- 『緑の瞳 0〜11 《完》』 作者:満月 / 未分類 未分類
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全角38311文字
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原稿用紙約119.6枚
〔0.呟き〕
「ここはどこなんだろう…もう疲れた。鳴り止まない音、頭の中で雑音が鳴り続けている。誰かこの音を止めて…誰か…」
〔1.離婚〕
「お父さんとお母さんは離婚する事になった。夏希、お前はお母さんが引き取る事になったからな」
中学二年の初夏、そう告げてお父さんは家を出ていった。
――だけど、そんなこと私にはもうどうでもよかった。
私の目にうつるお父さんとお母さんはいつも喧嘩ばかり。家の中ではお父さんの怒鳴り声とお母さんの泣く声が響きわたっていた。
私が両親を諦めたのは、小学四年生の時だった。
二人が一緒になって笑っているところを一度も見た事ない私は、二人に笑ってほしかった。そのために色々な事をした。
学校でおもしろおかしかった事を食事の時に話したり、二人の絵を描いて見せてみたりなど…
――でも二人は笑わなかった。
それどころか日ごとに仲が悪くなっていった。そんなある日、私は自分の誕生日にパーティーをしようと考えた。ケーキを作りテーブルに花を飾り二人をびっくりさせようと思ったのだ。五時になりお母さんが仕事から帰ってきた。
「お母さん、今日は私の誕生日よ。ケーキを作ったわ、お花も買ったの。お父さんが帰ってきたらみんなでパーティーしようよ」
笑顔で駆け寄った私にお母さんは「そう」と無表情で答えた。仕事で疲れているだけだと自分に言い聞かせお父さんの帰りを待った。
しかし九時になっても十時になってもお父さんは帰ってこなかった。
私とお母さんはケーキや花の並んだテーブルの前に座りただひたすらお父さんを待った。暗い空気に耐えきれず、私はお父さん遅いねと話しかけた。するとお母さんは小刻みに震えながら泣きだした。
「あの人は帰ってこないわよ! どうせ今日も他の女とあそんでいるのよ」
そう言うと癇癪を起こしケーキを床に投げつけた。
「夏希、あんたもあんたよ。どうしてお母さんが苦しんでいるのにあんたはにこにこ笑っていられるの?」
暴れるお母さんを私はただ呆然と見ているだけだった。
そしてその日を境に私の頭の中で雑音が鳴り始めた。
――もうこの人達に何か望みを持つのはやめよう。
そして、人を信じるのはやめよう。全てが無駄なんだ。友達ももういらない。信じてもまた裏切られるだけだから…
鳴り止まない雑音、頭が割れそうだ…
〔2.入り口〕
私とお母さんとの二人の生活が始まった、と言っても前とあまり変わらない。
誰もいない家、夜になるとお母さんが帰ってくる。変わった事と言えば、
…私が笑うのをやめた事くらいだ。
そのまま何日か経ち私が通う学校が夏休みに入った。毎日続く暑い日、変わらない毎日が続くと思っていた。
「おかえりなさい」
「…夏希、あんた確か今夏休みよね?」
「え? まぁ…」
「ふぅん。明日実家に帰るから行けるように準備しておきなさい」
「え? お母さん実家なんてあるの?」
「当たり前じゃない。馬鹿な事聞かないでちょうだい! とにかく準備しときなさいよ」
今までお父さんと色々あっても実家という言葉がでてきた事がなかった。だから、お母さんに実家はないと思っていた。
でも一番驚いた事はお母さんがしゃべった事だ。二人で暮らすようになって、以前よりも会話が減り最近では一言も話さないで終わる事が多かった。
「お母さんの実家……か」
私は部屋のベッドに寝て天井を見つめた。
電車に乗って四時間。お母さんの実家は地図にものっていない小さな村らしい。
朝家を出るのが早かったせいか私はうとうとしだした、そんな時に着いたとお母さんに起こされた。電車を降り、駅から出た時私は目を疑った。辺り一面山や田んぼや畑だらけ、スーパーどころかコンビ二すらない。
「今時こんな所ってあるんだぁ」
そう感心しながら私はお母さんのお母さん、つまり私のおばあちゃんにあたる人のところへ向かった。
誰もいない…私にとってこの村はあのゴミゴミした町より楽だった。
人との関係がなく、頭の中で鳴り続けている雑音が少しおさまった気がした。
「母さん、ただいま」
木の匂いと線香の匂いがふわっと私を包んだ。
部屋の奥から一人の老婆が出てきた。ポッチャリと太っていて優しそうな人、この人が私のおばあちゃんだ。
「よぉ来たなぁ、この子がわしの孫かい?」
「そうよ。あぁ疲れた。お茶くれる?」
「はいよ。…えっとぉ…」
おばあちゃんは眉の間にしわをよせて私を見た。
「…夏希です…」
私の答えにほっとしまた笑顔を戻した。
「夏希ちゃんもおはいんなさい。冷たいお茶があるよ」
「私はいい。それより少し歩いてくる」
おばあちゃん、私の名前も知らないんだ。
何も話していないのね、お母さん…
これでまた一つ私はあなたを諦めた。青い、青すぎる空が広がっている。でも、私にはもう濁った色にしか見えない。
「どこまで歩いたんだろぅ、それにしても本当に何もないんだなぁ」
そう思いながら歩いている私の目の前に大きな深い森がひろがっていた。深い深い森、不思議な魅力を漂わせる森。
だけど何故か、ここには入るなと言っているかのように木がはえている。
その森を見つけてから一週間が経った。私は何故か毎日この森に行った。入る事は出来ないがそこへ行くと優しい空気を感じる、優しい眼差しを感じる。
「今日も出かけるのかい?毎日毎日、一体どこへ行っているんだい?」
「森…」
「森…あぁ、あの森かい? この村の人はあまり近づかない森だよ。森の中で遊んでいるのかい?」
「ううん、森には入れないの」
「どうしてだい?」
「分からない、でも森の中には入れないの。それじゃあ行ってきます」
「…変わった子だねぇ…」
おばあちゃんの言う通り、確かに自分でも変な行動だと思っている。
あの森に行くまでは、今日こそは絶対に森の中へって思ってもいざ森に着くとここには入ってはいけないと感じ森の前でたたずんでしまう。そして、気が付いた時にはもう日が暮れそうになってしまっている。
今日もそんな感じで一日が終わろうとしていた。私が家についた頃はもう空が真っ暗になっていた。
「ただいま」
私の声は居間にいるお母さんとおばあちゃんには届かなかったらしい、部屋からはお母さんの声が聞こえた。
お母さんはおばあちゃんにお父さんの悪口を言っているようだった。ここまで来て、もう今では他人となったお父さんの悪口かぁと思い深く息をついた。
「でもこれでやっと幸せになれるわ」
お母さんはそう一言呟き、おばあちゃんに笑みを見せた。
あれ程望んだお母さんの笑顔、その瞬間頭の中でなり響く雑音が大きくなったのを感じた。
「い…たい、痛い。頭が痛い!」
私は頭痛から逃げるように家から飛び出し無我夢中で走り出していた。、そして気が付いた時には、いつも来ている森の前に立っていた。
「どうして…私…ここに?」
帰らなきゃ…そう思いながらも私の足は動こうとはしなかった。
――帰りたくない。
森の前に座りぼんやりと何処かを眺めていた。これからどうしよう、と考えふぅっと息を吐いた瞬間強い風が吹き目を開けていられなくなってしまった。
すごい風と思いゆっくりと目を開けた。するとさっきまではなかった一本の道が森に出来ていた。
まるで硬く閉じられていた入り口が開いたかのように…
私は吸い込まれるかのように森の中へと進んでいった。
〔3.出会い〕
家を飛び出し、そして今では、入るなと言わんばかりに硬く閉ざされていた森の入り口が、おいでと誘いこむかのように開かれた。
そんな不思議な森に足を踏み入れてから何日が経ったのだろう。
今は朝?
それとも夜?
この森の中はまるで時間が止まった世界のようだった。でも、疲れは容赦なく私の体を覆っていった。
「お腹…すいた。の…ど渇いた」
飲まず食わずで歩き続けた私の体は力つき、私はその場で倒れてしまった。
“疲れた。鳴り止まない音、頭の中で雑音が鳴り続けている。誰かこの音を止めて…誰か…”
気を失ってからどれくらいが経ったのだろう、一瞬体がフワッと浮きそして優しい空気に包みこまれた。
心地よい感覚、そう思った瞬間口の中に水が流れこんできた。私のカラカラに渇いた喉は潤いを取り戻し、私はゆっくりと目を開けた。
「大丈夫?」
そこには心配そうに私の顔を覗きこんでいる男の子の姿があった。
私はその男の子の深い緑色の瞳に一瞬心を奪われた。
どこだっけ? この優しい空気、優しい眼差し……そうだ、森の前でいつも感じていた感覚だ。
そう思い私はまた気を失った。
「ん…ここは? 私確か倒れて…そうだ! 緑色の瞳の男の子…いない。幻だったの?」
重い体をゆっくりと起こし辺りを見渡した。その時微かに声が聴こえた。
♪
「LaLaLa…」
「…歌…?」
優しく澄んだ声に惹かれて足が勝手に進んでいった。そして一人の男の子を見つけた。
深い緑色の瞳を持つ男の子を…
「気が付いた?」
男の子は私の存在に気付き歌をやめて笑顔で言った。
「あなた誰?」
「僕はルミア」
「この森で暮らしているの?」
「…」
「あなたの両親は?」
「…」
「あなた一人?」
「…」
何を聞いても答えない。唯一答えたと言えば自分の名前だけだった。
そして、ただひたすら私を見つめていた。
〔4.涙〕
私をただひたすら見つめるルミアという男の子。その深い緑色に吸い込まれそうになる。
優しい瞳…
でも全てを見透かされそうで怖かった。たった今出会ったばかりなのに、自分の影を見られたくないという強い想いがわいた。
…何故…?
「たっ助けてくれてありがとう。それじゃぁ…」
その場から逃げ出そうとしたが、私はお腹がすきすぎて足に力がはいらずその場でよろけてしまった。
そんな姿を見てルミアはクスクスと笑った。
「お腹がすいてるんでしょ? この木の実食べなよ、すごく美味しいよ」
そう言いルミアはリンゴのような赤い木の実を私の前にさしだした。
「いっ…いいよ」
「遠慮しないで、とっても甘いんだよ」
ルミアの人懐っこい笑顔につられてついつい木の実を受け取り、一口齧った。
「――甘くって美味しい」
私は空腹のあまり木の実をもう一口もう一口とすごい勢いでたべてゆき、ルミアはそれを嬉しそうな笑顔を浮かべながら見ていた。
そして私はその木の実をあっという間にたいらげてしまった。ぐっと足に力を入れて立つと、さっきまでは鉛のように重たかった体が嘘のように軽かった。
「ありがとう…それじゃあね」
ルミアの優しさに惹かれたが、今は誰とも関わりをもちたくなかった。私はお尻についた土をはらい、ルミアに別れを告げ森の奥へと進んだ。
しかしルミアも一緒についてくるではないか。どうしてついてくるんだろう? まさか木の実のお礼に何かよこせとか…そんな事を思いながら私は足を速めた、が、それでもルミアはついてくる。私は振り向いて迷惑そうな目でルミアを見たが、ルミアはそれを笑顔で返してきた。
ルミアから逃げるかのように私は何時間か歩いた。どれくらい歩いたのだろう、私は体に疲れを感じたので休もうと一本の木の下に腰をおろした。
草の匂いがする中、私はルミアという男の子がまだついてきているのかと思い、辺りを見渡した。
…ルミアの姿はなかった…
ほっと胸を撫で下ろすなか、何故かルミアの持つ深い緑色の瞳を思い出した。
何もない静かな森の中、木に寄りかかり休んでいる私。
ウトウトと眠たさを感じ、私はその場で寝転んだ。森の木達で覆われていて、空は見えない。
――あのルミアという男の子の瞳と同じ色。
♪
「LaLaLa…」
あの歌声が聴こえた。
――優しい声。
私はその歌の心地良さに深い深い眠りにはいっていった。
何時間眠ったんだろうか、頬に何かが当たるのを感じ目を覚ました。
「…水? …雨?」
そう思い、目をあけた。私の頬に当たったもの…それは水ではなく唾液だった。 私の顔を覗き込む者…私は自分の目を疑った。
――人間じゃない!!
