- 『イリーガルC【読みきり】』 作者:俊坊 / 未分類 未分類
-
全角18448.5文字
容量36897 bytes
原稿用紙約60枚
「大衆の情報のない、あるいはそれを取得する方法のない大衆的な政府というものは、喜劇か悲劇の序章にすぎない。いや、たぶん両方だ。知識は永遠に無知を支配する。そして、自分自身の統治者であろうとする人々は、知識が与える力によって自ら武装しなければならない」
ジェームズ・マディソン(第4代米大統領)から W. T. BARRY へ 1822年8月4日
「で、用件は何?」
「先日の予算委員会のことなんだけど」
放課後。
生徒が少なくなった教室でいちゃついているそこのカップル!! 羨ましいんだよ!!
ではなくて、まだ終礼の済んでいないクラスも見える時間帯、狡猾な悪魔の巣窟もとい生徒会室の中では、二人の男女が対極的な表情で向き合っている。
先に言葉を切り出し、ニコニコとゼロ円スマイルを浮かべているのは、この学校の生徒会長。古木善道。
それに対して、ニコニコと殺戮スマイルを咲かせているのは、この学校の文芸部部長。新垣楓。
「ふむ。あったね、そんなの」
「でさぁー、うちの部の部費についてなんだけどぉー・・・」
「なんだけど?」
「何なのあれは?」
「何か不満でも?」
「もう不満とかそういう次元の問題じゃないでしょあれは!! ちゃんと部員もいる、顧問もいる、なんで部費がたったの“25円”なのよ!?」
そう。文芸部部長が何故、生徒会室にいるのかというと、部費に対する不満だ。予算委員会で告げられた予算。部長は、会長あんた頭いかれてんの?、と頭からゆげが上りそうな勢いで今日、単独で乗り込んできたのだ。
「かわいい顔が台無しだよ?」
「話を逸らさないで!!」
全く会長はあくびれた様子も見せない。
「うん。分かった。で、どこが不満なの?」
会長が惚けたように机の上のポテチに手をかける。楓をいらだたせているのは、その言動もだが、その態度もそうだ。楓の険悪な態度にも、動じることのないマイペース。
まともに取り合う気もないらしい。だからといって、引き下がるわけにはいかない。
「25”円ってなんなのよ!? 25円って」
「そんなこと言われてもねぇ。生徒会長の僕に言っても意味ないじゃーん? どこの学校も、普通予算ってのは先生が決めることっしょ?」
口をアヒルのように突き出して、拗ねた口調で喋る。なだめたいのか、怒らせたいのか、分からない。しかし、彼女もここでキレたら意味がない。怒りゲージの臨界点ギリギリでどうにか理性を持ちこたえている。
「それは、他の学校ならでしょ?」
顔がヒクヒクと歪んでいく。
分かっている。もう何故なんて考えるのも無駄だけど、要はこの学校での生徒会が持つ権力は、他の学校よりも果てしなく格差がある、ということだ。つまり、生徒会予算の各部各委員会予算の割りあては、学校ではなく生徒会が決めていることだ。
「あ、分かってた?」
イタズラがバれた時のような顔の会長、しかしその顔は一変する。
「じゃあ聞くが、君達は何か結果を残してくれているのか? 学校に何か貢献しているのか? 生徒の学校へ来るための動機としての部活に人肌買っているか? 単なる自己満足の部は、我が高校には必要ない。よしんば同好会として活動してくれたまえ」
「うッ」
会長の顔が真面目なそれに変わり、一気に捲くし立てた。急に口調が変わったせいで、一瞬彼女は面喰らってしまった。
……生徒会長、古木善道。善道という名前からもそうだが、この男は、自分が絶対正義、己の道が、ロイヤルロードと思い上がっている。楓からしてみれば、付け上がるのもここらへんにしとけよ、だ。
「じゃあ、この“25円”ってのは何なのよ!?」
「慈悲というものだ」
「………」
頭が痛い。キリキリしてくる。もうこの男に、まともに取り合うのはよそう。何を言っても、この決定を曲げる気はないだろう。だからここで彼女は、ジョーカーを切った。
「まぁいいわ。今日来たのは、交渉のためよ」
「ん?」
楓は一旦、感情を抑えて、呼吸を整える。そして、
「会長さんは、私情で柔道部を嫌っているんでしょ? あの顧問は、あなたの覇権になかなか屈しないそうで」
そう、この情報がある。生徒会は、何かしら先生側に圧力となる材料を持っているが、それが柔道部顧問に対しては効かないという情報が。
「・・・・・・」
「だから、柔道部の弱みと部費との取引っていうのはどう?」
「・・・・ほぉ? それは、今持っているのかな?」
「いえ、まだ。ただ、成功させる自信はありますよ」
「どこから、その自信は沸いてくるのかな?」
会長は、まだ疑っているようだ。まぁ当然か。だがそれは承知の上。彼女は舌鋒鋭く切り返した。
「会長は、膂力と情報、どちらが真の力になると思いますか? 知識は無知を永遠に支配するのですよ」
しばし静寂。睨む部長と思案する会長。そして、
「・・・・・ふむ。なら部費は、その情報如何でいいだろう――」
「じゃあ決まりね」
打算めいた笑みを浮かべる両者の思惑は、一旦ここで合意に至った――
イリーガルC!!
