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『月が奏でる葬送曲 (完結)』 作者:無夢 / 未分類 未分類
全角36931.5文字
容量73863 bytes
原稿用紙約120.9枚
  1.始まりの音

 全ての始まりは一枚の招待状だった。
 その日、私は珍しく夕方に家への道を歩いていた。いつもなら家に帰り着くときは真夜中。いくつものアルバイトを掛け持ちしている私は、早朝に家を出て喫茶店のウェイトレス、コンビニの店員などのアルバイトをしている。今日は偶々それらが早く終わり、夕方に帰ることが出来たのだ。私はいつもより少し遅く歩いていた。真夜中ではないので、不審者に襲われる心配がないというのもあるが、帰り道がいつもと違う表情を私に見せていたからだ。夕日に照らされたアスファルトの上で、楽しそうに鬼ごっこをする子供達、その子供達の横で井戸端会議をする主婦、そして暖かい家庭料理の匂い、全てがいつもと違っていた。そんな穏やかな空気に包まれながら、私は住んでいるボロアパートに辿り着いた。
 今にも崩れそうな壁に『藤村荘』と書かれている。私は二階へと上がる階段を一段一段上っていく。足を乗せる度に、金属音が鳴る。いつもは、数少ない他の住人の迷惑になるので、忍び足で上るのだが今日はそんなことをする必要もない。短い階段を上りきり、廊下を歩く。私の部屋は一番端。部屋に辿り着くまでに三枚の扉の前を通る。他の住人にはあまり会いたくなかったので、少し足早に。私が部屋の前に立ったとき、先ほどの子供達が「帰ろう」と言っているのが聞こえた。私も帰ろう、と心で呟いてみる。この穏やかな空気に加わりたいと思ったのだ。そんな自分に対して笑いをかみ殺しながら、鍵を差し込んだ。木の扉が音を立てて開く。と、その時だった。真っ白い封筒が私の鼻先を通り、落ちた。扉の上にでも挟まっていたのだろうか。それを拾い上げ、裏表を見た。何も書いていない。私は首を傾げながら部屋の中に入った。洋服で埋め尽くされているベッドの上に鞄を置き、座った。そして、先ほどの封筒を開けてみる。そこには、一枚の紙。
『○×高等学校 吹奏楽部同窓会のお知らせ
 四日後の正午から同窓会を行います。是非来てください。場所は……』
 と、どこかの住所が書かれている。差出人の名前もない。
「同窓会…?」
 しばらくその紙を眺めていたが、あることを思いつき、鞄の中から携帯電話を取り出した。電話を掛けて、相手が出るのを待つ。
『もしもし』
「あっ、朋美?」
『え? もしかして、麗(れい)? やだ、久し振り! 最近全然連絡なかったから心配してたのよ!』
「ごめんなさい、ちょっと忙しくて」
 電話の相手は如月朋美(きさらぎ ともみ)。高校時代からの親友である。
『元気だった?』
「えぇ、元気よ。朋美は?」
『元気、元気! 元気すぎるくらいよ!』
「相変わらずみたいね」
 私は笑って言った。
『それで? 今日はどうしたの?』
 朋美が聞く。
「今日、私の部屋に同窓会の招待状が来たの。朋美のところにも来てる?」
『同窓会? ……あぁ、来てるわよ。正哉(まさや)の分と二枚』
 正哉とは、朋美の旦那で私達と同じ高校の吹奏楽部の出身者である。二人は高校を卒業して二年後、結婚した。結婚してもう五年だろうか。
『でも変よね、これ。誰から来た分からないし、切手も入ってないわよ。直接入れたのかしら? でも、何で? 隠す必要ないじゃない?』
「えぇ、そうね」
『麗はどうするの?』
「私は別に…。朋美は?」
『う〜ん……とりあえず正哉に聞いてみるわ。本物なら行きたいし…。麗も行くでしょ?』
「本物ならね」
『うん。じゃあ、決まったら連絡するわ』
 そう言って朋美は電話を切った。それから、私はベッドに寝転びぼーっとしていたが、しばらくしてそのまま眠りについた。

 携帯電話の着信音で目を覚ました。夜の十時。目を擦りながら液晶画面を見る。朋美だ。通話ボタンを押し、電話を耳に当てる。
「もしもし」
『麗? あのね、正哉に聞いたら名前がないのは葉平(ようへい)か誰かの悪戯だろうって』
「あぁ、あの男ならやりかねないわね…」
『でしょ? それでね、とりあえず正哉は行くって言ってるの。嘘なら嘘でそのまま帰ってくればいいじゃない?』
「そうね…」
『麗も行くでしょ?』
「………いいわよ。私も久しぶりに朋美と正哉に会いたいし」
『うん! それじゃ、決まり! 駅で待ち合わせしましょ!』
「了解」
 電話を切って、私は風呂に入ろうとして立ち上がった。その時、私の膝の上から先ほどの招待状が落ちた。ずっとここに乗っていたのだろうか? 私はそれを拾って見た時、おかしなものを見つけてしまった。確かに、最初に見たときは同窓会のこと以外は何も書いていなかったはずだ。しかし、その紙には大きく「12」と書かれていた。しかもただのインクではなく、真っ赤な液体で。そう、まるで血のような…。


  2.到着の鐘

「麗! こっち、こっち!」
 改札の前で朋美が、バスを降りた私に向かって手招きをしている。その横には正哉。今日は日曜日。そのせいか、駅には人が溢れていた。私は軽く朋美に手を振り、二人に駆け寄った。
「久しぶり、麗! ちょっと痩せた?」
「そうかも。最近バイトで忙しくて、ご飯もあんまり食べてないから」
 私がそう言うと、朋美は心配そうな表情で私に言った。
「大丈夫? 体には気をつけてよ」
「分かってる。大丈夫だから。昔から私は体強かったでしょ?」
「そうだぜ、朋美。麗は高校の頃から体も気も、かなり強かったよな」
 正哉が悪戯に笑いながら言った。
「もう、そんなこと言わないの!」
 朋美が正哉を小突く。
「悪い、悪い」
 こうして見るとは二人はお似合いのカップルである。朋美は背中まである長い黒髪をなびかせた、美女。整った顔立ちで、皺や日焼けなんか関係なしと言うような白い肌。正哉も朋美に負けない美男子である。
「それで? どの電車に乗ればいいの? 正哉」
 朋美が聞く。
「もうそろそろ来るはずだ。あぁ、来た来た。あれだ。あの電車に乗って終点まで行くんだ。」
 正哉が指差した先には、ごく普通の電車。ちょうどホームに入ってきたところだ。
「じゃ、行きましょ!」
 朋美はその電車に駆け込んだ。そんな後姿を見ながら
「朋美、何か嬉しそうね」
 と、私は正哉に言った。
「そりゃそうだろ。俺達の結婚式以来あいつらとは全く会ってないからな」
「そうね…」
「お前も誰とも会ってないんだろ?」
「えぇ。忙しくて誰とも」
「じゃあお前も楽しみなわけだ」
「まぁ、楽しみじゃないって言ったら嘘になるわね」
「相変わらず、素直じゃねぇなぁ」
 正哉が笑う。
「どうしたの? 二人とも。早く乗らないと遅れちゃうよ!」
 そんな私達に対して、朋美が手招きをする。
「行こうぜ」
 私は正哉の後ろについて、電車に乗り込んだ。
 その電車にはたくさんの人が乗っていた。しかし、駅に着く度に何人もの人が降りていく。気がつくと、乗客は私達だけになっていた。六両編成の列車に私達三人だけが乗っていたのだ。
「本当にあってるの?」
 朋美が心配そうな顔で言う。
「あってるはずだぜ」
「でも、人が全然乗ってないじゃない…。何か、ちょっと不気味ね…」
「まぁ、とりあえず終点まで行ってみようぜ」
 窓から外を見ると、先ほどまで見えていた景色とはがらりと変わっていた。最初は高いビルやマンションなどがたくさん見えていたが、今はもうそんなものはなく、山や田圃が広がる田舎の景色になっている。
『次は終点です。ご利用ありがとうございました』
 濁ったような声のアナウンスが社内に流れた。
「さ、降りようぜ」
 正哉が座席から立ち上がり、扉の前に立つ。私と朋美は正哉の後ろに立った。やがて電車が速度を緩め、完全に停止したところで扉が開いた。
「……こんなところでするの…?」
 朋美が私の横で愕然としている。それも仕方のないことだろう。その駅の周りは田圃に囲まれており、ぽつぽつと家がある程度で、高い山がいくつも並んでいる。とても同窓会をやるようなところではない。
「やっぱり騙されたのかしら?」
 私は呟いた。
「まあまあ、二人とも。まだ決まったわけじゃねえぞ。ほら、見てみろよ。ここは書かれてる住所と違うだろ? 多分山奥とかに別荘とかあるんだって。とりあえずあそこにいる人に聞いてみようぜ」
 正哉は古い改札らしきものの近くにいる老人を指差した。
「あの、すいません」
 正哉が声を掛けると、今までどこか遠くを見つめていた老人が私達のことをちらりと横目で見た。老人の顔は皺だらけで、長い顎鬚が胸の辺りまで垂れていた。目には生気というものがない。
「ここってどこか分かりますか?」
 招待状に書かれている住所を見せながら正哉が聞く。老人はしばらくそれを眺めていたが、ゆっくりと右手を上げて私達の背後に向けて指を差した。
「あそこにある鳥居の道を真っ直ぐ行けば着く」
 私達三人は、老人が指差した先を見た。確かに赤い鳥居がある。
「ありがとうござい……」
 私はお礼を言おうと老人に向き直ったが、そこに老人の姿はなかった。辺りを見回しても、のどかな田舎の風景が広がっているだけだった。

 鳥居の道に入ってから何時間歩き続けただろう。駅に着いたときは昼に近い時間だったが、もう空は暗くなり始めている。
「もう、何よここ…」
 朋美が私の横で愚痴をこぼす。それも無理はないだろう。最初のうちは平坦な道だったのだが、段々と険しい山道になり私達の体力をじわじわと削っていたのだ。
「頑張れ…。もうすぐ着くって………多分…」
 私と朋美の前を歩く正哉が言う。
「それ言ったの何回目よ…。全然着かないじゃない…。やっぱり悪戯? ねぇ麗、どうする?」
「もう暗いし、これから戻ったら迷うかもしれないから、とりあえず休めるところを探さなきゃ」
 私は何故か戻ってはいけないような気がしていた。同窓会など関係なく、前に進まなければいけないような気がしていたのだ。
「そうね…」
 それからしばらく、黙々と歩き続けた。もう私の体力も限界を向かえていた。すると正哉が
「ほら! 見ろ! 明かりが見えるぞ!」
 嬉しそうに正哉が指差す先を見ると、確かにそこにはぼんやりとした明かりが見える。
「行こう!」
 私達は明かりに向かって走り出した。小さかった明かりが段々大きくなり、数も増えていく。やがて、木々の間から真っ黒い門が姿を現した。高さは三メートルぐらいだろうか? 鉄製の門の隙間から中が見える。大きな庭の真ん中に噴水。そして、その庭の先には大豪邸と言える屋敷。
「うわ…でけえな」
 正哉が言う。
「すいませ〜ん! 誰かいませんか〜?」
 朋美は門の向こうに向けて叫んだ。……返事がない。
「すいませ〜ん!」
 朋美がもう一度叫んでみると、黒い門が鈍い音を立てて開いた。
「すげえ、自動かな?」
 正哉は何故か少し興奮している。
「入れってことかな? どうする、麗?」
「いいんじゃない? 遠慮なく入らせていただきましょ」
 一刻も早く休みたかった。庭を横切り、屋敷の扉の前に立った。かなり大きい。三階建てだろうか。レンガ積みになっている壁にいくつもの窓がある。
「すごい家ね…」
 朋美が辺りを見回して言った。
「よっぽど金持ちなんだろうな…。どっかの社長の別荘とかか?」
 私は後ろで話している二人を半分無視して、木製の扉に手を掛けた。力を込めて押すと、扉が軋みながら開いた。
「こりゃまた、すげぇな…」
「綺麗…」
 正哉と朋美が驚くのも無理はない。私もあまりの素晴らしさに言葉が出なかった。床は大理石と真っ赤な絨毯、天井には金色に輝くシャンデリア。壁にはいくつもの絵画と扉。まさに豪邸と言うのに相応しい屋敷だった。私達がしばらく呆然と立ち止まっていると、
「麗! 朋美! 正哉!」
 たくさん並んでいる扉の一つから、四人の男女が出てきた。
「マチ! さつきも! ここが同窓会の会場だったの?」
 朋美が驚いた表情で私を見る。
「みんながいるってことは、そうなんじゃない?」
「久しぶりね! 朋美の結婚式以来だから…五年ぶりかしら?」
 湯浅マチ(ゆあさ まち)が私達の前に立つ。銀色のフレームの眼鏡、肩までのショートヘアと小さな口は変わっていない。
「元気だったぁ!?」
 嬉しそうに飛び跳ねながら言ったのは笹神さつき(ささかみ さつき)。少女のような顔つきで、私達と同じ歳だとは思えない。
「正哉ぁ! 我が友よ!」
 騒がしく正哉に抱きついたのは、晴田葉平(はるた ようへい)。
「葉平! 会いたかったぞ!」
 正哉も叫ぶ。私達はそれを見て笑った。
「相変わらずね。葉平も正哉も」
 マチが笑って言った。
「ほら、純も!」
 葉平が小さく縮こまっている片山純(かたやま じゅん)に言う。
「ぼ、僕はいいよぉ…」
「とにかく! 積もる話もあるでしょうから、奥で話しましょ」
 場をまとめるようにマチが言った。
「そこに食堂みたいな広い場所があるの。そこで話そ!」
 さつきは自分達が出てきた扉を指差し、私達はその扉の中に入っていった。


