- 『スペースアウト プロローグ+1〜最終話+エピローグ』 作者:影舞踊 / 未分類 未分類
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原稿用紙約302.35枚
〜プロローグ〜
「宇宙の外側ってどうなってるの?」
少女に悪気はなかった。実際少女は、まだ幼かった。しかし、その言葉は『絶対』の意味を持っていた。小さな口からでた、たった一言の小さな疑問。他の誰でもなく、彼女が言ったからこそ意味をなしたその疑問。嘘は破滅を呼び、騙すことは死を意味した。
「少女に答えを!」
すべての人が恐怖からではなく、進んで少女に真実の答えを与えるために頭をひねらせた。
今から数千年前、俺達の祖先は知能を持たない動物だった。それからその動物は進化し知性を持った。その動物は様々なことを考え、知性は磨かれていった。他の動物達は、基は自分達と同じであるその動物がそのように変化したのをどう思ったのだろうか?他の動物達は、いずれ自分達の頂点に立ち自分達を支配するかもしれないその動物達を恐れなかったのか?
答えはわからない。しかし、他の動物達にとってはそんなことはどうでもよかったのかもしれない。それとも、そのような感情を抱くことが、彼らには不可能だったのかもしれない。
俺達の祖先は、彼らとは違い知性を持った。磨かれた知性からは様々なものが生まれた。『形のあるもの』、『形のないもの』。『形のあるもの』はどんどんと改良され、より使いやすいように、より安く、より強くなど、時代が進むにつれ求められるものも変わり、あるものは廃れ、あるものは進化(変化)していった。だが、『形のないもの』は違う。それらはいつの時代に生まれたか詳細な答えはわからない。しかし、それらは『形のあるもの』
とは違う道をたどった。それらは、時代が進んでも変わることなく、廃れることなく今もずっと同じままだ。
時代は進み、知性も知能という呼び方が加えられた。俺達を分け隔てるようになるその言葉が生んだのはいったい誰だよ。今の時代は、『これ』が高いか?低いか?が重要視されるおかしな時代だ。
ある程度の知能を持ち、宇宙というものを認識し、好奇心旺盛な生き物ならば、ふと思いつくであろう素朴な疑問。この世にはたくさんの疑問があり、それらの中にはいまだに答えがわからないものも多くある。
『答えがわからないゆえに、人はそれを楽しめる』
と、どこかの誰かが言っていたが、興味のあることじゃなきゃそういうわけにはいかないだろう。例えば勉強なんてものは『楽しむ』とかそういう問題じゃ…まぁ、そんなことは置いといて。
1世紀以上も前に宇宙という存在が認識されたこの惑星では、『宇宙開発兼真理解明研究』、通称『スペースバーン』にどの国もが力を入れている。それというのも、長い研究の末、やっと宇宙の存在を判明しえた人々に対して、当時ある少女の言った『この疑問』がさらに当時の研究者に対して鞭を打つ結果となった。
現在でもこの答えはわかっていないが、『スペースバーン』の熱心な研究により、かなり宇宙技術は発達した。そのおかげでほとんど一家に一台は『スペーサー』という宇宙船があるのが現状だ。
今現在でこの惑星『T−Ball』には、200以上の国があるが実質世界に影響しているのはたった8国だ。俺が住んでいる国は、その8国の1つ『ルーロット国』だ。この国は面積も大きく、もちろん資源も豊富で8国の中でトップ3に入る国力を持っている。その反面貧富の差も大きい。面積が大きいため政府はそこまで手が回らない―と言っているが、そんなことは政府の都合で実際は上層部の者はそんなことに全く気をまわしていないのが実情だ。
俺は今19歳、『スペーサー』の免許が取れる歳だ。いつの時代もはやっている職業というものがある。現在はやっている職業は十数年前からずっと人気らしく、『若者に聞く!なりたい職業ランキング』で6年連続1位を独占している。人気の理由に年齢が15歳からその資格を取れるというのもあるのだろう。だが、なんといってもこの職業のいいところはある一つの感情が重要な働く動機となるからだ。この感情は誰でも持ってるが、薄い人は薄く、濃い人はとことん濃い。今の時代は俺にとっちゃ嫌な時代だが、この職業が人気ってことは、今を生きてる人達は心が豊かなんだろう。
「はい、じゃぁ28番の人。」
不意に自分を呼ぶ声がする。やっとか。あまりにも長い待ち時間だったのでいろんなことを考えていた。
「28番!」
「あっ、はい。」
「はい、じゃあ事故起こさないようにね。君これで10回目だったでしょ?」
俺の顔と名簿の写真を見比べているのか。俺の顔と下にあるモニターのようなものを交互に見ながら、おじさん(試験官)は少し驚きながら聞く。
「ええ。」
「まぁ、好奇心が多いのはいいけど、余所見はほどほどにするんだよ。―はい!合格おめでとう!」
おじさんがまっさらの免許を俺に渡す。
「あっ、どうも。」
「ところで、君ホントにその資格持ってるの?」
おじさんが俺の服装をじっと見ながら驚いて言う。
「ええ、もってますよ!なにか?」
「いやいや。なんでもねえけど…すげぇなぁ。」
「どうも。それじゃ!―ありがとうございました!」
俺はそう言って『スペーサー免許取得場』を後にした。
帰る途中、俺は珍しいチラシを見た。そのチラシは一瞬だけ(一瞬と言っても約1分ほどだが)大きなビルにピンク色で、でかでかと現れた。まあ別に、ビルに大きく数秒だけコマーシャルを流すのは普通のことだが、俺が珍しく思ったのはその内容だった。ただ一言、そのチラシにはこう書かれていた。
「少女に答えを!」
と。
第1話【SubTitle】「平和じゃない」
今日はついてない。朝は寝坊して飯を食い損ねるし、そのおかげで途中で飯を食ってから来たから余裕で仕事場に遅れるし。それから忘れ物をしたせいで社長に怒られるし、俺が今説教を喰らってるここは『キャンバス7色』現在職業ランキング1位の『ドリーマー』の人たちがいるこじんまりとした会社だ。
「はー?忘れてきたー!?」
とんでもなく大きな声。すらっとした長身で年齢はまだ25歳。
「ええ、ちょっと舞い上がってまして…」
そう答える俺は今19歳。将来を有望視される『ドリーマー』…を目指す(いまさら遅い?)男に…
「何考えてんだ!?なんですぐにとりに行かなかった!?」
「それが、『スペーサー』の免許取得とかぶっちゃいまして…ハハハ…」
「ブハハハハ、お前はホントにどじだなぁ…ってこらぁ!!アホかお前!?と言うかむしろアホだろ!?お前!!なにがかぶっちゃいましただ!」
社長の名前はサニー・レイン。レイン(サニーと呼ぶと嫌がるのでこう呼んでいる)に怒られるのはもう慣れた。ここに入社してからそろそろ2年が経つ。ドリーマーの資格も持ってるちょうどその時とったものだ。でも、今怒られてるのは実はその資格についてなんだが…
「お前なぁ。忘れ物しましたで、家にないってのは最悪じゃねぇか!?それはもう忘れ物じゃねぇよ!スペーサーの免許だけ取ってきてもしょうがねえだろ。」
レインは呆れはてたように続ける。
「いいか?前にも言ったが、『ドリーマー』には5種類ある。見習い・初級・中級・上級、そして特級だ。見習いでいられるのは2年間、その間に中級以上の資格を持つドリーマーの経営する『キャンバス』に入って経験を積み初級以上の資格を取る。もし取れなければ、見習いの資格は剥奪され一生ドリーマーへの道は閉ざされる。だがまぁ大概は1年目で初級ぐらいの資格は取れるもんだ。」
レインの目がじろりと俺の方を見る。
「しかし、どこぞの馬鹿はめんどくさいから、どうせ受かるから、どうせなら中級の資格を等、様々な理由で初級の資格を逃し、1年に1回しかない試験を棒に振る。」
後ろの方で笑い声が聞こえる。くそ、あいつら。
「そしてその馬鹿は今回も伝説を残してくれた。試験に受かったのに『ライセンスリング』を貰うのを忘れたときたもんだ。…もうお前…ドリーマーやめるしかないよ。」
「そんな!?―カルア、セイ!笑うな―ちょっ!ちょっとまってくれよ。」
子供の頃からの夢ドリーマーをこんな事で諦めるなんて…納得できない。
「残念だわ。あなた面白かったのに…」
「なっ、何他人行儀な言い方してんだよ。カルア?」
いきなりの後ろからの声とショックで体の血が冷たくなった気がする。
「残念だ。また会いたいもんだな。」
「セイまで…何言ってんだよ!やめてくれよ!悪い冗談だろ?」
動揺を隠せない。みんなが黙りこくっている。これは夢だ、夢に違いない!
「…あのぉ〜社長?社長のお力で何とかなりますでしょ?」
レインは黙ったまま俺に背を向けた。
「何だその態度は!コノヤロー!優秀な社員のピンチだぞ!何とかしてくれるもんだろ!こういう時は!」
今の俺はどういう風に見られているのだろう?しどろもどろでかなりダサいに違いない。でもそんなことに気をまわしてる場合じゃない。
「……マジで…か?」
誰も何も答えない。かすかな望みだった笑い声も消えてしまった。
どうやら本当に…
俺は黙って自分の机に戻り、とにかくそのあたりのもんをかばんにぶち込んだ。
もうここに戻ってくることは…ない……ないんだ…
「それじゃあ…お世話になりま…」
最後のほうは何を言ってるかわからないほど小さい声になっていた。
静かにそう言っても誰も何も言わなかった。俺は静かに取っ手を握り締め 『キャンバス7色』のドアを開けた。
『パーン!!』
目の前で起こった爆発めいたものに倒れそうになった。
「おめでとー!」
目の前には小さな見慣れたもう一人の仲間だった女の子がいた。
「ロヤス…ちゃん!?」
満面の笑みで祝ってくれるロヤスちゃんの心遣いが痛かった。
「どうしたの?嬉しくないの?これでリング2つだよ!」
そういってロヤスちゃんが差し出した手のひらには、確かに俺が貰うはずのシリアルナンバーの入った『ライセンスリング』がのっかっていた。
「え?…これ?」
バン!
突如後ろにタックルをかまされたような衝撃が伝わる。
「んふふ〜どうびびった?」
カルアが俺の背中に抱きついて笑いながら言う。
「?」
バシッ!
今度はセイが俺の右肩をたたく。
「よかったな〜。これでお前も俺達と同じだ!にひひひひ。」
セイが自分の指にはまった2つの指輪を俺に見せながら言う。
「もしかして…お前ら…」
「あー!みんな騙してたんでしょ!?ひどーい。私も入れてよぉ。」
「え?俺の味方じゃないの?」
ロヤスちゃんのこの言葉と指輪が手に入った安心感で俺の怒りはほとんど消え去った。
「おほんっ!」
大きな業とらしい咳払いをしてこの三文芝居の作者が注目を集める。
「えー、まぁなんだ。そういうことだ!それじゃあ恒例のやつ言うから、ちょっとこっち来い。」
「はいはい。」
少し恥ずかしそうにいうレインの顔を見て俺の怒りは本当に完全に消え去った。
俺は三文芝居の役者の前に立ってその言葉を待った。
「えー、ではここに!『初級ドリーマー アンチ・ピース』の誕生を決定する!」
第2話【SubTitle】「夢のないドリーマー?」
俺の名前はアンチ・ピース。現在19歳でドリーマーっていう職業をしている。俺の勤めてる会社は『キャンバス7色』、ドリーマーの経営する会社はキャンバスと呼ばれ、会社名もわかりやすいように『キャンバス〜』という風につけなければいけない。15・6年ほど前から一気に有名になったドリーマーだが、では何の仕事をしているのか?それは一般人(または宇宙に行くのが嫌いな人)にはいけない惑星に行って、そこで珍しい物を手に入れ(仕入れ)売ったり、一般の人を一緒に探検に連れて行くツアーを行ったりと冒険好きにはたまらない仕事だ。一部ではドリーマーのことを単なる『夢追い』だと嫌う『リーラー』という人たちもいるが。
俺の勤めてるここ『キャンバス7色』には俺を含めて5人のドリーマーがいる。まず1人目、今俺の隣で熱心に『惑星図鑑』を読んでいるのがセイ・モォーク。俺の1コ上で背は俺より少し高い170ちょい。茶色い短髪のなんともさわやかな男だ(見た目は)。
そして俺の目の前には2人の女の子がいつものようにおしゃべりをしている。1人は明るい(やかましい)女で、名前をカルア・ルヴィーナ。女にしては背が高く、160ほどあるしなやかなすらっとした体はなかなか見事にぺったんこだ。もう1人の子は少し子供っぽいがかわいらしい女の子で、名前をロヤス・クインドという。この子は身長150足らずでかなり小さいが、カルアとは対照的な体をしている。
2人とも18歳でおしゃべり好きなため、いつもこのキャンバス内は明るい。2人とも自分の背に関して不満を持っており、
「あんたはいいわね〜。あたしももう少し小さくなりたいなぁ。」
「え〜、すらっと大きい方がかっこいいよぉ。」
と、今もそおいう声が聞こえてくる。
この3人(俺もだが)に共通しているのが右手の指につけている2つの指輪で、これが『初級ドリーマー』としての証である『ライセンスリング』だ。(実はさっき手に入れた)
「カルア・ロヤス、ちょっとうるさいぞ。それから、そこの指輪見てにやけてる馬鹿、仕事しろ。」
「「は〜い。」」
「はいはい。」
今俺を注意してきたのがサニー・レイン。若干25歳でこの会社の社長であり、指には3つのライセンスリングをはめている『中級ドリーマー』だ。
「おい、みんなちょっと聞いてくれ。もうスグ依頼人が来ると思う。わかってると思うが、失礼のないようにな。」
「わかりました〜」
全員の声があわさる。依頼人が来るってことは、今回は『ベンチャー』か―どこの惑星に行くんだろ?
「おぃ、ピース。」
「ん?」
いきなりセイが押し殺した声で話しかけてくる。
「依頼人、かわいい娘だったらいいな。」
またこいつは。人見知りが激しいくせにこういうことを言う。俺より1コ上なのだが、全く年上という感じがしない。本人もそういうことは気にしないみたいだが。
「あぁ、そうだな。」
「今回はどこ行くんだろうな。俺ココ行ってみたいよ。」
セイが指したのはさっきまで見ていた『惑星図鑑』の『ブループリンス』という星だった。図鑑で見る限りではとても綺麗な青い惑星で、緑も多い。『水が豊富なビーチオアシス』と紹介されている。
「なんだこりゃ?綺麗な星だけど、ふざけた名前だな。」
「でもよ、ココ行きゃもう最高に楽しいぜ!」
そりゃぁそんなとこに行くんならバカンスと変わらない。しかし間違ってもそんなことはない。なにしろその惑星は『MES』に登録されている。そんな超高級な星にいけるとなれば、レインもはしゃぐだろうし、そもそもこんな小さなキャンバスにそんなお金持ちが依頼してくるはずもない。
「行けたらいいな。無理だろうけど。」
「夢がねぇなぁ。」
ペラッ
セイがめくった次のページには危険度《☆1》の『ホスピート』という星が書かれているのがチラッと見えた。
第3話【SubTitle】「重大事項」
キャンバス7色は2階建てのログハウスで、1階は事務所の休憩室とトイレ、それと俺達がいつも仕事をこなすデスク(1人用)が5つと2人用の黒いソファ(意外に高そうな)が2つ、そしてそのソファの間に机(これまた以外に高そう)が置いてある事務室がある。
そして、俺が今いる2階には物置倉庫部屋、お風呂、ベランダ、遊び部屋、事務処理室がある。お風呂が2階にあるのは窓からの夜景が綺麗だかららしい。んで、俺が今いる事務処理室にはいろんな専門の機械が置いてある。1階の事務室にも機械類は置かれているのだが、ここにはもっと複雑でややこしい機械が説明書(むしろ説明本)の山とともに置かれている。
「え〜っと、ザンブル…ザンブルっと。」
ドリーマーの仕事はもっと華やかなものだと思ってたんだが、なかなか地味な仕事も多い。それでもやっぱりこの仕事が好きなのは、あの違う星に行った時の冒険の感動がたまらないからだ。
「…あった!」
なになに『緑豊かで空気が良好。水が少ないため〈T−ball〉では見かけない様々な生物が生息している』か。
俺は今回のベンチャー(つまり依頼人が俺達ドリーマーと一緒に、行ったことのない惑星に行き安全に旅行を楽しむというものだ)の目的地『ザンブル』という星を『データコンピュータ』から引き出していた。
ルーロット国にはたくさんのキャンバスがある。それだけドリーマーの数が多いということでもあるが、キャンバスにはそこの社長の趣味がもろに反映される。だから、キャンバス選びは社長選びと同じようなものだ。俺がここに決めたのは、このログハウスのデザインが秘密基地みたいでカッコイイと思ったからで、レインのことは微塵も調べなかった。ログハウスの中は外観と違いかなり機械類が多く置かれている。だがそのほとんどは時代遅れというか、レトロというか、少し旧型のものが多い。
それにしてもこういう時は音声認識内蔵型のDC(データコンピュータの略)が本当に欲しくなる。いちいちコンピュータの画面から探し出すのはかなり面倒だ。―最もこのキャンバスにそんな資金はありはしない―あるとしたら社員の愚痴を聞きつける『レインイヤー』ぐらいだ。
まだ俺が『ザンブル』のデータを半分ほどしか引き出せていない時、ギィっという音とともに2人組みの若夫婦(?)と思われる男女がキャンバス内に入ってきた。
「あのぉ、どちらさまですかぁ?」
ロヤスちゃんがいつものかわいい声で尋ねる。(取りようによってはぶりっ…おっとこれは禁句だ)
「あ!?俺達?あれよあれ、あの〜…そうベンチャー申し込んでる。」
背の低い男だが体はがっちりしていて、顎にはやした髭がたくましさを強調している。その男が大きな声で説明するが、どこかぎこちない。
「えっとぉ、お名前はぁ?」
「えーっと。なんだったかな?」
「へ?」
鈍いロヤスちゃんもさすがに不思議に思ったらしい。
「いやいやすいません、ロウフさん。どうぞこちらへ。」
レインはそのやり取りを不思議に思った様子もなく男女2人組みをソファへ誘導した。
「あぁそうロウフ、ロウフ。」
そう言いながら、2人組みは席についた。あやしい…
「え〜っと。では今回のベンチャーですが、ご希望は緑の惑星『ザンブル』でよろしかったでしょうか?」
「あ、その事なんだけど、やっぱり変えて欲しいの。」
女のほうが初めて声を出した。すらっと(男より)背の高い女の声は思ったより低い声で、しっかりとした印象を受けた。(これも男より)
「え?変更ですか?もっと安い星に行く場合料金はお返しできませんが。ところでどちらに?」
レインが安い星には行きたくないという顔をして答える。
「あの…」
「ええ構わないわ。それに、私達が行きたいのは『ザンブル』…だったかしら?そこより少し高い星の『ホスピート』よ。」
男の返事をさえぎるように女が答えた。どこかで聞いたことがあるような…俺の頭の中には、さっきチラッと見た『惑星図鑑』の『ホスピート』の事など跡形もなかった。
そんなことより、また初めから新しくやらなきゃいけない仕事が増えたことの方が今の俺には重大事項だった。
第4話【SubTitle】「1文字の違い」
「えー…それじゃあ、こちらの用紙に変更内容をお書き願えますか?」
「ああ!はいはい!」
男の方が大きな声でレインの出した用紙に書き込みを始める。
「ほい、これでいいかい?」
「…どうも。…はい、大丈夫です。では準備期間を考えまして、出発日時は4日後ということになりますが?」
レインが書類の内容を確認しながら答えるのが見えた。すました顔が社長としての風格を漂わせている。
「4日後!?えらい早いな!?」
男が大げさとも取れるリアクションをとった。どこか滑稽だ。
「うちはこれを売りにしておりますので。というか『ザンブル』行きの時にご確認いただいたはずですが…?」
男の方を見ながらレインが尋ねる。
「ええ、わかってるわよ。この前依頼した時は私だけでやったから。やっぱりダメですね。こうやって来ないと。」
すかさず女が男の代わりに答えた。
「あぁ、そうでしたか。そういえばこの前は電話だけでしたもんね。」
「ええ、そういうことですの。それでわ、4日後にこちらにお伺いすればよろしいのかしら?」
「いえいえ。ココではなくてですね、そう遠くないスペーサー発射場でお待ちしておりますので。ここです。」
レインは地図を見せながらその男女に場所をマークして示した。女のほうはすぐに理解したようだが、男の方はその地図の見方がよくわからないらしく、しきりに首を傾げて地図に見入っている。
「わかりました。では。」
しっかりとした口調で女はレインにその地図を貰い、ロウフ夫婦はササッと出ていった。
珍しく現れたおかしな2人組みのことについて、疑問に思ったのは俺だけじゃないようだった。新しくホスピートのデータを引き出すのを後回しにして、俺は2階から降りた。階段がギシギシという嫌な音を立てる。
「レイン。あの2人組みおかしくない?」
俺より早く、俺の疑問をそのまま声に出したのはカルアだった。
「ん?何が?より値段の高いとこに変えてくれたんだ、いいお客様じゃねぇか?」
確かにそれはそうだが…
「そうじゃなくて、名前言うの戸惑ってたじゃない!絶対偽者よ!」
カルアが間違いないという感じで言い切った。なんでもずばずば言う性格で、思い切りの良さはこのキャンバス内では1番だ。他のキャンバスがどんな風なのかは知らないが、俺達の会社キャンバス7色は総体的にかなり仲がいい(一部を除いて)。しかし俺も含めてみんな社長のレインには、一応社員という立場柄よそよそしくなることがあるのだが、レインと1番対等に話すのがカルアかもしれない。
「あぁ、その事か。アレはこのせいだよ。」
そう言ってレインはカルアにさっき男の書いていた用紙を見せた。途中まで引き出した『ザンブル』のデータを『白紙再生機』に入れて、俺もそれを見に行った。その用紙の一番上にはこう書いてあった。
「氏名:楼釜 勝陣|楼釜 富陣
出身国:カナンジ
間柄:夫婦
目的地:ホスピート」
「これは?」
今度はカルアの代わりに俺が聞く。
「名前のとこあるだろ。この人たちは『カナンジ国』の人なんだよ。だから本国読みか、ルーロット読みのどっちで登録したのか忘れてたんだろ。」
そういうことか。どこか腑に落ちない気もするが、そんなことより新しく出来た仕事をやらなければ、と俺は自分の机に戻ろうとした。
「やっぱり夫婦だったんだぁ。」
いつの間にか俺の丁度真後ろにロヤスちゃんとセイも見に来ていた。
「あー、姉弟(きょうだい)じゃなかったか!ちょっとガッカリ。」
「セイっち、軟派〜」
悪戯っぽくロヤスちゃんがセイに冷たい目を向ける。
「じゃあさ、『電話』の時は?あんな人だった?」
カルアはまだ納得できないようだ。でも、電話…カルアの言った言葉になるほどと思った。電話で予約していたんなら、その人物の姿もあらかじめわかっているはずだ。『電話』では声だけでなく3D映像としてその電話主の姿が見れる。
「あ〜それか?実は相手の電話機の型が古かったらしく写らなかったわ。まぁ別に問題ないだろ、しっかりしてたし。」
レインの適当な返事を聞きながら、俺は惑星ホスピートの簡易版データを探し始めた。
「何それ!?今時3D映像が写らない電話なんて聞いたことないわよ!」
自分の机の上にまとめておいてある資料の山の中から、簡易版データと書かれたファイルの『ホ』のところを探してみたが見つかったのはザンブルの簡易版データだけだった。やっぱり見つからないか、というかミスったなぁ。
「あーもう、うるせぇぞ。大丈夫だよ。お前ら初級だけで行けって言ってんじゃねぇんだ。」
レインは指にはまった3つの指輪を見せながら言った。もう話したくないという感じだ。その仕草を見てカルアも何も言わなくなった。
「カルア〜もういいじゃん。あそこいこぉよ〜」
ロヤスちゃんがカルアをなだめる声を聞きながら、俺はもう1度事務処理室へとギシギシあがる。
「おぅ、行って来い行って来い。グダグダ考えるより体動かしてきた方がいいぞ。」
レインが惑星の資料を見ながら促す。
「わかったわよ。じゃあ行ってきますよ、しゃ・ちょ・う。」
嫌味たっぷりにレインにそう言うとカルアとロヤスちゃんは出て行った。俺がそれを羨ましそうに見て『ホスピート』のデータを集めようとしていると、セイが小さい声で話しかけてきた。
「俺達も行くか?」
「マジか!?よし…」
俺がそこまで言ったとたん、それはすでに『レインイヤー』に捉えられていた。
「アンチ・セイ!お前らは『ホスピート』のデータをしっかり集めてくれよ。お前らは体動かさなくても強いからなぁ。こういう時に口うるさいのがいないのはいいよなぁ?」
逃げられない―奴は俺達の動きを見切ってやがる。これが中級ドリーマーの力か?―と馬鹿なことを考えながら、俺達はしぶしぶ元の作業に戻った。
…4日後…
「うわぁ。これが最新型のスペーサー『MH300』か!?かっけ〜!」
流線型の滑らかなボディ、20人以上乗れるとされているのにかなり小さい。この小さなボディで最高300st(スタン)の速度が出せるというのだから全く驚きだ。それを可能にしているのもこのボディを覆っている『レーザータイル』の硬度のおかげだろう。
「おぃ、何やってんだ〜?こっちだ〜早く来いよ〜!」
レインが俺を呼ぶ声が聞こえる。わかっている。ロマンはロマンとして持っているのが粋だということは。
「それでは出発しますが、忘れ物等はないですね?」
「あぁ、ないない。さっさといこうぜ!」
「あなた、落ち着いて。」
興奮気味の男を女がなだめる。
「では出発します!さあ、乗り込んでください!」
俺達5人に加え、2人の客、計7人。このスペーサーの定員は8人、快適な旅行を楽しむための人数がこれだから、今回は一応快適な旅行になりそうだ。さっき見たすばらしいスペーサーのことを考えなければ。
スペーサーの中に入って俺達は通常集まっている『B−室』と書かれた部屋のシートに座った。B−室には2人用のシートが2組あり、出発の際は毎回このシートに座る。そして宇宙に出るまでの間しばしの重力変化を楽しむ。レインはロウフ夫婦を一緒に『運転室』に連れて行き、安全に出発に備えるということだった。
「どうしたの、アンちゃん?」
ロヤスちゃんが独特のあだ名で俺に話しかけてきた。よほどつまらなさそうな顔をしていたのだろう。
「あっわかったぁ!スペーサー運転したかったんでしょ?だめだめぇ。まだ免許取ったばかりなんだから、そんな人に命は任せられませんよぉ。」
「はは、そうだよねぇ〜」
ロヤスちゃんはかわいいんだが、少し鈍いとこがあるよな。俺は話を合わせながら出発を待った。
ウィーン…
出入り口のドアが閉まる音が聞こえる。そろそろだ。
ガチャン!
「ガガ…ガガガ…ガ…」
アナウンスの始動の音が流れてきた。もうすぐ出発か。隣ではロヤスちゃんが笑いながら俺に話しかけ、後ろのシートではカルアとセイの言い争いの声が聞こえる。やっぱりこの席の組み合わせの時はうまくいかないな。まあどうせすぐに1人はいなくなるけど。
突然レインの声がスペーサー内に響く。
「只今より出発する。各人ちゃんとベルトを締めとくように!」
いつもの様に命令口調だがどこかなれなれしい感じがする。レインも久しぶりのベンチャーだからわくわくしているのかもしれない。
「いざ!惑星『ホスピート』へ!!」
俺達の乗った時代遅れのスペーサー『SH300』は、レインの気合の入った声でゆっくりと動き始めた。
第5話【SubTitle】「嫌な予感」
―宇宙船といえばどんな形?
