- 『物知りな妹』 作者:ライ / 未分類 未分類
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幼稚園の頃の話だ。小さな机と小さな椅子が並べられたやはり小さな教室で、女の先生が黒板に大きく字を書いていた。『しょうらいのゆめ』。確かその先生は少しばかり字がへたくそで、やけに『ゆめ』が大きくなっていたような気がする。
「みんなの夢を先生に教えてねー」
多分その時は年長の終わりごろだったから、卒園アルバムに載せるための問いかけだったのだろう。先生がそう言った途端、教室ががやがやと騒がしくなった。突然の質問だったから、興奮していたんだろう。園児というものはみんなそうだ。少しの事で興奮したり泣き出したりできる。
先生は一番前の席に座る、気弱そうな男の子から聞き始めた。その子が何て答えたのかは最早覚えてない。でも、確か女子のほとんどは『おはなやさん』と答えていたのだと思う。
何でお花屋さんなのかは分からない。小さな女の子の世界では『花』がキーワードなのかもしれない。何れにしろ、窓から見える電球でぐるぐる巻きにされた木が光っているのをみて『綺麗だな』と思った私にはもう分からない世界なんだろう。
私の前の席の女の子もやっぱりおはなやさん、と答えて、私に番が回ってきた。先生は大きな眼鏡越しに私を覗き込んで問う。――「理沙(りさ)ちゃんは何になりたいのかな?」
いらすとれぇたぁ。
騒がしかった教室が静まり返ったのをよく覚えている。滅多に表情の変化が無い先生の目が、その時大きく見開かれたのもよく覚えている。
今だにあの時何故私があんな言葉を知っていたのか思い出せない。お母さんから聞いたのかもしれないし、何かの本の受け売りだったのかもしれない。けど今現在、私がそのイラストレーターを仕事としているのだから、これはこれで運命なのかなぁと思いもするのだ。
「――サ、リサ!!」
「はひっ」
宙の一点を見つめたまま意識が飛んでいた私を呼び戻したのは、聞きなれすぎた高めの声。私の妹、流音(るね)の声。
「はひっ、じゃないよぉ。折角あたしが来てあげたのに、その態度は無いんじゃないのぉ?」
丸いちゃぶ台を挟んで座っている流音は、そこらへんに放置してある雑誌を手に取って適当に読み流している。ちなみにここは私の部屋で、私の家だ。にもかかわらず、この憎たらしい妹は自分の家にいるかのように振舞う。何とかして欲しい。
「折角って、大体アンタは今日デートじゃなかった訳?」
クリスマス。この日ほどデートにぴったりな日は無いだろう。コイビト、という存在を今までつくった事のない私にはさっぱり理解不能だが、そういうものだとこの前友人が言っていた。
「え?竜正のこと?竜正なら今日用事があるからってドタキャンした」
「・・・・・・」
答える流音の顔はいたってさっぱりしている。これは果たして開き直っているのか、はたまた何か意味があるのだろうか。
「用事って、何て?」
「んー?ケーキバイキイングがあるから行けない、ごめんなってメールが来た」
ケーキバイキングゥ?
「ケーキバイキングゥ?」
吃驚した。妹の彼氏が甘党なのにも吃驚したが、そんな用事でデートをドタキャンする男がいることにも吃驚した。
「いいの?それで?」
「いいんじゃない?無理してデートするのも嫌だし、それにあたしはケーキ嫌いだもん」
「そんなんじゃなくて」
流音の表情は変わらない。寧ろ、きょとんとしている。まるで私が変な事を言っているかのように。変な事を言っているのはそっちの方だ。
「――あー、いいのいいの。竜正が浮気、するはずないし。というか出来ないよあの顔じゃ」
「・・・・・・それって信じてるの?けなしてるの?」
「どっちかというとけなしてる」
今時こんなドライな関係のカップルっているんだろうか。私は妹の背中から一瞬後光が差している気がした。流音がおおらかなのか、その竜正という男とそれほどまでにブサイクなのか、ただ単に信じあってるだけなのか。
「流音ってその、竜正さんの事本当に好きなの?」
「まあね」
「まあねってそれ」
部屋は暖かい。暖房がガンガンに効いているからだ。外は勿論都会らしく雪なんてロマンチックなものは見当たらず、窓の外からピカピカ光る木や家が見えるだけ。クリスマスだから。
――馬鹿らしい
正直電気代の無駄遣いだと、私は思う。さっき一瞬でも『綺麗だな』と思ってしまった八つ当たりなのかもしれない。けどあの妙に明るく輝く電球が一度にふっと消えたら、そっちの方が幻想的なのだろうな。と、そう思うのは私だけ?私だけデスカ?