第一話「天使と悪魔のワルツ」
初夏、静寂がたゆたう麗らかな放課後。
俺――アイドルの木村拓也。ごめん嘘。本当の俺――二年A組の水野樹(ミズノイツキ)は今、読書中である。だから語ることは何もない。読書のじゃまだ。めでたしめでたし。おわり。
冗談だって、冗談。真に受けんなって。
えぇーとまずは……、そうそう、ここは文芸部部室だ。んでもって、俺はパイプ椅子に座って本を読んでいるということだ。何故かというと、俺が文芸部員だから。以上。ん?何を読んでるかって? あぁー、アガサクリスティー著「そして誰もいなくなった」だ。クレバーかつ超優等生である俺にはふさわしい本だな。
後は、部室には今俺しかいないし、あぁ部室は真ん中に大きな机が一つあって、棚には会誌なんかがあったり、後は、まわりにごちゃごちゃと良く分からないものも転がってたりするが、まぁそれらは気にしない方がいい。そんなもんか。
と語っているうちに、ちょうど一人入ってきたようだ。
「よう」
俺は軽く声をかけた。
入ってきた生徒――日高咲は同じクラスの文芸部女子部員だ。茶髪で少し癖のある髪型、スカートは短めで、パッと見は文芸部というより、街中で見る今時の女子高生って感じだな。だが人は見かけによらずだ。この女、容姿に気をかけると同じくらい、小説とか漫画とか良く読んでる。ちなみに今文芸部部員は合計、五人。うち男は俺だけ。と言っても、色よい話はありましぇーん。いやほんま。
つまりこの話は、「男女間に友情は芽生えるか!?」をテーマにしたハートフルなストーリーってことだ。
ごめん嘘。
とにかくだ。彼女は、机に鞄を置くと、
「何読んでんの?」
俺の挨拶に対する返事をすっ飛ばして、質問かよ。まぁいいだろう。
「……見れば分かるだろ。アガサの「それは誰もいなくなった」だ。まぁお前のようなテストで平均点以下連発のような生徒には、読んでも消化できない作品だろうがな」
前回のテスト。俺学年八位。咲学年ビリから八位。
「何読んでんの?」
しかし、彼女は俺の回答を聞こえているのか、怒が混じってくる口調でまた訊いていた。
「だから、あ!! 何とってんだよ」
突然、彼女は俺の回答に不満があったのか、本を自分で取り上げた。
焦る、俺。いや、別に焦る必要なし。
「これ、何?」
そして表紙を開いたところにあるページを見せてきた。
「何だろうね?」
読者諸君、変な考えを持たないように。俺が読んでるのは、アガサクリスティーの「そして誰もいなくなった」であってそれ以上でもそれ以下でもない。俺の語っていることに嘘偽りなし!!
「カバーはアガサ。中身は……」
「うるせぇ。何勝手に語ってんだよ!!語り部は俺の役目だぞ」
「何が、語り部よ。これのどこがアガサの小説よ。美少女系とか言うやつでしょ」
「あ!!何、暴露ってんだ!?」
ど、読者諸君、彼女の言っていることを真に受けないように。俺が読んでいるのは、ギャルゲーのノベライズ―――ごほっごほっ、いや違って、アガサクリスティーの……いや、そうだよ、俺が嘘ついてましたよ!! そうですよ。アガサの小説なんて読んでませんよ。ギャルゲーのノベライズ本ですよ!! だってそうだろ授業中に読んでるとき、もしもバれたら何か嫌じゃん?変な偏見されるじゃん? せめてアガサをカバーにしてさぁ、優等生ぶりをアピール♪ ということでもないか。
だから俺は反論してやった。
「ふん。貴様が萌を語るとは百年速い!! 早計もはなはだしいぞ日高一等陸士!!」
論点はヅれてないぞ。
「何わけわかんないこと言ってんの。私から見れば、あんな絵はどれも似たりよったりじゃない。どれも萌え〜とか言う奴でしょ。なんかあぁいうの見てて、寒気がしてくるわ」
「ふん。まだ一等陸士のお前では分からないだろうな」
「分かりたくもないです」
咲がキッパリと言ったところに、また一人部室に入ってきた。
「あ、部長」
俺が口にしたように、今入ってきたのは文芸部部長――新垣楓である。彼女は三年C組。清楚な髪を背中まで流麗に下ろされ、たおやかな黒瞳。化粧っ気もなく、スラっとしたスタイル。鼻は高くもなく低くもない。胸も大きくも小さくもなく形が整っている。しかし、あの独特な美しさ。独特、いやあれこそが、太古から日本人が本来持つ美しさ、一度和服姿を見てみたい、と俺は思うね。
ちなみに咲と部長は、俺的美観で一言に表せば、部長が凛で咲が雑。でも総合的に言えば、部長の方が雑、かもしれない。あの人、外見とは裏腹に、まず口調が乱暴だしな。ってか、彼女を知る人の間では、部長は99パーセントで奇人カテゴリーに属されてるし。
やっぱ部長の方がいろんな意味ですごい…………かな?
と俺の言葉を無視して、部長は俺と咲を交互に見やり、一人納得した後、
「またいちゃついてるの? 公共の場では―――」
「「いちゃついてません!!」」
何言ってるんすか部長。俺が折角描写している間に、変なこと言わないでください。こんな奴といちゃついていた? どういう思考回路を以ってそう行き着いたのか分かりません。部長。
しかし部長には通じず、
「息ピッタリね。もぅ一心同体ってやつ?」
「「違います!! ……あ……」」
くそ、部長はクスクスと微笑してやがる。違んです部長。僕だって好きな人はいますけど、この女ではないことは、アラー、ゼウス、オーディン、八百万の神、どんな神にだって断言できます。
「ま、どっちでもいいけど」
と、俺の脳内宣言を無駄にするような言葉が返ってきた。くそ、その言葉とは裏腹に、部長はまだ忍び笑いしてやがる。
ウワァーーン。
ダメだ。話を変えないと墓穴を踏んでしまうことになりそう。グスン。
「……で、生徒会室行ってきたんですか?」
「えぇ」
部長の顔は、会長への怒りと俺への笑い、を織り交ぜた微妙な表情だ。
「あのこと言ってみたんですか?」
「もちろんよ。あんなのを納得してたら、商売あがったりよ」
何の商売かはさておき、
「で、どうなったんですか?」
「ん、あぁ全員集まったら話す」
部長の顔ももう笑っていない。
ということで、俺はそれまで読書に戻ることにした。カバーはちゃんとアガサに戻して―――
……
―――十分後。残り二人は同時にダッシュで入ってきた。
「いょう」
俺の軽い挨拶。
「あ、こんちゃ。先輩」
「…………(コクリ)
ちゃんと挨拶を返してくれたのは、一年文芸部員浅井仁美。無言のまま会釈だけしたのが、新居木葉。と何故か、少し息切れしている。
一応紹介しておこう。
木葉はメガネをかけて、少し知的でキリっとした眼をしている。まぁこうして見ると文芸少女然としているところがある。んで髪を後ろ結んでいて、少し寡黙なところがある。そんな彼女だがテニス部を兼部していて、ちゃんと頑張っているっぽい。だから、あまりこっちの部室にくることはないのだが、今日は部長が招集したのだろうか。
んでもって仁美ちゃんは、この中で一番背が低い。柴犬のような小顔にチワワのあのウルッとした瞳を連想させてくれる瞳。髪は綺麗にまとめていて、守ってあげたくなるタイプだろうか。
以上。人物描写終了。
で、何故そんなに急いできたのかな?君たちは?
