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『深淵からの使者』 作者:竜涎香 / 未分類 未分類
全角8508.5文字
容量17017 bytes
原稿用紙約29.25枚

 世の中には不思議な事があるものだ。
 超能力、幽霊、偶然の起こした奇跡…
 普通では解決しない事が起こるこの世の中、何が起きても不思議じゃないのかもしれない。
 ただ1つ言える事は、その不思議な現象に普通の人はあまり深入りするのはお勧めしないと言う事だ。
 暗い深淵に見入られる事の無いように……

 夜の繁華街を1人の男が歩いてゆく。
 小林新一郎。手に下げたカバンからその字が読み取れる。
 年はまだ20代の前半。
 一昨年会社に就職したばかりの新人サラリーマン。
 しかし彼からは若者特有の元気さは無く、むしろ朧げな足取りで歩くその姿はひ弱な老人にも見える。
「はぁ……」
 これで何度目であろうか。大きな溜め息をつく。
 やりたい事はあるが、時間も無く、金もない。
 その上、上司は口うるさいと来たもんだ。
 それが彼の憂鬱の原因だった。
 遊ぶ時間も何も無い。ただ生きる為の金を稼ぐだけ。
 貧乏は今も昔も変わらない。小さなアパートでの一人暮らし。
 そんな生活に新一郎は飽き飽きしていた。
「金……まとまった金があれば自分の会社でもおっ建てて社長暮しでもしたいなぁ……」
 と、つい自分の理想が口から出た。
「……その願い、叶えてあげましょうか?」
 どこからか、声が聞こえてきた。
 新一郎は辺りを見回したが、自分に声をかけてくれそうな人は居なかった。
 皆自分の事以外には無関心と言うように、横を通り過ぎて行く。
 では、一体誰が?
「こっちですよ」
 声のする方へ顔を向けてみると、狭く、暗い路地に1人の若い男が立っていた。
 自分よりも若い。見た目から推測する所、高校生くらいだろうか。
「あなたの願い、叶えてあげましょうか?」
 ……不気味だ。多分宗教の勧誘がなにかだ。逃げ出した方がいいか…?
「もう一度言いますよ、あなたの願いを叶えてあげましょうか?」
「はっ……はい」
 しまった、と口を手で押さえる。
 有無を言わさないその言い様につい体が反応してしまった。
 どうせこの後延々と奇怪なお経やらお祈りやら聞かされる事になるだろう。
 新一郎は自分を呪った。
「こんな物があるんですが」
 しかし青年はこんな大きな物をどこに入れていたのか、辞書のような分厚い本を取り出した。
 宗教じゃない? 押し売りか……
 もっとタチの悪いものだったか。冷や汗が頬を伝わるのを感じる。
「これは……」
「あなたの願いを叶える素晴らしい物ですよ」
「叶えるって……どうやって?」
「自分が主人公の小説を書くんです」
 開いた口が塞がらない。
 小説を書くだって?それで願いが叶う?
 冗談じゃ無い。俺は妄想の中で願いを叶えても意味は無いんだ。
 青年は話を続けた。
「例えば、こんな事を書いてみましょうか。『夜、繁華街を歩いていた主人公は、空からお札が降って来るのを見つける』」
 サラサラと気味の良い音を立て、何処にあったのか万年筆で今言った言葉を書く。
「お札が降ってくるだって?そんなバカな……」
 ハハ、と苦笑いしていると、まとまった紙が落ちる音が耳を通して脳に伝わった。
 まさか……
 地面をみると、足下にいる福沢諭吉がこちらを見ている。
 ゆっくりと震える指で拾うと、まぎれもなく本物の万札、それも百枚組の束だ。
 顔をあげ、青年の顔を見る。不敵に笑っていた。
 その青年が指で天を指した。
 新一郎の顔も天を向く。
「……ありえない」
 思わずそう呟いた。
 大量の福沢諭吉の束が降って来る。
 全部集めたら1000万2000万じゃきかないだろう。
 これだけあれば、あのボロアパートに住まなくても済む。
 これだけあれば、会社を辞めても生活できる。
 これだけあれば、事業を起こせる。
 これだけあれば……
 新一郎がニヤニヤ笑いながら万札の束を拾うのを見て青年は不気味に笑い、
「では、契約しますか?」
 新一郎の手が止まる。
「……契約?」
「何、契約と言っても金を取ろうとかそんなものではありません。この本の持ち主と言う正式な印をつけるだけです」
「するよ、契約。この本に書き込めば俺の夢が何でも叶うんだ」
「……実は、何でも叶うって訳じゃないんですよ」
「へ?」
 青年は話を続ける。
「まずこの本には限度がある。全てのページを埋めてしまえばそれまでだ」
「…………」
「そして、この本はある『キーワード』が設定されています。それを書いてしまった場合……」
「書いてしまった場合?」
「叶えてきた願いごとだけでは無く、身の回りの全てのもの、そしてアナタという存在事体が歴史から消えてしまう」
 思わず唾を飲む。
「何、そんなに心配する事はありません。『キーワード』のヒントをあげましょう」
「お……教えてくれ」
「アナタが最後の最後で書きたくなる願い……」
「そ……それだけなのか?」
「はい」
 ニコリと青年は笑った。
「まぁ、後で解りますよ。さて、契約へと移りましょうか」
 青年の手には何処から出したのか、ナイフが握られていた。
 嫌な予感がした。
「それで何を……?」
「……聞かないほうがいいです」
 ナイフが一瞬、閃いた。
 血が舞い、本の表紙に数滴かかる。
 新一郎の顔が痛みで歪む。
「……では、私はこれで」
 分厚い本を置いて、青年はその場をゆっくりと去って行った。

