- 『どうか、神様 (Separationより)-読みきり-』 作者:Rikoris / 未分類 未分類
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原稿用紙約10.55枚
外は雪。風力は0。
雪は只、地に降りて積もって行く。それなのに。真っ直ぐに地に降りて行っているはずなのに、揺れているのは何故だろう。
雪と同じ白が、室内を支配している。けれどその白は、余りにも無機質な白亜だ。僕も彼女も、それを纏ってそこに居る。彼女の横たわる寝台も、その顔も手も何もかも白亜が埋め尽くしてしまっている。何が生あるもので、何がそれを持たないものなのか、わからなくなってしまいそうな程に。
余りの白亜に、ここだけが世界というものから独立しているような、異世界のような気がした。けれど、鼻を突く薬っぽい臭いは、まぎれもなく現実のものだ。
夢であれば良いのに。現実で無ければ良いのに――
余りに幼稚なその思いは、臭いによって崩壊して行く。
哀しい程に、音は無く。悲しい程に、色と呼べるものは無く。
それらが、寂しさを、悲しみを身に染みさせる。
「ねぇ……そんな顔、しないでよ……」
ぽつりと、かすれた声で彼女は囁く。その呟きは冷たい空気に無情にも溶け込んで……消えて行く。
そんな彼女に、僕は掛ける言葉さえ見つからなくて。
只、彼女の白い手を握り締めた。それは雪と同じように冷たくて。温めても、融けてしまうだけのようで。
消えないで。生きていて。
喉元まで、無責任な言葉が押し寄せる。でも、そんな言葉を今の彼女に掛ける勇気は、僕には無くて。只、唇が震えるだけだった。
「始まればいずれ、終わりが来るもの」
どこか遠くを見るような虚ろな目で、彼女は呟く。
「あたし、行かなくちゃ……」
フッと、彼女は笑って見せる。けれどそれは、途轍もなく哀しくて、悲しい笑みで。
ツゥッと堪えていたものが、頬を伝う。それは僕の手の隙間から覗く、彼女の白い手の甲へ落ちる。ツルリとその水は手の甲を滑り、床へと下降して行く。
泣かないと、約束したのに。彼女を悲しませまいと、誓ったのに。
涙はとめどなく溢れて、床へと降下し続ける。
景色は滲み、彼女も霞んで行く。
このまま、時が止まってしまえば良いのに。
そう思うのは、只の幼稚な我侭か。
彼女をこちらへ留めて置きたい、と手を握る力を強める。たとえ無駄な努力であっても、そうせずには、居られなかった。願わずには、居られなかった。
彼女を、連れて行かないで。彼女の時を、奪わないで。せめてもう少しだけ、時間を下さい。どうか、神様――
けれど、時は止まりも、緩やかになってくれもしない。奇跡が起こることも無い。
「さ、よ、な……ら」
プツリと、彼女を留めていた細い命の糸が切れた。握り締めていた手が、さらに冷たく、重くなって行く。
もう、彼女は見えなかった。一言言いかけた僕の唇は、半開きのまま、氷になってしまっていた。
『さよなら』
彼女が最後に紡いだ言葉を、僕は言いたかった。そうしないと、彼女が生きていると錯覚してしまいそうだったから。
いや、既にそうなっていた。僕は声も出せぬままに、ぼんやりしたまま白亜の彼女を揺さぶっていた――
眩し過ぎる、朝だった。
昨日降り積もった雪が陽光を反射しているからなのか、周りが白亜だからなのか、定かでは無かったけれど。
とにかく、その眩しさは僕に目覚めを誘ったのだった。
薬っぽい臭いが、鼻を突く。白亜の病室。ほんの昨日まで、彼女が居たはずの場所――
ひょっとして、彼女はすぐ傍に居るのではないか?
錯覚に捕らわれて、バッと体を起こす。ギシリと、寝台が呻いた。
――しかし。彼女はそこには居なかった。室内のどこを見回しても、彼女は見当たらなかった。
昨日の出来事は、夢では無かったのだ。何て残酷な、現実だろう。何て憂鬱な、目覚めなのだろう。
どうせならば、目覚めなければ良かったのに。二度と覚めぬ眠りに、ついてしまえばよかったのに。
朝は、諦めを誘って来ただけだったのだから。
巨大な氷柱を、胸に突き刺されたような感じだった。身体の疲労は無きに等しく、心だけが重く疲れていた。心に大きな穴が開いてしまっていて、終わりの無い絶望がそこから湧き出してくる。ジワジワと涙となって、抱えきれないそれは、零れ落ちた。
“始まればいずれ、終わりが来るもの”
彼女の言葉が、絶望を深く深く、色濃いものにして行く。
だから、悲しまないで。私の事など、忘れてしまって。
彼女は、きっとそう言いたかったのだろう。
だけど、忘れられるはずがないだろう?