スペースシャトルなんていう大掛かりな宇宙船で資格を持った少人数の人物だけが宇宙にいける、今から100年ほど前の人々に対してこの質問をしたなら、それは夢があふれる答えが返ってきただろう。だけど今はその宇宙船というものがほぼ一家に一台あるという時代。今の人々にこの質問をしたところで答えはある程度予想できる。すでに存在するものに対して創造するのは例えようもなく難しい。今現在で販売されているスペーサーの型は3種類。飛行機型、船型、自動車型の3つだ。
今俺達が乗っているスペーサーはSH300。一昔前の飛行機型のスペーサーだ。飛行機型といっても飛行機とは違うところも結構ある。特徴を挙げていくと、飛行機型はこの3種類の中でもっとも速い速度で移動できる。外見的特長としては、滑らかな流線型のボディをしており船長から船尾までの大まかな形は、大きなラグビーボールのような感じだ。飛行機型といっても一般の飛行機のような翼はなく、ラグビーボールの後方にエンジンがついている。次に船型だが、これは飛行機型よりは少しばかり移動速度が劣るが、3種類の中で1番大きく1番乗船人数が多い。外見的特長としては、これも一般に船と呼ばれるものとは違う。大まかな形としては、前から見ても横から見ても台形である。台形の下の部分が何本ものエンジンパイプとつながっており、大きな巨体を動かす原動力となっている。そのパイプ全てを包むような台座の上に、部屋が詰まっている台形の箱が置かれたという感じだ。最期に自動車型、これはこの3種の中でもっとも小さく、もっとも遅く、もっとも乗船人数が少ない。もちろんその見返りとして値段が安いという利点もある。自動車型はタイヤのない自動車といった形で、横から見ると丸みのある半円という感じだ。そして、どのタイプもオプションで多少の武器を装備することが出来る。
これらの特徴を見ればわかると思うが、一般にドリ−マーが乗っているのが飛行機型・船型のスペーサーで、一家に一台で普及しているのが自動車型のスペーサーだ。もちろんスペーサーにも新・旧はある。それぞれのタイプによって新型はどんどん開発されている。
俺達の乗っているスペーサーSH300はちょっと(かなり)古いタイプの飛行機型。
―あぁ、今も窓の外で、大気圏をすごいスピードと安定感で抜けていくであろう新型スペーサーMH300が俺達を追い抜いていく
そんなことを思ってるうちに、俺達のスペーサーも大気圏に突入した。
ドドドドドッ…
少しの間、重力に押し付けられる感じ。これ以上きついとしんどいが、これぐらいなら楽しめるという程度の圧迫感。俺はこの感じが結構好きだ、なんとなく絶叫マシンに乗った気分に慣れるこの瞬間が。もっとも隣に座っているスタイルのいい娘は苦手みたいだが。
「う〜ん…やっと抜けたぁ。もぅ、この感じ…何回やってもなれないなぁ。」
ロヤスちゃんが俺の隣でため息をつく。
「あんた、昨日慣れたって言ってたじゃない!」
カルアが後ろから身を乗り出し、あれっ?といった感じで尋ねた。
「だって、昨日はぁ…やっぱり練習と実践は違うよぉ。」
「はぁっ、要は気の持ちようよ。あんた抜けてるからねぇ。」
フフッと笑いながらカルアが言う。
「そんなぁ〜」
と言っているロヤスちゃんもつらそうな顔はしておらず、少し照れ笑いという表現の方が正しい感じだ。本当にこの2人は仲がいいなぁ、としみじみ思っていると、
「ロヤスちゃんはお前と違って繊細なんだよ。お前は重力かかるとこがないからな〜」
カルアの横から同じように身を乗り出し、カルアの体を見ながらそう言ったセイは、すぐにごめんなさいと謝っていた。カルアの拳が硬く握られていたのを見たのだろう。
「でもさぁアンちゃん。」
「ん?」
ささやくようにロヤスちゃんが話しかけてきた。
「やっぱり嫌だよねぇ?大気圏出る時って。」
「ん〜、俺は別に嫌じゃないんだよね〜、と言うかむしろ好きなぐらい。」
笑いながらそう言ってロヤスちゃんの顔を見ると、少しつらそうだった。
「でもさ、このスペーサーがボロいのが原因だよ。最新型だったらあの圧迫感はないんだぜ。」
「えっ、そうなの?」
「あぁそうそう。だからさ、気にすることないよ。誰でも苦手なものはあるさ。」
「そうだよね。…ありがとっ。」
ニコッと笑って素直にそう言えるロヤスちゃんが少しうらやましい。
「おい、ピース。」
「ねぇ、ピース。」
いきなり後ろに座っていた2人が話しかけてきた。嫌な予感がする。
「おい、お前何ロヤスちゃんといちゃついてんだ!」
「ねぇ、ピース。ホスピートってどんなとこなの?」
2人が同時に喋ったので、何を言っているかわからない。
「何?」
「だ〜か〜ら〜、」
「ホスピートってどんなとこ?」
セイの声を遮ってカルアが言った。どうやら嫌な予感は外れたようだ。
「ホスピートのことか?危険度《☆1》の観光用惑星だよ。特に人は住んでないとされてる。って、お前も調べて知ってんだろ?」
別に暇だから話してもいいが。
「いいじゃん。そんなに詳しくは調べてないのよ、あんたらの仕事でしょ。」
カルアが不満げに言う。
「そんならセイに聞けよ。こいつの方が詳しいぜ。」
顎でセイの方を指しながら言った俺の言葉に2人がかりで噛み付いてきた。
「「嫌!」」
声が合わさって、お互いに睨みあったカルアとセイにロヤスちゃんが言った。
「だったら場所替わろうよ、ね?私とカルアが替わればさ。」
「ダメ!こいつの横にいったらあんた何されるか…」
「あほか!俺は何だ!?痴漢か!?」
「似たようなもんでしょ。」
「まぁまぁまぁ。」
ほんとにこの2人は仲が悪い、と言うより相性が悪いのか。よくこんなんで今までやってこれたなと思う。
「ケンカしないで替わればいいって。セイもそんなに変態じゃないって。な?」
「おま…変態って何だ!?変態って!?俺は紳士だっつーの!」
セイが興奮気味に言う。
「ごめん、ごめん。カルア替わっていいだろ?」
「セイ!クインにちょっかい出すんじゃないわよ!」
「うるせぇ。」
ハハハと苦笑いしながらロヤスちゃんが後ろの席にいった。嫌な予感は当たってたのかも…そんなことを思いながら俺も苦笑いをロヤスちゃんに返した。
「いいですか。これからあなた達の行くホスピートはですね。危険度《☆1》に登録されている観光用惑星です。1口に観光用といいましても…」
「『危険度《☆1〜5》まであり、危険度《☆5》以外はドリーマーの資格を持っているものと一緒でないといってはいけない。』でしょ。」
女がレインの言おうとしていた続きをそのまま言ったので、レインは驚いた。
「よくお知りで。では続けます。これから行くホスピートですが、別名をお知りで?」
「ええ、知ってますよ。」
女がフフッと笑いながら答える。男も黙って頷いた。
「では、その名前の通りで…危険度《☆1》に登録されているのが不思議なくらいです。私どもドリーマーはあなた方をお守りするように働きますので、くれぐれも勝手な行動はしないようにお願いいたします。まぁ、それほど危険なルートは通らないようにしますが、万が一私どもがいなくなった場合はお2人だけでお逃げ下さいますよう。免許はお持ちで?」
「おぉ!俺がもってるぞ!」
特有の大きな声で男が答える。
「ははは。まぁ危険度《☆1》は基本的に初級ドリーマーだけのチームでも行けるように調べられていますから、そんな心配は要らないと思いますがね。」
レインは中級ドリーマーの貫禄たっぷりに話を続ける。
「それで、ホスピートの特徴ですが…」
「熱い?」
カルアが驚いて聞き返してきた。
「あぁ。かなり熱い惑星らしい。水がほとんどないって書いてあった。」
「え〜、マジで〜…どうしよ。…いやな予感がする…」
カルアが何か嫌なことを思い出したように言った。
「何が?」
カルアが頭で後ろという仕草をしながら俺にの質問に答える。
「セイの魔の手があの娘に…」
「ぷっ。そんなことかよ。」
真剣にロヤスちゃんの心配をするカルアがなぜか妙に可笑しかった。
「そんなことってねぇ!あの娘の隣の馬鹿と一緒に行った夏の海なんて大変だったんだから。」
そりゃ大変そうだ。でもいつのことだ?俺が入ってきた2年前以前のことだよな。そうでないと、俺がはみったてことになる。
「もぅ、何とかしないと。3年前の悲劇は止めないと。」
俺の嫌な考えを見抜いたようにカルアが続ける。
「で、さっきの続き。」
「ん、ああぁ。だから、めちゃくちゃ熱くて特有の生物もすんでる。中にはかなり凶暴なのもいるみたいだ。」
俺はかばんの中からホスピート生息生物についてまとめた(俺が)資料をカルアに渡しながら続けた。
「だから危険度《☆1》に指定されてる。そして―」
「そして?」
「あまりの熱さに死体の骨もなくなることから、つけられた名が『バニッシュ・ボーン』」
第6話【SubTitle】「秘密」
「バニッシュ…ボーン?」
初めて言葉を覚えた子供のようにカルアが繰り返す。確かにこの別名は普通知らない。上級ドリーマーでも、この惑星に行ったことがなければ知らないだろう。
「へへっ、聞いたことないだろ?俺がかなり入念に調べこんで見つけたんだぜ。バニッシュボーン…結構かっこいい名前だよな。」
得意げにそう言った俺の顔を見て、カルアが言う。
「私…その名前…知ってるかも…」
「え…?」
俺の苦労を無駄にするような台詞。カルアが続けて言った。
「ホスピートの名前は聞いたことなかったけど、バニッシュボーンは知ってるわ。あたしとクインが3年前一緒にこのキャンバスに入ったの。それで、その時にはあのエロ馬鹿はいたんだけど…その時、私達15歳でドリーマーの見習いになったから、その、うかれてて…その、いろいろ無茶もやったわけよ。」
懐かしそうに喋るカルアの顔は少し照れくさそうだ。だが、俺は半ば適当に聞き始めていた。―なんで知ってんだよ―
「それでね、私達2人だけで…その…運転をね、やったの。」
小さい声でカルアが言う。運転ねぇ。車の運転ならまぁ…
「免許は…持ってなかったんだけどね。」
―免許持ってないって…なかなか悪よのぉ。それにしてもロヤスちゃんも昔はそんな風だったとは。
カルアが珍しくもじもじと、話すか話すまいかを迷ったように俺のほうをちらちらと見る。(めったに見ないカルアの女っぽい素振りのせいか)少しずつその話に対して興味がわいてきた。
「あのね…わかるでしょ?…普通の運転じゃないのよ…」
「運転って…!!スペーサーのか!?」
適当に聞いていた俺はその言葉で一気にその話に興味を持った。
「大きい声出さないで!…そうよ。でも、その時にはそんなに遠くまで行かなかったわよ。でもね…」
慌てながらカルアが俺の口を押さえる。後ろの席を気にしながら続けようとする話を遮って、俺が疑問をぶつけた。
「ちょちょちょ、ちょっと待て。スペーサーの運転って、それ自体がばれたらやばい罪だぞ。まぁそれは置いといたとして、どうやって外(宇宙)に出たんだよ?」
少し興奮気味に言った俺の質問にカルアは、誰にも聞こえないことを祈るような顔をして言った。
「だから、大きい声で言わないで!ばれないように出たのは、その…これよ。」
そういってカルアがポケットから出したのは、古ぼけてぼろぼろになった(スペーサー)免許証の半分だった。
「これ…って、偽造だろ?スペーサーの免許証はこんな風に割れたりしないからな。」
最近とった自分の免許証の固さを思い出しながら俺は言った。
「…流石、本物持ってるとわかるのね。これね。ある人につくってもらったんだ。残りの半分はクインが持ってる。」
大事そうにその破片をポケットに戻しながらカルアが言った。窓の外は部屋の中と対照的な真っ暗な空間。遠くには光の粒、真横にはずいぶん大きな惑星が見える。とても綺麗な惑星を見れる航路を取ることもあれば、何も住んでいないような汚い惑星の側を通ることもある。今回はラッキーなことに前者の方だったようで、破片をしまいこんでいるカルアの肩越しに、『MES』に登録されてるんじゃないか?と思うほど綺麗な惑星が見える。
「―で、まあその偽造の免許証がかなりよく出来てから、出れたってわけか。んで?どこ行ったの?」
わくわくしながら俺は続きを聞いた。
「…さっきも言ったけど、そんなに遠くには行かなかったわよ。ただT−Ballからでてその辺を飛び回ってみたかったんだ。でも、どうせなら星に降りようってことになって。近くの惑星…『ロチア』に降りたの。」
「『ロチア』!?」
俺達の住んでる惑星『T−Ball』、そこから一番近くて一番危険な星。しかも危険度《☆5》に指定されているからドリーマーでなくとも、降りることが出来る。(もっともそんな危険を冒す馬鹿は聞いたことがないが)そんな危険な星に下りるとは、いくら知らなかったからとはいえ…と言うよりも、なぜ今こうして生きていられるのか?それが不思議だ。
「なんでそんなとこに降りて『普通の状態で』帰れたのかって思ってるでしょ?」
俺の考えを見抜いたようにカルアが言う。俺ってそんなわかりやすいかな?そんなことを思っている俺をよそに、カルアは話を続ける。さっき見た惑星はもう見えなくなっていた。
「もちろん私達2人だけだったら生きて帰るなんてことはまず無理だった…一緒にあの人が…」
そこまで言った時、後ろから大きい声でロヤスちゃんがカルアの話を遮った。珍しい…ロヤスちゃんがこんなに大きい声を出すのは。
「ダメでしょ!カルア!!あのことは私達だけの秘密にしようって約束したじゃない。ぶぅーぶぅー」
頬を膨らませながらカルアを注意する。なかなかこんな馬鹿っぽいしかり方をする娘には出会えないな、と思いながら俺はセイの方を見た。
「ピ〜ス〜」
いつものことだが。どうやら、酔ったようだ…スーぺサー酔いになるドリーマーなんて、これまたなかなか出会えない。試験の時はどうやって乗り越えたんだ?…今度聞こう。そう思いながらかばんの中からセイ用の薬(ただの酔い止め)と書かれた袋を取り出した。―酔い止め薬は事前に飲んどけっ!っていつも言ってるのに、忘れるのか、なんなのか。いつもこいつは弱ってから助けを求めてくる。
「ところでなんで?別にやばいこともないでしょ?俺達はそんなことばらしたりしないぜ。」
セイに薬を渡しながら俺は、まだカルアに注意しているロヤスちゃんに聞いた。また新しい惑星が見えてきた。
「ん〜ばらされるとかはいいんだけどね。このことは秘密にしときたいの。だから、ねっ。」
じっと俺の目を見ながら何かを訴えかけてくる。目力とでも言うのだろうか?ロヤスちゃんのこの目には逆らえないオーラがある。
「こいつはばらすかもよ。」
カルアが冷たい目で薬を飲むセイの方を見ながら言う。
「ダメだよぉ、そんな事いっちゃぁ。」
セイの背中をさすっているロヤスちゃんがカルアをまた注意する。
「俺…ちょっと寝てくるわ。」
セイはそういってベッドルームの方によろよろと歩いていった。ほんとに珍しいドリーマーだ。
「セイっち行っちゃたから3人でホスピートの話しよ。あっ、さっきの昔の話じゃないよ。―あっ!ほらほら綺麗な惑星〜」
どうにも、もう聞けない感じになってしまった。
「…ですからですね。くれぐれも…」
「勝手な行動は謹んで、ですね?」
レインの言葉の続きを女がフフッと笑って言う。ホスピートの特徴を話し始めて、これと似た掛け合いが多々あった。
「ところで、後どのくらいかかんだ?」
退屈そうに男が聞く。
「え〜、たぶん後5時間程ですかね。食事の時間はいつでも用意しますので言って下されば。到着まではスペーサー内でゆっくりとお過ごしくださればよろしいかと。…こちらがお部屋の鍵です。」
レインが1つの鍵を出すと、女は少しゲッという顔をしたが、それをとって運転室を出て行った。
「おい。俺腹減ったから、スグ持ってきてくれ。」
男もそう言うと運転室から出て行った。
「やれやれ、何だよ…変わった客。」
レインは腕時計を見てため息が出た。自動運転に切り替え食事を作りにレインも運転室を後にした。時計の針はまだ午前10時をちょっと過ぎたところだった。
第7話【SubTitle】「特技」
ウィーン…ガチャ…ウィーン
ドアが開き、レインがめんどくさそうな顔をして入ってきた。俺達が今いる部屋は『B−室』で、セイが仮眠を取りに行った部屋は『C−室』。C−室はココより大分小さく2段ベッドが1つと机が1つだけの部屋で、古い型のこのスペーサー『SH300』にはこのC−室があと3部屋付いている。C−室は俺達社員が2人づつ使うようになっていて、俺とセイ、カルアとロヤスちゃん、そしてレインが1人で1室使っている。それから、客用に『A−室』というのが2部屋あり、『A−室』はB−室より少し小さいだけの綺麗な部屋で『自動制御式デスクベッド』(ボタンを押すだけで机やベッドが壁から出来上がる)が4つ付いている。さらに、冷蔵ボックス・温度調節機・スクリーンテレビ・トイレetc…が付いておりこの部屋にいれば数日は生活できると保証されている。あと、このSH300内にあるのは『運転室』(客や運転者は出発時にココに乗る)、『調理場』(兼食堂)、『トイレ』が1つづつだ。俺達はよほどの長旅でない限りB−室で集まって話をしたり、ゲームをしたりしている。大体レインは運転室か自分の部屋にいるのだが、たまにこうしてB−室に顔を出す。
「あっ、社長〜☆どうしたのぉ?」
「ん?あぁ。」
ロヤスちゃんが嬉しそうにレインに声をかける。レインはめったにココに顔を出さないから、嬉しいのだろう。(いつも通りセイも早速いないし)だが俺にはスグにわかっていた。レインがココに来たということ。レインの顔がめんどくさそうなこと。今回の客のこと。これらから推測されるのは…
「おい、アンチ。悪いけど飯作ってくれ。」
やっぱりか。
「え、まだ10時よ?朝食べてきてるでしょ?」
カルアが不思議そうに言う。レインが飯をガツガツ食べているのは見たことがないからもっともな疑問だ。
「あー俺じゃねぇよ。あのでかい男だ。」
声をひそめて、腕を大きく広げながらレインが言う。
「わかった。何でもいいのか?」
「いいんじゃねぇ?」
適当すぎる…まぁいいけど。『無煙タバコ』を取り出しながらレインが答えた。
「カルア、ロヤスちゃん手伝ってくりぃ。」
「おっけぇ〜v」
「いつも思うけど、あたしはなんで『ちゃん』付けじゃないのよ。」
ムスッとしたカルアと、それをなだめるロヤスちゃんと一緒に俺は調理場に向かった。
広い部屋の中で男と女は特に話をするわけでもなく、それぞれ違うことをしている。女はふかふかした1人用のソファに埋もれるように座り込んで、柔らかさを調節している。男はわざわざ温度調節機のリモコンを取り出し設定温度をいじっている。
「ちょっ、あんた何してんのよ!?」
ソファに埋もれてほとんど体が見えない状態で女が男の行動を止める。
「何って、暑いだろ?」
リモコンをその辺に置きながら、男は自動ベッドのボタンを押した。とたんに壁から柔らかそうなダブルベッドが現れ、さわやかな甘い匂いも同時に広がる。部屋中に広がった甘い匂いの中、そのダブルベッドに座る男を見ながら女が思い出したように口を開いた。
「それにしても、なんであんたと一緒の部屋なのかねぇ?確認すればよかったわ。」
女はジロリと男の方を見ながら言った。もうソファの調節は終わったらしく、しっかりとした顔が今度はスクリーンテレビのスイッチを入れている男をとらえる。
「ケッ、俺に言うなっての。だったら今からもう一室使えるように頼んでくりゃいいじゃねぇか?」
ごつく大きな腕で腹をさすりながら答える男は別に気にした風もなく、スクリーンに映っているおいしそうな『真空オムレツ』のCMを見ている。
「馬鹿ね。そんな余分なお金なんて持ってきてないわよ。何より、そんなことしたら怪しまれるでしょ。…はぁ、後何時間かしら?」
女は部屋にある置き時計を見て答えた。スクリーンには今度は『収縮ピラフ』のCMが流れている。
「あぁ〜、まだかよめ〜し〜!腹減ったぜ〜!」
女はため息をつきながら、ブックスラックから『珍獣流通路』という本を取り出した。別にその本には問題を解くようなものが載っているわけでもないのだが、女は片手をその本で見えないようにして動かしている。
ピッピッピッピッ
「ん?何の音だ?」
「CMじゃない?」
女はじっと本から目をそらさず答える。
ピー
「音小さくしたら?」
「あっ、ああ。」
母親に注意された子供のように男はスクリーンテレビのリモコンを手に取った。
「暑くねぇ?」
「気のせいでしょ?」
依然として澄ました声で答える女のほうを見ながら、男が何かに気づいたようにいった。
「…お前それ反対だぞ。」
トントントン…トントントントン…
調理場内に包丁が小気味よくまな板と奏でる音とロヤスちゃんの黄色い歓声が響く。
「うわぁ、すごい上手〜!アンちゃんホントいい料理人だねぇ!」
ロヤスちゃんは俺の包丁さばきを見ながら改めて感心したように言う。スペーサー内に調理場がついているのは珍しい。大体は携帯用宇宙食で食事を済ませるものだが、レインのこだわりでこのスペーサーには調理場がオプションでつけられている。
「んもう、何回も驚いてんじゃないわよ!さっさと動きな。」
特製ドレッシングを味見しながらカルアがテキパキと言う。
レインのこだわりによると、―快適な旅行を楽しむのに食事は大事―とのことだ。
「わかってるよぉ…」
そうは言うがロヤスちゃんの動きは止まったままだった。何かに気づいた感じだ。
―わかってるんなら料理できるようになっとけよ!
大分前にレインがカルアとロヤスちゃん相手に口論していた。
「……」
「ん?どうしたの?」
包丁の手を止め、俺は尋ねた。
―俺料理できますけど…
そう言って口論を終わらせてから、カルアとロヤスちゃんは自分達から進んで、調理場を俺について回るようになった。
「…えと、何やればいいかな?ハハハ…」
「微笑んでいるだけでいいよ」と言いそうになった自分が恥ずかしくて、俺はわざとその辺にあった道具を落とした。
―どう?おいしい?
2人の料理の腕前を確認するため、この前セイに2人がつくった料理を試食させた。
―うんむ、最初に食べたカルアの作ったほうは微妙だったけど、今食べたロヤスちゃんの作ったほうは抜群にうまい!
「あらあらすごい理解力だわねぇ〜」
大げさに驚いた素振りをしながらカルアが言った。
―最初に食べたのはあたしのじゃなくてクインのですぅ〜!
ロヤスちゃんの顔を見てセイが慌てて言い直す。
―嘘嘘!先のがおいしかった!てめーカルア、嘘つくんじゃねぇよ!
―あんたに言われたくないわよ。ついでに言うとそれも嘘。先のも後のもあたしら2人で作ったんですぅ〜
アハハと笑いながらそう言ったカルアの目の前で、くっそーと頭を抱えたセイの姿が面白かったのを覚えている。
「カルアのいじわるぅ〜」
笑顔でロヤスちゃんが駄々をこねるようにカルアにもたれかかる。俺はもともと料理をするのが好きだが、この2人と料理してると違った料理の楽しさを感じることができた。この2人は初めて出会った頃は料理なんてほとんど出来なかったのだが、今では(特にカルアは)俺と同じぐらい上手くなっている。大したもんだと思う。俺達はそんなやり取りを繰り返しながら早めの昼食を作り上げた。
料理をつくり終えた俺達はB−室に戻ってレインに今作り上げたばかりの料理1式を渡した。それをもって出て行ったレインはなぜか少し残念そうだった。だがスグにその理由はわかった。よほど暇だったのか?机の上に造りかけのトランプタワーと灰皿いっぱいの無煙タバコが残っていた。
俺達はそのトランプタワーを壊さないように話をしていたが、どおにも帰って来ないので、それを壊して『トランプ賭け』をやることにした。結構熱中してやっていて、レインが昼飯を食いにB−室を通った時、俺はすでにロヤスちゃんに2グリ(1グリは100ロム、1ロムは100ケル。ちなみに1ロムでソフトアイス1個買える。)も負け、カルアにも30ロム負けていた。
俺達も昼飯を食うためにいったん賭けをやめ(もっとも俺の頭はそれどころじゃなかったが)、セイを起こしにいった。が、どのC−室にもいなかったので、俺達は調理場にむかった。思ったとおり調理場では一人もぐもぐと飯を食っているセイがいた。どうやら、少し元気になってきたみたいだ。酔い止めが効いてきたのかもしれない。俺達もセイと一緒に昼食を食べた後、セイを連れてトランプ賭けに戻った。レインは自分の分と一緒に客の女のほうに食事を持っていったので、ゲームには加わらず4人で再びゲームを再開した。―ロヤスちゃんには悪いがなんとしても取り返さなくては!俺は燃えていた。
休憩を挟んだが、セイも入ったことによりゲームは白熱して数時間のゲームが数分に感じた。俺はなんとかロヤスちゃんの負け分を50ロムまで減らすことに成功し、カルアには負け分を返上して70ケル勝ち、セイにも10ロム勝った。それにしてもロヤスちゃんの強さには驚いた。
ガガガガガ…
『まもなくホスピート…ホスピートに到着します!危険な惑星です。気をつけて!…着陸の体勢を整えて下さい。まもなくホスピート。目的惑星です。』
機械とは思えない女の声のアナウンスがスペーサー内に響く。どうしてアナウンスは女性の声が一般的なのだろう?やはり綺麗だからか?そんなどうでもいいことを考えながら俺はもとの席についた。
『到着します。ホスピート…登録危険度《☆1》の観光惑星です。着陸態勢に入ります。』
あぁそうだった。危険度《☆1》だったな。賭けで大負けしなかったことが俺の頭を安心させきっていた。
「えー、では着陸しますので皆さんしっかりとシートに座って下さいましたでしょうか?くれぐれも歩き回ったりしないようにお願いいたします。」
レインの声がアナウンスと同じようにスペーサー内に響いた。
「えーでは、ベルトをしっかりしたものとして―ホスピートへの着陸軌道確保!只今から着陸する!」
第8話【SubTitle】「Touch&Go」
ズゥゥウーーンという大きな音とともに重力が強く戻ってくる。重力発生装置ができたといってもごく最近の話で、まして旧型のスペーサーにそんなに高性能の重力発生装置はついていない。スペーサーの揺れが静まるのを待って立ち上がる。T−Ballより少し重力が弱く感じるがほとんど変わらない。
外に出てみての感想だが、ひどく蒸し暑い。辺り1面には真っ黒な岩と生気を失った木、真っ赤な液体がボコボコとわいている大きな穴が広がっている。ずっと何かが焦げているような臭いが立ち込めている。全員がホスピートに降り立ち、必要な荷物と道具類を降ろし終えた後、ロウフ夫婦の夫が思いついたようにレインに話しかけた。
「自動安全入れとかなくていいのか?」
自動安全状態(正確には安定自動運転装置作動状態)、基本的にスペーサーに取り付けられている機能で、読んで字の如くの装置を作動させた状態だ。自動安全状態ではスペーサーは空中に浮上し、必要があればその場からさらに上空に上がったり、安全な空域まで移動したりする。通常これを作動させると、最低30分は降りてこない。センサーがそのスペーサーに登録している人が下にいることを確認後、そのままの状態が30分継続してからスペーサーが降りてくるという仕組みだ。
「しかし、それをしますと万が一の場合…」
「大丈夫ですよ。社長さんがいるじゃないですか?それに『セーブロープ』を持っていけばいいんですよ。」
なぜ、そんなに詳しいのか?自動安全のことは別に不思議じゃないが、セーブロープはドリーマーでもあんまり使わない。淡々とそう言う女を訝しげに見て、レインが疑問を口にする。
「セーブロープですか?ですがあれはドリーマーでもなかなか扱いが難しいですよ。ロウフ様達は…」
「できない…とでも?大丈夫です。セーブロープは使えますから。」
女がレインの言葉を遮って答えた。レインは暫く、なぜ使えるのかを聞きたそうにしていたが何もいわずにスペーサーの乗り込み口に向かった。
「では―」
その声に向かって頷くロウフ夫婦。そう言ってスペーサーの乗り込み口付近のボタンを押すレイン。まるで俺達に指示を出しているレインのようだ。レインが離れてしばらくすると、シューという音を立てながら俺達をこのくそ熱い惑星に連れてきてくれた時代遅れのスペーサーSH300は、空中に浮上しそのまま動かなくなった。自動安全状態にはいったのだ。
実際にここの惑星に立ってみないとわからないと思うが、いろんな意味でココはやばい…脱水症状やら危険生物との遭遇なんかもそうだが、あんまりにも暑すぎると人は冷静な判断が出来にくくなるらしい(イライラするとか)。だが、そんな不安を感じさせない頼もしいはずの仲間が(これは別にやばくもないが、単にウザイ)バカに変身していた。
「もぅ〜、セイっち見すぎ〜!」
胸のところを押さえながらロヤスちゃんがセイに背を向ける。
「大丈夫だよ〜!全然かっこいい!カッコイイ!」
セイは親指を立てて満面の笑顔だ。俺達は全員この暑さに耐えかね、ほとんど下着(パンツとTシャツやらタンクトップ)になっていた。ロヤスちゃん達もほとんど下着(水着にT−シャツやらキャミソール)姿で、その姿はバカを召喚するのに十分刺激的なものだった。
「このエロガッパ!ドリーマーなんだからもっと紳士的になりなさいよ!」
別にドリーマー全員がそういう訳ではないが、まぁこの場合こいつを止めるのに他の言葉でも特に変わりはないだろう。俺はかばんの中から『エアジェネ』を2個取り出し、セイに渡した。エアジェネは鼻と口だけを覆うタイプの空気洗浄器でこういう空気の悪い場所では重宝する。
「大丈夫、お前には紳士的だから。」
セイは言葉どおり丁寧にエアジェネをカルアの手に乗せる。
「どういう意味よ…」
この星の暑さの原因は、近くに光り輝く恒星があるというわけではない。それどころか、この星にはT−Ballのように近くに太陽がないせいで空は暗く常に夜といった感じだ。
暑さの原因は別のところ、俺達が立っている(スペーサーで降り立った)この場所のスグそばの大きな穴、そこにはボコボコ煮えたぎっている真っ赤な液体がある。この惑星にはこれと同じ『マグマホール』と呼ばれているものが何千箇所とある。大きさもばらばらでそれほど大きくないこの星の気温を上げるには十分な数だ。
「こぉの〜!ど変態〜〜!!!」
この追いかけあっている2人のせいでこの星の気温は通常よりも上がっている気もするが…
ロヤスちゃんにエアジェネを渡しながら、元気いっぱい駆け回る2人の光景を見つつ、俺もエアジェネを装備した。
「おい、やめろ〜!―ったく、このくそ暑い中でなんであんな元気なんだよ―…えー、ではこれよりホスピートでのベンチャーを始めますので。私の後ろに着いてきてくだ―」
レインがそこまで言った瞬間、すぐ横の『マグマホール』から大きな蛇のようなものが飛び出してきた。「それ」は体を震わせて真っ赤な液体をあたり一面に撒き散らした。撒き散った液体はあたりのどす黒い岩を焦がし、この星独特のすでに枯れているような大きな植物を燃やし溶かした。
そこから現れたのは、体は蛇のように長く、分厚いうろこはどす黒い赤、頭は鮫のような容をしており、顔の大きさに不釣合いな目があたりをギラギラと見回している。この星の特有生物、性格はきわめて荒く、知性はないに等しい、が獲物をとるためのすべは計算されつくしたような動きを見せる。肉食性の危険生物『ボアシャーク』!
「皆さん!早くココから―」
エアジェネをつけて少しくぐもったレインの言葉を聞きつけたのか、ボアシャークはその黒い目を俺達に向けた。
やばい!
やばい!!
俺達は移動に用意しておいた『ボールカー(1人乗り仕様)』に乗り込んだ。
「逃げるぞ!全員俺について来い!」
レインの声が通信で各カーに送られた。さっきまで追いかけまわっていたセイとカルアも乗り込んだところのようだ。
「ズシャアーーー!!」
口から凄まじい威嚇の声とマグマが飛び散る。
「キャァーー!」
「何だよ!こいつはー!」
「とにかく逃げるしかないわよ!」
ロヤスちゃんの悲鳴、セイ・カルアそれぞれの狂ったような声が流れてくる。
ドーン!