 朝。鳥が何処かで鳴くのが聞こえた。
 いつも通りの時間に、電子音が鳴り響く。
 いつも通りの時間に、男が布団から手だけを出してそれを止める。
 いつも通りの時間に、布団から起き上がり、いつも通りに顔を洗った。
 しばらく経って落ち着くと、右腕の痛みがぶり返してきた。
 昨夜、あの青年に付けられた傷。
 包帯を巻いたが、血が染みだしてきている。
 後で包帯を変えなければ。
 しかし、世の中には便利な物がある物だ。
 あの青年も何者だか知らないが、俺にこんな物をくれた。
 『契約』とやらは痛かったが、とにかく晴れてこの本は俺の物。
 思う存分新しい生活を満喫しよう。
 本来ならばもうすぐ会社に行く時間だが、少しこの本を試してみようか……
 新一郎は金の山の中から埋まっていた本を取り出し、最初のページを開ける。
 昨日、青年が書いた文の次の行を空け、その下から書きはじめる。
 自らの未来を……

「小林はまだか!」
 課長席に座った初老の男が机を叩いた。
「そういえば……小林さん今日は遅いですね。休みだって連絡も入ってないし」
 課長にお茶を煎れに来た社員が言った。
「おはようございます」
 そこへ怒られるとも知らない新一郎が入ってきた。
「小林!今何時だと思っているんだ!」
「は?」
 新一郎がとぼける。
 こうなる事は予想済みだ。
「今、何時だと、思って、いるんだ!」
 課長の怒声が部屋中に反響する。
 あまりの声の大きさに、耳を塞ぐ社員もいた。
 しかし新一郎は動じない。
「今は……」
 自分の腕時計を一目見て、
「八時半ですが」
 この無礼とも言える対応に、課長がついに切れた。
「遅刻しといて何だその態度は!大体君は…」
 そこまで言いかけた時、課長のデスクの電話が鳴った。
 課長は息を荒くしながら「少し待ってろ」と言って電話を取った。
 ……だんだん課長の顔が青ざめてくる。
 その電話の内容を知っているかのように(知っているのだが)、新一郎はさらに得意気な顔をした。
「私が……格下げ……!?」
「あらららぁ、残念でしたね課長。で、後任は誰に?」
 今やもう笑いを押し殺せない新一郎は、にやけずらで電話を置いた課長の顔を覗き込んだ。
「何故……何故お前が課長になるんだ!入社して数年の若造に!」
「もうキャリアだけがいい待遇を受ける時代は終ったんですよ」
「なんで私が降格など……」
「援助交際でもしてたんですかぁ?元課長さん」
 元を強調しながら新一郎が言った。
「この……若造が!!」
 いきなり『元』課長が新一郎の胸ぐらを掴んだ。
 しかし掴まれたほうの新一郎は少しも動じない。
 むしろ、冷ややかな目で元課長を見た。
「今すぐこの手を離し、君は俺の元居た席について仕事するんだ……これは課長命令だ」
「く……!」
 下を向き、あきらめたように元課長が手を離した。
「さて……」
 新一郎はパンパンと手を叩き、
「さぁ皆、私は少し外出する。今の騒動は忘れて、今日一日しっかりと働いてくれたまえ」
と言って唖然とする周りの社員を横切り、新一郎は家へと向かった。