別れすら、伝えられなかったのに。
それなのに。どうしてこんなにも世界は美しい? 彼女は居ないのに、街は銀世界で、陽光に輝いている。天には蒼穹が広がり、日輪が燃えている。
(それが、神様だから)
どこかで、彼女が囁いた気がする。空耳? あるいは、記憶の中で?
(私は、そこへ行くんだよ。だから悲しまないで……泣かないでね)
そうか、泣かないと約束した、その記憶。守れなかった約束の、記憶。それだけは鮮明で、美しくて。
だけどそれが、余計悲しみを増させる。悲しまないでと言っても、土台無理な話だろう? だって僕は君が……好きだったのだから。愛して、いたのだから。それは君も、解っていた筈じゃないか。どうして、そんな事を言ったんだい?
深い深い、悲しみの海が僕を飲み込んで、溺れさせて行く。
きっと彼女はこんな事、望んではいないだろう。でも、もう一度君に、会いたい。どうか、神様。あなたの元へ彼女が居るのならば、僕をそこへ誘って下さい。やはりそう思うのは只の、我侭でしょうか?
只の、現実逃避かもしれない。だけど僕は眠りにつくために、固く瞼を閉じた。寝台へ再び疲れてもいない身体を横たえようとする。それを、記憶が遮った。記憶の中の、彼女が。
(ほら、見てよ。目を開けて、良く世界を、周りを見て。君は決して一人じゃないよ、たとえ私がいなくなっても)
彼女は、僕へ、囁く。痛々しい彼女を、見ていられなかった僕へ。
彼女は、そう、強かった。決して、振り向きはしなかった。自らの行く末を、受け入れていたんだ。
彼女と僕は、もともと決して交わらない、平行線のようなものだったのかもしれない。彼女は強く、僕は弱い。現に、現実を受け入れられていないじゃないか、僕は。それでも……交わろうとは、していたんだ。それを遮ったのは、病魔という壁。
(ううん、私は居なくならないね。ずっと、傍に居るよ。風として、雨として、雪として。時に君を休ませて、時に君を前に進ませよう。だから、世界を見て。そこに私は居るよ。もちろん、君の記憶の中にも)
そう言って、彼女は微笑んだ。薄っすらと瞼を開けた、僕へ。そして僕は窓を開けて――
固く閉じた瞼を、開いた。窓から差し込む陽光が、目を射る。眩しかったけれど、耐えた。あの日のように、窓を全開にする。
広がる街は、歪んでいた。まだ目に残る、涙のせいだ。グイとそれを拭うと、人々が瞳の中に飛び込んできた。
雪に埋もれた目の下の大通りには、人々が溢れかえっている。忙しそうに走ったり、楽しそうに語らって歩いたり。そうして過ぎ去って、また違う人が来る。
確かに、僕は一人ではなかった。独りではあっても。この世界には、沢山人は居て、時は過ぎて行く。
彼女が居なくても、時は刻まれて行く。いや、居ないんじゃない。すぐそこに、彼女は居るんだ。多分この、照りつける陽光の中にも。
それは、奇麗事かもしれない。そんなものは只の、まやかしなのかもしれない。でも、信じたかった。だってそれなら、いつでも彼女に会えるということだから。
上には蒼穹が広がり、世界と世界を繋いでいる。どこまでも、どこまでも果てしなく。蒼穹は続いて行く。その先に、微かに希望が輝いている気が、した。
あなたは、僕を見守っていてくれますよね。たとえ、形はなくなってしまっても。
蒼穹へ、僕は語りかけた。彼女に、伝わればいいと、願いながら。
そして、いつか僕が終わる時、本当に彼女に会わせて下さい。どうか、神様――
―― You still lives in my remembrance. I want to see you again. ――
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■作者からのメッセージ
Separation、という私の好きな曲を元にイメージし、作ったものです。もとより読みきり苦手な私ですが、曲に触発され書いてしまいました。案の定、支離滅裂で……(汗 まとめるのが苦手なんですよね、最後の方特に何だかおかしいような。一応言っておきますと、歌詞からはほとんど引用しておりません。世界観というか、場面設定も勝手に独断と偏見で(ぉ、創作してしまいました。思いっきり、曲の趣旨とは違うようなことを、書いてしまっています。自分の考えを盛り込んでしまっているので。こういうのは、オリジナルになります……よね? 凄く不安……駄目でしたら、消去させていただきますのでっ(;σ。σ)ゞ
一応、曲の情報を記しておきます。
曲名:Separation
歌手:angela
補足:同歌手のアルバム『I/O』の12(他にも入っているのだと思いますが、私が聞いたのは一昨日兄の借りてきたこれでした)
では、こんな物を出してしまい、申し訳ございません(滝汗 こんな物でも読んでくださった方、感想、アドバイスなどありましたら、よろしくお願い致しますm(._.)m