地面にまで届いている長い髪のようなもの、男?
そいつの口からは白い糸が出ていた。私は頬についたその男の唾液をふき取りながら立ち上がり、木の陰に隠れた。長い髪の間から睨みつける赤い瞳
……殺気……
「怖い、怖い、怖い…あれは何なの? 足が動かない…誰か…」
私は恐怖のあまり、木にしがみつき目を伏せた。足音がだんだんと近づいてくるなか、私は死を感じた。「もう駄目だ」そう思った時足音が突然消えた。
「何が起こったの?」と思いゆっくりと目を開けると、あのルミアという男の子が私を抱きかかえて走っていた。
そして隠れるかのようにルミアは暗い洞窟の中に入った。
ルミアは私をおろし、洞窟の外を何度か確認した。あの男がいないかどう確かめているようだった…。
耳鳴りが鳴るくらい静かな洞窟、ルミアはもう大丈夫と言い私に笑顔を見せた。
「さっきのは何? どう見ても人間じゃなかった!」
パニックを起こし私の体は細かく震えた。そんな私の横にルミアはちょこんと座りもう大丈夫だから、と何度も呟いた。
静かな洞窟、ルミアの優しい空気に包まれる中私は何とか落ちつきを取り戻そうとさっきのは幻覚だと自分に言い聞かせた。
時間が経つにつれ私の体の震えもおさまってゆき、ルミアは安心の笑顔を私に向けた。
何の音もしない中、じっとしていると私の脳裏にお母さんの笑顔とあの時の言葉が浮かんだ。
『どうしてお母さんが苦しんでいるのにあんたはにこにこと笑っていられるの?』
――再び鳴り始める雑音。
ふとルミアの方を見た。すると私の視線に気付いたのか、ルミアは私を見てまた笑顔を浮かべた。
その時何故か小学四年生の時の自分とルミアがダブった…
「…ねぇ、どうしてあなたは笑うの?」
静かな洞窟に私の声が響いた。急な質問にルミアは首を傾げて考え、そして分からないと答えた。
「じゃぁ、どうして私にかまうの? 」
私のその問いに、一瞬でルミアの笑顔が消えて沈黙が続いた。
そして、ルミアの顔が悲しみに満ちていった。
「…君が泣いているから…」
「…? 私泣いてなんかないわ」
「泣いてるよ。初めて君を見た時から…君の傍にいると悲しみを感じる」
そう言ってルミアは私の手に自分の手をかさね、緑色の瞳から涙を流しだした。
「どうしてあなたが泣くの?」
ルミアの声が、言葉が胸に響く。知らぬ間に震える私の声…
「君が泣いているから…」
まさか? と思い手を頬にあてると、私の頬は濡れていた。
意味も分からずどんどん涙が出てくる。
「何がそんなに悲しいの?」
泣きじゃっくりをしだした私の頭をルミアは優しくなぜた。その時の優しさが、暖かさが私の心の悲しみに触れ、さらに涙を誘った。そして、積もりに積もった私の想いが涙と一緒に出てきてしまった。
「ひっ…く…私は…ただ二人に笑ってほしかっただけなの…」
「二人って?」
「私のお父さんとお母さんよ…二人はいつも喧嘩ばかりしていて、家には二人の怒声や泣声が響いていた…ねぇ、あなたはどうして笑うの? 私は二人の為に笑ったわ。私が笑顔でいれば二人もつられて笑ってくれると思ってた。いつもの怒声や泣声がいつか…いつか笑い声になるんだって思ってた!でもそれは違った…お母さんは私にこう言ったのよ。どうしてお母さんが苦しんでいるのにあなたはにこにこ笑っていられるのって…笑っていても無駄だって分かったの…」
「君はお父さんとお母さんが好きだったんだね。だから二人に笑ってほしかったんだね」
「好きなんかじゃない! 嫌いよあんな人達。二人とも私に何も言わないで勝手に離婚して、これで幸せになれる? 私の事は何も考えてくれない、私なんていてもいなくてもどうでもいいのよ!」
一度溢れた想いは止まらなかった…
流れ出てくる涙を何度もふきながらルミアの方を見た。すると、ルミアも涙を流し続けていた。
「そんな事言わないで…君がこの世に生まれてきたという事はとても意味があることなんだよ? 君が今までに出会った人、これから出会っていく人全てがすごく大切なことなんだよ?」
「でも最後は結局裏切られるのよ!」
「君が最後までその人を信じてあげれば、きっとその人は君を裏切らない」
「信じていた! でも駄目だった。あの人達は自分の事しか考えなかった」
「本当に? 本当に自分の事しか考えてなかったと思う? いつも喧嘩ばかりして、二人も自分達が君を苦しめてるって分かってたんじゃない? だからその道を選んだんじゃないかと思うよ」
「じゃぁ…どうして…どうして私に一言も相談してくれなかったの?」
「愛していたから…君に言ったらもっと苦しめるかもしれないと思ったから君に言えなかったのかもしれないよ?」
「そんなの…勝手すぎるよ…」
また涙が出てきてしまい、私は涙でくしゃくしゃになった顔をルミアに見られないように下を向いた。
するとルミアは私を優しく包み背中をポンポンと軽く叩いた。その存在が優しくて暖かくて私は声をあげて泣いてしまった。
そんな私を慰めるかのようにルミアはあの歌を歌った。心の奥底にはいっていく歌声。
「ねぇ…それ何の歌…?」
私は涙をふきながら聞くと、ルミアは笑顔を見せながら知らないと言った。
「じゃぁ自分で考えたの?」
「違うよ。風が教えてくれたんだ」
「風…? あなた風の言葉が分かるの?」
「うーん…言葉じゃない。感じるんだ、風が僕を包んでくれる優しさ。そうすると歌が勝手に声になって出てくるんだ」
私を見つめながらそう語るルミア。
いつもの自分だったらそんな事信じられないと否定するがなぜかルミアの言葉はすんなりと信じる事が出来た。
「私にも感じる事が出来るかなぁ?」
「君にも出来るよ。風達はみんなに優しいから」
「夏希…瀬川 夏希。私の名前」
照れ臭そうに言う私を見てルミアはにこっと笑顔を見せた。
「じゃあ夏希、今度一緒に歌おうね」
ルミアの言葉にこくんと頷き、私は初めてルミアに笑顔を向けた。
――ルミアの笑顔。全てを信じ愛せるような……今までに感じた事のない感情が私の胸に落ちていく
“もっとルミアの傍にいたい。ルミアの事を知りたい”
〔5.秘密〕
ルミアは自分の事は話さなかった。
…この森の事も…
この森は一体どうなっているのか。そしてルミアは何処で産まれたのか、家は何処なのか、何故毎日森にいるのか、分からない事だらけだった。何度聞いてもいつもの人懐っこいあの笑顔で誤魔化されてしまう。
「ねぇ、ルミア。あなたは一体何者なの? 何故森にいるの? 私と同じで家を出てきたの? それに…この森何だかおかしくない?」
私の質問に何も答えないルミア、何も分からないという恐怖と苛立ちについつい私はルミアの肩を強く揺すってしまった。
「なっ夏希落ちついて」
「私はいつだって落ちついてるわよ! 話を誤魔化さないで」
さらに強くルミアの肩を揺すった。
「……言えないんだ……」
むせるようようにルミアは一言そう言った。
――言えない。
その言葉を聞きルミアの肩を掴んでいる私の手の力がぬけた。
「何故?」
あの時と同じ、私には何も言ってくれない…悲しみの色が私の瞳を染めた。そんな私を見てルミアは私の頬に優しく手をあてた。
「お願いだ…夏希、そんな顔をしないで。君を悲しませたくはない…でも言えないんだ。」
ルミアの顔が悲しみと苦痛で歪んでゆく…そして何かを悔やむかのように何度も呟いた。
……僕が全て悪いんだ……
――私はそれ以上何も聞く事が出来なかった。
そして、沈黙のまま私とルミアは森の奥へと進んでいった。
私とルミアは夜のこない森にいたが、何故か私は必ず眠くなる時がある。でもその日はあまり眠たいと思わなかった。
「夏希、そろそろ休んだほうがいいんじゃない?」
「う…ん。じゃあ、少し眠るね」
私は目を閉じながら今日のルミアの事を考えていた。
何故ルミアはあんな事を言ったんだろう。
“僕が悪いんだ”
ルミアは自分の事を、この森の事を知らないわけじゃない、でも私には言えない。それは自分のせい…。
――何故?