と訊こうとしたら、先に後輩達が訊いてきた。
「何かあったんですか?いきなり終礼中、楓先輩が教室に入ってきて、緊急事態レベルMAX!!終礼後至急部室に来い!!って叫んで……」
これ仁美。木葉も、小さく同意の頷き。
あー、ってそんなことがあったのか……しかも二クラスも。あぁこりゃ時間の問題だな。部長の破天荒ぶりがばれるのも。もう、二年以上の人にはバレバレですが。
「あ、それはこれから話すから。よし揃ったわね。じゃあ机に座って」
と、部長。言われるままに席に座る、部員達。
そして、
「今日、部費に対する異議申し立てをしてきたわ」
と中身をかくかくしかじか。
「そこで一つ交渉成立したわ」
とかくかくしかじか。
中身をまとめると、柔道部の弱味をゲッツ(死語)して、それと部費のトレードと。だが、それを聞いた俺は即答した。
「部長、流石に柔道部は怖いです。私は、そのミッションが終了するまでヒッキーになっておこうと思います」
「は、何言ってるの?」
先輩の説明を脳内メモリに入力して、まず初めに辿り着いたのは、危険回避機能の作動だ。柔道部だぞ、怖いに決まってるじゃねぇか。
「嫌、流石にやばいでしょ。あんな俺から見れば、既に人間離れした獰猛で禍々しい化け物っすよ。報復が非常に恐ろしいです」
自分でも、少し言いすぎと反省。結果、反省ゼロ。
「あ、大丈夫。そこらへんは対策とってるから。ま、簡単に言えば、力がある人に対して力で応戦しても元から勝ち目なんかないってことよ」
「はぁ」
少し部長の話を良く聞いた後に反論したほうがいいな。少し早計になってるぞ、俺。
「力は使わないわ。あくまで情報を手に入れるの。もう、シナリオは完成しているわ。予備ルートもばっちりね」
しかし、部長の言葉を簡単に鵜呑みしてしまうと、後々やばい気がする。過去の俺の経験君もそう言っている。う〜ん、だが少しポジティブに思考を持っていくべきか。ここで男を見せたほうが、後々ポイントアップになりそうだ。
「ま、失敗したら、無料で私が身体を売るということが条件になったけど。ま、それはありえないわ。でもあいつ、結局デメリットがない終わらせかたしやがった」
「身体を売る!?」
んなバカな!! 部長がですか!? そりゃ、いつも少し高圧的な雰囲気があるけど、日本美人とは思いますよ。あきらかに文芸部部長なんかやっている人とは思えないスタイルだ。
ということはつまり、部長は僕達文芸部の未来のために、会長に身を捧げる、と!! そして会長と部長はあんなことやこんなことや。
「楓部長!! それはやめてください!! 部長が僕達部員を大切にしてくれている思いはありがたいですが、それを救うために、その禁断の果実を露にするなんて。割があいません!! うらやましい限りです!!」
もう自分でも何言っているのか分からない具合に暴走していた。脳内映像には、ゴールデンタイムでは放送不可能な映像が巨大スクリーンで流れていた。
「は? 何言っていんの? 禁断の果実とか。ようは学校貢献のためのボランティア活動をしろと言うことよ」
「え?」
しまった。自ら罠にはまってしまった……。
「何顔赤くなってんの?」
「なってません!!」
クソ。部長が悪いんすよ。部長はたまに、日本語の使い方間違って使うことがあるんですから。俺の早計のせいもあるのだが……。
と、話を戻して、
「うまくいけば、明日で成功ね。じゃあ、軽く日程を説明しておくわ」
んでもって、少し説明があった後、
「あれ? 作戦内容は?」
内容にほとんど触れてませんよ部長。
「私から作戦実行者に伝えておくわ。ここで隠したほうが、水野も楽しめるだろ」
いや別に楽しむとかどうとかそういう問題では。俺は、自分の身の安全保障がとれるなら、文句は言いませんが。
と、俺以外誰も異議申し立てしなかったので、このまま話は収束していき、
「じゃあ、あしたからミッションスタートよ」
部長は意味不明にポーズを決めて、高々と宣言した。
―――そしてミッションは始まった。俺は、作戦内容を追及しておくべきと、後で後悔することになるが、後悔後に立たずという言葉を身にしみて分かったよ――
*
作戦A:ドッキドキ♪天使のキューピットちゃん
翌日。放課後。
「はわわわわわ」
(こ、こここ、こここここれはライフル銃っていうやつですか!?)