ボアシャークがマグマの湖から出ていた半分?ほどの長い体を、俺達の乗っているカーの前に倒れこませた。
「くっそ!こいつ、俺達のこと喰うつもりかよ!?」
「決まってるでしょ!」
セイとカルアの口論の中、レインの声が再び指示を出した。
「バカ野郎!とにかく回れ、後ろから逃げるぞ!」
俺達は全員、とにかくレインの言ったとおりにカーをUターンさせた。俺は1番後ろにいたため全員のカーの動きを見ることが出来たが、客のロウフ夫婦この2人のカー捌きが異常なくらいうまかった。(中級ドリーマーのレインは別として、初級ドリーマーの誰よりも早くUターンした)
俺もそこそこカー捌きには自信があったのだが、俺がUターンする前にこの2人の顔がすでにこちらを見ていた。そしてなぜか、この2人の顔を見た時、(この事態で、しかもエアジェネをつけているから表情はわからないのに)ロウフ夫婦は笑っているように見えた。
俺はその3人よりもUターンをするのが遅かったが、1番後ろにいたためとりあえずは先頭にたっていた。
「レイン!どうする?どう逃げたらいい?」
「その前にあるでかい岩の左に行け!その後は、とりあえずまっすぐだ!」
切羽詰った感じの声。やる気が感じられないことが多々あるレインの声が、事態のやばさをさらに際立たせる。
「ジョアーーー!!」
さっきよりも変な叫びを上げながらボアシャークがマグマから出た体半分をはいずらせて迫ってくる。
俺がレインに言われた通りの道をたどると通信にレインの声が入ってきた。
「あっ!違いますよ!そっちじゃありません!―くそっ!おいっ!お前ら4人は俺の言った通りの道をとれ!後ろの奴等はわかると思うが、俺はちょっと用事が出来た―いいか、危険でも《☆1》だ!お前ら4人で協力してとりあえず逃げとけ!スペーサーは自動安全状態にしてあるから、今は乗り込めない。後で連絡する―」
そう言って通信は切れた。後ろを見たが、見えたのは俺と同じ初級ドリーマー3人が巨大な口を開けた鮫に追いかけられている姿だけだった。
第9話【SubTitle】「予定」
ピー
誰もいない部屋に無機質な機械音が流れる。狭い部屋の中は所々黒ずんだ白い壁と大きな窓。大きな窓は4分割され、窓のすぐ下には様々な機械と、運転するためのレバーのようなものがついている。レバーの前に1つ、その両隣に2つのしっかりとした移動椅子が置かれている。窓からは真っ黒な空が水平に見え、黒い岩、赤く大きな穴、腐ったような木々が見下ろせる。
『伝言です。通訳します。―映像の取得に失敗しました。』
機械からでる女の声と同時に、一番左の窓が真っ暗になり文字が打ち出される。
『どうも、先日お電話したようなのですが。あぁもしもし、わしらは何か頼んだのでしょうか?頼んだのでしたら、申し訳ないのぉ。思い出させてくださらんか?覚えとらんのじゃよ。いつ頼んだのかも、都合がつけば連絡を下され。―おじいさん、名前名前―わしらはロウフというものじゃ。』
ところどころおかしな通訳が老人の声と老婆の声を使い分けて部屋内に響く。響いた声はそのまま文字として1番左の窓(今は黒い画面になっている)に打ち出された。通訳がおかしいのはこちらの型が古いためであるが、映像の取得に失敗したのはあちらの電話が古いためであった。それでも、遠く離れたこの星まで通信できるというのがこの時代の宇宙科学の進歩を物語っている。
『通信終了します。』
ピーという音とともに黒い画面だった窓は元に戻り、またもとの風景を映し出した。履歴として打ち出された相手の電話番号が書かれた紙がパサリと床に落ちた。
レインの言った通りの道をとり、俺達はまだボールカーをひたすら走らせていた。長い体をくねらせながら大きな口を開け、奇妙な声を出していたボアシャークからはもうかなり離れていたが、ボールカーから出たところでどうすることもなく、とりあえず俺達はキャンプを目指していた。
「こっちでいいのか?」
黒い岩が徐々に大きくなり、谷のようになった場所を通りながら俺は通信機に向かって話した。
「…オッケーよ。そのまま後1キロぐらい行ったところだと思うわ。」
少しの沈黙の後、しっかりした声で返事が返ってきた、カルアだ。
「それにしても、レインはどうしたんだ?」
後ろにいなかった俺はレインの言っていた『用事』がなんなのか、全くわかっていなかった。さっきまでは運転に集中していたため聞くことを忘れていたが、ボアシャークの心配もなくなった今俺はその疑問を口にした。
「ああ、なんかあの客が勝手に違う道に入ったんだよ。それで、レインがそれを追いかけていった。」
セイがただそれだけだという感じで答える。
「俺達は行かなくてよかったのか?」
「よかったんじゃない?―あっ、そこ右ね―レインも、後で連絡するって言ってたし。」
「しゃちょーは大丈夫だよ!中級さんだしね。」
別にレインの身を心配するわけじゃないが、着いていきなりアクシデントという初めての事態に、俺は少し戸惑いを感じていた。俺以外の3人は前にも体験したことがあるのか、予定にないこの事態に妙に落ち着いている。自分が何もできなかった初めてのベンチャーの時を思い出し、苦笑いをして右にハンドルをきった。
ドーーーン!!
後ろで落石のような振動が起こる。カーを止めて振り返ると何か大きな塊が俺達を分断していた。前を走っていた俺とセイ、後ろに着いてきていたカルアとロヤスちゃんの間にうずくまるその塊は、黒い崖の上から転がってきたようだ。何かわからなかったものがむくり、むくりと起き上がる。
―最悪だった。
体長は熊と同じぐらいで、顔には赤く丸い目が6つ、大きく裂けた口からは気持ちの悪い煙が吐き出されている。ひし形の顔には耳も鼻もなく、さびた鉄のような色の歯が煙の中から垣間見える。腐った植物の蔓のようなものが毛むくじゃらの体から出ており、4本足でこちらに歩いてくる。
―それが4匹。
集団で狩りをし、どんな劣悪な環境でも生き抜くことが出来る。
珍獣ブックの『死の生物(デスアニマル)』に分類されている凶暴なモンスター。
―『バルハンター』だ!
「またかー!」
恐怖のあまり笑ってしまったのか、それともこの状態でも余裕なのか。セイの半笑いの声が流れてきた。
「ばか!笑ってる場合じゃねぇだろ!―カルア、ロヤスちゃん、後でキャンプで落ち合おう!―逃げるぞ、セイ!」
「おっ、おお!?―ロヤスちゃんまた後でねぇ〜」
カルアの「あたしには?」という声と、ロヤスちゃんの「う〜ん!」という声を合図に、俺達はボールカーのアクセルを踏み込んだ。
ブォーーーン
ほとんど全開でアクセルを踏み込んでいるのに全く縮まらない距離。進む道はどんどん複雑さを増し、いつの間にか、枯れ果てたような木が乱立する森のような場所を走っている。それでも、前の2台は一向にスピードを緩めようとせず、むしろスピードを上げているようでどんどん離れていく。
「お客様!危険ですよ、そろそろ止まりましょう!何が現れるかわかりませんし!聞こえているならスピードを緩めて下さい!」
レインの諭す様な声を通信で聞いているはずなのに、前の2台はスピードを緩めるでもなく、返事すら返してこない。
―はぁ〜何考えてんだか…
レインは木々の間をするすると抜けていくロウフ夫婦を見てため息をついた。
ドゴッ…
―ん?
ドゥルッ…
―やってくれる…
いくらアクセルを踏んでも進まない。そうこうしているうちにロウフ夫婦は見えなくなってしまった。また1つため息をついて、レインはカーのエンジンを切り、外に出た。綺麗に髭を剃った顎をぼんやりと触りながら、手のひらで長い髪を掻き上げる。
「うぜぇー…」
1人用のまあるい車、いや転んでも大丈夫なバイクといった方がいいだろうか。そのバイクのたった1つしかないタイヤに、枯れたような木の枝が無数に絡まっている。辺りを見回すと、タイヤに絡まっているものと同じふにゃりとした枝が散らばっている。どうやら気づかないうちにそれらを踏みすぎてしまったようだ。
「…まぁ、いいわ。」
タイヤに絡まった木の枝を引きちぎり、レインはボールカーのドアを開けた。詰め込むように押し入れていたかばんを取り出し、その中に手を突っ込む。そして硬く薄い正方形の板を取り出すと、それについていたボタンを1つ押した。真っ白だった板には地図が現れ、赤く点滅する点が8つきらきらと光っている。もう1度ボタンを押すと、さっきよりも細かい地図が、動かない赤い点滅を中心として現れた。ボタンを何度か押し、地図には3つの赤い点滅とより細かい地形の情報などが記された。1つは地図の真ん中で止まったまま点滅しており、残りの2つの点滅はその点滅から逃げるように移動している。レインはボタンの近くについていたカーソルキーを押し、その逃げる1つに合わせると、2つ目のボタンを押した。するとその点滅に※マークが付く。もう1つの点滅にも同じように※マークをつけると、レインはカーのバックミラーの上部にそれを設置した。
「ふー、とりあえず連絡でも取っとくか…」
レインはエアジェネをはずし、ポケットから取り出したタバコに火をつけると、もう1度かばんの中に手を突っ込んだ。
「はっはー、なっ?うまくいっただろ?」
たくましい髭を生やした男の声。バックミラーにレインのカーの姿がないことを確認して男が豪快に言う。片方の大きな腕でカーのハンドルを操り、もう片方で短く切りそろえた頭をさすっている。
「あんたもたまにはやるじゃない。流石『ハンサムビル』ね。」
笑いながらビルと呼ばれた男のことを誉める女の声。すらっとした細面で痩せ細った猫のように見える顔、黒く長い髪を後ろで束ねている。
「おやおや、誉めてくれるとはな。マーテル、上機嫌じゃねぇか。」
「ふふっ、たまにわね。それよりも、とりあえずここまでは完璧だわ。この後も予定通りやるわ。調子に乗りすぎてへましたら只じゃおかないわよ。」
マーテルと呼ばれた女は冷静に男に釘を刺す。
「オー、怖エー怖エー」
元ロウフ夫婦は予定通り動き始めた。
第10話【SubTitle】「関係」
ネブリー暦317年。
まだ宇宙という存在が認識されていなかった頃、真っ先にその存在を認識し、そして学会で発表したネブリー・カスタムという学者がいた。彼は昔から好奇心旺盛で、嘘をつかないということで有名であった。悲劇の学者ネブリー・カスタム。彼は嘘をついたことがない。しかし、真実が全て受け入れられるとは限らない。しばしば真実は大衆の意見に左右される。
もちろんそのような突拍子もない考えも同様に、学者の身を破滅へと追いやるだけだった。
「我々の住んでいる世界、これは複数あるうちの1つの世界であり、我々の住んでいるのは丸い大地なのである。」
―丸い大地、複数ある世界
当時の人々にはこの考え方は出来なかった。
自分達の住んでいるものがいずれ『惑星』と呼ばれるものとして認識され、それと同じものがこの世界には複数存在している。それはつまり、自分達以外の存在を認めることと同じであり、得体の知れないそんな『もの』を受け入れることができるほど、当時の人々は精神的にも、技術的にも進歩していなかった。
それでも、もちろん学者は言い張った。なぜならそれが自分の使命だと思ったから。
「我々はもっと外に眼を向けるべきである!すばらしい世界が我々には与えられているのだ。それを見ない振りをしたところで、いずれは盲目の者にも見える世界が来るのだ!」
学者ネブリー・カスタム彼の悲痛な叫びとともに、彼の最初で最後の偉大な学説『惑星』は葬られた。
それから200年後、つまり今から117年前、彼の学説『惑星』は違った意味で注目される。
カルアとロヤスちゃん達と分かれた俺達は、足は速いが持久力のない2匹のモンスターから逃げきり、合流地点のキャンプにたどり着いていた。大きなドームの周りには特に危険そうなものもなく、赤黒い地面が広がっている。俺達はドームの中には入らず、入り口手前の大きな階段のところに座り、2人のレディと1つの連絡を待っていた。
ここに着いてから、何もしてないせいか、えらく時間が経ったような気がする。そう思って腕時計を見たが、まだ着いてから5分と経ってないことがわかった。
「ピース!」
そう呼ばれてセイの方を見ると、こちらを向きポケットからオレンジに光る小さな飴玉を取り出していた。
―きた!
ニッっと笑ってセイがそれを黒く固い地面に投げると、飴玉が割れて空気がゆがむ。この飴玉は『連絡玉』、誰でも「扱える」反面ドリーマーしか「使えない」。連絡手段は電話でもいいのだが、今回これにしたのは、電波の問題だろう。ポケットから『ポート』(携帯用の電話)を取り出し電波を確認すると、やはり『不』となっている。
―小さな飴玉の上の空間に、半透明のレインの姿がぼんやりと現れてきた。
連絡玉がドリーマーしか使えないのは、扱いに特別な技術が必要だからではない。特に、送る側ではなく受ける側がドリーマーでないと使えないのだ。その秘密はライセンスリングにある。
―ずいぶんはっきりと3Dのレインの姿が現れてきた。その映像の左足の下のところに時間が記されている。N317,April,20,16:48
腕時計を見ると、今は午後4時56分を指している。どうやら少し前に送られていたものらしい。連絡玉に詰め込める容量はせいぜい3分程度、そして同じ連絡玉は2度と使えない。連絡玉は送る際に相手のドリーマーのライセンスリングの番号を入力しなければいけない。そして連絡玉は買う際にそれぞれ個別に1つのリング番号を登録するため、間違うことはない。つまり、送る側は適当に誰だかわからないドリーマーに通信を送ることは出来るが、受ける側はライセンスリングを持っていなければ連絡玉で通信を受け取ることは不可能なのだ。
『あー俺だ…』
いつも通りのやる気のない声。なんか妙にだるそうだが、とりあえず危険な状態(ボアシャークに追いかけられてバルハンターと鉢合わせ、なんていうこと)には程遠い感じだ。
『ちょいとミスった。合流するのは遅くなるかもしれんから、お前ら勝手に観光しててくれ。』
この星で観光か…「粋な事を言う人だなこの人は…」そう呟きながら隣を見ると、セイも「同感」という仕草をした。
『とりあえず俺はあの夫婦をとっ捕まえて、その時にまた連絡する。』
どうやらまだ例の夫婦に追いついていないようだ。レインから逃げてどうするのか?あの夫婦に対する新たな疑問が沸いてきた。
『…あぁ、心配したかもしれんが俺は無傷だから。』
「いまさらかよ!」という俺とセイの同時ツッコミをさらりと流し、やる気のない半透明の3D映像は淡々と続ける。
『この星のことはお前とピースでよく調べてるだろ。だから注意すべきこと、ものには気をつけろよ。もしも今それぞれがばらばらになってるんなら―』
おっ!重要なことだ。全員バラバラってわけじゃないが、2つに別れてしまってるからな。これからどうするかの参考になる。
『―より気を付けろ。以上!』
「「馬鹿かー!!」」
近くにあった石を拾い、長身で金色の長髪をなびかせる映像に投げつけた。もちろん当たるはずもなく、スカッという音も立てずに2つの赤い石は映像の向こう側へ転がった。投げた石とは関係なく、ジジジという音を立てて連絡玉から出ていた映像が消え、元の赤黒い地面だけの風景へと戻った。
俺の持ってる連絡玉も1つだけオレンジ色に光っていたので、内容を確認するため地面に投げた。もしかしたら違う内容が入ってるかと思ったが、違ったのは時刻だけで、後はセイの内容とほぼ同じだった。
「あーだめだー。レインはほんっとにダメダメだー。ロヤスちゃん達大丈夫かのぉ〜」
言葉では心配しているようだが、態度は全くそう見えない。レインにしても、それだけ信頼しているということだろうか?セイは階段に横になって寝っころがった。
「カルアもついてるから大丈夫だとは思うが…確かに心配だな。それにしても、レインのあのしぶとさは見習うとこなのかどうなのか…」
俺はかばんの中からホスピートデータファイルを取り出しぱらぱらとめくった。
「おいおい、今更そんなもん見てどうすんだよ。」
階段に寝っころがっていたセイが少し頭を持ち上げて言う。
「ん?まぁ暇だからさ。今から動いて逆にはぐれたら厄介じゃん。だからさ、ちょっと見落としでもないかなぁ、と思ってさ。」
「ふーん、ないと思うけどね」と言って、セイはあくびをかみ殺す。まだ寝たりないのか?この男は。
「ああ、そうそう。このスペースバーンの起こった原因知ってるか?」
パラリと次のページへ目を移しながら話す。俺はこの話をするのが大好きだ。なにか未知のものに触れるような気がして。
「まーた、その話かよ。何回も聞かされたから知ってるよ。あの言葉を言ったせいだろ?」
セイにはこの話をするのは初めてじゃなかった。でもそれはあんまり関係ない。その事に関してあーだこーだと予想しあうのが楽しいのだ。カルアとロヤスちゃんには、まだこの話をしたことがなかったので今2人がいないのが、急に寂しくなった。
「…あの、えーと何だったけか?」
「カルア〜、まだ〜?」
かなり疲れた幼い感じの声が通信機を通して聞こえてくる。
「おかしいな、もうすぐのはずなんだけど…」
地図を見ながら走っているのに、待ち合わせのキャンプに一向に着かない。「もうっ」エアジェネをはずした口からため息が漏れる。カーにはすでに空気清浄機がついているため、付けるだけ邪魔なのだ。
「ねぇカルア〜」
「何?もうすぐつくわよ。」
少しイライラとした感じで答える。周りの岩肌が真紅に変わり、初めに降り立ったところのものよりは少し小さいマグマホールが見えてきた。ここまではほとんど1本道だった。何ヶ所か曲がり角はあったけど、崖でも上らない限り今とは全然違う場所に行き着くことになる。地図では確かにこの辺にキャンプがあるって記されてるんだけどなぁ、と思いながら辺りを見回す。
「そうじゃなくて〜」
1本道を抜けた開いた場所には、さっき見えた中ぐらいのマグマホールと腐ったような木が乱立する林、それから崖の壁に洞穴がある。地図を見ると、開いた場所からは林を通り抜けて行く道が1本と洞穴がトンネルとなっているように見える。
「ここが…バニッシュボーンだったんだね…」
地図から目を離し、その声の出た方に目を向ける。カーの中から見える景色は、文明など発達するはずのない荒れた赤黒い大地。その景色に不似合いな1台の文明の結晶の中からは、この星には似つかわしくない幼い少女のような顔がこちらを見ていた。
「あの人…生きてるかな?」
その少女の声はいつもと違い、少し悲しげで、少ししっかりしたものだった。質問に答えずに、地図に目を戻す。どうやら洞窟を抜ければいいみたいだ。
「ねぇカルア…」
「大丈夫よ!」
繰り返される言葉に返事を返して洞窟の方向にカーを進ませる。
「あの人は、生きてる。だって夢があったじゃない、口癖のように言ってさ。いつも私らに語ってたんだから。」
本当は思っていないことが口から出てきた。「生きているはずがない」というよりも「生きていて欲しくない」。こんな場所で生き抜くなんてことは、ほとんど不可能であるし、生きているとしたらそれはあの人にどれほどの苦痛を味合わせているだろう。ただの地獄ならば仲間がいる、でもここは誰もいない孤独の地獄。
「…口癖かぁ。そういえば忘れてたね。私…ロヤスまだ真似できるよぉ!」
洞窟に入って行く前のカーに続いて、カルアに甘えた声を送る。
「―おっ、思い出した。」
セイが階段から起き上がりこちらに向く。
「宇宙の外側ってどうなってるの、だろ?」
同じ時にロヤスもしっかりとした口調で誰かの真似をする。
「宇宙の外側ってどうなってるのかな?」
そして、また同じ時。もともと光の少ないこの惑星で、暗くひっそりとした小屋の中、フードをかぶったその者の口からも同じ言葉が放たれる。
もはや叶うはずのない希望を、ただの口癖のようにポツリと、
「…宇宙の外側って…どうなってるんだろ…?」
N317,April,20,17:00,惑星ホスピート。色で例えるなら紫色。確実に体を蝕むような嫌なにおいのする空気。別の場所で別の考えを持つ3人の口から放たれた疑問の言葉。その言葉を発する意味は違えども、3者の口から放たれた紫色とは違う空気の流れが、ひっそりと繋がっているのををまだ誰も知らない。
第11話【SubTitle】「雨」
『異例の判決!
今月8日、異例なまでの速さで決まった判決は、ビンキー・メル被告を『惑星流し』に処すというものだった。先月10日、被告は『惑星責任』の罪でドリーマー裁判にかけられたのであるから、1ヶ月足らずのこの判決は稀に見る厳しいものである。しかし、事件の内容を考えると、この判決は妥当であると言わざるを得ないかもしれない。当事件の内容は以下の通りである。
先々月18日、SP(スペースプロテクト)隊は、惑星ロチアからの緊急避難信号を感知した。すでに知られている通り、惑星ロチアは危険度《☆5》に登録されている惑星である。通常、危険度《☆5》の惑星には立ち入ってはいけないこととなっているが、立ち入るものを咎める者はない。それはつまり、各々の責任として認識されるのである。
しかし、今回SP隊は被告の緊急避難信号を感知し、被告の救出に向かった。なぜSP隊は救出に向かったのか?その理由は、被告が特級ドリーマーだからであった。被告は特級ドリーマーであり、その惑星の危険を十二分に承知していたはずである。
「本当に愚かなことをしました。反省しています。今回の事件を引き起こした原因はすべて私の責任であり、明確な目的もなくロチアへと降り立ったことによる甚大なる被害。そして、そんな私の緊急避難信号を受け入れてくださったSP隊員の皆様、ご家族には本当に申し訳ありません。」と、被告は全面的に罪を認めている。
もちろん、被告を助けるためにSP隊員は全力を尽くし、多くの勇敢な隊員が命を落とした。
「彼女は以前から危険を好む性格がありましたからね。いずれこのような大事になるかもしれないとは思ってたんですよ。」と、被告の知人は以前からの危険性を話している。
今回の事件の事件に関わった裁判官らによると、
「今回の事件は非常に胸が痛みました。筆記していく内容は凄惨そのものでした。」と、H・S・ビル一等書記官。
「非常に興味深い事件でした。なぜ彼女のようなものに特級ドリーマーの資格が与えられているのか、理解できません。」と、マート・タイル裁判官。
また、当裁判に居合わせた裁判官の中には、「もう少し軽い刑でもよかったのではないかと思います。確かに残念な事件ではありましたが、まだ考慮すべき点も多々ありました。検討の余地を訴えてみたいと思います。」と、この判決に不満を残す老裁判官もいた。おそらくこの意見は受け入れられないだろうが、このような意見もあったということをここに記述しておく。
異例の速さでの判決となったが、やはりこの判決は妥当であったのではないだろうか?そして、被告が惑星流しにされる惑星は、バニッシュボーン(正式名称はホスピート)という名の惑星とされている。(日時は不明)
N314,July,9 エンター新聞』
ファイルから取り出した小さな記事。旧型のDC(データコンピュータ)で引き出した3年前の記事。とりあえず、ホスピートという単語さえ含んでいればなんでもいいや的考えで引き出した資料の中にこれがあった。全ての資料に目を通す訳ではないが、この記事にはなぜか目がいった。
適当に引き出したデータであるから、もちろん意味のないデータも多数混ざっている。その中で大まかに目を通し、ベンチャーの目的惑星に関する資料ファイル、そして今後のための簡易版データを作り上げる。その際に、どうでもいいような関係のないデータは廃棄される。
この小さな新聞記事も同様に白紙再生機に入れられるはずだった。だが、今こうして俺の手にしているファイルの中にそれは存在している。
―バニッシュボーン
この惑星の別名称。ほとんど知られていない(カルアは知ってたけど…)その名前を知ったのはこの記事のおかげだ。3年前にあった事件で、特級ドリーマーが被告という珍しいものだ。
―でもその割には扱いが小さいよな
そんなことを思いながら俺は隣で寝っころがっているセイに目を移した。宇宙の外側についての熱い(セイは少し乗り気じゃなかったけど)討論の後、セイは退屈そうに本を読んだりしていたが、それももう飽きたのか、今は退屈そうに指で連絡玉を数個まわして遊んでいる。どの飴玉もオレンジ色に光ってはいない。レインからの連絡の後、何の連絡もなく1時間が過ぎようとしていた。
キャンプではセイが指で飴玉を回し、ピースがファイルに挟まった小さな新聞記事にわずかな興味を持っている1時間前、カルアとロヤスはポケットの中でオレンジ色に光っている飴玉のことなど気にも留めず、合流地点のキャンプを目指してボールカーを走らせていた。地図を見た限りでは洞窟を抜けて道なりに進めば、キャンプへと着くはずだった。
「ねぇねぇ〜、今の似てたでしょぉ?」
しっかりとした声で真似をしたのに、今はもういつもどおりの甘え声に変わっている。
「はいはい、似てたわよ〜、あの人のかっこよさがよく出てたよ。」
軽く流すのはその話題を遠ざけたいから。カルアもロヤスも、この話は2人の時しか話さない。それでもやはりこの話は2人とも出来るだけしないように避けている(特にカルアは)。
「でしょ〜!もう1回会いたいなぁ〜」
「そうだね。」
暗い洞窟の中は狭く、カーが1台で通るのがやっとの大きさだ。特に長いトンネルでもなく、分かれ道もなかったので2人は迷うことなく進めた。トンネルを抜けると、そこもまた少し開けた場所だった。しかし、さっきの場所とは決定的に違うところがあった。
そこにはマグマホールがなかった。そこには枯れた木のような林もなかった。崖に洞窟もなかった。ただ岩の塊がところどころに小さな山のようになっており、道がいくつかに分かれているだけだった。
でもそれらは違いであって違いでなかった。もっと違うものが洞窟を先に抜けたカルアの目に飛び込んできた。
「…あれ?」
そこには明らかに人工的に造られたものがあった。しかしそれは彼女らの目指していたキャンプではなく、腐った木で作られた小屋のようなものだった。小屋の近くには古びて錆だらけの塊がある。その塊の入り口のような部分には、ドアのようなものがついている。
「カルア〜、何してんのぉ〜?暗いんですけどぉ〜」
後ろから(正確には通信から)甘えた声が流れてくる。目の前に広がったわずかな希望に呆然とし、カルアのカーが、ロヤスを洞窟の中に閉じ込めた状態にしていた。
「あっ、ごめん。」
そう言ってカーを横にどけると、ロヤスの乗ったカーも洞窟から出たところで停止した。
―誰かが…住んでる?
何の根拠もない安易な考えが2人の頭によぎる。この星にやってきた誰かが遊びで造って、そのままになっているのかもしれない。それでも、2人は頭によぎった希望を確かめずにはいられなかった。カーを降りると2人は何も持たずに、その小屋のほうへと走っていった。
フードの中から昔は綺麗だったであろう顔がのぞく。暗い小屋の中でじっとしているのには訳がある。1つには体力を消耗しないため、もう1つは諦めのためだ。
誰もこの星にはやってこない。もうどれくらいの時が経ったのか?そんなあいまいなことは好きじゃない。ここに来てから、いや正確には送られてからと言ったほうがいいのだろう。今日で2年と270日。何もやることがないため日にちを付けるのを忘れたことはない。もっとも常に空が夜のこの星にいては、正しいかどうかもわからないが。
指を見るとスカスカの指輪が、右手の5本全てにはめてある。
―懐かしい…
スカスカになった指輪と指の間にぬるく気持ちの悪い空気が流れる。小屋の中とはいえ、もともとこの星にあるもので適当に作ったのだ、外にいるのと変わらない。外にいるよりは幾分腐ったような空気が和らいだ感じはする。おそらくは慣れのせいだろうが。
―ずいぶん痩せてしまった…
なぜ生きているのか?そんなことに理由はない。ただ生きている。それが無性につらいことなのはわかっている。でもこんなところで死にたくはなかった。楽しかったことは思い出せない。いや、思い出さないようにしている。ここで生きていく勇気が消えそうになるから…
―今だったらダイエットの必要ないな…
何度も考えたプラス思考。動きづらくなった口元が少し緩む。顔には切り傷、擦り傷、打ち身、火傷。中には最近出来たものもあるようだ。頬はこけ、火傷の痕が無数のしわのように見える。
―どうして…こうなった?
バン!
大きな音を立てて扉が開く。今までこんなに大きな音を立てて扉が開いたことはない。
―風がこんなに強く吹くのだろうか?
―この星で雨が降るのだろうか?
―ついに、限界が来たのだろうか?
扉の方向に目をやると、戸口には2人の少女が立っていた。見覚えのある少女達。髪の毛は乱れ、顔には2筋の雨粒がつたっていた。
第12話【SubTitle】「過去」
―どうしてか?…私が今ここにいる理由?
何度も抱いた疑問には明確な答えなどない。自分がここに送られることになったのは3年前のあの事件が原因だ。あらゆる新聞で大きく取り扱われるだろうと思っていた事件。しかし、実際には1面どころか取り扱っていない新聞もあった。もっとも、1番驚いたのはその事件の内容が全く違うものになっていたことだが。
N314,April,15,9:45
「もぅ〜!早く早く〜!」
無邪気な声。小さな体。まだ顔には幼さが残っている。少女は嬉しさを無理やり押さえ込むような声で、もう一人の少女を呼ぶ。
「バァカ、焦んなくても大丈夫よ!ほれほれ、どれかわかってんの?」
呼ばれた子も少女だろうが、少年のような印象を受ける。先ほどの子よりは少し背が高い。
――カルア、ロヤス
彼女らに会ったのは偶然だった。長い間眠っていた。目を覚ました時、記憶にある景色はもうそこにはなかった。
―冷凍冬眠
自分が眠っていたベッドの名前。ひどく冷たく、ひどく長い間眠っていられるベッド。14歳の時に私はこのベッドに入った。ある言葉を言ったから…
父も母も死んだ…と思う。自分はその場に立ち会っていない。私達家族は裕福な生活をおくっていた。少なくとも、私が物心ついた頃の生活は裕福だった。父も母もバリバリと仕事をして家族でいる時間が少ないということもなかった。父も母も私といつも一緒にいた。3人家族で暮らすにはあまりに大きな家。「おじいちゃんやおばあちゃんも呼ぼうよ」小さかった頃言った言葉に父も母も悲しそうな表情をしたのを思い出す。「きっともう死んじゃったんだ」子供心に思ったことを口に出さず、私達は3人で大きな家を暖めた。家の隅から隅までに温かさがあったように思う。4年前私が目覚めたベッドはあんなに狭くて、あんなに冷たかったのに。
私達はほとんど出歩かなかった。家ののなかの生活が多かった。それでも家は大きくて、たまに知らない人も来て、パーティーのようなものもした。そんな時、私は父母以外の誰とも目を合わせたことがなかった。父母の様子を見ていたが、父と母も私と同じだった。誰とも目を合わすことができずにいた。みんな恥ずかしがり屋だと思っていた。普段人と合わない分空に興味を持った。外には出られなくても、大きな庭で外の空気を吸って、夜空を見ることも出来た。次第にその興味はもっと上へと変わっていった。
「宇宙の外側ってどうなってるの?」
泡のように浮かんだ疑問だった。泡のように尋ねた声だった。それなのに泡のようには消えてくれなかった。しっかりと人々に記憶された言葉は、私に冷たいベッドをプレゼントした。
父も母も止めることは出来なかった。その言葉を思いついたのはきっと私だけじゃない。でも、私は思いついて口にした。大切にされていたから?可能性があったから?みんなが私達に申し訳なく思っていたから?そんなことはして欲しくなかったのに…
私の言ったこの言葉にたくさんの人々が反応した。この疑問に答えたものには、莫大な報奨金が与えられたから。私達家族は国によって保障されていた。それが私達の世界だった。だから、私達を侮辱する者、騙す者は、国によって罰せられた。とびきり重い罰で…
父と母とは話が出来た。私はその最後になるかのような意味がわからず、何度も何度も繰り返し聞いた。「これは決められてることなんだよ。これは光栄なことなんだよ。お前は大丈夫だ。しっかりしな。」父はそう繰り返す。「あなたの花嫁姿みたかったわ。何があっても私達がついてるから、あなたは強く生きなさい。」母はそう言って私にペンダントを渡した。どんな寒さにも負けない、木を使ったペンダント。中には父と母の写真が入っている。
私がベッドに入る前。溜まった疑問を1度にぶちまけた。「なんで、私達はこんなにもよい扱いを受けるの?私の知らないことを全部教えて!」と。そこにいた人達は申し訳なさそうに、「ベッドの中で眠ればお分かりいただけます」と言うだけで、何も教えてくれなかった。薄い青色の光に包まれたベッドはとても冷たく、横になっていろんな機械や針を体に附けられた。目を閉じると周りにあったはずの青い光も何も感じなく。力だけが抜けていった。ベッドの中で見ることになる悪夢を知らずに…
――怖かった…
なんでこんなことをされているのか?真っ白な空間、地面がどこなのかもわかりにくいくらい全てが真っ白。真っ白な空間に立っているが自分の体は感じない、見えるのは目の前に倒れこんだ人々とその人達の血で赤くなった床に立つ人々。
――やめてあげて!死んじゃうよ!
