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『SWAYED 1〜3(完)』 作者:櫻司 / 未分類 未分類
全角7988.5文字
容量15977 bytes
原稿用紙約28.7枚
1:YOU MIGHT BE...

 
 高校時代、好きな人がいた。
 スポーツも勉強もできて、明るくて。
 カッコよくて、人望もあって、おもしろくて、人気者。
 自分のやりたいことは、やりたいようにやってのけてしまう人。
 でも、わたしは冴えない女の子で…。
 
 久しぶりに名前を聞いたときは、あの頃に戻ったみたいにドキドキした。
 ドキドキのせいで、仕事どころではなくなってしまった。
 裁判官や依頼人の声なんて聞こえないくらい。
 でも今日でやっと声を掛けられる。
 判決理由は右から左に流れた。

 「あの…!」
 振り返った彼は、昔より大人な男の人。
 「何か?」
 「あの、えっと…」
 「異論は公判中にお願いします。控訴すればの話ですが」
 あぁ、ダメだ。
 こんなんじゃ、昔と何も変わってない。
 なんのために司法浪人したのよ!
 「わたし、…高校の卒業式に告白した……」
 彼の傍にいた同僚が、「先行ってるぞ」と笑顔で立ち去る。
 は、恥ずかしすぎる…。
 「ごめんなさい、なんでも――」
 「あ、あの時の!へぇ、弁護士になってたんだぁ。久しぶりだな」
 仕事口調以外の言葉遣いと、たぶん、プライベートな笑顔。
 嬉しさと恥ずかしさで頷くことしかできない。
 「なんだよ、もっと早く声かけてくれれば…って無理か」
 お互いの立場を思い出したのか、少し苦笑いする彼。
 つられて、わたしも苦笑い。
 「あ、今日の夜、時間ある?」
 「え?あ、うん」
 うまく言葉にはならなかったけど、頷くことはできた。
 「じゃあさ、昔話でもしよーぜ。俺、これから事務所戻んなきゃいけないから
  …君もそうだろ?」
 こくん…、と、また頷くことしかできない。
 「じゃあ、8時にこの店で…」
 サラサラっと自分の名刺の裏にお店の名前と地図を描いて、
 「はい」と、わたしに手渡す。
 「オシャレして来ないと入れないよーな店だから」
 冗談っぽく笑って、「じゃあ、また」と彼は同僚を追いかけていった。
 わたしは、最後まで頷くことしかできなかった。 
 
 最初はただの憧れだった気がする。
 高校時代の彼は、スポーツから勉強まで何でも出来た。
 天は人に二物も三物も与えるんだなぁ、と思った記憶がある。
 背も高くて、顔立ちもハッキリしていたから、もちろん女の子から人気があった。
 でも、それらを鼻に掛けることなく、昼休みにはいつも男子と校庭や体育館にいた。
 カリスマ性みたいなモノを持っていたのかもしれない。
 彼の周りには、いつも誰かいて、笑っていた。
 自己主張するわけでもなく、主導権を握るわけでもない。
 でも、何かある度に彼は物事の中心にいる。
 わたしとは別世界の人。
 わたしはよく言えばおとなしい、言ってしまえば地味な女の子だった。
 クラスでも、何人わたしの名前を答えられるだろう、というくらい。
 いつからだったんだろう。
 彼に恋心を抱き始めたのは――。
 あぁ、そうだ、放課後だ。
 高校時代、わたしは校舎が閉まるまで教室で勉強して帰るのが習慣だった。
 今思い出しても、なんて暗かったんだろう。
 西日が、長い間差し込んでいたイメージがあるから夏だったと思う。
 いつものように、誰もいない教室で物理をやっていたんだ。
 最初、理系志望だったにもかかわらず、物理は苦手意識をもっていた。
 そのときも、問題を睨みつけていたっけ。
 誰か教室に入ってきたとは思ったけど、すぐに出て行くと思ったし、
 問題に集中しきっていた。
 だから、名前を呼ばれて、とても驚いた。
 「すっげぇブサイクな顔してるぞ」
 顔を上げると、目の前に彼がいた。
 「何してんの?」
 「…勉強」
 「見りゃわかる」
 そう言って、ぺちっとデコピンをされた。
 突然のことで、黙りこんでしまう。
 今まで話したこともないのに、いきなりデコピンって…。
 更に、わたしは彼の手を見て驚いた。
 日焼けして、浅黒い、大きな手。
 本気でデコピンされてたら、もっと痛かったはず。
 手加減…してくれた?
 「物理かよ…オレ、文系だからサッパリだわ」
 にかっ、と彼は笑う。
 「スゴイな」
 「え?」
 「だって、毎日勉強してから帰るだろ?」
 わたしが毎日勉強してるの、知ってるの?
 みんな帰って、誰にも知られていないと思っていたから、驚いてしまう。
 「勉強好きなのな?」
 「あんまり…苦にならないだけ」
 「そっか」
 次の瞬間、彼の大きな手は、わたしの頭の上にあった。
 「エライ、エライ」
 なでなでと、わたしの頭を撫でる。
 あまりに突然だったのと、嬉しそうに頭を撫でる彼を見て、赤面してしまう。
 夕日で彼には気づかれなかったと思うけど。
 「じゃ、オレ行くわ。あんまり暗くならないうちに帰れよ?」
 そう言って、教室を出て行こうとする彼。
 「あの…!」
 「ん?」
 「自分だって頭良いんだし…、勉強、好きなの?」
 わたしの質問に、彼はしばらくわたしから視線をはなした。
 それから、私に視線を戻すと、
 「オレもあんまり苦にならないだけ」
 やんわりと笑って答えた。
 たぶん、それから。
 わたしは彼のその笑顔が忘れられなかった。
 