“銃口”の先が、斜光を浴びて煌く様子は、どこかのスイス銀行が頭によぎるハードボイルド系スナイパー漫画を連想させてくれる。しかし、彼女、一年文芸部浅井仁美にはそんなことを思いつく余裕があるはずがない。今、自分自身でも状況を把握しきれなくなっていた。というよりはパニクっている。いや逆だ。部長にこれを渡された時点からパニックでいて、今になって冷静になったのだ。
部長に言われた場所――どこかの建物の屋上に立った今になって、ようやく持っているものに疑問を抱いた。部長から渡されてから疑問を抱くまで、およそ十分の時間を要している。それほど非現実的なものだ。
一つの例外を除いて、彼女はいつもどおりの高校生然とした出で立ち。しかし、その例外がおかしい。
「モ、モデルガン、ですよね?」
ちょっとでも自分を納得させようとさせるために、訊く相手はどこにもいないがとにかく訊いてみる。しかしこういう系の知識皆無の彼女の眼には、それの判別はしかねてしまう。
と、そこで携帯が鳴り、彼女はドキッと一度身体を跳ねさせてしまった。だがそれが部長からだと気付くと、すぐに携帯を取り出した。
『あ、浅井? ちゃんとスタンバってる?』
部長だ。
「楓部長。何で私はここにいるんですか?」
『安心して。夢遊病じゃないのは確かよ』
「・・・じゃあ、こ、これはモデルガンってやつなんですか?」
『何言ってるの? 麻酔銃に決まってるじゃない。あ、心配しないで、設定上、銃刀法云々は気にしなくていいから』
「何ですか?設定って?」
『黙秘権』
「………………」
『まぁそんなことはどうでもいいでしょ。じゃあ読者のために、もう一度言っとくわよ。ターゲットは、もうじき目の前の道を通るハゲ男。名前は忘れたけど、まぁ分かるでしょ? 柔道部の副部長よ。その男を、あなたが持っている麻酔銃でやっちゃって♪』
「やっちゃってって・・・」
『大丈夫だって、音はサイレンサーでどうにかなるっしょ? レーザーポインターもついてるから。ノープロブレム。それに撃った後の処理は私に任せてくれればいいから』
「そういう問題じゃ」
『つべこべ言わない!! 話が進まないでしょ!! あ、ターゲットが後一分でくるから』
「えっ。そんな。ちょっと待ってください。私、こういうの触ったことないですよ」
『大丈夫。さっき少し説明したでしょ。その通りにすれば、問題ないから。私の眼力を甘くみないで。“あなたなら出来る”』
「そんなの出来ません!!」
『いえ、これはあなたにしか出来ないことなのよ!! いいわね!!』
そこで携帯は切れた。
恨めしそうに携帯の画面を見つめる仁美。
流石に泣きそうになる。何で、文芸部に入ってこんなことしなきゃだめなの? こんなことするために入ったわけじゃないのに……でも、私ならあの部費に対して反論をする勇気もないけど、部長は部長で一生懸命やってくれたんだし……折角創ってくれたチャンスを壊すなんて……。しかも先輩は、失敗したらボランティアするのは自分だけって言ってたし。それだけ私たちを信頼してくれてるんだから……。
と、一人論議していたら、あっという間に……ターゲットは来た。
同じ学校の制服を着たハゲた男子生徒。筋骨隆々としたゴツイ肉体が、離れていてもよく分かる。水野先輩の言っていた「人間離れした」というのも、案外外れていないかもしれない。って、そんな差別的思考はよろしくないです。
そして彼女は構える。もうそうするしかない。一応、先輩から基本的なことはその場で教えてもらったからこれくらいはまだ大丈夫・・・。
スコープを覗く。
ハゲ頭が映った。
しかし、すぐにぶれてしまう。照準が一点に絞れない。
気付けば手が震えている。
必死で照準を合わせようとするが、まるで見当違いのものや別のハゲ頭とかが映ってしまう。
焦る。
(あなたなら出来る)
部長の言葉が脳裏に過ぎる。
でも震えは止まらない。
(あなたなら出来る。あなたなら出来る。あなたなら出来る。あなたなら出来る。あなたなら出来る。あなたなら出来る)
出来ない。
出来ない。出来ない。出来ない。出来ない。出来ない。出来ない。出来ない。出来ない。出来ない。
(私は、ただ本が好きだからここに入ったのに……。こんなこと出来ないなんてあたりまえじゃない)
そんな漫画じゃないんだし、そんな都合よく当たるなんてありえないし。でも、そうすると、楓部長が、身を売ってしまう(誤用)。それは嫌だ。
(私にどうしろっていうんですか)
涙が出る。
涙が落ちる。
どうやっても震えは止まらない。さらに刻一刻と、ターゲットは離れていく。時間は非情にも彼女を追い込んでいき、プレッシャーがどんどん重なっていく。
震えが全身に回る。
腕に力が入らなくなり、麻酔銃を落としてしまった。
そうなると思考もパニック状態になってしまう。わけが分からなくなる。
ターゲットはさらに遠のいていく。
(もぉ!!私にどうしろっていうのよ!?)
追い込まれた浅井仁美は必死の思いで叫んだ。
(やはり私には無理なのよ!! 誰でもいいから、誰か助けてよ)
(なら俺がやってやるよ)
「え?」
その言葉と同時に、彼女の表情が豹変する。
―――説明しよう。彼女の中に眠る「ゴ●ゴ13」見たいなスナイパーが覚醒したのである!!