  3.消えてしまった音

 高級そうな長い木製のテーブルに、金色で装飾された椅子がいくつも並んでいる。この屋敷の持ち主は相当なお金持ちのようだ。先ほど、玄関で迎えてくれた四人とは別に二人、椅子に座っていた。
「あなた達はいつここに?」
 私は聞いた。
「私達もついさっきよ。さつきと月子(つきこ)と純で来たの」
 マチが答える。月子とは食堂にいた二人のうちの一人。大人しい性格で、騒ぐようなことは好まない。
「じゃあ最初に来たのは…」
「俺達だよ。兄貴が早く行こうってうるさかったからさ」
 葉平が高文(たかふみ)の横に座りながら言った。高文は葉平の双子の兄。この二人は顔はそっくりだと言うのに性格は全くの正反対で、明るい葉平に対し高文は無口で冷たい印象を受ける。しかし、実際にはとても優しい。この双子は美形なので高校時代も異性から人気があった。明るく子供っぽい葉平か、無口で優しい高文か、女子は二つに分かれていた。
「へぇ、高文がねぇ。珍しいな」
 正哉がそう言うと、高文は微笑みながら頷いた。
「でも、こんなところで同窓会だなんて豪華よね。ここは誰かの別荘なの?」
 朋美も椅子に座りながら言った。
「さぁ、私達も知らないわ。ただ、何も書いてない招待状が郵便受けに入ってて」
 マチが言う。
「うちもそうよ」 と、朋美。
「俺達もだぜ」
 葉平が手を上げた。
「あれ? 招待状入れたのお前じゃないのか? 俺はてっきりお前かと思ってたんだけどな」
「馬鹿言えよ、正哉。俺がそんなことすると思うか?」
 葉平がそう言うと、全員が声を揃えて「思う」と言った。
「な、何だよ! みんなして!」
「だって葉平って、高校のときから悪戯ばっかりしてたじゃん!」
「ひどいこと言うなぁ、さつき。確かに俺は悪戯ばっかりしてたけど、こんな手の込んだことはしねぇよ。だって俺達全員住んでるところバラバラじゃねえか。それで全員の家に行って手紙を入れるなんて、面倒くさくてできやしねえ!」
「確かにそうね…。ねぇ、麗。 どう思う?」
「あと二人来てない人がいるじゃない。きっとその二人のどちらかよ」
 私は朋美にそう答えた。すると、マチが急に小さく笑い出した。
「どうしたの? マチ」
「朋美、全然変わってないんだもの。分からなかったら何でも麗に聞く癖」
「あぁ、あったあった。そんな癖。一回それで大変なことがあったよな」
「大変なことって、何? 正哉」 さつきが聞く。
「こいつな、数学のテストの時に問題が難しくて分からないもんだから『ねぇ、麗。ここどうするの?』って一人で呟いてよ。麗と一緒にカンニングしてると思われて、二人揃って零点になりかけたんだ」
「よく覚えてるわね、そんなこと」
 朋美が顔を赤くして言った。それから、私達はしばらくの間思い出話に花を咲かせた。
「そういえば、お腹空いたね。今何時?」
 話が一段落ついた時、さつきが腹部を押さえながら言った。
「あら、もう九時じゃない。お腹も空くわけだわ…」
 マチが腕時計を見ながら立ち上がった。
「え? 九時? もうそんな時間なのか? そろそろ俺達帰らなきゃ、明日仕事なんだけど」
 葉平と高文がほぼ同時に立ち上がる。
「同窓会ってこれで終わりなの? みんなでご飯とか食べないの? ねぇ、麗」
「分からないわ。ここが誰の屋敷なのかも分からないし、誰がここに呼んだのかも分からないんだから、どうしようもないじゃない」
 私は苛立つ気持ちを抑えて言った。と、その時だった。玄関の方で重い扉が開く音がしたのは。
「誰か来たみたいね。もしかして……」
 そう言って、マチは食堂から出ていった。残りの八人もその後に続く。玄関のところに立っていたのは、来ていなかった二人だった。
 井出山かんな(いでやま かんな)と、雨木明菜(あまぎ あきな)。明菜が私達の顔を見回して口を開いた。
「ごめんなさい、遅れたみたいね。もしかして、今終わったところとか?」
 冷たい口調は、高校時代から変わってない。
「うん…そうなるところだったんだけど…。ここって明菜の別荘とかじゃないの?」
 さつきが上目遣いに明菜を見ながら言った。
「ここが? こんな豪華な屋敷、私が建てられるわけないじゃない」
「じゃあ、かんなの?」
 マチはずっと俯いたままのかんなを覗き込みながら言った。かんなはマチを睨みつけると、強く首を横に振った。
「私は家に招待状が届いてたから来ただけよ。かんなとは途中で会ったの」
「えぇ? じゃあ、ここは何なの?」
 と、朋美が戸惑っているのをよそに、葉平は扉に手を掛けた。
「とにかく、明菜達は悪いけど俺達は帰らせてもらうぜ」
 そう言って、葉平は力を込めて扉を開けようとした。しかし、
「あれ? 開かないぞ? 明菜、さっき入ってきたばっかだろ? 鍵掛けたのか?」
「どうして私が鍵を閉めるのよ。私は何もしてないわよ」
「だよなぁ…。どうして開かないんだ?」
 葉平は何度も何度も扉を押したり引いたりするが、開く気配はなかった。

「どういうことだよ。俺達この屋敷に閉じ込められたのか?」
 食堂で全員が椅子に座り、食事を取っている中で葉平が悔しそうに呟いた。扉が開かないだけでなく、窓も開かなかった。正哉が窓を割ろうとしたが強化ガラスなのだろうか、割れなかった。食事は、先程マチとさつきが用意してくれたものだ。屋敷中を探し回ったが誰もいなかったので、勝手に厨房を使い作ってくれたのだ。最近まで誰かがいたように冷蔵庫には食材が詰まっていた。
「とりあえず、今日はもう遅いし、ここに泊まる? さっき屋敷を見て回ったときに、みんなが泊まれそうな部屋があったわ」
 マチはパンを千切りながら言った。
「二階にね、客間みたいなのがたくさんあったの。でも、十部屋しかないから…」
「それなら私達は一緒に寝るわ。どうせ夫婦だし」
 朋美が手をあげる。
「分かったわ。それなら後は全員一部屋ずつね」
「ちょ、ちょっと待ってよ。本当にここに泊まるつもり? 誰のかも分からないのに、大丈夫かなぁ…」
「相変わらず気が小さいんだな、純は。大丈夫だよ。今からあの山道を下りて迷うより、ましだろ?」
 正哉が言った。
「そりゃあ、そうだけど…」
「じゃあ、決まりね。部屋割りを決めましょ」
 それから、食事を済ませて私達は二階へと上がった。二階への階段は食堂の横にある扉の中にあった。
 両側の壁に五つずつ扉があり、等感覚で並んでいる。私は右側の一番奥になった。隣は朋美と正哉。そして、全員それぞれの部屋に入った。
 部屋の真ん中に高級そうなベッドが一つ。あとはちょっとした箪笥と窓があるだけの簡単な部屋だった。私はベッドへと直行し、倒れこむように眠りについた。

「麗……。麗…」
 私を呼ぶ声で目が覚めた。窓から朝の光が差し込んでいる。
「麗…」
 部屋の外から、朋美の声がする。私は重い体を起こして、扉を開けた。
「どうしたの? 朋美」
 朋美は泣いていた。長い髪が垂れ、顔がはっきり見えないが鼻をすすり、嗚咽を繰り返していた。
「何があったの?」
「私、私…どうしたらいいの…?」
「何が?」
「正哉が………正哉が…」
「正哉がどうかしたの?」
 私がそう言って朋美の顔を覗き込もうとすると、朋美は私の胸に飛びついてきた。そしてゆっくりと言った。