目の前にはうずくまりながら血を吐いている男の人、女の人。たくさんいる。中には自分よりも小さい子、おじいさんやおばあさんもいる。
――嫌だ!嫌だ!!嫌だ!!!
いくら叫んでも声にはならない。目の前の人たちはうずくまったまま何事かを呟いているように見えた。震えている?泣いている?………否、謝っていた。一番近くにいた男の人の声が聞こえる。
「ゴホッ…ごめんなさい…ごめんなさい…ハァ…ごめんなさい…ハァハァ…ごめ―」
何をしたのか?謝っている彼の腹を蹴り上げて笑う男。顔は見えない。しかし笑っているのはわかった。倒れこんだ人々の髪を引っ張り上げ殴る。何人かで囲んで蹴りまくる。裸にして笑いものにする。その行為をしている人、見ている人の笑い声が頭に響いてくる。泣きたい気分だった。目を瞑ろうとしても閉じることが出来ない。何もかもが嫌になった。
ひとしきりその映像が続いた後、真っ暗な空間が目の前に広がり、どこからか声が聞こえてきた。
『今お見せしたのは、あなたの一族に対してこれまで続けられてきた過去です。』
過去…自分の一族の?今見ていた光景がフラッシュバックし、困惑が頭だけでなく体から出てくる。
『誠に申し訳ありません。今から200年前に惑星という学説を発表した学者がおりました。名前をネブリー・カスタムと言い、あなた方の先祖に当たります。』
ネブリー…カスタム…
『彼の学説は偉大なものでした。しかし私どもの先祖はそれを認めようとしませんでした。彼の学説を異端とし、ついには彼を死刑に処しました。』
…ネブリー暦…ネブリーと聞いて頭の中に浮かんだのはその暦と、自分の名前だった。
『ですが悲劇はそれだけでは終わりませんでした…私達の先祖は彼の子供、親戚、血縁関係全てを迫害し差別しました。さきほどあなたにご覧頂いたのがその一部です。あなたにはとても信じられないでしょう…今の今まで、あんなにも大切に国からも守られていたのですから。あなたが産まれる前、ここまで変わったのは20年前に彼の学説が認められてからなのです。』
父と母も迫害を受けていた。おじいちゃん、おばあちゃんのいない理由も自分の思っていたのとは違うのかもしれない。父も母もあんな風に謝っていたのだろうか?
『本当に申し訳ないことです。なんとお詫びをしてもあなた方の顔をまっすぐに見ることはできません。そして今回、あなたは偉大なお言葉を口にされました。「宇宙の外側を知りたい」と。本当に申し訳ないことでございます。今の我々の科学ではそれは証明できそうにありません。あなた方の口にするすばらしい疑問、これを解明するのが我々に与えられた罪滅ぼしである、と我々は考えております。そして、「それ」が我々の発展にも繋がると。ご両親とは別れることになりますが、その後の保護はしっかりとさせていただきます。』
もうどうしようもない。私達は決められた世界でしか生きていけない。その気になれば私のわがままも通るのかも知れない。でもそれをする勇気がない。父も母も同じなのだろう。ギュッと握った手の中に温かい両親のぬくもりを感じる。
『我々を憎まないで……』
―憎い…憎い…憎い…
―薄れゆく記憶とは裏腹に、自分達をこんな風にした者達への憎悪だけが濃くなっていった。
憎しみだけで目を覚ました時から4年、私は18歳になっている。4年前目を覚ました時、全てが変わっていた。それから4年経ち、様々なことを学んだ。現代の常識からまめ知識まで、(私をこんな風にした疑問の原因、宇宙に関することは何一つ見ないことにしていたが)ありとあらゆるものを詰め込んだ。それしかすることがなかったから。憎しみはあってもそれを行動に移す勇気はなかった。114年前、その後の保護はしっかりするといっていた通り、生活に不自由はなかった。望むものはなんでも手に入った。嫌なことも、危険なこともなかった。でも持っていないものはあった。
……友達……
嫌気のさした生活に無理を言って外に出た。どこに行くともあてはなかった。すれ違う人全てが輝いて見えた。しばらく歩いたところで、ドリーマーという試験をやっている会場があった。付き添いの人が何人もついている外出などなんの面白みもなかった。私はそこに入っていき、試験を受けることにした。いろんな人(付き添い以外)に囲まれて試験が受けられると思った。
個室だった。
途中で試験を投げ出した私は外の待合室に座った。わからないわけじゃなかった。ただ面白くなかった。
その時、突然私の周りを囲んでいた黒服の付き添いに、彼女らが飛び込んできたのを今でもはっきりと覚えている。遅刻などは関係なかった。不可能はなかった。
「遅刻助けてくれたのはありがとっ!でも免許は、ドリーマーの免許は自分で取るからいい。」
彼女らは怒ってくれた。
「やったー!あんたが遅刻なしにしてくれたから受かれたよ〜!」
「ほんとにありがとぉ〜!…えっ!18歳?ごっ、ごめんなしゃ〜い。」
彼女らは喜んでくれた。
「そっか、そんな事情があったんだ…」
「う〜…そんなの辛すぎるよぉ〜」
「ばかっ、泣くんじゃないよ。ごめんね、こいつ泣き虫で。」
彼女らは泣いてくれた。
初めてだった…
自分望むもの以外をつくって、両親以外の誰かにあげるのは。
嬉しかった…
道具としてではなく、人として必要とされる喜び。
私は彼女らにスペーサーの免許をつくってあげた。今まで学んだ技術と知識を使って。
N314,April,15,9:48
彼女らはそれを持って私の用意したレンタル用のスペーサーを探している。私が今ここにいるのも彼女らの手助けによるものだった。行動力のある彼女らが好きで、自分もそうなりたいと思った。
「ほらぁ〜ミルクも早く〜」
ロヤスが後ろ向きに歩きながら、私の方を見る。
「へへ。いいなぁ、こういうの。」
憎しみなど忘れた。この2人にあってから、他の人に接するのも刺々しさがなくなったような気がする
「ん?」
小さく呟いた声にカルアが声を合わせてくる。聞こえなかった振りをしてにこりと笑う。本物のスペーサーの免許も手に入れることは出来た。でもカルアとロヤスはこれがいいと言ってくれた、別に遠出するわけじゃないからこれでいいと。
…でも…
……これが間違いだったのかもしれない…
第13話【SubTitle】「衝撃」
この星での生活はとても厳しいものだった。生きるのに必要なものはほとんど見当たらない。あるのは目に見えない恐怖だけで、それから逃げるように必死に生きた。
この星には見たこともない生物が住んでいた。彼らは私のことを勝手に家に上がりこんだ客として見なしたのか、餌として見なしたのか。どちらとも取れる泣き声をあげて襲い掛かってきた。
―彼らは生きている。この劣悪な環境で。ならば私も生きられるはずだ…そして、私は泣かなくなった
今までに学んだ常識などというものは捨てた。食料は見つかった。問題は水分だった。脳で常識を無視しても、体が言うことを聞かない。私は私を送ってきた箱を解体し、道具をつくった。空気中から幾分かの水分を作り出すものを。まずかったが生きることは出来た。それでも、時々生きることが無性に腹立たしく嫌になった。空腹と喉の渇きがそれをさらに増長させる。
そんな時はいつも右手の指についた指輪を見つめる。2年と270日前に手に入れた…5つの指輪。誰かのために行動できた、行動力のある彼女らの仲間になれた記念の品。父母のくれたペンダントと同じくらい大切なものだ。この星で唯一、いるはずのない彼女らと私を繋いでくれる気がしたもの…
床に座った私。傷だらけの私。痩せ細った私。フードで顔を隠し、ひざを抱え込んだ私。目を合わせない私。何も言わない私。信じない私。震えた私。
「痩せたね…」
……彼女らもここにいた…
始まりは順調だった。予約しておいたスペーサーにも(私が予約したといっても、名義はカルアだったから)問題なく乗ることが出来た。顔は隠していた。今とは違う理由で。どこにでも行ける気がした。
「う〜ぐぅ〜……」
隣にはロヤスがかわいい顔をしかめて何か唸っている。前ではカルアが運転席に座り、目を輝かせながら窓の外を見ている。もっと大きなスペーサーでもよかった。でも自動車型が運転しやすいということでそれにした。最新型のLH200、移動にしか適さない自動車型の中で4人が寝ることが出来る装備がついている。カルアたちに内緒で(彼女らは私に遠慮することが多々あったため)、ありとあらゆる装備が付いたのに変更しておいた。
「………ふぅ…抜けたぁ。」
隣で唸っていたロヤスがため息をつく。
「なんか挟まってた?」
「え〜!?アハハ、違うよ。大気圏を抜けるのがちょっと苦手なの。」
テヘッという感じ舌を出す、どこかで見たような女の子の仕草で照れるのが心の中に何か恥ずかしいものを感じさせる。
「ねぇ〜カルア〜。私もう大丈夫だから代わってよぉ〜」
運転席の後ろから顔を乗り出してカルアに話しかける。
「何言ってんのよ。もうちょいやらしなさいっての。あんたはミルクと話でもしてな。」
「ぶーぶー」
「ほら、事故るから顔どけて。」
頬を膨らませたロヤスがこちらに押し戻される。軽くいなすカルアのさばさばした感じ、ロヤスのかわいい仕草。彼女らのやり取りを見ているだけで満たされた気持ちになる。
「ミルク〜カルアがひどいよ〜」
「仕方ないよ。時間はいっぱいあるし、ゆっくり楽しも。」
それからカルアの運転が終わるまでいろんな話をした(もちろんカルアも話しに加わって)、恋愛の話、ドリーマーについて、夢について、2人の出会い。一緒にいるだけで自分もその物語の中にいられた。運転がロヤスに代わってからも話は尽きなかった。
「ねぇねぇ、どっか降りてみようよ!せっかくだしさ!ねっ。」
ずっと変わらない景色に飽きたのか、ロヤスが思いついたように言った。私もカルアもこれに賛成し、近くの名前も知らない惑星に降りることにした。一生忘れられない名前になる…運命の惑星……『ロチア』に…
運転はカルアに代わっていた。
惑星に降りる時は通常事前にその旨を国に届けておかねばならない。それによって、国からの保障が決まる(危険度《☆5》以外は)。
―もちろんそんなものを知っていればこんなところに降りることはなかった
「何?……ここ?」
降り立ったと同時にカルアが恐怖の混じった声を上げる。何かを恐れて小さくひそめた声。目の前には深く濃い霧、何も見えない。黒い霧ならばまだ恐れも少なかったかもしれない。でも、白い霧だった。
「いやぁーー!!」
ロヤスが私の肩に顔をうずめて悲鳴を上げる。目の前の白い霧が赤く変色している。すぐに元に戻ったが、それはずっと前に見た冷たい夢の中に出てきたものだった。
―血だ!
「カルアー!!逃げるよ!!!」
肩で顔を隠し震えるロヤスの肩を抱いて、呆然としているカルアに声をかけた。カルアの前のガラスは1面真っ赤だった。それでも、これまで出したことがないほどの大声に自分も驚いたが、カルアの止まっていた体もビクッと上下した。
ドン!
車体が揺れる。何かがぶつかった衝撃。ロヤスが私の肩を握る手にいっそう力が入る。
「カルア!早く!!」
カルアが出発しようとアクセルを踏んでいるのも、運転席についているボタンを押しているのも知っていた。でも、それを言わなければ冷静さを保っていられない自分がいた。
「やってる!やってるよぉ…」
半分べそをかきながら答えるカルアの声にいつもの元気さがない。そうだ、彼女らは15歳なのだ。私が、私が守ってあげなければ。
ドン!
車体の揺れとともにガラスにひびが入る。そのガラスにはまた赤い液体が付く。私はロヤスをうつ伏せに寝させ、後部座席から身を乗り出して、緊急チャンネルを入れた。
「助けて!変な惑星で襲われてるの!早く!!誰か来て!!」
ドン!
2トンの車体を揺らせる衝撃の後に返ってきた答えは、私達の心など簡単に破壊できるはるかに大きな衝撃だった。
『誰か知らんが、その惑星に入ったのはお前達の責任だ。そんな危険なところには助けに行けん。残念だが、諦めてくれ。ルールを無視したお前達が悪いんだ。』
「キャー!!」
カルアの叫び声。天上がつぶれかかってきている。おそらく車体の色は真紅になっているだろう。
「私は、ネブリー・ミルクです!嘘だと思うなら電話して聞いて下さい!!電話番号は9841−6741−56371です!!」
自分しか知らない番号だ。これで信じてもらえなければどうしようもない。きっと助ける。そう思った。
『はぁ〜?何言ってやが……』
バン!
通信が切れた。おそらくメインエンジンが壊されたのだろう。ミシミシという音を立てながら変形していくLH200。外に何がいるのか?かろうじて血の付いてない窓から見えるのは、時々赤くなる霧しか見えない世界。
隣でうつ伏せでうずくまっているロヤスの体を抱きしめた。震えている。右手をそのままに、左手でカルアの頭に手を伸ばす。震えていた。
バキッ!
ドアがはじけ飛ぶ。
「「もぅーやだーー!!」」
カルアとロヤスの泣き叫ぶ声。でもそれに答えたのは予想していた奇声ではなく、優しい声だった。
「大丈夫。さ、早く。」
その手は優しく私達3人をつかんで大きなスペーサーのところに連れて行ってくれた。その人があんなに濃い霧の中どうやってスペーサーまで行ったのかはわからない。でも、安全に私達を抱いていってくれた。背中にロヤス、左腕でカルア、右腕で私と、1人で私達全員を運んだその人は少し微笑んでいた。
「ごめんね、こんな抱き方で…」
と言いながら。そういえばその人の指にも指輪があった。
その後私は彼女らに嘘を言って裁判を受けた。『ビンキー・メル』と名を変えて。1つには私のようなものが裁判に出ること事態がおかしいということだったので、無理に受けるというのを通した結果だった。もう1つに、彼女らに知られたくないということもあった。
次に私をなぜ助けたのか、これは私、ビンキー・メルが特級ドリーマーであったということで決定し、今私がつけている指輪もその時に装着するように言われたものだ。カルアとロヤス、それに自分達を助けてくれた人も同じものをつけていただけに、これは嬉しかった。彼女らに貰うことは出来なかったが、自分が彼女らの役に立っているということが形として実感できた。
―何の問題もなく終わるはずだった。
幸運にも死者は出ていなかったから、特級ドリーマーが調査をして少しSP隊の手を借りた…というシナリオで、情状酌量…のはずだった。
―私はここにいる?
渡されたものを一気に飲み干す。乾いていた体がスポンジのようにそれを吸収し、それはすぐに外に出ようとする。
私の口にした疑問に彼女らは黙って頷いてくれた。
「痩せたね…」
カルアは小さく聞こえるか聞こえないかのように話しかけた。自分はロヤスのようにはできない、その思いの代わりにぎゅっと握った手に力を込める。
「……綺麗になったでしょ…」
握り返す力もないのか、それとも握られることを望んでいるのか。その人は傷だらけの細い指を優しく絡ませるだけ。
「うん!前よりも…衝撃的!!」
ロヤスは指で涙を拭きながらその人に笑いかける。その人の小さくぎこちなく笑う顔に、生傷が痛々しい。ロヤスは持っていた水を渡した。
「それじゃあ…行くよ!」
カルアは思いっきり扉を開けた。声を出すのがこんなに楽しいと思ったことはない。不意にその人が話しかけてきた。
「……………泣い…て………いぃ?」
少し驚きながら微笑んでカルアとロヤスが頷くと、乾いた肌に濡れたような後が出来た。
第14話【SubTitle】「悪ふざけ」
ザッ!ズザーーーー!
前かがみに片手を付きながら態勢を立て直す。吹き飛ばされた体を支えるために広げた足で地面を削ってゆく。顔を上げると、1人の男が立っている。俺達はその顔を知っていた。
「ちっ!」
セイが立ち上がって男を見据える。大きな腕、短く切りそろえた髪、でっぷりした顔にはたくましい髭が生えそろっている。男は今しがた突き出した拳をゆっくりと戻す。
「あんた何すんだよ!?大体レインからも逃げたって聞いてるし!」
男の名前はロウフ・ショージン…のはず。だがさっき逃げたもう1人の女は違う名前を言っていた。確かビルとか何とか…
「おめでたい連中だ。ま〜だ、俺達をロウフだと思ってやがるのかよ…まぁこんなちんけなキャンバスじゃ仕方ねえか?」
笑いながらそういう男の右の手に、あったはずのない輝きが見える。レインからの連絡通り、俺達は先に見つけたロウフ夫婦を捕まえようとした。捕まえるといっても相手はもちろんお客様。俺達は失礼のないように、(なぜか、ボールカーから降りていた)お客様に話しかけようとした。その途端にこの現状だ。訳が分からない。――お客様、悪ふざけはいけませんよ〜…さ、予定通りの観光にうつりましょう。」セイがロウフ夫婦にそういって近寄ろうとした瞬間に男が俺達に襲い掛かってきたのだ。その大きな体からは想像もつかないすばやい動きで、俺達を吹っ飛ばすほどのパンチを繰り出してきたのだ――
「いやいやいや、じゃああんた誰よ?」
睨むのをやめたセイが男に問う。女は男にじゃあねとなにやら意味ありげな言葉を残して、赤黒い岩で囲まれた茶色い蒸気の中を、薄いシャツをまとっただけの姿で消えていった。
「お前らに言う義務はねぇだろ?とりあえず、お前らにはここで俺達の用事が終わるまで、俺の遊び相手でもしてもらうよ。」
そう言うと男の姿が消えた。いや、目で追えなかっただけだった。ドンという音とともにセイが俺の方に飛んできた。セイを受け止めるように体を横に向ける。
ザザッ!
倒れないように足に力を入れると、地面が削れた。
「おいおい、しっかりしろよ。お前らもドリーマーだろ?これじゃあ弱い者いじめになっちまう。」
セイの体を横にやりながらふぅと息を吐く。やれやれ、ドリーマー2人相手に何考えてんだか。セイも同じことを思ったらしく、眉をしかめている。
「しょうがない…か?」
「しょうがねぇな。とりあえず、1発は殴らせてもらう。」
小さくため息をついてセイに尋ねると、セイは拳を握り締め悪魔のような笑顔で答えた。
ブゥーン…
1人用のボールカーに2人で乗れば、きつきつなのは分かりきっていることだ。カルアとロヤスはどちらがきつきつになるかで少しけんかをした。狭くなるのが嫌だったわけではなく、逆にきつきつになるほうの取り合いだった。結局ジャンケンで決めようということになり、結果ロヤスが勝った。
地図ではまもなく合流地点のキャンプに着くはずだ。そしたらピースとセイにも彼女を紹介して、楽しくパーティーでも出来たらいいなぁとカルアは思った。もはやここが危険度《☆1》の惑星で、ベンチャーでここに来ているなどということは忘れていた。とりあえずキャンプに着けばある程度の設備がそろっている。ドリーマーでなければ入ることが出来ないキャンプドーム、彼女はその存在を知りなお入ることが出来ないことを知った時、どう思ったのか。それを考えると胸が痛い。彼女の指には5つの指輪があった。でもそれだけじゃドリーマーとは認められない。登録の際には特殊な紋を目に焼き付ける。彼女はそれをやっていない…やっていたなら、キャンプに入っていただろうし、こんなに傷だらけの理由もない。
「カルア!あれ!右前方!」
通信機からロヤスの声が聞こえてきた。幾分いつもよりしっかりした感じだ。ロヤスの言った方向に目を凝らすと茶色い蒸気の中から1台のボールカーがこちらに走ってくる。後ろのほうに何かを引きづっている。
「誰かな?なんか引きづってるけど…」
近づいてくるカーの中が分かってきた時、突如そのカーが発砲してきた。ボールカーに唯一ついている武器、レインやピース、セイでもそんな悪ふざけはしてくるはずがない。ダダダダッと地面に当たった弾により土煙が出る。
「なっ、コラッ!何すんのよ!」
「カルア、一応お客様…」
「馬鹿!攻撃してきた時点でお客様じゃないわよ!?」
カーを左右に振りながら弾をよける。すれ違った時に、はっきりとその女が笑っているのが見えた。こっちの通信の声も聞こえているはず、なぜロウフ夫婦の妻の方が私達を?
依然として後ろに回った女の乗ったカーから弾丸が飛んでくる。
「マート……タイル…!?」
上ずったミルクの声が通信から聞こえてくる。マート・タイル?……
バムッ!
「カルア!」
カーのハンドルが勝手に動き、カルアは急いでブレーキを踏んだ。ガリガリという音を立てながらカルアの乗ったカーが回転する。
「大丈夫!」
女の乗ったカーは満足そうにブルルッという音を立て止まった。後ろに引きづっているものが何かは分からないが、小刻みに震えている。エンジンの止まったカーの中から女が出てきた。自分達と同じように薄い服を着た女。セイが見れば目をハートにするだろう。すらっとした手足は長く、後ろで束ねた黒髪がこの星独特の空気でたなびく。エアジェネをつけた顔は細く、猫のような目でこちらを見て確かに笑っている。女はカーの中から通信機を取り出し声を出した。右手の指がなにやらきらきら光っているのが見える。
「あらあら、初めに会った時は2人組みだったと思いましたけど。そちらのお方はどなたかしら?」
後ろを見るとロヤスたちもこちらに向き直り止っている。カルアは通信機に向かって叫んだ。
「あんた誰よ!大体初めっから怪しいと思ってたのよ!もう1人の大男は?レインはどうしたのよ!?」
耳に指でふたをしながら、カルアの叫びを聞いている女はまた笑って言った。
「フフフ、面白い娘ね。もう1人の男はあなた達のお仲間のところかしら?社長さんはどこかしらね、知らないわ。それにしても―そうそうあなたよ―思ったより予定が進むのが速いわ。」
女は細い指をロヤスたちのほうに向けて猫のような目を細めた。後ろを向くとロヤスと一緒にいるミルクは体を震わせている。
「ビンキー・メル…いいえ、ネブリー・ミルクさん。まさか生きていたとはねぇ…フフ、でもいいわ。私にあなたの持ってる指輪をいただけるかしら?」
―指輪?こいつ、なんで指輪のことを?
「…嫌よ!指輪は渡さない!あなたなんかに!」
―ミルクのことを知っているし、ミルクも…こいつを知ってる
「せっかく『Vanish・BORN』って言う名前を付けてあげたのに…ちょっと残念だけど――力ずくで頂くわよ。」
―この声、『Vanish・BORN』……思い出した!
ミルクがバニッシュボーンに送られた(正確には送られる)と聞いたのは、私達がT-Ballに戻ってからすぐのことだった。
ロチアから戻った時、奇跡的に私達は無傷で病院のベッドに寝ていた。私達はロチアにいた時の記憶をほとんど思い出せなかった。何度も何度もロヤスと話し合ったが、思い出せたのはミルクが必死に私達を助けようとしてくれたということだけだった。
無傷だった私達はすぐに退院し、ミルクに会いにいった。でも、ミルクに会うことは出来ず、「ごめんなさい。今は少し会えないけど、もう少しすればすぐに会えるわ。私があなた達に代わって今回の事件の後始末をしといてあげる。私はあなた達よりも年上だから、でもその時は私を誉めてね。」と書かれた紙を門番に渡されただけだった。そして、それからミルクに会うことは出来なくなった。
何度も会おうとした。その度に門番に見つかり追いかけられた。どうやら、私達がミルクを連れて行った時から警戒を強めたようだった。でも、何度も繰り返しているうちに、屋敷の中に忍び込めるようにはなった。そして、ある話を聞いた。
「彼女は送らせてもらいますよ。とりあえず候補はいろいろ挙がってますが、送る惑星の名前は決めてますの。」
「ほう…なんという名で?」
「Vanish・BORNですよ。…いかがです?」
「Vanish・BORN……なるほど、なかなか面白いですな。」
送られる?惑星に?バニッシュ・ボーン?私達はその時その場から全てを否定するように逃げた。時間が経つにつれ何のことかは分からなかったことが、大体理解できるようになった。ミルクは送られたのだ。私達の罪をとって…いたたまれなかった。手紙の内容はそういうことだったのか…
そして、私達はミルクがバニッシュ・ボーンに送られたことを誰にも言わずに封印した。誰かに言えばミルクは助かったかもしれない。絶対に助けると思った。でも、誰にも言わなかった。私達のやった大きな罪だ。忘れられるようなものではない。惑星図鑑やDCでバニッシュ・ボーンという惑星を探してみたが、そんな惑星は登録されていなかった。だからせめて、きちんとしたキャンバスに入って1流のドリーマーになることを決意した。きっと生きてると信じた。思えばそれらはただ自分達の罪悪感を違うもので埋めようとしていたのかもしれない。何を言っても言い訳にしかならないことは分かっていた。でも―
――ミルクを助ける、彼女が言っていた疑問もその時に解いて教えてあげようと心に決めて…
―あの時の声だ。私達がミルクの屋敷で聞いた女の声。ミルクをこの惑星に送るといっていた声。
今その声の主はロヤスたちの方にものすごいスピードで向かっていた。カルアも同じぐらいのスピードでその直線上に入り女の前に立つ。そのスピードに薄い服がひらひらとはためく。
「あらっ?あなたには用はなくてよ。」
女はカルアの前で止まると、不思議そうに目を見つめた。自信のある目。今自分の目の前に立っているのがドリーマーだということを分かっていて、冷静に判断できる目。
「ロヤス!スペーサーにミルクを連れていきな!こいつはあたしが捕まえとくから!」
女から目をそらさずカルアがロヤスに叫ぶ。その直後にブゥーンという音がなりロヤスがスペーサーに戻っていったのが分かる。ロヤスはいつもカルアを信じた。だからこの時も言われた通りにスペーサーのほうに戻った。カルアと女にいかに力に差があるかを知っていたとしても、カルアにそう言われたから…
―うーん、まいったな……ここどこだよ?
レインは道に迷っていた。フロントガラスの上部に付けた白い板で※印をつけた赤い点滅が2手に別れていた。先ほどまで片方は動いていたが、もう両方止まっている。よほど複雑な道を通ったのか、2人組みのいる場所まで近づいては行き止まりが続いていた。そんなことをしているうちにまたバカな鮫に襲われ、レインは今2人組のいる場所からかなり離れた場所に来ていた。
「………」
タバコを1口呑むとなんとも心地よい空気が肺に流れ込む。スゥーと息を吐き出すとレインは再び地図に目をやり、今までとってきた道を頭の中で反芻し最短経路を割り出した。
―まあ、すぐ追いつくだろ…なんか知らんが止まってるし
レインはハンドルを握り、アクセルを踏み込んだ。
第15話【SubTitle】「名前の由来」
生温かい風が頬をなでる。その風に乗って赤黒い土煙が俺達と男の間を流れる。俺の右側には、アロハシャツのような派手な柄のシャツにピンク色のハーフパンツ。茶色いつんつんした短髪とすらっとした高い鼻が特徴的な顔立ちで、きりっとした眉の下に落ち窪んだ蒼い目が光る男。いつもはへらへらしているセイが真剣な目つきで前を見据えている。
確信したことがあった。相手の攻撃を受けた時、相手の右手を見た時…今目の前にいるのは(今は違うかもしれないが)ドリーマーだ。でなければ、俺やセイを吹き飛ばすほどの攻撃が出来るはずがないし、あんなに早く動けるはずがない。
「どうしたい?来ないんならこっちからいくが?」
男が挑発するように笑う。俺は走り出そうとするセイの前に手を出しそれを止めて言った。
「あんたに聞きたい…なんでこんなことを?俺達に勝てるとでも?」
「答えたくはねぇが、後の質問はイエスだな。」
俺の手をどけて走り出そうとするセイの手を引っ張りながら俺は質問を続ける。
「イエスだとして、その後どうする?」
「あんたらの宇宙船をちょちょいと拝借して帰らせてもらうよ。もちろんあんたらは抜きだがな。」
セイの手を離した。先ほどの男の動きよりもはるかに遅いスピードで、男に向かって走っていく。セイが男の手前まで近寄った時、セイの体はまた俺の右側に、否、俺の右側を通過し後ろの赤い岩の塊に激突していた。ガラガラと崩れてくる破片をふるいながら、セイが俺の隣まで黙って戻ってきた。
「痛いぞ…」
「そりゃな。」
この男は相手のことを何も分析せずに向かっていく(女の子の前では特に)。その男の率直なコメントに相槌を打ち、俺達は目の前に立つ男に全力で向かうことを決意した。ほんのゼロコンマ数秒で済むこと、でもまあ相手が一般人ならやる必要はないし、やっちゃいけないこと。
俺達は目に力を入れた。
――自分ではなかなか見れないが、何度か鏡の前でやってみたことがある。目が熱くなってきたかと思うと瞳孔の中に紋が現れるのだ。星型の紋。紅い紋は細い線で書かれたようなか細いものだが、それはドリーマーにとって絶大な意味を持つ。『才紋』、今ではドリーマーになれる才能を持ったものにだけ与えられる紋として広く知れ渡っている。才紋を開いたドリーマーはライセンスリングと相乗してその身体能力が膨れ上がる。それ故、ドリーマーになるにはきちんとした思慮と力のあるものが選別される。ドリーマー人口は増えてきてはいるが、(レインは反対の事を言っていたが)大抵は見習いドリーマーの時点でやめていくものが多いのだ。
体が軽くなる。力も湧いてくる。10メートルほど前で笑っている男の目の中にも同じ星型の紋があるのがはっきりと見える。俺達はその場で2、3度軽く飛び跳ねると、思いっきり足で地面をえぐった。今度は先ほどの男と同じぐらいのスピードで距離を詰める。あっという間。それが正しいのかどうかは分からない。でも俺達は男の目の前まで行った時、男の姿を見失った。ビシッという衝撃とともに後頭部に軽い痛みが伝わる。片手を地面について前転し振り向くと、男が指を4本前に出した感じで立っている。男は俺達の間を通って後ろに回りこみ、軽く小突いたようだった。
「おいおい、2人なんだから。もっと俺に勝つ気でこいよ。」
男が指を戻すと、右の指に3つのライセンスリングが光って見えた。
「上等だ…」
セイが俺の横で土煙を上げる。次に土煙が上がったのは男の左側、次に後ろ、そしてセイが姿を現したのは男の真上だった。男は前を向いたまま上空から振り下ろすセイの拳をふらっとよけ、左手を突き上げる。それだけでカウンターとなった男の左拳がせいの腹部に深々と突き刺さる。セイの顔が苦痛にゆがみ、エアジェネの下で歯を食いしばっているのが見える気がする。串刺し…セイの体は男の左腕によってのみ支えられ、への字に曲がる。その状態からセイは男の顔をめがけて、左足を振り子のように振り払う。それと同時に俺は、こちらを向いて笑っている男に突進する。その拍子に派手な色の塊が中を舞い、俺の目の前に飛んできた。
ドサッ!
