- 『非人間』 作者:林語 / 未分類 未分類
-
全角2845.5文字
容量5691 bytes
原稿用紙約9.55枚
「こっちだよ!アカリ。」
「待って!リョウト。」
無駄なくらいにただっ広い野原に、一組の男女がまるで空想の世界に
あてはまるかのような光景をしていた。誰もいないところで、女が男を
追いかける。まるで夢の世界のようだ。
「待ってよ!リョウト。」
声を切らした女の声に、男性の方もようやく止まって女性の方へと近づいて
行った。男は女の肩をそっと抱き寄せた。
「ごめん。ちょっと早かったかな。」
「リョウトが私を置いて行っちゃうかと思った。」
「アカリを置いていくはずないさ。ずっとそばにいるよ。」
「うん。私も。ずっとリョウトのそばにいたい。」
二人は静かに野原に座り込んだ。世界はいたって平和であった。
ただし、その平和はただ争いが無いだけで他の問題はまるで解決されて
無い。しかし、人々はふつうに暮らしていた。
世界は変わらない。しかし、人間は変わって行く。時間と同じ原理なのだ。
決して止められることのない生き物。
「これなんかどう?リョウト。」
「似合ってるよ。」
二人は町に出て、服を買いに来ている。二人はいつも一緒だ。
そして、二人はいつも笑顔が絶えない。二人は映画を見に行った。
内容はいたって単純な恋愛物語だった。戦争に行って、帰ってこない
夫を待ち続ける妻の話。映画が終わり、映画館から出てくる二人。
二人は手を繋いでいる。
「すごいね。たった2時間の間にあれだけの人間の絡み合い、
そして生き様が書かれているなんて。」
「リョウト、私思うの。人ってどういう時に変わるのかしら?」
「何かを得て、何かを捨てた時だと思うよ。」
「この手、いつかはぐれちゃうのかなぁ?」
「変わらなければ、手も離れるはずがないよ。」
二人は帰っていく。自分の家へと。後に、男性の方は仕事の都合で3ヶ月間、
無人島に行くことになった。船の向かいに女性が来てくれた。
「リョウト!!私を忘れないでね!」
「3ヶ月だよ!アカリなら変わらないって信じてるからっ!」
二人の距離は遠ざかっていく。男の方は無人島の探索をしていた。そして、
ようやく3ヶ月が経った。船が港に着くとそこには女性が待っていた。
男性の方はずっとこの日を待っていた。3ヶ月間、彼女のことを1日たりとも
忘れたことがないからだ。
「リョウト!!」
「アカリ!!」
二人はまるで、何処かの映画のワンシーンのようにきつく抱き合った。
それから数日。奇怪なニュースをやっていることに気づいた男性。
テレビの音を大きくする。
「昨日、日本の研究グループが人間の姿をした別の生物、非人間の発表を行いしました。」
そして、テレビの画面に映し出されたのは緑色に変色してやせ細った姿の男性。無人島に一緒に探索いった研究員の一人だった。驚きを隠せない
リョウト。ニュースは続く。
「どうやらあまり人間に害は無いようですが、近くで発見したら
すぐに警察に電話してください。くれぐれも刺激などは与えないよう
に。」
リョウトは怒りに震えた。間違いなく、これはただの「伝染病」だからだ。
すぐさま、研究所へと向かった。
「おい!昨日のニュースはなんだ!あれはどう見ても病気じゃないか!」
すると、その研究員たちのリーダーらしき人物がリョウトに話しかけて
きた。あまり感じの良さそうな男ではなかった。
「何を言っているのかね。あれはまさしく新発見だ。人間に似た二本足で
歩く生物、非人間だよ。」
「非人間!?何を考えているんだおまえは。同じ人間だろっ!」
「なら話してみるかい?」
するとリョウトの前に、テレビで出ていた緑色に変色した男がのそのそと
やってきた。荒々しい息遣いで、生きているのがやっとの感じだった。
「グォー・・・グォー・・・。」
「どうだ!?人間の言葉など話せはせん。精々、うめき声を上げる程度だ。」
「まさか、おまえ。喉をつぶしたのか?」
「ハッハッハッハッハ!そう思うかい?」
「このやろう!!」
研究員のリーダーに押しかけようとするリョウトだったが、すぐに
周りの研究員達に抑えられてしまった。
「人間はこのままではいけないのだ。人類は、未来はまた何か新しく、
そして便利になっていると思っているようだが、どうだ!?
昔の皆が夢みて死んでいったこの現在はどうだ!?何が変わった?
人間は変わらなければあきたらない生き物なのだよ。」
「それで同じ人間を実験に使ったっていうのか!」
「違う、彼はもとからこうなっていた。我々はそれを発見しただけだ。
まぁ発見したとき奇怪な行動をとっていたがな。」
「何をやってたんだ。」
「ナイフを持って、自分に刺そうとしてたよ。間一髪我々が
食い止めたがね。」
「な、なんで。なんでそいつの気持ちがわからないんだよ!」
「さぁね。知ったこっちゃないよ。さぁ、さっさと帰りたまえ。」
研究員達に外に放り出されてしまった。ふと、自分の手を見ると緑色に
変色してきていることに気づいた。やはりそうだった。あの無人島に
何らかの伝染病がはやっており、自分らは実験で無人島に行かされたのいだと。絶望に満ちたリョウトはただひとつの希望、アカリのところにむかった。もう生きるには彼女しかいなかった。
「アカリ。」
「どうしたの?リョウト。」
「驚かないでくれ。実は俺。」
「なに?」
「非人間なんだ。見てくれ。」
リョウトはすでに緑色に変色した右手をアカリに見せた。リョウトは
覚悟していた。アカリに追い出されるかもしれないことを。
「わかったわ。私がかくまってあげる。向こうの部屋で待ってて。
すぐ何か作ってあげるから。」
「あ、ありがとう・・。本当にありがとう。」
リョウトは涙で顔がグシャグシャになった。そして、ベットに横になる。
今、彼は幸せだ。生きるために寄り添える誰かがいる。これで
一生を過ごせればもうどうなってもいい。これで終われば、よかったのに。
話し声がする。ドアに耳をあてるリョウト。
「はい。今、私の家にいます。はやく来て下さい!」
何処で間違ったのだろう?彼女は何処で自分を捨ててしまったのだろう?
いや、すべてが夢だったのかもしれない。人が変わるのは止まらない。
だから彼女がリョウトを捨てたのは何の悪気もない。ただ、変わるために、
リョウトを捨てただけなのだから。
リョウトは呆然としていた。緑色に変色していく自分を見るのも
一人では耐え切れない。そうなればリョウトも変わるしかない。
「何を捨てればいいんだろう?何を捨てれば、何かを得られるんだろう。」
そして、リョウトは気づいた。そのころ、警察はすでにアカリの
家に到着していた。リョウトの部屋へと案内するアカリ。そして、
警察の一人が思いっきりドアを蹴った。そこには。
「何ということだ。」
首をつっているリョウトの姿があった。これなら変色しないですむ。自分の命を捨てれば、また彼女の気持ちが戻ってくれるはず。彼女はまた
変わってくれる。そうリョウトは願った。
-
2004/12/13(Mon)19:10:28 公開 / 林語
■この作品の著作権は林語さんにあります。無断転載は禁止です。
-
■作者からのメッセージ
作者からのメッセージはありません。