- 『くだらない話だけれど(読みきり。注:暗いです)』 作者:さかきかず / 未分類 未分類
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全角4376文字
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原稿用紙約14.8枚
※注意
物凄く暗い話です。
文章は全てさかきかずの空想です。
真に受けないで下さい。
リスカとかそう言うのを嫌悪している方は、すぐに引き返して下さい。
苦情が来たらすぐに消します。
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震える刃物が少年の拳に、ギュっと握り締められている。
剃刀、と言う奴である。
その怪しくぎらぎらと光る得物は、今まさに少年の左腕に喰い込み、動脈を引きちぎろうとしていた。
なんて。
本当に、それを使う勇気なんて、出るはずが無い。
そんな勇気があれば、とっくに学校へ行って、事の原因を殴り飛ばしているんだろう。
リストカットの真似事なんて、始めたのはもう何年前だったろうか。
すっと掠らせた事はあるものの、血が出たことなんて、二度くらいしかない。それも少量だ。
少年――山部拓郎は、一つ頷くと、カタンと剃刀をバスタブのふちに置いた。
白くて綺麗なその腕は、ここ最近、日焼けなんてした覚えがない。
握り締めていた拳を広げれば、短い指と、なんとも形の良くない掌。
拓郎がこんな精神状態に陥ってしまったのは、クラス全体での苛めが原因だった。
集団で殴る、蹴るは勿論のこと。
教科書はズタズタに引き裂かれ、制服など二度と着る事が出来ないほど、汚れていた。
トイレに閉じ込められるのは日常茶飯事。クラスメイトと、まともに口をきいたことなんて、あったかどうか。
……そうだ、リストカットを強制的にさせられたこともあった。思えば、あれが第一回目だと思う。
本当に切ってしまうところだった。直前に、問題になると思ったのか、止められてしまったけど。
世間一般的に考えれば、かなり悪質な方だと思う。
親にはとっくに知られているし、何度も担任に相談した。
帰ってきた言葉?
「気のせいよ」
「その程度のことで……」
担任には、『その程度』で済まされてしまった。
母親も、世間体を考えて、警察には行きたくないそうだ。
普段から疎まれていたけれど、引き篭もってからはそれ以上にひどい仕打ちをも受けた。
食事を抜かれるなんて当たり前のこと。
対人恐怖症となった拓郎は、コンビニにも行けず、昼にのみ出される食事で生き延びている。
やせ細った体が、痛々しいくらいだ。
これも立派な虐待だ。
そんなことを考えながら、浴室から出た拓郎は、ぼんやりと冷めたご飯を口に入れた。
年々、自殺をする人は増えていると言う。
自分も何時か、その中の一人になるのだろうか。
「拓郎、あんた、明日こそ学校に行きなさいよ。それから、アタシ久美子ちゃん達と遊んでくるから、ママがパチンコ行ったら、洗濯物取り込んでおいてね」
部屋に突然入ってきた姉の康子に、早口で何時もと同じ文句を言われて、時計を見る。今日は土曜。朝の六時半。
『休日』と言う感覚の無い引き篭もりには、土日など何の有り難味も無いのだが。
姉の出て行った部屋、寝巻きのまま取り残されたが、着替える気にもならなかった。
とりあえず、寝ぼけ眼のまま、一階へ降りてみた。勿論拓郎の朝食は用意されていない。
そんなのは重々承知だし、どうせ出かけるつもりも無いので、一日の大半を過ごしている自室へ、引き返そうとした。
だが、すぐに背後から怒鳴り声が聞こえ出した。
母親の恵美が、キンキン響く高い声で、夫を罵っている。それも、『離婚』だの、『慰謝料』だのと言う単語が飛び交っていた。
――また浮気か。
昨日の夜に帰って来なかった父親が、早朝にようやく姿を見せたらしい。
