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創作小説 投稿掲示板『登竜門』 『６月６日の腕相撲（短編）』
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- 『６月６日の腕相撲（短編）』 作者：律 / 未分類 未分類
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全角2165.5文字
容量4331 bytes
原稿用紙約6.7枚
７歳のときから誕生日には父と腕相撲をするのが決まりだった。
なんでそうゆうことになったのかは正直よく覚えていない。たぶん酔っ払った父が遊び半分に僕を口説いたのだろう。
現に父は酔うと「七並べをするぞ」とか「外、走るぞ」とか急にわけのわからないことを口走ることが多く、その腕相撲にしたって、言ったのがたまたま誕生日だっただけで、そして酔った父の脳にやはりたまたま「誕生日は腕相撲」と記憶されただけのこと。ただ、それだけのこと。
彼曰く、腕相撲は父から僕へのプレゼントだった。
「俺は、本当はタダじゃ腕相撲はやらねぇ」らしいから。
勿論、幼い僕が父にかなうはずもなく、毎年ことごとく負けた。
８歳のときも９歳のときも１０歳のときも１１歳のときも僕は負け続け、そしてそのたびに父からは「おめぇは本当に弱ぇな」とか「それでも男か。俺の息子なんだからもっと強くなれ」と罵られた。
１２歳の誕生日は最悪だった。
事の発端は、毎年そうやって罵られる僕が我慢出来ずに初めて反抗したから。
今思えば、この頃、僕は周りの子より少し早い反抗期なんていうものを迎えていたように思う。
でもそれがなかったとしても、結局僕は我慢できていなかっただろうな。
彼の言葉には少しの温度も愛情もなかったから。
その年の腕相撲が終わり、いつもどおり罵られると、怒り狂った僕は冷蔵庫に用意されていた母が作ったショートケーキを父の顔に投げつけた。
こういうときの命中力というのはやけに良い。
ケーキは見事に父の顔面でぐしゃりと潰れ、蝋燭がぱきぽきと折れた。
「何しやがる、この餓鬼！」
顔に張り付いたクリームを手で拭い、真っ白な顔をした父がそう言った。
「うるさい！ だまれ！ 僕は弱くなんかない！」
「弱えぇよ。それも超が付くほど、おまえは弱ぇっ！」
「アル中の親になんか言われたくない！」
「なんだとこの野郎！」
そして父の重たい蹴りが容赦なく太股に入り、僕は床に倒れこんだ。
母は「やめなさい！」と泣き叫ぶ。
僕はふらふらになりながら立ち上がり、奇声をあげて父の顔に飛びつき、鬼に立ち向かう桃太郎の猿のように彼の顔をひっかいた。
爪で父の皮膚が薄く温くえぐれていく感触は、お世辞にも気持ち良いとは言えなかったけど、それでも取り憑かれたように彼の顔を掻き続けた。
やがて父は僕を振り払い、床に叩きつけ、そして今度は腹を踏みつけ、うずくまって泣く息子に「悔しかったら俺に勝ってみろ、馬鹿！」と吐き捨てて、大口を開けて笑った。
このときから、僕にとって誕生日とは生まれた日というより、一年間溜め続けた野心と憎しみを爆発させる日になった。
例えばこれは七夕のようなもの。あの二人が唯一、７月７日だけ会えるように、その日だけ僕は父に正々堂々と勝負を挑むことが出来た。
他の日に挑むことも出来たけど、父と僕の公式戦は僕の誕生日だけだった。
まともに勝負出来るようになったのは１６歳のとき。
それまでは母が「レディー……ゴー！」の合図を言い終わった瞬間に、僕の手の甲はすぐにテーブルについてしまっていたけど、その年はなんとか接線に持ち込み、父を脅かすことが出来た。
でも、それでも結局は負けて、相変わらず「いつまでたっても弱いな、おまえは！」と嘲笑われたんだけど。
そんな年が２年ほど続いて、そして今日、僕は１９歳の誕生日を迎えた。
夕飯を食べ終わり、テーブルの上が片付くと僕と父は睨み合い、そして彼の「行くか」の言葉で、テーブルに肘をつき、がっしりと右手を組む。
相変わらず父の手はごつごつとしていて、指の腹に手の甲の皺の感触を感じた。僕の大嫌いな手。
「今年はどうかな？」と父が煙草臭い息を吐きながらにやりと笑った。
僕はそれを無視して母を見る。
母の手は「レディ……」と高く振り上げられ、永遠にも感じるような沈黙が訪れる。
時計がこちこちと時を刻む音、冷蔵庫のぼぉぉぉんというぼんやりした音も、外で降る雨の音も父の息遣いも僕の息遣いも、くっきりと聞こえてくる。
そして母は勢いよく手を振り下ろしながら「ゴー！」と言った。
体中の力が僕の手のひらと指と腕にギュッと集まり、そして父の手のひらと指と腕にも同じ力を感じる。
僕は息を止めながら、父の腕を倒そうとした。
でもまるで樹齢百年の大木のように、それは動こうとしない。
もう一度力を入れ直そうと手の握りを甘くすると、一気に父の力が腕に流れこんできて、僕の手の甲は一気に下に傾いていった。
慌てて、父の手を持ち上げ、始めの位置に戻す。
父のこめかみと額のあたりにはくっきりと血管が浮き出て、顔は紅潮しきっていた。
傾けては戻され、戻されては傾け。
そういうことがしばらく続いたあと、いとも簡単に父の手の甲が、がつん、とテーブルを鳴らした。
とても１２年分の結末には見合わない勝利だった。
父はついてしまった手の甲をしばらく見つめてから、僕を見てにやりと笑い、そして僕がゆっくりと手を離すと、自分の手を握ったり開いたりして見せて、寂しそうに「とうとう負けちまった……」と呟いた。
嬉しくないわけじゃない。でもあんなに勝ちたかったのに、勝ててしまったことが、なんだか僕を寂しくさせた。
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2004/11/14(Sun)03:10:58 公開 / 律
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■作者からのメッセージ
久しぶりの短編です。毎年、誕生日に腕相撲をする父と僕の結末に、なんとなくせつなさや寂しさを感じていただけたら嬉しいです♪夜更かししていたらあっという間にこんな時間！現在夜中の（明け方の？）三時です（-＿-）。。０
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