- 『豪邸は時に迷宮と化す』 作者:もろQ / 未分類 未分類
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全角7990.5文字
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原稿用紙約24.35枚
「スメラギ君は………今日も、いないのね」
クラスの大半が、窓側の一番奥にある席に注目した。確かに、今日も席はからっぽだ。
「本当に誰か………連絡もらってる人いないの?」
先生は、まるで助けを求めるような目で教室を見回した。しかし反応は昨日と同じ、みんな意味もなく目を伏せ、黙りこくった。先生は小さくそう、とつぶやいて、右手に持った名簿を見下ろした。
「そりゃ、白浜センセも不安になるよな?」斜め前に座る友達に話しかける。
「ん? ああ、まぁな。万年無欠席無遅刻のスメラギスグルが、ある日を境に急に学校に来なくなった」
「しかもそれに関する情報一切ナシ。絶対なんかあるな。なんか犯罪のニオイがするぜ」
「どんな犯罪だよ。ま、もともとちょっとラリってる奴だからな」
夕方、学校を出てすぐの道路で、俺はあることに気付いた。俺から見て真ん前のこの横断歩道を渡れば、俺の家にたどり着く。そして俺から見て左、こっちの道を渡れば、そこはスメラギの家だ。左の道の信号は青になっている。
俺は少し迷った。何事もなく帰宅するか、それとも興味本位にスメラギの家に寄っていくか。左の信号は青、スメラギの家に行くなら今だ。しかしそれが赤に切り替わると、今度は自宅への道が開ける。信号はいつ切り替わるか全く予想できない。俺はだいぶ迷った。一高校生として放課後はまっすぐ帰宅するか、それとも何か犯罪のニオイはするが、一高校生のにしては非常に面白い体験ができそうなスメラギの家か。点滅しはじめる。
真ん前の信号がようやく青に切り替わった時、俺はすでにそこにはいなかった。
スメラギとは中2のときからの知り合いだ。転校生は冬休みになる直前にやってきて、それから中3の時も、さらに高校に入ってからも俺たちは同じクラスだった。しかし、まぐれと言えどこんなに長い付き合いなのに、俺とスメラギの仲は良くない。はっきりした理由は分からないが、スメラギはなんとなく話が噛み合ない奴だと思っている。奴の中には何か、他の人が入ってこれない「スメラギワールド」なるものが存在していて、その存在が他からやってくる人の存在を狂わしている、と思っている。とにかくつくづくおかしな奴なのだ、スメラギスグルという人間は。
立ち止まった俺は、圧倒された。スメラギの家にはずいぶん前に、友達と来たことがある。だからこそ今、なんとか記憶をたぐりやって来れたわけだが。とにかくそのときの第一印象は「家」ではなく「小屋」だった。腐りかけの木の板で組み立てられた、ものすごいボロ屋。
それがこれはなんだ。気品のある赤い瓦屋根は、後ろに生い茂る木々の緑で鮮やかに際立ち、外壁は落ち着いた木造。ところどころに光り輝く金の装飾、家の前にも二体の金の像が置いてある。
そして今俺の目の前にあるのは、黒い大きな門。同じく金の装飾が施され、その存在たるや「不届き者は何であろうと寄せつけん!!」と言わんばかりの威厳を放っている。俺は狼狽して、ひとつ後ずさりした。なんなんだこれは………中2の頃に来た時は、スメラギの家はこんなのじゃなかった。もっと、もっとボロっちくて………。これがホントにスメラギの家だったら、これは……………家の進化か?!