分からない事だらけで眠れない私は、水を飲んで落ちつこうと思った。
「あれ? ルミア…いない」
どこを見てもルミアの姿はなかった。
今日ルミアの様子がおかしかったから、私は余計に心配になり辺りを捜した。
「いない…私があんな事聞いたから?」
不安になりながらも消えてしまったルミアを捜していると、奥で何かが光ったような気がした。
不思議に思いそこへ向かって歩いて行くと、息を飲む光景を目のあたりにした。
ルミアがあの歌を歌いながら一本の木の前に立っていた。ルミアとその木は、共鳴しあうかのように光を放っていた。何故か分からないがとても綺麗で澄んでいた光景だったため、私はルミアに声をかける事が出来なかった。
しばらく見ていると、急にルミアは歌うのをやめ私の方にゆっくりと目線を向けた。
「見ちゃったんだね、夏希…もう君とはいられない」
ルミアが何を言っているのか分からなかった。ただルミアの表情が悲しみにおちてゆく姿しか目に入らなかった。
私は、どうして? と声にならないような声で言った。
「…僕は人間じゃないんだ。この木の精霊、この木が僕の本体なんだ。夏希…君とは一緒にいられない…」
「どうして? 私、ルミアが精霊だって平気。怖くなんかない」
「ありがとう…でも駄目なんだ。夏希も薄々気付いているだろ? この森が何処かおかしいって事に」
――確かにこの森は何だかおかしい。
時間がないというんだろうか、生物そのものの成長が感じられない…それにあの化け物、あれはやはり幻ではない。
そして、ルミアはゆっくりと重い口を開き話始めた。
「この森は夏希達が暮らしている世界とは別の空間なんだ。もちろん風達もいるし、花達も咲いている。でも、ここには朝や夜がないんだ。ここでは全ての成長が止まっているんだ。人にも木にも花にも命の時間がある。でもこの森では命の時間が何らかの原因で止まってしまっているんだ」
「じゃあ、私の命の時間も止まっているの?」
「さっきまでは動いていたんだ。でも僕の正体を知ってしまったから…」
「どうして? どうしてルミアが人間じゃないと知ったらなの? ここにいるだけで私の命の時間も止まってしまうんじゃないの?」
「夏希がここに入った時はまだ(何も知らない状態)だったからここの森の住人じゃなかった。でも、夏希達の世界にはいない僕のような存在を知ってしまったため、君の命の時間は今止まってしまった…今ならまだ間に合う、僕が夏希を君のいるべき世界へ送って行く」
「嫌よ! あんな家になんて帰りたくない、ルミアとも離れたくない。命の時間が止まったって事は死ぬ事はないってことでしょ? だったらずっとルミアと一緒にいられる」
「命の時間が止まれば、確かに一日一日死に近づくという事はなくなる。でも、命そのものを狩られてしまったら君の魂は消滅してしまうんだよ…」
「どういう事?」
「夏希は人間だ、この森の住人じゃない。例え命の時間が止まりここの住人に近づいても、森達は許してくれない。夏希の命を狩りにくる…」
「森が? どうやって? ……まさか……」
「そう、最初に君を襲った彼もこの森の住人の一人だ。…みんなそれぞれ別の体を持っているんだ」
ルミアの話を聞いて、私の頭の中はぐちゃぐちゃになってしまっていた。
しかし、三つだけ理解できた事がある。
・一つは、ルミアはやはり人間ではなかった事
・二つ目は、ここの森はいつも過ごしていた世界とは違う世界だという事
・三つ目は、命の時間が止まり、年老いる事はないがここにいればあるのは死だけだという事
私は迷った…
もとの世界に戻ればまた自分の存在が分からなくなってしまう、生きているけど自分がない。
ここにいれば自分の存在を感じる事が出来る。でもここにいる限り命を狙われる…悩んでいる私に気付いたルミアは、私の肩に手をおいた。
「夏希はここから出なきゃいけない。君はまだ生きなきゃいけないんだ…」
ルミアの言葉を聞き、私は渋々首を縦に振った。
「でもどうやって出るの? もう何日かこの森にいるけど、出口なんてなかったよ?」
「夏希の命の時間が動いていたら森の扉を開く事が出来たんだ。でも今の僕の力じゃぁ、時間の止まってしまった君に扉を開いてあげる事が出来ない」
「じゃあ、出れないの?」
ルミアの顔を覗きこむと一瞬つらそうな表情をしているように感じた。
「…方法はある。この森には三つの石があるんだ。一つは花の妖精の姫が守っている花神石、二つ目は水の龍が守っている水神石、最後の一つは木の精霊の長老が守っている木神石…この三つの石の力を使えば、森と夏希の世界をつなぐ扉を開く事が出来るんだ。でも、これは僕一人で行く」
「どうして!?」
「とても危険な事なんだ。夏希はここで待っていて」
「でも、一人になったら命を狙われるんでしょ?」
そう言うとルミアは目を閉じ変な言葉を言いながら私の方へ手をかざした。何をしているんだろうと思った。すると地面から何本もの弦が私を囲うように伸びてきた。何がどうなっているか分からないまま、私は弦に完全に閉じ込められてしまった。
「なっ何? ルミア助けて!」
「大丈夫、落ちついて夏希。これは僕の弦なんだ。ちょっとの事じゃあ壊れないし、君を守ってくれる。お願いだから夏希はここにいて」
そう言って、ルミアは私に背を向けた。
「ふざけないで! 私はそんなに弱くない。それに私はもう、いてもいなくてもいいっていう存在にはなりたくないの! 誰かに自分を必要としてほしいの」
私は必死に叫んだがルミアの返事はなく、もう行ってしまったのかと思った。
どうして…と思った瞬間、私を囲んでいた弦がみるみるうちに枯れていき、目の前にルミアの姿が見えた。そして私はルミアの目を見て拳を握った。
「私も行く」
「…分かった。その代わり絶対に僕の傍から離れないで」
真剣に言うルミアを見て、私はこくんと頷きさしだされたルミアの手をとって歩き始めた。
〔6.花神石〕
「ねぇルミア、最初はどの石を取りに行くの?」
私とルミアは緑の深い森の中をひたすら歩き続けた。
「まずは、花の妖精シース姫が守っている石だよ」
――花神石
見た事も聞いた事もない物に私は想像すら出来なかった。それに、ルミアがいるからだろうか、あの時以来命を狙われるという事はなかった。
「へぇ。で、そのシース姫はどこにいるの?」
「ここの森で唯一太陽の光があたる場所に彼女はいる。もうすぐ着くよ」
そう言い森の中を歩いていると一瞬空気が変わったような感じがした。
「…空…気が暖かくなった?」
ルミアはにこっと笑いある方向を指さした。
木と木の間から太陽の光が差し込んでいる、その中で雪のように白く美しい花のつぼみが一本光っていた。
「シース姫、ルミアです」
ルミアが花のつぼみの前で片膝をついた。そんなルミアを見て私も片膝をついた。
花のつぼみはルミアの声に反応したのかピクリと動き、そして花びらが一枚一枚ゆっくりと開いていった。甘い甘い香りが漂う中、つぼみの中から一人の女の子が現れた。
その女の子は金色の柔らかそうな長い髪に、空をうつしたような綺麗な青の瞳を持っていた。
彼女がシース姫だ。
「お久しぶりですね、ルミア」
シース姫は気品漂う笑顔をルミアに見た。そして、私の存在に気付いた時悲しげな表情に変わった。
「花達から聞きました。彼女がそうですね? あなたは私の前であの時誓いましたよね? もう、あの時のような過ちはしないと…」
「申し訳ありません、僕は誓いを破りました。でも、もうあんな事はしたくないし、あんな想いもしたくないんです。お願いです、シース姫…」
“あの時”
私には二人の会話の意味がよく分からなかった。
そして、何故ルミアはこんなにも苦しんでいるのかも…
「ルミア、あなたは太陽の光がないと生きてはいけない私のために厚くふさがれていた森の窓を開けてくれました。命の恩人のあなたに、いつか恩を返したいと思っていました…命をかけて…」
ゆっくりと話すシース姫の言葉に下げていた頭を上げた。
「それでは…? シース姫」
にこっと微笑み、シース姫は手を合わせさっきのルミアと同様意味の分からない言葉を話し始めた。そして、その言葉に反応してシース姫の手のひらから一輪の花が咲き、その花の中から一つの石が現れた。
シース姫はその石を手に取り、ルミアに渡した。ルミアはそれを大事そうに両手で受け取り、シース姫に深く頭を下げた。
「それからルミア…あなたは自分で森の扉を開けたと思っているようですね」
「はい。実際にそうでは…まさか――?」
「そうです。今回、森の扉を開けたのはあなたではありません」
シース姫の一言でルミアの表情が一気にかたまった。
「しかし、この森の扉を開ける事は門番である僕にしか出来ません。僕以外の者が扉を開ける事なんてありえません」
「確かにこの森と外との世界をつなぐ扉を開ける力を持っているのは、この森ではあなたしかいません。しかしルミア、私達のいるこの森ではありえないという言葉は存在しないのです。例えこの森の住人である私達には出来なくとも…」
「まさか夏希が扉を開けたとでも?」
だんだん声が大きくなっていくルミアにシース姫は落ちついて答えた。
「いいえ。彼女にはそのような力はありません。もう一人、あなたのよく知っている人でここの森の住人ではない者がいたでしょう」
「…ま…さか。でも彼は…」
「言ったでしょう? ルミア、ありえないという言葉はないと。その事は頭に入れておきなさい。さぁ、おしゃべりはここまでです。花達に気付かれないうちにここを離れなさい」
私とルミアはお礼を言い、花の妖精シース姫のもとを離れた。
ルミアにどんな過去があるのか、私は知らない。
「ねぇ、ルミア。私以外にもこの森の住人じゃない人がいるの?」
シース姫の話しを聞いてからルミアはずっと下を向いたままの状態だった。
「あっでっでも、言いたくないんだったらいいんだよ」
一人何を言っていいのか分からず、アワアワと空回りしている私を見てルミアはクスッと笑った。
「夏希、君には話しておかなきゃいけない事だから…最初から話すよ」
ルミアはゆっくりと歩きながら重い口を開いた。
「夏希の世界でいうと八年くらい前だと思う。僕はここの森の扉の番人として、毎日扉の様子を確認しに行っていたんだ。この森に人間が入らないようにとね。
いつものように森の扉を確認しに行った時だった。一人の男の子が、森の前で泣いていたんだ。
今の夏希と同じくらいの年で、達也という名前の男の子。
彼は学校の男の子達に苛められていたらしくその世界にいたくないと望んでいた。
森の扉の番といっても、その時の僕は森の扉の番について詳しくは知らなかった。唯一知っていたのは、扉の開け方と閉め方だけだった。
最初は、軽い気持ちで達也をこの森へ招き入れたんだ。でも、それは絶対にやってはいけない事だったんだ。
どれくらい森にいたのか…達也は急に森から出たいと言い出してね、もちろん彼は僕の正体を知っていた。だから森にいる間、達也の命の時間は止まってしまっていた。
この森から出たい…それが達也の願いだった。だから僕は、森の扉を開けた。けれど、彼がこの森に入ってからもう三年が経っていたんだ。
森から出た事によって、止まっていた達也の命の時間が動きだしてしまった。今まで止まっていた時間が急に動きだしたらどうなると思う? …外の世界の時間と達也の命の時間が違いすぎるため、達也の体がもたず消滅しかけたんだ。さいわい、ぎりぎりのところで達也は森に戻り何とか消滅しないですんだ。
――でも、その日から達也は変わった。
この森に入れたのはお前なんだから、どうにかして俺をここから出せ! …と。
達也の目が日ごと恨みの色に満ちていったよ。僕も自分の責任だと思って、何とか達也をこの森から出す方法を考えた。そんな時、花の妖精シース姫から石の話しを聞いてそれを達也に話したんだ。でも…」
ルミアの言葉がつまった。
