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『瞑目の末路-前編-』 作者:美津之 千明 / 未分類 未分類
全角3252.5文字
容量6505 bytes
原稿用紙約10.6枚
皐(さつき)はぼんやりとテレビを見ていた。
そのテレビが楽しい訳ではない。ただ暇で仕方ない為にそれを見ていた。
時刻は朝の5時。皐は今の今まで眠ってはいなかった。
「あと一時間暇…」
そう呟いた。


 

時が経つのは早いもので、何度も漫画を読み返していたら暇な時間があっと言う間に潰れた。
皐はリビングに出て、まだ起床して来ない親の朝食作りに取り掛かろうとしていた。
ついでに何気なく点けたテレビもやはり面白くは無いニュースばかりだった。
流し台の水音と共に遠くから聞こえる男性アナウンサーの言葉に、気になる言葉が含まれていた。

“中高生を中心とした原因不明の記憶喪失”

皐に心当たりが無いと言う訳でもないが、音声だけを聞き取り知らないふりをしていた。

フライパンの上で焼ける目玉焼きの音と、テレビの音声でようやく朝を知らされた両親が、皐に“お早う”と言った。
父親はまだ睡眠時間が足りない様子で、大きな欠伸をしながら玄関へ新聞を取りに行った。
母親は皐が既に作っていた朝食を目にし嬉しそうに洗顔しに洗面台へと足を運んだ。
何時も通りの日常だ。変わらない朝が始る。
この一時が皐にとって一番静かで幸せな時間だった。




休日だと言うのに仕事に追われる両親は、自宅の車に2人で乗り急いでそれぞれの会社へと向った。
平日は夜遅くまで帰って来ない、休日は朝から居ない。
こんな生活にも今は慣れたが、幼い頃はそれなりに寂しかったと思う。
休日に家族で出かける姿を目にすると、自分一人が辛い思いをしている気がしてならなかった。
皐は両親が仕事に向かい自分の昼食を済ませると、自転車に乗りある知り合いの家へと向った。
チャイムもノックもせずに中へ入ると、彼の部屋でやはり研究に没頭する彼の姿が伺えた。

「こら実験オタク。一週間も学校に来ないってのはどう言う了見だ?」
「さ…さつ…」

皐が彼の頭を小突くまで皐に気付かなかったのだろう、彼はかなり驚いた様子だった。
足元にはカップラーメンやピザの箱なんかが散らばっていて、机の上は研究と実験の機材材料で埋まっていた。
後から知る事だが、家の中で唯一広いリビングも自作の機材で埋まっている。
これならただの引篭もりだ。そう思い皐は呆れた。
博士が着ていそうな白い白衣に眼鏡を掛けた彼の名前は真(まこと)。中学から一緒の皐の唯一の男友達だ。

「勝手に入って来るなって毎回言ってるのに。」
「鍵を掛けない方が悪いんじゃない。こんな家じゃ泥棒だってお断りよ。」

真はただ皐の言葉に苦笑いし、“ごもっともです”と手を挙げ部屋を片付ける事を約束した。
皐が真の家に来た理由は二つ。一つはお解かりだろうが家の片付け。殆ど家に帰らない真の両親が愕然としない様に、2週間に一度程皐がこの家に現れる。
そして二つ目は、今朝ニュースで話していた“記憶喪失”の事件。
この件について、真とじっくり話し合いたいと思ったからだ。
皐は頭の中にニュースの内容を浮かべつつ、真の部屋の掃除をしていた。
自分がこの部屋の掃除に慣れて来た事に、皐は苦笑いした。
資料や器具などが散乱していた部屋も、皐の手に掛かれば三時間で整理された。皐の手早さは見事なものだ。

「さっすが。あの惨状を3時間ちょいで片付けるなんてさ。」

一週間ぶりに入った風呂から上がった真が褒めてはくれたものの、真に返したのは謙遜の言葉では無く一喝の拳。上半身裸の真の肩に掛けていたタオルがその拍子に落ちた。

「この馬鹿!一週間お風呂どころかシャワーも浴びてなかったなんて!」
「そんな事言ったって、研究にハマり込んじゃったんだからしょうがないでしょ。皐俺の性分知ってるだろ?」

真は研究に入ると周りの物事が見えなくなる傾向があり、自分の食事にも目を向けなくなる事もある。
最近では皐の毎回注意した甲斐もあり、朝と夜は摂る様にはなったものの、今度は風呂に気を使わなくなったらしい。
こんなオタクの様な男でも、外に出ればちゃんとした普通の高校生なのだ。とりあえず自分の身の清潔くらいは保って貰わなければ本人ではなく私が困る。
皐は一度に真に言い付けた。
真は落ちた白いタオルを拾い、水滴の垂れそうな髪を無造作に拭いた。

