- 『Little love』 作者:渚 / 未分類 未分類
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原稿用紙約15.15枚
「ユナ、ユナ」
毛布の中でまるまっている小さな女の子。誰が信じるだろうか。この子が、すでに亡くなった俺の恋人、夕菜なんて。
ユナは毛布をぎゅっと握り締めて、小さくうなっている。やはり子供と同じらしく、睡眠時間が6時間では足りないらしい。まあ、普通の6歳児だと、せめて8時間は要るだろう。
俺はあきらめて立ち上がった。あくびをしながら台所に向かい、フライパンを棚から取り出す。コンロをつけ、フライパンに油を引いて暖める。一人暮らしなので、自炊するしかないのだ。
俺はぼんやりと昨晩のことを思い出していた。
ユナがよみがえった瞬間。写真と照らしあわせたときに、わずかに体に電気が走ったこと。ユナの目覚め。幼い彼女に、言葉を教えたこと。
すべてが夢のようで、だが、すべてが現実。そして何より、この事態の一番の根源は俺だ。俺はため息をつき、フライパンに卵を割った。じゅっという音と一緒に油がはねる。
ユナが寝付いた後、弘樹と沙良と話し合った。今後、どうするか。
かなり話し合った結果、しばらく様子を見ることにした。ユナをここに住ませて様子を見、それによって今後を決める、ということだ。
火を止め、フライ返しで目玉焼きをすくい、皿に乗せる。今度はトースターにパンを入れ、牛乳のパックを持って机の前に座り込む。牛乳をパックから直接飲む。
なんかけだるくて、そのまま横になる。牛乳が思いっきり顔にかかる。牛乳くせえ、とか思いながらも、起き上がって顔を洗いに行く気にもなれない。俺は目を閉じた。
夕菜がいた。俺を見て笑っている。俺は驚いて、夕菜に手を伸ばす。と、突然彼女が縮み、ユナになる。ユナは虚ろな目で俺を見ている。
そのとき俺は感じた。この子は夕菜とは、まったく別の生き物だと。
「う…叶!!コラ、おきろぉ!!」
突然大声が振ってきて、俺は飛び起きた。沙良が不機嫌そうに俺の前にいた。少し向こうで、弘樹が笑うのをこらえていた。
「もう、なにやってんのよ!!あんた、なんか顔ぱりぱりしてない?」
「あーしてる」
俺は顔を少しこすった。かわいて固まった牛乳の粉が畳の上に落ちる。
「汚いわよ、バカ。早く顔洗ってきなさいよ」
「んー。弘樹、洗って」
「アホ。とっとと行ってこい」
「ん。あ、ユナは?」
俺はふっと思い出して、沙良を振り返った。
「まだ寝てるわよ。あ、あとあんた、パンすんごい焦げてるよ」
「あー、もういらねえ。弘樹、やるよ」
「いらねえよ」
俺はだらだらと洗面所に向かった。
顔を洗うだけのつもりだったが、前髪の間とかにも白い粉がついていて、シャワーを浴びないとムリそうだった。
服を脱ぎ捨て、蛇口をひねる。冷たい水がタイルではね、素足に当たる。まだ夏だというのに、ぞれだけでもぶるっと震えてしまうほど冷たい。やがて水は湯になり、風呂場を湯気が白く覆った。ほっとしながらシャワーを頭に思いっきりかける。熱い湯が頭から顔に流れ、やがてそれは体を伝っていく。
そういえば、夕菜と弘樹と沙良の4人で、温泉に行ったことがあった。あの時、弘樹が女湯をのぞこうとしたのがばれて、沙良に殴られてたっけ。夕菜が後ろで苦笑してたなぁ。あそこの旅館のカニ鍋、うまかったなぁ。あ、夕菜がポン酢こぼして、浴衣べちょべちょにしてたな。アイツ、ドジだったもんな。そういったら、夕菜が膨れてたな。あいつ、そーいうとこ子供っぽいんだよな。
ふっと我に返る。いつの間にか、夕菜のことばっかり考えてる。もういないのに。夕菜を殺した通り魔は、まだ捕まっていない。俺はぐっと唇を噛んだ。にくい。夕菜は死んだのに、なんで犯人は生きてるんだ。いっそ、俺が殺してやろうか。
今更になって、自分がどれくらい夕菜を愛していたかに気付く。側にいることのありがたみに気付く。夕菜のぬくもりが、こんなにもいとおしいことに気付く。