その時俺は気付いた。そうだ、別にまだこの家がスメラギ家のものと決まったわけじゃない。道のりだってうろ覚えなんだから、この家が他人の家だっておかしくないじゃないか。そうだ。この家にはどっかの偉いおっさんが住んでるんだ。スメラギ家とは比べ物にならないくらいの大金持ち……。
再び俺は圧倒された。門のすぐ右にこれまた黒い石の柱がある。そこにかけてある表札にはなんと「皇(スメラギ)」の文字があるじゃないか。まさに家の進化だったのだ。
その時、突然声がした。
「ご用件は」
「うおっ」びっくりして辺りを見回すが、声の主らしき人は見当たらない。
「……ご用件は」
二回目の声で、表札の下のインターホンに気付く。
「あ、えーと……○○高校の1年4組、藤沢健太です」
「ですから、ご用件は」
「えー、えーっと。……スグル君に会いにきました」
「はい。それではどうぞ、お入り下さい」
インターホンの声が途切れた。そのとたん、がちゃりという鍵の音がして、大きな門がゆっくりと開いた。腹の底でドクン、と鼓動が響いた。
豪華な金の扉の前で立ち止まると、俺の心拍数はいよいよ上がってきた。手や足の震えも止まらなくなり、そこに立っている感覚がまるでなくなった。
「扉が開きます。ご注意下さい」
またどこからか声が聞こえてきた。俺が飛び上がって一歩下がると、金の扉は重々しく開き出した。金の扉の真ん中から、徐々に室内の様子が見えてくる。その光景は、俺が今まで見た何よりも輝かしかった。
「いらっしゃいませー」
20人以上の女中さんが、玄関の前に座って一斉におじぎした。俺は既に硬直している。そしてそのおじぎが全て俺のためのものと判ると、ぺこりと情けないおじぎを返した。
「どうぞ、こちらへ」右端の女中が立って、手で合図した。俺はあたふたと靴を脱ぎ、用意されたこれまた派手なスリッパを履いて中へ入った。
長い長い廊下を女中について歩いた。実際はただの1分も歩いていないだろうが、俺にはとてつもなく長く感じた。もはや吐き気を催しそうだ。
女中の動きがぴたりと止まった。後からついていた俺はびっくりして、呼吸を止めた。見るとそこは薄暗く、小さなふすまがある。
「失礼します」
女中がふすまの向こうに話しかけた。俺はぎくりとした。
「どうぞ」
声が返ってきた。間違いない、スメラギだ。ついに今、俺はスメラギに会おうとしているんだ!
女中がふすまに手をかけた。体の震えと鼓動が最高潮に達した。思わず「あの……」と声をかけたが、か細くて女中には聞こえない。スーッという音とともに女中の手が動いていく。はああぁっと馬鹿らしい声を出した。まるで、巨大なつららが脳天から突き刺さる感覚。
ふすまが、開いた。
「ようこそ、藤沢君」
和服姿の青年が、ゆっくりと微笑んだ。俺は佇んだままだった。
「さあ、入って」
再び声をかけられ、俺はおう、と一声上げて中に入った。弱々しい動きで部屋を見渡すと、そこは異常に広い畳敷きだった。掛け軸や屏風、生け花などが置かれており、まさに「和」を思わせる凄まじい空間だった。
「わざわざ来てくれるなんてうれしいよ」スメラギはにっこりとほくそ笑んで、足下のこたつに足を入れた。どうぞ、と手で合図するので、俺も倣ってこたつに入った。
「………ひとりで、この部屋にいるのか?」
「ん? ああ、まあね。ちょっと退屈だけど」
「ああ、ははは……………」
しばしの静寂があった。お互いに顔を見ているだけで、いっさいの音が消えている。そして、突然スメラギがつぶやいた。
「そうだ」
「何っ?」
「お茶を煎れよう」
「ああ、ははは……………」
どこからか急須と湯飲みをふたつ取り出して、スメラギは茶を煎れはじめた。白い湯気がスメラギの顔を隠す。俺は俯いた。スメラギが茶を煎れ終わり、湯飲みの片方を差し出すと同時に今度はこちらが話しかけた。
「なあ、最近全然学校来てないけど………何してんだ?」
スメラギの手が一瞬止まった。
「…………ああ、まあ、いろいろあってね………」
「ああ、ははは……………」
ゆっくりとお茶をすする。熱い湯気が顔にかかる間も、頭の中は絶えず思考錯誤していた。ダメだ、ここで話をとぎっちゃ。もっと聞き出さないとここに来た意味がないじゃないか。踏んばれ、俺!!