「…でも…?」
「彼は…達也はその石を盗み出そうとしたんだ…それで、森の住人達が怒り…達也を殺したんだ…」
殺した…その言葉と同時にルミアは足を止めた。そしてあるところに視線をむけ、私もその方向に視線をやった。
「こ…れは…」
私は息を呑んだ。そこには一人の男の子がいた。木の弦に体をまかれて何とか立っている状態だったが、その男の子にはまったく生気が感じられなかった。
「これが達也だよ…命の時間が止まっているから、死んでも肉体が腐る事はないんだ。僕のせいで達也は死んだんだ、僕の…せいで…」
だんだんと声が小さくなり、ルミアの体が小刻みに震えていた。
「違う! ルミアのせいなんかじゃない!」
「…ル・ミ・ア・ノ・セ・イ・ダ・ヨ…」
何処からか聞こえた声に、私とルミアの動きが一瞬止まった。そして二人で達也の方に目をやると、弦にまかれている達也の体の横に一人の男の子が立っていた。
「達…也なのか? でもどうして?」
そこに立っていたのは死んだはずの達也だった。
「さぁ? 俺にもよく分からない。暗い闇の中で眠っていたらルミア、お前の歌が聞こえて目が覚めた。どうしてお前は平気で歌ったり笑ったり出来る? お前のせいで俺は死んだんだぞ」
「ちょっと待ってよ! どうしてあなたが死んだのがルミアだけのせいなの? 確かに森の扉を開けたのはルミアだけど、ここの森にはあなた自身で入ったんじゃないの? それだったらルミアだけのせいとは言えないはずよ!」
そう言うと、達也は私をギロリと睨みつけた。
「…確かに、この森にはいったのは俺自身の意思だ。でも俺がこの森を出たいと言った時はもう遅かった…俺の体は外の世界の時間とずれてしまって、森から出られない状態になっちまった。なぁルミア…お前知ってたんだろぉ? 命の時間が止まるって事を!」
「ちっ違う! 僕はその時、本当に何も知らなかったんだ」
「うるさいっっっ! それに、石があれば俺は外の世界に戻る事が出来るのにお前は何もしようとしなかった。だから、俺が自分でやろうとした。やっとの思いで石を目の前にした時、お前は俺を止めようとした。
お前は俺の体を弦でまき体の動きを封じた。そして、動けなくなった瞬間の隙をつかれ俺は森の住人どもに殺された。お前のせいだ! お前のせいで俺は死んだんだよ」
「違う! あなたを止めたのは、ルミアはきっとあなたに物を盗むような最低な人間になってほしくなかったから…だから…」
「くっ…最低な人間? ははははは! …笑わせるな! そいつはなぁ、俺の体が木の剣でつらぬかれている時、助けようともしないでただ黙って見ていただけだったんだよ。俺の最後の質問にすら答えてくれなかった…そんな奴がそんな事考えるもんか! 目が覚めた時どうやって仕返しするか考えたよ。
何せ体がないから触る事すら出来ない、そんな時お前が現れた。毎日森に来るお前と、そんなお前を森の中から見ているルミア。
二人を見ていて気が付いたよ、この女を森に入れる。そうすればお前はルミアの目の前で森の住人どもに殺され、ルミアは同じ過ちを侵した事により森の住人から罰せられる。その時のルミアの崩れゆく顔を俺は笑いながら見てやるんだ」
私は背筋にゾクッと悪寒が走った。言っている事も怖いが、それ以上に話している時の達也の目が憎悪に満ちていて、吐き気さえも感じた。
「達也…君はそんなにも僕の事を…でも言い訳にしか聞こえないかもしれないけど、僕の話を…」
うるさい! と達也の声でルミアの話はさえぎられてしまった。
「もう何も聞く事はない! それにもう遅いよ」
不適な笑みをうかべ達也は姿を消した。
遅い…? もうあいつを止められないという意味なのだろうか? そんな時、どこからか甘い香りが漂ってきた。
「ルミア…何? この匂いは。甘くってとてもいい匂い…」
「夏希! 駄目だ。この匂いを嗅いではいけない」
“ルミアの声が遠くで聞こえる…何故? 甘い甘い香り、何だか…眠い…”
途絶えそうな意識を何とか保とうとしたが、匂いがどんどんと強くなり立っていられなくなった。そしてその場で倒れた私をルミアが支え、私の名前を必死に呼んでいる。
「夏希、夏希…眠っちゃ駄目だ!」
「ル…ミア…こ…れ…は?」
「花の妖精達に気付かれたんだ。妖の粉…今シース姫のところに連れて行ってあげるからね! あそこは太陽の光がさしこんでいるから、花の妖精達はそう簡単に近づけないんだ。だから眠っちゃ駄目だ!」
ルミアはわたしを抱きかかえ、シース姫のもとへと向かったが、私の意識はもう闇の中だった。
「シース姫! シース姫!」
「どうしたのです? ルミア、何故まだここにいるのですか?」
「わけあって妖精達に見つかってしまいました…それで、夏希が!」
「まぁ…妖の花粉にやられてしまったのですね…」
「どうしたらいいんですか? 夏希は…夏希はこのまま目を開けないのですか?」
「落ちつきなさい、ルミア。手はあります。ここから南にある昔から伝わる大樹の木の液を飲ませれば、彼女は目を覚まします」
「本当ですか? ありがとうございます」
急いで大樹の木へと飛ぼうとしたルミアをシース姫は呼び止めた。
「ルミア…あなた…彼に会ったのですね?」
「…はい」
返事とともにルミアの表情は一気に沈んだ。
「ルミア、過ちとは一度犯してしまったら消える事はありません。しかし過ちを繰り返さない事はできるはずです。さあ、早く行きなさい。彼女は…夏希は私が見ていますから」
暗い表情を誤魔化すかのような笑顔を浮かべ、ルミアは大樹の木へと向かった。
〔7.心の中〕
“ここはどこ? どうしてこんなに暗いの? ルミアは? 今までの事は夢だったの? ”
暗い、暗い、闇の中。いくつかの光が見えた。その光を覗き込むと私がいた。
お父さんとお母さんと笑いながら話している私…
友達と楽しく遊んでいる私…
色々な私…
不思議な光景。だけど、どの私もみんな幸せそうに笑っている。
「何故みんな笑っているの? どうして光の中にいる私は笑っているの? どうして、ここにいる私は泣いているの? どうして? どうして? あぁあぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁ…怖い、怖いよぉ。何で…? 私が偽者なの?」
闇に包まれた私は、光の中にいる幸せそうな私を見て混乱した。
泣き叫ぶ私の耳に誰かが笑っている声が聞こえた。
「だっ誰?」
「俺だよ…さっき会っただろ?」
聞き覚えのある声、達也だった。
「…達也…さん? どうしてここに?」
「呼び捨てでいいよ。どうしてここに? あんたここが何処が分かっているのか?」
からかうような口調で話しかけてくる達也に私は首を横に振った。
「ここはあんたの心の中だよ。ちょっと話があってはいらさせてもらったよ」
“私の心の中? ”
「あそこの光の中に見えるのはあんたの夢、願い、願望だ」
“私の夢? 願い? 願望? ”
「へぇ…そうか。あんた自分が嫌いなんだろぅ? 家族とも仲が悪い、友達もいない…そうだろぅ?」
「ど…して?」
「どうして? だってあそこにあんたの望んでいる世界が映されているじゃんか」
にやにや笑いながら達也は光の方を指さして言った。
「…いで…見ないでよ!! 私の心に勝手に入らないで! どうしてあんたが私の心の中にいるのよ!? 私の心は私だけのものよ。勝手に見ないで!」
何を言っても達也はにやにやと気味の悪い笑顔を浮かべているだけだった。
「…そ…うよ…私は自分が嫌い、大嫌いよ! 無力で何の力もない自分…誰かを信じる事すら出来ない…大嫌いよ…どうして…あなたなんかに…」
私は頭を抱えてその場に小さくうずくまった。そして、震える私に向かって達也はさらに話しを続けた。
「苦しいか? 辛いか? 嫌だよなぁ、勝手に自分の心を見られるのは…なあ、誰のせいだと思う?」
“やめて! もう何も見たくない。何も聞きたくない”
「なぁ…ちゃんと聞けよ…いいか、お前がこんなにも苦しまなきゃいけないのは全部ルミアのせいなんだよ。ルミアが俺を殺した、だから俺はルミアを苦しめるためにあんたを苦しめる。全部ルミアのせいなんだよ、ルミアが悪いんだよ」
呪文のように達也の言葉が頭の中に響いた。
何度も何度も……
「ルミアに出会ったから…? ルミアの傍にいるから…? 悪いのはルミア…?」
「そうだ。俺はあいつのせいで死んだんだ。あいつに殺されたんだ。お前が苦しむのもあいつのせいなんだ」
“ルミアのせい? 違う、違う、違う、違う……”
「…がう…違う! ルミアのせいじゃない、ルミアは人殺しなんかしない」
「ふんっ、現に俺はあいつのせいで死んだ。それにまったく関係のないあんただってルミアと関わったせいで、覗かれるはずのなかった心を覗かれたんだぞ。全てにルミアが関わっている、全部あいつのせいなんだ」
「私の心にはあんたが勝手に入ってただけ、ルミアは関係ない! ただ私の心が弱かっただけ…私が苦しいのは、ルミアのせいじゃない。それにルミアは人殺しなんてしない!」
「お前が何と言おうが、俺を殺したのはあいつなんだ! それにお前だって結局は俺と同じじゃねぇか。誰一人信じられねぇんだろ? 結局腹の奥底ではルミアの事なんか信じちゃいねぇんだよ!」
暗闇の中、達也の怒声が響きわたった。
――信じる事をやめた私
お父さんの心から目をそむけ、お母さんの心から目そむけ、友達の心から目をそむけ、そして自分自身の心から目をそむけた。
私も達也と同じ? ルミアを信じていない…?
そう思った瞬間、ルミアの優しい笑顔、あの深い深い緑色の瞳を思い出した。
そして自分の中で何かを決心したかのように、ふぅ、と一回息を吐きそして奥歯を噛み締めた。
「私は…あなたとは違う…私はルミアを、ルミアを信じてる!!」
そう叫んだ瞬間だった。体の中に何か温かいものを感じ、そして微かだが声が聞こえた。
「な…き…なつ…夏希…夏希!」
闇の中、何処からか私の名前を呼ぶ声。
――ルミアの声だ
私はその声と同時に一つの光の中へと、吸い込まれていった。
「夏希! 夏希!」
ルミアの呼ぶ声を感じ、私はゆっくりと目を開けた。あの時と同じ、深く優しい緑色の瞳…
「ル…ミア…?」
「大丈夫? 夏希、僕が分かる?」
意識がはっきりしない中、ルミアの温もりを感じた。そして私は、ルミアの頬にそっと手をあてた。
「信…じてるから…私はルミアを信じてるからね」
今までは人を信じる事が出来なかった。でもルミアと出会って、もう一度信じてみようっていう気持ちが持てた。そして今、言葉にしたらそれが確信になった。
ぼんやりとする中何かが聞こえた。
「…何か聞こえる……ルミア、あなた歌ってる?」
私の質問にルミアは首を横に振った。
「じゃあ誰が歌っているの? ルミアがいつも歌っている歌…」
「風達だよ…」
「本当? これがそうなの? 優しくて綺麗な声…すごい」
初めて聞こえた風達の歌…しかし、喜びが一気に吹き飛んでしまった。
「ど…したの? ルミア、あなた顔が真っ青よ」
ルミアの異変に気付き、私は重い体をゆっくりと起こした。
「ルミアは力を使いすぎたのです」
私はその声に驚き、後ろを振り返ってみるとそこにはシース姫がいた。私はその時初めて、ここが森の中で唯一太陽の陽があたる場所。そしてシース姫と出会った場所だと気付いた。
「力を使いすぎた? それにどうして私ここに倒れていたの?」
「あなたは私を守る者達のまいた妖の花粉の香りのせいで、深い眠りにはいってしまいました。何をしても目を覚ますことのない力を持った花粉…目を覚まさせるにはここから大分離れたところにある、大樹の木の樹液が必要でした。ルミアはそれを飛んで取りに行ったのです」
「そうだったの… ? ルミア、あなた飛べるの?」
今までルミアが飛んでいるところを見た事なかった私は驚きを隠せなかった。