「ハハハハハ……見たか糞課長!」
 家に帰るなり、新一郎は大きく高笑いをした。
 とにかくこの本は凄い。
 家を出る前に書いた事が、全て本当になった。
 課長が切れた時には少しばかりヒヤヒヤしたが、この本の通りになった。
 これを使えば、世界は俺を中心に回る。
 俺は今日から、神となるのだ!
 再び大きく高笑いした新一郎に、見兼ねた隣の住民が「五月蝿い!」と壁ごしに注意したが、今や神になった気分の新一郎には、なんの意味も無かった。

「部屋を出る?」
 新一郎の住んでいたアパート、楽幸館の管理人が驚きの声を上げた。
「はい、もう引っ越しの手立ても済みました」
「そうか、そりゃぁ寂しくなるな……あんた、このアパートの古株だったのになぁ」
「お爺さんには学生時代からお世話になりましたが……すみません」
「……落ち着いたら、手紙でも出してくれよ」
「はい、必ず。今まで有難うございました」
「おう、元気でな……」
 新一郎にとって、慣れ親しんだこのアパートと第2の親父のように思っていた管理人との別れは少し辛いものだったが、しょうがないと割り切っていた。
 自らの人生を書く場所としては相応しく無いと感じたからだ。
 住む場所はもう決めてある。
 ……いや、書いてあるといったほうが正確だろう。
 必要な金は昨日出してもらったものも有るし、足りなければまた出せばいい。
 そして住む場所はインターネットで調べて見つけた、都内最高級のマンション。
 防護システムは完璧で、この本を見られる心配も無い。
 元の住人には本の力で去ってもらう。
 ……何、どうせ今まで良い目を見てきた金持ちだ。
 今さら貧乏になったって誰も俺を批判しないし、俺が去らせたとは誰もわからないだろう。

「こちらになります」
 髪を綺麗に7:3で分けた男が、マンションの鍵を開けながら言った。
 都内最高級マンションと銘打つだけはあって、流石に豪華だ。
「家具は全て備え付けの6LDK……どうでしょう?」
「うん……よし、すぐに契約するよ。即金で頼む」
「はい、わかりました……ではカードをお預かり……」
「いや、現金で頼むよ」
「……現金!?」
「こんだけあれば足りる?」
 新一郎がスーツを脱ぐと、バサバサと札束が落ちてきた。
「は……はい!有難うございます!」
「おつりはいいよ、面倒臭いし」
「では、どのように……」
「いいよ、あげる」
 どうせ自由に出せると思うと、今は金よりも時間が惜しい。
 時は金なり、Time is moneyと言うでは無いか。
 早く契約でもなんでもしてゆっくりしたい……というのが新一郎の考えだった。
「あ……有難うございます!」
 金をかき集めながら男が言う。
「では、後程書類云々をお持ち致しますので……」
 と、鍵を渡して男が帰っていった。
「さて、始めるか……」
 本の力が証明された今、恐いもの等何もない。
 新一郎は懐から本を取り出し、書き出した。
 自らの夢を、希望を、欲望を……

「正にこの世は我のもの、と言った所か」
 地上20階の巨大ビル。その最上階にある社長室に、すっかり人の変わった男が居た。
 あれからと言った物の、新一郎はやりたい放題だった。
 本の効果が証明された今、部長、重役は愚か社長の座を奪い、こんな巨大会社までに育て上げた。
 一日にして次々と潰れそうな会社を自分の配下へと治め、働き手とした。
 金の心配が無くなった今、必要なのは下で働く平社員。
 借金を肩代わりしてやるという条件付きであった為に、次々と新一郎の会社の配下へと入っていった。
 既に会社の支店が日本全土に広まっている。
 元は小さな商社だったこの会社も、貿易、鉄道、競馬場経営等次々と手を伸ばし、巨大な会社となった。
 その手を伸ばした全てが本の力で成功し、金なら本の力を借りずとも腐る程ある。
 ただ、1つの悩みは……
「痛たたた……」
 右腕が急に痛みだした。
 腕をまくって包帯を取ると、あの時青年に傷つけられた右腕の傷口が化膿していた。
 このところ会社が超が付く程の好景気(当たり前だが)だったので浮かれ過ぎていたのかもしれない。
 そろそろ医者にかからなければ……
 ……ん? 何を言っているんだ俺は。
 医者に等行かなくてもあの本に書けばすぐじゃ無いか。
 『主人公の腕の傷は、いつの間にか消えていた』と。
 早速本を取り出して書きしるそうとすると、その手を誰かに掴まれた。
「待って下さい」
「……あの時の君か」
 どこから入ってきたのか、目の前にあの青年が立っていた。
 しかし、どことは気にしない。
 どれだけ不気味だろうが、今は自分に素晴らしい物を与えてくれる天使にしか見えなかった。
「その傷は本をアナタの物という証明書のような物。消せば本の効力は失われてしまいますよ……」
「何!ならこの傷はどうすれば……」
「本当に死にそうな時に直せばいいんじゃないですか? どっちにしろ、今はまだ早すぎる」
「そう……だな。こんな傷、その気になればすぐ消せるんだもんな…」
「私はそれを注意しにきただけです…では、また」
 一旦目を本に落とし、また上げるとすでにそこには青年の姿は無かった。

