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『クロウの冒険』 作者:一徹 / 未分類 未分類
全角8427.5文字
容量16855 bytes
原稿用紙約26.7枚
 昔々、あるところに、勇者がいました。勇者は、呪いをばらまき人々を苦しめていた魔物を倒し、世界を滅ぼそうとしていた悪い魔法使いをやっつけたりしていて、崇められていました。
 ですが、その勇者もはじめから勇者だったわけではありません。冒険を始めたころは、誰とも変わらない、普通の人間だったのです。


 その日も、女、エフィアは冒険に出るため、『白銀の波止場亭』で、準備していました。『白銀の波止場亭』は、裏通りに面し、古くさく、テーブルなどをとめる金具は、ところどころさび付いていましたが、近頃大通りにできた、騒がしいものとは違い、一日中静寂に包まれていて、落ち着けるので、エフィアは好きでした。
「エフィア、今日は、どこに行くんだい」
 マスターは、あごひげを蓄えた、実に器量の大きそうな人物で、グラスを拭きながら、エフィアにたずねました。
「そうですね……紫森か、海の遺跡か」
「ちょうどよかった。紫森に行くんだったら、そこに生えている、野草を取ってきてくれないかい。もしくは、海で貝でも、魚でも。適当に換金するから」
 わかった、とエフィアは返事をして、荷物を整えていました。
「よし、できた」
 エフィアが意気込んで、亭を出ようとしたときでした。少年が一人、入ってきたのです。
「こんにちは」
「ああ、いらっしゃい」
 少年は、『白銀の波止場亭』の中を見渡し、たずねました。
「誰か、冒険者はいませんか?」
「ああ、冒険者を探しているのかい。それなら、そこのお嬢さんが、冒険者だ」
 少年は、エフィアに近づき、急に真剣な顔になって頭を下げ、こういいました。
「お願いします、俺を冒険に連れてってくれませんか」
「はあ」
「実は俺、ああ、クロウと申しますが」
「いいよ、続けて」
「初心者なんですよ」
「初心者なら、初心者らしく初心者と一緒に冒険に行けばいいだろう」
「いえ、それが」
 少年、クロウはわけを話しました。
「へえ、クロウ君は弱すぎるのか」
「はあ、どうも、そうみたいなんですよ。それで誰も仲間に入れてくれなくて」
「それは災難だったなあ。初心者だったら、弱いのは当然なのに」
 エフィアは、パーティーに入れてやることにしました。
「ああ、ありがとうございます。このまま一生弱かったら、どうしようかと心配してたもので」
「それで、クロウ君。君のレベルはいくつだ」
「1です」
 エフィアは閉口しました。
「なかなか、すさまじい初心者だ。なんていうか、冒険初めてですっていう感じだ」
「初めてって言うわけじゃないんですよ。何回か、そうだなあ、三回ぐらいですか、いってるんです」
「それで?」
「全部、一匹もモンスターを倒せず敗退です」
エフィアは、額に手を当て、ため息をつきました。
「君は、いったいどこでレベル上げをしているんだ」
「え、そこの平野ですけど」
「平野。そこはね、ものすごい初心者向けで、たとえレベル0でも、負けることはないだろうということで有名なんだが」
「へえ、そうだったんですか」
「クロウ君、過去形じゃない。現在進行形だ」
 クロウは、ううむ、とうなりました。これほど自分が弱かったとは、夢にも思わなかったのです。
「まあ、なんだ、ちょっと君の強さというものを見せてもらいたいから、平野に寄っていこう」

 平野に着いたエフィア一行でしたが、気分は、暗く沈んでいました。平野に来る途中、街道で、弱弱しい、植物の根のような、貧弱なモンスターに襲われ、結果クロウが瀕死になったからでした。
 薬草をばくばくと食べるクロウに、エフィアは困って確かめました。
「クロウ君。さっきのモンスターは、平野で出てくるものより、幾分か弱いよ?」
「大丈夫ですって、きっと。それに、倒したじゃないですか」