「うん。普段は飛ばないんだけどね…僕は人間じゃないから」
顔色の悪いルミアは力のない笑顔を見せながら言った。
「笑い事ではありません! へたをしていたら、あなたは消えてしまっていたのかもしれないんですよ」
――消えてしまう
シース姫の鈴のような声が鳴り響いた。私はまばたきをするのも忘れて、シース姫を見た。
「夏希…ルミアの本当の姿は木なんです。ここの森では確かに命の時間はありません。でも、無限の命があるというわけでもないのです。ルミアの力は本体の木から送られています。だから、ルミアが力を使えば木の力も失われていく。そして、本体の木の力がなくなりかけたその時、木は自分の危険を感じ迷う事なくルミアを自分の中に戻してしまうのです…この意味が分かりますね?」
シース姫は悲しげな目で私を見つめた。
「ルミア!! 今の話本当なの?」
私の問いかけにルミアは重々しくうん、と首を縦に振った。
「どうして…? どうして私なんかのために自分の命を削るの?」
「夏希がこんな事になったのは僕のせいだから。君を死なせないって約束したから…だから…」
下を向いて拳を強く握りしめるルミアを見て、私はさっきの達也との言い合いを思い出した。
「あなたも自分を責め続けるのね……私ね、さっき眠っている時達也に会ったの。あいつ、私の心を見て笑ったわ。苦しくって悲しくって辛かった。それをあいつはルミアのせいだって言ったの。ルミアのせいって…」
思い出しただけで私は泣きそうになってしまった。
そんな私を見てルミアは何度も小さく…ごめん…と呟いた。
「私もね、ルミアに関わったからなのかって思った。でもそんな時ルミアの笑顔を思い出したの…優しくって、あったかくって、私を包み込むルミアの笑顔…その瞬間、苦しいとか悲しいとか辛いって気持ちが何処かにふっとんじゃったの! それでね、気付いたら私ただひたすら叫んでた。私はルミアを信じてる!…って。ねぇ、ルミア。私はあなたを信じている。だから、ルミアも私を信じて。私は決して死んだりなんかしない。だからもう力を使わないで」
でも…と言いかけたルミアだったが、私の真剣な目を見てその言葉を飲み込んだ。そして、ただ一言ありがとうと呟いた。
「ルミア手を出しなさい」
ルミアはシース姫の前に手を出した。すると、シース姫の手から一つの石がころん、と落ちた。
それは、さっき妖精達に奪われてしまった花神石だった。
「シース姫、これは…」
ルミアは目を丸くしてシース姫の顔を見ると、シース姫はにこりと微笑みを見せた。
「さあ、行きなさい。ルミア」
「シース姫……すみません」
ルミアは花神石を強く握り、次なる石を取りにシース姫のもとを離れた。
〔8.水神石〕
シース姫のもとを離れ、私とルミアは次の石を取りに森の奥へと足を進めた。しかし、ルミアの顔色は真っ青のままで歩く足はどこかふらついていた。
「ルミア、大丈夫? 何処かで休もうよ」
私は心配そうな顔でルミアの顔を覗き込んだ。
「僕は大丈夫だから…」
辛いのに、歩くのさえ大変なくせに…
私に心配をかけないようにと笑顔をつくるルミア。優しいルミア
――でも…何だか悲しい…
そんな私の空気を察したのか、ルミアは足を止め私の手の平に花神石を置いた。一瞬、シース姫の花の香りがしたような気がした。
「夏希、僕は君を信じている。でも、君をこの森から無事に出す…これは僕がシース姫に、夏希に、僕自身に誓ったんだ」
そう言い、ルミアは私の目をまっすぐ見た。緑色の瞳が私を映す。
私は、ルミアから受け取った花神石を握り、こくん、と頷いた。
「ねぇ、ルミア。次は何の石を取りに行くの?」
「次は水龍様の守る水神石だよ。でも、水龍様はすごく気の荒い方だから夏希は…」
ルミアの言葉の続きが私にはすぐに分かってしまった。
「嫌よ! 私も行くんだから。どんなところにも私はルミアについていく、これは自分自身に誓った事なんだから」
ふんっと私はわざと鼻息を荒くして、ルミアを追い越しすたすたと歩いた。
シース姫のところからどれくらい歩いたのだろう…途中何度かルミアは私を気遣い、大丈夫? と声をかけてきた。
確かに長い事歩いているはずなのだが、前のように疲れを感じたりする事はなかった。
……これが命の時間が止まったという事なのだろうか……
ようやく私もその事を実感しだした。
「さあ、着いたよ。夏希、ここが水神石のある場所だ」
立ち止まった私とルミアの前にあったのは、洞窟の入り口だった。
洞窟の中は真っ暗で、何処まで続いているのかまったく分からない。じゃあ、入るよと言いルミアは洞窟の中へと足を進めた。私もルミアの後に続こうと足を進めようとした。
――足が…動かない…
「夏希…? どうしたの? 」
私の様子に気付いたルミアは私のもとへと歩みよった。
「わ…からない。足が動かないの。歩こうとしても、足が動いてくれないの…どうして…?」
急に動けなくなってしまった事に私は混乱した。
「夏希、やっぱり入るのはやめよう。君が動けないのは、本当の恐怖を感じているからなんだ。ここの洞窟からは水龍様の殺気がもれている…その殺気を感じて、君の体はこの洞窟に入る事を拒絶している」
「私、怖くなんかないわ!! 足だってちゃんと動く!」
動かない足を私は無理矢理、手で動かした。
「ほら! ちゃんと動くわ!」
そんな私の様子を見て、ルミアは首を横に振り、ここで待っててと言った。
私は自分の無力さに腹をたて、動かない足を何度も叩いた。
“動け! 動け! 動け! 動け! …動いてよぉぉ…”
何度も何度も足を叩いた。すると、ルミアが足を叩く私の手を止めた。
「やめるんだ! 夏希、落ちついて。」
私を落ちつかせるようにルミアは強く私の手を握りしめた。そして、落ちつきを取り戻したのを確認したルミアは私の手を離し、自分の手を動かない私の足へと置いた。
「殺気を体でうけるから足が動かなくなるんだ。ほら、落ちついて風達の声を聞いてごらん?」
ルミアの手から、何か暖かいものが流れ込む。
私はルミアの言う通りに風の声を聞いた。
「さぁ、夏希。歩いてごらん?」
ゆっくりと足に力を入れ、足を一歩前に出した。
「…!? 動いた!」
「これで、もう大丈夫だよ」
そして、私とルミアは二人で洞窟の中へと進んでいった。
――暗い
洞窟の中は真っ暗で何も見えない状態だった。すぐ傍にいるルミアの顔すら見えない…でもその暗闇の中をルミアは私の手をひきながら平然と歩いていった。
「ルミア、どうしてこんなに暗いのに平然と歩けるの? あなたには道が見えているの?」
「僕にも何も見えないよ。でも奥からすごい殺気を感じるんだ。僕はただそれを辿っているだけなんだ」
ルミアはそう簡単に言った。
確かに怖いとは感じるが、ルミアのように殺気を辿るなんて事は私には出来ない。人間のようでやはり人間ではないルミア…そんな事を思いながら歩いていると、どこからか水の音が聞こえた。
「気をつけて…近いよ…」
そう言うルミアの声には緊張のようなものを感じた。
水の音が近づいてくると、一つの光が見えた。
――出口だ
ルミアは私の手を強く握り、光の中へと入った。
「す…ごい…」
洞窟の中に大きな湖が広がっていた。そして、その湖は淡い光を放っていて洞窟の中を照らした。
「水龍様、ルミアです」
湖に向かって大きな声でルミアは自分の名前を言った。
すると、湖の真ん中に波紋の輪が揺れ、地響きがした。
「貴様、何をしにきた…我の神域に人間の小娘をいれるとは、死を覚悟のうえであろうな」
声と同時に湖の中から何かがゆっくりと現れた。
……水龍だ…
洞窟の前で感じた殺気とは比べものにならないほどの恐怖を感じた。体が押しつぶられそうだ…
「いいえ、水龍様にお願いがあってここまで参りました。水龍様…水神石をください」
ルミアの言葉に水龍は地面をも揺らすような笑い声を上げた。
「あっははははは。何を言うかと思えば…ふんっ。貴様、我を笑わせにここまで来たのか? 人間の小娘を連れて」
ルミアは首を横に振り、一言本気ですと呟いた。すると、大きな目で水龍は私とルミアを睨みつけた。
「貴様、自分が何を言っているのか分かっているのか!?」
「はい。お願いです、水龍様!」
「ふざけるな!! 貴様とてこの森の住人、それがどういう意味か分かっているのか!?」
「…はい…」
「ふっ…いいだろぅ。それでは、我が今ここで貴様らを殺してやる」
「あなたと戦う事は覚悟のうえです。僕もここで死ぬわけにはいきません。あなたと…戦います」
ルミアと水龍の会話が一度途切れ、天井から落ちる水滴の音が洞窟の中に響く。
ルミアはすぅっと体を浮かせて湖の上に立った。私にはこれから何が起こるのか想像すら出来なかった。
湖に立つルミアの手から木の弦が伸び、それが剣となった。その剣をかまえ、一瞬ルミアと水龍の動きが止まった。そして、次の瞬間ルミアがすごい勢いで水龍のもとへ飛び、剣の矛を向けた。水龍も負けじと、口から水の針を何本か飛ばした。
水龍の水の針をすらりとかわし、ルミアの剣が水龍の首をかすめ血が飛び散り、水龍の声が響いた。
「お…のれ…。裏切り者が! よくも我に傷をつけたな!」
水龍の血を浴び、血に染まったルミアの姿が湖の上にあった。
――ルミアの瞳が血の色で染まった。
ルミアの優しい瞳が…深い緑色の瞳が、赤く赤く染まってゆく…殺気の色が満ちていく。
あれは誰? あれは本当にルミアなの? あんなルミア見た事ない。あんなルミア見たくない。どうしてこうなってしまったの? 私のせい…私がいるから…
……もうやめて…やめてルミア……
私はルミアを止めようとしたが、また私の足は動かなくなってしまっていた。今度は風の歌もない、ルミアのあの暖かい手もない。ただルミアの戦う姿を見る事しか出来なかった。
ルミアと水龍の戦いが続く中、だんだんとルミアの動きが鈍くなっていっているのを感じた。力を使いすぎて、限界が近づいてきているのだろう。一瞬の隙、それを水龍は見逃さなかった。口からまた水の針がルミアめがけて飛んできた。避けようとしたが、間に合わず数本の針がルミアの腕に突き刺さった。
その瞬間ルミアの悲鳴が響き、よろけた瞬間水龍の尾びれがルミアの体を壁に叩きつけた。
私は、よつんばになりながらルミアのもとへ向かった。
「ルミア…大丈夫!?」
「大…丈夫…だから…夏希はさがっ…てて…」
ルミアは必死に立とうとするが、力が入らずその場で倒れてしまった。
「力…がぬけてく…この針は…」
ルミアの腕に刺さった針から光る粉のようなものがでている。
「わはははは…その針は刺さったら最後、貴様の力を吸い尽くすまではどんな事があろうと抜けはせん。貴様は苦しみながら、消滅していくのだ」
「そんな…こんな針、私が抜いてあげるから頑張ってルミア!」
ルミアの腕に刺さった針を抜こうと握った瞬間、体に激しい電気が流れはじき飛ばされてしまった。
「ふんっ貴様のような人間の小娘が抜けるようなものではない」
だんだんとぐったりしていくルミアを見て、私は再び針を抜こうと掴んだ。
「あ゛ぁぁぁぁぁ……ぐぅ…」
針を握る手から血がにじみ、体中にはしる電気の痛みで何度も気絶しかけた。それでも、針からは手を離さなかった。
――死なせたくない、死なせたくない、死なせたくない、死なせたくない
地につく足に力を入れ、こんしんの力を入れた。すると微かだがルミアの腕に刺さった針が動いた。
「バ…バカな…何故貴様のような人間の小娘に…」
「…くっ…守…りたいから…生きてほしいから…」
最後の力を振り絞り、そして私の叫び声とともに針がルミアの腕から抜けた。
私は安心感と痛みで体の力が抜け、その場に座りこんでしまった。ルミアは力を抜かれてしまい、気を失っていたが消滅しないですんだ。
私はルミアの顔についている血を服の袖でふきとり、自分の目から涙がこぼれているのに気付いた。
「ごめ…ね…ごめんね…」
