- 『これは戦争だ 【読みきり】』 作者:夜行地球 / 未分類 未分類
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お、新入りか?
まあ、そう角張ってないでリラックスしろよ。
これから一緒に働く同志なんだからさ。
フレンドリーに行こうじゃねえか。
俺はジョンって言うんだ、よろしくな。
何だよ、その顔は。
俺がジョンって名乗っちゃ可笑しいってのか?
確かに、ジョンって柄じゃないけどな。
バリバリの日本生まれだし。
ジョンってのは、俺が勝手に付けた名前だよ。
ただのニックネームだと思ってくれればいい。
そうだ、お前にもニックネームをつけてやるよ。
結構です、だって?
そう遠慮すんなって。
なにが良いかな?
んーと、トーフ。
どうだ、イケてるだろ?
お前の生っ白い体の特徴を一言で表す、完璧なニックネームだ。
おい、露骨に嫌そうな顔をすんなよ。
先輩を立てるってのが万国共通のルールってもんだ。
気に入らなくても、ありがとうございますの一言くらい言うのが正解だろ。
そんなミスをする様な奴が本当にこの仕事をこなせると思ってんのか?
上が犯したミスの尻拭い。
それが俺らの仕事だぜ。
そこんとこ、ちゃんと分かってるんだろうな?
使命のためならばこの身は惜しくありません、か。
硬いこと言うねえ。
そんなに硬いと嫌われんぞ。
俺らに必要なのは適度な柔軟性だ。
何だかんだ言っても所詮は使われる身だからな。
ちょっとした所が気に入られなくてお払い箱になった奴らは山のように見てきたよ。
でもな、お前は運が良いぜ。
佐伯さんの下で働けるなんて。
え、佐伯さんって誰ですか、だって?
お前な、自分の上に立つ人の名前くらい覚えとけよ。
ま、さっき来たばっかりだから仕方ねえのかも知れねえけどさ。
佐伯さんは俺らの扱いが良いんだ。
それは、薄汚れた俺を見れば分かるだろうけど。
普通の奴なら、俺程度のヤツには戦力外通告を出してる頃だよ。
それに、佐伯さんはミスも少ないんだ。
必然的に俺らの仕事も少なくなるってわけ。
出来る人の下で働くってのは割と楽なもんさ。
前に使えない奴に当たっちまった仲間を見たことがあるけど、あれは最悪だったな。
数週間で全身ボロボロにされて、あっという間にポイ、さ。
使えない奴に限って、俺らの扱いをいい加減にする。
俺らがいなくなって困るのは、そいつ自身だって言うのに。
何にも分かっちゃいねえんだ。
そんな調子で、この戦争を生き残れるとでも思ってるのかね?
ま、トーフに聞いても答えられるわきゃねえよな。
そうだ、お前に一つ良い事を教えてやる。
最初に『これは戦争だ』なんて言い出した奴が誰なのかは知らねえが、俺に言わせりゃ、それじゃ言葉不足だ。
これは戦争だ、しかし茶番でもある。
それが真実なんだ。
別に、俺はこの戦争に参加している皆を馬鹿にするつもりはねえよ。
ただ、この戦争でしこたま儲けてる奴等が嫌いなだけさ。
奴等は、この戦争に直接参加するわけじゃなく、物資やノウハウを提供する事で間接的に参加するんだ。
ま、提供って言っても高額の金と引き換えなんだけどな。
自分達は辛い思いをせずに、金だけガッポリって寸法だよ。
結局、全ては仕組まれた事。
奴等が儲けるために良く出来たシステム。
それがこの戦争のもう一つの正体でもあるのさ。
おっと、どうやら佐伯さんからのお呼びがかかったみたいだ。
それじゃ、一仕事してきますかね。
◆ ◆ ◆
今回俺に任された仕事は、間違ってマークしちまった奴を完膚無きまでに消し去ることだった。
相変わらずの汚れ仕事だが、別に苦にはならない。
あちこちにガタが来ているこの体では危険が伴うことは分かっている。
この仕事を続けるのは、あと数回が限界ってところだな。
それが分かっているからこそ、佐伯さんもあの新入りを入れたんだろう。
相変わらず準備のよろしい事で。
それじゃ、早速仕事にかかることにしますか。
数える程しか残っていない仕事だからこそ最後までしっかりと仕上げたい。
それが俺のささやかなプライドだ。
まずはターゲットの確認。
OK、あの程度の奴なら何度も消してきた。
今回も大丈夫だろう。
相手との距離を正確に測って、一息で近づく。
そして、すれ違いざまに一撃。
手ごたえは十分。
これで、奴は完璧に消える。
はずだった。
しかし、奴はまだそこに存在していた。
何でだ?
俺は急いで奴に近づいた。
消えろ、きえろ、キエロ
俺は体を前後左右に大きく振って、何度も攻撃を加えた。
かなり無茶な速度で。
ブチッ……
嫌な音が体に響いた。
見ると、俺の体が腹のあたりでパックリと二つに分かれてしまっていた。
奴の予想外の反撃。
いや、俺の自滅と言うべきところか。
俺の命もここまで、か。
悔しいはずなのに、何故か爽快感を感じてしまっている自分がいる。
その理由を考えていると、新入りのトーフの姿が頭に浮かんだ。
ちっぽけで薄汚れた俺なんかとは違って、あいつはまだ汚れを知らない。
俺がいなくなっても、あいつになら俺の後を安心して任せられる。
そう思ったら、今まで張り詰めていた緊張の糸がプッツリと切れてしまったみたいだ。
頼もしい後輩がいてくれて幸せ、か。
俺も丸くなったもんだよな。
横たわる俺を横目に、新入りのトーフが現れた。
トーフは俺が消し損ねたターゲットに止めを刺し、あっと言う間に去っていった。
やっぱり、俺の目に狂いは無かったな。
そんな事を考えていると、佐伯さんの呟きが聞こえてきた。
「ああ、なんでセンター試験模試の最中に使い慣れた消しゴムが割れちゃうのよ。代えの新品を用意してたから良かったけど、無かったら大幅な時間のロスをするところだったじゃない」
頑張ってくれよ、トーフ。
佐伯さんが無事に受験戦争を乗り切って、希望の大学に合格するのを陰ながら助けるのが俺達、つまりは消しゴムの仕事なんだからさ。
それにしても、センター試験模試か。
相変わらず儲けようとしてんな、奴等は。
受験産業なんてくそくらえだぜ。
<終わり>
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2004/10/23(Sat)23:41:10 公開 /
夜行地球
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■作者からのメッセージ
何か微妙な感じのショートです。
短い割には書くのに時間もかかってしまいましたし。
今回もオチが途中で分かってしまうかも知れませんが、苦笑いしてもらえれば十分です。
こんな作品ですが、感想や批評などをしてもらえると非常に嬉しいです。
(文章と誤字を少し修正しました)