- 『読み切り;名前なんていらない』 作者:金森弥太郎 / 未分類 未分類
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原稿用紙約3.6枚
「安倍清明はかく言う。
『名前、それに捕らわれればまた名前も存在を縛る呪となる』
俺たちはこの水の惑星に存在する一つの有機生命体。
名前、それはその有機生命体を個別に識別するための暗号に過ぎない。
そうだろ?」
ある作家は、編集者に向かって力説をはじめた。
「そもそもさ、俺たちの作品は名前で決まるのか? 違うだろ?」
編集者はあきれたような口調で言った。
「名前が無ければ、どうやって商品を選ぶんだよ?」
「存在さ、つまりその内容を見て判断するんだよ。ほら、漢文でもあるだろ?」
編集者はため息混じりで言った。
「ああ、虎の名前を借りたネズミの話か……。それがどうした?」
「名前が厚くても中身が薄っぺらならダメなんだよ。だからこの作品には、名前なんていらねえ」
編集者はため息混じりで、自分の額に手を当てる。
一時間も前からはじまった意味の無い論争。
その理由は、この作家が書いたマンガだった。
内容は恋愛もので、タイトルさえつければ立派なマンガとして出版できる物だった。
だが、タイトルが思いつかなかった。
「なぁ、ラブ姫なんてどうだ?」
「本当にいってるのか、それ? 違和感ありありだし、姫なんて出て来ねえよ」
こんな調子の論争から発展したのが、今の問答であった。
編集者は今日がクリスマスイブということもあり、イライラしはじめていた。
「どうでもいいから、さっさと決めりゃいいだろ?」
そう投げやりなことを言われても、作家自身どう決めればいいのかが分からない。
候補は頭の中にたくさんあり、有力候補となるものさえあった。
だが、どれもこれもこのマンガには似合わないのだ。
時計の針は二人しかいない部屋の中で、カチカチと時を刻んでいく。
暖かかったコーヒーも、すでに湯気は立ち上っていない。
灰皿には編集者が吸った煙草のゴミが五本分転がっていた。
知恵をしぼってもいい名前が出てこない、困ったな……。
そう考えていると、編集者はあっと思いついたように言った。
「お前、さっきなんて言ったっけ?」
「え、安倍清明が」
「違う、俺が虎とネズミのを言った後さ」
作者は首を傾げてから言った。
「……名前なんていらない、か?」
編集者はそれだ!と叫んだ。
「この本のタイトルは、『名前なんていらない』だ!」
「よし、それで決まり」
編集者は早速タイトルが決定されたことを部下につげ、家へと帰っていった。
その翌日、その本は「名前なんていらない」というタイトルで売り出された。
その作者が背表紙にかいたメッセージはこうである。
「本当の恋愛に、名前なんていらない」
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2004/12/24(Fri)21:20:59 公開 /
金森弥太郎
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■作者からのメッセージ
作者からのメッセージはありません。