どん、と湯飲みを置いた。スメラギが思わず目を上げるのを見て、少し声を荒げて尋ねてみた。
「だって、おかしいじゃん。全然連絡ないし、それに俺が前ここんち来た時、なんていうか、もっとボロっ……」
「ゲームでもしようか」
「何っ?」
「ゲームをしよう」
スメラギが立ち上がった。俺はわけが分からずにただ見上げている。
「簡単に言えばただの鬼ごっこだよ。君は一定時間の間僕から逃げ続ける。この敷地内ならどこへでもね。屋外に逃げるのはダメだよ」
「一体何を……」と言うが、スメラギは話を続ける。
「ただし、ひとつ注意してほしい。もし、僕が君を捕まえたときは………」
スメラギは生け花の前まで歩いた。そして、花の下においてある巨大なはさみを手に取り、次の瞬間、その花をパン、と切り落とした。
「君を捕まえたときは、僕はこのはさみで、君の首をはねる」
スメラギがゆっくりと微笑む。俺はさっと立ち上がった。
「な、何言ってんだお前! そんなことできるわけ……」
「もし最後まで逃げ続けたら、僕が学校を休んでいた理由、洗いざらい白状するよ?」
痛いところをつかれた。俺は再び口を閉じた。
「どうする? やるかやらないか。見たところ、君はその理由を知るために来た、そうだろ? だとしたら、これはかなりいいチャンスじゃないかな? ん?」
「………………………逃げ続ければ、いいんだな?」
小さく尋ねると、スメラギはこくりと頷いた。
「…………………分かった。やってやろうじゃねーか」
「制限時間は60分。タイムリミットになったら放送で教えてくれるから安心して」
「ああ」
「そして、君が最初に逃げる場所は、この3か所」
そう言うと、スメラギはこたつを動かした。その後ろには、なんとか人が入れる大きさの3つの扉が隠れていた。それぞれ赤、白、黒に塗り分けられている。
「1分のハンデをあげるよ。広い家だけど一応敷地図は熟知してるからね」
スメラギは再び微笑んだ。しかしその笑みはさっきと違い、どこか嘲りを含んでいるように見えた。
「おう」力強く答えてやった。
「それではいくよ、用意して」
スメラギは後ろを向いてそう言った。俺が扉を選択する様子を見まいとしているらしい。すばやく俺は白の扉の前にしゃがみ込んだ。
「3」
「2」
「1」
「始め」
ものすごい勢いで扉に飛び込む。頭を上げると、その向こうは狭く長い廊下だった。とにかく俺は一直線に廊下を走る。床、壁、天井の他には何もない、まっすぐな廊下。俺は風と同化するかのごとく走った。走って走って走った先に、再び一つの扉があった。
便所だった。なんでもないただの便所。部屋の真ん中に普通の便器とタンクがあり、横の壁にはトイレットペーパーもある。俺はあまりの事態に絶句し、どうしたものかとうろたえる。と、タンクの向こうに何か見える。扉だ。俺は一目散にその扉を開けた。
再び長い廊下に出た。何もないただまっすぐに延びる廊下。俺はそこをひたすら走った。しばらく行くと、遠くに何かが霞んで見える。目を凝らすと、それは扉だった。
便所だった。なんでもないただの便所。一度と言わず二度までも起きた事態に、もはや言葉という概念が消えた。と、その便器の後ろに何か見える。また、扉だった。
廊下に出た。これでもかと走ると、扉だ。便所だ。扉だ。廊下だ。扉だ。知らないオヤジが便座に座っている。扉だ。
「なんじゃこりゃー!! 扉と廊下と便所しかねーじゃねーか!!」
五回目の廊下で、俺はヒーヒー言いながら叫んだ。次の扉の先も便所だったら、と悲しい不安を抱きながらとりあえず走った。
それからしばらくして、霞んでいた廊下の先が見えてきた。その先は、扉ではない、壁でもない何かだった。景色だ。暗い色、しかしこの廊下の無機質な灰色とは違う、どこかの景色だ。俺は走った。
ドボン、というしぶきの音を聞いて、俺は温い水の感触に包まれた。慌てて水面からあがると、目の前に大きな銀の月が浮かんでいた。紺色の空に、のっそりと浮かぶ銀の月。逆光を受けて影になった岩と岩の間にできた、源泉。露天風呂だ。