「こやつ、我の針を抜くとは…しかし、我は貴様らを殺す。小娘ともども殺す」
水龍は口を大きく開け、水の針を飛ばそうとした。
「お願い!! もうやめてください。ルミアを殺さないで!」
「心配せぬとも、二人まとめて殺してくれるわ!!」
そう言い、水の針を吹きつけてきた。私はとっさにルミアの前に立ち、針からルミアを守ろうとした。針は私の体をかすめ、そこから血が流れた。赤い血…
「何故そこまでしてそやつを守る? 貴様とて命はおしかろう」
「誓ったから…自分自身に誓ったから。ルミアを守るって…それに私は死なない。自分の世界で生きるって約束したの…私ね、自分の世界から逃げるためにこの森に入ったの。きっかけをくれたのはルミアだけど、この森に入ったのは私自身の想い。でも、ここではやっぱり私はよそ者。この森の住人達に殺されるって聞いた時、最初はあの辛い世界に戻るくらいだったらここで死んだほうがましだって思った。だけど今、あなたを目の前にして、痛みを感じて死ぬのはやっぱり怖いと思った。」
水龍に話す私の声は恐怖と痛みで震えていた。でも、ルミアを守りたい…この想いが私を支えた。
「達也! あなたも近くで見ているんでしょ!? あんた言ったわよね? 自分が死んだのはルミアのせいだって、ルミアが憎いって…私も今、死ぬか生きるかの状態に立っている。でも、私はルミアに感謝している。この森に入れてくれた事…」
私は何処にいるのか分からない達也にも話かけた。
「ルミアは私の壊れかかっていた心を救ってくれた。ルミアのおかげで笑えるようになった、ルミアのおかげで信じる心をまた持つ事が出来た、ルミアのおかげで自分の存在を見つける事が出来た…ルミアと出会えたから今の私がある…達也! あんただってそうでしょ? 自分の世界から逃げたくてこの森に入ったんでしょ?ルミアに心を救われたはずよ! ルミアと一緒の時間を少しでも過ごしたあんたなら分かるはずよ? お願い…彼を信じてあげて」
姿の見えない達也…返事は返ってこなかった。
「言いたい事はそれだけか? 結局、貴様は自分の世界に帰りたいがためだけに我が守る水神石を奪いにきたのであろう? やはり人間は自分勝手な生き物、愚かな存在でしかないのだ」
「私が自分の世界に帰る…それが、私を救ってくれたルミアの願いだからこれだけは譲れない。そして、私はもう一度信じてみたいから…だから、お願いです。私に水神石をください」
「ならば我を殺せ、殺して奪ってみよ」
「…それは…嫌です。もうさっきみたいに誰かが血を流したり、苦しんだりするところは見たくありません!!」
私は真っ直ぐと水龍の大きな目を見た。恐怖で足が震えたが目をそらそうとはしなかった。
少しの間沈黙が続いたが、水龍の息遣いがだんだんと荒くなってゆきついには長い首を地面へと降ろした。ルミアにつけられた傷が以外と深かったらしい。
水龍の辛そうな姿を見て私は自分が着ているカーデガンを脱ぎ、それで傷口から流れる血を止めようと押さえた。
「はぁはぁ…何のつもりだ…気安く我に触れるな」
「動かないで!! さっきも言ったでしょ、もう誰の血も苦しむ姿も見たくないって」
止血を続ける私を見て、ふぅっと息をつき、低い声で呪文を唱えだした。それに反応し、湖の中心から貝が浮き上がり私のもとへと流れてきた。
貝がゆっくりと開き、中には石が入っていた。
「こ…れは?」
「我が守る石、水神石…あとは貴様の好きにしろ、我は傷を癒すため湖で眠る」
そう言い、水神石を残し水龍は湖の中へと帰っていった。私は何が起きたのかまったく理解できなかった。
とにかく、水神石を手に取りルミアの方へ足を進めようと振り返るとルミアの横に達也が立っていた。倒れているルミアをただじっと見つめる達也…私はルミアのもとへかけより、達也を睨んだ。
「何故なんだ…俺はこいつの死んでいくところを見ながら笑ってやるって思ってたのに笑う事が出来ない…何故だ…こんなにこいつが憎いのに…」
そう達也がぼそぼそとつぶやいていると、ルミアの目がゆっくりと開いた。
「ご…めん…達也。あの時…本当は君を助けたかった…でも…森の住人達の力で動きを止められて…動く事が出来なかったんだ…僕が君…を殺した…と同じ。ごめん…よ」
「俺を助けようとした? 嘘だ! 信じないぞ」
「どうして? あなたにだって分かるはずよ。ルミアと出会い、ルミアと共に時間を過ごしたあなたなら…」
「信じるもんか! ルミアが俺を殺したんだ、殺したんだ!!」
「いつまでも逃げてるんじゃない! 結局自分の侵した罪、自分が死んだ事全部から逃げてルミアにおしつけてるだけじゃないの!!」
「逃げ…てるだと?」
「そうよ。あなただってルミアが好きだったはずよ。だから裏切られたと思った時悲しかったんでしょ? 辛かったんでしょ? でも、ルミアはあなたを裏切ってなんかいない! お願い、もう一度だけルミアを信じてあげて…」
私は伝えたい事が沢山あった。伝えなければいけない事が沢山あった。でも、それが上手く言葉として出す事が出来なかった。
「夏…希。もう…いいんだ。全部…僕のせいなんだ…」
「じゃあ、何故…あの時何も言ってくれなかったんだ。薄れていく意識の中、俺はお前に聞いたはずだ! なのに、お前は何も答えてくれなかった。どうして…」
達也の顔がだんだんとくずれていった。
「言えなかったんだ…僕には、言う権利なんてないと…思って」
「勝手に決めるな! 俺はその一言が…」
達也はルミアから目をそらし拳を強く握っていた。
「…達也がいてくれてかった…君は僕にとって必要な人だった…僕も、達也の事大好きだよ…ごめ…ね」
ルミアが達也に笑顔を向けながら言った。達也の最後の質問、それは…
――自分は必要な人間なのか、そして自分という存在を愛してくれる人はいるのか
達也はルミアの言葉を聞き、一粒の涙をこぼし消えていった。
…微かに笑顔を浮かべながら…
「消え…た?」
「やっと、鉛の鎖が解かれ天へ帰れたんだよ。さぁ僕らもここから出よう」
「動けるの?」
「な…んとかね。途中から意識はあったんだけど力をためるために動く事が出来なかったんだ。守ってあげられなくてごめんね…夏希に痛い思いもさせてしまった…ごめんね」
立とうとして、よろけるルミアを私は支えた。
「私はルミアを守る事が出来て何だか嬉しい。ルミアの支えになれた事がとっても嬉しい。私でも役にたてるんだって思えたもん」
ルミアは照れ臭そうにありがとうっと呟いた。
ルミアに肩を貸しながら洞窟の中を歩いていると、私の中に一つの質問がわいた。
「ねぇ、ルミア。何故、水龍様は私達を殺してまで守ろうとしていた水神石を渡してくれたんだろう?」
「夏希の優しさに触れたからだよ。夏希の優しさ、強さ、命の輝きが水龍様の心を動かしたんだよ。そして…」
「見て! ルミア。出口よ!!」
光が見え、洞窟から出た瞬間風達の歌に包まれた。一気に体が軽くなった。
「夏希、もう一人で歩けるから。ありがとう」
「あ…うん。ねぇ、そしての続きは?」
「…忘れちゃった。それより、最後の石を取りに行こう。最後は…木の長老が守る木神石だ」
〔9.木神石〕
花神石、水神石を手に入れ最後の木神石を取りに木の長老のもとへと向かった。
木の長老のもとへ向かって歩いている間、ルミアは話す事も笑う事もしなかった。ただひたすら足を進めた。
“木の長老…という事はルミアの仲間って事だよね。だったらすぐに木神石をくれるかも”
そんな事を考えながら、私もルミアの後について足を進めた。
段々と緑が濃くなっていく。風達の声ももうここには届かない。
ここだよ、と立ち止まるルミアの目の前にどの木とも違う雰囲気を持った、大きく古い木がたっていた。
「長老…ルミアです」
ルミアの声が今までとは違い、そして少し震えていた。私はそんなルミアの様子に気がつかなかった。
「ルミア…長老は何処にいるの?」
「目の前にいるよ。この木が僕ら木達の長なんだ」
この木が? と思い私が木に近づこうとした瞬間それをルミアは止めた。そして一直線に木を見つめていた。私もルミアにつられて、その木をじっと見つめた。すると、木の中から小柄な老人が現れた。
「ルミアよ、お主は何をしようとしているのか分かっているのか?」
顔中しわだらけの老人はゆっくりと口を開き話始めた。話す口調はとても穏やかなのに、何故か水龍の時とはまた違った威圧感を感じた。長老の質問にルミアは首を重く縦に振った。その様子を見て、長老は深く息を吐いた。そして、手に持っている杖を地面に“トン”とついた。
――?
一瞬の事で私もルミアも声が出なかった。
長老が杖で地面をついたと同時に木の影から一本の太い弦が伸び、ルミアの体をつらぬいていた。
「…ルミア? ルミアァァァァ」
何が起こったのか理解できず、私はとにかくその弦を抜こうとした。
「どうして? 何で抜けないの? どうして、こんな…」
「大…丈夫だから、夏希は少し離れてて」
ルミアは痛みを我慢しながらも私に笑顔を見せた。私はよろけながら後ろへさがり、その場でへたりこんでしまった。
「ルミアよ、こうするしかないのじゃ…」
長老はルミアの傍により、悲しみの満ちた目でルミアを見つめた。
「すみません…長老…でも、僕は彼女を助けたいんです。それにいつまでもこの森の時間を止めたままではいけません。生命は生まれて、そして死がある。それが自然なのです!」
そう言い終わると、ルミアは長老の隙をつき自分の手から弦を出し長老の本体である木の中央に自分の弦を突き刺した。そして、木の中から何かを引きずりだした。
――それは、木神石だった
「ルミア、お主は自分の考えだけのためにわしらを…この森の住人全ての者を滅ぼすのか…」
長老はよろよろとしながら自分の本体へと姿を消し、木の中から私に話しかけてきた。
「娘、何故この森にわしらのような存在が生まれ、そして時間が止まったのかしっているか?」
長老の言葉に私はただ首を横に振る事しか出来なかった。そして、長老は木の中からルミア達が生まれた理由、森の命の時間が止まった理由を話し始めた。
「わしらが生まれたのは、今からもう四十年も昔の事じゃ。もともとこのような人の姿はしておらず、木の姿。花の姿。水の姿…皆それぞれ本当の姿で暮らしておった。あの頃は毎日が穏やかで平和じゃった。だが…」
今までの穏やかな口調が、次第に悲しみそして憎しみを感じるような口調へと変わった。
「人間達は次第に自分達の暮らしを変えるため、わしらの命をどんどんと狩っていった。人間にはわし達の言葉は通じず、わし達は逃げる事も出来ずただ命を狩られるのを待つしかなかった…わしらは毎日恐怖と悲しみにくれていた。しかし、そんなある日奇跡が起きたんじゃ。わしらの強い想いが形となりこの姿が生まれた。そして、わしらは人間達から自分の命を守るためこの森の命の時間を止めた。人間達が住む世界とわし達が住む世界との時間をずらし、わし達の世界に人間達が入れぬようにしたんじゃ」
私は長老の話す事を理解する事が出来なかった。あまりにも現実と離れすぎていて、私の心がその事を受け付けようとしなかった。
「で…も、命の時間を止めるなんて…そんな事…」
「出来たんじゃよ。わしは木神石、花の妖精シースは花神石、水の龍水龍は水神石を自分達の体から創りだし、その三つの石がこの森の命の時間を吸い続けていた。そして、その力をわしら三人で制御していた。娘…この石の力を使うとどうなると思う?」
私は、長老の言葉を一つ一つ頭の中で整理する事でいっぱいいっぱいだった。そのため、長老の質問に答える余裕なんかなかった。
「――動きだすんじゃよ」
“動きだす? 何が…?”
「石の力を使えば、この森の命の時間が動き出す…そうなれば、この森の全ての精霊は本体に戻りこの姿を失う。消滅してしまうんじゃ。お主一人のためだけに、この森の精霊全てが…」
“消滅する? みんな消える?”