セイの体を受け止め、しりもちをつく。俺達は飛び上がると、男との距離をとる。約5メートル。俺達が一瞬で間合いを詰めることができる距離は3メートル程度。俺の左で、腹を押さえて深呼吸しているセイに話しかける。
「どうす―」
視界から男の姿が消える。ぽんぽん、と肩をたたかれる感触。背筋が凍る。振り返りざまに俺が右、セイが左で渾身のストレートを繰り出す。途端にぐりっという音と共に拳が動かなくなる。俺達の拳は男に捕まれていた。頭の中で考える。この状態から動けてかつ有効な攻撃。俺は捕まれたままの右手をその場に残し、膝を曲げる。腰の回転を意識して左腕を回す。狙いは男の脇腹、俺達の手を掴んでいるから防御には回せない。90度に曲げた肘の先の拳を強く握る。そのまま男の脇腹を突き抜けるように―
意識が飛ぶ。何か硬いもので顎を強打された。あまりの威力に体が宙に浮く。その浮いた体の真ん中に男は硬い拳をねじ込む。
ドーン!
俺の体は遠くの岩の壁に衝突しだらりと座り込む。男の右膝で顎を強打し、口の中からこの星の空気のような味が溢れる。顎を動かす。骨は砕けてない。指を動かす。意識もある。息を吸い込む。呼吸がしづらい。みぞおちに入れられたようだ。
ドゴッ!
1足遅れでセイの体も俺の隣に同じように座り込む。
「あのヤロー…オホッ…俺の右ミドルをそのままガードして、俺の右手つかんだまま片手で俺を投げ飛ばしやがった…」
セイはそれほど攻撃を喰らってないようだ。喋れるだけまだ余裕があると見ていいのだろうか。俺は立ち上がり、息を整える。大分マシになった。目も霞まない。にやけている男の顔をはっきりと見据えて、俺は男に近寄る…7メートル……5メートル…4メートル…詰める。
1瞬で男の足元に入り込み、右脚で円を描く。地面が削れて痕が出来、その痕は男の足首を狙う。男はそれを飛び上がり避ける。そのまま俺は腕に力をいれ回転を早める。飛び上がっている男の背中を狙って、後ろ回し蹴りの応用で左足を繰り出す。ミシッ、男の背中に俺の左踵が直撃する―当たった!―男はその衝撃で前の地面をすべるように倒れる。両手体についた砂を払いながら起き上がり振り返る。
「ハァ…どうだ!…ハァ、虹流格闘術(グラップル)其の5…ハァ…『蹴転』だ!」
振り返った男の顔はもはや笑っていなかった。しかし、怒った風でも、驚いた風でもなかった。エアジェネをつけていると、表情は伺いづらい。だが、馬鹿にしていた。男は背中を触ってこちらに体を向ける。タンクトップから突き出たでかい腕を軽く回し首を左右に振ると、男の体がまた見えなくなった。
俺の顎をめがけて大きなこぶしが上昇してくる。それを両手で受け止めると、そのまま体ごと持ち上げられる。そして男の左腕が俺の右頬を直撃する…チョップ?…地面に叩きつけられる体はそのまま動けないほど痺れた。
「どだい?波流格闘術(グラップル)『丈過』だ。」
男が俺の真似をして何事かを言う。聞こえづらい。鼓膜が裂けたのかもしれない。ぼんやりとした頭を持ち上げることも出来ず、俺は意識を失った。
「ゴホッ…ゴホッ!」
外れたエアジェネには血が付いている。両手をついて、四つん這いの格好で咳き込む自分。この星の臭い空気を吸っても何も思わない自分がいた。
「だからね。用はないって言ったでしょ?どのみち、あなたにはこの星で干乾びてもらうつもりだったけど、それは私達の用事が終わってからだったのに。」
女は困ったような顔をする。体と同様に細い指でカルアの顔を触る。その右手の指には4本の指輪がいやらしく光る。カルアの頬を流れる赤い血を触らないようになでながら、女は続ける。
「ほーら、綺麗だったお顔がぼろぼろじゃない。あなたみたいなかわいい子がドリーマーなんてねぇ。それに、ネブリーとどんな関係があるのかしら?」
―そうだ…この女はミルクを!
「あんたが…ゴホッ…ミルクをこの星に送ったんでしょ!…ゴホッゴホッ…なんでよ!?ミルクは―」
「ネブリー家なのに?」
カルアの言葉を紡ぎ、女が続ける。
「ネブリー家だからよ。あの子はね、邪魔だったの。彼女の一族は昔迫害されてた。でもそれから月日が流れ、逆に王のような扱いを受けるようになったわ。そして、彼女ら一族が言う言葉は甚だ重要性を持つようになったのよ。そして現在、『宇宙の外側』を探すために研究者どころか、国がそれに力を注いでいる。彼女らの言うことは絶対だったのよ。でも、もちろんそんなもの快く思うはずがないでしょ?彼女の一族は彼女が最後、彼女がいなくなれば全てまるく収まるの。次に彼女がどんな疑問を持ち、我々の未来を決めるのかっていう恐怖がなくなるのよ。すばらしいことじゃない?」
女はそう言うとカルアの腹部を蹴り上げ、首をつかんだ。宙に浮かされた状態で足をばたつかせる。女の細い腕をつかむとすごい力が入っているのが分かる。女はそのままカルアを、タイヤに穴が開いたボールカーに投げつけた。
「それにしても、どうしてあなたが知ってるのかしら?私がネブリーを送ったこと。」
女はにやっと目を細めカルアに近づく。全てを分かっているような声が、カルアに理解させた。
―こいつは分かってたんだ。私達が屋敷に忍び込んだこと。聞いていたこと。それで私達が苦しむことを
行き場のない怒りが煮えたぎる。ドンッとカーを叩いたところで生まれるのはカーが凹む跡だけ。何も解決はしない。終わったことだ…今はミルクも生きていた。みんなでミルク歓迎パーティをやるんだ。
「最期に教えてあげようか?どうして、この星がバニッシュ・ボーンなのか?」
睨み付けるカルアの目を見つめ、女は口を開く。
「『Vanish・BORN』…骨が消えるなんて意味じゃないわ。まぁそのほうが一般的に知られてるけどね。本当の意味はね、Vanish―消す―BORN―ビンキーorネブリーを―つまり、彼女を確実に消すって事よ。だから彼女が生きていた時は残念だったわ。せっかくのいい名前だったの―」
ぎりぎりまで近づいていた女の頭を飛び越え、後ろに回りこむ。右足を強く踏み込みこちらに振り向こうとする女の頚椎をめがけて左肘を突き出す―当たった―と思った。
女は逆立ちをしてカルアの肘打ちをかわすと、そのまま両足でカルアの体を蹴り飛ばした。しかし、吹き飛んだはずのカルアが近くの岩の塊に当たる音は聞こえず、女は後ろを振り返る。
めんどくさそうな顔をしてカルアの両肩をしっかりとつかみ、自分のエアジェネをはずしている男。エアジェネをはずすとそれをカルアに着け、自分はタバコを銜えた。男の近くには土煙とオーバーヒートしたような白い煙をたてているボールカーがある。めんどくさそうな顔をこちらに向け、瞑っていた目を開く。その目には静かな怒りの色が赤い星の紋となって現れている。男はカルアを岩の塊の陰にやると、口を開いた。
「…お客さん…割り増し請求になりますよ…」
レインはそう言うとタバコに火を点けた。
第16話【SubTitle】「Reverse」
「ダイジョーブ、ダイジョーブゥ。」
背中に温かなぬくもりを感じながらロヤスはボールカーのアクセルを踏み込んでいた。顔には笑顔が広がっている。
「ロヤス、ダメッ!戻ろう!」
背中のぬくもりを発している人物はさっきからこの言葉を繰り返している。傷だらけの顔には緊張の色が浮かぶ。
「だから〜その人は普通の人じゃないけど、ドリーマーでもないんでしょ?だったら大丈夫だよぉ。」
ロヤスがもぅという顔をして答える。カルアを置いてきた。それがミルクの気持ちを不安にさせている。でも大丈夫。カルアは強いし、何より私達に“捕まえるから、あんた達はスペーサーに戻ってな”と言ったんだ。
「ダメよ、ねっ。戻ろう!」
しつこくロヤスの背中越しにミルクは言い続ける。ロヤスはハハハッと苦笑いをしてハンドルを切る。
「戻りなさいっ!!」
いきなりの大声にアクセルを踏む足を少し弱める。片手で耳を押さえ、ロヤスは困ったように口を開いた。
「ミルクゥ〜うるさいよぉ。だから大丈夫だよ。普通の人なんでしょ?」
大声を出してしまった自分の姿に戸惑いを感じているのか、ロヤスの背中を優しく撫で、ミルクは小さくごめんと言って答えた。
「普通の人だけど…私の裁判の時に見たのよ。この指輪をつけて出た裁判で、私がこの星に送られることになった裁判…」
速度は緩まったが、窓からの景色は依然として同じ方向に流れている。ミルクは引き返す気配のないロヤスの背中を今度は違う意味で撫でる。
「え〜裁判?裁判って、そんなの受けてたんだぁ…その時に見たの?」
精一杯気にしてない振りをして尋ねる。初めて聞く真相。ミルクがこの星に送られたのはそんなことがあったんだ。3年前、カルアとあの屋敷に忍び込んだ時の会話を思い出す。私達はその事しか知らなかった。
「あいつはその時の裁判官よ!あの頃とは違ってたけど…」
「でもドリーマーじゃ―」
いきなりの急ブレーキにこつんと頭をぶつける。ミルクの豊満とはいえないが、カルアよりは膨らみのある胸がロヤスの背中にぷにゅっと柔らかく衝突する。積んであった道具一式がフロントガラスにぶつかり、カーの中は一瞬にしてごちゃごちゃになった。ロヤスはその性格からは想像できないスピードでハンドルを回すと、アクセルを大きく踏み込んだ。そして、一瞬止まっていた景色は逆方向に流れ始めた。
「ごめんね、ミルク。」
ロヤスは2つの意味を込めてその言葉を言った。1つに、いきなりの急ブレーキのこと。もう1つにすぐに自分が戻らなかったこと。ミルクが指につけている指輪。初め見た時は「なんでそんなのつけてるのぉ?」と聞いたけど、そういうことだったんだ。ドリーマーがつけるライセンスリング。ミルクはドリーマァ?そんなはずない。でもミルクがそれをつけて出たんなら…
―ドリーマァ裁判しかない!
ドリーマー裁判。裁判官、書記官、弁護士、検事、つまり傍聴人以外の全ての役職の人物は元ドリーマーで構成される裁判。ドリーマーを裁く際にだけ開かれ、それらの役職に就く人物は元中級以上のドリーマー。
カルアが危ない。心の中ではカルアが負けるはずないと思う。カルアが私達に嘘をついたことはなかったし。きっとあの女を捕まえてて、元の場所に戻ったロヤスを叱るんだ。心とは裏腹に、ハンドルを持つ手は湿っぽく、アクセルを踏む足は強くなってゆく。
ミルクは優しくロヤスの背中を撫でた。頭の中で、傷だらけの顔と流れてゆく景色を照らし合わせて目を伏せる。新しく出来た痛みは心地よい程すぐに引いたが、嫌な不安はミルクの頭に残ったままなかなか消えないでいる。2人の乗ったボールカーはもと来た道を戻り始めた。
臭い空気を吸わないようにタバコを呑む。タバコの味は悪くない。だがエアジェネをつけていないことで、幾分臭い空気も肺に入ってくる。おそらく鉄分、硫黄が多いのが原因だろう。有毒なことがない分まだマシか。一気に吸い込むと、見る見るうちに細いタバコが灰となって色を変えてゆく。吸い終わったタバコを捨て、目に力を入れる。目の前には細い体に、細い腕。後ろで束ねている黒髪がゆらっと揺れる。
さっきここにたどり着いたと思ったら、お客様が俺の部下をいたぶっている現状。2人組みだったはずのもう1人の男は消えてるわ、カルアは他のやつらとはぐれてるわで分からんことばっかりだ。
「お客様。とりあえず捕まえる前に聞いておきたいことがあります。」
紅い紋がレインの青い瞳の中で赤い星を形成してゆく。いつものやる気のない雰囲気を振舞っているが、押し殺しているようにしか見えない。
「あら?何かしら?」
女が何も分からないわという顔でレインを見つめる。
「お客様のご主人はどちらで?それと、そのカーの後ろにくくりつけているモノは何です?」
レインが見つめる先には女の乗っていたカーがあった。そのカーの後ろでなにやらもぞもぞと動いている。女はそのモノにチラッと目をやると何もないように答えた。
「フフフ…ヒ・ミ・ツです。それから、ご主人ね…フフ、ご主人はおそらくあなたの部下さんのところだと思いますよ。あの男の子達、スペーサーで酔ってた子と子供っぽい顔した子。」
―セイとアンチか…
「今頃あの男にぼろぼろにされてるかもしれないわ。ごめんなさいね。その子も、せっかくかわいい子だったのにねぇ。」
女はレインの隣で横たわっているカルアに目を向ける。エアジェネをつけた顔は血を流し、小さく呼吸している胸は今にも止まりそうなほどか弱い。
「…そりゃかわいいですよ。俺の部下なんですから。こいつらはまだガキなんで、なんにも知らないガキがお客様に何か失礼なことをしたのかもしれません。でもね―」
レインの少し怒ったような声を聞いて女は笑う。あなたも子供ねといっているように見える。
「俺はこいつらのボスで、ガキ大将なもんでね…正直、少しむかつきますよ。」
レインの長い金髪が揺れてその場から消える。レインが立っていた地面には足型の跡がくっきりと残り、土ぼこりを立てている。
「フフフ…ガキ大将―」
女はそう呟き手を前に出す。その途端に両腕をつかまれたレインの姿が目の前に現れる。
「―やっぱり、子供ね。」
捕まれた腕を振り払うように、下に引き抜き、右足を蹴り上げる。女はバックステップでよけ、すぐに間合いを詰める。
―右、左、右…
確実に目で追える。女は振り回すように握ったこぶしを左右に繰り出す。女の細腕からは考えられないような音が空を切る。レインは膝を屈めダッキングの応用でよける。不意に下からの攻撃がレインの目に入る。間に合わない。両手を顎の下に回し、女の膝を受け止める。信じられない威力。レインの体はそのまま上空にはじかれ、空中で1回転し、もといた場所に着地した。
少し痺れる手を握り締め、レインは再び足に力を込めた。さっきと同じようにその場には何もなかったかのように、土ぼこりだけが舞い、レインの姿は消える。女もその場に土ぼこりを起こし、消える。
赤黒い地面が広がる荒野のような場所にあるのは、黒い岩の塊と、枯れて腐ったような木々。突然その1つが倒れる。その木があった場所にはレインの拳がある。木が倒れきらないうちに女がその後ろに姿を現した。振りぬくような手刀。それが見えているかのようにしゃがみ込みかわす。そのまま後ろに重心をかけ、左肘を突き出し体重を乗せる。女の腹にそれがめり込むが、同時に女の左こぶしがレインの顔を捉える。
ドゴーン!
レインは前のめりに倒れ、女は背中を岩の壁に激突させる。レインは飛び上がると、壁に女の残した跡を見つける。口から血が滴り、地面の色と交わる。交わった部分はさほど変わらず赤みが少し増すだけ。口に溜まった土と血を吐き捨て、周りに目を凝らす。
―気配はある…だが速すぎる…
自分の周りでところどころから土ぼこりが起こっている。
―“グラップル”
どこかから声が聞こえる。その瞬間レインの腹部に激痛が走る。その瞬間には自分の横に、接するほど横に女がいたことに気づかなかった。女の左膝がレインのみぞおち部分にめり込む。その瞬間がスローモーションに感じるほどに、痛みは長く続いた。だが現実には膝がめり込んだ瞬間、レインの後頭部に女の裏拳が炸裂する。まさに炸裂弾のように、レインは悶絶しながらはじけ飛んだ。
ドン!
黒い岩の塊にぶち当たりレインの頭からカルアと同じように血が流れる。
「さすがガキ大将ですね、社長さん。私に攻撃を当ててくるなんて。」
女は腹部をさすりながら口を開いた。目の前で背中を向けて、岩の塊に打ち付けられているレインのことを無視するように自分の乗ってきたカーのほうに歩いていく。
「イタタタ…ゴホッ、ペッ…ロウフさん、どこに行くんです?…グラップルってことは、あんたやっぱりドリーマーですね…しかも中級以上の。」
女が振り返り目を細める。そこにはこちらを向いて笑っているレインが立っている。
「…ンフ。そうですよ、私はマート・タイル…『元』ドリーマーです。」
女が背中の土ぼこりを落としながら答える。
「マート・タイルさんでしたか…これはすいません。…ペッ…なんていうグラップルで?」
口をもごもごさせながらレインが尋ねる。ポケットから長い紐を取り出しそれを口にくわえ、金髪の髪を纏め上げる。
「鳥流格闘術『羽舞(ハム)』よ。フフフ、あなたも見せてくれるのかしら?」
女が余裕たっぷりにそう言いレインに細い目を向ける。髪を纏め上げたレインはその場で軽く跳ぶと、女の視界から消えた。その途端女に向かって無数の小さな黒い塊が飛んでくる。
―小石?
無数に飛んでくる石と砂に少し目を塞ぎながらレインの姿を追う。あらゆる方向から飛んでくる小石をうっとおしく手で払いながら女は後ろに飛び退く。女はその拍子に足を引っ掛け仰向けに転んだ。
―しまった!
女が足を引っ掛けたのではなく、レインが女の足をそっと蹴り払ったのだ。
―よし!
左足で女の足元をふらつかせた後、そのまま女の背中を蹴り上げる。女の体がへの字に曲がり、細い目がこちらを睨むのが見える。左足を思いっきり後ろに戻すと同時に、右拳を女の腹に打ち込む。空中で女の体は逆への字に曲がり、そのまま体勢を立て直そうとこちらに体を回す。勢いよく後ろに戻した左足の反動で、前転し、その勢いで女の横腹に頭突きを食らわせる。女の体が地面へと吹き飛ぶ中、女はレインの足へ蹴りを繰り出す。右足で地面を蹴り上げさらに回転をあげたレインの体はその蹴りを避け、両踵で女の背中に渾身の1撃を喰らわせる。
ミシ!…ジャリ…女の体が地面に打ち付けられ、女はうつ伏せのまま動かなくなる。
女の背中からバク宙で飛び退くと、レインは着地を失敗して座り込んだ。ベシャッという音が緊張感をなくさせる。
「…ふぅ…ハァ…虹流格闘術『四発(しはつ)』ですよ…ハァ…見れましたか?マートさん……ふぅ、疲れた…」
レインが少し休もうと仰向けになった時、音もなく起き上がった女が彼の方を睨みつけているのに、レインは気づいていなかった。
目の前に打ち倒されているピース。それでもまだピースのシャツ片手で掴み上げ、地面に打ち付けたり、殴ったりしている。1瞬でピースがやられた。男は片手で持ち上げたピースをキャンプドームへと通じる階段に向かって投げた。
―危ない!
ザッザザー
意識のないピースを受け止めに走り、何とか間に合った。子供っぽい顔とよく言われるピースの顔。男っぽい声に男らしい性格なのに、目が大きく長めの髪で女のような顔立ちが今は腫れまくっている。ピースの体をよいしょと階段の近くに座らせると、セイは改めて目の前の男に目を向ける。それほど大きくはない身長で、どっしりとした印象を受ける体つき。エアジェネをつけていても十分に分かる男の顔は大きく、黒い瞳の中に紅い紋が見える。
「あんたドリーマーか…でも、ここまで強いとは思わなかったぜ。」
「見かけで判断したかい?まぁ、『元』だがな。」
元だろうがなんだろうが関係ない。こいつは強い。目的もはっきりしねぇけど、このままじゃこいつの思うままだ。レインもこねぇし…どうしようもねぇ。セイはポケットに手を突っ込んだ。
「諦めたのかい?どのみちあんたらは動けなくなるまで俺にいたぶられるんだ。抵抗してくれたほうが俺もやりやすいんだがな。」
男は詰まらなさそうな顔をしているが、それはそれで面白いと思っているような口ぶりだ。男はゆっくりとセイに向かって歩き始めてきた。
「あんた中級ドリーマーだろ?俺は初級だ…でも初級でも中級に勝つことがあるんだぜ。」
いきなり自分に勝つということを言い始める男。やれやれといった風にビルは首を振りながら歩くのをやめた。
「才能の差。ライセンスリングは力を増幅させるだけで、たくさんつけてるのが強いとは限らない。俺はあんたよりも才能があるからさ。」
ポケットに手を突っ込んだままセイは冷たく笑う。男はフッと体を揺らすと、セイの横顔を殴り飛ばした。目で追えても、体がついていかない。ズサッッと地面に倒される。
「ブハハ!これで差があるのか。そうかそうか…わざわざ力をセーブして闘ってくれてありがとうよ。そのままセーブして負けてくれや!」
男はガハハハと笑うと倒れたセイの背中に足を置いた。セイはポケットから出した手を口に持っていく。今さら何をしても無駄だという言葉どおりの顔をしながら、男はセイの頭を踏んだ――のは赤黒い地面だった。
「おうおう、セーブしてくれねぇのかい?」
男は依然として笑うと振り向いた。つんつんした茶髪の青年。気のせいか目が優しくなったような気がする。髪の毛と同じ色の瞳に紅い紋。だがそれは通常の赤い星(5つ星)ではなく、赤い『6つ星』。
「あなたは…そうか。彼は…違う。」
セイは男と階段に眠ったように座っているピースを交互に見て独り言を呟いた。
第17話【SubTitle】「セイ」
「本名:セイ・モォーク 性別:MAN
年齢:20 クラス:初級ドリーマー
身長:173 体重:60
一言:セイと呼んで下さい。今回のベンチャーについて分からないことがあれば、俺に聞いてくれればなんでも答えられると思います!モットーはレディファーストです!」
ロヤスがボールカーのアクセルを踏み込んで戻っている間、ミルクは散らばった資料を集めて見ていた。今手に取っているのは今回のベンチャーのために作られたパンフレットのようなもの。各社員の簡単なプロフィールと一言、その横にはその社員の顔写真が貼ってある。さわやかそうな笑顔がこちらに向かって微笑んでいる。すらっとした顔立ちで、茶色の髪に茶色い目、たくましい肩の筋肉が少しだけ写っている。なぜかどこかで見たことがあるように感じさせるのは、その人懐っこそうな笑顔のせいだろうか。ミルクは、緊張しているように運転するロヤスに、少し緊張して話しかけた。
「ロヤス、セイさんってどんな人?」
ロヤスが不安になってしまったのは自分のせいだということは分かっている。きっとカルアが危ないのだろう。あの女が何者かについて、私は裁判官としか知らなかったけど、ロヤスは何かに気づいたんだ。でも、ロヤスはそんな不安を感じさせない調子で答える。
「セイっち〜?う〜ん…そうだなぁ…セイっちはね、ちょっとエッチで、とっても面白い人。でも外見と違って人見知りするの。ロヤス達と初めて会った時ね、全然話しかけてくれなかったんだよぉ。」
どんな時も、何気なく明るく話してくれる。ミルクはロヤスのそんなところに引かれた。自分よりも3つも下の子なのに、こんなにもしっかりしている。カルアとは違うが、ロヤスにもいつも勇気付けられる。
「でも、なんでぇ〜?いきなりそんなこと聞くなんて…もしかしてぇ〜」
ニヒヒとロヤスがこちらに顔を向ける。悪戯をするような子供の笑顔。久しぶりに見れたその笑顔に本当はとても嬉しく、抱きしめたくなるのを押さえ、ミルクは毅然とした声を出す。
「違うよ!私はただどこかで見たことがあると思っただけ、そんなんじゃないの。ほらほら、前見て運転しなさい。」
「やっ!」と目の前に迫っていた岩の塊を急ハンドルでよけたため、また集めた資料がばらばらと散らばる。「まったくぅ」という風にため息をついて笑うミルクに「ごめんなしゃ〜い」と言い、ロヤスはボールカーのハンドルを握り直した。急ごう、カルアに怒られる場所までもうすぐだ。
「ぐっはっっ…」
男は口から何かを吐き出す。血ではない。どうやら何か食べたもののようだ。大きな手で腹部を抑え、ゼイゼイと息を切らす男の肩は荒く上下している。男の目の前に立っているのは特級ドリーマーでもなければ、身の丈5メートルはあろうかというボアシャークでもない。立っているのは傷だらけの青年。確かに右の指には2つしか『リング』はなく、先ほどまではサンドバッグ同然だった青年がこちらを向いている。優しそうな目、高い鼻。どう見ても優男。自分よりも根性も、力もないと思われる子供。
「お前…ゴホッ…何をした?」
自分の方を見ず、手を握ったり、足を振ったりしている青年に向かって話しかける。話しかけると、青年はこちらを向いてまっすぐ目を見てくる。まるで自分のことをどんな人物か見透かされるような気分になる。覚えている限り…さっきまでのサンドバッグと決定的に違うのは…目。―目つきが優しそうに変わっただけでなく、目の中の才紋まで変わってやがる―青年は何も答えず、こちらを見続ける。
「そういや、才能がどうとか言ってやがったな。確かにさっきより力が上がってるのをみると、セーブしててくれたのかい?ガッハハハ、まあどっちでもいいがよ。これでちぃーたぁ殺りやすくなったぜ。」
息を整えると、男は強く地面を蹴った。赤い6つ星の紋に男の姿が映る。
―僕は…そうだ…
馬鹿正直にまっすぐ向かってくる男、おそらく見えていないと思っているのだろう。ものすごい突進力。上半身をかがめ、両手を広げて向かってくる。男の肩がセイの体に当たり吹っ飛ぶ。
「おいおい、どうしたい?そんなんで吹っ飛んでもらっちゃ困るよ。」
やはり大したことがないと分かって、否、正確には勘違いして低く大きな声で高笑いをする。
―この人は…しょうがない!
セイの目つきが変わる。
―気持ちを切り替えるということは大事なことだ。割り切るもの、守らなければいけないものは自分で決めるのだと誓った。
男の高笑いをしていた視界が歪む。どういうことだ…?
セイの右膝が男の左頬を襲う。セイのその動作は、まるで空を飛んでいるかのような自由な格好。誰も真似が出来ないような舞う攻撃。男もその攻撃に舞うように飛ばされる。セイはその場に着地すると優しげな目を男に向ける。しかし、その目は先ほどまでの只の優しげなものとは違い、決意の色が紅い紋となって現れている。男は倒れまいと足に力を込めて口を開く。
「きさ―」
男の言葉が言い終わる前にセイの姿は消えている。消えたと思ったら、目の前に現れ顔色一つ変えずに拳を繰り出す。男の頭が後ろに揺れる。何発も何発も、男は何もできずに殴られる。男の短い髪を誰かが後ろから引っ張っているのではないかと思う。やっとのことで男は手を振り回すが、その場にセイの体はない。時間にして1秒に満たない時間。その間に殴られた顔は腫れてはいないが、ところどころが切れ血が出ている。
「はっ!こんなぬるいパンチじゃ俺をノックダウンなんてできねぇぜ。速いだけなら、疲れた時に捕まえりゃいいんだからなぁ!」
男の声は大きく、セイの耳を刺激する。おそらく見えていない。セイは男の足元に滑り込む。ザッという音に男が反応し、身構えそちらに視線をやる。が、誰もいない。セイは両手を地面につき、それを中心として右脚で円を描く。狙いは男の両足地面を削った右脚の跡が男の両足に近づく。男が視線を下に移し、気づく。
―よけきれない!
男の顔がその言葉でいっぱいになったように感じる。セイは両手に力をいれ右脚の回転を早める。男の足首を刈り取るように、右脚の地面の跡が襲い掛かる。ミシッという音とともにセイの脚に固い感触が伝わる。男はよけることも出来ずに、そのままバランスを崩して後ろに倒れる。しかし1度見た技、確かに先ほどの男の技よりも速く、初撃をよけることはできなかったが対抗は出来る。男は倒れながらも左手を突き出し、その大きなこぶしを握る。岩のような男の裏拳がセイの頭に向かって落ちてくる。
―遅い…
セイは円を描き終わった右脚で地面を強く踏み込み、左脚を回す。体が覚えている行動の連鎖の後ろ回し蹴りが後ろ向きに倒れこむ男の顔面を捉える。途中岩のようなものが降ってきたが、背中をかすっただけで特に問題はなかった。
―ギシッ!
ドームの周りに生えていた、一際大きな腐った木が音を立てて倒れる。男は背中を打ちつけたのと、鼻で息が出来なくなったために、しばらくの呼吸困難に陥る。不意に下からかち上げられるような衝撃が顎を襲う。再び後頭部を倒れてゆく木にぶつけ、さらに木が倒れる速度を速める。打ち付けた頭が戻る前に今度は腹部に突き上げるような衝撃。あの優しい目をした青年を最初に見た次の瞬間に味わった激痛。息の出来ない状態で突き上げられた男の体は無理やり立たされているというのが正しい。
―グギッ!ギギッ!
男が歯を食いしばって白目をむく。左、右と2発連続で打ち込んだアッパーで無理やり立たせ、セイは脚に力を込める。地面に跡が残るほど強力な跳躍。しかし跳びすぎることはなく、丁度男の頭一つ上ぐらいで止まる。右脚を高く振りかざし、男の頭上に狙いを定める。落ちる速度とともに右脚を異常な速さで元に戻す。頭に当たったと思った瞬間に、男は体ごとその強烈な踵落としによって地面に衝突した。固い地面にひびが入ったような音が響き渡る。セイはきちんと両足で男の背中に立つと、丁寧に降りた。
突然、かすれた男らしい声が聞こえてきた。
「すげぇ…虹流格闘術(グラップル)『蹴転』と『乗突(のりつぎ)』……セイか…よ?」
声が聞こえる方に目をやるとうっすらと片目を開けている少年。首と腹を押さえている。どうやら、まだ動ける状態ではないようだ。セイは少年ににこりと笑って近づいた。
音もなく起き上がった女は自分の状況を確認する。体は別に痛くないし、正常に動く。薄い服は少し破れてしまったが、恥ずかしいなどということは感じない。しかし、たった今自分の横に倒れこんだこの男をどうしてくれよう。流石とでも思うべきか。予定通りの展開ではないが、遅かれ早かれこの連中は始末しなければあの宇宙船を手に入れて帰ることも出来ないし、何よりあの女を捕まえるのにも支障が出る。それにまだこの星でやらなければいけないことも少ししか実行できていない。何が悪いってこともないけど…結論としてこの男は有罪ね。女はボールカーの側まで一瞬といえるスピードで到達すると、カーに積んであった非常用ナイフを取り出した。
何かが動いた気配に飛び起きる。目の前にあったはずの女の体が消えている。おかしい。『四発』のどの攻撃にも全て手ごたえがあったのに…
「これが上級かよ…参ったぜ……ふぅ…」
レインは小さく独り言をいい、辺りを見回す。どこかは分からないが、確実にまだこの辺りにいる。
―まさか!?