「クロウ君、憶えているか、あのモンスターを倒したのは、私だ」
「そうでしたっけ?」
 クロウは、首をかしげて、思い出しているようでしたが、目の前を、ぷるんぷるんとした、ゼリー状のモンスターが横切り、韋駄天、駆け寄りました。
「さっきのは、不意を付かれたから、反応が遅れたんです」
「それにしてもだよ、クロウ君、一人でいっちゃ駄目だ、きっと後悔する」
 エフィアがそう注意するのに、クロウは早々と、ぷるんぷるんとしたモンスターに、一撃でやられ、地に倒れてしまっていました。
 うれしそうにその場を離れていくモンスターは、レベルが上がったようです。
「強いなあ、あいつ」
 クロウは、倒れたままいいました。
「クロウ君、あれは最弱モンスターのうちの一つだ」
「そんな。人間を一撃で倒すモンスターが最弱なんて。そんな馬鹿な」
「馬鹿は君だ」
 エフィアは、クロウに手を差し伸べました。
「立てるか?」
「無理みたいです。体力0で、しゃべるしかできません」
「ああ、本当、君は冒険者か」

 『白銀の波止場亭』に戻ったエフィアたちは、丸いテーブルを一つ借りて、作戦を立てていました。
「おや、エフィア、今日は早かったね。というより、出て行って一時間もたっていないようだけど」
「マスター、気にしないでください」
「そうですよ、きっと、今度こそ大丈夫です。さあ元気になった、平野に行きましょうよ」
「クロウ君、そんなに慌てたって、君の力じゃ、今回の二の舞だ。もうちょっと、考えて冒険するべきだと思うよ」
「エフィアさんは、おかしなことをいうなあ。俺は、いつも考えて冒険してますよ? 考えてなかったら、今頃竜に挑んでるところです」
「竜。レベル1なのに、そんな伝説級のモンスターを敵に回しても、焼かれておしまいだ。いや、炎を吐かれるより前に、踏まれて終わるね」
「日替わりランチ、ください」
「聞いているのか、クロウ君」
「あ、エフィアさんもいりますよね」
 クロウは聞いていませんでした。
「なんだ、君は。本当、どうして冒険者なんだ」
「まあまあ、そんなにあわてたって、なにも始まりませんよ。今は腹ごしらえをしましょう」
「なんで君にいわれなきゃならないのか、分からないが、まあ一理ある」
 クロウは、出てきたランチのハンバーグを切り分け、口に運びながら、いいました。
「いやあ、それにしても、強かったですね、あのモンスター。名前、なんていうんですかね」
「ゼリーだ。もう一度いうが、あれは最弱モンスターの一種だ。完璧やられ役。私は、長い間冒険してきたが、あのゼリーが、冒険者を倒してレベルアップしている有様を見たのは、あれが初めてだ」
「ゼリー。なんというか、特に『ゼ』のあたりとか、モンスターに秘められた強さというものを感じますね」
「君がそう思いたいのなら、そう思っていればいいさ」
 エフィアは、スープに口をつけました。
「マスター、スープ、変えましたか?」
「ああ、それかい。それは、東の国の、味噌、という調味料を使ったんだ。どうだい、なかなかいけるだろう」
「俺としては、元のあっさり目のスープがよかったですねえ」
「クロウ君、君はマスターと初対面だと思うんだが」
 クロウは、ずず、と味噌スープを、飲み干しました。新鮮な野菜と、ジューシーなハムをはさんだサンドイッチを、ほおばり、サラダにフォークを突き立て、存分にドレッシングの酸味を味わいました。
「それで、クロウ君、聞きたいことがあるんだが」
「どうかしましたか、エフィアさん」
「君が食べた、それの代金は、誰が払うんだ?」
「え、エフィアさんじゃ、ないんですか?」
 クロウは、最後に残ったプチトマトをかみ締めながら、恐る恐る、といったふうにたずねました。
「クロウ君、私は冒険に付き合う、といっただけだ。昼食までおごる、とはいっていない」
「そんな、エフィアさん。俺だって、お金持ってませんよ」
「なに、お金を持っていない。どういうことだ、それは」
「いや、落としちゃって」
