- 『花の咲く道、そこは天使が通った跡。』 作者:Cook / 未分類 未分類
-
全角2955.5文字
容量5911 bytes
原稿用紙約12.9枚
海の音が聞こえる。
ザザ
ザザザ
海水と陸の砂がぶつかり合い、海水が引いてゆく。
それの繰り返しの音。
でも、テレビのノイズ音にも聞こえる。
ずっと聞いていたら、頭がおかしくなりそうな感じ。
だけど耳は塞げない。
そんな力が自分に無いから。
それと、
この音は頭から流れている音だから、耳をふさいでも意味は無い。
だから、
ね
頭がおかしくなりそう。
「お、かあ……さん」
彼女の手には、いつも林檎を剥いてくれるときに使っている果物包丁が握られている。
最初は、そんなのを僕に向けて何をする気だろうかと思ったけど、少し考えれば分かる事だった。
彼女の顔は、ありえないほどの形相で真っ赤な色をしている。ストレートだった髪もぐちゃぐちゃで異臭を漂わせていた。服だって、さっきから暴れてたせいで、醤油とか、僕が今まで食べていた腐りかけのコンビニのグラタンやらがついている。
僕がそっと視線を彼女の腕に向けると、いたるところは擦傷や切傷だらけで、きっと机とか台所をメチャメチャにしたときに出来たものだと思った。
「お、お前の……! お前のせいで!」
「……」
「お前のせいで! 殺してやる! 薄汚いガキが!」
僕は、自分は薄汚くなんか無いと思ったけど、今の格好はそうはいえなかった。
最近お風呂にも入ってなかったし、母さんが最近暴れたせいで色々な食べ物のシミが出来ている。
「もう、もう嫌だ! お前のせいでこんな! こんな!」
ドッっと言う鈍い音が、僕のお腹らへんで聞こえた。
母さんが僕を蹴っている。
「お前のせいで! お前のせいで!」
やめて
口ではそう形を作れたけど、声は出ない。
涙を長そうにも目が乾いていて出ない。
腕を動かしたいけど、動いてくれない。
『母さん』
違うよ。
僕のせいなんかじゃないよ。
父さんが死んだのだって、母さんの仕事が見つからないのだって。
全部僕は関係ないじゃないか。
でも
でも
母さんが僕を悪いというのなら、そうに違いない。
僕はまだ子供だから僕の生きる全ては母さんなんだ。
だから、全て母さんの言う事が正しいんだ。
父さんが自殺した理由も、
母さんの仕事が見つからないのも、
全部僕がここに居るから。
そうだよね、僕なんか産むんじゃなかったよね。
そうしたら父さん、今この瞬間ここにいたかもしれないんだ。
母さんが笑ってたのかもしれないんだ。
これは罪?
これは罰?
僕がこの世に産み落とされた理由は?
父さんと母さんを傷つけるため?
かみさまは僕に何を望んだの。
かみさま。
かみさま。
かみさまの望むものはこんなにも残酷な事なのですか。
生きる者達の幸せをけす事が仕事なんですか。
ぼろいアパートだから、母さんの大きな声はいつも周りに聞こえてる。
だから皆知ってるんだ。
母さんが壊れちゃったのも、父さんが仕事をリストラされて死んじゃったのも。
僕の声が聞こえなくなったのも。
ほら、ね。
誰かがドア叩いてる。
あ。
ブッ……ググッ
金属物の硬いものがお腹の中に入ってくるのが分かった。
最初はヒヤリとした冷たいものの感触が皮膚に伝わって、そのまま中に入り込んでくる。
「はぁ、はぁ……」
母さんの荒い息ずかいが分かる。
赤く充血している目は、僕の顔なんか見ちゃいない。
彼女の視線を捕らえているのは僕の薄っぺらいお腹。
カサカサに乾いていて、かすかに血の出ている唇が不気味な笑みを湛えている。
「あは……あはは」
金属を僕のお腹から引き抜き、自分の顔の目の前まで持っていく。
「あはは、はは」
自分のお腹から生暖かいものが溢れてくるのが分かる。
やがて服にも染み付いて、紅の色に染めていった。
あったかいな。
あったかい。
これは、このあたたかさは母さんの愛情?