「息、してないの…」












  4.奏でられるハーモニー

 雨が降り出した。窓を大粒の雨が叩き、風が揺らす。食堂に私達はいた。朋美とさつきの啜り泣く声が食堂の空気を重くしている。
「どうして正哉が…。昨日はあんなに元気だったのに…」
 純が震えた声で呟いた。
「心臓が急に止まったんじゃないのかしら。死体を見たけど、外傷はなかったから」
 明菜が言う。
「毒とかじゃないのか?」
「さぁ、そこまでは私も分からない。専門的な知識がある訳じゃないもの。それとも、葉平。この中の誰かが毒を盛ったとでも言いたいの?」
 明菜がそう言った瞬間、食堂の空気が一気に凍り付いた。
「…さぁな。そういう意味かもしれねえ」
「ちょっと、葉平! あなた本気で言ってるの? そんなことする人はこの中にはいないわ!」
 マチが立ち上がり叫ぶと、食堂にまた静寂が訪れた。
「………呪いよ」
 風の音に消されそうな程小さな声でかんなは言ったが私達には、はっきりと聞こえた。
「何ですって?」
「呪いだと言ったの、麗。聖香(せいか)の呪いよ」
 呪いだと言うかんなに無関心だった全員が、「聖香」という名前を聞いた瞬間、一斉にかんなを見た。それは、口に出してはいけない名前だったのだ。
「聖香はやっぱり殺されたのよ。自殺なんかじゃなかったんだわ。そして私達に復讐しようとしてるの。正哉は聖香に殺されたのよ。みんな殺されるわ」
 かんなが不気味な笑顔を浮かべた。
「ふ、ふざけるな! そんな馬鹿な話があってたまるか! 聖香は自殺だったんだ! 俺達は怨まれるようなことはしてねぇ!」
「もういい、葉平。この話はもう終わりだ」
 叫ぶ葉平を高文が制した。
「かんなも、そんなことを言うんじゃない。死んだ人間は何も出来ない」
 そう言う高文をかんなは睨み付けた。
「……とりあえず、みんな落ち着きましょう。月子、ちょっとお茶を入れたいから手伝ってくれる?」
 マチがそう言うと月子は黙って頷いて立ち上がった。二人が食堂から出ていくと、また雨と風の音しか聞こえなくなった。
 しばらくして、マチと月子がティーカップを盆に乗せて持ってきた。
「暖かい紅茶よ。みんな、飲んで」
 マチがにこりと笑い、全員の前に一つずつカップを置いていく。桃色や水色の花柄のカップが白い皿の上に乗せられ、銀のスプーンが添えられた。マチはテーブルの真ん中に砂糖とミルクの器を置いて、自分の椅子に座った。その隣に、月子も座る。
 私は砂糖の器を取り、一杯だけ入れた。ミルクティーのような甘ったるいものはあまり好きではないのだ。私は紅茶を一口飲んでカップを置いた。ほのかな甘さが口の中に広がる。そのおかげで、食堂の凍りついた空気が少し和らいだ気がした。しかし、私達が紅茶を飲んでいる中で、葉平だけがカップに手をつけようとしなかった。
「葉平は飲まないの?」
 砂糖とミルクをたっぷり入れた紅茶を飲みながら純が聞いた。
「俺はいらねえよ。もしかしたら、毒が入ってるかもしれないからな」
 葉平は「毒」という言葉をわざと大きく言ったようだった。
「昨日の食事もこの紅茶も、どっちもマチが作ったものだろ」
「マチを疑ってるってこと…?」
 私は葉平を睨みつけた。
「ひどい! マチがそんなことするわけないよ!」
 さつきが叫んだ。
「葉平、あなたいい加減にしなさいよ」
 明菜も葉平を睨みつける。
「私は、マチとずっと一緒にいたけど、そんなことはしてなかった」
 月子が呟いた。
「そうよ! 私も一緒にお料理したけど、そんな変なことはしてないよ! ねぇマチ、そうでしょ?」
 さつきがそう言ってマチを見たが、マチはそれに答えようとせず、ずっと俯いたままだった。肩を震わせ、息を荒くし、泣いているようにも怒っているようにも見える。
「……マチ?」
 さつきは首をかしげた。明らかにマチの様子はおかしい。額に大粒の汗を浮かべて、自分の胸を力強く押さえている。
「……つ…い」
 マチが言葉を喉から絞り出すように言った。誰もが沈黙し、それを聞いた。
「あ……つ…い…。体が……熱い…!」
 私達は顔を見合わせた。先程紅茶を飲んだおかげで多少は体が温まっていたが、「あつい」と言うには程遠かったからである。
「熱い……!! あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
 喉がはち切れそうなそうな程濁った声で叫びながらマチが立ち上がった。目も顔も手までも真っ赤に染まり、口の端からは白い泡が吹き出している。そして、目がかっと見開かれたと思うと、マチは口から嘔吐物を吐き出した。そして、それはやがて真っ赤な血に変わり、全てを吐ききったようにマチの体から力が抜け、テーブルに倒れた。最初に悲鳴を上げたのは、さつき。葉平が顔を真っ青にして食堂から飛び出していった。私は、ずるずると床にずり落ちていくマチの体を呆然と見つめることしか出来なかった…。


  5.怒りの歌

       ◇

「麗!」
 私の名前を呼ぶ高い声が聞こえたので、私は振り返った。
「こんなところにいた! 探したんだよ」
 息を切らしながら私に微笑み、唇の間から白く並びのいい歯が見えた。肩を上下に揺らす度に長い黒髪がなびく。そして、大きな黒い瞳と整った顔立ち。
「どうしたの? そんなに急いで」
 私はその美少女に言った。
「集合だって。朋美と麗だけいないから、私が麗で明菜が朋美を探してるの」
「そう、それは悪かったわね」
 と、私が言ったときスピーカーからチャイムが流れ、女性教師の声が流れた。
『吹奏楽部の宮長(みやなが)朋美。今すぐ音楽室に来なさい』
 私達はそれを聞き、顔を見合わせて笑った。
「ふふ、明菜ったら放送で呼び出すことないのにね。本当にせっかちなんだから。じゃあ、麗。私、先に行ってるね」
 そう言って走り去ろうとする後姿に私は呼びかけた。
「あっ…ちょっと、聖香」
 聖香は立ち止まり、長い髪を揺らして振り返った。そして、にこりと笑い
「何? 麗」
 その笑顔を見て、私は言葉を飲み込んだ。こんなことを言ってはいけない…、そう思ったからだ。
「………いえ、何でもないわ。ごめんなさい、すぐ行くから」
「うん、待ってるね」
 そう言って聖香は扉を開けて教室から出て行った。
 窓から綺麗な夕日が見えた。

       ◇

 硬いベッドの上で目が覚めた。まだ雨の音がしている。ベッドに寝転び、天井を眺めているうちに、いつの間にか眠りについてしまったようだ。寝ながら首だけを窓に向け、外を見た。外には暗闇が広がっている。しばらく外を見ていると、私は激しい空腹と喉の渇きを覚えた。マチが血を吐いて絶命してから、何も口にしていなかったのだ。あの後、葉平は何度も何度も玄関の扉を叩き、「出してくれ、出してくれ」と言い続けた。しかし押しても引いても扉はびくともせず、結局高文が葉平を落ち着かせて、とりあえず全員部屋に戻ることにした。「一人で考えたいことがある」と、明菜が言ったからだ。
私はベッドから起き上がり、扉に向かおうとした。暗闇に目が慣れて、ぼんやりと扉に輪郭が見える。冷たいドアノブに手を掛けてゆっくりと押すと扉のきしむ音が廊下に響いた。部屋を出て、またゆっくりと扉を閉める。大理石の床に足音が響かないようにしながら階段へと向かった。すると、並んでいる扉の一つが開き、月子が顔を出した。
「月子」
 呼びかけに対し、月子は横目で私を見ただけで何も言わず階段の方へと向かっていった。
「ちょ、ちょっと月子」
 すると月子は階段への扉に手を掛けようとしたところで私に向き直り、
「ピアノ………」
 一言そう言った。
「ピアノ? それ、どういう意味?」
 そんな私の問いに月子は答えようとせず、扉を開けて階段を下りていった。私は月子を追いかけようとしたが、
「麗」
 後ろで朋美が私を呼ぶ声がし、私は振り返ってしまった。
「どうしたの? そんなところで」
 朋美は自分の部屋から顔だけを覗かせて私を見ていた。私は月子が去っていったほうを見たが、月子の姿はもうなかったので、朋美のほうに向き直った。
「ちょっとお腹が空いたから、何かないかと思って」
「あっ、じゃあ私の部屋に来てよ。お菓子とかいっぱい持ってきたの。ね、そうして」
 朋美の顔は笑っていたが、その笑顔はどこか寂しそうだった。
「じゃあ…そうさせてもらうわ」
 私も精一杯の笑顔を作り、朋美の部屋に入った。
「この部屋ね、私一人じゃ大きすぎるの」
 朋美はダブルベッドに座りながら言った。確かに私の部屋より多少広いようだ。しかし、多分朋美の気持ちの問題でもあるのかもしれない。部屋全体をさり気なく見回してみると、ベッドの脇に正哉が屋敷に来た日、死ぬ前日に着ていた服が散らばっているのが目に付いた。朋美に悟られないようにしていたが、朋美は私の動揺を見抜いたように語りだした。
「片付ける気になれないの。だって、まだ信じられないんだもん。あの夜、私たちずっと起きてたの。みんなに会えて嬉しくて、ずっと正哉と話してたの。ベッドの中で背中合わせだったけど、正哉ちゃんと答えてくれてた。でも正哉ったら疲れてたみたいで、すごい眠そうな声だった。それでもちゃんと生きたんだよ。正哉のいびきも聞いた。むにゃむにゃ何か言ってるのも聞いた。ちゃんと…生きてたんだよ。それから私も眠くなってきちゃって、寝ちゃったの。それでね、朝もなって起こそうとしたら……」
 朋美の目から大粒の涙が一気に流れ落ちた。私の胸がちくりと痛んだ。
「朋美…」
「どうして正哉は死んだの? ねぇ、麗。私どうしたらいいの? マチも死んじゃったし、私達これからどうなるの? みんな死んじゃうの?」
 朋美は涙でぐしゃぐしゃになった顔で私を見たが、私はその顔を見ることが出来ず、黙って俯いた。それからしばらくの間、雨の音と朋美の荒い呼吸しか聞こえなかった。
「ごめん…。こんなこと、麗でも分からないよね…。ごめんね。ジュース、飲む?」
 朋美は涙を長袖で拭いて笑い、ペットボトルに入ったオレンジジュースを差し出した。
「ありがとう」
 それを受け取り蓋を開ける。そして口に付け、一気に流し込んだ。少しぬるかったが、渇いた喉や胃を潤すには十分だった。爽やかな酸味が口の中に広がる。
「全部飲んでいいよ」
 朋美がそう言ったので、遠慮なく五百mlのオレンジジュースを飲み干した。と、その時。扉がノックされ、
「朋美、いる?」
 さつきの声。
「いるよ。入って」
 扉が開き、さつきが顔を覗かせた。
「あっ、麗もいたんだ。あのね、明菜が全員集合しろだって」
「どこに?」 と、朋美。
「食堂」
「ちょっと待ってよ。いくら何でもそれはないんじゃない?」
「私に言わないでよ、麗。明菜が言ったんだもん」
 食堂はマチが死んだ場所。死体は明菜と高文が片付けたらしいのだが、やはりあの部屋に入るのは気が引ける。
「とにかく、今すぐ集合らしいから、来てね」
 そう言ってさつきは扉を閉じた。
「どうする? 麗」
 再び二人っきりになった部屋で朋美が言った。
「行くしかないじゃない。行かなかったら、明菜に何言われるか分からないもの」
 私は朋美に笑ってみせた。

 食堂には既にさつき、純、高文、葉平、かんな、明菜がいた。マチが座っていた椅子が空いている。そして月子の椅子も。明菜は私達が食堂に入ると、
「全員揃ったかしら?」
「月子がまだだよ」
 純が答える。
「あ、あのね。月子は部屋にいなかったの。だから、多分みんなが集まってること知らないと思う…」
 さつきは申し訳なさそうに言った。
「それじゃあ困るわ。皆が集まらないと意味ないのよ」
「どうして?」
 朋美は椅子に座りながら言った。
「私、考えたんだけどやっぱり全員で一緒にいるのが一番安全だと思うの」
「マチは全員でいるときに死んだんじゃないの?」
「それは私が持ってきたお菓子食べれば良いじゃない? 麗」
「それがなくなったら?」
「なくなる前にここを出るのよ。皆で考えればいい考えが出るんじゃないかしら?」
「………俺はそれでいいけどな、朋美が持ってきた物を食べるのは嫌だぜ」
「どういう意味よ」
 私は葉平を睨みつけた。
「だってそうだろ? 正哉を殺したのは朋美かもしれないんだぜ? 朋美は正哉と一緒の部屋にいた訳だしよ」
「何ですって?」
 平然と言う葉平に対し私は激しい怒りを覚えた。胸は熱くなり、力強く握り締めた手が震えだす。葉平の整った顔立ちが悪魔の様に見える。そして、私は怒りを抑えきれず椅子から勢いよく立ち上がった、その時だった。葉平の体が椅子から浮かび上がり、空中へと投げ出され大理石の床に着地した。椅子の倒れた音が食堂に響き、さつきの肩がぴくりと上に動いた。全員、何が起こったのか分かっていない様子で呆然としている。葉平自身も状況が分かっていないようだ。ただ、自分の右頬を押さえて自分を殴った相手を見つめていた。最初に口を開いたのは明菜。
「た、高文……?」
 高文は肩を上下に揺らしながら呼吸し、葉平を見下ろしている。その顔は怒りに満ちており、拳は握り締められていた。
「葉平…これ以上ふざけたことを言うな。皆、正哉とマチが死んで本気で悲しんでるんだ。その心を踏みにじるようなこと、二度と言うな!!!」
 高文がこんなに激怒するところを見るのは初めてだった。誰もが驚き、何も言わなかった。
「次にそんなことを言ったら、殴るぐらいじゃ済まされないぞ」
「兄貴……」
「分かったか!?」
「わ、分かったよ……。俺が悪かった…」
 葉平はゆっくりと立ち上がりながら答えた。
「謝る相手が違うだろう」
「あ、あぁ…。朋美、ごめん…」
「うん…」
「すまない、明菜。話を続けてくれ」
 倒れたままの葉平の椅子を立たせてから、高文は座った。
「え、えぇ…。じゃあ、とりあえず全員ここに集めないと」
「月子を探すのね」
「そうね、この屋敷のことも良く分かってないし、探しながら屋敷中を見ましょう」
「全員で固まって行くのか?」
 葉平は頬をさすりながら言った。
「ええ。さっきも言ったように、全員でいるのが一番安全よ」
「分かった。じゃあ、行こうか」
 そう言って高文が立ち上がると、私達も椅子から立ち上がり食堂から出た。