もう若くない母親の体に飽いたのだろう。違う女と寝て、帰ってきたのだ。
これもよくあることで、驚いた様子も無く、拓郎はリビングを後にする。
そんな状況でも、少しも悪びれる様子の無い、太った眼鏡の男の顔を思い出す。
しかし、まともに話した覚えはここ最近ないので、上手くイメージする事が出来ない。
結局諦めて、足音を立てぬよう、静かに階段を上がって行った。
一階では、未だ金切り声が響いている。
十数分後。
ようやく口論……と言うよりは、恵美の一方的な罵言が収まり、静かになった。
母親は許している訳ではない。ただ、やはり面倒ごとは起こしたくないのだ。
もう慣れた事。毎回、こうだから。
父親の浮気は、一度や二度じゃない。こんな光景、何度となく見た。
最初は必死になって止めていた姉も、無駄なことだと悟って、何も言わずに家を出て行った。
父親は全く相手にしていないし、母親も、これからの人生を案じて、別れるつもりもない。
今の所、この家は大丈夫だ。見た目は。
ただ、お互いに尋常じゃないくらいのストレスを溜めている事は、嫌でも想像がつく。
父――正和の態度は、神経を逆なでするし、恵美のヒステリックな叫び声は、相手にしていないとはいえ、耳に残らない訳じゃない。
こう考えると、彼らは自分より危なっかしいんじゃないかとすら思う。何時か包丁でも持ち出しそうな勢い。
そんな中、康子はまともな性格の持ち主だった。
親とですら、まともに会話をしない拓郎だが、康子だけは『姉』、そして『家族』らしい態度をとってくれる。
それが見せかけだけでも、救われると言うものだ。
今日は、一日中本を読んでいよう。本と言っても、漫画本なのだが。
読み飽きて、くすりとも笑えなくなった、擦り切れたページ。
新しい物を買いにいこうにも、外に行くことすら怖い。他人の視線が恐ろしく、まともに歩く事が出来ない。
床をごそごそと探ると、見つけたのはハサミ。
何でこんな物が落ちているんだろう、とも思ったが、興味が無くなったので、それを放り投げた。
あんなのでは、肉は切れない。
拓郎が求めているのは、自分を楽にさせてくれる刃物。
長い時間、酸素に触れて、酸化してしまった物には、頼れない。
とりあえず、楽な死に方がしたいから。
馬鹿馬鹿しい。如何して死ぬ時まで、苦しまなければならないのか。安息と言う時は、訪れないのか。
部屋にいる間すら、不安に取り付かれることがある。夜中に一人で泣くのも、日常茶飯事。
はぁ、と一つため息を吐くと、拓郎はもう一度漫画本に視線を戻す。
何時の間にか、眠りこんでしまったらしい。時計は四時を回っていて、昼食すらくいっぱぐれた事に気がついた。
だが、食べなければ死ぬだろうか、とぼんやり考えたまま、起き上がれない。
「洗濯物、取り込まないと」
小声でそう言うと、上半身だけ起こそうとする。だが、体が言う事を聞かなかった。
何となく、だるい。熱があるのではないかと、机の引出しから体温計を取り出す。
無理を言って、姉に買って来て貰った物だ。なるべく、母親の手は煩わせたくない。
父親との問題のはずなのだが、余計な一言が矛先をこちらに向けさせることになる可能性がある。
熱があるのなら、黙って寝ていよう。無いのなら、洗濯物を取り込んでしまおう。
ピピ、と音が鳴って、画面を覗き込む。数字を読んで、愕然とした。
八度七分。平熱よりも二度高い。
七度くらいなら、素直に眠りこけるつもりだったが、結構ある。
ふらつく身体を起こし、何とか立ち上がる。寒気がした。体が熱いせいだろう。
少し大きな音を立て、階段を降りていく。
だが、朝のような騒がしさは無く、ただ無意味な静寂のみが広がっていた。
父親は二階でいびきをかいているし、母親は出掛けていると思う。姉は、当然友達の家。
とりあえず、身体を冷やさなければ。汗でべたべたと張り付く寝巻きが気持ち悪い。