 言われたお店に着いたのは、約束の時間の5分前。
 オシャレなんて言われても、仕事着のスーツか結婚式に着ていくようなワンピースしか持っていなくて、
 結局、黒いタイトスカートから細いプリーツが沢山入った白いスカートに着替えただけ。
 見ようによってはオシャレと言えなくもないけど、やっぱり地味かも…。
 でも、気張りすぎたら変だし…。
 悶々としながら入り口に近づくと、もう彼はそこにいた。
 「ごめんなさい、待たせちゃって…」
 「いや、今来たとこだから。迷わず来れた?」
 優しさは…変わってない。
 嬉しくなって、顔がほころんでしまう。
 お店は彼が言っていた通り、とてもオシャレ。
 西欧風なシックな造りに、間接照明。
 二階席に通されたわたし達からは、ジャズの生演奏がよく見える。
 「こーゆーところ来るの初めて…」
 「気に入った?」
 「うん、すごく雰囲気いいね」
 照明のせいか、彼の笑顔がよけい輝いて見える。
 「お疲れさまでした」
 「乾杯」
 シャンハイ・ブルーを頼んだはずなのに、緊張のせいで味がよく分からない。
 一口飲んでグラスを置くと、「あんまりお酒得意じゃない?」と彼が気をつかってくれる。
 慌てて首を横に振り、「久しぶりに飲むから」と大げさな笑顔で答えてしまう。
 あぁ、今頃高校時代の夢が叶うなんて…。
 好きだった彼が隣にいる。
 すぐ手の届くところに。
 しばらくはお酒の勢いにまかせて、高校時代の話に花が咲いた。
 そして、いや、やはりというか、
 同じ穴のムジナ同士、仕事の話になる。
 「弁護士になってるなんて、以外だなぁ。でも、なんで今まで会わなかったんだろ?」
 「あ、わたし、司法浪人してたし、最初民事やってたから。刑事はこれが2例目なの」
 「そっか。俺は最初から検事志望だったからさ。やっぱ刑事事件デショ」
 「すごいね」
 「あの政治家の献金事件、覚えてる?」
 「うん」
 「あれ、担当したの俺なんだ。苦労したよ、有罪にするの」
 「わたし、あれは証拠不十分で被告人の勝訴だと思ってたもん」
 「だろ?それがさ―――」
 彼は今まであったことを、得意気に――いや、自慢げに話し始める。
 あれ?・・・なんだろう、この違和感。
 「犯罪者って、なんでこう―――」
 昔の彼のままだと思ったのに、何かが違う。
 こんなふうに自分のこと話す人だった?
 「で、そのとき俺が言ってやったわけさ―――」
 見た目云々とかじゃない。
 もっと、内面的なこと。
 ドキドキはいつのまにかモヤモヤに変わっていた。