 
  6.月の協奏曲

 まずは一階から探すことになった。食堂を出て、広い玄関に出る。一階には食堂、サロン、キッチンやダンスホールらしきものがあった。どこの部屋も床は大理石で、天井にはシャンデリア。改めて見ると、かなりの豪邸である。しかし、一階のどの部屋にも月子の姿はなかった。次は階段を上り、二階へと行った。明菜は左側の真ん中、月子の部屋の扉をノックした。
「月子、いる?」
 ……返事はない。もう一度ノックし、呼びかけても返事がなかったので
「月子、入るわよ」
 と、一言言って明菜は扉を開けた。部屋の造りは私の部屋と左右逆なこと以外、全く同じだった。薔薇の花柄のベッドの上に月子のバッグが置かれてる。屋敷から出てないようだ。
「ここにはいないみたいだね」
 さつきは部屋を見回して言った。
「じゃあ、次は三階に行きましょう」
 そう言って明菜は足早に部屋から出て行った。それに付いて全員が部屋を出て行く中、私は何故か部屋から出てはいけないような気がした。この部屋には何かがある、何かが隠されている、何の根拠もないが私はそう思った。部屋をもう一度見回してみると、ベッドの上のバッグが目に留まった。
「これね…」
 無意識に言葉を発していた。バッグは布製の小さなものだ。口を閉じている銀色のボタンを外し、ひっくり返す。色々なものがベッドの上に散らばった。皮製の財布、桃色のポーチ、手帳とボールペン、そしてハンカチ。
 財布の中を見るのはさすがに気が引けるので、桃色のポーチを開けてみた。口紅はコンパクト。どうやら化粧道具のようだ。
「違う、これじゃない…」
 私はポーチをベッドの上に置いて手帳をぱらぱらとめくって見た。そして、同窓会の日付のページで私の手が止まった。その日のスケジュールの欄が黒いボールペンで塗り潰されていたのだ。何度も何度も塗ったらしく、紙は破れかけていた。
「これ、月子が…?」
 どうして、月子がこんなことをするのだろう。普段から大人しい月子が、力一杯手帳を塗り潰しているところなんて、想像できなかった。
 私は手帳からそれ以上のものは望めないと思い、バッグに直そうとしたが、手帳の間から白い紙が落ちた。四つ折にされている紙。私はそれを拾い、丁寧に広げた。
「これは……招待状…?」
 確かにその紙は私達が集められるきっかけになった同窓会の招待状だった。書かれていることは私に送られてきたものと同じ。しかし、ただ一つだけ違う点があった。それは紙全体に血のような液体で「4」と書かれている点だった。
「4…? これはどういう意味かしら…?」
 しかし、いくら考えても分からなかったので、私は手帳と招待状をバッグに戻した。
 そして次にハンカチを手に取った。水色の無地のハンカチ。ただの布にしては少し重い。何かを包み込んでいるようだ。私は包まれているものを丁寧に取り出した。
「何よ、これ……」
 それは透明なガラスの瓶だった。これには見覚えがある。高校の科学室で薬品を入れていた瓶、まさにそれだった。まだ底には液体が少しだけ残っている。
「どうして、こんなものを月子が…?」
 私は開けてみようと蓋に手を掛けた。
「麗、何してるの? 明菜が待ってるよ」
 扉の前で朋美の声がした。私は反射的にガラスの瓶を自分のポケットに押し込んだ。
「え、えぇ。今行くわ」
 財布や手帳を元通りバッグの中に戻して、部屋から出た。
「麗、どうしたの? 汗かいてるよ」
 朋美が首を傾げる。私は一言「何でもない」と言って三階の階段へ向かった。
 
 三階は豪華な一階、二階と全く違う雰囲気だった。床は大理石ではなく、全て木。歩くたびに軋んだ。天井にシャンデリアはなく、蛍光灯がいくつも並んでいるだけだった。そのせいか、三階は幾分暗いように感じる。
「ここ、何だか寒いね」
 朋美が体を震わせた。どこからか風が入ってきているようだ。
 三階には扉が三つしかない。その内の一つは何枚かの木の板が張り付けられており、ボルトで頑丈に固定されていたので入ることが出来なかった。もう一つは物置のようで部屋が古い箪笥やテーブルなどの家具で埋め尽くされていた。そして、最後の部屋に入ったときに、私は思わず息を呑んだ。そこには真っ黒なグランドピアノは置いてあったのだ。誰もその場から動こうとしない。おそらく、ここにいる全員がピアノなど見たくなかったのだろう。少なくとも、私はそうだった。
「た…ただのピアノだな…。ここにも月子いねぇな」
 葉平が落ち着こうとしているのが分かった。
「そ、そうだね…。いないね」
 純は引きつった笑みを浮かべて部屋を出ようとした。
「違うわ」
 かんながピアノに近寄りながら言った。
「これはただのピアノじゃない。これは…聖香のピアノよ。……どうしてこんなところにあるのかしら…?」
 かんなはピアノを撫でるように触りながら鍵盤の蓋に触れた。
「な、何言ってんだよ。こんなところに聖香のピアノがあるわけないじゃないか。それに、聖香のピアノは俺達が……」
「葉平!!」
 何かを言いかけた葉平を明菜が止めた。明菜は鋭い目で睨みつけている。葉平はそれを見ると何かを思い出したように頷いて
「あ、あぁ…すまねぇ」
「明菜…? あなた何か隠してるの?」
 私が言うと明菜は葉平を睨むのを止めて
「いいえ、何もないわよ」
 と、肩をすくめた。私はそれが嘘だと何となく気付いていたが、それ以上は何も言わないことにした。
「とにかく、ここには月子いないから、もう出ようよ」
 純は言うなり扉を開けて、出て行こうとする。私も部屋を出ようと、ピアノに背を向けた。するとさつきが
「ねぇ、ちょっと待って。ピアノの音が聞こえない? かんなが弾いてるの?」
 さつきがかんなに近づきながら言ったが、かんなは黙って首を横に振る。
「このピアノ、蓋に鍵が掛かってるもの。私が弾けるわけないわ。弾けるとしたら……やっぱり聖香ね」
 かんなが不気味に笑った。
「馬鹿言わないで。聖香も何も私にはピアノの音なんて聞こえないんだけど」 と、明菜。
「え? 嘘でしょ? だってこんなにはっきり聞こえてるのに…。麗は?」
 私がどれだけ耳を澄ませても、ピアノの音など微塵も聞こえなかったので、私は黙って首を横に振った。
「私も聞こえない」
「俺もだ」
「僕も…」
 朋美、葉平、純は口を揃えて言った。
「嘘…? だって今も聞こえてるよ。ちょっと待って………。え? も、もしかしてこの曲…」
 さつきは驚きの表情を浮かべ、
「そんな…この曲って…! 嫌! 聴きたくない!!」
 そう言って耳を塞ぎその場に座り込んだ。
「嫌! どうして耳を塞いでも聞こえるの!?」
 両手で抱えながら頭を強く振る。
「嫌! 助けて!」
「さつき! 落ち着いて!」
 私はさつきに駆け寄り、その両肩を優しく掴んだ。顔を上げさせて目を合わせる。さつきの顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていた。
「さつき、落ちついて話して。何が起きてるの?」
「あ、あのね…、あの…」
「ゆっくりで良いから。深呼吸して」
 さつきは小さく何度も頷いて深呼吸をした。すると、
「あれ? もう、聞こえない…?」
 さつきは何かを確認するように上下左右を見回し、私の顔を見た。
「もう大丈夫ね?」
「う、うん。大丈夫。あのね、聞こえたの。誰かがピアノで『月の協奏曲』を弾いてるのが…」
 さつきの言葉を聞くと、かんな以外の全員が驚きの声を上げた。
「本当だよ! 聞こえたの! 耳を塞いでもはっきりと……」
「分かった。私はあなたを信じてるわ。だから、安心して」
 私はそう言うとさつきは嬉しそうに笑い頷いた。
「しっかし…『月の協奏曲』か…。久しぶり聞いたな、その名前…」
「私もよ、葉平。あれ以来、あの曲を演奏することなんてなかったもの」
 明菜の言う通りだ。私達は聖香が死んでしまってから一度も『月の協奏曲』を演奏することがなかった。あの忌まわしい過去を封印したかった。
「さつきも落ち着いたことだし、早くここから出ようよ」
 純は一刻も早く出たいようだ。
「そうね。これ以上ここにいても何の収穫もないわ」
 と、言ってさつきと一緒に立ち上がったその時だった。爆音が周りに響き渡り、一瞬目の前が真っ白になったかと思うと、次の瞬間には真っ暗になっていた。
「て、停電!?」
 声だけでも純が怖がっているのが分かる。
「近くに雷でも落ちたのね。どうしようかしら」
 暗闇の中から明菜の冷静な声が聞こえる。
「待て。僕がライターを持ってる。今点けるよ」
 高文の声だ。しばらくは誰も喋らなかった。私はずっとさつきの肩を掴んでいる。と言うより、さつきが私の手首を掴んだまま、離してくれない。
「あった」
 高文がそう言った時、さつきの体が大きく揺れ、その振動は私の掌にはっきりと伝わった。
「あっ……」
 さつきの口から僅かに声が漏れたのが聞こえた。私の手首を掴む力が強くなる。私はさつきの肩を離そうとしたが、さつきの力が段々と強くなり、私の手首を締め付ける。
「さつき…痛いわ。離して」
 私がそう言うと、さつきの顔が私の背後からの淡い橙色の光で照らされた。
「さつき!」
 私は思わず叫んでしまった。手首が痛いからなどではない。照らされたさつきの口から、真っ赤な血が流れ落ちていたからだ。さつきは歯を食いしばり、なおも私の手首を握り締めている。
「さつき! どうしたの!?」
 さつきがゆっくりと口を開いたかと思うと、私の手首は解放され、さつきがその場に崩れ落ちた。
「しっかりして!」
 倒れた体を抱き上げた。が、私はそこであってはならないものを発見してしまった。
 さつきの背中を触れた左手にぬるりとした感触。そして、指先には何か硬いものが当たっている。それはさつきの背中に垂直にあった。それが、ナイフだと気付いたのは天井の蛍光灯が点いてから。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
 純が叫び声を上げた。
 さつきの体はまるでマネキンのようだった。もう、自ら動くことはないと、私は感じた。