バッ!と立ち上がるとレインは地面を強く蹴り、一直線にその場所へと走りこむ。赤黒い地面と同じような色の岩の塊のうちの1つ。その横には、まだ幾分白い煙を立てているボールカー。黒い岩の塊に隠れるようにして横たわっている傷だらけのガキ。
―よかった…
エアジェネをつけてわずかに胸を上下させているカルアは、自分が寝かせたところで静かに目をつぶっている。てっきりカルアを人質にされると思っていたレインはほっと胸をなでおろす。改めて自分の周りに緊張した視線を巡らせる。近くにあるボールカーで動くのは2台。自分が乗っていた白い煙を立てているカー。後ろで何かもぞもぞと動いているものをつないでいるカー。後1つはタイヤがパンクしていて動きそうにない。動けるカーは、どちらもまだ元あった場所にある。どこに行った?―その時、突然後ろから声がした。
「流石でしたよ。社長さん―フフ、かわいい寝顔ね―虹流格闘術…ステキでしたわ。でもちょっと見にくかったかしら。」
レインは何も答えない。上級ドリーマーと中級ドリーマーの絶望的な差。女は視線をカルアの顔に向け、レインの真後ろに立って喋り続ける。
「…フフ…すいません。スマートに闘いたくなったのでね。」
レインの足元に赤い雫がぽたりと落ちる。乾いた地面はそれを飲み込むように吸い込み、また地面は乾く。レインが今までの喋り方とは違う口調で口を開く。
「お前の…お前らの目的は…?」
女は放していたナイフの柄を再び掴み、それを引き抜く。レインがグッと言う声を出してその場に倒れる。乾いた地面は喜んでその体を受け止め、流れ出る赤い雫を吸収していく。
「あなたには関係ないことですよ。そろそろ私の『夫』がこちらに来ると思いますわ。」
「…ハハハッ…白々しい…」
うつ伏せに倒れこんだ体を起こしながら、レインは笑う。片手で赤い雫が流れ出る背中の部分を押さえ、立ち上がるレインの姿を見て女も笑う。レインの笑いとは違った思いで。
「もうやめにしましょう。あなたの部下さん達もこの星に住む…いえ、この星ではないかもしれませんが。フフフ。」
痩せた頬にうっすらと皴がよる。エアジェネの上にある細い目をさらに細め、女は血の付いたナイフを振るう。地面に赤い雫が飛び、それはまた乾いた地面を喜ばせる。
「お前は…イテテッ…俺の部下を甘く見てる……俺も、あいつらも…オホッ…」
レインの口から血が飛び出る。女はそれを見てレインに詰め寄った。女の手がレインの太ももに触る。レインは苦痛の声を上げその場に倒れた。女が触った方の太ももから、新たに赤い血が滴り落ちる。
「アハハハハッ、素晴らしいですわね。でもあんな子供のような子と、スペーサーに酔うような子はダメじゃなくって?」
口元に笑みを浮かべ女は尋ねる。レインは左太ももに刺さったナイフを引き抜き、仰向けに倒れた。せめて空が青ければ気分も違うだろうに、とレインは黒い空を眺める。小さな光の粒がところどころで瞬いているが、この星の空を明るくするわけではない。脚と背中でジンジンとする痛みを感じながら、女の言うことに耳を働かせる。
「ダメ…ですか?…クソッ、イテッ…ダメじゃないですよ。特にセイ……酔ってたやつはね。あいつは才能があるんです。」
レインは起き上がって、来ていたシャツを脱ぐ。紺色と白が網のようになっている柄のシャツを薄く引き裂くと、それを左太ももの血の入り口部分に強く巻きつける。
「言ってることが分からないわ?才能?スペーサーに酔うなんていうのは才能じゃなくてよ。」
「いいですよ。わからなくて…あなたの『夫』は戻ってこないし、あなたも……俺に捕まえられますから。」
よいしょと太ももを押さえながら立ち上がる。女の顔は幾分不機嫌そうであるが、ふらつくレインの姿を見てまた目を細める。レインの足元にあるナイフは柄のところまで赤く、この星の赤黒い地面に同調している。
「そう…」
女はそう言うとふらつくレインの足元を蹴る。上半身裸のレインは無様な形で空を舞い、引き締まった体はビシャッという音を立てて地面に倒れこむ。地面に激突すると同時に血が傷口からあふれ出す。レインの意識が徐々に遠くなっていく。
―いい加減疲れたぜ…太ももと背中の感覚がなくなってきやがった。
「どうかしら?もう動けないでしょ?」
ヒュッという音を立てて女の顔に向かってくるナイフ。女は頭を振ってレインの投げたナイフを避け、顔をしかめる。
「流石、ガキ大将さん。」
「キャンバス7色の男は…やわじゃないんでね。」
フフッと笑うと女はレインの腹を踏みつけた。背中から貫通した傷口から血が滲み出す。女はさらに、ガハッと口からも血を出すレインの顔を蹴る。手を動かそうにも痺れて動かない。女はレインの顔を蹴り続ける。ものすごい速さの蹴りが1秒間の間に幾度もレインの顔を襲い、レインの目から赤い星型の紋が消える。
女は突然蹴るのをやめ、レインの体に背を向けた。
――しまったな。セイは大丈夫だろ。脚も手も動かねぇ…そういや、セイに助けられたのもこんな感じのときだったような。SP隊隊長セイ・モォークか…懐かしい響きだ。セイがうちに入ったのが4年前、結構経ったもんだぜ。結局2足のわらじが無理で、やめたんだったよな。SP隊のほうを。カルアは大丈夫だよな、生きてた。ロヤスはどこ行ったか分からんが、助けてくれたりしてな。やべぇ、意識が…
「2重人格!?」
俺は目の前に座っているセイに驚きの声を上げる。気持ち悪いぐらいに優しい目が俺の顔を見つめてくる。先ほどまでのあの動き、どう考えてもいつものセイの動きじゃなかった。俺はまっすぐセイの方を見れず、セイに打ちのめされた男に目を向けた。顔は見えないが、ああ地面にめり込むように倒れてちゃ当分は起きないだろう。その時俺の腫れた頬に温かい感触が伝わる。
「ウッワッ!何すんだボケ!気持ち悪いだろっ!」
背中に氷を入れられたような気持ち悪さが体をつたう。俺はすかさずセイから飛びのいた。その途端に体に痛みが走る。セイは「ごめん」と言って、俺の体を支えた。
「ごめん。どうやらだいぶ違うみたいだね。」
俺はセイの優しく支える手を押しのけてその場に座り込んだ。目の前の男の話によると、セイは2重人格らしく、特別な薬を飲むとそれが変わるらしい。しかし、今までこんなセイは見たことがない。そもそもなぜあんなに強いのかが疑問だったが、それはスペーサー酔いに関係あるらしかった。そもそもスペーサー酔いは神経が異常に発達している者がなるらしく、だからセイはスペーサーに乗る度に酔ってたのだ。そして、スペーサー酔いの状態時が一番神経がとんがっているらしい。その状態が今のセイなのだそうだ。
「スペーサー酔いの状態が極限になっているのはほんの一瞬。それを持続させるのがこの薬なんだ。」
セイは俺の横に座るとポケットから赤と白のカプセルを取り出した。どれぐらいで今の状態が戻るのかと聞いたところ、もうすぐだということだった。いろいろ聞きたいこともあったが、今のセイに話しかけるのが嫌だった俺は気分が悪いといって、その場に寝転んだ。セイはそんな俺の顔を拭いてくる。
―とりあえずはよ戻れ!
俺は心の中でそう叫んだ。
女は後ろを振り向く。赤黒い地面の上に、小さな丸い玉。その丸い玉は土ぼこりの中、近くにある白い煙を立てている玉と同じように白い煙を立てている。その脇に小さな女の子とフードを被った女。
「あ〜ら、これはこれは。どうして戻ってきたのかしら、もしかして指輪を渡しに来てくれた?」
女はにぃっと目を細めて言った。どんなに言い訳をしても否定できない現実を目の前にして女は笑った。女の足元に横たわっている社長。岩陰に脚だけが見えているだけだがカルアも倒れている。そして、先ほどまでの女の行動―許せない―社長を何度も何度も蹴っていた。最後に社長が言った言葉が頭に残っている。
「キャンバス7色は女の子もやわじゃないんだからっ!」
ロヤスは声を張り上げて叫んだ。
第18話【SubTitle】「初めての経験」
隣で目を瞑っているアンチの顔を撫でながら、セイは思い出す。4年前にレインと会ったときの事を。3年前にSP隊を辞めた時のことを。
――レインに会ったのはまだSP隊の隊長だった時だ。スペースプロテクト隊、通称SP隊はいくつかの危険惑星の周りに人工的な惑星基地を作り、そこで旅行者の安全、犯罪者の監視を主な仕事としている。SP隊に入るには絶対的な力が必要となる。つまり必然的に入隊試験なるものは厳しいものとなる。そしてそれを認められたものにはドリーマーとは区別されたライセンスリングが与えられ、6つ星の才紋を目に焼き付ける。ドリーマーと区別されたといってもさほど変わりはない。しかし、隊長ともなるとそのライセンスリングの数は5つになる。つまり特級ドリーマーと同等、もしくはそれ以上の力を手に入れる。それだけの力を持つSP隊だ。もちろん規制も厳しいし、何よりSP隊はドリーマーと違い国によって構成されている。
――3年前ある少女達を助けた。でもそれは与えられた任務ではなかった。彼女らは自業自得の運命を受け入れなければならなかった。
――それ以前にも、そのような体験はあった。何度も基地の通信に送られてくる助けを呼ぶ声と、悲鳴。そしてその後のザーッというノイズ音。僕はそれを無視し、他の通信に耳をやる。心のどこかで聞こえていたはずの泣き声。それは無視しなければいけないもので、それがSP隊。SP隊長のセイ・モォークの仕事だった。
――でも僕は彼女らを助けた…違法行為とわかりながら。
――助けずにはいられなかった。なぜそんな行動に出たのか。たぶんその日の感情によるものが大きかったのだろう。その日の前日、僕の父と母は2度と戻れない場所に行った。何も言わず。何も残さず…僕のせいだった。僕に捕まえられた犯罪者の残党が、僕の家に大きな大きな花火を打ち上げた。真っ赤な真っ赤な花火。彼らは僕にそれをプレゼントできなかったけど、僕の父と母はそれを受け取ってしまった。永い旅への荷物には大きすぎる花火。残ったものは虚無感だけ。大きな花火は僕の全てを奪ってしまった。
――人がいなくなるということに初めて立ち会った。否、僕は感じただけで立ち会っていないのかもしれない。それでも、死というものを体で知った。死は心だけでなく、僕の体へも影響を与えた。体が震え、どうやっても温まらない手足。無条件にかすむ目。動くのが嫌になる体のだるさ。何もかも嫌だった。
――『助けて!変な惑星で襲われてるの!早く!!誰か来て!!』
――呆然としていた頭に流れ込んできた悲鳴。いつものように自分の部下がそれに対応する。泣いている声に対しての無常な声…死…頭の中に思い浮かぶ彼女らの最後。
――助けたい!初めてそう思った。だが許されるべきことではない。その時、
――『私は、ネブリー・ミルクです!嘘だと思うなら電話して聞いて下さい!!電話番号は9841−6741−56371です!!』
――何でもいいから理由がほしかったんだと思う。部下のその通信に対しての無礼な言葉を遮断し、僕は彼女らを助けに向かう。自分の立場よりも、誰かの死。それをまっすぐ見下ろせるほど自分は偉い人間でも、重要な人間でもない。力がある。願いがある。ないのは意志だけだった。
――3年前の事件。助けた女の子のうちの1人は確かにネブリー・ミルクだった。しかし世間ではその事は隠し通され、それを知っている僕はSP隊隊長を辞任というかたちで職を失った。関わった(僕について彼女らを助けた)ほんの少しの部下は誰も死ななかったはずだが、その後会うことはなかった。国は恐ろしいところだ。新聞に書かれていた記事通りの結末を成すべく、僕以外のものは…
――僕だけは記憶は封じられるとともに、新しい人格を作り出された。その人格が主で、力もセーブされる形で。僕だけが生かされたのは、それまでの功績ということだった。しかし、2重人格という症状は頭がおかしい者としてとられる時代。僕が証言をしたとしても、誰にも真実とはとられないのだ。指輪は奪われ、キャンバス7色の社員として、『永久初級ドリーマー』セイ・モォークとして生かされた。それでもこれでよかった。守るべきものを自分で決めることができる。たとえ僕の人格は消えても、もう1人の僕は人に優しくいられるはずだ。その後から、僕の記憶はほとんどない…
ドーン!!
突然の大きな音にセイの意識は現実に引き戻された。立ち上がって周りに目をめぐらせると、ここからそう遠くないところで黒い煙が立っている。
「何だ!?」
隣で寝ていたアンチが起き上がり、黒い煙を訝しげに見つめて叫んだ。明らかにこの星で起こる現象ではない。セイはよろっと立ち上がるアンチに肩を貸した。
――ロヤス…これ……――
もくもくと上がる黒煙。バラバラにはじけとんだカーの部品。いくらタイヤがパンクして使えないからといっても、壊しちゃダメだ。社長に怒られちゃうよ。と思いながら突き出した自分の手を見る。真っ赤に焼け爛れて、痛々しいのに、あまり痛みは感じない。壊すつもりはなかったのに。気がついたらこれを攻撃していた。小さくくすぶる炎の中から立ち込める黒煙はしばらく続きそうだ。ロヤスは振り返って攻撃するはずだった女の顔を見る。
「フフフ…だめじゃない。八つ当たりなんてはしたない真似は似合わないわよ。おじょうちゃん。」
女は手に負えない子供を見るような目でロヤスを見る。女の後ろでミルクが社長とカルアの傷の具合を診ているのが見える。ミルクは知識が豊富なため、基本的に何でも出来るのだ。女は余裕からか、ミルクを捕まえるのが目的のはずなのに、今後ろで応急パックを広げているミルクを捕まえようとしない。それでも、いつミルクに、倒れているカルアと社長に、攻撃をするか分からない。ロヤスは再び地面を蹴った。
―まただよぉ
攻撃するとそこに女の体はない。自分の火傷した手に当たったのは黒い岩の塊だった。激しい音を立てながら崩れ落ちる。三角形の岩の塊は台形へと変化した。再び手を見る。痛くはないけど、いつもと違う。
「あなた…もしかして実戦経験ないのかしら?」
女が驚いたように言う。図星だった。実際に実戦経験はないし、スパーリングでもカルアに勝ったことがなかった。ロヤスがキッとした目で女を睨み付ける。これも経験がないことだった。何もかもが初めてで、ロヤスの心に小さな不安が生じる。女はそれを見透かしたようにその場から姿を消す。
不意に感じる頬への痛み。目の前にいたのは遠くにいたはずの女の姿。女の平手打ち(つまりビンタ)がロヤスの柔らかいほほを打ち、ピシャッと言う音を立てる。叩いた右手をすぐさま返す。手の甲で右の方も叩かれる。そして女は突然の出来事に呆然となるロヤスの胸に左手を突き出した。ガクンと体の力が抜けるのが分かる。ロヤスは今自分が台形にしたばかりの岩の塊に再び衝撃を与える。女は突き出していた掌底を元に戻すと、鼻で笑って言った
「いい胸ねぇ。とても気持ちいいわ。…ところで、まだ聞いてなかったわね。どうして戻ってきたのかしら?」
コホッと小さく咳き込みながらロヤスは胸を押さえる。
―自分はいつもこうだなぁ…頑張ってるのに、誰かに認めてもらうのが難しくて…
―あぁーダメだダメだぁ。いつもプラス思考だぁ!うんうん。
頑張ればその分いいこともあるってカルアが言ってたし。ロヤスは改めて前を見つめる。女の体との距離も考える。シュミレーションでは何度もやったことあるんだ。大丈夫だよね。ロヤスは体にそう言い聞かせ女の体へと突進する。
―あれぇ?
ロヤスが攻撃をしようとする前に女の体に突撃し、突撃された女もロヤスと一緒にその場に転がる。女はすくっと立ち上がるとまだ寝転んでいるロヤスの体を蹴った。ボールのように転がるロヤスの小さな体を見て女は再び鼻を鳴らす。何とか立ち上がるロヤスの目前に迫るのは追撃のラリアット。鼻血が出た。これも初めての体験だった。倒れこむロヤスの両腕を掴み、女は振り回す。そして、ロヤスの体は宙を舞った。
先ほど台形だった岩の塊に3度目の衝撃が伝わり、それは粉々に崩れる。倒れこむロヤスの背中に痛みが走る。上体を起こすと目の前に女の顔があった。
―攻撃しなきゃ…
左手を突き出し右手で地面を強く押す。女の顔めがけて…
―なかった
立ち上がって拳を突き出した先には女の姿はない。また…
ドゴーン!
衝撃が地震のように伝わる。自分が立っている100メートルほど前方の岩の塊が砕けて、土ぼこりをあげている。
―当たってたの?…やった!ロヤス怪力少女!
そんなことを思いながら自分の握った手を見る。やはりいつもと違う。形が微妙におかしいかもしれない。でもあんまり痛みは感じない。そんなことをしていると突然女の叫ぶ声が聞こえてきた。
「ふざけんじゃないわよー!なんなのよその力はー!まあいいわよ!力だけじゃダメだってことを教えてあげるから!!」
100メートルも前方にあるのに耳元で叫ばれたような圧迫感。女の顔からはエアジェネが外れ、血まみれ。さっきまでの薄ら笑いもなくなり、後ろで束ねた黒髪がバラバラと乱れている。先ほどまでの貴婦人の様な仕草も、言葉遣いもまるで変わった鬼のような女の姿はすぐにその場から消えた。
「いやっ!」
ミルクの悲鳴。髪を掴まれたミルクが女に持ち上げられている。しまった。
「渡しなさい!あなたの指輪を!」
ミルクの方へ走りこむ。髪を掴まれつるされたかたちのミルクは女に向かって右手を見せる。女はミルクは殺してしまうかもしれない。ロヤスはまっすぐ左手を突き出した。ニィと顔をしかめて笑うミルク。女はそれを見てミルクの首に拳を叩き込もうとした。
ミシッ…メキッ…
ロヤスの突き出した拳が女の脇腹を抉る。ミルクの黒髪を数本掴んだまま女の体はまた吹き飛んだ。壁に激突し動かなくなる女。それを見てロヤスはその場にへなへなと座り込んだ。そして体に走り始めた痛みで、意識が遠のいていくのを感じる。誰かが自分を呼ぶ声がするが答えられない。ロヤスは満足感を握りしめ目を閉じた。
広がっていた暗黒の世界に、うっすらと光が差す。何も見えないことに変わりない暗闇だが、温かい黒。レインはゆっくりと目を開けた。目が開ききらない。おそらく腫れのせいだろう。とすると、自分が今いるここはやっぱり現実か、と胸をなでおろす。白いシーツに横になっているレインの目線の上に広がるのはグレーの曲線を描く天井。適度に冷たい空気が頬を触り、再び眠ってしまいそうになる。隣のベッドではカルアが寝ている。
―ど……う…ど…しよう…
突然聞こえてくるぼやけた泣き声。聞いたことのない声に頭を働かせる。自分が今おかれている状況は、はっきり言って安全な状態だ。だが、誰がここまで運んでくれたのか―もしかしてロヤス?―そんなことを考えながら体を起こす。上体を起こそうとすると激しい痛みが腹部に襲った。ほんの少しだけ上がっていた体がベッドにドシンと倒れこむ。両手を使い、ベッドを押して起き上がる。投げ出すように足をベッドから出すと、レインは近くの椅子に座り込んだ。まだ女の泣く声がぼやけて聞こえる。壁にあるスイッチの1つを押すと、そこから医療補助道具が出てくる。折りたたみ式の自動車椅子を取り出すと、レインはそれに何とか移動し自分の寝ていたベッドの正面にあるドアに近づいた。はっきりとしてくる女の泣き声。それ以外に聞こえるのはよく知ったガキの声。レインはドアを開けると、その方向に車椅子を走らせた。
俺達は今キャンプドームに戻っている。自動安全状態にあったスペーサーの下で、何も起こらないことを祈りながら待つ30分間待つなんてことはできない。とにかく急を要した。キャンプには様々な設備が整っているため、もちろん医療道具も充実している。それでも今が緊急事態なのに変わりはなかった。
爆発が起こった時に俺とセイはドームの近くにいた。起き上がって見回すとそう遠くないところで、明らかに人工的なものが爆発した時の煙が立っていたのだ。俺とセイは倒れこんでいる男の指から、リングをはずし、ボールカーを連結させ、その場に急いだ。男もその場にほっといていくのは惨めそうな気がしたので、とりあえず持っていた『セーブロープ』で縛ってボールカーに載せてきた。
俺達がそこに着くと、ロヤスちゃんと知らない女が1人。カルアとレインが倒れこみ、かなり遠くでロウフ夫婦の妻の方が倒れているのがわかった。どうやら爆発したのはボールカー(大体分かっていたが)だったらしく、そこには、カーの破片と岩の塊が砕けた光景が広がっていた。とりあえず俺は倒れこんでいるレインとカルア、それとその近くにいる女の方へ、セイは(この時はすでに元に戻っていた)ロヤスちゃんのほうへ駆け寄った。俺がフラフラとした足取りで近づいていくと、知らない女は肩を貸してくれた。女の顔はひどく哀れで、痛々しい傷跡が無数に刻み込まれている。俺を支えてくれた腕はとても細く、すぐに折れてしまいそうなほど弱々しく見えたが、感じる力がしっかりしているのに驚いた。レインの状態がかなりやばめだったが、応急処置が施されていたのでその場で死ぬということはなさそうだった。カルアはレインよりは幾分マシな状態だったが、顔が腫れ、体中痣だらけだった。女の話によると、やはりロウフ夫婦の妻のほうもかなりの悪だったらしく、ロヤスちゃんが撃退したとのことだった。これにはかなり驚いたが、そのほかにも聞くべきことが多々あった。まずあなたが誰かというのが第1だったが、それを聞こうとする時に、セイが悲鳴に似た声を上げた。
「ピース!やばいぞっ!ロヤスちゃんの体が以上に熱い!!」
俺達は残っていた三つのボールカーを連結させ、合計5台で1つの大きな『ボールモービル(BM)』に組み立てた。荷台部分に偽ロウフ夫婦を乗せ、俺達はキャンプへと急いだのだ。
レイン、カルアをベッドに寝かせた後、俺達はロヤスちゃんをどうしていいかわからず、とりあえず体熱感知機で異常を調べることにした。何も異常が見つからなかったらどうしようと、俺達が見守る中女は急に泣き出した。女の名前はネブリー・ミルクだった。
女が名前をビンキー・メルと言った時、俺は新聞の記事を思い出した。その事を追求すると、彼女は全てを話してくれた。自分の本当の名前。カルア、ロヤスちゃんとのこと。女に自分が狙われていたとのこと。セイも黙ってその話を聞いており、いつものような明るさはなかった。
「どうしよう…どうしよう…」
自分を責めるように女は壁を叩く。そんなに強く叩いたら自分の腕が折れてしまうのではないかと思うほど強く叩く。目の前のガラスにはロヤスちゃんが何の以上もないと判断され、体熱感知機から出されているのが見えた。どうしようもない。とりあえず体を冷やそうと、俺とセイは氷を取り出し袋に入れ、それをロヤスちゃんの体中にあてる。ジュウッとい音を立てるほど勢いよく袋の中の氷が解けるのが分かる。彼女も泣きながら俺達と同じように氷を当てた。みるみるうちに氷が水へと変わっていく。
「どうした?何やってる?」
うつろな目でレインが俺達の姿を見る。―助かった―レインは車椅子に座っているため窓越しには、立ちっている俺達しか見えないようだ。
「ロヤスちゃんの体が以上に熱いんだ!どうしたらいい?」
レインが入り口から俺達の立っている場所に入ってくる。注意深くロヤスちゃんの体を見つめる。水着に破れかけたTシャツだけなのに、こんなにも熱い。レインの視線がある1点で止まる。
「何だこれは?」
誰も何も答えない。レインの見つめる先にはロヤスちゃんの右手。そこにはなかったはずの指輪が3つも追加されている。
「何だこれは!」
レインが荒っぽくその指輪を取ると、地面に投げ捨てた。キンッという高い音を立てて指輪が転がる。
「ごめんなさい!私が、私がロヤスに―」
「誰だお前は!?なんでこんなことを…アンチ、セイありったけの氷でロヤスの体を冷やせ!」
そう言ってレインはその場を後にする。出て行く前に彼女に手で指示をすると、彼女も泣きながらレインについていった。
第19話【SubTitle】「薬」
サーっという流れるような音にコツコツという足音が続く。時々しゃくりあげるような声が合間に挟まるが、それ以外は何も聞こえない。さっきピースとセイにロヤスの体を冷やすように指示を出してから部屋を出、その時に後ろについてくる女も連れ出した。「さっきはすまなかった」と部屋を出てすぐ謝り、女から事情を聞く。ここに来るまでのほんの1分足らずの間だったが、それで十分だった。名前、職業、ロヤスとの関係、そして一般的なことが分かるかどうか。レインは適当な部屋の扉を開ける。その部屋にはたくさんの薬ビンが入った棚、分厚い本がこれまたたくさん詰められた棚。そして、木でつくられたアンティーク調の机が1つと椅子が4脚ある。レインは近くの本棚に近寄ると、おもむろに本を取り出し机の上に置くと、彼女に話し始めた。
「いいか。さっきの指輪はライセンスリングっつうドリーマーが身に付ける代物だ。今ロヤスの体に起こってるのは、自分の【資格】以上のライセンスリングを付けたための症状だ。」
分厚い本のページをめくりながらレインは続ける。
「あいつは2つしか付けちゃいけなかった。ライセンスリングは付ける分だけ装備者の能力を増幅してくれる。その分なれないやつが、それを付けた時に起こる反動は半端なもんじゃない。まぁあんたがロヤスに5つ渡したから、俺達は助かったんだが…だが、あのままだとあいつは死ぬ。」
女の顔に恐怖の色が浮かぶ。レインは目を本に落としたまま話を続けた。
「今から助けを呼んだとしても、間に合わない。何とかして、この場で俺達が助けるしかない。セイとアンチが―あった!」
手で顔を伏せていた女が、顔を上げる。レインは忙しそうに車椅子を薬ビン棚に走らせる。
「これをとってくれ!」
レインが女に指示を出す。近くにあるフラスコを取り出し、ミルクの取った薬ビンを受け取る。
「体力強制剤を作る!あんたもこの本に書いてある薬剤を探してくれ!」
本も見ずに探し始めるミルクに檄を飛ばす。
「何やってる!?本を見ろ!」
ミルクはそのまま目の前にあった棚から2個、足元にあった棚から1個薬ビンを取り出すとレインに渡す。レインはそれを確認し、驚いた顔をする。
「すいま…せんっ、大体っ…分かりますからっ…大丈夫です。」
レインはミルクに背を向けると、少し口元を緩めた。本に目を戻し、書かれている材料を書かれている通りの分量で調合していく。大体分かるといっていたミルクが取り出した薬ビンは、全て完璧だった。それらを調合し終えると、レインとミルクはピースとセイがいる部屋へ向かった。
ロヤスちゃんの体を冷やしている氷はすぐにぬるい水になってしまう。倉庫に残っていた氷を全て出してきて、もうその3分の1が溶けてしまっていた。絶え間なくロヤスちゃんの体の周りをまわって、氷が溶けていないか確かめる。このままではまずい。レインは「冷やせ」としか言わなかったが、これでいいのだろうか。いくら冷やしてもロヤスちゃんの体は熱を帯びたままで、はぁはぁと苦しそうに息をしている。汗の量もかなりすごいので、とりあえず水を飲ませる。
「…どうする?絶対まずいぜ。なんか薬もってねぇか、ピース?」
「もってねぇよ…―あぁ大丈夫?ロヤスちゃん!」
水を飲ませていたロヤスちゃんがゴホッとむせる。起こしている首筋がとても熱い。その時俺はセイの薬のことを思い出した。
「あっ!?お前の薬があるじゃねぇか?あれダメか?」
「いや、あれは薬でも、普通の人にはほとんど意味が…」
「試してみないとわからねぇじゃねぇかよ!!」
「ふざけんな!ロヤスちゃんになんかあったらどうすんだ!?」
「………」
熱っぽい体をベッドに寝かせ、俺達は再び沈黙の中忙しくロヤスちゃんの周りを回る。氷の量が見る見る減っていく。濡れたタオルでロヤスちゃんの体を優しく拭いていると、突然声がした。
「アン…ちゃ…」
「「ロヤスちゃん!!?」」
必死に目を開けようとしているのが分かる。俺やカルア、レインとは違い、その顔に腫れはあまりなく、可愛い顔がこちらに向けられる。頬が、否全身が熱のせいで真っ赤になっている。カールしたやわらかそうな巻き毛、茶色い髪の毛にところどころ金色のアッシュが入っている。どうしてこの子が…
「セイっち…薬…」
「聞こえてたの!?」
静かに頷く。セイは驚いた顔で俺の顔を見る。どうするべきか。
「ダメだよ。薬を飲んだら痛みがすごくなる。」
―そうか!セイの薬は神経を高ぶらせる薬。ロヤスちゃんの体を拭いていて分かったことだが、かなり筋肉も切れてるし、骨もやばい。こんな状態で神経を高ぶらせる薬なんて飲んだら、確かにショック死してしまうかもしれない。
「…だい…じょおぶ…」
いつものようににこりと笑おうとするが、その笑顔は明らかに辛そうだ。
「大丈夫だよ。すぐに楽になれるから。」
ほとんど解けてしまった氷を取替えに行く。薬を使えば一時的に特級ドリーマー並みの精神力と耐久力が持てるかもしれない。でもそれでショック死したら元も子もない。レインがもうすぐ戻ってくる。そうすれば薬を使わなくてもいいはずだ。
「…いじょ…ぶ…から…」
ロヤスちゃんがそういい続けるのを背に、俺は氷を袋に詰め込む。その時レインが戻ってきた。
「冷やしたか!?」
手に何かの薬ビンを持っているレインの姿を見て、ほっと胸をなでおろす。セイは冷やしたが、熱が一向に引かないとレインに説明している。レインはそれを聞いてロヤスちゃんの頭に近づき、優しく上半身を引き起こした。
「ロヤス、これを飲め。」
まるで医者のような仕草でそれを飲ませる。ロヤスちゃんは口に持ってこられた薬ビンに口をつけ、ゆっくりとそれを口に含む。
「体力強制剤だ。ロヤス…頑張れ。」
レインはそう言ってロヤスちゃんをベッドに寝させると、俺達にちょっと来いという仕草をする。俺達はレインについてその部屋から出た。
「かなりやばいぞ。」
神妙な顔をしてそう伝えるレインの顔は腫れていてとてもおかしな感じなのだが、それでもそれを笑う気にはなれない。
「「は?」」
「体力強制剤で無理に頑張らせても、その後がやばい。一時的とはいえ特級ドリーマーの動きをしたんだ。それだけでも自殺もんだ。それにロヤスはもともとそんなに戦闘向きじゃない。」
「「…………」」
「セイ…お前の薬を使え。ロヤスはこのままだと1時間と持たんぞ。それにかけるしかない。ロヤスがお前の薬で慣れればオッケーなだけだ。」