はは、と笑いながら、クロウはいいました。
「そうか、落としたのか」
 エフィアは、クロウの表情を見て、反省の色が見られないことを敏感に感じ取ると、マスターにいいました。
「マスター、ここに貧乏人がいるんですが、マスターのところで、働かせてもらえませんか」
「エフィアさん、何度言えば分かるんですか、俺は冒険者だって」
「クロウ君、いいか、クロウ君。あのね、君が冒険者だが、レベル1だということについて、何も言うことはない。私だって、初めはレベル1だったんだから、当然だ。だがね、それにしたって、君はあまりにも弱いような気がしてならない。レベル1、ということを差し引いてもね」
「それはエフィアさんの勘違いですって、きっと。エフィアさんは、厳しい冒険で、初心者に対する勘が鈍ってるんですよ、絶対」
 エフィアは、考えました。考えてみると、クロウのいったように、本当に配慮がなっていないのかも、と思えてきました。
「確かに、そうかもしれない。私は、長い間初心者の相手をしてこなかった。だから、なのか?」
「そうですよ、きっと」
 クロウは力強くうなずきました。
「『がんばれば、きっと上手くいく』です」
「なんだ、それは」
「諺です。俺の」
エフィアは、じっとクロウの目を見ました。
「クロウ君、いいかい。君が、初心者でレベル1で非常に弱く、女に昼食をおごってもらわねば、生きていけないような最低な人間だということは分かった。だがね、ありもしない名言を捏造するのは、どうかと思うよ?」
「はは、エフィアさんは固いなあ。なあに、昼食代は、いつかきっと払いますよ。付けといてください、どうか、この通り、お願いします」
 頭を下げるクロウを見ながら、エフィアはいいました。
「しょうがない。今回だけだぞ」
「やった」
「だが、すぐにでも働いて返してもらう」
「ええ、そんなあ。きっと冒険で一つ、大きなのを当てて返しますから」
「君は、なにを言ってるんだ? 君の場合、冒険で大成することはもちろん、ちまちまと微量な収入を得ることも難しい。だから、今のうち、早いうちに返してもらわないと、なし崩しになる。マスター、ということで、ここで働かせてやれないですか」
 マスターは、テーブルから食器を下げながら、うなりました。
「あいにくね、うちは人が足りてるんだよ。なにせ、こんな裏通りにあるから、恐ろしく人が来ないし、きたって、せいぜい、一日十人だから、一人で、十分に事足りるんだ」
「そこを、どうか」
「ううん、そういわれてもねえ」
 マスターは熟考しました。
「そうだ、知り合いの店が、人手が足りない、といっていたから、そこを紹介してあげよう」
「だそうだ。よかったなあ、クロウ君」
「そんなあ。俺は冒険がしたいですよ」
「わがままを言うな。君は、絶対冒険者に向いてない。だから、その店で頭を冷やしてきなさい」
 クロウは、不満いっぱいでした。

クロウたちは、大通りにいました。
「まったく、どうして私がついてきてるんだ」
「それはエフィアさんが、君のことだきっと逃げて帰ってこないって断言して、ついてきたんじゃないですか」
「クロウ君、分からないのか、私が言いたいのはそういうことじゃない。私がついてくる原因を作った君に対する皮肉だよ」
「そうですか。はあ、エフィアさんに冒険を頼んだのが、間違いでしたよ」
「クロウ君、今のは聞き捨てならないね。そんなにいうんだったら、君が馬鹿食いした、薬草の代金も払ってもらうぞ」
「ああ、それは困るなあ」
 クロウは、マスターに紹介された店の前に立っていました。『まりー・ごーるど』と書かれた看板が立てられていて、すっぱいような甘いような、いい匂いが漂っていました。
「しかし、マスターは、どうしてこんなハイカラな店を知っているんだろう」
「そんなこと、どうだっていいじゃないですか。もしかして、おいしいケーキをご馳走になったりして」
「クロウ君、趣旨が違ってきているよ」