 彼は最後まで優しくて、「送るよ」と、言ってくれた。
 でも、なぜかわたしは、「事務所に忘れ物したから」と、断ってしまった。
 ――忘れ物なんかない。ウソをついてしまった。
 彼には何の落ち度も悪意もないことぐらい、分かってる。
 ただ、わたしの中のモヤモヤがそうさせた。
 なぜだろう。
 お酒のせいかとも思ったが、そうでもなさそうだ。
 家に着いて、何気なくテレビをつける。
 彼は昔みたいに明るくて、優しくて、カッコよくて―――。
 でも昔みたいにキラキラしてなかった…。
 自分がしたいことを楽しんでるってカンジじゃなくて、
 必要を満たすために、常に自分がトップでいたい…みたいな。
 『大人』になれば、そんなものなのかもしれない。
 もうあの頃の、私が好きだった彼はどこにもいないのかもしれない。
 わたしも、きっと変わっていて『大人』になってしまったんだ。
 そう思ったら、とても淋しくなった。
 テーブルの上には、転属希望調査の封筒。
 テレビからはTHE PLANET SMASHERS のYOU MIGHT BE...が流れていた。



2:BLIND
 

 「好きです」

 今までこんな言葉忘れていた。
 高校の卒業式。
 友達や後輩との写真撮影もなくなり始めた頃、一人渡り廊下を歩いていた時に言われた言葉だ。
 
 小さな公判が終わり、俺は同僚と裁判所を出ようとしていた。
 「あの…!」
 振り返ると、公判中に目の前に見据えていた弁護士がいる。
 細身で、決して目立つタイプではないが、スッキリとした綺麗な女(ヒト)だ。
 正直、お互いの立場を気にしなくていいなら、声をかけていたと思う。
 何か公判関連の事かと尋ねたが、違うらしい。
 しばらく俯いていたが、ギュッと手を握ると、
 「高校の卒業式に――」
 と、小声で呟いた。
 同僚が笑顔で先に行く旨を言う。
 高校の卒業式…?
 「あ!あの時の――」
 思い出した。
 かなり昔の、しかも片隅に追いやっていた記憶だったから、
 手繰り寄せて、再生するまでに時間がかかった。
 実際、彼女の名前はおぼろげで、ハッキリ思い出せたわけではなかった。
 彼女から名刺を受け取って、確実に思い出したが。
 懐かしさと、先にも言ったように綺麗な人だったのとで、
 「昔話でも」
 と、口実を作って誘ってみる。
 彼女は控えめに頷くだけだったが、来てくれるようだ。
 店で会うことを約束して、俺は同僚を追いかけた。
 「彼女、何だって?」
 同僚がニヤニヤと訪ねてくる。
 「高校時代の同級生だよ」
 「へぇ…あんな美人がお前の同級生か」
 同僚の目から見ても、彼女は美人に映るらしい。
 「変わるもんだな…」
 「なにが?」
 「人間がだよ」
 「女は変わるもんなんだよ」
 「男は?」
 「さぁな」
 半ば自嘲気味に言う同僚を助手席に乗せ、俺はアクセルを踏み込んだ。

 高校時代の彼女の明確なイメージは、ほとんどない。
 いや、接した記憶がないから当然か。
 一度や二度は話したことはあるだろうが、会話をした覚えがない。
 勉強はできたようだが、一人で本を読んでいる――ぐらいの曖昧な記憶だ。
 彼女について残っている記憶といえば、授業中でのことだ。
 いつだったかは確かではないが、当時つき合っていた彼女とうまくいかず、
 授業をぼんやりと受けている時のこと。
 何も話を聞いていない時に限って指名されるという、マーフィーの法則は当たるもので、
 俺はかなり焦っていた。
 俺の周りの席はほとんど寝ていて頼りにならず、
 頼りの友達もはるか彼方。
 あきらめて「わかりません」とでも言おうかと思っていると、
 前の席に座っていた彼女が助け舟を出してくれたのだ。
 ノートの隅に、綺麗な字で答えが書いてある。
 書いてある通りに答えると、教師は満足したように授業を進めた。
 小声で、「サンキュ」と、彼女に言ったが、何の反応もなかった気がする。
 まぁ、あんまり大袈裟な反応をされても、逆に困るわけだが…。
 彼女についての記憶は、この程度。
 だから、卒業式に告白された時は、驚き…と、いうよりは、
 なんで?といったカンジだった。
 彼女も、「好きです」と、言っただけで、
 俺が何か言う前に立ち去ってしまった。
 だから俺の中の彼女の記憶は、片隅に追いやられていた。
 