シャワーを浴びてしまおう。
そう思い、浴室まで、重たい身体を引き摺るように歩いた。
キュ、と蛇口を捻ると、ザーと水滴が勢い良く地面にぶつかる音がした。
体中の汗を流していくと、ふいに何かが光った。
昨日使った剃刀が、まだバスタブのふちに残っているらしい。良く、誰も不審に思わなかったものだ。
手に取ると、何時もと同じように左手の手首に当ててみた。
今日は、何だか物足りない。熱のせいだろうか、体が浮いたような気分だ。
次に、右手から左手に剃刀を渡してみた。そして、ゆっくりと右の手首に食い込ませる。
どんどん力を込めていくと、とぷ……と傷口から赤い玉が現れだした。
ギリギリ……ギリギリ……。
そんな音がすると共に、食い込ませた部分が赤い線のようになった。
もう一度、ぐい、と深く沈ませれば、一気に血が溢れてくる。
ああ、なんだ。こんなひょんなことで死ねるのか。
朦朧とする意識の中。出しっぱなしのシャワーのおかげで、見る見る内に浴室は赤く染まっていった。
恐ろしい程に真っ赤。痛みは、何故か感じない。
死ぬ寸前、左手の人差し指に赤い液体を塗りつけると、壁に文字を書いた。
水で薄まっているし、シャワーも出しっぱなしなので、すぐに消えてしまうだろう。
『家族』、『友達』、『幸せ』。
全ては、自分の欲しい物。
「それでさ、うちの弟死んだのよ」
ファーストフード店で、康子がハンバーガーにかぶりついていた。
目の前にいるのは、彼女の親友の久美子だろう。
まんまるの目と、少し下がった眉が子供らしい印象を持たせている。
「え、何で?」
その目が、軽く見開かれた。
楽しそうに語る口調と、話のギャップに少し驚いたらしい。
「それが、自殺。アイツ、引き篭もってたし、話題に出される度に憂鬱だったのよね」
顔を顰めてそう言うと、シェイクのストローに口をつけた。
その間も、笑い話のように進んでいく会話。
「うわ、薄情」
「あんたもじゃない。でもスッキリしたわ」
「あはは、サイテー。お父さんとかお母さんは?」
「ママがさ、可笑しくなっちゃったんだって。だから離婚したの」
「ええー、アンタどっちについてくのよ」
「当然パパ。新しいママができるかもしんないし、家でのぶりっ子疲れたし」
もう一度口をつけたストロー。康子がその味に違和感を持つ。
妙に鉄くさいそれを飲み込むと、ぎょっとなった。
「何、これ」
すぐに口を離すと、シェイクのカップはガタガタと一旦揺れたと思えば、赤い液体を吹きだした。
それはまるで、拓郎が死んだ日の浴室のように、店内を赤く染めていく。
ガタガタと震えだした久美子は、その場から立ち上がれなくなり、康子は既に気を失っていた。
店員が駆けつけても、赤い液体の勢いは止まらない上、その血がガラス窓にゆっくりと文字を書き始める。
『家族』、『友達』、『幸せ』。
拓郎が浴室の壁に書き綴った言葉が、そのまま現れたのだが、勿論そんなことは誰も知らない……。
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2004/12/03(Fri)21:45:24 公開 / さかきかず
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■作者からのメッセージ
今晩は。随分ご無沙汰になってしまいました。
前の作品が明るすぎたので、今度は暗めにと思っていたのですが、普通に暗すぎました。
なんと言うか、どん底です。
とりあえず、私は、自殺やリストカットは否定してます。止めた方が良い、絶対楽になんかならないと思います。
苛められた子の気持ち、分かって上げたいです。
ふいに書きたくなるのは、分かってあげたいからなんでしょうか。
でも、何だか報われなさすぎました。
幸せにしてあげたかったけれど、ハッピーエンド主義者ではないので……。
それでは、長くてすみません。これにて。