「やだなあ、エフィアさん。こういうのを、役得っていうんですよ。行きがけのケーキってね、ついてるなあ、俺は」
 鼻息混じりに店に入っていくクロウを見ながら、エフィアはため息混じりにあとに続きました。
『まりー・ごーりど』の内装は、『白銀の波止場亭』なんて足元にも及ばないぐらい、テーブルや椅子、カーテンなど、鮮やかでかわいらしく、光を上手に使って店内を広く見せ、これでもか、というぐらい清潔感が保たれ、ショーケースにならぶケーキたちは、イチゴやらチョコやらキャラメルやらシナモンやらでおいしそうにデコレーションされていました。
「やった、この仕事は当たりですね!」
 クロウは狂喜乱舞しました。
「君、なにをそんなにうれしそうな顔してるんだ」
 クロウがはしゃぎ、エフィアがなだめていると、店の奥から、一人の少女がやってきました。
「あ、クロウ」
 少女、クロウを知っているようでした。
「クロウ君、こら、クロウ君。待て、君の知り合いだ。こら、それは模型だ、指を突っ込むな」
「もう、俺うれしくって。ケーキですよ、ケーキ」
 ははは、と笑顔満面なクロウを、エフィアは少女のもとへ連れて行きました。
 少女は、クロウからあからさまに視線をはずし、店の外を見ています。
「あ、ロールさんじゃないですか」
 クロウは、少女の姿を見て、すぐさま名前を思い出しました。
「君の友人か?」
「なんでこんなところにいるんですか。しかも、ショーケースの向こう側に。まさか、ロールさんもケーキ目当てで……」
「クロウ君。友人がすべて君のような性質を持っているとは限らないぞ」
「あら、いらっしゃい」
 店の奥から、さらに人がやってきました。今度は、品のある、初老の女性でした。
「こんにちは。あなたたちのことは、マスターから聞いてるわ。よろしくね、クロウさん。私はユレサよ」
 クロウはユレサとぎゅっと握手をし、力強くいいました。
「ユレサさん、突然ですが、ケーキをください」
「クロウ君、君には礼儀というものがないのかね。というか、どうしてそんなに意気込んでいるんだ」
「あなた、ケーキが好きなの?」
「大好きです、はい」
 クロウは、力強く返事をします。
「なら、ロールと同じね」
 いきなり名前を呼ばれて、ロールはびくっと体を震わせました。
「ロールさんも好きなんですか」
「そ、そうね」
「それは良かった!」
「クロウ君、なにが良かったんだ? 張り切りすぎだ、落ち着くんだ」
 クロウを落ち着かせた後、エフィアは別段やることもなくなりました。ただ、なにか今日は非常に疲れたので、ケーキの一つでも食べていこうと思いました。
「それじゃあ、クロウ君への初オーダーだ。チョコレートケーキを一つ」
 店の奥からエプロンをかけて出てきたクロウに、エフィアはいいました。
「はい、チョコレートケーキですね。少々お待ちください」
 クロウはそういって、店の奥にまた入っていきました。
「クロウ、なにをしているの?」
 ユレサが心配して、ついていきました。
 奥からは、二人の会話が聞こえます。
(まあ、クロウ、なにをしているの!)
(え、なにって。やだなあ、チョコレートケーキを作ってるんじゃないですか)
(それは作っている、とはいわないわ。削っているのよ)
(え、だって、チョコレートケーキっていうのは、チョコレートをケーキの形にしたものでしょう)
(ああ、クロウ、あなたはチョコレートケーキを食べたことがないのね。チョコレートケーキはね、チョコレートを塗ったり、はさんだり、生地に混ぜたりして作るものなの。断じて、すべてがチョコレート、というわけじゃないわ)
(そんな馬鹿な。それじゃあ、チョコレートショートケーキじゃないですか)
(そういうわけじゃないのよ。ショートケーキには、チョコが使われていないんだもの)
(じゃあ、チョコレートの使われている生地に、生クリームを塗ったら、どうなるんですか? それは、生チョコレートショートケーキ?)
(クロウ、あなたはいったいなにを言っているの?)
