- 『ハンバーグ (読み切り)』 作者:無夢 / 未分類 未分類
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「僕は君とずっと一緒にいたいって神様に願ったんだ。でも、やっぱり止めた」
あの人のこの言葉は今も私の心に残っている。あの人がいなくなってどれくらい経つだろうか。多分、まだそんなに月日は経っていないだろうが、私には永遠のように感じる。
私は紅茶のカップを持ち、一人テレビを見ていた。ワイドショーで「離婚した大物カップル」についての特集をしている。
『離婚した原因は、二人のすれ違いにあったようです』
女性のナレーションが高い声で言う。それを聞いていると、私の目頭が熱くなった。紅茶のカップをガラスのテーブルの上に置いて、チャンネルを適当に変える。インタビューされている大物カップルの顔が消えて、昔から続いている刑事ドラマの再放送になった。犯人らしき女性が、何故か崖の上で自分のしたことを告白している。
『あの男が私を捨てて出て行ったのよ!!』
ヒステリックに声を荒げて叫んだ。風が強く吹き、女性のパーマヘアが風になびく。
私は即座にテレビを消した。そしてリモコンを乱暴にテーブルの上に置いて
「つまらない…」
と呟いた。
どうしてテレビまでもが私を苦しめるのだろうか。そんなに私を泣かせたいか。
目の端から零れ落ちそうになる涙を拭って、私は立ち上がった。部屋をぐるりと見回す。二人掛けのソファ。お揃いの食器。
「雅人(まさと)…」
テレビの上に置いてある写真立てを手に取る。二人で遊園地に行ったときの写真だ。メリーゴーランドの前で、カメラに向かってピースをしている二人。無邪気に笑っている二人。写真立てにぽたぽたと透き通った涙が落ちた。寂しい。悲しい。この孤独感は何? ……会いたい。
「僕がいないと、君は何も出来なくなっちゃうね」
冗談交じりに交わした会話。雅人の言うとおりだった。泣かないようにしようと思っても、涙が次から次へと流れ落ちてしまう。
「これじゃ駄目だ…。頑張ろう…」
写真立てを置き、涙を拭いて洗面所に行った。鏡の前に立って笑顔を作る。
「うん…大丈夫」
それから少しの化粧をしてから、部屋を出た。鍵を掛けてアパートの階段を下りていく。空は私の心とは対照的で青く澄んでいる。電線の上でごみを狙っている鴉が鳴く。それを鬱陶しそうに見上げる主婦がいる。何もかもがいつもと変わらぬ日々。変わっているのは私の心だけ。
「あぁ、栗田(くりた)さん。こんにちわ」
隣の部屋に住んでいる粕谷(かすや)さんが私に笑いかけた。粕谷さんには旦那と息子が一人おり、旦那は銀行員で息子は高校生。旦那は銀行に20年以上も勤務しているのに、中々出世できずにいる。息子は夜な夜なバイクを乗り回し、他の住人を困らせている。そんなことがあるせいか、粕谷さんは少し疲れ気味なようだ。
「どこかにお出かけかしら?」
「えぇ、ちょっと買い物に…」
「旦那さんは一緒じゃないの?」
粕谷さんはそう言った後、慌てて口を閉じた。重い沈黙が私達を包み込む。
「あ…あぁ、ごめんなさいね…。えぇっと…じゃあ、私はこれで…」
私が軽く会釈すると粕谷さんは自分の部屋に入っていった。粕谷さんの優しさが私には痛かった。私は広い空の下でまた孤独になった。
とぼとぼと重い足取りで駐輪場に行き、赤い自転車の鍵を開けた。隣に置いてある粕谷さんの息子のバイクにぶつけないように、ゆっくりと自転車を出す。サドルに座って走り出した。油断しているのか、鴉達の横を通っても彼らは夢中でごみをあさり続けていた。
アスファルトの上を走り、近くのスーパーに行こうとしている途中で黒いランドセルを背負った子供の集団に出会った。
「今日、孝司(たかし)君のお家に遊びに行ってもいい?」
黄色い帽子を被った気の弱そうな少年が言った。孝司君と呼ばれた少年は
「俺な、今日な、恵美(えみ)とデートするから無理だ」
そう言って自慢げに笑った。
「まじで孝司と恵美ってラブラブだよなぁ! 大人になったら結婚するんだろ?」
スポーツ刈りの少年が叫ぶ。
「おう。もう約束してんだ。この前『ちゅう』もしたし」
孝司君が顔を赤らめて言うと、
「ひゅー、ひゅー」
周りの少年達が一斉にからかった。私はそれを背中で聞きながら溜息をついた。
「最近の子供は……」
一人でそう言いながらも、少し羨ましかった。きっと孝司君も恵美ちゃんも幸せだろう。自分の好きな人と一緒にいられるのだから。例え永遠でなくても、ほんの少しでも一緒にいられるのだから。
「僕の好きな食べ物は……ハンバーグかな」
スーパーのお肉売り場でふと思い出した。初めて会った時のことを。
友達の紹介で私達は会った。小さな喫茶店で向かい合いながらお互いのことを話した。趣味、好きな歌手、好きなお笑い芸人、そして好きな食べ物。ハンバーグが好きだと聞いた時、思わず笑ってしまったが、同時に可愛いと思った。そして二人は何度も何度もデートを重ね、結婚した。私は仕事で疲れて帰る雅人の為、毎日のようにハンバーグを作った。雅人はいつも美味しいと笑いながら、それを食べていた。そんな雅人の笑顔が懐かしい。