泣きそうな顔から一変、その瞳は妖しく光り、口の端が吊りあがる。全身から嬉々としたオーラが溢れだし、さらに五感が鋭敏化し極限まで研ぎ澄まされる。
(ターゲット補足)
今の状況がはっきりと分かる。
ターゲット補足。距離二百。風速2。微修正完了。
ロック・・・・オン。
(見敵必殺(サーチアンドデストロイ)……)
そして“彼女”は引き金を引いた――
……
いやぁ、あれは度肝抜かれたわ。やっぱダメかと思ったが、結局うまくいっちゃってるし。
今、俺と部長は秘密の部屋にいる。秘密の部屋なんで、具体的にどこなのかは、俺の口からは言えない。ただ、薄暗い閑散とした部屋と言っておこう。
そんでもって目の前には柔道部副部長――権藤力也が、椅子にもたれた状態で意識を失っている。
後、仁美ちゃんは、少し離れた場所で今は眠っている。
いやぁー、あの作戦の内容を知った時は、さすがに猛反発した俺だが、とにかく一安心。彼女は何も悪くないんだから、彼女はひとまずご苦労さん。良くやったよ。でも、俺が、眠ってしまった柔道部副部長を秘密の部屋に運んだあと、仁美ちゃんのところにいくと彼女はすごい汗で倒れていた。相当精神を磨耗したのだろう。それで、少し部長に反感を覚えてしまった。だから今、
「でも部長、やっぱあれはやりすぎでしょう・・・。ってか、浅井を使う必要なんかなかったでしょ。他にもいくらでもやりようはあったと思いますけど」
「ふ。甘いわね。これは彼女しかできなかったのよ。私はあの子の“力”にも気づいていたし。それに、某少年探偵漫画だって、麻酔銃なんて毎回使ってるじゃない」
「そういう問題じゃないでしょ」
「そういう問題なのよ。結局ミッションは成功して、彼女も無事じゃない」
「それはそうだけど……」
どうも釈然としない。と府に落ちないでいると、
「ん、ん〜ん」
俺の苦悩の声ではない。副部長のくぐもった声。どうやら眼を覚ましたようだ。
「あ、起きたわね。よし。じゃあ、いい? これからすることは、すべて録画しておくのよ」
「はぁ」
俺は言われるままに、デジタルビデオカメラの録画ボタンを押す。あ、言い忘れてた、今、副部長の目の前にはビデオカメラがスタンバイしてある。
「ん?」
と、ハゲ頭。さすがにすぐには事態を飲めこめていないようだ。まだ眼をねぼけなまこ。だがすぐ状況の異変には気づいたようだ。
「あん?誰だお前ら」
「さぁ?」
今の発言は二重の意味があるだろう。一つは普通に「お前は誰ですか?」ともう一つは「お前はどこの星から来たのですか?」と。無理もないだろう。先ほどまで敢えて言わなかったが、俺達のいでたちは異様だ。自分で言うのもなんだが・・・これは一種のコスプレという奴か。まぁ一番の理由は、流石に報復は怖い。その配慮として、完全に身元をばれない服装を着ているのです。なんか部長が用意してくれたけど、一つ言えることは、絶対ここまでする必要はない、ということだ。まぁ自分で言うのもなんですが、横綱級にダサダサ。描写は勘弁してください。皆様のご想像にお任せます。
説明はここまで。と、部長は素早く何かはじめた。さっきから思っていたが、これからどうしようというのだろう。脅しでもする気ですか?
(ま、見ててなさい)
と、部長の小声。
何か嫌な予感がする。
「いいですか、この指を鳴らせば、あなたは私に逆らうことはできない」
催眠キターーーーーー・・・と、冷静になろう。現代科学のはびこる今、催眠ですか? いや素人ができるようなことですか? 俺自身は、テレビで見るやつも信じてないんだけどな。
「部長か顧問の弱みを知っているなら、答えなさい。もちろん自分のこともね。いいこの指を鳴らしたら答えるのよ」
(んな無茶な。そんなんで吐いてくれたら、あんたプロだよ)
パチン。
「顧問の荒金先生は実はズラ」
って、吐いてるし!!ってか何このお決まりのパターンは? これはやらせか!? やらせですか!! あーそうですか。それなら納得しますよ。はい。
って、今なんて言いました?ヅラ? これは意外だ。俺の眼でもキングコング(柔道部顧問荒金先生のあだ名)がカツラとは気付かなかったぞ。どうやらこりゃあ超SS級のヅラだな。昨今のヅラ事情は、日々進化を遂げているらしいな。こりゃ、俺も鍛えないとやばそうだ。
ハゲの独白は続く。
「部長の弱みは、しいて言うなら女」
「女?」
「部長は女好き。良く土日に街でナンパしている。多分、今週の日曜にも街にいると思うし、多分ナンパする」
「ほぉ・・・」
何か、部長からおぞましいオーラが流れている。
「部長の好みは?」
今の言葉に興味を抱いたようだ。これは何かたくらんでいる。
「…………お嬢様」
「………………」
静寂。
お、お嬢様…………これはまたマニアックな……。なんだ? 魑魅魍魎を従える柔道部部長の好みはお嬢様ですか。いや、クッパだってピーチ姫が好みなんだから、別にありえるパターンか、って。それはゲームの話しであって……
部長は一人頷いている。俺は、一人考察している。
「ふむほかには?って自分のことは?」
あ、ほんまだ。ハゲは本能的に自分のことは後回しとは、案外理性残ってる?
「…………ない」
「いーい。もういちど聞くわよ。あなたの弱みは?」
と、何故か副部長の体がビクンと痙攣。部長、今あんた何したんですか!?絶対痙攣はおかしいだろ。あんたまさか超能力者か!?