  7.二連符

       ◇

「それで? どうしたの、明菜。集合なんて」
 私は音楽室に入り、ピアノにもたれ掛かりながら言った。
 音楽室には黒板の前にグランドピアノが置いてあった、床は灰色のカーペットのようなものがひかれており、木の机が縦横五列に並んでいる。
「ミーティングよ。さつきとマチが用があるんですって」
 さつきとマチは、持っていたクラリネットとフルートを机の上に置くと、自分達の鞄から小さな紙袋をいくつか持ってきた。
「それ、何?」
 窓際の机から立ち上がり、かんなが言った。
「これはね、お守り! 明日のコンクールが上手くいきますようにって、マチと二人で作ったの!」
「全員分あるから。今、配るわね」
 マチは手に持った紙袋を、中央一番前の机に置いた。そして、一人一人にその紙袋を渡していった。音符の形をしたシールを丁寧に剥がし、引っくり返して中に入っていたものを手の上に出す。それは、ビーズで出来たブレスレットだった。赤、青、緑などたくさんの色のビーズが使われている。そして、ビーズの間に音符の飾りが付いていた。
「ブレスレット? いつ作ったの?」
 私はそれを指でつまみながら言った。
「昨日よ。さつきの家で作ったの。明日のコンクールはみんなでこれをつけて演奏しようって」
「派手じゃねぇか? それに、聖香とか演奏するとき邪魔にならないか?」
 と、言いながらも葉平は既に左手首にブレスレットをつけていた。
「もう! 折角作ったんだから文句言わないでよ!」
 さつきが頬を膨らませて言う。
「ねぇ、聖香。邪魔になんかならないよね?」
「…………」
 聖香は俯いたままブレスレットを見つめていた。
「聖香?」
 さつきが聖香の顔を覗き込むと、聖香は我に返ったように
「え? ……あぁ、うん…。そうだね…」
 と、笑ってみせた。しかし、その笑顔はどこか暗い。
「よし、これで明日のコンクールは絶対成功だな」
「もちろん、優勝ね」
 そう言って朋美は正哉の腕に抱きついた。
「じゃあ最後の練習しましょう。これをつけてね」
 明菜が顔の横でブレスレットを揺らした。全員が自分の楽器を持ち、私もピアノの上に置いてあった指揮棒を手に取った。そして、聖香はピアノに向かう。
「聖香、準備はいい?」
 私がそう言うと聖香はまた暗い笑顔を浮かべて頷いた。
「じゃあ、行くわよ」
 私は両手を上げて、右手に持った指揮棒を振り下ろした。
 まず聖香のピアノのソロが流れる。そして、マチのフルートが入りゆったりとしたメロディー。更にクラリネットの少しこもったような音。暫くは優雅な旋律が奏でられ、優しく頬を撫でる冷たい夜風のように穏やかである。少女が、一人月を見上げているイメージだと、聖香は言っていた。しかし、それは葉平のドラムの合図とともに荒れ狂う雨となる。ここで私の指揮棒の振りは大きく激しくなり、それに答えるかのように全員の楽器が音を立てる。まるで、月が雲に隠れたことを悲しんでいる少女の叫びのように。マチのフルートが、さつきのクラリネットが、朋美のオーボエが吼える。そして私はここでぴたりと指揮棒を止める。今までの叫びが嘘のような静寂。何も音を立てないのも音楽なのよと、明菜が言っていた。私がゆっくりと指揮棒を振り出すと、その静寂は破られ、また聖香のピアノの穏やかな夜風が流れ出す。月が出た。月が夜空で冷たく光り出した。
 これが、私達が作り出した『月の協奏曲』である。

       ◇

「やっぱり俺達全員殺されるのか?」
 葉平が呟いたが、誰も答えようとしない。私達は食堂に集まり、無言のまま朋美が持ってきたスナック菓子やチョコレートを食べていた。葉平は「食べない」と言い張っていたが、空腹には勝てなかったようで今はチョコレートバーをかじっている。
「なぁ、かんなの言う通り聖香の呪いなのか? 俺達全員殺されるのか? なぁ、どうなんだよ」
「…………」 沈黙。
「なぁ、殺されるのか? ……なぁ、どうなんだよ。………誰か答えろよ!!! 無視してんじゃねぇよ!!」
「静かにして!!! 不安なのはあなただけじゃないのよ!!」
 明菜の声が響き、また食堂には静寂が訪れた。
「とりあえず…ここから出る方法を考えよう」
 高文がそう言うと、朋美が持っていたペットボトルをテーブルに置いて言った。
「月子は? 月子はどうするの?」
「月子か…。僕の予想では月子はここから出てると思う。屋敷中を探しても月子はいなかっただろ? それに……」
 高文は言うのを躊躇っているように俯いた。そして少し黙った後、顔を上げ
「死体もなかった。だから、既に出てると考えるのが自然じゃないか? きっと月子は何らかの方法で出たんだと思う」
「もし本当にそうだとしたら、どうして月子は私達に何も言わなかったのかしら? あの月子が自分だけ助かろうとするとは思えないわ」
「ふん、案外そういう奴だったのかもしれないぜ、明菜。」
「葉平! またあなたは…」
 私は葉平を睨んだ。
「あぁ、悪い悪い。そんなに睨むなよ」
 しかし、私は葉平の言うことを全て否定することが出来なかった。私の右ポケットに月子の鞄の中に入っていたガラス瓶があったからだ。私はポケットに手を入れ、それを握り締めた。月子がそんなことをするはずがないと、心で呟いて。
「でも、ここから出る方法なんて見当も付かないわ。扉には鍵が掛かってるし、窓も割れないじゃない」
 明菜が頬杖をつきながら言った。
「鍵が掛かってるんだったら、鍵を探せば良いんじゃないの?」
 朋美が首を捻った。
「ま、まぁ…その通りなんだけど…」
 高文は困ったように頭をかく。
「月子が鍵を手に入れて、そのまま外から鍵を掛けて持っていったってことはないのかな?」
「うん、純の言うことも一理あるな」
「でも、あると信じて探してみるしかないじゃない? ここで諦めるのは早すぎるわ」
 私は言った。
「そうだね、探してみよ。絶対にあるよ!」
 朋美は椅子から立ち上がった。
 ふと、私は考えてみた。私が月子を最後に見たのは朋美の部屋に行く前だ。あの後、明菜が集合と言った時には、もういなかったとさつきが言っていたので、私が最後に月子を見たのではないか。あの時月子が何か言っていたのを思い出そうとする。何だろう? 月子は何かを呟いたような気がする。
「ピアノ……」
 私は思わず口に出していた。そうだ。あの時月子は「ピアノ」とだけ言って去っていったのだ。
「ピアノだわ。ピアノに何か隠されているのよ」
「どういう事?」
 明菜が私に聞く。
「私が月子を最後に見たとき、月子はピアノと言ってたの。その後に月子はいなくなった。さつきも死ぬ前はピアノの音が聞こえるって言ってたじゃない。そうよ、ピアノに何かが隠されてるのよ」
 私の疑念は確信に変わった。私は少し興奮気味に椅子から立ち上がり、言った。
「ピアノを調べましょう。きっと何か分かるわ」
「あのピアノを調べるのか…?」
 葉平はピアノを恐れているようだ。やはり何かを隠しているのだろうか。
「そうだな。とにかく何でもいいからやってみないと始まらないだろ。ピアノを調べてみよう」
 そう言って高文が椅子から立ち上がった。
「私も。麗を信じるわ」 と、朋美。
「ぼ、僕は……」
 純がゆっくりと手を上げた。
「僕は死にたくないよ…。だから、あのピアノを調べるのは嫌だ……。さつきはピアノの音が聞こえるって言って死んだんだよ? 絶対嫌だよ…!」
「ここにいても死ぬかもしれないわ。それなら早くここから出たほうがいいんじゃないかしら?」
 明菜も賛同してくれたようだ。
「そ、それは…そうだけど…」
 と、言って純は俯いたが急に顔を上げて、焦ったように部屋を見回し始めた。
「嘘だ…。嘘だ! どうして僕が!」
 純が椅子から立ち上がり叫ぶ。
「嫌だ! どうして僕が!? 僕は何もしてない!」
「純! どうしたんだ?」
「よ、葉平…! 助けて! ピアノが……『月の協奏曲』が聞こえるんだ! 嫌だ! 死にたくない!」
「純、落ち着け!」
「嫌だ! 嫌だ!」
 純は強く頭を振り、泣いた。しかし、それはすぐに止まり、純は天井を見上げた。目は焦点が定まっていない。ぽかりと口を開け、口の端から涎を垂らしている。
「あっ……あぁぁぁぁぁ…」
 蛙のように喉を鳴らす。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
 それは叫びに変わり、純の体が大きく震えだした。そして純は両目から大粒の涙を流した。
「た、助けて…」
 喉の奥から声を絞り出しているようだった。目からの涙は次々と流れ落ち、やがて透明の涙は真っ赤な血液に変わった。純は両目から血の涙を流し始め、両方の鼻の穴からも血を出した。目をかっと見開き、歯を食いしばっている。
「じゅ、純…」
 葉平は唖然として純を見つめている。私もその場から動くことが出来なかった。
「死にたく……ない…よぉ…」
 とても小さな声だったが、私にははっきりと聞こえた。それが純の最期の言葉だった。次の瞬間、純の口から大量の血液が噴き出し、床やテーブルを真っ赤に染めた。

「は、早くここから出るぞ!」
 葉平はピアノの蓋に手を掛け、震える声で言った。
 さつきの死体はもうこの部屋にはなかった。明菜と高文が正哉達の死体と一緒の場所に片付けたらしい。しかし、純の死体は食堂に置きっ放しだった。目の前で異様な死に方をした純を見て、全員がピアノの部屋に直行したのだ。そして今、ピアノを調べているところである。調べると言っても、蓋が開かないので表面を触り、眺めることしか出来ていない。
「純は何で死んだと思う?」
 高文がピアノの下を調べていた私に聞く。私はピアノの下から這い出て、
「毒じゃないかしら?」
 と、言った。
「本当にそう思う?」
 高文は私以外の人に聞こえないように声を潜めた。
「どういう意味?」
「おかしいと思わないか? 両目から涙が出たと思ったら血が出た。鼻の穴からも。最終的には血を吐いた。こんな死に方をする毒があると?」
「まぁ、血を吐いただけならマチが死んだ毒と一緒かもしれないけど、両目から血が出るなんてのはおかしいわね」
「だろ? それにさつきの死に方だっておかしい。もし誰かに殺されたのなら背中にナイフが刺さってるのは変だ。このピアノは鍵盤が扉の方を向いている。麗がさつきを立ち上がらせた時、さつきはピアノに背を向けていた。そしてかんなと麗以外は扉の近くにいたんだ。つまり、さつきは僕達を正面に見ていて、麗が僕達に背を向けていたんだ」
「と言うことは、さつきの後ろにはピアノしかなかった。だからさつきの背中にナイフが刺さっているのはおかしいと言う訳ね。それで、高文は何が言いたいの?」
「いや、だから…変な死に方をしているばかりなんだから、本当に……」
「聖香が殺したって? あなたがかんなに『死んだ人間は何も出来ない』って言ったと思うけど?」
「そうだけど…ここまで奇妙なら……」
 高文が口篭ったその時、葉平が叫んだ。
「あったぞ!! 鍵だ! これで出られるぞ!!」
 全員、葉平に注目した。葉平は嬉しそうに金色の鍵を握り締めている。
「どこにあったの?」 朋美が聞いた。
「蓋の中だよ! 鍵盤の蓋が開いたんだよ!」
 私が試してもびくともしなかった蓋が開いており、白黒の鍵盤が見えた。
「鍵があったのはいいけど、それが玄関の鍵だとは限らないわよ」
「感動に水を差すなよ、明菜。これは絶対玄関の鍵だ! すぐに試しに行くぞ!」
 言うなり葉平は部屋から飛び出し、一気に階段を駆け下りていった。私達もそれを追いかける。これで助かるかもしれない、そんな希望を抱きながら。
 そして全員が扉に集まり、葉平が鍵を差し込むのを凝視していた。鍵が鍵穴に吸い込まれるように入っていく。そして葉平はゆっくりと鍵を回した。緊張の一瞬。
『かちり』
 音が鳴った。
「開いた…?」
 葉平は鍵を抜き出すと、ドアノブに手を掛けて扉を一気に開け放った。
「開いた!! 開いたぞ!!」
 両手を頭上に上げて葉平がはしゃいだ。久しぶりの外だった。はしゃぎたい気持ちも分かる。
「これで助かるのね…」
 明菜が安堵の溜息を漏らした。
「良かった…。これでみんなのちゃんとしたお葬式出来るね」 と、朋美。
「やったな、麗」
 高文は私の横に来て、にこりと笑った。私も笑顔を浮かべながら頷いた。
「やったぞぉ! 俺達は助かったんだ!!」
 見ると、葉平が涙を流している。
「葉平ったら、泣くことないのに」
 朋美が笑った。
 葉平は涙を両目からぽろぽろと流していた。よほど嬉しかったのだろう。私も屋敷から出られたので助かった、という安堵感でいっぱいだった。
 帰ったらまず何をしようか。とりあえずきちんとした食事をとりたい。朋美が持ってきたお菓子ばかり食べていたので、かなり空腹だ。そして食事を終えるとシャワーを浴びて寝よう。多分、毎日当たり前だったことが幸せに感じるだろう。そんなことを考えていた。
「やった! やった!」
 まだ玄関の前を走り回っている葉平。しかし、
「やっ……た……?」
 はしゃいでいた葉平の動きが急に止まった。
「どうした、葉平」
 高文が私の横を離れ、葉平に近づく。葉平は高文に背を向けていた。そして、ゆっくりと振り返ると
「あ、兄貴……。だ、駄目だ…」
 尚も涙を流しながら言った。大量の涙だった。
「『月の協奏曲』だ……。あれが、聞こえる……。俺、死ぬ」
 涙。透明の涙が真っ赤な血に変わる。純が死んだときの様に両目から血の涙を流していた。そして鼻血。
 葉平の目が白目を剥いた。いや、血で真っ赤になっているので赤目か。口が大きく開かれ大量の血液が空中を舞う。その勢いで葉平は背中から大の字に地面に倒れた。しばらく葉平の体はぴくぴくと痙攣していた。
 私達は助かってなどいなかったのだ。