月の光を浴びて、水面が幾重にも重なる美しい円を描く。風はない。俺は、湯の温もりに抱かれていた。ずっとこうしていたい、と思った。
頭の後ろで、水の音がした。振り返ると、そこにはどこか見覚えのある、若い青年がいた。少し年上に見えるその青年も、暗い空に浮かぶ月を眺めている。虚ろな目で眺めている。俺ははっとして叫んだ。
「………兄貴!」
青年はなお月を眺めている。と、少し口元がにやけ、ひとつまばたきをした。
「健太…………月、綺麗だなあ」
兄が呟いた。俺は体をそちらに向け、再び言った。
「……………兄貴」
「………覚えてるか、ずうっと前に、俺とお前と父さんと母さん、家族四人で箱根に行ったよな」
「……ああ」
「そんとき、露天風呂に入ったろう」
「…………」
「ちょうど、あの月とおんなじ、でっかくて丸くて、すげー綺麗な月が出てたな」
「…………」
時間はゆっくりと流れた。遠くで、ざわざわと木々の音がする。ひろい泉の真ん中に、俺と兄、ただ二人が月に照らされている。
「綺麗だなあ」
「…………」
「……母さんや、父さんにも、この月、見せたかったなあ……」
「…………」
「………………」
「…………兄貴」
兄が泣いたのを初めて見た。
気が付くと、俺はまた長い廊下を走っていた。俺の頭の中は、ずっと兄の事でいっぱいだった。虚ろな目をしていた兄、彼の目に映っていたのは、銀の月でなく、その向こうの父さん、母さんの姿だったかもしれない。そして、泣いた兄。彼が流した涙、その本当の意味は、きっと…。
「ん? でも、なんかおかしいなぁ……。なんで…」
その時、再び廊下の突き当たりが見えてきた。今度も扉ではない、壁でもない。がむしゃらに走りながら目にしたのは、のれんだった。俺は思いきりその向こうまで飛び込んだ。
硬い床に体を打ち付けて倒れた。痛みをこらえて起き上がると、そこはとてつもなく広いフローリングの部屋だった。広さの割に天井はそれほど高くないようだ。
とりあえず少し歩くと、ふと、どこからか騒がしい話し声が聞こえてきた。おや、と思うと、突然俺の名前を呼ぶ声がした。
「健太、ちょっとどいて」
「…………母さん?!」
床に寝そべって、せんべいをかじりながらこっちを見ている母がいた。
「テレビ、見えない」
見ると、なぜか俺の後ろにテレビが現れている。バラエティー番組をやっている。
「ああ、ごめん」
そう言って、俺はおもむろに母の頭の横に移動した。母は何も言わずにテレビを見ている。部屋を見回すと、フローリングの床が遥か遠くまで広がっている。やっぱり、この母とテレビとせんべいにこの部屋の広さは不釣り合いだ、と思った。テレビはやかましい笑い声を上げている。
「お父さんは?」
母が尋ねた。俺が知らない、と言うと、母は
「まーたあの人トイレに入り浸ってるわね。落ち着くのかしら」
と言った。ふと、便座に座っている知らないオヤジが脳裏によぎった。
テレビでは、見たことのないお笑い芸人がゲストを湧かせている。俺は、やることがないのでとりあえず母とテレビを見ている。バリッとせんべいをかじる音がした。
「……………母さん」
「あんたは昔から、病弱な子だったね」
母が突然そう言った。
「何だよいきなり」
「いや、いろいろ考えたらさ」
「…………」
「………………」
「…………」
「あんたも、これからいろんなことあるだろうけどね」
「………うん」
「体だけは、大事にするんだよ」
「…………………うん」
俺は、走っていた。母は最後に、俺に頑張れ、と言った。具体的に何を頑張れ、と言ったのかは分からない。ただ、少なからず母は俺に何かを望んでくれていた。それだけで十分理解した気になった。
俺は泣いていた。走りながら泣いていた。何が悲しいのか、全然分からない。だけど悲しかった。母の寝そべった後ろ姿が、急にいとおしくなった。
「あれ? でも、やっぱりなんかおかしいなぁ……。なんで…」
その時、廊下の向こうに光を見た。先に通じる光だ。俺は、赤くなった目をこすってその光に思いきり飛び込んだ。