「で?ほぼ1週間学校に来なかった成果はあったの?」
「ああ。それどころか完成した。」
「今度は失敗作ではなく?前回は下手したらこの家もろとも吹っ飛ぶ所だったんだよ?」
「分かってるさ…あの時の事は本当に反省してるから幾ら文句言われても言い分けしなかったじゃんか……」

ぶつぶつと真の独り言が始った為、皐は呆れた顔をして机の上に置いてあったその完成品を手に取った。
見た目はただのチョーカー。緑に近い蒼い宝石が嵌め込まれていて、チョーカー自体は黒い布で出来ていた。
皐がそのチョーカーを首に試着しようとした時、真の手がそれを止めた。

「ちょい待ち。試着すんのは“話の後”。」
「…分かった。」

真が何について話をしたいのかは、皐もよく分かっていた。
それは皐が真の家に来た理由の内に入るものだ。

「でもその前に服着て髪乾かして来て。」
「アイアイサー。」

皐は厳しい顔で部屋の扉を指差し、自分の身支度を済ませて来る様に指示した。
あんな奴でも顔は悪くは無いのだ。父親に似て整った顔をしている上に、一見ただの研究馬鹿にも思えるが、頭は良い。
その男に、皐は恋愛感情を持たないのかと問われたら、考える暇ななく断固お断りだ。
殆ど一人暮らしをしている様な人間だと言うのに、料理も出来ない洗濯も出来ない、ましてやゴミの収集日さえも知らないのだ。
一人でいれば誰だって家事の一つ位自然に出来てもおかしくない筈なのに。
そんなだらしの無い奴に恋愛感情を持てと言う方が無理な話だ。
髪を梳かし、眼鏡からコンタクトに変え、白いTシャツを着た真が部屋の扉から上半身だけを出して皐に話しかけた。

「皐、フライパンが無いんだけど。」
「ああ、ゴキブリと仲良くなってたから捨てた。」
「それから鍋も無くなってたけど。」
「得体の知れない白い物体が付着してたから。」
「調味料は?」
「全部賞味期限切れだった。」

皐の即答に溜め息を吐きまた部屋から出て行った。

「ああそれから、冷蔵庫の中身も大変な事になってたから捨てたよ。」

よくあれで生きていられたなとある意味感心した。
部屋を出て行った真を追いかけ階段を降り一階に着くと、綺麗に片付いたリビングで真が仰向けになって項垂れていた。
真は昼食を作ろうとしていたらしい。時刻を見れば午後3時を過ぎていた。
皐は昼食を自宅で済ませて来たから良いものの、真は研究から離れた今、餓死寸前の危機だった。

「腹減った…死ぬ…」
「出前取ればいいじゃない。」
「一ヶ月位出前だったんだぞ?皐なんか作ってよ。完成品のお礼も兼ねて。」
「お礼ならしたよ。この家の掃除。」

この家の部屋5箇所を3時間で全て完璧に掃除したのだ。皐にとってかなりの重労働だった。
ましてや2日に一度はきちんと部屋の掃除をしている皐にとって、此処に来た時の現状は彼女の目からすればゴミ屋敷だった筈だ。

「じゃあ俺がなんか買ってくるから、作って。」
「…はいはい。」

そこまで言うのなら。作るだけなら良いだろうと皐は了解した。
手早く作れて美味しい物と言ったらチャーハンか焼き蕎麦ぐらいしか思いつかず、真に選択させると“両方”と言う答えが返ってきた。
皐は材料を大き目の紙に書き始めた。その中には先程処分した調理の道具も含まれていて、それを見た真は渋い顔をした。

「近くの店で済むと思ったのに…フライパン無かったんだなそういや。」
「あれで作っても良いけど、真のお腹がどうかなるかも。」

何時頃から洗っていないのかも分からないあのフライパンは鍋と共に袋に入れられ家の外だ。
所持金を多めに持ち真はバイクで出て行った。無免許運転で捕まらないだろうか。
窓から皐が彼の後姿を見つめる中、真は勢いよく買い物へ向った。


2004/12/19(Sun)23:21:44 公開 / 美津之 千明
■この作品の著作権は美津之 千明さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
はじめまして。とてもレベルの高い掲示板でとても戸惑ったのですが、ついに心を決めました。まだまだ未熟者の小説なので、皆さんからアドバイスや指摘等を頂ければと思っています。
もう一度投稿するつもりなので、その時にもどうぞよろしくお願いします。
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