軽い調子で言う。レインがなぜその事を知っているのかはこの際どうでもよかった。俺ももうそれしかないと思った。しかしセイは違った。
「だからふざけんなってんだ!それでロヤスちゃんが助かる保障があんのかよ!お前らだったら使ってやるよ!でもな、俺はロヤスちゃんを苦しめるようなそんなことは出来ねぇ!」
セイはそう言うと、ドームの入り口へと少し薄暗い廊下を走っていった。
「正直なやつだな…」
俺とレインは苦笑いをしてセイの後を追った。
「ミル…ク…?」
消えそうな声が2人だけの室内に響く。
「どうしたのロヤス?」
ロヤスの真っ赤な体を濡れたタオルで拭きながら答える。
「ごめん…ね。」
添えられていたミルクの手をぎゅっと握る。熱い手。この星では感じることの出来なかった熱い熱いぬくもり。自分のせいで苦しんでいる人が目の前にいるのに、何もできない自分を呪う。
「何言ってるの。」
努めて明るく、元気に声を出す。この部屋の外でなにやら大声が聞こえる。
「ロヤス強かったね〜!ホントびっくりしたよ。」
「…でしょ?」
ニコッと微笑むロヤスの顔を拭きながら、自分も笑う。ロヤスの手を握り返しながら、必死に笑顔を作る。
「…クス…リ、飲むから……泣かないで…」
ロヤスの言葉で初めて気づいた。自分の涙がロヤスの手の甲に落ちていたのを。辛そうに笑うロヤスの笑顔に頷いて、涙を拭う。
「……貰ってくる…大丈夫…だよね?」
こんなに体は熱いのに、目だけは冷たく私に微笑みかける。ロヤスはそのまま藍色の大きな目を閉じる。私はロヤスの体の周りの氷を取替え、さっき言い争っていた彼らのところへと向かった。
「お願いします、セイさん。薬を…ロヤスに飲ませたいんです。」
ミルクさんの必死の声にもセイは耳を貸そうとしない。俺とレインがさっきからずっと言っているのだが、この調子だ。
「いやだね。大体あんたのせいでロヤスちゃんがあんなことになってるんだぞ!この薬でロヤスちゃんが死んだらあんた責任取れるのかよ!それに助かったにしても、確実にロヤスちゃんは死ぬほど苦しい思いをするんだ!」
断固として言い張るセイに俺はだんだん腹が立ってきた。だがレインが、ミルクさんを残してロヤスちゃんのところに戻ろうといったので、俺は仕方なくレインについてロヤスちゃんの部屋に戻った。
「その通りです。私のせいで、カルアもロヤスも、あなた達にも迷惑をかけているのは分かっています。でもロヤスも飲むといいました。」
体は細く背もセイより小さいが、声はしっかりとしている。
「いい加減にしてくれ!俺はいくらいわれても―」
「なぜですか!?」
いきなりの大声に、セイは驚いてミルクを見つめる。
「どうしてロヤスが死ぬと思うんですか!?なんで信じてあげないんですか!?私は、私はあなたとロヤスの関係を知りません。でも、どうしてそう否定して考えるんですか!薬を使っても回復する確率は変わらないかもしれません!でも、何もしないでいていいんですか!?」
一息にそう言うと、ミルクはセイに背を向けた。セイは少し考えるようにぶつぶついったがそのまま黙った。そのぶつぶついったのが「あんた何様だよ」といっているように聞こえる。
「私は…私はネブリー・ミルクです。」
背を向けたままミルクはセイにそう言い、その場にうずくまった。
セイの頭にその言葉が反芻する。どこかで聞いたことがある言葉。自分を諫めるかのような言葉。ポケットに入れた指先に薬の袋が当たる。自分が間違っているのか。俺は自分のせいにされるのが怖かっただけか…薬のような苦い味が体中に広がる感じがした。
「あんた責任とってくれよ。」
セイはミルクの肩に手をやると、そういってロヤスの部屋に走った。
「ロヤスちゃん。これ…大丈夫かい?」
セイはどうやら観念したらしく、薬をロヤスちゃんの口に持っていく。反対側でミルクさんがロヤスちゃんを起こしているのを、俺はレインと一緒にロヤスちゃんの体を冷やしながら見ていた。体力強制剤の効果が利き始めたためかロヤスちゃんの体は大分平温に近くなっている。そのためかロヤスちゃんも普通に喋れるぐらいには戻っていた。
「もう大丈夫だよ。社長も、アンちゃんも。体も熱くないしね。この部屋でちょっと眠りたいから、1人にしてくれるかな?」
薬を飲んですぐにロヤスちゃんはそう言った。まぁ確かに冷やす必要もなくなってきたため俺達はその言葉に従うことにした。レインが出る時に「この部屋は防音だから、静かに眠れるよ」といった時、俺はそんなこと初めて聞いたぞと思ったが、理由はすぐに分かった。
俺達は部屋を出てドアを閉めた時の、痛いほどのロヤスちゃんの悲鳴を忘れはしない。きっとものすごい苦痛なんだろうということしか分からず、部屋に戻ろうとした俺はレインとセイに掴まれた。ミルクさんは涙を流して両腕で自分を強く抱きしめていた。俺だけが分かってなかった…
第20話【SubTitle】「緊張の後に…」
ロヤスちゃんの悲鳴のような鳴き声はしばらく続いた。俺はそれを聞いていることが出来ずに、外に置き去りにしておいた男と女の様子を見てくると言って外に出た。俺以外の3人はじっとそこでロヤスちゃんの声を聞いて黙っていた。
外に出るとドームの中とは違う嫌な臭いとぬるい風が鼻をかすめる。自分が今どこにいるのかというのを思い出させるのに十分な空気の重さ。俺はドーム前の階段を降り、止めておいたBM(ボールモービル)の荷台を見る。こんなかたちで使うことになろうとは思わなかったセーブロープがきつく男と女を縛っている。まだ目を覚ましていないようだが、ライセンスリングはすでに外してあるので目覚めていても問題はなかった。改めてBMの周りを見ると、俺とセイ、目の前の縛られている男が闘った後があちこちに見受けられる。しかしそれも、もともと荒れているこの星の姿に溶け込んでいて、知っているものでなければ分からないだろう。不意に荷台の後ろにもぞもぞと動く黒いものが目に入る。そういえばボールカーを連結させた時に1台、後ろに黒いのがついていたのがあった。あの時はとりあえずほっといたが、あの時よりも大きさが小さくなっている気がする。
俺はそれがなんなのかを確かめるべく近づいた。近づいてみるとそれは手のひらぐらいの大きさで、明らかに縮んでいる。どうやら『ストレッチャ(伸縮布)』に包まれているようで、俺はしゃがんでその袋の結びを開いた。突如中から真紅の光が飛び出す。いや光ではなかった。それは熱。あまりの超高温からでる熱が光っているような感じを抱かせる。しかし、俺の手のひらの中に出たそれは全く熱くなく、それどころかガラス玉を触っているように温もりを感じない。光が徐々に弱くなり、それが容を現しだす。
「これは―」
「驚いたかよ?」
聞こえてきたのは憎々しい大きな声。やる気のない感じがするのは状況のせいだろう。
「これは何だ?」
無愛想に尋ねる。俺は立ち上がって男に目をやる。
「そりゃこの星の生物さ。売りゃ1万グリはくだらねぇ。」
そうか。こいつらはこの星に密猟に来ていたのか。俺は手の中のものに目をやる。この星の土や岩と同じ色。遠目に見ればただの石ころにしか見えない。その石ころには小さな出っ張りが6つと羽根のようなものがついている。6つの出っ張りは微妙に動き手のひらをくすぐり、その羽は苔のようなものでこの星の腐った木と同じ色だ。正面と思われる部分に丸い穴のような跡がある。俺はこの動物を知っていた。俺がまとめた資料の中にあった、結構危険な部類だったのに今手の中にあるのは明らかにただの石だ。その石ころの名は『グロート』。特徴として、光を吸収しその分だけ巨大化するという特徴を持っている。もちろん際限はあるが、象ぐらいの大きさのはずだ。
「その顔は知ってるな?」
その声に再び目を男に向ける。完全に観念したらしく、男の声は先ほどより楽しげだ。
「そいつはよ、でかいままじゃ売れねぇんだ。だから小さくする必要があるのよ。つまり光を吸収するのやめさせなきゃならねぇ。かつ、そのままの最低の大きさでいるようにな。手段は1つよ、そいつの目を潰すことだ。」
通りでさっきからこの石ころは逃げようともしないわけだ。
「私達はこの後どうなるのかしら?」
女も目を覚ましていたようだ。冷静な甲高い声で話しかけてくる調子は、なんとも堂々としている。
「お前らはこの星に密猟に来たのか?」
俺は女の質問に答えず言った。
「あら、答えてくれないのね。まぁいいわ。」
「答えろ!」
ロヤスちゃんのこと、目の前の視力を奪われた生物のこと。頭の中は怒りの捌け口を探していた。
「そうよ。私達は密猟者。密猟をした後に、連れてきてもらった旅行業者をそのまま潰して帰るっていうのが私達のやり方よ。」
「なぜこの星を選んだ?」
この星にはこいつらが密猟をするような生物はほとんどいない。今手の中にある生物が最高値だろう、そのほかの生物は危険すぎるし、売っても大した額にならない子虫ばかりだし、どこでも手に入る。
「もういいわね…教えてあげる。私達はドリーマー裁判の元裁判官と元書記よ。私達が密猟者になったのはね、1年前の裁判官見直しの時よ。私達はその時に首にされたわ。あなた私達の名前知ってる?マート・タイルとハンド・サンド・ビルって聞いたことないかしら?」
俺の頭にドーム前の階段で座ってみた新聞記事が湧き上がる。
「知ってるのね、嬉しいわ。その時の決め手になったのが3年前にあった事件の裁判で不正があったということだった。まぁあなたは知らないでしょうね、記事になったとしてもとても小さな記事だったから。私達は辞めさせられてから、ドリーマーのライセンスリングを奪われる前に逃げたわ。そして今回この星を選んだ理由は、あなた達と一緒にいた女が目的よ。」
「ミルクさんが!?」
「そう。彼女はネブリー・ミルク。3年前に特級ドリーマービンキー・メルとしてこの星に送られた。彼女の持っているライセンスリングを奪うのが今回の本当の目的だったのよ。もっとも、彼女が生きていたのは意外だったけどね。」
ロヤスちゃんがライセンスリングを5つはめていた訳はこういうことだったのか。ミルクさんは特級ドリーマーとして送られただけで、特級ドリーマーじゃなかった。それで、あの新聞記事に載ってたのがまるっきり嘘じゃなかったら、カルアとロヤスちゃんが3年前ミルクさんと一緒にロチアに行ったんだ。そのせいでミルクさんが責任を取って…分からないのはそこだ。
「どうして、ミルクさんが?」
「国にはいろいろと事情があるのよ。知る必要はないわ。」
女は冷たくそう言うとそれきり何も話そうとはしなくなった。ミルクさんは国で保護されているはずの人だ。その人がここにいること、カルア、ロヤスちゃんとロチアに行ったことも驚きだったが、なんで送られたのか?答えの出ない疑問を頭の中でぐるぐる回らせながら、手のひらでチョコチョコ動くグロートを見つめていると、後ろからレインの声がした。
「ピース!ロヤスが目を覚ましたぞー!」
俺は手のひらで動き回るグロートをシャツの胸ポケットに突っ込み階段を駆け上がった。男と女の「ちょっと待て」という声が後ろから聞こえたが、レインも俺も無視してドームに入っていった。
部屋の前に着くと、セイとミルクさんももうそこにはいなく、部屋の中から騒がしい声が聞こえてくる。俺とレインも急いで部屋に入るとなんとも嬉しい光景が広がっていた。
「あっ、ピース、レイン〜。おはよ〜!」
顔中に傷テープを貼ったカルアが俺とレインをにこやかに迎えてくれた。
「ロヤスちゃんは?」
ベッドの周りが群がっていて見えなかったので俺は唐突に聞いた。雰囲気からして大丈夫そうだということは分かったが、自分の目で確かめたかった。セイとカルアの間に文句を言われながら割り込むと、そこにはすっかり熱の引いたロヤスちゃんの姿があった。カールした茶色の巻き毛を頭の周りに広げてなんとも色っぽい。俺の姿を見てニコッと笑ってくれる。
「アンちゃん。えへへ、大丈夫だったでしょ?ロヤスのこと見直したぁ?」
小さく頷く。少し目が熱くなるが、そんな格好悪いところは見せられない。目だけをこちらに向けてそういうロヤスちゃんの体は、どうやらまだ自分で動かせる状態じゃないらしい。そんなロヤスちゃんの頭をミルクさんが優しく撫でているのを見ると、母親(否年齢から言って姉か)のように見える。
「心配したよ〜。ほんとによかった。」
セイが本当に嬉しそうな声を上げる。
「セイっちの薬のおかげだよっ。」
「ロヤス、とりあえず体の状態を確認しよう。お前らロヤスをこっちへ。」
レインの声も幾分嬉しそうに聞こえる。俺達はロヤスちゃんをベッドごとレインのいるほうへと移動させた。
その後、身体異常反映器に移したロヤスちゃんの状態を見ると、命に別状はないもののひどい怪我だった。身体異常反映器、丸い巨大な皿で、その中に入れられた有機物質の構造等の大まかな情報や状態がわかる。ロヤスちゃんの状態は、左手、右腕、両足首の骨が砕けたように折れており、その他足の筋肉、腕の筋肉もちぎれていた。「これでよくあんなかわいい笑顔が出来たもんだ」というセイの言葉に、カルアが「可愛いは関係ないわよ」といっているのを聞き、戻ったなぁとしみじみと感じた俺は笑ってしまい、カルアとセイに訝しげに見られた。だが途中、胸の部分に四角い影が映ったので一騒動したが、カルアが調べてみるとぼろぼろのスペーサー免許の片割れだった。俺達がほっと再び胸をなでおろす中、ミルクさんとカルアは「ばぁか」と笑ってロヤスを小突いた。
セイが1人元気だったのでスペーサーをドーム前にもってこいということになったが、ミルクさんが一緒に行くといったのでカルアがそれを止めた。だが、どうしてもセイと2人で行きたいということで、俺達はそれを待つことにした。ロヤスちゃんがやばかったのはほんの30分ほどだったが、俺達には数時間にも感じた。ロヤスちゃんに「苦しかったね」と言うと、「ミルクはもっと苦しかったんだもん。余裕だよ」と言った。マート・タイルの言葉が俺の頭によみがえり、その言葉の重さを痛感させた。それを聞いたカルアは黙って頷いただけだったけど、その言葉をかみ締めるように笑っていた。
セイとミルクさんが戻ってくるまで俺とレインはミルクさんのことについて話した。彼女の生い立ち、過去、どれをとっても明るいものではなかったが、目の前にいる2人は時に関係ないことをはさみながら出来るだけ明るく話を進めた。俺の胸ポケットにも話題が集まり、俺はそれを出して3人に見せた。レインは知っているようだったが2人は知らなかったので、目が見えないことも含め説明した。ロヤスちゃんもカルアもグロートを気に入ったらしく、勝手に飼うとかまで言い始めていた。それからしばらくして、セイとミルクさんが戻ってきたので、俺達は慎重にロヤスちゃんを運び、スペーサーに乗り込んだ。
外に出ると、すっかり忘れていた偽ロウフ夫婦がうなだれるようにBMの荷台に座っていた。検討の結果、俺達はそのままBMを車庫へと突っ込むことにした。もちろん「ちょっと待て」という声は無視して。
俺達の乗り込んだスペーサーSH300はゆっくりと動き始める。レインが自動車椅子に乗って運転室にいったのはさっきのことで、「こんな状態でもお前よりは運転はうまいから」と俺の優しい言葉を無下にする科白を吐いていった。
「疲れたね。」
「あぁ、そうだな。」
セイとカルアの会話にも疲れが見える。ロヤスちゃんは嫌がったが、A−室でいるのがいいということでミルクさんと一緒にA−室に行った。どうやらセイとミルクさんは一緒にスペーサーをとりに行った時にわだかまりを解いたらしく、乗り込むときはセイが緊張したようにレディーファーストを実行していた。
スペーサーの窓から見える景色は心地よいぐらいに異世界で、自分達の現実を消してくるれような印象を持つ。消さない過去にとらわれるなら、その上に楽しい未来を塗ればいい。どんなに大きなものにも、どんなに小さなものにも同じだけの悩みがある。欲望は尽きることなく、駆け巡る。それらが人を動かし世界をつくる。
「今頃ロヤスちゃん大丈夫かなぁ?」
暫くのドドドドッという圧迫の後、目の前に広がる漆黒の世界。遠くで瞬く光の粒はその漆黒の闇を通って俺達にその存在を伝える。純粋にそれを綺麗だ、神秘的だと感じる者もいれば、それを科学的に観ようとする者もいる。どちらが正しいとはいえないが、俺は前者の方をとりたい。ややこしいことなんて考えるだけ無駄だ。いくら調べてもそれでこの宇宙を、世界を変えることなんて出来やしない。宇宙の真理を理解しようとするよりも、純粋に楽しめる心を忘れないことの方が大事なことだ。
――ミルクさんは辛かっただろうなぁ…
単純にそう思うことしかできない自分が無力で腹が立った。
第21話【SubTitle】「罪のかたち」
目の前で可愛らしい寝息を立てている女の子。どんな夢を見ているのだろう。夢の時間は現実的で、たまには幻想的な夢も見るが、その時間はとてもリアルで長く感じる。目を覚ますとそこにあったはずのものがなく、そこになかったものがある。そして必ず感じることは、あんなに長かった夢の時間が嘘のように感じ、とても儚く消えそうになっていくその夢を、いつまでも抱いていたいという空虚さ。時には憤慨し、悲しむ夢もあるけれどそれはどこか笑えて、流れるように消えていく。
私は昔、頭の中にたくさんのことを詰め込んだ。空っぽじゃなかったはずなのに、空しさが何かを求め続けた。空っぽの体でも夢を見ることは出来る。そう思った私はよく眠った。あんなに眠るのが怖がっていたのが嘘のように眠った。いっそのこと眠り続けたいとは思わなかった。なぜなら、そこにいる私は確実に私で、そこを現実だと信じて疑わなかったから。それでも目が覚めると泡のように消えていく夢の時間。時には再び目を閉じて、今見ていたはずの夢を思い出そうとした。それでも動き出した脳の中で思い出せることは断片的で儚かった。夢のパーツだけを握り締め、私はその日を生きた。いつか夢の中がそのまま現実となることを信じて。
今の私は夢を見るだろうか。目を閉じればほのかに明るい闇が射す。夢を見て目を覚ませば、目の前にあったはずの綺麗な世界がなく、なかったはずの汚い世界が広がる。そんなことになれた私が無性に可笑しく、笑ってしまう。暗闇の中で光を求めた私。光に導かれ、歩き始めた私。もう迷うことはないだろう。
きっと夢は見ない。それは全て現実だから。
目の前の可愛らしい娘の寝ている側で、チョコチョコと動き回る一匹の生物。時々その娘に当たってはよろめく。それでも歩くのは光を求めてか。否、今の私にはそれ自体が光を与えるものに見えた。
カルアも本当はかなりの重症のはずだ。応急処置をしたといっても、骨が治るわけではない。きっと折れているのだろう、時々脇腹をかばう動作が見て取れる。セイも俺も疲れきっていた。今回のベンチャーは今までになく短かったが、その分ものすごく疲れた。内容も予定と全く違うことになったし、なにより収穫がなかった。まあ、グロートが1匹手に入ったがそれも今後どうなるか微妙だ。そんなことを考えていると、セイが珍しく早めに酔い止めを飲むといってきたので、俺は薬を出した。セイの2重人格のことはまだ誰にも言ってなかった。セイが元に戻った時、誰にも言わないでくれといったので言う必要もないと思い、俺は黙っていた。隣で薬を飲むセイを見ながら俺はウトウトとスペーサーが揺れているのを感じた。目に見える光景がぼんやりとしてくる。セイが何か言うのも微妙に聞き取りづらく適当に返事を返す。まぶたが重い。徐々に視界が狭くなってくるのに気づく。セイが立ち上がった。部屋にでも行くのだろうか?体が重い。動かすのがめんどくさすぎる。セイがまた何かを言うが聞こえない。適当に首を振って目を閉じる。…あぁ眠い…
「ホイこれ。ありがとよ。」
そう言ってピースに薬の袋を渡す。目の前ではカルアが右脇腹を押さえながら眠っている。椅子を倒さずに寝てしまったところを見ると、よほど無意識のうちに眠ってしまったのか。黙ってれば結構かわいいのになと思う顔は、今はひどく腫れているが…
「あぬう、はぃあぃ。」
ピースがわけの分からんことを言って袋をしまうのを片目に見ながら、立ち上がる。ピースもやはりかなり疲れているのだろう。
「ちょっとレインのところに行ってくるな。」
首を縦に振るピース。完全にしまりのない顔だ。いっそのこと寝ろといってやりたくなるが、まあこの調子ならすぐに寝るだろう。セイはカルアの椅子を少し倒し、灯りを消してB−室を後にした。運転室に続く方のドアを開くと狭い廊下が現れる。薄明かりが目に優しい。左手にいつも俺達が寝ている3つのC−室のドア。それを過ぎた突き当たりに運転室と書かれた部屋がある。左を見るとトイレへと続く通路、右には2つのA−室へと続く通路が薄明かりでやわらかく続いている。ロヤスちゃんの様子を見に行こうかとも思ったが、寝ているなと思いセイは運転室のドアを開けた。
ウィーンという音と共に廊下よりも暗い運転室が広がる。前面に広がる4つの大きな窓。その下に様々なボタン、レバーがついた機械から出ている光がこの部屋の明るさをギリギリで保っている。自動運転にしてあるらしく、机に肘をついたポーズで自動車椅子に座って前を見つめている。
「なんだ?なんかようか?」
「明かりぐらいつけろよ。」
セイがそう言って電気を点けようとすると、「これでいいんだよ」と言ってレインが振り向いた。口に無煙タバコをくわえて、いつものめんどくさそうな顔をしている。「はいはい」と、セイは近くの椅子に座ると机の上にのっていた無煙タバコの箱から1本取り出す。机をはさんで同じようなポーズをし、様々なボタンのついた機器の下からグラスを2つ取り出す。レインもそれを見て同じような動作でウィスキーを取り出す。『ホットダスト』と書かれたラベルの下に見えるのは輝くような緋色。それをグラスに注ぎ、レインが口を開く。
「ばれたか?」
「ピースにだけな」グラスに入ったホットダストを口に運ぶ。きれた口の中に沁みるぬるい液体。焼けるような痺れ、独特の香りが鼻をつきそれを飲み込む。体の中を流れるのが手に取るように分かる。辛いような甘いような、少し感じる苦味がアルコールの強さを感じさせる。口を開くと香りが霧のように口から逃げるのを感じた。
「いいのか?言わなくて?」
レインも同じようにグラスを口に運ぶ。全身の筋肉痛が体を蝕むのを感じるがアルコールがそれを曖昧にさせ、何か温かいものが体の芯からくるのを感じる。
「いいんだよ。俺は覚えてねぇしな。」
「そうか」とだけ言って再び口にグラスを運ぶ。俺ももう1度ホットダストを口に含んだ。氷を入れないで飲むぬるいウィスキーが喉を通る。カーッとする熱さが胃袋から立ち上がり全身にいきわたる。ちびちびとゆっくり飲むこの感じがウィスキーの醍醐味だ
「俺が言ったところで、あの娘(ひと)に重荷をしょわせちまうだけだからな。今が1番大切なんだ、ハッピーエンドでいいんじゃねぇ。俺はレディファーストだからよ。」
「馬鹿…意味違うだろ。それから人見知り直せよ。」
レインが笑って無煙タバコを吸う。
「いいのよ、これで。」
そうこれでいい。俺が一生初級ドリーマーでも今更言ったところでどうなるわけでもない。これから続く未来のほうが大事なことだ。生き方は違えど人の運命はそれぞれ繋がっている。少なくとも俺はそう考える。今回のベンチャーのことをレインはどう思ったのか。レインとは古い付き合いだ。もっとも俺は3年前からしか知らないが…レインは俺のことをよく知っている。なんだかんだでこのキャンバスをまとめている社長だ。おそらくミルクさんのことも気づいているんだろう。
「今回はよぉ。―やっぱりダメだな、煙が出ねぇとなんかな―」
レインが無煙タバコを口から離し、煙を出す仕草をする。
「くそみてぇだったな、今回は。訳の分からん2人組みは暴れやがるしよ。おかげでまた出費だぜ。」
無煙タバコを灰皿に置き話を続ける。
「まぁやっぱりロウフ夫婦は偽だったわけで、これからの生活どうしましょうかって感じよ。」
机の上に何かが印刷された紙を取り出す。なにやら数字の羅列があるのをみると、電話の履歴と大体の内容のようだ。
「連絡、取ったのか?」
小さく頷くレインはまたグラスを口に持っていく。それを一気に飲み干すとしばしカーッという感じで顔をしかめた。噛み締めるようにホットダストの香りを口から吐き出し、レインは詳細を話した。その話はほとんど3年前の俺とミルクさんに深く関係するものだった。
そもそもロウフ夫婦は高齢で、元ドリーマー裁判の裁判官だったらしい。3年前のミルクさんの裁判の際、「再検討を」と訴えたが難なく却下され、自分達の無力さを痛感していたという。極秘裏に進められた裁判ということもあって、一応新聞に載りはしたが詳細は誰も知らないというのが真実だった。夫婦そろって裁判官のロウフ夫妻は何度も調停を申しかけたが、そのため1年間の禁固刑ということになったそうだ。もちろんその際にライセンスリングは剥奪され、今では一般人として生活している。そして独自に調べ上げた結果、カルア・ルヴィーナ、ロヤス・クインドという2人が3年前の裁判に深く関係していることを知り、今回その真実とその後を聞こうと俺達のキャンバスにベンチャーを依頼したということだった。
「だが、なんか記憶消されててな。」
ロウフ夫妻は高齢で、しかももはや一般人。記憶除去装置(DM装置)で何者か(もちろん今車庫にいる2人にだが)に記憶を消されていたということだった。だが、DM装置で消した記憶は何らかの拍子によみがえる。レインはそれを上手く引き出したと自慢げに話した。
「ふぁ〜…疲れてる時に飲むもんじゃなかったな。眠くなってきた。」
ホットダストの香りがほのかに立ち込める運転室で、セイとレインはゆっくりと変わらない流れる景色を見つめる。ウィスキーで温まったからだはぐったりと何かを忘れさせるように眠気を誘う。
変わらないことは大切なことかもしれない。でもそれ以上に変わることは大変だ。忘れたからといってそれが変わるわけじゃない。変化があるから世界は廻る。その変化の1つ1つをつなぐ繋がりが俺達の世界を形成している。
――宇宙の外側か…
ピースとカルアに聞かされたミルクさんの過去。ピースの言っていた言葉がこんな形で繋がっているとは。もともと興味はなかった。なんにしろ俺の記憶が出来たのは3年前。当たり前のように思われてることも知らなかった。『昔の俺』が助けたのがミルクさんで、彼女が言っていた言葉がこんな風に俺達を繋ぐなんて。目の前に広がる暗い闇。この先に何があるのか、単純にそう思うことが罪ならば、俺達の繋がりそのものも罪なのか。罪には罰をというが、それが偽りの罪ならば?消せない罪は真実か?答えは出ているはずの疑問を頭の中で廻らせてしまったのは、アルコールのせいだったのかもしれない。セイはゆっくりと目を閉じた。
第22話【SubTitle】「FUNKY−TIME≒0」
俺が眠ってから10分も経ってなかったように思う。だが、俺達は惑星T−Ballの上にいた。くそやかましいアナウンスが頭上で鳴り響き、これから着陸するとのことだった。時計を見ると壊れているんじゃないかと思うほど針が進んでいる。着陸のために本物そっくりの女の声が俺達に指示を出す。セイは戻っておらず、俺の目の前にはカルアだけが元気そうにベルトをしている最中だ。俺より早く目が覚めていたようで、意識の朦朧としている俺のベルトの手伝いまでしてくれた。もちろん「なにやってんのよ」というお言葉付きだったが。
T−Ballに降りて、まずは病院へと直行した。車庫に入れたままだった2人の元裁判官は、レインが連絡を入れていたのか、下に待機していた警官隊によってすぐさま逮捕となった。どうやら指名手配犯だったらしく、そんなやつらを乗せた俺達も軽く叱られた(病院に行かなければと言って逃げた)。そうは言っても、五万といる指名手配犯の顔を全て知っているはずもなく、極力依頼者のプライベートには自ら立ち入らないようにしている俺達ドリーマーにしてみれば仕方ないことだった。降り立ってからのいろいろな手続きも面倒だったが、グロートは警官隊にばれないようにロヤスちゃんが自分の服の中に隠していた。
また、そこには本物のロウフ夫婦も来ており、丁寧な言葉遣いで俺達を迎えてくれた。ぼろぼろの服装の俺達に比べては幾分マシな格好だったが、それでも生活苦が滲み出ている様ななりをしている。高齢で、人の優しいおじいさんとおばあさんと表現するのが1番いいかと思う。俺達が重症なのを知って、その場での再会を後回しにして病院まで付き添ってくれたところはやはり人が出来ていると思った。
病院での診察の結果、セイは入院の必要がなかったが、俺は1週間、カルアとレインは2週間、ロヤスちゃんにいたっては1ヶ月の入院ということだった。診察・治療に当たってくれたのが、なんともファンキーな医者で「バカみたいな怪我だな、オイ!」とか叫んでいた。それからミルクさんも体中の傷を治すためにビンキー・メルの名前で入院した。俺達と同じ病棟で、こちらも「何だっよ!この傷は?どこで硫酸かぶったんだ?」と叫ばれていた。
ロウフ夫婦は俺達の診察が終わってから、カルア、ロヤスちゃんに話しかけた。一言二言話すと、驚いたように顔を上げ、ミルクさんを見つめる。そしておばあさんは、小さな声で何か言いながら彼女を抱きしめた。おじいさんの方は彼女の手を握り、これもまた何かを呟くように語り掛けていた。後日セイに聞いて知ったのだが、このときの俺はなんでロウフ夫婦が涙を流してミルクさんを抱きしめているのか分からなかった。
1週間経って俺が退院し、その時にはセイは暇で死にそうになっていた。「後1週間か〜」といっていたレイン、カルアももちろん暇で、隙を見て逃げ出そうとしていた。だがロヤスちゃんを置いて逃げるわけにもいかず、結局2週間丸まる病室で過ごした。その時にもロウフ夫婦は度々見舞いに来てくれ、その度に手作りのミートパイやら、チョコクッキーなんかを持ってきてくれた。俺もセイと一緒に見舞いに行くようになって、セイが暇だといっていた状況を痛感した。見舞いに行っている間はいいのだが、キャンバス内にいる間が途方もなく辛かった。鳴りもしない電話を待ち、来るはすもないドアを見つめ、それに飽きると惑星図鑑を開くか、資料をまとめたり、部屋の掃除。極めつけは呆けるだ。この結果必然的に見舞いの時間が長くなるのだ。俺はまだセイがいたからよかったが、1人でこんなことやってられるかと言っていいほど暇で、「俺も入院すりゃよかった」と言っていたセイの気持ちに激しく賛成した。