  8.クレシェンド

       ◇

 コンクール当日。
 私は朋美と正哉と待ち合わせ、会場に向かった。電車の中には高校生がたくさん乗っていた。おそらく、他の学校の吹奏楽部だろう。黒いケースを持った人が何人か見える。朋美も、オーボエの入ったケースを大事そうに抱えて座席に座っていた。
 会場前の駅に着いた。乗っていた高校生達が雪崩のように降りたので、発車する電車はほとんど空の状態だった。改札を抜けて人の流れに乗っていく。
「緊張してきたね…」
 朋美はケースを抱きしめて言った。
「大丈夫。いつもの調子で演奏すれば絶対成功するわよ。それに、これがあるから」
 そう言って私は右手首を朋美に見せた。さつきとマチが作ったブレスレット。それを見ると朋美はにこりと笑い、右手首を私に見せた。
「うん、そうだね。みんながいるから大丈夫だね!」

 控え室は緊張感でいっぱいだった。葉平はスチール製の丸椅子に座り、貧乏ゆすりをしている。
「葉平、高文は?」
 明菜が腕組みをしながら聞いた。
「分からねぇ。朝は俺より先に出たはずなんだけどな。……あぁ、来た来た」
 控え室の窓から外を見ると、高文が走っているのが見えた。
「ごめん! 遅れた!」
 高文は控え室の扉を勢いよく開けて、私達の前に現れた。そして、息を整えながら
「聖香は…? 聖香は来てる?」
 と、聞いた。
「聖香? そういえば来てないわね」
 聖香と月子以外は揃っていた。私達の出場時間はもうすぐである。
 扉が開き、先程まで演奏していた高校が入ってきた。少し浮かない顔だ。何か失敗でもしたのだろうか。
「おいおい、こんな時に遅刻だなんて洒落になんねぇよ…」
 正哉が右親指の爪を噛みながら言う。
「大丈夫大丈夫、まだもう少し時間があるから」
 と、さつきが言った。緊張しているみんなを元気付けようとしてか、無理に明るい声を出しているようだった。その時、
「ごめんなさい、遅れたわ」
 月子だった。
「あとは聖香だけね」 と、明菜。
 ――――しかし
「どういうことだよ! 何で聖香来ないんだよ!」
 葉平の怒りが爆発した。
「もうとっくに私達の番が過ぎてるのに、どういうこと!?」
 マチの声は怒りに震えていた。
 私達の出番は事情を説明して、特別に飛ばしてもらっていた。
『○×高等学校の壱川(いちかわ)聖香さん、○×高等学校の壱川聖香さん、至急生徒控え室に来てください」
 先程から何度も放送で呼び出してもらっているが、一向に聖香が来る気配はなかった。
「どうする? 麗」
 朋美が私の体を揺らす。
「聖香が来ないとどうしようもないわ…。『月の協奏曲』は聖香のピアノがないと成り立たないもの…」
「くそ! 三年間の練習がこんなことで無駄になるのか!?」
 正哉が悔しそうに壁を殴った。
「駄目だよ、正哉…。手は大切にしなきゃ…」
 純が宥めるが、正哉の気持ちも分かる。このコンクールは私達が三年間練習してきたことの集大成なのだ。
「ま、まだ時間があるからもう少し待とうよ。ね? 絶対来るよ…!」
「さつきの言う通りだ。待ってみよう」
 そう高文が言ったその時、控え室の扉が勢いよく開いた。

       ◇

 私達は走っていた。ただひたすらに険しい山道を。誰も後ろを振り返らず、ただただ山から出ることだけを目指した。明かりはなく、冷たく降り注ぐ月の光だけが私達の行く先を示していた。
「くそ…! どうして葉平が……」
 高文は走りながら涙を拭った。
「高文…」
「何なんだ、あの屋敷は…!? どうして僕達が!」
「高文、落ち着いて。今は私達が助かることを考えなきゃ」
 私が言うと、高文は黙って少し間を置いて頷いた。
「ちょっと! 待って、麗!」
 後ろの朋美が叫んだ。振り返ると朋美は息を切らせて、私達についてくるのに必死なようだ。
「朋美、早く! 急いで!」
 私は言ったが、朋美の走る速度は段々と遅くなり、ついにその場に止まってしまった。
「すぐ…追いつくから……先に、行ってて…はぁ…はぁ…」
「そんなこと出来るわけないじゃない」
 私がそう言うと、高文が朋美に近寄り、
「朋美、僕の肩を貸すよ」
 と、言って朋美の右側から朋美の腕を自分の肩に回した。
「私も手伝うわ」
「僕だけで大丈夫だよ、麗。君達は先に行っててくれ」
「でも……」
「大丈夫。すぐ追いつく」
 高文の顔は笑っていた。朋美も呼吸が荒かったが、にこりと笑った。
「………分かった。先に行って助けを呼んでくるから……死なないで、二人とも」
「あぁ、分かってる」
 そして私は高文と頷き合うと、また山道を走り出した。かんな、明菜が私に続く。
 しばらく走り続けると、段々と道が広くなっていき、あの鳥居が見えた。あれは山の入り口にあったものだ。助かった。あの鳥居をくぐれば駅が目の前にある。そうすれば誰かを呼んであの屋敷でのことを話して……。自然と笑顔になった。しかし、私の希望は鳥居をくぐった瞬間、大きな驚きに変わった。
「月子!!」
 鳥居のすぐ側に月子が立っていた。私達に背を向け、月を見ていた。そして月子はゆっくりと振り返ると、にこりと笑った。
「月子……あなた…今までどこにいたの?」
「ずっとここにいた。麗、あなたと会ってからあの屋敷を出て、ずっとここにいた」
「屋敷から出たですって? どうやって?」
 明菜が聞いた。
「もちろん、扉から」
「鍵はどうしたの?」
「鍵なんて掛かってなかったよ。普通に開けて出たの」
「何ですって? 確かに鍵が掛かってたのよ…。葉平が鍵を見つけてそれでやっと……」
 明菜は信じられないという風に俯いた。
「まさか、葉平の一人芝居?」
 私は言った。
「どういう意味?」
 かんなが腕を組んだ。
「最初に扉に鍵が掛かってるって言ったのは葉平よ。それにあの鍵を見つけて、扉を開けたのも葉平だわ」
「じゃあ私達は閉じ込められてなかったってこと?」 と、明菜。
「考えてみたら、あの扉には葉平しか触ってないわ…! 葉平が私達を閉じ込めたように思い込ませた」
「でも、どうしてそんなことをする必要があるの?」
 かんなが言った。
「あの殺人が葉平によって行われたって言いたいのかしら、麗」
「そう考えるのが……自然じゃないかしら?」
「でも葉平は私達の目の前で死んだのよ」
「あれが死んだとは限らないわよ、明菜。葉平が死んだかどうかは確かめてないわよ。純と同じ様なことになったから、私達は死んだと思った」
「なるほど、あれが嘘だって言いたいの?」
 かんなは笑い、楽しそうに続けた。
「じゃあ朋美と高文が危ないわね。今頃、葉平に追いつかれてるんじゃないかしら」
 と、その時だった。夜の透き通った空気を切り裂く悲鳴が私達の耳に響いた。それは紛れもなく、朋美のものだ。かんなの嫌な予感が当たってしまったのか。私の顔から血の気が一気に引いた。
「朋美!!!」
 私は走り出した。今降りてきた道をもう一度駆け上る。背後には三つの足音。私は振り返ることなく、ただひたすら走った。
「朋美……! どうか無事でいて…!」
 私は祈りを込めて呟いた。……が、私の祈りは次の瞬間に脆くも崩れ去ってしまった。
「と、朋美……」
 月明かりに照らされ、朋美の顔ははっきり見えた。その顔は恐怖に満ちており、今あったことの残酷さを物語っているようだ。朋美の体は仰向けに地面に倒れており、体の下からは大量の血が流れ出して辺りの土を赤く染めていた。そして、朋美の体を見下ろす男。手には血の滴るナイフ。しかし、木の影に入っており顔がはっきり見えない。
「あなたは……」
 私が言うと、男はゆっくりと私達に近寄ってきた。足、膝、腰が順番に影から出てくる。そして胸、肩、顔。驚きで声が出なかった。男はそんな私を見て、にやりと笑った。