もっと一緒にいてやればよかった。抱きしめて、キスしてやればよかった。「愛してる」と、もっと何度も言ってやればよかった。
俺はただぼんやりと、シャワーを浴び続けた。
タオルで髪を拭きながら居間への廊下を歩いていると、居間から楽しげな声が聞こえてきた。
「お・は・よ・う」
「お・は・よ・う」
「おはよう」
「おはよう」
「そうよ。いい子ね、ユナは」
襖を開けると、畳の上に沙良と弘樹、そして、いつの間に起きたのか、ユナも座っていた。どうやら、沙良がユナに言葉を教えていたようだ。
「ああ、叶。今、ユナに言葉教えてたの。ほらユナ、『おはよう』は?」
沙良が促すと、ユナは立ち上がり、俺に言った。
「おはよう…かなう」
にっこりとはにかむように微笑む。その笑顔が夕菜の笑顔と重なって、でも、この子はユナじゃなくて。
「…おはよう」
俺はユナの頭にぽんと手を置いた。ユナはちょっと肩をすくめる。
「さて、メシくおっか」
「は?お前、メシ食ってきてないのか?」
俺は呆れて弘樹に言った。が、沙良はちょっと意外そうな顔をした。
「あれ、あたしも食べてきてないよ」
「はぁ?なんでだよ?」
「だって、はじめから叶のとこで食べるつもりだったもん」
「あ、俺も右に同じ」
「……お前らなぁ」
「ま、固いこといわないでよ。あたし作ったげるからさ。ユナ、いこ?」
沙良はユナの手を取ってさっさと台所のほうへ歩いていってしまった。弘樹はにししと笑うと、俺の肩にぽんと手を置いた。
「さ、叶クン。あたしたちも行きましょぉ〜?」
次の瞬間、俺の右手は弘樹の顔面に飛んでいた。
「ねぇ、叶」
沙良が急に思い出したように言った。俺は口の周りについた牛乳を手でぬぐう。
「ん?」
「あのさ、今日、ユナの服買いに行かない?あと…下着…とか」
うつむき、少し赤くなってもごもご沙良はいった。俺はちらりとユナを見る。確かに、ユナはいまだに俺の大きすぎるTシャツをワンピースのようにしてきている。それに、中にはパンツもはいていない。確かに、このままではかわいそうだろう。
「そうだなぁ」
「じゃあついでに、沙良のパンツでも買ったら?ひらひらのスケスケ」
弘樹がニヤニヤしながら沙良をからかう。沙良は真っ赤になって立ち上がり、弘樹の頭に拳骨を入れた。
「いでっ」
「…もうっ!!弘樹のばか!!たまには真面目にしなさいよ!!」
「へいへい」
弘樹は頭をさすりながら目玉焼きをぺろりと口に入れた。
「でもさぁ」
「なによ」
何か言いかけた弘樹を、沙良がじろりとにらむ。また何か言い出すのではないかと警戒してるのだろう。
「服買いに行くって、そのかっこで行くのか?それはちょっと厳しいぜ」
確かにそうだった。こんな格好で外に出すのは、ちょっと忍びない。みんなの視線が自分に集まっているのに気付いて、ユナはちょっと首をかしげる。彼女はサラダのプチトマトが気に入ったようで、さっきからそればかり食べている。どうやら、ユナの基本的な体のつくりは、普通の人間と変わらないようだ。
「沙良、小さいときの服とかないのか?」
「さすがに、ここまで小さいのは……」
「あ、そういふぇば」
口の中にパンをいれながら、弘樹がもごもごという。ようやくそれを飲み込んでから、弘樹は言葉を続ける。
「叶、妹いるだろ?」
「あ、まぁ…」
「確か、まだ小学生ぐらいだったよな?それなら、これぐらいの服、一枚ぐらいあまってるんじゃないか?」
「そうね。叶、今からとってきてよ。家までそんなに遠くなかったよね?」
「あ、うん……」
「じゃあ、お願いね」
俺は困ってみんなを見た。弘樹も沙良も、別になんとも思ってないらしく、普通に飯の続きを食べている。と、ユナと目が合った。ユナは口に卵の黄身をつけたまま、じっと俺を見ている。俺はため息をひとつついて、ユナの口の周りを拭いてやった。拭き終わると、ユナはまたひとつプチトマトを口に入れ、うれしそうに笑った。