「あたしと竜正、付き合ってるように聞こえないでしょ」
「ん?うん、まあね。というか、付き合ってないしょ?」
流音が唐突に切り出した。視線は窓の外に投げかけたまま。その瞳が捉えているのは一体何であろう――あの電球?行きかう車や人の列?それとももっと別の世界?
「酷いなあ姉さんは。付き合ってるよ、一応」
「一応ですか?一応?」
「ま、それはいいんだけどさ」
私も窓の外に視線を移す。でもやっぱり目につくのは輝く木で。人工的に生み出されたあり得ない木の成れの果てに、瞳が吸い寄せられていく。
「あたしはね、『境界線』が必要だと思うのよ、やっぱ」
「キョウカイセン?」
「そ。あたしと竜正みたいにね」
あのー、言っている意味がよく分からないんですガ。
「だからさ、他人と他人の境界線。例えばあたしが誰か知らない人と会ったとするよ?そしたら、当然相手の事を何も知らない訳だから、そこに『境界線』が生まれる。――聞いてる?」
聞いてる聞いてる。
「ならいいけど。んで、会話をしてだんだん相手の事を知って、そしたらそれと比例して『境界線』もだんだん消えていく。その時が重要なの。『境界線』が消えるか消えないか、その狭間。その線を消すか消さないかはその二人の自由だけど、あたしは消さないほうがいいと思うんだ」
何で?
「だって、結局その二人は元々他人同士の存在だったんだから。あたしはその線を消してまで相手の領域に入り込もうとは思わない。それは、竜正も言ってた。ま、そんなもんだろうなって」
――あ。
――思い出した。
「は?何を?」
怪訝な顔の流音は放っておいて、突然働き出した脳に私は全部の神経を使う。そうだったそう、思い出した。今この瞬間とあの時を繋げる、奇妙な既視感。
「どーしたってのよぉー姉さん、ちょっと」
「・・・・・・なんでもない」
「えー気になる。教えなさい」
「じゃあクリスマスケーキを買ってきなさい」
「え!?買ってないの!?」
「そんなお金は無い!!」
「自慢しないでよそんな事で!もう、買ってきてあげるから!」
「お、気が利くねー。さすが我が妹。行ってらっしゃい」
『ねえりさちゃん、いらすとれぇたぁってなに?』
『えーっとね、おえかきやさんのこと。あのね、これはりさの妹の、るねちゃんに教えてもらったんだよ。るねちゃんはおもしろいことをいっぱい知ってるんだから』
妹は今も変わらず、面白いことを教えてくれる。
ただひとつ変わった事があるとすれば、『面白いこと=私の知らない事』だったのが、『面白いこと=私の忘れかけていた事』になった事ぐらい。
玄関の方から聞こえる流音の文句を聞き流し、窓の外で輝く電球は、さっき見たよりは素直に『綺麗だな』と思えた。
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2004/12/26(Sun)01:01:35 公開 / ライ
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■作者からのメッセージ
案の定支離滅裂に・・・・・・(震)!ライです。目標としていたほのぼの感が出せていたらいいのですが。最初のほうはほのぼのどころの話じゃないかもしれませんね(笑)。精進します。