  9.永遠の葬送曲

       ◇

 聖香は来なかった。結局、私達は演奏することが出来ないままコンクールが終わってしまった。
 私達がいる控え室では、優勝した高校の生徒達がトロフィーを掲げ、抱き合いながら泣いている。その歓喜の空気とは対照的に、私達は深い悲しみのどん底に落ちていた。コンクールのスタッフが「もう終わりです」と言いに来た時は三年間の思いが全て崩れ落ちたように思えた。いや、実際に崩れ落ちたか。
 何度も何度も心の中で呟く。何故私達は演奏出来なかったのだろうか。何故三年間頑張ってきたことが水の泡になってしまったのだろうか。……何故聖香は来なかったのだろうか。
 重苦しい無言の中、不意に葉平が笑い出した。他の十人が何事かと言う風に葉平を見る。
「ははっ…! 馬鹿みてぇだな……。俺達の今まで何だったんだろうな…」
「こんなことで全て終わってしまうなんて………脆いわね…」
 マチはパイプ椅子の上で足を組んだ。ぎしりと椅子が音を立てる。
「これも、無駄になっちゃったんだね…」
 そう言ってさつきがブレスレットに目を落とした。音符の飾りが悲しく揺れる。ほぼ一斉に全員が溜息をついた、その時。扉が開き、見知らぬ女性が入ってきた。OL風のスーツに腕章を付けているので恐らくコンクールのスタッフだろう。
「卯野(うの)月子さんはいらっしゃるかしら?」
 女性が私達の顔を見回して言ったので、月子は手を上げた。
「良かった、まだいたのね。……あのね、あなたのお父様が先程亡くなったらしいの」
「………そうですか…」
 戸惑う私達をよそに、月子は落ち着いた様子で答えた。
「月子、どういうこと?」
 私は聞いた。
「今日、私遅れてきたでしょ? あれね、お父さんの所にいたからなの。私のお父さん、癌だった。物凄く苦しそうで、とてもじゃないけど見ていられる状態ではなかった。だから私、本当は今日休もうかどうか迷ってた。でもお父さんが言った。自分のことはいいから、友達と一緒に演奏してきなさいって。お父さんは絶対死なないから行ってきなさいって。帰ってきて演奏の事を話してくれって。……でも、駄目だったみたい…」
 そう言って月子は顔を両手で覆った。その瞬間、私達の中で演奏出来なかった悲しみよりも、聖香が来なかったことへの怒りが爆発した。
「ふざけんなよ……何のつもりだ、あの野郎!!」
 正哉が丸椅子から立ち上がり、椅子を蹴り飛ばした。
「許せない…!!」
 純も泣きながら言った。
 そして私達はその場で話し合い、あることを決めた。
――次の日。
「みんな、昨日はごめんなさい…」
 聖香が音楽室の扉に入るなり、頭を下げた。
「どうしても昨日行けなかったの…。本当に反省してる…。ごめんなさい!」
 顔を上げてまた頭を下げる。そこで聖香はある異変に気付いたようだ。誰も聖香の方を見ようとせず、練習をしている。ただ黙々と。私は窓際に立ち、朋美の演奏を見ていた。
「麗! 私は何をしたらいい?」
 聖香が私に近寄り聞いた。しかし、私は朋美の楽譜を目で追い続け、出来ていない箇所を指摘していた。聖香の言葉を無視して。
「麗…? 聞こえてる…? あっ、ごめんなさい。朋美の演奏見てるんだよね。邪魔しちゃった?」
 聖香は笑った。しかし、私は聖香を見ようとしなかった。そこには誰もいないかのように振舞い続けた。聖香の表情は一瞬曇ったが、すぐに笑い
「じゃあ私も『月の協奏曲』の練習するね」
 と、言ってピアノに近寄った。鍵盤の蓋に手を掛ける。
「……あれ? 開かない…。誰か鍵閉めた?」
「…………」
 聖香の問いに沈黙が返ってきた。
「ねぇ、これじゃあ練習出来ないよ。誰が鍵を持ってるの?」
「…………」
 尚も沈黙。
「ねぇ…。誰か答えてよ!! 誰が鍵を持ってるの!? お願い、無視しないで!!」
 聖香はその場で泣き崩れてしまった。それでも沈黙。
「謝ってるじゃない…! どうして……!?」
 そこまで言うと、聖香は言葉を詰まらせ口を手で押さえ、走って音楽室から出て行った。聖香がいなくなり葉平が笑い出した。
「はははっ!! いい気味だぜ!」
「無視しないでって、これぐらい当然じゃない。自分がしたことの重さを分かってないのかしら?」
 明菜は呆れた様に言った。
「これ結構楽しいじゃん。まだ続けようぜ!」
 葉平が楽しそうに言う。
「賛成」
 正哉が手を上げた。
 私達はコンクールの控え室で話し合った。そして、聖香に『罰』を与えると言うことになった。全員で無視である。それは下手な嫌がらせより苦しいだろうと考えたのだ。
 しかし……

「妊娠!?」
「声が大きいわよ、葉平!」
 マチが葉平の頭を叩いた。
 聖香がいない間の音楽室で私達は話している。
「痛ぇ!! 叩くことねぇだろ…!」
「ちょっと黙って。マチ、妊娠ってどういうこと?」
 私は聞いた。
「聖香がコンクールの時に来なかった理由よ。あの子、妊娠してるらしいの。コンクールの日は病院に行ってたんですって」
「誰に聞いたんだ?」 と、正哉。
「学校中で結構噂になってるわよ。私は『罰』があるから直接聞けないわ」
「父親は誰なの?」
 さつきはマチに顔を近づけた。こんな話題は好きなようだ。
「それは分からないわ。あの子が言おうとしないらしいの」
「でも、それは言い訳にならないんじゃないかしら? 病院なんて後でも行けたわけでしょ? 月子は……」
「明菜」
 私が明菜を止めると、明菜は慌てて口を閉じた。
「で? どうするんだ? 『罰』を止めるのか?」
「馬鹿言わないでよ、正哉。明菜の言うとおり、それは理由にならないわ」
 マチが冷たく言い放った。
「流産でもしたら別だけど」

 それからも聖香への『罰』は治まることがなく、聖香は居場所を失った。一応音楽室には来るのだが、何も言わずただ鍵盤の蓋が開かないピアノに向かって座っているだけだった。しかし、ある日を境にそれすらもしなくなった。いや、出来なくなった。聖香のピアノが音楽室から無くなったのだ。これには私も驚いた。あったはずのグランドピアノが跡形もなく消え、そこにはがらりとした空間だけが取り残されていた。聖香はピアノがなくなっていることを見た瞬間、泣きながら音楽室を飛び出していった。
「誰がピアノを片付けたの?」
 私は教室を見回して言った。しかし誰も答えない。私はそれ以上は何も聞かなかった。
 そして、更に大きな不幸が聖香を襲い、聖香は遂に学校へ来なくなった。その不幸とは――………流産だった。
 自分の言ったことが現実になり、マチはかなり戸惑っていたが
「大丈夫よ、マチのせいじゃないわ」
 明菜がそう言って落ち着かせた。
「流産なんて……ちょっと可哀想かもね…」
 朋美は目を伏せた。
「もう許してあげようか…?」
「そう、だね…。僕はもういいかな…」
 さつきと純が言う。
「葉平は?」
 私は聞いた。
「……勝手にしろ!!」
「みんなもそれでいい?」
 すると全員が頷いた。これで全ては解決した、かの様に思えた。

 私達はコンクールに参加するだけでなく、ボランティアで老人ホームや小学校などで演奏をすることがある。その日は少し遠い小学校で演奏する予定で、全員で駅に集合した。聖香以外。
「聖香、来ないね」
 さつきは改札の方を見つめて言った。
「折角『月の協奏曲』の用意してきたのに、やっぱりピアノ無しの楽曲にする?」
「もう少し待ってみよう、明菜。きっと来るよ。マチはちゃんと連絡してくれたんだろ?」
 高文が言うと、マチは黙って頷いた。しかし、何台ものバスが到着してもその中から聖香が現れることはなかった。
「電車が来るまでにまだ時間あるし、ちょっと売店に行ってもいいかしら?」
 かんなは腕時計を見ながら言った。
「僕もトイレ行きたいんだけど…」 と、純。
「しょうがないな…。じゃあ少し自由行動にしよう」
 高文がそう言うと、私達はその場から散った。トイレに行く人、飲み物を買う人、雑誌を買う人がそれぞれ自分の目的を果たそうとする。私も一人でホームを歩いた。ある目的を果たすため。
『電車がホームを通過します。白線の内側でお待ちください』
 アナウンスが流れた。私は電車が来る方向を見た。特急電車の先端部分が見える。電車は段々と大きくなり、かなりのスピードで走っているようだった。そして、電車が私の目の前を通過………しなかった。
 まず聞こえたのは甲高い悲鳴。更にぐしゃりと鈍い音が鳴ったと同時に、真っ赤な液体がホームの白線に飛び散った。飛び散った液体の中には肉片が混ざっているものもあるようだ。
「飛び込みだ!!!」
 サラリーマン風の男が叫んだ。何人もの女性が目を伏せ、口を押さえながらトイレに走り出す。その場で嘔吐してしまう人もいた。
 線路には大きな肉の塊がいくつも残っている。それはもう人と言えない、ただの紅い肉の塊。私は呆然とそれを見つめることしか出来なかった。
「まさか……まさか…」
 喉の奥から声を絞り出す。私は肉の塊の中にあるものを見つけた。白い手首にだったものに、さつきとマチが作ったあのブレスレットが付けられているのを。

 聖香は死んだ。もう既に駅に来ていたのか、ホームで電車を待っていたようだ。警察の調べで聖香の死は自殺と処理された。
 聖香の鞄の中には、真っ赤に染められた楽譜があったらしい。