 人間の欲望は尽きる事がない。
 宝石が欲しい。
 名誉が欲しい。
 女が欲しい。
 金が欲しい……
 今、新一郎は欲望の亡者と化していた。
 しかしその欲望もいつかは尽きるもの。
 今度は叶える欲望を探すのに苦労していた。
 社長室の椅子に寄り掛かって次に叶える願いを思案していた新一郎はいきなり立ち上がった。
「……外行こう」
 何事にも思案に詰まった時には気分転換が一番だ。
 最近引きこもってばかりでろくに日の光を浴びて無かった。
「ねぇお母さん、なんでお父さん毎日家にいるの?」
 外に出て数十分。公園の端で、小さな女の子が母親にそう言うのが聞こえた。
 その女の子に母親が少し躊躇しながら答えた。
「お父さんはね……小林総合商社って会社のせいでお父さんの会社が倒産してね、仕事が無くなっちゃったのよ……」
 小林総合商社……俺の会社じゃないか。
「お父さんそのの会社に入れないの?さっき『じんいんぼしゅう』って書いてる紙見つけたよ?」
 まだ俺の会社には人員が足りないくらいだ、女の子の言う通り働き所が無いならうちに来ればいい。
「お父さんは頑固でね…あの会社だけには入りたくないって言うのよ」
「なんで?」
 ……何故?
「あそこの社長は人間とは思えないんだって、人を人と思わない、欲望の鬼だって…‥」
「欲望の……鬼……」
 気付かぬ内に呟いていた。
 そうだ、俺は今まで何をしてきたんだ。
 自分の欲望を叶え続けたって後に残るのは虚しさだけ……
 結果、色んな人に迷惑をかけてきたんじゃないか。
 ……今までの事、無かった事にしよう。
 元の平社員に戻り、幸楽館に戻り……
 本は今……あのマンションにあったハズだ。
 そして新一郎はその公園を去っていった。
 その表情はもう欲望の鬼などではなく、元の平凡な人間の顔だった。

