- 『届かず』 作者:毛玉 / 未分類 未分類
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原稿用紙約9.1枚
届かない……届かない
どれほど労を尽くそうとも
届かない
そこには、届かない
「よ、輝かしい将来を持つ若人。やっと来たか」
「そのセリフ。何だか年寄りくさいですよ」
「ひっどいなぁ。わたし、まだ十八だよ?」
呼びつけた後輩に年寄りくさいと言われ、おどけて笑う。
すると、彼は半眼になってこちらの眼を見据えてきた。
「いっつも、肩がこったから揉め、とか言ってきてたくせに、よくそんな事言えますね」
「執筆活動は肩と腰に来るのよ! 分かるでしょ?」
「いや。そりゃあ、分かりますけどね。だったら、こっちの肩も揉んでくれていいと思いますけど?」
「それは、先輩の特権と言うことで」
にひひと笑ってやると、ややわざとらしく長い溜め息をついてから、彼は訊ねてきた。
「それより先輩。こんなところに呼び出して何の用ですか? 今日は部活は無いはずですよ?」
「まぁまぁ。そう言いなさんなって。今日はあんたを祝おうと思ってさ。ま、何のもてなしも無いけど……プロデビュー。おめでと」
「あ、ありがとうございます」
礼を言った彼に背を向けて、本来なら既に閉館しているはずの校内の図書館の窓際。そこから上半身を乗り出して、黄昏時の空を見上げる。
「しっかし、高校生でプロになるなんて。ホント。びっくり……わたしなんて箸にも棒にも引っかからないのに。やっぱ、才能の差ってやつ?」
「それは……」
「……届かない」
昔創った詩。夜空に浮かぶ星々に想いを馳せて創った詩だったが、なんとなく、今の状況にも照らし合わせることができるなぁ、と思って、口に出して呟いてみる。
すると、彼はこれから紡ごうとしていた言葉も何処へやら、こちらをじっと見つめている。
おそらく。こちらの言葉――詩の続きを待ってくれているのだろう。
口の端に笑みを微かに浮かべ、一息ついて、また初めから詠う。
届かない……届かない
どれほど労を尽くそうとも
届かない
そこには、届かない
…………………………。
詠いきってからどれくらいだろう? 訪れた静寂が、続く。
息が詰まりそうだった。
館内にわだかまっている静けさを振り払うように、彼に詩の感想を訊く。
「どう思う? この詩」
数拍の間の後、彼が口を開いた。
「誰の詩ですか?」
「わたしの」
即答に、またしばらくの沈黙が続く。
「……悲しい詩ですね」
「ん。自分でもそう思う。けど、現実的じゃない? だって、結局さ、この詩どおりになっちゃったし」
「才能はいつ開花するか分からないじゃないですか。晩年に成功した作家が沢山いるんですから」
「そう……そうだね。でも、それは諦めなかった場合だよ。わたしはさ、もう諦めちゃったから」
「!? やめるん……ですか?」
「うん。受験も近いしねー。そろそろ潮時かな? って」
軽薄な笑みを浮かべて言うと、その態度は流石に気に喰わなかったのか、彼は真剣な顔をして睨みつけるようにこちらを見てきた。
「受験が終わったらまた始めればいいじゃないですか。なんで……そんなっ……ッ!」
「……ごめん。さっきのはただの言い訳。本当はもう熱が醒めちゃったのよ。物を書くって事の」
「そんな……」
淋しげに顔を俯ける彼に、「でも」と、言葉を続ける。
「読むほうの熱は醒めてないから。あんたの本が出たらさ。何度でも読み返すつもりだよ」
「そう……ですか」
「感想も書いて送るよ」
「……ありがとうございます」
あまり嬉しくなさそうに呟く彼から視線を外して、部活の時には決まって座っていた席のテーブル。その表面を撫でる。
「あんたはプロデビュー。わたしは卒業。……文芸部なくなっちゃうね」
「そうですね」
…………………………。
「いつか」
「?」
「いつか、また。わたし達みたいな奴らが入学してきてさ。文芸部が復活することってあると思う?」
「……それは、分かりません」
自分の問いに帰ってきた彼の答え。それに、鼻をフンと鳴らして、やれやれと肩をすくめる。
「もうプロなんだからさ。もうちょっとこう――雰囲気に沿った言葉。出てこないの?」
「そんな無茶な。日常生活でそこまで気を遣えませんよ」
「ま、それもそうかもね」
困った顔をする彼に、そう言って意地悪く笑ってやると、彼は軽く苦笑してから急に改まった顔をした。
何事かと思って眼を瞬かせると、彼は先程より幾分か冷静な声音で確認するように、再び同じ問いを発した。
「本当に、やめるんですか?」
「……ええ」
「やめて、どうするんですか?」
「そこまでは、あんたの気にすることじゃないじゃない」
「確かにそうかもしれませんが――」
「教師」
「え?」
「わたしは教師になるつもり」
こちらの言葉に、しばらくぽかんと間抜けな面を晒していた彼だったが、唐突にぷっと噴き出すと、笑いを堪えるように腹を抱えだした。
「何がおかしいのよ?」
じっとり睨みつけてやると、「いえ」と言ってから、苦労して笑いを押し殺したと言った感じで、腹を抱えていた手を離し、彼は姿勢を正した。
「まさか、教師嫌いの先輩からそんな言葉が出るとは思っていなかったので」
「そう?」
「そうですよ」
「ま、いいじゃない」
「……頑張ってください」
「ありがと。……ってもうこんな時間か」
ふと眼に入った外の風景が、暗くてよく見えなくなってきていたので時計に眼を移すと、もう結構な時間だった。
「家まで送りましょうか? 最近物騒ですし」
「……ありがと。でも、ちょっと受験用に資料借りていこうと思ってるから、先に帰っていいよ」
「それぐらいなら待ちますよ?」
「でも、多分探すのに結構時間がかかると思うからさ。わたしならだいじょーぶ。心配しないで」
「……そうですか? じゃあ、先に帰りますね」
「ん。それじゃ、ばいばーい」
別れの挨拶を言って手を振ると、彼は礼とまでは言わない、軽く頭を下げる挨拶をして、図書館から出て行った。
「……さてと。んじゃ、資料探し始めますか……って」
彼がいなくなってから、改めてそのセリフを口にして思い当たる。
「貸し出し時間なんてとっくに過ぎてるじゃない。あー、間抜けだ。わたし」
溜め息を吐くと、座りなれた椅子に深々と腰をかけて、再び窓の外へと眼を向ける。
今日は曇り。空に星は無い。
薄暗い館内で一人。自分の創った詩。また詠ってみる。
届かない……届かない
どれほど労を尽くそうとも
届かない
そこには、届かない
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2004/10/25(Mon)03:11:32 公開 /
毛玉
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■作者からのメッセージ
はじめまして。毛玉という者です。
投稿サイトを巡っていたら、ここを見つけたので、投稿させて貰いました。
SSをメインにやって行くつもりなので、これからよろしくお願いします。
それから、評価はできるだけ酷評の方向でしてもらえると嬉しいです。
それでは、今回はこれにて失礼します。