 店に着いたとき、まだ彼女は来ていなかった。
 来てくれないのでは…、という考えも浮かんだが、入り口付近で待つことにする。
 ちょうどタバコを一本吸い終わったところへ、
 彼女が小走りに駆け寄ってきた。
 公判中は束ねていた長い髪をおろし、やわらかいスカートをはいている。
 「ごめんなさい、待たせちゃって…」
 「いや、今来たとこだから。迷わず来れた?」
 やわらかい笑顔をして、「うん」と、頷く彼女。
 裁判所でのイメージとはかなり違う。
 このまま街を歩いていたら、集る男どもを払うのが大変だろう。
 しかし、彼女にはそんな自覚が全くないと見える。
 二階席に通された俺たちは、軽いツマミとそれぞれカクテルを頼んだ。
 彼女は店の雰囲気をかなり気に入ってくれたようで、
 グラスを持ったまま、ふわふわと辺りを見回す。
 彼女が動く度に、彼女自身の香りなのか、香水の香りなのか、
 とても良いにおいが俺をくすぐる。
 幾度となく、彼女に触れたいという衝動が込み上げ、
 それを抑えるためにアルコールをあおる。
 髪が触れそうになるが、触れない。
 細い、小さい手が近づくが、離れる。
 華奢な肩が凭れそうになるが、起き上がる。
 会話の内容は、ほとんど覚えていないに等しい。
 ただ、久しぶりに仕事の話ができる女性と飲めたこと、
 彼女の横顔が綺麗なこと、
 まつげが思っていたよりも長いこと、
 とてもいい香りがすること、
 そんなことが頭に焼きついた。
 
 店を出て、もう一軒ハシゴしようと思ったが、
 残念なことにお互い明日も仕事があった。
 下心のカケラもないと言えば嘘になるが、
 一般男性がそうするように、「送るよ」と言ってみる。
 しかし、彼女は事務所に忘れ物をしたらしく、事務所経由で帰るらしい。
 彼女と一緒に過ごせる時間はここで終わり。
 ケータイの番号とメアドを交換して、その場で彼女を見送った。
 彼女の長い髪が角を曲がって見えなくなり、ふっと、我に返ってタクシーの心配をする。
 大通りに出ると、意外にあっさりタクシーはつかまったものの、
 前に乗せた客のものものなのか、悪趣味な香水の匂いが残っている。
 「どちらまで?」
 運転手の無愛想な問いに、自宅近くのコンビニ名を告げる。
 ゆっくりと背中を背もたれにあずける。
 だんだんと車内の匂いにも慣れてくる。
 彼女はもっとやわらかい匂いだったなぁ。
 服に残り香でもないかと嗅いでみるが、かけらも残っていない。
 当たり前だ。
 触れてもいないのだから。
 肩にでも軽く触れとくんだった、と今更ながら後悔する。
 普段なら、他の女になら出来たはずだ。
 なのに―――。
 高校時代から、あんなに綺麗だっただろうか。
 今の姿の片鱗すら、俺は気づいていなかったのか。
 ――女は変わるもんなんだよ。 
 同僚の声が聞こえるようだ。
 俺の中の彼女は、ずっと過小評価されていた。
 こんなに人への評価を変えることは、今まで仕事でもなかった。
 昔の彼女の姿を思い出そうと試みるも、
 長い髪、
 品の良い横顔、
 良い香り―――。
 さっき別れたばかりの彼女しか思い浮かばない。
 思い出そうとすればするほど、頭がガンガンする。
 最後の方に飲んでいたシーバスのストレートがきいてきたようだ。
 カー・ラジオから流れる忙しい音楽も、頭痛に拍車をかけている気がする。
 ゆっくり目を閉じるも、浮かぶのは先程の彼女の姿だけ。
 その彼女も、意識からだんだんと遠のいていく。
 最後に聞いたのはラジオDJの曲紹介。
 “恋するウサオさんからのリクエストで、
 THE PLANET SMASHERS のBLINDをお聞きいただきました―――。”
 気がつくと、コンビニの駐車場で運転手に肩を揺さぶられていた。
 
 