「…………」
 エフィアは、無言で店の奥に視線を送りました。続いて、ヴイィィィン、という轟音とともに、べちゃ、と何かが壁にぶつかる音が聞こえました。
 出てきたのは、真っ黒な物体です。真っ黒な物体は、ショーケースから、チョコレートケーキを取り出すと、エフィアに向かっていきました。
「ご注文の、チョコレートケーキです」
「いったいどうして、とは聞くまい。ただな、まずショーケースを見るべきだと思うよ?」
 クロウは、チョコレートにまみれて、深くうなずきました。

 さて、エフィアが帰った後、クロウたちはどうなったのでしょうか。それは、記すに値しません。ですが、概要を述べると、クロウは、生クリームをかぶり、いちごの入ったボールをひっくり返し、めちゃくちゃになったところに水あめを浴びるなど、エフィアが閉店前に見に来たときには、すさまじい容姿に変貌していました。また、『まりー・ごーるど』の内装も変わっていました。店内のいたるところにジャムやムースが飛び散り、アーモンドやナッツがデコレーションされ、白一色だったカーテンは、果汁で赤のストライプと水玉がかかっています。床には、チョコレートが薄く広がっていて、歩くたび、ねちょ、と不快な感覚を、来店客に与えていました。外に漂っていた甘酸っぱいにおいは、吐き気をもよおすほどのしつこさを秘めるものに変わっていて、エフィアは眉をひそめました。
「クロウ君、これはいったいどうなっているんだ」
 エフィアは、店内に足を踏み入れた瞬間、うっと息を詰まらせ、惨状を見渡しました。
「まさか……クロウ君が」
「やだなあ、エフィアさん。俺がそんなことするはずないじゃないですか」
 はっと声のしたほうを見ると、ケーキが立っていました。いちごが乗って、水あめでてらてら光るケーキがしゃべり、のそのそと歩いてきます。その光景のおぞましさ。幼児にトラウマを与えることは必至です。
「クロウ君、なのか」
「いやあ、かぶりにかぶっちゃって」
 ショーケースの向こうには、ふう、とうな垂れるユレサの姿がありました。
「まさか、こんなことになるなんて……。楽しようと思った報いかしら。ねえ、ロール」
「しっかりしてくださいよ、店長。しょうがないんですよ、相手があのクロウだったら。あいつはいつもそうなんです」
「クロウ君、君が、やったのか」
 エフィアは聞きました。
「やだなあ、エフィアさん。俺がそんなことするはずないじゃないですか。まあ、ちょっと、やったかなあってぐらいで……」
「目をそらすなクロウ君。君だろ、やったのは、君だろ、ちょっとというよりむしろすべて君のせいだろう」
「そんな馬鹿な」
「馬鹿は君だ」
 二人が言い合っているところに、ロールが、ほうきを手に、来ました。
「帰ってよ、今すぐ帰ってよ!」
 ロールは、涙を流しながら、クロウをほうきでたたきました。すると、ほうきはクロウを覆うチョコレートやら生クリームやら水あめやらに深くくいこみ、抜けなくなりました。
 ほうきを失ったロールは、次に手当たり次第に近くにある椅子やらテーブルやらを投げてきます。
「あっち行け!」
「ほら、エフィアさん、やったのは彼女です! 見てください、あの形相。まるで神話に出てくる鬼のような」
「見るべきなのは君の姿だ。彼女が怒っているのは、君に原因がある」
 すると、ロールはナイフを取り出し、勢いよく投擲しました。
「出てけえー!」

外に追い出されたクロウたちは、ロールが追ってこないことを確認すると、ふうっとため息をつき、『白銀の波止場亭』に向かいました。
「そもそも、クロウ君はともかくどうして私が追い出されたんだ」
「それはきっと、彼女がおかしかったか、エフィアさんが怖かったんですよ」
「どちらとも違う。おかしいのは、君だ」
「そんなあ」
「クロウ君、それで、どうなったんだ」
「どうなったって。ああなったとしかいいようが」
「違う。給料だよ」
「あ」
 クロウは、言葉を失いました。
「どうするんだ」
「もらいに行かなきゃ」
「クロウ君、それはやめておいたほうがいいよ、きっと」
「え、どうしてですか。せっかく働いたのに。ユレサさんだって、まさかタダ働きさせるほど、悪い人じゃないでしょう」
「クロウ君。本当に、やめておいたほうがいい。本当に」
「そうですか、エフィアさんがそこまで言うんだったら。代わりに、今日の昼食代はチャラ、ということで」
「それとこれとは話が別だ」
 エフィアはぴしゃり、といいました。
「はあ、結局タダ働きかあ」
「クロウ君、君はさらに借金を負わなかったことに感謝すべきだろう」
 エフィアの説教を聴きながら、クロウは、体についたチョコレートやらを、指ですくって、なめました。
「甘い、ですねえ、まったく」
2004/11/23(Tue)22:20:35 公開 / 一徹
■この作品の著作権は一徹さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
本当に駄目な作品に仕上がりました。もとい、私自身が仮作したのですが、それにしたってもう少しまともになる予定でした。これじゃあ、自然と笑みがこぼれるはずがありません。つまらん限りです。
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