しかし、そんな環境もレインとカルアが退院してくると大分変わった。セイとカルアの討論はあるし、レインの仕切りも心地よかった。依然として電話は鳴らず、ドアは開かなかったが、それでも呆けることはなくなった。もちろんそのせいでロヤスちゃんとミルクさんの見舞いに行くのが減るはずはなく、毎日早めに仕事を終えると、真っ白い病室へと向かう。ロヤスちゃんはもう元気いっぱいで、行くたびに「もぅ〜帰るぅ〜」と駄々をこねた。また、日に日にミルクさんの顔色は良くなっていき、痩せこけていた頬もふっくらと温かみを持った紅が注し、カルア、ロヤスちゃんとは違う大人の女性の色香を漂わせるようになった。心配していた顔の傷も最新の医療で、跡を残さず治り、もともとの整った顔立ちが姿を現した。セイのミルクさんに対するぎこちない態度も徐々に打ち解けてきていた時に、その包帯が取れたため、人見知りの女好きの態度は再びギクシャクした。その1週間は本当に早かった。今までの2週間の時間の流れの遅れを取り戻しているんじゃないかと思った。なぜ1週間か?あまりにもロヤスちゃんが(ミルクさんも)「逃げよっ、ねっ?」と言うので、予定よりも早かったが病院から脱走したのだ。
陽気な音楽のリズムがラジオから流れる。その陽気さに負けないような明るい声で、うちのキャンバス7色のムードメーカーが復活を告げる。
「じゃじゃ〜ん。ロヤスふっか〜つ!」
完璧には治っていないのだろうが、この際そんな小さいことは考えるべきじゃない。目の前に両手を広げて立っているのはいつもの可愛い天然少女。今その少女と俺達が立っているキャンバス7色のログハウスの中は、珍しく片付けられ豪華な料理が並んでいる。
「いいぞ〜!ロヤスちゃんおめでと〜!」
セイが目元を緩ませて拍手をする。セイの服の胸ポケットにはグロートが顔を覗かせている。唯一入院しなかったセイにグロートを預けていたため、どうやらなついているようだった。俺達も同じように拍手をし、ピーピーと指笛を鳴らした。音に反応してグロートが羽をばたつかせる。開いた窓からはかすかにぬくもりのある風が入ってきており、春の夜の匂いを感じる。3週間前にいた惑星の臭いとは、比べること事態が間違っていると思ういい匂い。
「よっしゃ!今日は存分に楽しむぞー!」
レインのやる気満々の声が心をくすぐる。外は星が瞬き始めたのがよく見える月明かりだけの夜の空間。キャンバス7色は基本的に何もない丘の上に立っているのだが、その丘からはこの街が一望できる。もちろんそんな眺めのいい場所にはカップル用のホテルや、憩いの場のようなものがある。その丘のほとんどはそのような建物で埋め尽くされているのだが、ごくごく危険な立地条件(つまり格安の土地)で交通も一応ついている場所(つまりその周りには崖やら森やら)にキャンバス7色はある。まさに秘密基地だ。それでもいいことはある。
「今日は思いっきり騒ぐぞ〜い!!」
馬鹿みたいに笑って、ジョッキ(やらグラスやらコップ)を持ち上げる。セイの胸ポケットから出たグロートがテーブルの上に羽ばたいた。全員が俺に続いて各々のグラスを掲げ激しくそれを打ち合わせる。中に入ってるのがこぼれようがそんなことは気にしない。大事なのは今だから。
「「「「「「カンパーイ!!!」」」」」」
テーブルの上にのっているのは全て俺とカルアで作ったもので、ロヤスちゃんとミルクさんも手伝うと言ってくれたのだが、病院脱走してきた人にそれはさせられないと言って諦めてもらった。しかし作りすぎたかもと思う量だ。マッシュポテト、バターポーク、鶏の丸ごと胡椒焼き、ハーブピザ、串刺しサラダ、占いおにぎり。いろんな世界のおいしそうな料理をグルメブック片手に作ってみた。さらにテーブルの上にはいろいろなお酒とジュースが置いてある。
「あー!何〜ロヤス〜。牛乳じゃないのそれ〜?」
あちらではセイがミルクさんにマッシュポテトをとりわけ、むこうではレインが鶏のもも肉を豪快にほおばっている。
「そうだよ?だって牛乳おいしいも〜ん、背ぇ伸びるかもしんないしね。カルアも飲む〜?」
「何言ってんのよ。こういう時はお酒に決まってるでしょ?牛乳飲んでもそのぷにぷにが大きくなるだけなんじゃないの〜?」
自分の皿に占いおにぎりを1つとってかじった。俺の隣ではカルアとロヤスちゃんが体をつつきあっている。口の中にお米独特の甘さと、塩のしょっぱさ、しっかりとしているが淡白な飽きない味が口に広がる。だがその中におかしな甘さも同時に広がった。チョコレートだ。俺は入れた覚えがないからカルアか。それを皿に戻して、口直しにジョッキに入っていたブルービールを飲む。あんまりアルコール度数の高い酒ではなく、始めに飲み始めるには最適な食前酒といったところか。一般のビールとは違い、独特の苦味がなくどちらかというと甘い様な感じをもたらす澄んだ青色の液体。そのため、ビール好きからは「邪道だ」「ビールじゃない」「子供の飲み物だ」と言われている。俺は酒は飲めるんだが、ビール独特の苦さが嫌いでブルービールしか飲めない。20歳になったら分かるのかもと浅はかに考えている俺はやはり子供なのだろう。
「幼児体系のお前が言ってんじゃねぇよ、ってな?」
ミルクさんと一緒に俺の横にやってきていたセイが、カルアに聞こえないようにそっと呟く。俺が「しらねぇぞ」といった感じの顔を向けると、セイはバターポークをつまみ上げ口に運びにぃっと笑った。
「セイ〜聞こえてるわよ!」
「はいはい。なんでしょう?カルアさん?」
ミルクさんに笑いかけると、セイはカルアの方に近づいていった。彼女は両手で持ったグラスを「頑張って」という風に掲げ、笑い返す。ホスピートにいた時はあんなにギクシャクしてたのが嘘のようで、とてもほほえましい。レインに目を移すと、さっきまで飲んでいたジョッキを置いて、新しいグラスに針酒(しびれる辛味が特徴の唐辛子のお酒)を注いでいる。レインはいつもマイペースだ。特に話を進めようともしないし、深く尋ねようともしない。今も、自分の取り皿にガーリックトーストとマッシュポテトを取り終え、またソファに座り込んでこちらを少し見たり、煙草を吸って窓の外を見てはグロートをいじったりしている。
「よ〜し!じゃあ勝負しましょ、セイ!」
「おう、望むところよ!その代わりお前の今飲んでるやつはなしだぞ。」
ロヤスちゃんもいつの間にか俺のすぐ隣に来ており、セイとカルア2人が向かいあって床に座りなにやら話している。右隣を見るとミルクさんがニコニコとそれを眺め、左隣を見るとロヤスちゃんが両手で牛乳のコップを口に運んでいる。
「ロヤス!これ、飲んでみな。あんまり残ってないけど。」
カルアが白い牛乳のような飲み物をテーブルの上に上げた。ロヤスちゃんはそれをしぶしぶ受け取ると、鼻を近づけてくんくんとにおう。ミルクさんが「牛乳とジュースを足した味だよ」と自分のグラスをカランと当てる。どうやら同じもののようだ。ゆっくりと初めてのキスをするように震えながらグラスを口に運ぶ。他の誰かがそれをやっていたなら、じれったいと思うほど長かったかもしれないが、目を閉じてゆっくりと白い液体を口に運ぶ姿は思わず見とれてしまうほど幼く、可愛いかった。
「ど〜お?『カルーアミルク』のお味は?」
少ししっとりとした感じの曲に変わったラジオの音楽が、ロヤスちゃんの心境を表しているようだ。だがその音楽もしっとりしているのは最初だけで、すぐに今までのような陽気な曲に変わった。ミルクさんのしっとりとした大人の声にロヤスちゃんが答える。
「おいし〜い!アンちゃん。これすっごくおいしいよっ!飲んでみてぇ。」
キャッキャと俺の腕にしがみついてくるロヤスちゃんの行為が挑発じゃないのかと思うほどだった。セイにまた文句を言われるのが嫌な俺は、とりあえずロヤスちゃんを落ち着かせ、カルーアミルクを一口飲んだ。口に含んだ瞬間に広がる甘い味。ココナッツミルクのような感じも受けるが、最後に残るほのかなアルコールの香りが幾分甘ったるさを和らげる。だがさすがに酒という感じはしない。これはまた違う飲み物だ(ブルービールとは違う全くお子ちゃま向けだと俺は思う)。
「おいしいね。ロヤスちゃんお酒飲んだの初めて?」
勢いよく頷く様子が本当に子供で、俺もミルクさんもつい笑ってしまった。勝負を始めようとしていたカルアとセイもそれを見て、やっぱりみんなで飲めるんだからゆっくり飲もうということで停戦した。
しばらくそこ(事務室)でわいわいやっていたが、一緒に飲もうとせがまれたレインもこちらにやってきて、料理の量も減ったので、俺達はいつでも寝れる休憩室に場所を移した。椅子に座って飲むよりも、やっぱりじかに座って飲む方が楽しいし楽だ。夜も大分更けてきたが俺達のテンションは上がる一方だった。ラジオからは少し古めの音楽が流れ始め、俺達はミルクさんのホスピート生活術を聞いていた。
「ミルクさんは何を食べてたんですか?」と俺。
―そうねぇ。あんまり食べるものの種類はなかったけど、あれは…虫?かな
ゲーと言うカルアとロヤスちゃんとは対照的にミルクさんはとても楽しそうに話す。
「じゃぁミルクはお風呂とかは入んなかったんでしょ」とロヤスちゃん。だがこの質問はカルアに「当たり前でしょ」と言われ、ミルクさんもアハハハと笑うだけだった。
「誰も来なかったんすか?」とセイ。
―そりゃもう、人なんて全然見なかったわ。鏡がないから虫を食べてる自分のことをバルハンターじゃないかって思ったもの。
「そのバルハンターとかには襲われなかったの?」とカルア。
―ボアシャークはマグマホールにさえ近づかなければ大丈夫。でもバルハンターはねぇ、とにかく必死で逃げたわよ。でもあいつらが恐れるのがマグマだって分かった時の感動は今まで味わった中で最高ね
辛い話を面白おかしく聞かせてくれるミルクさん、痛みをこらえて笑ったロヤスちゃん、セイと対等かそれ以上の立場のカルア、女の人は強いなぁと思った。
ラジオから流れてくる曲があるお酒の音楽に変わった。伝統的な民俗音楽のような音色。俺達もその曲にノリノリで酒を飲もうということになり、レインがその酒を出してきた。ウィスキーよりは幾分薄い緋色の液体がビンの中でリズムに合わせて踊っている。みんな既に結構酔っていたが、特にロヤスちゃんは弱かったらしく俺に引っ付くようにして寝てしまっていた。カルアとセイもいつもの仲の悪さが嘘のように寄り添って寝ていたが、カルアが気づいたらしく、酒をもって戻ってきたレインに真っ赤な顔で抱きついた。ミルクさんは強いみたいでそれほど酔っておらず、食べ残しの料理をまとめたりと世話をしてくれていた。
―♪パラッパラパラッパッパッ♪
いきなりの馬鹿でかいラッパの音にセイとロヤスちゃんも目を覚ます。目の前に置かれているのはレモンと塩、小さいコップに入った少量のお酒。
―♪パラッパラパラッパ♪
同じメロディを奏でている間にレイン、カルアが身振り手振りで何をしようとしているのかを伝える。セイはすぐに理解し、踊るように俺の横でラッパを吹くマネをし始める。
―♪パラッパラパラッパッパッ♪
ロヤスちゃんは何のことか分からないようだったが、ミルクさんが耳元でこれから行うことを教えている。
―♪パラッパラパラッパ♪
それを言い終え、俺の方に軽くウインクする。俺はメロディを次の段階に乗せた。
―♪パラッパラパラッパッパッ♪
―♪パラッパラパラッパ♪
―♪パラッパラパラッパッパッ♪
―♪パラパパパッパッパッ♪
「「「「「「テキーラ!!!」」」」」」
一瞬の沈黙の後に爆発する笑い声。
パーティーはまだ終わらない。
最終話【SubTitle】「キャッチ&リリース」
―ジリリリリ!
完全な2日酔い。結局日が昇るまでドンチャン騒ぎをやっていた。かなりの量があった薄い緋色の液体はもうほとんどなくなっている。えーっと何々…
―ジリリリリ!
[アルコール度数40℃ 飲みすぎにご注意下さい]
ふむふむなるほど、これはやばかったな。『ローテイスト』という名前に騙された。それにしても、みんなよく寝てられるなぁ。
―ジリリリリ!
あーはいはい、今出ますから。俺は酒臭い体を起こし、休憩室から出る。さっきからうるさく鳴っているのは事務室の電話だ。朝早くから何の用だよと時計を見ると午後2時、「これは申し訳ない」と電話を取ろうとした時にベルの音は鳴り止んだ。仕方なく近くの椅子を引き寄せ座り込む。まだ頭がボウッと―
―ジリリリリ!
再び鳴り始めるベルに今度はちゃんと受話器を取り、ボタンを押す。すると目の前の机の上に耳に受話器を当て白衣を着た人の立体映像が現れる。見たことのある顔だった。立体映像が受話器に当てた口を開くと同時に受話器から声が聞こえた。
『もしもしこんにちは。患者さん戻ってだろう?勝手に退院されちゃ困るぜ〜』
こちらを向きながら話しかけてるのだから、相手にも俺の姿は見えているのだろう。こんな髪ぼっさぼさの状況で、いかにもやる気なく座っている男とのテンションの違いを分かって欲しい。
『どした〜?大丈夫か〜?』
「あっ、大丈夫ですよ。あの2人ですか?ここにはいませんけど、退院したんですか?知らなかったなぁ…」
適当な嘘をついてみる。話してるのがめんどくさいのと、ロヤスちゃん達が嫌がっているところにわざわざ戻す必要はない。それにこの医者なら何とかごまかせそうだ。
『Oh!マジかよ!それじゃ見つけたら薬取りに来るように言っといてくれよ。入院のベッドも空いてるから泊まれるってことも言っといてやってくれ。それじゃなぁ〜』
それでいいのかというほどの適当な嘘に対して、(正に)適当な対応。男の姿が机の上から消える。こっちの意見も聞かずに切るとは…あれで医者なんだろうか?受話器を置いて俺は背伸びをした。こんな程度じゃこのもやもや感は拭えない。すっきりさせるにはシャワーが1番だ。そう思った俺はギシギシと階段を上がった。
―サー
お風呂に近づくと開いた窓がある。ここからの景色は最高だ。今は昼だが、夜が特に綺麗で周りに対して明かりがない山のため、夜の空は星が空中に見える。また小高い山の丘の上にあるここからは、下の街の人工的な星の夜景も楽しむことが出来る。
―サー
階段を上り終えてここまで来てやっと気づいた。何の音かと思っていたらシャワーの音か。誰が入ってるんだろうとおもむろにドアを開けようとした。ドアを開けても、直接風呂場じゃなくて脱衣場になっているから大丈夫だろうと思った。それにカルアとかなら鍵もかけてるだろうし。
―サー
曇りガラス1枚を隔ててのシャワーの音はさっきよりも大きく聞こえる。鍵をかけてなかったてことはセイかレインだろう。てっきり下で寝てたと思ったけど。依然としてはっきりしない頭をまわしてみても、ガラスの向こうからこぼれる湯気のようにもやもやと目の前に眠気を誘う。
―サーーー……キュッキュッ…
足元で何やらが動いている。小石のようだったが、目をこすりよく見てみるとそれはグロートだった。あぁ、なんだセイか。セイの胸ポケットに入っていたグロートの姿を思い出す。どうやらもう出てくるようだし、俺はそう思って服を脱ごうとした。
「グーちゃん?ダメだよぁ悪戯しちゃ。」
脱ぎかけていた服もそのままに、一気に目が覚めた俺は脱衣所を後にする。出来るだけばれないように、なおかつ迅速に俺はゆっくり音を立てないように脱衣所のドアを閉めた。脱ぎかけの服を着なおすと何事もなかったような顔を繕うため、手でごしごしと何度か顔をこすると窓の外に体を乗り出して空気を吸った。深呼吸すると春の生暖かい空気にのって山の香りが体中に入ってくる。
―ガチャ
ドアが開く。
「あっ、アンちゃん。起きてたんだぁ?大丈夫ぅ?昨日結構飲んでたけど。」
小さな体にはっきりとした体のラインを持つ(ぶりっ…おっと禁句)娘が目の前に現れる。頭の上に小さな石をのせ、濡れた髪を肩にかけたタオルで丁寧に拭いている。くるくるの巻き毛のその娘はドリーマー専用の服装をしている。上に丈の短い上着を羽織り、その右腕と背中にはDと言う文字が記されている。下はミニスカートで、若い女の子が着るから似合うんだろうなぁと思わされる。
「だ、大丈夫さよ。ロヤスちゃんは大丈夫?昨日初めてだったんしょ?」
明らかにおかしい言葉遣いをまだ酔いが残っていると取ってくれたのか。
「アンたんも一緒にお風呂入ったらいいね。」
「えっ!!?」
あまりの大声にロヤスちゃんが驚いた顔をしてもう1度言い直す。
「あっ、あの、だからね。アンちゃんも一回お風呂入ったらいいよって…」
納得したと同時に自分が考えてしまった妄想を必死の笑顔で取り繕う。湯気は出ていないが、濡れた髪を拭きながらロヤスちゃんも笑い返してきてくれた。頭の上にちょこんとのっているグロートには『グーちゃん』と名付けたらしく、お気に入りの石ころを手に取ると指先でくすぐった。セイになついていると思ったが、ロヤスちゃんにも相当なついているらしい。俺が手を出すと小さい羽で俺の指をピシャッとはたいてきた。それを見てロヤスちゃんはまた微笑む。
「じゃあ俺風呂入るわ。」
俺の指をはたくだけで喋れないグロートに感謝しながら俺はふたたび脱衣所に入った。
昨日の後片付けは思ったよりも時間がかからず、俺達はすぐに仕事に取り掛かることが出来た。今回のベンチャーの出費等を計算していると、レインが「ウゴー」とか「ぐゎー」とか叫び声をあげていたが、あらかた終わると結果はいつもどおり
「赤字だ!」
結局は赤字なのだが、いつもはここからその時その時でベンチャーに行った星の観光品とでも言うべき品物をいくつか持って帰ってきており、それらを売って何とか黒字みたいな感じなのだ。今回はそんな時間もなかったし、ドームの機器や薬品も使ったということで(幾分保険は降りたが)その額がでかかった。
こういう状況を打破する方法は1つしかない。このキャンバスに2年も勤めていればそれは分かるようになる。ごくごく簡単なことだ。
―客捕り
無駄に他の星に『バイト』(本当の観光用惑星[お土産屋等、人の手の介入が多々入った星]に特星品を仕入れに行くこと)をしに行く金もない。大きなキャンバスはそういうのもやってお金を稼ぐのだろうが、うちはそんなことやってたら間違いなく倒産だ。レインが「うーうー」呻きながらもお決まりの科白を吐く。
「速攻でチラシ作って配って来い!とりあえず仕事をアピールだ!」
レインの一声で俺達は作業にかかる。レインイヤーに聞かれるとめんどくさいため、出来る限りの小声で話しながら、俺達は作業を続けた。カルアとセイはいつもどおり口論をするが、その間にミルクさんが入って止めるので、いつもよりも1人増えたけど効率よく作業は進んだ。ミルクさんは俺達の手伝いを進んでやってくれ、その手際のよさに俺達全員が思わず「おぉ〜」と言ったほどだ。
「んじゃ行ってきますよ〜」
自動探索電話帳を片手に電話しまくっているレインを残し、俺達は作り終えたチラシを配りに街にでた。
「お願いしま〜す。」
「…………」
「お願いしま〜す。」
「…………」
いくらやっても受け取ってもらえない。やっぱり向いてないなぁこういうのは。なんかインパクトが必要なんだよなぁ…チラシ…人が集まる…
「!?」
そうだあそこに行こう。俺はみんなを集めてその場所に向かった。
黒い地面が綺麗に磨かれて光っている高いビルの上、ここから見下ろすと人がまるでありの様に見える。しかも今日はいつもよりも人が多い気がする。大量に作ったチラシを抱え、風を確かめる。大丈夫だ、強くない。これならきちんと人々の頭上に舞ってくれるだろう。
「まさかこの上から投げようっての?確かに人目は引くけど、怒られるぜ。下手すりゃ警官隊に…」
「大丈夫!まかせろ。」
俺と同じくほとんど配ってないチラシを抱えてセイが言う。やっぱり男は受け取ってもらいにくいよな。カルア達の持ってるチラシは俺達の半分とまではいかないが、それなりに受け取ってもらえている。
「ねぇ〜アンちゃん。あそこに見えるのがスペーサー免許の試験場でしょ?」
ロヤスちゃんの指す方向には大きな城のような建物が見える。城と言っても要塞のような感じか、茶色いレンガ造りを思わせる古風な外観とは裏腹に中は時代の最先端をいく設備が整っている。今日も試験は行われていたようで、人がぞろぞろと出てきている。
「あたしも取ろうかな〜本物。」
「あっ!ロヤスもおんなじこと思った〜」
カルアの顔を見てにしししと笑う。2人はポケットから半分に割れたぼろぼろのスペーサー免許を取り出すとそれをくっつけてミルクさんに見せた。一瞬驚いた顔を見せたミルクさんだったが、すぐにとても優しい笑顔でありがとうと言った。
「おっそろそろだよ。用意して。」
腕時計を確認してビルの屋上の手すり部分にしがみつく。
「5…4…3…2…1…そらっ!!」
ピンク色の大きなチラシがビルの側面を埋め尽くす。大きく一言だけ書かれた言葉が印象に残るチラシ。そこに書いてある言葉はもはや何の意味ももたらさない。それをかき消すほどの大量のビラが宙を舞う。ひらひらと落ちていくビラは、ピンクのチラシを見上げた人たちの目に留まり反響を呼ぶ。まるでたくさんの魚がいるところにえさを放り投げた感じだった。沈み行く夕日がチラシをオレンジ色に染め、ビルの陰が深い海の色に見えてくる。
いろんなことがあったけど、この仕事は楽しいや。どんなに苦しいことがあっても、隣で笑っている女(ひと)を見ればこれからもそう思えると思う。今回レインは「赤字だ!赤字だ!」と騒いでいたけど、決して損をしたとは言わなかった。結果的に赤字になったがそれ以上に得るものがあったのだ。生まれながらに決められたレールや、変えられたレールそれらから抜け出すために俺達は夢を見る。時にそれが間違っていたとしても、修正できるのはまた夢を追う力。
俺達はまだまだこれから夢を見る。だって答えは見つかっていないから。
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さあて、次はどんな冒険がかかってくるかな?
〜エピローグ〜
上から下まで繋がっている群青色の作業服。はだけた胸から白いシャツが見えている。背中と右腕にDという文字が施されただけの刺繍が彼を何者かと分からせる。私の左隣には、私よりも少し背が高いすらっとした女の子。この娘も丈の短い上着を羽織り、ミニスカートをはいていて、やはりその色は群青色で背中と腕にDという刺繍。私の前にも同じ服装の男の子と女の子がいる。小さい女の子を優しくエスコートするような仕草がよくみて取れる。女の子はそれを天然なのかどうなのか、流したり喜んだりしている。後ろにも1人同じ服装の男の人。唯一私よりも年上で、そのせいか落ち着いた雰囲気が作り出す独特の空気が、安心感を抱かせてくれる。
「ミルク〜早く早くぅ。ね〜セイっち、ここだよねっ?」
「いやぁそれにしても、今日はいい日だなぁ。」
「病院脱出記念日が?」
「…アンチ、それはあんま言うなよ…」
「うっさいわねあんたらは。さっさと行きましょ。やることはいっぱいあるんだからっ。」
微笑んでいるだけでいい。それだけで自分の存在が認められている気がする。
私達が今来ているここは『イタダキ』という量販店で、何でもそろっている。もっとも私達が今日買いに来たのはこれから作るパーティ料理の材料とお酒だ。とても大きな建物で、地上40メートルの高さの間に様々な買い物が出来る。私達は時間短縮のためお酒班と材料班、暇つぶし班(料理を作っている間にできる面白そうな小道具発見)に分かれてそれぞれの階に行った。カルアとピース君は料理を担当するから私達で行くと言って、セイ君は「面白そうなもの探そう」と言うロヤスにつられて暇つぶし班に、それで私とレインさんはお酒を探すことになった。
色とりどりのお酒の色とビンの色で目がちかちかしそうなほどその階はお酒でいっぱいだった。レインさんは顔馴染みなのか、何やら話を付けてくると言ってその階の店員(店長?)のところへいった。私はその間試飲コーナーでどれがいいのかなぁと試してみることにした。昔から、なんでも口にすることの出来た環境にいたせいで一通りのものの味は分かっている。まず最初に飲んだのがレッドビール、下にぴりっとする辛さの後に広がるビール独特の苦味。これはちょっとお酒好きの人じゃないとダメだなぁ、色は真紅で綺麗なんだけど。次はローズリボン、ピンク色の少し粘り気のあるお酒でほのかにバラの匂いがする。中にさくらんぼが入っていてそれと一緒に飲むと、さくらんぼの酸味とバラの甘みがうまく調和してさわやかな味がした。これは女の子受けが抜群だろうなぁ。その次に飲んだのが、カルーアミルク。甘いお酒で、喉を通り越した後にアルコールの風味が鼻に残る。まったりとした感じが口の中いっぱいに広がってゆっくり飲むにはいいかもと思える。幾分アルコールが弱いがその辺は調節できるだろうし。
「ビンキー。何やってる?」
試飲のお酒をどれにしようかと店員さんとにらめっこをしていると、突然後ろから名前を呼ばれた。振り返ると煙草を片手に試飲ケースに首を突っ込んでくる男がいた。レインさんは1通り見終えると「よし行くぞ」と言ってその場を後にする。私はカルーアミルクだけを1本下さいといってそれを受け取りレインさんの後を追った。
「買わないんですか…お酒?」
「ん?買うぜ。まぁ今から行くのは、取って置きってやつよ。」
レインさんは得意げにそう言うと煙草の煙で器用にわっかを作った。レインさんについていくとそこには大きな扉があってその前にさっきの店員さんが立っていた。
「頼むぜ。安いやつでいいからよ。」
店員さんは何重にもロックされた扉に対して迅速に1つづつはずしていき、ついに扉はその封印をといた。扉の中は暗くひんやりとしていたが寒くはなく、なかにはたくさんのお酒のビンや樽が入っていた。
「これでいいや。」
レインさんが選んだのはローテイストと書かれたお酒。店員さんはそれを受け取ると「あいよ」と低い声で言って再び扉を閉めた。その後レインさんがみんなの好みを教えてくれ、一緒に何本かおいしそうなお酒を選んだ。
「はい、これお釣りね。」
2ロム50ケルを受け取って、店員さんにありがとうと言ってその階を後にした。買い終えたら1階の入り口で待ち合わせることにしていたから、私達はそのままエレベーターに乗った。1階の入り口付近にはまだ誰も来ていなかったのでレインさんが「ソフトアイスでも食おうぜ」とお釣りで買ってくれた。しばらくしてアイスを半分ほど食べ終えた時にロヤスとセイ君がやってきて、思ったとおりロヤスに文句を言われた。あいにくお金を持っておらず私の残りを上げると、それでとりあえず満足はしてくれたからやっぱり扱いやすい子だと思った。そのすぐ後にカルアとピース君が来て、またカルアも「ずる〜い」とうるさかったのでお金がないということを言う。諦めるかな?と思ったら、「お釣りあるもんね〜」とけろっと態度を変えてアイスを買いに行った。ちゃっかりした子だ。ロヤスももう1個欲しいとカルアと一緒に買いに行ったので、思わずみんな笑ってしまった。
入り口を出ると人がいっぱいで、何やらイベントをやってるようだった。アイスをはほおばったカルアとロヤスが「でよでよ」と言うので男の子達はあんまり乗り気じゃなかったが、そのゲームに参加することにした。出れるのは全部で6人だったから丁度全員で、お題にあったものに全員で同じ答えを言えればいいというものだった。例えば、お題がケーキだったらみんながショートケーキとか答えればちょっとした商品がもらえるのだ。
「エーでは、意気込みを。」
イベント台の上にのった私達に司会者らしい人が話しかける。
「えーと…まぁそこそこ…」
「「絶対商品いただきます!!」」
レインさんの声に割り込んでカルアとロヤスがマイクに叫ぶ。あんまりの元気のよさに苦笑いをしながらも司会者がゲームを進行する。
「それではルーレットスタート!」
―ピピイピピピピピピ…ピ……ピッ!
止まったのは幸か不幸か。
「おーっとこれは難しいお題だあ!果たして合わせられるかなー!?」
6人それぞれの前に高性能マイクが置かれている。どんなに小さな声でも聞き取り、不正も見抜く。顔を横に向けると全員が私の方に顔を向けニコッと笑っている。この言葉を言うのは久しぶりだなぁ。
胸がドキドキする。それでも今は私の隣に仲間がいる。大きく息を吸い込んで声を出した。
「「「「「「宇宙の外側ってどうなってるの?」」」」」」
…SeeYouLater…
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2005/01/04(Tue)14:20:34 公開 / 影舞踊
■この作品の著作権は影舞踊さんにあります。無断転載は禁止です。
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■作者からのメッセージ
違うサイト様で投稿させていただいていたものを手直しした作品です。お読みくださった方ありがとうございます。
手厳しい意見、感想等頂けると嬉しいです。よろしくお願いします。
第7話の調理場での会話部分がわかりづらいかもしれません。その時は何なりとお申し付け下さい(@□@;
完結・更新でございます。
読んでくださっていた方には感謝の気持ちでいっぱいです☆
終わり方が締まらなかったかなぁと思いつつ、今作完結でございます。今まで感想を下さった皆様ありがとうございました。大変励みになっておりました。皆様の作品を読むたびにすごいなぁと感化されつつ進めて参りました影舞踊の処女作。いかがだったでしょうか。
次回作はこの続きでも書いてやろうかとかの野望を抱きつつ、少し遅れた「明けましておめでとうございます」を申し上げます。
これからもショートとか書ける様な文章力をと頑張りたいと思います。皆様の今年の1年が素晴らしい年でありますようにっ☆
p.s レポートが山のようで…宇宙の外側についてだったら書けるんだけどなぁ(笑汗