               その日演奏するはずだった『月の協奏曲』の楽譜が。

       ◇


  10.二重線

「どうして…あなたが…?」
 私は男に聞いた。驚きのあまり、まともに声を出すことができなかった。男は歪んだ笑みを浮かべていたが、急に険しい表情になって
「どうして、だって? 当たり前だろ。自分の愛する人を殺されたんだからな!!」
 男の声は森中の静寂を打ち破った。
「自分の愛する人、ですって…?」
 かんなも驚きを隠せないようだった。
「そうさ。俺は聖香と愛し合っていたんだ。他のやつらには秘密にしていたけどな」
「じゃあ、聖香が妊娠したのは…」
「俺の子供だ。コンクールの日、俺は聖香と待ち合わせていた。でも聖香は来なかった。まさか、病院に行ってるなんて…。しかも、俺の子供を…」
「いつ妊娠したことを知ったの?」
 明菜は男に近寄って言った。
「コンクールの次の日だ。お前らに無視されて、教室から出てった後にな」
「あなたも無視してたんじゃないの?」 と、かんな。
「あぁ、そうだよ!! だから俺は自分が許せない! どうしてお前達を止める事が出来なかったのかってな! 聖香と俺は秘密で会っていた。その時いつも言ってたんだ。『私のせいだから仕方がない。いつか必ずみんなが許してくれるまで待つ』って。でもあいつは殺された! あいつが信じたお前らにな!」
「やっぱりそうなのね。やっぱり殺されたんだわ」
 かんなは笑いながら言った。
「どうして殺されたって思うの…?」
 私が聞いた。
「見たんだよ。あいつの背中を押す手を。電車が通過する瞬間に誰かが聖香の背中を押したのを見たんだよ!! しかも、その手首にあのブレスレットが付いてたんだ! 俺以外の十人の誰かなんだよ!!」
 男はナイフを振り回して叫んだ。そんな男に明菜が聞いた。
「顔は見なかったの?」
 すると男はぴたりと動きを止め、
「見なかったよ。だから俺は……」
 と言いながら笑った。
「全員殺すことにしたんだ。……でも、実際に俺が殺したのは二人だけだ」
「どういう意味…?」
「そのままの意味だよ、麗。俺が実際に殺したのはさつきと朋美の二人だけなんだよ。他の奴らは……そうだな、強いて言えば聖香が殺した。……だろ? 聖香」
 笑いながら腕を肩の高さまで上げた。ナイフの切っ先が私達の背後を指している。振り返ると
「月子……?」
 月子が立っていた。月子は俯いてながら、上目遣いに私達を見ている。
「月子? ……違うな。それは月子じゃない。聖香だよ」
「言ってる意味が分からないんだけど」
 私は言った。
「体は確かに月子だが、中に入っている魂は聖香だってことさ。あの屋敷の力だ。あの屋敷には不思議な噂があるのさ。愛した者の魂を呼び寄せることが出来るっていうな。俺だって最初は信じてなかった。だから行ってみたんだ。同窓会の前に一人でな。そしたら本当に聖香が現れたんだ!! 屋敷に入った時に『月の協奏曲』が聞こえてな、三階のピアノで聖香が弾いていたんだよ! でも、聖香には体が必要だった。だから月子の体に入れたんだ。月子なら喋らなくても不自然じゃないだろ?」
「じゃあ本当の月子は?」
 かんなは興味深そうな顔で聞いた。この手の話は大好きなのだ。
「私の中で眠ってる……」
 月子……いや、聖香が自分の胸に軽く手を置いて呟いた。
「それじゃあマチの紅茶に毒を入れたのはやっぱり………」
「私よ。マチのカップに毒を入れて私がマチの席に置いたの」
 それ聞いて、私はポケットに入っている瓶を握り締めた。
「お前達のことだ。月子がそんなことをするはずないと思ってたんだろう」
「ちょっと待って。それはいいとして、正哉はどうやって…?」
 男から離れ、聖香に近寄りながら明菜が言った。
「正哉は朋美が殺した。まぁ正確に言うと、朋美の中に入っている聖香だ。月子の体を一度抜け出して朋美の体に入った」
「そして、私は枕を正哉の顔に押し付けて殺したの……」
「それから朋美の体を抜け出し、また月子の体に入る。聖香が朋美の体に入っていた時の記憶は朋美には一切残らない」
 そういえば、朋美は正哉と一晩中話していたと言っていたが、朋美も少しの間寝てしまったと言っていた。おそらく、その間に……。
「次に俺がさつきを殺した」
「どうやって? さつきの後ろにはピアノがあるから、背中にナイフを刺すのは無理だって高文が……」
 私は男に言った。
「そう。確かにあのままの状態では背中にナイフを刺すのは無理だ。だが、倒れた後にならナイフを刺すことは可能だ」
「でも、さつきは私の手首を握っている間にナイフを……」
 言いかけた私を、男の言葉が遮った。
「どうしてそう思う?」
 男は不敵な笑みを浮かべている。
「どうしてって……握られている時にさつきの体の衝撃が私に……」
「それだけであの時刺されたと決めるのは簡単すぎじゃないか。それじゃあ面白くない。まぁ、正確に死因を調べられる人間がいないから分かるわけもないか」
「それって…さつきの死因はナイフで刺されたことじゃないってこと?」 と、明菜。
「その通り。さつきは毒で死んだんだ。ピアノの鍵穴に毒針が仕掛けてあってね、さつきはそれで死んだ。そして、さつきの体が倒れた時に俺が背中にナイフを突き立てたってわけだ」
「でも、あなたには私より先にさつきの体を触ることが出来ないはずだわ」
 私がそう言うと、男はにやついた顔から急に真顔になり私を睨んだ。そう、私の目の前にいる人間はそんなこと出来るはずがない……はずだ。
「どういう意味だ、麗」
「だって、そうじゃない。あなたはずっと扉の近くに……」
「何を言ってるんだ? 麗、君は俺が誰だか分かってるのか?」
 男が眉間に皺を寄せる。私には男が何を言っているのかが理解出来なかった。今私の目の前にいるのは確かに……
「あなたは……葉平…でしょ…?」
 私がそう言うと、男は俯き肩を揺らした。どうやら笑っているようだ。
「何が、おかしいの…?」
 と、聞く私を無視し、男は尚も笑い続け
「あはははははははっ!!!! これは面白い!! 葉平は君達の目の前で死んだじゃないか!」
「じゃあ……まさか……」
 心臓の鼓動が驚くほどのスピードで鳴る。
「僕の名前は、晴田高文。晴田葉平の双子の兄だよ!!」
 衝撃。私は頭を何か硬いもので殴られるような感覚に陥った。私はそれが高文だと、信じることが出来なかった。今まで葉平だと思っていたのも、葉平が犯人ではないかと推理していたということもあるが、まさか高文がこんなにも不気味で邪悪な笑みを浮かべるなんて考えることが出来なかったからである。
「忘れたのかい? さつきが殺された時に、俺がライターを持って君の側に行ったのを」
「だって……あなた…俺って……」
「あぁ、これ? 僕は興奮すると俺って言ってしまうんだよ」
 高文は笑いながら舌を出した。まるで騙されていた私を馬鹿にするかのように。私の胸が熱くなる。体の奥底から何かがこみ上げて、それは涙として流れ落ちた。
「ショックだったのかい? 心配するなよ。君達も直に死ぬ」
 高文がそう言うと、ナイフでかんなを指した。するとかんなの両目から涙がぼろぼろと流れ落ち始めた。その涙は私が流している涙とは違うもの。涙が血に変わり、鼻からも出血。
「かんな!!!」
 私は倒れたかんなの体に駆け寄り、抱き上げたが既に息はなかった。
「ほら、また聖香が殺してくれた。これこそ聖香の呪いだ!!!」
 高文は両手を高く上げて空を仰いだ。楽しそうに笑う声が冷たい月の空に吸い込まれていく。
「さぁ、次は僕が殺す番だ!!」
 瞬間、高文がナイフを両手で握り締めて明菜に向かって突進していく。明菜は呆気にとられ、その場から動くことが出来ないようだった。明菜は目を瞑り、頭を抱えながら蹲った。
「駄目っ!!」
 私はかんなの体を離して高文を止めようと走った。しかし、高文の足は速くとても追いつけない。――――殺される。そう思った時だった。
「もう止めて、高文!!!」
 聖香の声。高文はそれを聞くと、両手に力を入れたまま立ち止まった。聖香は泣きながら高文に近寄り、ナイフを握っている手にそっと自分の手を重ねた。
「もう止めて……。私は復讐なんか望んでない……。もうこれ以上、殺さないで……」
「な、何を言ってるんだ、聖香!! 君はかんなをついさっき……」
「私じゃない」
 聖香は首を横に振った。
「私が殺したのは、正哉とマチだけだよ…。純も葉平もかんなも殺してないよ……。あのね…私、あなたが屋敷の力で私を呼び戻してくれたこと、すごく嬉しかった。まだ私なんかのこと愛してくれてたなんて…。だから私は、あなたがみんなに復讐をしたいって言ったとき、それに協力しようと思ったの……。だって嬉しかったんだもん…。でもあの二人を殺した時思った。こんなのは違うって…。あれは私のせいなんだもん。それに、みんな私の大切な大切な友達なんだもん!! だから、もう止めて…」
 聖香が言い終わると高文は大きく首を横に振り、ナイフを落とした。
「嘘だ!! だって…あんな死に方、どう考えたって…!!」
「あれは私にも分からないの…」
「嘘だ…! 嘘だぁ!!」
 頭を抱え座り込む高文を、聖香は優しく抱くと私の方を向いて
「ごめんね、麗。全部私のせいなの…。本当に、ごめんね…」
「聖香……」
 聖香がにこりと笑った。その笑顔を見ると、私の体から力が抜け、私は意識を失った。
 暗くなる視界の中で、月だけは冷たく私達を照らし続けているのが見えた。




  終.最期の『月の協奏曲』


 電話のコール音で目が覚めた。カーテンの隙間から朝日が差し込み、私の顔を照らす。窓の外で雀が鳴いているのが聞こえた。私は目を擦りながらベッドから起き上がり、枕元にある携帯電話を手に取った。液晶画面には『雨木明菜』。
「もしもし」
 起きたばかりで少し声が掠れている。
『麗…?』
「どうしたの、明菜」
 私は欠伸を噛み殺しながら言った。そんな呑気な私に対して明菜は重々しい口調で言った。

                   『高文が死んだわ』

「…………」
『…………』
「………そう…」
『それだけ? もうちょっと何か言うかと思った』
「しょうがないわよ。もうあの時、目を覚ました時から覚悟は出来てた」

 あの時、意識を失った私が目を覚ましたのは病院だった。白衣を着た男が私に微笑みかけて「よかった」と言った。
 医者の話によると、山の近くに住んでいる人が山の中で倒れている私達を見つけたそうだ。その時、既に高文は両目から血の涙を流していたらしい。
 私が目を覚ましたとき、高文は集中治療室に入れられていた。何本ものチューブやコードが高文の体に伸びていた。

『死因は医者にも分からないらしいわよ。それと、月子…いえ、聖香はまだ行方不明ですって』
 山に倒れていたのは私と明菜、かんなの死体と高文だけ。そこに聖香の姿はなかった。
「そう…。本当にあれは屋敷の呪いだったのかしら」
『私はそうだと思う。だって……』
 そこまで言って明菜は言葉を詰まらせた。
「明菜? どうしたの?」
『……私、あなたに言っておきたいことがあるの』
 明菜は真剣な口調で言った。
「何かしら?」
『私は高文が知らなかったことを知ってる』
「だから、何?」
『聖香を殺した犯人よ。聖香を駅のホームから突き落とした犯人』
 私は自分の耳を疑った。
「何ですって? どうして知ってるの?」
『見たのよ。聖香が突き落とされるのを。私は高文とは違うところで見てたから犯人が見えたの』
「……誰なの…?」
 私は受話器を強く耳に押し付けた。
『…………』
「もしもし? 明菜?」
『……な…、よ』
「何ですって?」
 私は電話を耳から離して液晶画面を見た。アンテナが一本しか立っていない。私は急いで玄関の扉を開けて外に出た。アンテナが二本、三本と増える。
「もしもし。ごめんなさい、電波が悪くて…」
『………た、よ』
「もしもし? 聞こえないわ」
 ノイズ音に紛れて明菜の声が微かに聞こえる。先程から同じ言葉を繰り返しているようだった。
『聖香…殺した……た、よ』
 しかし、それは段々とはっきりと聞こえ始め、明菜は言った。



                   『聖香を殺したのはあなたよ』



 私は黙っていた。そんな私に明菜は電話口で語り始めた。
『あなた、聖香があの日来るって知ってたんでしょ? そして高文と聖香が愛し合っていたということも知っていた。そうじゃない?』
「どうして……」
『私もあなたと同じだからよ。あなた、高文のこと好きだったでしょ? 私も好きだったの。だから私はあなたと同じことしていた』
「同じこと…?」
『とぼけないで。………ストーカーよ。私とあなたは高文のストーカーだった。だから聖香が死ぬ前の日、高文と聖香が会い、二人が約束しているのを聞いた。必ずボランティアの演奏会に来るって。私もあの時いたのよ。二人が約束した公園に。その時、初めてあなたが私と同じ、高文のストーカーだってことを知った。上手く隠れてたつもりでしょうけど、私には見えてたわよ』
 明菜は笑った。
『そして、あなたは聖香を殺した。でも私はそれでいいと思った。だから警察にも言わなかった。だって私も高文を愛していたんだもの。一番の強敵が減ってせいせいしたわ。でも、高文は死んでしまった。あなたのせいよ。どうしてあなたが死なないの? どうして高文は復讐できなかったの? だから、私が高文の代わりに復讐を果たすことにするわ』
「今から私を殺しに来るの…?」
 私がそう言うと、明菜は黙り込んだ。そして暫く沈黙が続いた後
『いいえ。私は直接殺さない』
 明菜の声に風の音が混ざる。
『私は…今から死ぬ』
「明菜…? あなた、今どこにいるの?」
 風の音が強くなる。ざざっと何度も何度も、耳障りな音。
『私は今から自殺する。そうすればあなたは死ぬ。きっと純や葉平や、かんなと同じように。高文の思いを果たせるのなら本望よ。死ぬことは怖くない』
 風の音が更に強くなり、明菜の声がほとんど聞こえなくなった。しかし、最後に
『さよなら』
 消えそうな声だった。次の瞬間に爆音が鳴り、遂に何も聞こえなくなった。
 そして、どこか遠くからピアノの音。それは『月の協奏曲』。その音は、段々と近くなり、まるで耳のすぐ近くで演奏されているようだった。涙。両目から涙。冷たい涙が頬を濡らす。次の瞬間、視界が真っ赤になったかと思うと、どろっとした液体が私の頬を伝った。私は死ぬ。そう思った。


                                      完
2004/12/31(Fri)17:27:26 公開 / 無夢
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■作者からのメッセージ
どうも、無夢です。何とか年内に終わらせることが出来ました。皆様のコメントがとても励みになりました。最後まで読んでいただき、本当に感謝しております。もしこの作品が皆様のお気に召すならば、続編『星達の鎮魂歌(仮)』で今作で残った謎を明らかにしたいと思っております。
前に私が出した「順番を間違えた人」の意味が分からない方は、言ってください。雑談掲示板か、もしくはここの感想フォームに書きますので。では、最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。
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