3:HEY HEY


 彼のケータイがメール着信を告げたのは、ちょうど昼休みだった。
 公判もなく、書類整理という彼にとっては単調な仕事に飽き始めていた時である。
 差出人は、先日、裁判所で再会した彼女だった。
 “今、時間ある?”
 唐突だな、と思いながらも返信する。
 “大丈夫だよ。どうした?”
 “ちょっと話があるんだけど…近くの公園にいるから来れる?”
 俺も話があるんだ、とは打たずに、
 “すぐ行く”
 とだけ返信すると同時に、ジャケットをはおり、彼は事務所を飛び出した。 

 天気が良いこともあってか、公園ではたくさんの人が昼休みを過ごしている。
 その中に、一人でベンチに座っている彼女を見つけると、
 彼は歩調をゆるめ、呼吸を整えながら、彼女に近づいた。
 「ごめん、待った?」
 「ううん、突然呼び出してごめんなさい」
 彼女の笑顔を見ながら、彼もベンチに座る。
 「いーよ、俺もちょうど話があったんだ」
 「何?」
 覗きこむように問う彼女の顔を見て、彼は一瞬、息を詰まらせる。
 このまま抱きしめられたら―――。
 そんな衝動を振り払うかのように、彼は視線を彼女から晴れわたる空に移す。
 「その、先日飲んでてさ、俺達仕事の話もできるし、他の話もしてて楽しかったし…
  つき合えたら、うまくやってけるんじゃないかなって」
 意を決した彼の視線は、もう空にはない。
 「高校のとき、ふっといてムシが良いのは分かってる。でも、…俺の彼女として
  傍にいてくれないかな」
 視線の先には、彼女の驚いたような、嬉しそうな、でも困ったような表情がある。
 一頻り、彼にはどう解釈していいのか分からない表情を彼女はすると、
 今度は俯いて黙ってしまった。
 「ごめん…、それで、話って?」
 彼女の様子に堪りかねて、彼が口火をきる。
 「うん……。事務所に長期休職願出したの」
 「へぇ、また何で?」
 「もう少し勉強、しようかと思って」
 「…昔から勉強家だったもんな。で、どこで勉強するんだ?T大の大学院とか?」
 「……アメリカ」
 申し訳なさそうな表情をしたまま俯いている彼女を、今度は彼が複雑な表情で見つめる。
 「事務所の所長が、アメリカに留学してたことがあってね、そのツテで…」 
 「いつから?」
 「…早ければ早いほうが良いって言われてて。だから準備が出来次第…」
 「………そっか」
 ベンチの背もたれに思いっきり背中を預け、彼は空を仰いだ。
 「ごめんなさい」
 「…謝るなよ。惨めになる」
 「ごめんなさ――」
 言いかけて、彼女は言葉を探す。
 そんな彼女を横目で見ると、彼は苦笑しながら体を起こした。
 「むこうで落ち着いたら、住所教えてよ。突然遊びに行ってやるから」
 「うん」
 「こっちに戻って来るときも連絡しろよな〜」
 「うん」
 「出発も、…決まったら連絡して。見送り行くからさ」
 「うん、ありがとう」
 少し淋しそうに笑う彼を見て、彼女も淋しく笑った。
 「アメリカかぁ…遠いなぁ…」
 「遠い…ね」
 いつの間にか、公園の中央では外国人が何人か
 ギターやらサックスやらを持ってチューニングしている。
 優しい風が吹き、二人に注いでいた木漏れ日が踊る。
 「…じゃあ、そろそろ事務所戻るわ」
 「うん、突然呼び出してごめ……、来てくれてありがとう」
 お互い、笑顔で応える。
 その笑顔に、お互い、ほっとしていた。
 チューニングが終わったのか、公園の中央から演奏が聞こえる。
 二人は振り向くことなく、歩き始めた。
 歩む方向は正反対。
 THE PLANET SMASHERSのHEY HEYが、二人の背中を押していた。
 
2004/11/30(Tue)00:33:29 公開 / 櫻司
■この作品の著作権は櫻司さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
はじめましての方も、お久しぶりの方も、こんばんは。櫻司です。
はじめて恋愛モノに挑戦してみました。
お気づきの方もいらっしゃると思いますが、THE PLANET SMASHERS 、実在します。勿論、この曲たちも。是非機会があったら聴いてみて下さい。(決してTHE PLANET SMASHERS の回し者ではありません・汗)
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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この作品の投稿者 及び 運営スタッフ用編集口
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