目の前の風景や、空間が曖昧になっていく中で、僕は見た。
母さんの頬に流れる、涙の雫を。
海の音が聞こえる。
ザザ
ザザザ
海水と陸の砂がぶつかり合い、海水が引いてゆく。
それの繰り返しの音。
でも、テレビのノイズ音にも聞こえる。
ずっと聞いていたら、頭がおかしくなりそうな感じ。
だけど耳は塞げない。
そんな力が自分に無いから。
それと、
この音は頭から流れている音だから、耳をふさいでも意味は無い。
「ぅ……」
まず、白い天井が目に入った。
次に、丁寧に掃除がされている、日の光に輝く窓。
そして、人、人。
「あら、目覚めたのね」
看護婦さん。
純白の服をまとった女の人がニッコリと笑顔で言ってくる。
彼女は僕につながっている点滴に触れて何かをしていた。
「……」
僕が何も答えないで居ると、彼女はもう一度ニッコリとし、こう言った。
「先生を呼んで来るから、まっててね」
笑顔のままスカートを翻し、部屋のとにらへと向かっていく。
と、僕は話しかけた。
「あの……」
驚いた事に、声はとても弱弱しかった。
「どうしたの?」
「あの……僕」
そういえば、母さんはどうしたのだろうか。
「僕の……母さんは?」
そういうと、彼女は一瞬驚いたように目を見開き、そしてまた暖かい笑みを顔に浮かべた。
「何も心配する事は無いわよ、ちょっと待っててね」
心配が要らない?
いらないの?
「母さん……」
母さんは……?
僕はどうしてこんなところにいるんだろう。
どうして。
それから、数日後。
痛みが無くなり、座れるようになった僕のもとへ男の人が二人やってきた。
警察だという。
彼等は最初何をしにやってきたのか最初は分からなかったが、それは後になってちゃんと理解した。
そして、
「母さんは?」
と僕が聞くと、男達は少々困った顔をし、心配はいらないよ。とだけ言って話題を変えた。
彼等は僕にいろいろな事を聞いてきた。
傷は痛くないかとか。
ここの病院はどうかとか。
好きなアニメはなにかとか。
はっきり言って何がしたいのか分からなかった。
そうして、最後に出た話題は、僕が養護施設へ入れられるという事。
もうあのボロアパートには住めないらしい。
養護施設なんて、聞いた事無かったし、どんな所かなんて興味も無かった。
けど、僕はある一定の年齢になるまでそこで暮らす事になるらしい。
友達も沢山できるとか。
お兄ちゃんもお姉ちゃんもいっぱいできる。
という事だけは少し楽しみだった。
母さん聞いて。
僕に兄弟が出来るんだって。
友達も沢山できるって!
妹も、弟も出来るのかな?
ね。
楽しみだよね。
行ったら、僕は僕の好きな電車の話を聞かせてあげるんだ。
母さんが前買ってくれた、あの電車のおもちゃの話もしようと思うんだ。
みんな喜んでくれるかな。
ねえ!
母さん!
とってもワクワクするんだ。
これも後で、僕が中学生になってから分かった事なんだけど。
母さんは、僕を刺したあと、自分も刺して…何箇所も刺して。
死んじゃったんだって。
それだったら、今頃父さんと会えて、笑ってるのかな。
僕は。
そう考えるだけでとっても幸せ。
-
2004/11/06(Sat)15:29:34 公開 / Cook
■この作品の著作権はCookさんにあります。無断転載は禁止です。
-
■作者からのメッセージ
とても、色々ごちゃごちゃしてるんですが、読んでくださった方々、有難うございます。
初投稿なので、本当に色々、たくさん、矛盾点はあると思いますが(汗)よろしくお願いします。