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『Fa-1・ダブルロッテ』 作者:l71 / 未分類 未分類
全角2021.5文字
容量4043 bytes
原稿用紙約6.95枚
『“かたり”であるからにはまず真摯に、そして狡猾でなければならない』―ハルトマン著・高野尚訳『詐欺師の条件』より


「アキレスと亀、ね」ポツリと中山は呟いた。
「それじゃあアキレスなのか?それとも亀なのか?」
「アキレスも亀も一緒さ」
隣を歩く福田は、中山よりも高い肩をすくめる。
「走るのが速い人は遅い人に追いつかないわけで、遅い人は速い人に追いつかれないわけだ」
「変な話だね」
「まあ、先人的な考えというよりはただの偏屈だ。実際この逆説を唱えたゼノンは、“よって運動は存在しない”と考えてたんだからな」
「それで舌噛み切って死んだわけ?」
変な話だね、と中山は再び繰り返した。
「まあ」
中山は軽快そうにステップを踏む。そして、振り返りながら福田に言った。
「こんな真夜中の公園を、男二人歩いている方が変な話だけどね」
「俺が女だったら良かったのか?」
「いいや」中山は笑いながら「あんたが女だったら、それはそれで気持ち悪い」と否定した。
福田は、「それは俺が女だったら気持ち悪いのか、女と横を歩くのが気持ち悪いのか」と聞こうとして、止めとくことにした。
どこか皮肉っぽく、それなりに人生を悲観している、そんな青年が中山だ。どんな状況でも軽口を叩くという点が、彼の長所でもあり短所でもあると福田自身は考えていた。
「ん?」
中山が足並みを止める。
「どうした―ああ」
中山に答える間もなく、福田は理解した。二人の向こう側からやってくる警官の姿があった。半そでのTシャツの中山と、腕を捲くったワイシャツ姿の福田とは対照的に、しっかり着込まれた紺色の制服に制帽の男。遠目でも警官とみてとれる男は、明らかに怪訝気な目で二人を見つめながらやって来ていた。
「どう思う?」
中山が訊ねる。
「今時“怪しい”だけでくる警官も珍しい」
福田は楽しそうにあからさまに警官に指を指す。
「なかなか職務に忠実だと思うよ。全国の警官の見本だ」
「いや、そういうことじゃなくて」
中山は何か言いたいようだったが、目の前に警官が来て口を噤んだ。
「君達」
警官は開口一番そういい
「こんな夜遅くに何をしている?」
とお決まりのようなセリフを言った。
中山はバツが悪そうな顔をして福田を見る。福田は平然とした顔をして同じ質問を警官に尋ね返した。
「あなたこそ、こんな夜遅くに何をしているんですか?」
「見回りだ、そ」
警官の声が止む。
口を開きすぎたのかな?一瞬中山はそう考えたが、例え自分が大きく口を開けても下あごと頭が分離する事はまず無いと判断がついた。
「紙拠」
そう言いながら福田は、いつの間に右腕に構えた前腕の長さ程の大型ナイフ―というよりは小型の日本刀を横に振った体勢のまま言った。
「近くだ」
警官の体と分離した頭が、青く光り、そして爆発した。


ベージュ色の車が一台、歩道の側に止まっていた。ゾウムシのようなシルエットのそれは、掛っているエンジンが車を小刻みに揺らしていたが、ライトは点いていなかった。
八代はベージュ色の革張りのシートに座ってタバコを吹かしていた。煙は開いた窓から夜の外へと流れ出ていった。
ポニーテールにしっかりと纏めあげられた長い黒髪は、八代の右肩に流れるように垂れていた。精悍な顔つきと相まって、さながら侍のような印象を受ける。実際、彼女は剣道の段位保持者でもあった。
「タバコは体に毒だ」
助手席に座った北村が言った。八代は無視して、短くなったタバコを窓の外に指で弾いて捨てる。
「そしてポイ捨ては環境の敵だ」
「アイドリングは無視していいのか」
八代は新しく取り出したタバコを口に咥えたまま言い返す。
「確かにそうだ。日本人は排気に関してうるさい。今度再び京都でサミットが開かれるぐらいだ」
北村は続ける。
「そもそも環境にとって人間の存在が敵なんだよ。八塚顔先生の『みんなの願い』然り。そんなに環境破壊をしたくなかったら、人類が滅亡するのが正しい選択だ」
「お前とだけは心中したくは無いぞ」
「なかなか手厳しい…」
気にしていない面持ちで、北村は言うと「お」と声を上げた。
「始まったみたいだな」
窓の外から聞こえてきた爆発音に、八代が呟いた。


「いきなり斬るなんて…」
木の幹を背に、銃身が遊底から少しだけ飛び出たベレッタを構えたまま、中山がポツリと漏らした。
「警官じゃなくて良かったよ」
隣の幹に同じく寄りかかって、日本刀を構えたまま福田が言った。
二人の反対側だけでなく、放射状に木の幹には白い破片―紙が突き刺さっていた。
「まあ、夏なのに冬服着ているのはおかしいと思ったんだよ。それにこんな遅くに見回りなんて自ら隊ぐらいしかやってないだろうし」
福田が言いながら、横に視線をそらすと中山は唇を尖らせていた。
「…まあ、どちらにしても」
そして幹の脇からゆっくりと身を乗り出す。
「これは、厄介だね」
そう言いながら足を曲げてズボンの裾の中―右足に固定された鞘に刀を
納めた。
2004/11/08(Mon)02:22:45 公開 / l71
■この作品の著作権はl71さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
お初です―というよりはだいぶ投稿していなかったので、改めて作品を上げてみました。
感想がいただければ幸いです。
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