「……何故?……」
私は震える体を手でおさえながら、ゆっくりとルミアの方へ視線を向けた。ルミアは青い顔で私から目線をそらした。
「夏希はまだそんなに時間がずれていないから大丈夫だけど、僕らはもう四十年も前から時間が止まってしまっているんだ。一気に進んでいく“時”に僕達の本体が耐えようと僕らの力を吸収しようとする。だから、僕達は消えてしまう。この森も普通の森に戻る」
「みんな消えてしまうの? シース姫も? 水龍様も? 長老も? …ルミア…あなたも?」
私の声は震え、そしてようやく自分のしようとしている事の意味を理解した。
この森の時間を止め私達の世界から違う自分達の世界をつくり、それを行うために長老、シース姫、水龍様が自分達の体から力の石を作り出した。
この森は四十年前から“時”が止まってしまっているのだ。
石の力を使えば今まで止まっていた“時”が一気に動き出し、みんな消えてしまう。私のために…
――私だけのために……
ルミアの体に突き刺さっていた太い弦は長老が木の中へ消えたと同時に枯れてゆき、ルミアはその場で倒れた。
「何故? どうして教えてくれなかったの? 私のためだけに…私なんかのためだけにみんなが消えちゃうなんて嫌だよ……ルミアが消えちゃうなんて嫌だよ」
倒れているルミアのもとへ力の入らない足で向かった。まるで空中を歩いているような感覚だった。
「ごめん…夏希。でも、これでいいんだ。もともとこんな世界あっちゃいけないんだ」
涙をこぼす私の頬を優しくなぜ、苦しそうにルミアは微笑んだ。
「どうしてそんな事言うの? 私はこのあなた達がつくった世界に救われた、ルミア…あなたに救われた。私ね、今の自分がやっと好きだって思えるようになったの。裏切られる怖さ、自分が傷ついて苦しむ怖さからいつも逃げていて、それを誰かのせいにしていた自分が大嫌いだった。でも、あなたと出会ってその想いが変わった。ルミアはいつも私を優しく包んでいてくれた、この森に入る前から…そして、命をかけて私を守ってくれた。そんなルミアを見て、初めて誰かを自分の命にかえて守りたいと思った。そんな自分が初めて大好きだって思えたの。こんなふうに思えたのも、こんな自分になれたのもみんなルミアのおかげなんだよ。そんなルミアを消したくない…消えていいはずがない! もし、どちらかが消えなくちゃいけないって言うんだったら、それは私の方だよ…ごめんね、ルミア。この石は使えないよ」
私は手に持っていた花神石と水神石を強く握りしめた。その手からは血が微かに滲んだ。
「駄目だ…夏希。君はまだ生きなくちゃいけないんだ。流れる命の“時”の中、沢山の人と出会い別れてそして君は一つまた一つ強くなり大人にならなくちゃいけないんだ。夏希には、まだしなくてはいけない事が沢山あるんだ。生きて…そして、その眼でこれからの未来を見るんだ」
“出来ないよぉ…ルミアがいたから強くなれた。ルミアがいたから信じる心を持てた。
一人であの世界へ投げ出されたら、また昔の私に戻っちゃうよ…お願い、私を一人にしないで…お願い…”
胸につまったこの想い、言葉にしたくても先に涙が溢れて声にならない。
次から次へと流れ出る涙をルミアは何度も何度も優しく拭き、あのやさしい緑の瞳で私を見つめた。
「夏希…聞いて。僕は君のおかげで達也の悲しみや憎しみをといてあげる事が出来た。彼の心の声をやっと聞く事が出来た。僕や達也は君に救われたんだ。大丈夫…君は弱くなんかない、一人なんかじゃない」
ルミアの体が段々と透けて、地面がルミアの体を通して見えた。そして、言葉もとぎれとぎれにしか聞こえなくなっていた。
――消える…ルミアが…
「…? ルミア? 体が透けてるよ…? なんで? ねぇ、ルミアったら…」
全てが動きだす…もう止められない…
〔10.別れ〕
ルミアの言葉はとぎれとぎれになり、そして体が消え始め出した。
「ねぇ、ルミア…体が…ルミアの体が消える、消えちゃうよぉ…」
「も…う、限界が…近い。さぁ、夏希…石を…」
私は花神石と水神石を強く握りしめ、首を横に大きく振った。ルミアは消えそうな手で私の振るえる手を握りしめた。
“暖かい、ルミアの手…感じる。ルミアの命の暖かさ。今なら、まだ…”
「お…願い…。それ…にもう…森の時間は、動き…始めているんだ。もう…進む…しかないんだ」
もう遅い。何かもかもが全て遅い。
ルミアの言葉を聞き、私の手の力がゆっくりと抜けてゆき二つの石が地面へと落ちた。ルミアはその二つの石を拾い、そして三つの石を握りしめた。
その瞬間、ルミアは強い光の中に包み込まれ私はルミアの姿を見失った。
ルミアの代わりに見つけたもの…そこには、光を放つ蝶が一匹飛んでいた。
“さぁ、夏希。僕が君を森の出口まで案内する。僕のあとについてきて”
光る蝶は、私の頭の中に語りかけそして出口を目指して一直線に飛び始めた。
“…ルミアなの??”
私の頭の中はもうぐちゃぐちゃになっていた。そしてただひたすら光る蝶の後を追いかけて走る事しか出来なかった。
弱く、何も出来ない自分…走りながら、涙が後ろに流れていった。
光る蝶と私を木達は避けてゆき、蝶を追って走る中私は森達の終わりを目にした。
――森が泣き、そして悲鳴をあげている…
“あぁ、みんな消えていく。シース姫も水龍様も長老も風達も花の妖精達も…みんな消える…私のせいだ…ごめんなさい。ごめんなさい。ゴメンナサイ”
頭の中で何度も何度も誤り続けた。
もうどれくらい走ったのか分からない、ただ光る蝶を追い続け足を動かせた。
“夏希、もうすぐだよ”ルミアの声が聞こえ、森の奥を見ると一つの光が見えた。
光はどんどんと近づいてくる。そして、その光の中から私は懐かしい匂いを感じた。私が生まれて育った世界がこの光の中にある。
この光の中にあるもの…それが私のいるべきところである世界…
でも私が自分の世界に戻ってしまった後、この世界はどうなってしまうの? この世界から出てしまえば、もうルミアには会えない。今、石の力を使うのをやめたらまだ間に合うかもしれない。
私の心に迷いが溢れ、走るスピードが段々と落ちてゆく。
「私、やっぱりこのまま帰るなんて出来ないよ。だってみんが、私だけのために苦しんでいる。みんな泣いてるよ? …みんなの悲鳴が聞こえるよぉ…私だけがこれから生きていくなんて出来ないよ…」
私は光の直前でとうとう足を止めてしまった。
「お願い、ルミア…今からでもまだ間に合うよ! 石を使って森の時間を止めて。お願い…ルミア…お願い…」
私は涙でもう何も見えない状態だった。光る蝶…ルミアの姿を見ようと目を擦り涙を拭いたが、とめどなく流れでる涙を止める事は出来なかった。
必死に声を絞り出す私に、蝶になったルミアは何も答えてくれなかった。
「どうして…どうして何も言ってくれないの!?」
何を言っても返事を返してくれないルミアに、私は「もういいよ!」と言い森の奥へと戻ろうとルミアに背をむけた。
その瞬間ルミアの羽から出る光の粉が私の体を包みこんだ。
「ルミア…な…に…を…」
急な眩暈が私を襲った。そして、次第に意識が薄れていくのを感じた。
“夏希…ごめんね…でも、生きて。そして、僕の最後の願いを叶えて。もう一度信じる心を持って。それと、もう一つ……”
ルミアの声が微かに聞こえる中私は意識を失っていった。
――ルミア……
〔11.願い〕
うすれゆく意識の中、最後に見たのは光る蝶ではなくあの緑の瞳だった。
「……希……な……き……夏希!!」
誰かが私の体を揺すり、私の名前を呼んでいる。
“誰?
ルミア?
まぶたが重くてなかなか開かない、体が動かない。
声が聞こえる、誰の声? 懐かしい声。私、この声知ってる…”
「夏希! 夏希! どうして目を開けてくれないの? お願い、目を開けて…」
必死に私を呼び起こす声に、私は重いまぶたをゆっくりと開けた。
星が見える。空が見える。そして…
――涙を流して私を呼ぶお母さんが見える
「お……母さん? どうして……泣いているの?」
「あぁぁぁ…夏希ぃぃ! このバカァ、二週間も何処に行ってたのよぉ」
泣き叫びながらお母さんは私の体を強く抱きしめた。段々と頭の中がはっきりしだし、今が夜なのだという事を理解した。
「お…母さん…星が見えるよ…ここは何処? 私一体…」
「何言ってるの!? 今は夜の九時、星が見えるのは当たり前でしょ。それよりも、あんた二週間も一体何処に行ってたの!?」
“二週間? 私があの森に入ってから二週間しか経っていないの? 私が過ごしたルミアとの時間はそんなにも短いの? ……ルミア? ルミアは何処? 森は? 森はどうなってしまったの?”
頭が混乱して、今の状況が理解できなかった。ただルミアに会いたくて、森の様子が知りたくて私は立とうとしたがその場でまた気を失ってしまった。
そして、次に目を覚ましたのは消毒臭い病院の中だった。もう夜が明け、窓から差し込む太陽の光で私は目を覚ました。
「こ…こは?」
「あっ夏希ちゃん、大丈夫?」
見た事のない女の人が私の名前を呼び心配そうな顔で私にしゃべりかけてきた。
「……ここは何処?」
「ここは病院よ。あなた昨日の夜運ばれてきたのよ、覚えてない?」
「は…い」
「そう、あっどこか痛かったり気分が悪いとかはない?」
「大丈夫です」
「じゃぁ私、先生を呼んでくるからちょっと待っててね」
そう言い、女の人はいそいそと部屋から出て行った。
私は天井を見つめたあと、自分の腕に刺されている点滴の針を見た。
――何も感じない
色も温度も痛みも…何も…
ぼぅっとしているとまた部屋に誰か入ってきた。さっきの女の人と、それともう一人男の人が入ってきた。男の人はこの病院の先生で、私の血圧や呼吸など様子を見てもう大丈夫だねと笑みを浮かべて部屋から出て行った。女の人はここの看護婦だ。
「お母さんの方には今連絡をしたからもうすぐ来ると思うからね」
そう言い、私は部屋に一人残された。何度か目を閉じ眠る事を試みたが、目を閉じるとルミアやシース姫、水龍様に長老の顔が浮かんでくる。そして、森を出るときに聞いたみんなの悲鳴が頭の中で鳴り響く。悲しくて、辛くて、怖くて……目から涙がこぼれ落ちる。
“私は罪をおかした。辛さから逃げるためにあの森に入り、そして自分の命を守るために今度は自分世界に逃げた。自分の弱さでみんなを消してしまった…何故私は生きているの? 会いたい……ルミア…あなたに会いたい……”
目から流れ落ちる涙を拭かぬまま、私は病院の天井をみつめた。ちょっとして、誰かが部屋に入ってきた。それは、お母さんだった。
「――? あんた、泣いてるの?」
私の涙を見て、お母さんは持ってきた花を床に落とし目をまん丸にして驚いていた。お母さんが驚くのも無理はない。私は物心のついた頃から二人のために笑顔をつくり、そして何があっても涙は流さなかった。
私はお母さんの問いかけに返事をかえさなかった。そんな様子を見てお母さんはふぅっと息をつき、落とした花を拾い上げ花瓶にいけた。そして、私が寝ているベッドの横に椅子をつけそこに腰かけた。
「ねぇ、夏希。あなた二週間も何処に行っていたの?」
「……」
「お友達のところに行っていたの?」
「……」
お母さんに言えなかった。森での出来事の事…。どうせ話しても信じてなんかもらえないとまた最初から諦めてしまっていた。
何も答えない私にお母さんは少し戸惑いを見せ、沈黙が続いた。
「…ねぇ、お母さん…」
私がやっと話す気になったんだと思い、お母さんの表情が少し変わった。
「何?」
「この部屋にある時計……全部どこかへやって……」
「時計を? でも、どうして?」
「お願い。時計の針の音を聞きたくないの…カーテンも全部閉めて」
私の異様に雰囲気に気付いたのか、何も言わずお母さんは言う通りに動いた。カーテンを全部閉め、時計を鞄の中にしまいこみまたベッドの横の椅子に座った。
何も話さず、お母さんはずっと私の顔を見ているだけだった。
その日は何の会話もなく、お母さんはお婆ちゃんのいる家へと戻った。
“眠れない……目を閉じると、みんなの姿が…森の最後がまぶたの裏にうつる…悲鳴が聞こえるよ。みんなの悲鳴が聞こえるよ…ごめんなさい…ごめんなさい…”
私が入院してから三日が経ち、普通ならもう回復して退院だというのに私の腕からは点滴の針が抜ける事はなかった。
何も喉を通さず、そして眠る事すらしない私は回復どころかどんどん衰弱していった。医者にも原因が分からず、ただ心の問題だと言われた。