「恋愛で悩んで、告白しようか迷って夜も眠れない」
ってしゃべってる。今の痙攣は何か強力な催眠術か!? やばいな、部長にこんな力があったとは、しかし、
「先輩、やっぱそういうのってまずいでしょ。ある意味、プライベートの侵害ですよ」
「うるさい!! やっぱこう興味あるでしょう。好きな人とかさぁ」
「う・・・なくはないです」
あー言っちゃった。まぁ本心だし。こういう硬派な思い人に選ばれた人は誰だ!? うーむ、神様、私は罪深い人です。と懺悔しながらも、罪悪感ゼロ。もう欲望に身をまかせて耳を側たてていた。
「あなたの好きな女は誰?」
そして従うままに、副部長は口を開いた。
「新垣楓」
閑話休題。
作戦Aから二日後。日曜の昼。部室にただ一人。
日曜なのだから、もちろん学校は休み。だが、部長から召集がかかった。まぁどっせ家にいてもゴロンとしてるのが関の山だし。
いやぁ、それにしても、柔道部副部長の思い人が楓部長とは、いやぁ、あれは傑作だった。こりゃ、いい話のネタになるな。けけけ。
しかし遅いなぁ。一応、部室には俺と咲と部長がいたのだが、途中でどっかに消えてしまった。まぁ時間経てば戻ってくるだろうと、いつものように俺は読書にふけっている。ちなみに今読んでいるのは、高野和男著「十三階段」をカバーにして、いつものようにギャルゲーのノベライズ本を読んでいる。すみません。高野さん。万歳、ギャルゲー。
と、
なのだが、突如部室に入ってきた女性に俺の眼が移る。
ズキューン。
なんだこの感覚は、瞬時に俺の心は奪われた。咄嗟に小説を隠して、俺は立ち上がった。
「これはこれはまさに絶世の美女とはあなたのことをいうのですね、ようこそ文芸部へ。貴公は水野樹と申します」
そこにいたのは、可憐な乙女だ。洋服を身に纏い、童話の世界から飛び出したようなお姫様だ。どこぞの茶髪女とは比べ物にならんな。
「何ふざけてんの?」
「へ?」
と、その声を聞いた瞬間、俺の思考が急激に冷めていく。
「あたしよ」
その声を聞いた瞬間、即座に俺は眼を丸くして、しかしすぐに納得した。
「アタシ?安達さん?あー、すみません。俺の知り合いに安達という名字はいないんですけど?どちらさまでしょうか?」
うん。一瞬でも、あいつ――茶髪女の顔が過ぎったのは、ちょっと疲れているからだろう。
「……咲です」
「はい? ザキ? 死の呪文唱えられても困るんですけど?」
「……日高咲です!!」
うわ!!と、突如、お姫様の背後に鬼といかづちが!?なんだこの威圧感は!? だがしかし。日高咲――な、何という強力な言葉だ。俺の脳内回路では、その言葉を処理しきれない。だから俺は席から立ち上がって、部室の窓を開けて、
「嘘だぁぁぁぁぁぁ」
お決まりイベントが発生してしまった。
「いて!?何すんだよ」
とすぐに、頭に何かがぶつかる。
「何で、そんな全力で否定しようとするのよ」
「なんでてめぇがそんな格好してんだよ」
きっと青天の霹靂という言葉はこういう時のためにあるんだな。何を血迷ったのか、咲の服装がいつもとは正反対だ。しかも、始めてあいつの地毛を見た。あいつは、高校に入って知り合ったのだが、その時から既に茶髪だったからな。さらにあの癖っ毛を溶かして、今は綺麗に下ろしている。美髪シャンプーとかのCMで見そうだ。さらにスカートも長めにして、マニキュアまでしていない!?
……あ、あなたに一体何があったのですか!!?
し、しかし、馬子にも衣装というやつか、別に似合っているのだが。だがしかし!!く、くそぉ、一瞬でもお姫様なんて思ってしまった俺が憎らしい。
「何よ。悪いの?」
「悪いっていうか、もうそれは神への冒涜だ!! こりゃ明日は天変地異だな。くそ明日が人類最後の日になったじゃねぇか!? 俺の残りの青春を返せ!! カワイコちゃんとのハーレムな時間を返せ!!」
「何一人で暴走してんの」
これは部長の声。気付けば、咲の背後にいた。
「また仲良くいちゃついてんの? いちゃつくのは部室外にしてほしいもね」
「「いちゃついてません!!」」
「すごいわね。何度やっても、意気がピッタリ」
………………こういう時は流すのが一番。と、話題をかけようと思ったが、先に部長が切り替えた。
「あ、どう、見事なコーディネイトでしょ。私の情報には狂いはないわ!!」
「え?これ部長がしたんですか?」
「えぇそうよ。今回の作戦の主役は咲ちゃんだから」
「あーそういうことか」
俺は一先ず安堵を吐いた。とりあえず明日の人類滅亡説はなくなった。これは部長の作戦のためね。あいつの独断行動ではないことだな。良かった良かった。もしも本当に咲の独断であんな格好をしようものなら、核シェルターを今日中に作らなければいけないハメになってたよ。
「で、日曜日に俺らを呼び出して何をしようっていうんですか?」
「きまっているじゃない。覚えてないの? あの副部長、部長が今日街で出てるっていったじゃない。それに部長の行動は、今木葉に追跡させてるから」
あぁそういうことか。
「部長はしないんですか」
「私は、総司令官よ。総括しなきゃいけないんだから。ってイツキ、私の苦労を全然分かってないわね?」
俺は流して、質問を変える。
「で、つまり何をしようと思ってるんですか?」
「む」
流されたことに、憮然としたが、すぐに表情を戻して宣言した。
「逆ナンよ!!」
作戦B:バックバク★蠱惑(こわく)な小悪魔ちゃん
そしてそのまま俺たちは、駅前の大通りで木葉と合流した。そしてそこから柔道部部長の場所は見えた。
咲は既に、お嬢様ルックで、部長の進路先でスタンバっている。そして、木葉の言うとおり、柔道部部長――六道健太が、歩いてきた。デカパンに、黒シャツ。アクセサリーをいくつか身につけている。容姿は、副部長とは違ってキリっとした顔つきだ。引き締まった小柄な肉体。あのゴツい副部長の上に立つのだから、やはり柔道は柔が制すのか。まぁ体重別といのもあるが。そしてその眼は、かわいいオニャノコを探す猛禽類のような眼光を光らせている。(猛禽類はオニャノコ探さない!!って思った奴!! 気にするな。
情報により、咲は今、完璧に六道のタイプになっている、はずだ。
ここで、部長が素通りしてしまったら、元も子もない。少し複雑な心情だが、そこは素直に願う。
と、部長の視線が咲に映る。そして立ち止まった。
お、期待通りだ。よし、なら確かめるか。
ふ。どうやらここで俺の凄さを見せるときが来たようだ。部長が催眠術。俺にだって能力な一つや二つ持ってるんだぜ。行くぞ。
臨・兵・闘・者・階・陣・列・在・前!!
そして俺は超能力を発動させた!!