俺は正座をしたまま空を飛んだ。景色がスローモーションで流れる。そして、その部屋にあったこたつに見事にすべりこんだ。
そこは、最初にいた「和」の空間だった。こたつに飛び込んだ瞬間に、俺はのどの奥につっかえていたあらゆる疑問を、誰へともなく吐き出した。
「おかしいだろ! なんで兄貴とか母さんとか父さんとかいるんだよ! 母さんも父さんも別に死んでねぇよ! 箱根?! 行った覚えねぇー!!」
全て言い切った。俺はこたつに寄りかかっていた上半身を後ろの畳みに倒した。ひどく疲れた。そりゃそうだ、あんなに走ったんだ。
その時、放送が流れた。
「一時間経過。一時間経過」
体中を衝撃が走って、再び畳から体を起こした。そうだ、俺は鬼ごっこをしていたんだ。俺は走っている理由をさっぱり忘れていた。
「そうだよ………だけど、もうひとつ、なにか忘れているような……」
カッ、と後ろのふすまが開いた。振り返ると、そこには巨大なはさみを持ってたたずむ、スメラギがいた。着物と髪の毛はひどく乱れていて、フー、フーと荒い息をしている。俺は真剣な目でスメラギを見上げる。息を吐きながらスメラギが見る。互いに顔を見る。張りつめた空気が、部屋中に滞った。
「時間切れ………だね…………藤沢君」
小声で言った。俺は何も言わず、ただ見ている。
「大………丈夫。…………もとから、殺す気はない……よ」
意外な言葉だった。えっ、と言葉を漏らし、俺はずっとスメラギの目を見ている。
「殺すなんて、ただのでまかせだよ。本当は、ただ、この家を見てもらいたかっただけ」
「……………………」
「中2の時だ。君は一度、友達と一緒に僕の家に来ただろう」
「……ああ」
「うちはひどく貧乏だったから、君たちは僕の家に入るなり無言になったね」
「……………………」
「だけど、君は違った」
はさみが、彼の手からがしゃんと落ちた。
「君は、正直に『きたねえ、つまんねえ』と言った」
スメラギが微笑んだ。俺は叫んだ。
「あのときはまだガキだったから、そういう礼儀ってもんがな……」
「うれしかった」
「………………………」
「礼儀なんかいらないんだ。正直にそう言ってくれることが、一番うれしかった」
「…………お前」
スメラギは笑ったままだ。しかし、俺にはそこにわずかな悲しみも読み取れた。俺はこたつから足を出し、ゆっくりと立ち上がった。
「その日から僕は、密かにこの豪邸を作り上げた。ちょうど3年前から、僕は誰に言うことなく、この豪邸を作ってきた。仕上げのここ最近は、学校へも行けないくらい忙しかった。全て、君に見せるため。浴室、広いリビング、長い廊下。君に、変わった僕の家を、いや、僕自身を見てほしかった」
「………………………」
「藤沢君。………………もう、僕達は、仲良くなれないのかな」
外はもう真っ暗で、遠くの街灯の明かりがぼんやりと見えるだけだった。俺は、先ほどスメラギと握りあった右手を少しその明かりに照らしてみた。
確かに、彼の中には「スメラギワールド」がある。その存在は本来他からやってくる人の存在を狂わすものだ。ところが、今日俺はそのおかしな世界に取り込まれることなく、きちんと「疑問」を抱けた。スメラギは、俺を許したんだ。彼の友達になりたい、と思う気持ちは強く伝わってきた。
右手をもう一度眺めた。
「あれ? でもやっぱりおかしいなぁ。スメラギは、確実に俺が来ることを知っていたみたいだ。だけど、俺自身はそんなつもりは今日まで全くなかった。なんでだ? どうしてスメラギは俺が来ることを予想してたんだ? 3年も前から?! なんかおかしい、なんかおかしいぞ!! スメラギ?!」
後ろを振り返ると、赤い瓦屋根は消えていた。まるで、夜の闇に包まれたように。
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■作者からのメッセージ
またもや長めの作品です。ちょっと分かりづらいストーリーになったかもしれませんが、楽しんで読んでいただければ幸いです。
ちなみに、前作「暗い裁判所」は、いろいろな面で未熟なまま投稿してしまったので、削除させていただきます。