「痛っ……」
 右腕がまた痛み出した。
 膿が包帯から漏れて、腕を伝っていた。
 頭も少し朦朧としている。
 いい加減にしないと俺も敗血症でやられるかもしれない。
 今死んでしまったら……
 冗談じゃ無い、俺にはまだやる事がある!
 だが、いつまでもこの身体がもつとも限らない。
 ……そうだ、少しだけ腕を直せばいいんだ。
 あの青年に傷つけられた当時あたりに。
 そうすれば俺はまたあの本を使える。
 まだページはこんなに残って……!!
 辞書のように厚い本。だが、度重なる新一郎の願いが、そのページの上を行ったらしい。
 残ったページは後一枚。それも、後数行しか残っていない。
 そこに書ける願いは1つが限度だろう。
 冗談じゃ無い……
 新一郎は体中から汗が吹き出るのを感じた。
 少なくとも俺は2つ願いを書かなければならない。
 今までの事を無かった事にする事と、この腕を直して契約を破棄する事。
 心からそう願った新一郎の頭に、この状況を打開できる願いが浮かんだ。
 しかし……
 新一郎の頭の中で、あの青年が言った『キーワード』についてのヒントが反芻される。
『アナタが最後の最後で書きたくなる願い……』
 それが今まさに書こうとしている願いかどうかは解らない。
 しかし、これをしなければ俺は、俺は……
 日本で使われている幾多もの文、単語。
 その中でただ1つ設定された『キーワード』が、今書こうとしている願いである確率は限り無く0%に近いはずだ。
 新一郎は何かに押されたかのように、最後のページの最後の行に、願いを書き入れた。
 本を閉じると、一瞬本が輝いた。
 叶ったか……?
 再び最後のページに目をやる。
『主人公が再び本を開くと、ページ数が増えていた』
 新一郎が書いた最後の希望。
 その答えは、後に続く増えたページが物語っていた。
「やった……」
 新一郎の顔が歓喜に満ちあふれる。
 早速今のこのピンチを乗り切ろうと、新しいページに書き入れようとすると、そこには大きく『B』と書かれていた。
 まるで血で書いたように赤い。
「なんだこれ……」
 次のページをめくる。そこにも字は書かれていた。
 『I』。アルファベットのIが真っ赤な字で書かれている。
 その次のページには『N』…その次は『G』…増えた最後のページには『O』。
 それらを全てつなげると…
「BINGO…ビンゴ…!?」
 青年の言葉が蘇る。
『叶えてきた願いごとだけでは無く、身の回りの全てのもの、そしてアナタという存在事体が歴史から消えてしまう』
 当たってしまった!?
 ヤバい、逃げなければ……しかしどこに。
 相手は得体の知れないあの青年だぞ!
 目を本から離し、辺りを見ると今まで手に入れてきた物の全てが消えていっていた。
 高級ゴルフセット、檜で作られた透かし彫りのテーブル、骨董品の壷…
 誰か……誰か助けてくれ!
 新一郎は叫ぼうとした。だが声が出ない。
 まだ消えていない鏡に自分の姿を写すと、口が消えていた。
 口が消えた!? そんな事あってたまるもんか!
 右手で口があった場所を触ろうとする……が、触れない。
 恐る恐る新一郎が右手を見ると……見えなかった。
 右手があった場所には何も無い。口と同様消えてしまった。
 いや、右手どころでは無い。
 鏡に写った自分の姿の至る所が消えていく。
 右足、左腕、左足、眉毛……
 体の各部位が消えてゆく。
 動けず、声が出ず……目が消え、何も見えなくなった。
 もう何がなんだかわからない。
 どうして俺がこんな目に…
「やはり当たってしまいましたか」
 あの夜聞いた青年の声。
 今となっては一番憎い存在。
 何故、あの夜俺の前に現れた……!!
「何故?私はあなたの願いを叶えようとしただけですよ、新一郎さん」
 ……!? 思考が読まれてる……?
「そう、私は残念ながらあなたが知っている普通の人間じゃ無いんですよ」
 人間じゃ無くても何でもいい。俺を……元に戻してくれ!
 心の中で新一郎は叫んだ。
 平凡でもいい、貧乏でもいい、平社員でもいい!元の生活を返してくれ…
「あなたはもうお終いですよ、残念ながら。契約を結んだ限りその効力が消える事はありません……」
 クソ……何故、このような事をしているんだ……お前は悪魔か!!
「……ある意味では悪魔に近いかもしれませんね。私の目的はただ人間が苦しむ姿を見て楽しむ事だけですから」
 そんな……この……
 芋虫のようになった新一郎に最後に残された頭も消えた。
「では、この本は返してもらいますよ……右腕と一緒に契約の傷も消えて、この本は再び私の物ですから……」
 こうして青年は去り、新一郎はこの世から存在しない者となった。
 深淵に見入られて……

 夜の繁華街を1人の中年男が行く。
 新一郎の勤めていた会社の元課長だった。
「はぁ……」
 何度目になるだろうか、彼は溜め息をついた。
 会社では平社員の雑用に耐えられずに周りから邪魔者扱いされ、家では妻に文句を言われる毎日。
 そんな生活を幾日も幾日も続いていれば生きるのも嫌になるだろう。
 考えれば今まで色んな失敗をしてきた。
 入る会社、選ぶべき妻……
「もっと若かったら、またやりなおせるのになぁ……」
 と、つい自分の理想が口から出た。
「その願い、叶えてあげましょうか?」
 その言葉を発した主は……あの青年だった。

2004/11/16(Tue)23:47:31 公開 / 竜涎香
http://umikaze1009.hp.infoseek.co.jp/
■この作品の著作権は竜涎香さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
此所に投稿させて頂くのは久しぶりです。

え〜……思いっきり勢いだけで書いた作品です。
自分の願いが全て叶ったら……
なんて事を書いてみたかったので。

まだまだ小説を書くにも未熟ですので、是非とも厳しい意見をお願いします。
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この作品の投稿者 及び 運営スタッフ用編集口
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