下心スコープゥゥゥゥゥ!!(相手の下心を読み取る能力。消費MP3。俺のMP20)
はい、そこでショボって思った人はカエレ。
話を戻して、
六道の下心、レベル4.。あぁ心の中では鼻の下デローン状態だ。どうやら咲の現在の容姿は、楓部長の思惑通り六道の心を直球ど真ん中ストライクだったようだ。だが一歩間違えたら、欲望に身をまかせてビーストモードになりかねないか。ま、いっか。咲だし。
そして六道は近づくと、
「ねぇ。どこ行くの?買い物」
いざ目の当たりにすると、やっぱありえないよぉママン。スムーズに事が進みすぎじゃないかい?
「いいのよ。グダグダと話伸ばしても意味ないじゃない」
「うぅー」
あ、ちなみに、何故二人の会話が聞き取れているのかというと、咲の胸元にはテレビ番組とかよく見るような小型マイクがついているからだ。俺と先輩のイヤホンからその会話が聞こえてくる。
そして、イヤホンから咲の声が聞こえてきた。
「……うん」
うわ。一瞬寒気がしたぜ。なんだあのもじもじとした感じは。っていうかあいつにあんな演技力が備わっていたのか。知らなかった……。
「へぇ。誰かと待ち合わせしてるの?」
「…ううん」
「へぇ、もしかしてドタキャンされた、とか?」
うわ(その2)、っていうか、六道あいつナンパ術を心得ているな。会話が途切れないように。すでに、始めに返事が来たから脈ありと、次々と言葉を出している。ま、そうしてくれないと困るのだが。
と、そんなナンパ術を評価しているうちに、柔道部部長は、咲と一緒にどこかに向かいはじめた。
「いい、カラオケよ。この先の信号二つ超えた場所にあるカラオケ」
気付くと部長も自分のマイクを使って先に命令している。実は咲も、長い髪でうまく隠しているが、耳にイヤホンをつけている。
そして、予定通りに二人はカラオケに向かうことになり、予定通りに俺たちはストーキングまがいをすることになった。
「先輩、ここいいんですか?」
「あ、大丈夫。私ここの店長とちょっとした知り合いだから」
(そういうもんなのか?)
俺達は今、部長の指定したカラオケの関係者用の部屋で、防犯カメラで二人の部屋を覗いている。
「これってちょっと犯罪まがいじゃないっすか?」
「気にしない気にしない」
「はぁ」
と、部屋の中では、まだ特に変化はない。六道がロードオブメジャーやオレンジレンジの歌なんかを歌ってたりしている。後、始めて咲の歌声を聴いた。まぁ、やっぱり文芸部と言っても、普通にJPOPも聴いているってか、ジャニーズ系か。
男の歌だが、これ俺よりうまいや。はっはっは。
と、また部長が小声で何か指示している。何する気だ? その答えはすぐ分かった。
程なくして、咲が妙な動きをとり始めた。なんだかチラチラと上目遣いに六道に視線を向ける。見るものが見れば、扇情的だ。
そして俺の超能力下心スコープでは、それと呼応して六道のメーターが上がっている。六道の眼つきが徐々にやらしいそれになる。そして六道が歌えば咲が褒める。すると六道が気を良くする。さらに、咲が甘えるような顔。ぐんぐんぐんぐん六道の下心メーターが上昇。
一分後―――
「いただきまぁぁす!!」
突如、六道が下心メーターの臨界点を突破して、欲望に身をまかせてビーストモードに変化して――
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
と、突然、咲も叫ぶ。さっきまでの甘えるような言葉とは裏腹に、一転怯えるような顔に変わった。
「げへへへへ。食べちゃうぞ」
とB級映画でも、いや素人映画でもありえなさそうな言葉を本気で六道は吐きながら、逃げ惑う咲。襲い掛かろうとする六道。いや、これやらせにしか見えないのは俺だけですか。まさにクッパとピーチ姫。って普通にやばいだろ!?これ。とめなきゃ。
さらに、六道は極めつけには、卑猥な言葉を連呼し始めた。
「うるさい。我に策ありだ」
と、俺の心配をよそに部長はほくそ笑んでいる。部長のシナリオ通りということか、ってそれでもやばいだろ!?
しかし、部長は聞く耳も持たず。しかし、鋭い眼でモニターを見ながら、
「そろそろ限界か……よし入れ」
その言葉が出された瞬間、室内に異変が生じた。窓ガラスが割れる音、壁が破壊される音、ドアが蹴破られる音が続けて響き、突如として、部屋の中に黒スーツの集団が推し入ってきた。って窓からって、ここ三階ですよ?
「な、なんだ?」
と、いきなりのことで六道が困惑している。
「や、やめろ!!」
それは瞬く間の出来事だった。
黒スーツは咲をかかえると出て行き、最後に響いたのは六道の情けない叫び声――
……
程なくして、咲が俺たちの部屋に入ってきた。
「ご苦労さま。咲ちゃん。迫真の演技じゃない」
「もちろんですよ、先輩。お姫様といえば、私の十八番ですから」
シンデレラに冷たくあたる継母の間違いだろ?