表情はない。時折、その目から涙がポロポロと流れ落ちてゆく。
「ねぇ、夏希! 一体どうしたの? 何があったの? 毎日毎日何も食べない飲まない眠らない……あなた、そのままじゃ死んじゃうわよ!?」
私の弱っていく姿にお母さんは涙を流し、震える声で言った。でも、私が口を開く事はなかった。
鼻をすすり、顔を洗ってくると言いお母さんは病室から出て行った。
“死ぬ? 死ねば、私の時間は止まる…また、みんなに会える。また、あの森に戻れる。ルミア…あなたに会える。止めたい……私の命の時間を止めたい……”
命の時間を止めれば、また森に行けると思った。またルミアに会えると…私は重い体を起こし、テーブルの上に置いてある果物ナイフを手に取った。そして、それを自分の手首に突きつけた……その時だった。誰かが私の名前を呼んだ。
「ル…ミア? ルミアなの?」
ナイフを落とし、私はルミアの名前を呼んだ。さっき聞こえた声…あれは確かにルミアだった。
「ルミア? 何処にいるの!? お願い…出てきて…ルミア!」
私は病室中に響き渡る声で叫んだ。一瞬何かが光ったような気がし、そこへ目を向けるとカーテンの隙間から月の光が差し込んでいた。
目を疑った。優しい月の光の中、あの光る蝶が現れ、そしてその姿はみるみるうちに人の姿へと変わっていった。私は、夢を見ているんだろうか……その姿はまぎれもなくルミアだった。
「…ル…ミア…生きていたんだね? …あぁ…ルミア…」
ルミアに近づこうとしたが、体が動かなかった。そして、ルミアの顔を見て私の涙は止まった。
「……どうして泣いているの? ねぇ、私を迎えに来てくれたんでしょ? なのに、何でそんな悲しそうな顔をしているの?」
私の前に現れたルミアは、いつもの優しい笑顔ではなくただ緑色の瞳は悲しみに満ちていた。
「ねぇ、ルミア…何か言って…お願い。そんな目で私を見ないで……」
何も言わず、ルミアは私を見つめるだけだった。
――悲しい瞳で……
そのまま、何も言わず月明かりが消えるのと同時にルミアの姿も消えてしまった。私はただ呆然と足元に落ちたナイフを見つめていた。
その時、部屋の扉が開きお母さんが戻ってきた。
「―夏希!? あんた何やってるの!?」
私の様子にお母さんは驚き、すごい勢いで足元のナイフを拾い上げた。私は床に膝を落とし、さっきまでルミアが立っていたところを見た。
「……ねぇ、お母さん…何故私は生きているの? ……何故ルミアは泣いているの?」
「夏希?」
「何故私だけが生きているの!? …私は罪を犯した…私のせいでみんな消えちゃった…」
「夏希? 何を言っているの? 一体どうしたの?」
「ねぇ、どうして!? どうしてルミアは泣いているの? 私を迎えに来てくれたんじゃないの!?」
私は頭を抱えこみながら、その場で泣き叫んだ。その時柔らかい温かさを感じた。お母さんが小さくうずくまる私を包み込んだのだ。
「夏希、大丈夫よ…大丈夫だからね。落ちついて…ねぇ、夏希何があったの? お母さんに教えて…お願いよ…」
私を抱きしめるお母さんはルミアと一緒で温かかった。そして、ルミアと同じように私の背中をポンポンと優しく叩いた。
「私…ね、森に入ったの。この世界から逃げるために…。そこでルミアっていう男の子に出会ったの。彼は優しい瞳を持っていて、いつも笑っていたわ。
その森ではね、命の時間が止まっているの。そしてそこに住んでいる人達は人間じゃなく、木や花や水達の想いが形となり生まれてきた精霊でルミアもその一人だった。
ある時、私の命の時間が止まってしまっの…でも私は森の住人じゃないから、その森では生きていけなかった。ルミアは、私を元の世界に戻すって命をかけて私を守ってくれた。でも、私が森から出るには三つの石の力が必要だった。その石の力を使ったせいでみんなが……シース姫も水龍様も長老も風達もみんな消えちゃったの…ルミアも……」
私は森での出来事、ルミアの事すべてを話した。もちろん信じてはくれないと思いながらも…一度口に出したらもう止まらなかった。
泣きじゃくりながら話、その話が終わった後お母さんは優しく私の頭をなでた。
「そう……そんな事があったの……大変だったのね」
お母さんは私の話した事をすんなりと信じてくれた。
「信…じてくれるの?」
私は涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げ、お母さんの方を見た。すると、お母さんは優しく微笑みながら話だした。
「ねぇ、夏希。あなたがいなくなって二週間、心配で夜も眠れなかった。毎晩毎晩あなたがいつ帰ってきてもいいように起きて待っていたの。そして、あなたが見つかった夜、不思議な事があったの。夜玄関の方で物音がして、私はあなたが帰ってきたと思って急いで外に出てみた。そしたら、そこには一人の男の子が立っていたわ。その子は私の姿を確認すると、ゆっくりと歩きだしたの。私は何故か、その子を無我夢中で追いかけた。いつの間にか男の子は消えてしまい、代わりにあなたが倒れていたわ」
「――まさか…その男の子って……?」
「顔はよく見えなかったけど、一つだけとても印象に残ったものがあるわ。…その子、緑色の綺麗な瞳をしていたわ」
「そう! その子がルミアよ」
「あの子がルミアなのね」
私とお母さんは顔を見合わせ、お母さんは優しく私の涙を拭いた。そして、私はルミアの最後の願いを思い出した。
――もう一度人を信じる心を持つ事…
「ねぇ、お母さん…」
お母さんから目をそらし下を向きながら話す私にお母さんは何? と答えた。
緊張と怖さで手が汗ばんだ。
「私はずっとお母さんとお父さんにとって自分は必要のない存在だと思われてるって思ってたの。昔から二人はいつも喧嘩ばかりしていて、私は二人が笑って話しているところを見た事がなかった。
覚えてる? 私が自分の誕生日にケーキを作ってみんなでパーティーをしようとした。きっと、笑って過ごせると思っていた…でも、いくら待っても帰ってこないお父さんにお母さんは怒ってそして私に言ったわ。どうしてお母さんが苦しんでいるのにあなたはニコニコ笑っていられるの……って」
私はお母さんから目をそらしたまま、拳を握りしめた。そして、奥歯を噛み締め話を続けた。
「その時から私はお母さんとお父さんに対して諦める事を覚えたわ…そして、人を信じる事を止めたの。信じていれば裏切られた時に辛いだけだから…信じる事を止めた…そう思っていた。でもね、二人が離婚するって聞いた時胸の奥が痛かった…これで本当にもう無理なんだって…一度は諦めたつもりだった、でも諦めきれてなかったの。一緒にいればいつかは…って想いがあった。
ねぇ、どうして勝手に離婚するって決めちゃったの? どうして、私に一言相談してくれなかったの? お母さんおばあちゃんに言ってたよね? これでやっと幸せになれるって…勝手に決めないでよ! 私はお父さんもお母さんも大好きなの! みんなで笑って、今日は何があったとかそんな会話をしながら過ごす…それが、私の夢みてきた幸せなの! 勝手に決めないで…私の存在を消さないで……」
止まったと思っていた涙がまた溢れ出し、今までためていた自分の想いをすべてぶつけた。
すると、私の手の上にポタポタっと涙が落ちた。
「そんなに辛い想いをさせていたんだねぇ…ごめんね…あなたが生まれて最初の頃は私もお父さんも仲がよかった。でもあの人は仕事、私は子育て。だんだんと二人の時間がなくなっていったの。そのうちあの人は外に女を作って、そして私とお父さんの仲はこじれていった。
夏希が無理をして笑顔を作っている事には気付いていた。でも、私は自分の事で一杯一杯であなたにいつも辛くあたってしまった。ごめんなさい……でも、これだけは信じて。私も、お父さんもあなたの事を世界で一番愛しているわ」
涙でぐちゃぐちゃな顔でお母さんは私に笑顔を見せてくれた。私はお母さんの笑顔を…私に向けられた笑顔をやっと見ることが出来た。
「本当? 本当に私を愛していてくれているの?」
「当たり前でしょ」
やっと自分の存在を見つけた。
やっと自分の存在を見てもらえた。
私はお母さんの胸に飛び込み、お母さんは私を強く抱きしめた。
「ごめんね…夏希…ごめんね…」
その日、私とお母さんはお互いの存在をやっと見つける事が出来た。
朝。お母さんと私はやっとお互いを理解しあう事ができた。でも、やっぱり私は食べ物を食べたり外へ行ったりする事が出来なかった。
「やっぱり今日も食べれない?」
「うん」
「じゃあ、外に行かない?」
お母さんの明るい声に私は首を横に振った。
“ルミア…あなたの願い…一つは叶えてあげる事が出来た…でも、もう一つの願いを叶えてあげる事が私には出来ない…”
私が入院して一週間が経った。今だに点滴を通し体に栄養を入れる状態が続いていた。
あの森に行きたい…でも、怖くて動けない。結局私は弱いままなのだ。
「ねぇ、夏希。窓だけでも開けるわよ」
「えっやっやめて!!」
「駄目よ! この部屋空気が悪いったらありゃしないわ」
そう言いお母さんは病室の窓を勢いよく開けた。外の空気が部屋の中に入ってきて私の頬をなぜた。
「…聞こえる…風の歌だ! 風達の声だ!」
微かだが、ルミアが歌っていた、風達が歌っていた歌が聞こえた。
「お母さん! 私を森に連れて行って! お願い…早く!」
「どうしたの? 急に」
「お願い!早く。風達が歌っているの。みんな消えてなんかなかったんだ」
興奮する私にお母さんは今先生の許可をとってくると急いだ。
急いで準備をし、私はお母さんと森へ向かった。そして、森へ着いた時私は自分の目を疑った。
森の中や周りで村の子供達が遊んでいたのだ。
「…どうして、森に入っているの? ――? 風達の声が聞こえない…」
私は風達をシース姫をルミアを森の精霊達を捜しに森の中へと入っていった。でも、もうそこは私が以前過ごした森とはまるで違っていた。
森の木々の隙間からは太陽の光や空の青が見え、森達の命の時間が動き私達の世界とつながっていた。
「夏希、そんなに急に走ったりしたら体にさわるわよ!」
私の後からお母さんが息を切らせてついてきた。
「ねぇ、お母さん。やっばりみんないない。私が消してしまった…もう帰ろう…ここには、いたくない」
下を向き私は拳を握りしめた。
「夏希…あなたが何故部屋から時計をなくして、外に出なかったのか分かったわ。自分の時間を止めたかったのね?」
お母さんの言葉に私はこくんと頷いた。
「でもね、夏希。あなたは生きているのよ? これから長い時間をかけて大人になっていかなければならないの。だから、ルミアという男の子はあなたをこの森から助け出したんじゃないの?」
「私だけのためにみんなを消してしまうのなら、私は森から出たくなかった」
「消えてなんかいないでしょ? さっきあなた言ったじゃない…風の歌が聞こえるって。夏希…例え姿が見えなくても、命がつきて死んでしまってもそれが終わりじゃないの。私の命も夏希の命もまた次へと流れていく。私達生きているものには、命の時間がある者には終わり何てないのよ。だから夏希、あなたも命の時間の中生きていかなくちゃいけないの。もしそれでもあなたが森の精霊達を消してしまったと悔やみ続けるのなら、自分の命の時間を止めるんじゃなくて、あなたの命と引き換えに消えてしまった精霊達やルミア君の分まで背負って生きていかなくちゃ…」
「そんなの、私には重過ぎるよ…」
「罪だと思うのなら、その重さから逃げては駄目。でなければ、みんな悲しむわ」
「私が病室で手首を切ろうとした時、ルミア泣いていたわ…私が生きていればルミアは笑っていてくれる?」
「きっと、笑ってくれるわ」
森の中で私はまた生きる事を決めた。
命の時間の中沢山の人と出会い別れ、そして私は大人になっていく事を決めた。
森の中、上を見上げると深い緑が私の目に映る。ルミアと同じ瞳の色…私は今、止めていた自分の心の時間を動かし道を進んでいく。
最後のあなたの願いを叶えるために…
――私はこの眼で未来をみつめる
完
-
2005/01/02(Sun)18:02:55 公開 / 満月
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■作者からのメッセージ
とうとう…とうとう私の初の物語が完了しました。今まで読んでくださった皆様には感謝の気持ちで一杯です。感想、指摘もらえたら嬉しいです