私は豚のミンチと牛のミンチを手に取った。
「今日はハンバーグにしよう…」
それから私はスーパーの中をぐるりと回り、他の材料を買った。
美味しい美味しいハンバーグを作ろう、そう思いながら私は自転車に乗った。
家に帰る途中、私は公園のベンチに座っている二人の子供を見つけた。少年と少女。まるでカップルのようだ。少年の顔をよく見ると、それは先程デートをすると言っていた孝司君。
「と言うことは、隣にいるのが恵美ちゃんね…」
恵美ちゃんは長い髪を揺らして笑っていた。可愛い。孝司君もどちらかと言うとかっこいい顔をしているので、お似合いカップルだ。私はそんな二人を横目で見ながら家路を急いだ。
「ただいま」
誰もいない部屋に入り、言った。もちろん答えてくれる人はいない。買い物袋をテーブルの上に置いて手を洗う。
「作ろうかな…」
私は棚から包丁とまな板を取り出した。まず玉葱の皮を剥いてみじん切りにする。私の目からは大粒の涙がぽろぽろと零れ落ちた。玉葱のせいでもあると思うが、一人で空しく作っている自分が悲しかった。それから玉葱を軽く炒めて、ボウルの中に豚ミンチと牛ミンチを入れる。よく練りこませてから玉葱と湿らせたパン粉を入れる。右手に付くミンチを取りながら、私はひたすら練り続けた。まだ涙は止まらない。次に卵と調味料を入れる。それからまた暫く練り、たねが完成。それを等分してサラダ油を熱していたフライパンに入れて、強火で焼く。と、ここで私は気付いた。
「しまった…。四つ作っちゃった…」
雅人がいる時と同じ感覚で四つ作ってしまったのだ。それを見ていると止まりかけていた涙がまた流れだした。これを食べてくれる人がいない。何て悲しいクッキングだろうか…。仕方がないので私は二つを自分のお皿に、もう二つを雅人のお皿にのせた。雅人のお皿はラップをして冷蔵庫に入れた。
御飯をお茶碗に盛って、テーブルに置く。ハンバーグには、ゆでた人参とアスパラを添えた。
「いただきます」
一人で手を合わせて呟いた。いつも雅人と一緒に言っていた言葉が悲しい。雅人と食べていた物が悲しい。私は涙で顔をぐしゃぐしゃにしながらハンバーグを夢中で食べていた。と、その時だった。玄関のインターホンが鳴った。無視しようと思ったが、何度もしつこく鳴るので私は渋々立ち上がった。覗き穴から外を見る。……誰もいない。インターホンの音も消えている。
「悪戯かしら…?」
私はハンバーグを食べようと扉に背を向けた。その時、扉が勢いよく開き私は振り返る間もなく、床に押し倒された。怖いと思ったが、不思議と叫び声は出なかった。もうこのまま死んでもいい、そう思った。しかし、私の背後からは私の予想を反した言葉が聞こえた。
「ただいまぁ!! 加奈(かな)ぁ!! 会いたかったよぉ!」
聞き覚えのある声。この声は…この声は…。
「まさちゃん…!?」
「そうだよぉ! 僕だよ! 雅人だよぉ!」
雅人は私を体を離して立ち上がらせた。顔を見ると、それは紛れもなく雅人。
「まさちゃん…? 本当にまさちゃんなんだね! 会いたかったぁぁ!!」
私はまさちゃんの胸に飛び込んだ。
「うぇぇぇん! 寂しかったよぉ!」
私は泣き真似をして見せた。すると、まさちゃんは
「ごめんね!! 僕も寂しかったぁ!」
と言って私を強く強く抱きしめた。
「でも、でもお仕事は? 二日間出張じゃなかったの? 帰ってくるのは明日じゃなかったの?」
「加奈に会いたいから一日で帰ってきたんだよ!! 加奈をおいて二日間も仕事なんて出来ないよ! ごめんね! 一人にして、ごめんね!」
「ううん、いいの! 帰ってきてくれて嬉しい! まさちゃん、愛してるぅ!」
「僕も愛してるよ! ……あれ? この匂い…。もしかしてハンバーグ?」
「うん! そうだよ! 間違えて四つも作っちゃたの…」
「ちょうどいいじゃないか! 僕が食べるよ! やったぁ! 帰ってきて加奈のハンバーグが食べられるなんて嬉しいよ!」
そう言ってまさちゃんはキッチンに向かって走った。
良かった、まさちゃんが帰ってきて。お仕事で二日間主張だって聞いた時は寂しさで死にそうになったけど、こんなに早く帰ってきてくれるなんて。まさちゃん、大好き!!
「僕は君とずっと一緒にいたいって神様に願ったんだ。でも、やっぱり止めた。だって、僕と君がずっと一緒にいるってことは、もう決まってるから。だから僕は、僕が仕事から帰ってきて君がハンバーグを作っていてくれることを願うよ」
完
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2005/01/06(Thu)15:04:38 公開 / 無夢
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■作者からのメッセージ
結局私は何がしたかったのでしょうか?(汗 いつもホラーばっかり書いてるのでこんなお馬鹿な話もたまにはいいかなぁ、なんて思ってましたが、どうでしょうか?(苦笑