- 『歴史の城 夢物語』 作者:もろQ / 未分類 未分類
-
全角2415.5文字
容量4831 bytes
原稿用紙約6.85枚
気が付くと僕は、広いホールの真ん中で立っていた。
城の中は西洋風の高貴な造りで、木の壁のいたるところに金の装飾が施されている。天井には何万もの光を放つシャンデリアと、それを取り囲むようにいくつもの絵画が並べられている。
僕はただ立っていた。ホールのあちこちでは、タキシードやドレスを身にまとった紳士淑女が会話を楽しんでいる。僕はただ立っていた。その中で、ドレスの影に隠れた小さな階段を見つけた。どうやら上の階へと続いているらしい。僕はただ歩いて行った。
真っ白な部屋だった。真っ白な螺旋階段が、果てしなく上へと延びている。僕はおもむろに昇っていった。
コツ、コツと足音だけが響いていた。僕は何も知らないのだろうか。それとも全てを知っているのだろうか。足音は絶えず響いている。僕は何を見つけるのだろうか。それとも何も見つけられないだろうか。ひとつだけ分かるのは、僕は歩いている、ということだ。
ふと横を見ると、今まで真っ白だったはずの壁が、黒い文字でびっしりと埋められている。見回すと、立っている段の一つにも、触れている手すりにまでも黒い字が敷き詰められ、遠く遠く、続いていた。しかもその文字は僕には読めない他の国の言葉だった。しかしそれは人の名前だと気付いた。前々から教えられていたかどうかも分からないが、それでも僕はその読めない言葉を、人の名前だと確信した。そしてその名前は、戦争によって死んだ人のものだった。
黒い螺旋階段を昇っていくうちに、僕は四角い窓を見つけた。外はまぶしかった。僕が足を進めようとすると、その窓からひとりの黒人の男の子が出てきた。僕はぼんやりとその子を見つめる。男の子も僕を見つめている。民族衣装に包まれたその体は、ひどく痩せているようだった。
黒い世界の果てへと、ずっと、ずっと昇って行った。恐れもなく、幸福もなく、僕はただゆっくりと昇って行った。 「リチャード・サンダー」、「ウル・ロ・ギアソム」、「ナカムラ・ソウジ」その名前は、絶えることなく上へと続いている。僕はただ足音を響かせて、歩いて行った。
やがて、僕は2つ目の窓にさしかかった。何も言わず昇って行こうとすると、今度は白人の女性が現れた。女性はうつろな目で、何も言わずにこちらを見ている。僕はきびすを返した。
僕は初めてこの城で、ある感情を覚えた。「空しさ」だ。こんなにたくさんの名前が、この歴史の中で命を落としている。しかもそれらは他愛もない、争いのために。何も生まれない、争いのために、彼らは死んでいったのだ。僕は、僕がここにいる理由を悟った。そしてまた、窓にはひとり少年がこちらを見ている。
どれほど昇ってきたのだろう。幾段もの階段を、幾人もの窓を見てきた僕は、ようやくひとつの部屋に辿り着いた。何もないが、暖かな部屋だった。僕はただ立って、静かに辺りを見ると、そこには3人の男の子がいた。体には豊かな肉がついており、きちんとした洋服も身にまとっている。僕はゆっくり近付いて、彼らの目の前で立ち止まった。僕は話しかけた。
「They are the all of…(彼らが全ての…)」
言い終わらぬうちに、男の子は
「There were no war(戦争は起こらなかった)」
と答えた。他の2人の男の子は、お互い顔を見合わせてうれしそうに頷いた。
僕は何も言わなかった。
突然目の前にエレベーターが現れた。あのホールのような、木の壁に金の装飾がついた豪華なものである。扉が開き入ろうとすると、一緒に小さな子供が入ってきた。その子供は不思議な帽子をかぶり、奇妙な柄のコートを羽織っている。ドアが閉まり、彼は帽子の影から僕をにらんだ。
「長い歴史の中で、幾度もの戦争が行われた」
エレベーターが下りはじめた時、子供は急に語り出した。僕はただ立って、その話を聞いていた。
「人は言われるままに戦い、争い、そして死んでいった。煙と焦げた臭いが町を包み、夜がまたふけていく。やがて戦争が終わっても、決して日は昇らなかった。人は飢えに苦しみ、病にかかり、再び死んでいった。痩せた子供は母の衣服の切れ端を持って、『食べ物と交換して』と叫んでいる。青い空の下で、家屋はつぶれ、焼け野原が広がっている」
「そして長い年月が経ち、人は戦争を忘れていった。今では誰もが平穏な暮らしをしている。街の混沌に身を揉まれ、慌ただしいながらも生きている。誰もが「幸せだ」とつぶやいて、家で待つ妻と息子を想う。しかし忘れないで。夜空にちりばめられた星々は、過去に浮かんでいった魂だと。悲しい最期を迎えた命だと。長い歴史の中で、確かにそれが起こったという事を」
僕の頬には、いつの間にか涙が流れていた。
エレベーターが開くと、そこは最初に立っていたホールだった。大勢の人々が扉の前に立って、いっせいにこちらを睨んでいる。不思議な子供は別れ際に、こんな事を話した。
「そして長い年月が経ち、人は全てを忘れていった。あなたも忘れていくだろうか。あなたも多忙の中でひとり、りんごを売っているのだろうか…」
声は乗客にまぎれてかき消された。僕はその方を見たまま、そそくさと去って行った。
僕の顔を、朝の光が照らしていた。ああ、全てが夢だったのだ。
僕はパジャマのまま、ベッドの上に座っていた。確かに戦争は起こった。僕達がやるべき事は、それを知る事だ。こうした毎日の生活は、それらを経て組み立てられた幸福なのだ。それを知らなければならない。
これはもしかすると、誰かの教えなのかもしれない。「全てを忘れた人間」になにかを伝えるために、夜空に死んでいった人が現れて、僕に何かを教えたのかもしれない。
そして僕は、その記憶を鮮明に思い出し、この文章に描いた。またそれは「未来という歴史は、僕達によって組み立てられる」というメッセージも含まれている。
そう、それが命なのだ。朝もまた繰り返される。
-
-
■作者からのメッセージ
これは僕が本当に見た夢の話で、いわばノンフィクションです。
この夢を見た後ちょっと考えさせられました。すごい印象の深い話だったので、文章として書かせていただきました。