬのかもしれない。でも、この恐怖と寒さから逃れられるなら、それでいい。
一気に全てを飲み込んだ。
体が震えた。嫌になった。
「カシー!」
友人は笑って僕に手を振った。
僕も手を振って答える。自分の顔はおそらく笑っている。
「おう、久しぶり」
なんだよ、元気だな、という友人の声を聞きながら、僕は頷いた。
「元気だよ。お前も元気だな」
僕はそういって友人の肩を叩いた。
「ふっ、うまくいってるみたいだな」
それは、成功者だけの笑顔だぜ、と友人は言った。
ひがみか、と僕は言って笑った。
「サヤはどうした?」
「もうすぐ来るよ」
そういった途端、遠くから声がした。
「ほらね」
「結婚、するんだろ」
僕は頷いた。彼女が来るにはまだ距離がある。
「プロジェクトが軌道に乗ったら、プロポーズする」
「そうか、まあ、それがいいんだろうな。高校からの七年間でやっとゴールか」
「まだスタートラインさ」
僕の言葉に友人は苦笑した。
「敵わないな」
僕はそれを笑って、サヤの方を見た。
「どうしたの?なんか笑ってるけど」
サヤは何をしてるんだ、という顔で笑い、僕をつついた。
「別に、なんでもないさ」
僕は彼女の手をとって、歩き出した。太陽は最高点まで昇っており、まるで僕に光を当てているようだ。友人とサヤは久しぶりに会ったことを喜んでいた。
「しっかしなー、お前が一流大学に入って、一流の会社に入るなんて誰が想像しただろうな」
「さあね」
「すごかったもんね、カシは。まるで人が変わったように勉強しだして」
「まあね」
「私が怒ってからじゃない、本格的にカシがちゃんとしだしたのは」
「ああ」僕はそのことをしらない。
そして、太陽が震える中、僕は言った。
「まるで悪い自分を捨ててきたようだよ」
僕は笑った、はずだ。
あの僕はどうしていることだろう。
ただ太陽がまぶしい。
暗い学校で声が響く。
「あはははははははは、今日は何を勉強しよう」
僕は何度も解いた試験に出る問題集Bを開いた。
「そうだよ、これをやっとか無くちゃ戻ったときに困るものもの」
受験をするんだ、そのために勉強しなくちゃいけない。僕は必死で勉強した。
学校には知っている人も誰も居らず、誰も僕の事を見てくれない。
幸せ、なのかもしれない。
「あはははははははは、今日は何を勉強しよう」
そうだ、英語を勉強しよう。
今日は英語を勉強しよう。
明日は何をやろうか?
あなたは自分を忘れて来てはいませんか?
終わり
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2005/01/06(Thu)23:27:43 公開 /
うしゃ
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うしゃさんにあります。無断転載は禁止です。
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■作者からのメッセージ
ミステリを書いていて、詰まってきたので、こんな話を書きました。ミステリというかミステリ風味の作品は50%ほどの完成度。後もう少しだが、とても長くなっている。 さて、この作品は思いつきで書いた作品ですが、勢いよく書きあがりました。一時間ちょっとで完成。この話を読んで、私のことを異常だと思う人がいるかもしれません。ほのかに気持ち悪い作品です。私も気にしています。読み終わった後の読後感が最悪です。すいません。あ、あともう一つの話も更新しないと。この頃ミステリにかかりっきりです。やっぱり難しいなミステリは。