仕方ないな、と思いながら、俺もプチトマトを1つ頬張った。
「…ただいま……」
重い足を引きずりながら、自宅のドアを開ける。古い型の洗濯機がごうんごうんと音を立てている。台所からは水の音がする。どうやら、母が食器を洗っているらしい。俺はそっと台所に入る。やはり、母が流しに立っていた。
「母さん」
声をかけると、母が飛び上がった。が、声をかけたのが俺だとわかると、うれしそうに笑った。
「あら、叶。お帰り。いつ帰ってきたの?」
「あ、今。願と祈は?」
俺はきょろきょろと家の中を見回す。2人の双子の妹の姿は見当たらない。
「ああ、今ちょっと出かけてるけど。なんか用なの?」
「いや、あのさ、あいつらの小さいときの服とかあるかな?」
「小さいとき…まあ、ある程度はあるけどねぇ」
「今度さ、フリーマーケットで店だすんだけどさ、いくつかもらってってもいいかな?」
あらかじめ考えておいた言い訳を口にする。母は特に疑った様子もなく承諾し、二人の部屋の押入れにあるよ、といった。
俺は押入れに手を突っ込み、急いで妹の服を引っ張り出した。妹たちに見つかるとまた何かとうるさい。二人が帰ってくる前に家を出よう。
もともと、俺の家の人間は夕菜のことを知らない。まさか、俺が恋人に先立たれて、彼女を蘇生しようとしたなんて夢にも思ってないだろう。だが、妹たちは詮索好きだ。もし夕菜のことが、しかももう亡くなったことがばれたら、さぞ騒ぐだろう。
「…よし、こんなもんか」
3着ほど服を引っつかむと、もって来たリュックに押し込み、部屋を出ようとした。が、俺がドアを開けたのと同時に、なにやら鈍い手ごたえがあった。
「いたっ!!」
「ああ、大丈夫?ちょっとお母さん、気をつけ…あ」
妹の片割れは俺を見ると、ぱあっと顔を輝かせた。
「お兄ちゃん!!」
「…祈」
俺はげんなりして答えた。なんてバット・タイミング。もう一人の妹、願は尻をさすりながら立ち上がった。きっと俺をにらむ。
「お帰り、お兄ちゃん。気をつけてよ!」
「悪い悪い」
叶、願、祈なんて、またメルヘンチックな名前をつけたものだ、と思う。俺の父親は天文学者で、こういう、星に関するような単語に弱いのだ。
「じゃあ、俺急ぐから……」
俺は逃げるように二人の脇を通り抜けようとしたが、二人は俺の前に立ちはだかった。
「ちょっと待ってよ。なんでお兄ちゃんがあたしたちの部屋にいるの?」
「…あやしぃ〜」
今年で5年生になった二人は、そっくりな顔で俺を見つめる。俺はあわてた。やばい。
「い、いや、別に特に意味はないんだけど、二人に久しく会ってないから、会えるかなぁ〜と……」
「…どー思う、願?」
「か〜な〜り、怪しいわね、祈」
二人はひそひそと俺を見ながら話している。非常にやばい。もう、強行手段だ。俺は二人を軽く突き飛ばした。一応手加減した。19歳の兄貴が10歳の妹を思いっきり突き飛ばす、なんてことは俺のモラルが許さない。
「いたっ!!ちょっと、何して…」
「あっ、逃げた!!」
そんな声を背中に受けながら、自宅のドアを閉めた。
ふうとため息をつく。これだから、自宅に帰りたくないのだ。
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2004/11/22(Mon)17:34:05 公開 / 渚
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■作者からのメッセージ
前のが流れちゃったので、新しく立てました。
叶の妹の名前は願(ねがい)と祈(いのり)です。ほんとにこんな名前の人がいたらびっくりしますけどね;
できたら、冬の間には書き上げたいんですが、ムリかもしれないです・・・私は書き出したら早いんですが、なかなか書く気が起きないんですよ;それに、「good by」のほうも、一体いつになったら終わるやら;
とにかく、がんばって更新しますんで、よろしければ、最後までお付き合いください;