「いた!!」
突然、頭に何かが当たった。
「そこ、今変なこと考えてたでしょ」
何!?読心術まで心得たのか!? く。やるなお主。
「よし、このビデオテープとこの録音テープがあれば、完璧ね」
と部長。
あぁ。そういうことね。確かにこれを公表すれば、あいつの社会的地位はやばいことになるだろう。しかし部長もよくこんな悪賢い作戦を実行に移すもんだ。と、終わらせる前に、疑問が残る
「あ、質問です。楓部長」
「あ?」
「あの黒スーツって何者ですか?」
「あー、あぁ私の知りあいの警備会社の従業員よ」
は? いやいやいや。
「気にしない気にしない」
いや、気にするだろ。麻酔銃やらコスプレ衣装やら黒スーツやらカラオケの部屋の使用といい部長、
「あんた一体何者ですか?」
「文芸部部長」
閑話休題。
「って、もう時間が巻いちゃってるじゃない!? このまま次いくわよ次!!」
と、俺のこれ以上の疑問追及を拒むように、部長はいきなりおっかなびっくり立ち上がった。
「え、え?」
「副部長、部長と来たら、次は顧問の弱みでしょ」
「今日やるんですか?」
「もちろんよ!!」
というと、部長は後ろを向き、そして、
「はい」
と、いきなり妙なものを俺に渡してきた。
「はいって、何これ?」
「いや見れば分かるでしょ。釣竿じゃない」
いやいやいや。
「何に使うんですか?」
「ヅラと釣竿って言ったら一つしかないじゃない」
「何寝ぼけたこと言ってアギャ!!」
突如、僕の頬には見事なシャイニングウィザードが炸裂した。
あ、すげー、俺始めて見たよ。頭の上で美少女天使ちゃん達が回っている。あははは。あぁ意識がまどろみの中へぇ――
「話を途切れさすな!!」
落ちていかなった。
部長は続けて僕の胸倉を掴み、意識を強引に引き戻してきた。くそ、天使ちゃんとの極楽バカンスが。
「何寝ぼけたこと言ってるのよ。さぁミッションスタートよ!!」
作戦C:強行セクハラパパラッチ
割愛。
もういろいろ諸事情で(ぇ
部長はどこかと連絡すると、いきなり顧問の居場所は掴んだ、といいやがった。そんで言ってみたら、本当にいたよ。ほんま部長さん。あなた一体何者ですか?くそ、いつか俺があばいてやる。実は、大富豪のお嬢様ですか!? ってやば。考えると、意外と現実味帯びてくる。
と、そんなことはその時はどうでもよく、キングコング(顧問のあだ名)は一人で本屋で立ち読みをしていた。そして外に出たところを、って後後考えてみれば、あれは神の意思を承ったのだろうか。どうしてあんなことが出来たのだろうか不思議だ。見事、覆面被った俺が、釣竿でキングコングのヅラを釣り上げゲット!!、同じく覆面被った部長が、見事に激写!! そしてロケットダッシュでエスケープ。以上!!
短いとか言わない!! もう一杯一杯なんすよ。グスン。正直めっちゃ、はずかしかったし・・・思いだすだけで涙がでてきそうです。
そして、
「ミッショォォォォォォォンコンプリィィィィィィィト!!」
完全に、柔道部顧問を巻いた後で、部長の雄たけびが、夕焼け空と共に、校内を残響した。
(なんだこの締めは!?)
俺の心の雄叫びもまた、心の中で残響した。
*
「ほほぉ。これは多分に強制力のある写真ですねぇ」
放課後。
生徒が少なくなった教室でいちゃついているそこのカップル!!もうカエレ!!
ではなくて、帰宅部共の喧騒も収まり静けさを取り戻した頃、狡猾な悪魔の巣窟もとい生徒会室の中に、文芸部員と生徒会長がいる。
会長の意向で、今この部屋には、会長と文芸部員のみ。
「どう。完璧でしょう」
そして会長は、映像及び写真を見て、一人納得している。
「ふむ。いいだろう。お前らの希望額をまず聞こうか」
それを聞いた瞬間、室内には安堵の息が溢れた。
しかし―――
ここで俺は自分の耳を疑うことになる。
「確か交換条件はこうでしたよね? 【情報と部費との交換】」
突如、そこに横槍を入れてきたのは、新居木葉だ。
「ん? あぁそうだが」
振り向くと、木葉のメガネレンズが妖しく光っっていた。
「今、証拠品を持っているのは私。他の人は持ってない。だから部費は私のもの」
…………はい?
やばいやばい。俺はついに幻聴を聞くようになってしまったようだ。誰か良い耳鼻科の病院を教えてくれないだろうか? え? 聞き間違いじゃない? んなわけないじゃないか。な、木葉。
「木葉さん?……今何て言ったんですか?」
「この証拠品は今私の手中。だからこれと交換」
「冗談だろ!?」
「本気。もともとテニス部がメインで、文芸部やめてテニス一本にしようと思っていたところ」
「うむ。それも一理あるね」
と、会長の顔を見ると、おもしろい展開になって笑っている。だが俺たちには全くおもしろくない。
「あれは私たちの努力よ」
と部長。
「でも持っているのは彼女」
と会長。
「木葉返しなさい!!」
と部長。
「いや」
と木葉。
咄嗟に部長が木葉の手に持っているものを取り上げようとしたら、
「やめろ。暴力沙汰は、僕が許さないよ」
会長の一喝。くそ、何こん時だけ、会長ぶってんだよ。善道。
「じゃあ、今回の報酬は木葉ちゃんだね。あ、新垣部長罰ゲームよろしくね」
「あ?何で私がしなきゃいけないのよ」
「情報を持ってきたのは、木葉ちゃん。文芸部ではなぁい」
「あぁ!?」
「何か?」
会長は、ニヤニヤと楽しむような声で、言葉をつむいだ。
嘘だろ………。
仮面女………。
してやられたよ。
見事に俺たちは、彼女に使われたということか。
そして今回の出来事は、彼女の一人勝ちでは幕を閉じた――
だが、俺には忘れられない出来事になった。
これがトラウマになり、俺は今後数年間、女に対して疑心暗鬼になってしまったのだから・・・。
(終わり)
-
2004/11/23(Tue)14:08:05 公開 / 俊坊
■この作品の著作権は俊坊さんにあります。無断転載は禁止です。
-
■作者からのメッセージ
どうもどうも。投稿三回目の俊坊っす。さて、今回。またまた今までとは違うタイプのものを書いてみました。予定では、ちょっとした短編を書くつもりだったのですが、予定変更です。
学園コメディーです。
しかし、小説で人を笑わせるのって難しいんだよなー。まぁ、寒ければ寒いと言ってください(汗
これは俺の黒歴史へと……(ぇ