- 『時と桜と―読みきり―』 作者:千夏 / 未分類 未分類
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原稿用紙約4.75枚
花の色は 移りにけりな いたづらに
我が身世にふる ながめせしまに――――
『時と桜と』
春から夏へ変わるこの時期。桜を見ると思い出す。若かったあの頃ならまだ告白する勇気があったけれど、もう、こんな時期。今では良い想い出。
「入学、おめでとう、奏くん」
ピンクの桜が舞い散る中、微かに茶色くなった髪を煌かせる河野奏くんの後ろ姿に声をかけた。彼は入学式の時一人整った顔立ちをしていたので覚えていたのだ。
ゆっくりと奏くんが振り向いた瞬間、太陽が丁度重なっていたらしく、奏くんは光に包まれてとても綺麗だった。絵になる、とはまさにこういう情景のことを言うのだろうと思った。
「なに」
少し間があってから、返事を返してくれた。
「なにって、なにが?祝福の言葉よ」
微笑んで、からかう様に返した。まだ、奏くんのバックには桜と太陽がある。
眉間に皺をよせて、なんだこの人、と今にも言い出しそうだったので私は言われる前に言った。
「私は加藤翠。河野くんの、…二つ上かな?あ、でも早生まれだから…」
奏くんは私に笑顔を向けた。とても静かに笑った。その瞬間私は恋に落ちたのだった。大人びた笑顔は、少し茶色の髪の幼さを吹っ飛ばして、男の人だと思った。
「奏くん、君、絶対すぐ彼氏できるよ」
うそ、俺告白されたことない、と、はにかんだ笑顔で奏くんは言った。嘘じゃない。私がいつか――
時は経って、だいぶ一年生たちもこの学校に慣れてきた様子だった。
廊下で奏くんと擦れ違うこともよくあり、彼は意外にも律儀で照れながらも挨拶をしてくれた。先輩、と言って。
「翠、奏くんきっとあんたのこと嫌いじゃないと思うけど、絶対恋愛感情じゃないんだからさ、ほんと諦めなよ」
高校に入って初めてできた友達、真咲が私に言った。私の机に伏せながら。
本来机の持ち主である私が立って、隣の机に寄りかかって言った。
「もう聞き飽きたーその言葉。いいのよ。私卒業式で告る気でいるから」
私も聞き飽きた、と真咲は言った。真咲は年上の彼氏がいて、確か、その人は私たちが入学した時にこの学校にいたから、二つ年上だった。あまり目立つタイプでは無かったものの、密かにファンがいたらしい。
「真咲だって二つも違うじゃない」
言ったのを後悔した。分かっている、女の私が年上なのと、彼氏が年上なのじゃ、全然違うってこと。真咲は起き上がって、
「そうだね」
切なそうに真咲は笑った。
桜の花が開き始めた頃、私たちの学校は慌しかった。
そこら中から聞こえるあれ取って、これ取って、やばい、だの死ぬ、の言葉の数々。これらは三年の私たちが言っているのではない。一、二年の声だ。それはそのはず、三年生の卒業式はもう間近なのである。
「あ〜、奏くん、なんて答えるかな…」
推薦で合格している私はこんな悩みに悩まされていた。就職の真咲は、人の話なんて耳にもせず窓から一、二年の様子を見ていた。
「きっと間違いなくふられるわよ」
聞いてないようで聞いている。窓から目は話さずに、言う真咲。
「普通に分かるでしょう、それくらい」
さらに。
「もうなんにも言わないでください。お願いします」
真咲は無視をした。
「翠」
呼ばれて、私は返事を返した。
「十夜」
十夜。大学で知り合い、最近まで友達だった関係が今では恋人の彼。
桜の花が目の前に映った。
桜を見ると思い出す。最後まで告白をできずにいた自分を。
「ふふ」
「なに、思い出し笑い?」
「うーん。私にはやっぱ十夜があってたな。ちょっと…もう、ね」
分からない、といった様子で十夜は顔をしかめた。
「なんでもなーい」
私は桜の舞う道を、踏みしめながら歩いた。
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2004/12/30(Thu)00:42:03 公開 / 千夏
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■作者からのメッセージ
今晩はvv千夏です!
今回は和風なのが流行ってる?らしいので私も便乗させてもらいました。
こういう話は好きなので、次もこういう系の短編を書く予定です。
最初の故事成語?に沿ってがんばって書いてみました!
感想など、頂けたら幸いです。
それではvv