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『マインマインマイン〜僕んだ僕んだ僕んだ』 作者:ベル / 未分類 未分類
全角12573.5文字
容量25147 bytes
原稿用紙約38.35枚

 『ガッ――! ガガッ! こちら『ファング・プレス』! 『ブルー・ドッグ』! 応答せよ!』

 戦場。
 このありさまを見たものは必ずこういうだろう。
 茂ったジャングルのあちらこちらから吹き出る黒煙。すでに炎によって形を保っていない木の数々。そして何人もの人間の血を吸った紅い大地。大型の銃弾を体に受けたのか。それとも剣の類で無理やり引き裂かれたからだから出たものか。赤黒いブヨブヨとした臓器を引っ掛けた木の枝。
 死の森と言われるジャングル。それこそ、ふさわしい名は無いだろう。
 
 銃弾と剣撃によって生まれる戦場音楽の中。
 砂嵐。そしてその砂嵐のあいだ、あいだに聞こえる男のおびえたような声。
 戦闘服。ジャングルの中で敵に見つかりにくいようにとグリーンコーティングをした戦闘服は、すでに砂埃の茶色と、人を殺すたびに吹き出る返り血によってもとの緑色を失っていた。
 方からベルトで下げられたマシンガンを片手に握り、男は精一杯もう片方の手に持った無線機に向かって声を張り上げた。

 『――応答するんだ!! 『ブルー・ドッグ』!!』

 しかし、どれだけ叫んでも無線機の向こう側にいる戦友からの返事は無く、男は舌打ちを鳴らし、無線機を懐にしまいこむと、その場から逃げ出すように走る。

 一体、何が起きたんだ!?

 男が所属する部隊『ファング・プレス』は壊滅状態に向かいつつあった。
 一度入れば生きて帰るものはいないとされている『死の森』の探索活動を行うために、男の部隊『ファング・プレス』『ブルー・ドッグ』『フレイム・バード』が駆り出された。三人一組での編成を組んだ探索活動。行方不明者は一人も出ず、結局何も無いただの薄気味悪い森とその場にいた誰もがそう思い込み、帰還命令を繰り出した。
 そして、悲劇が起きたのはその時だった。
 男は無線機で数多の戦を共に駆け抜けた戦友と軽い雑談を交わしていた。
 
 帰ったらあったかいコーヒーでも一緒に飲もう。
 そういえば後一週間でようやく子供が生まれるんだ。
 二週間前に貸した金、早く返せよ。
 
 平凡。ごくわずかな、戦士たちが束の間の休息の間に交わす平凡な会話。
 争いとはまるで正反対の、平和の会話。
 しかし、その戦友から、ほんの数十分前に送った言葉の返事が返ってこないとは、一体だれが想像できただろうか。

 「……チクショウッ!」

 男は息を休めるために少しその場でとどまり、ついさっき交わしていた雑談を、ほんの数分間続いた平和を思い出し。今の状況に絶望と憤怒を抱き、地面にけりを放つ。血を吸ってグチャグチャになった地面は、赤いゼリーみたいになって、男のすぐ前を飛び上がって、地面に落ちる。
 
 「なぜだッ! なぜ『あんなヤツ』がこの世に存在して――」

 ――ガガガガンッ

 言葉の続きの代わりに繰り出された鉄の弾。
 男はわずかに聞こえた茂みが揺れる音を察知し、その茂みにマシンガンの弾を数発発射した。
 そしてその銃弾を受けた茂みから飛び出たのは……人間。
 対極図の面をかぶった小柄な人間が一人。手の中にある銃弾を地面に落とし、男の178はある身長よりも高く、跳びあがった。

 「また出たか……クソヤロウがッ!」

 男はマシンガンを出てきた人間に狙いを定めた。狙いがその人間の急所ともなる心臓に定められる、が。男はすぐに銃弾を発射しようとはしなかった。アクマで完璧に殺せるときを狙い、無駄な弾を使わずに戦っていた。
 跳び上がった人間は、焼け焦げた木々を足場にし、まるでサルの様に接近してくる。跳んでる間は無防備。しかし男はもう銃弾が通用しないのはわかっていた。この人間が出てきた瞬間。男とチームを組んでいた戦友たちは、あっけなく顔をつぶされ、思い切り木に頭からぶつけられ、即死。怒りと恐怖のあまりに銃を乱打をしてみたものの、その人間にあたる全ての弾丸だけが見事に手の中に煙をまとったまま、あった。

 「本当に……人間かコイツは!」

 男はマシンガンで狙いを定めながらも、太もものポケットから生えている柄を握り、その一閃を繰り出す。しかし、ギリギリのところで、後数ミリと言うところで、それはナイフをかわし、男の懐に入り込む。握った拳が小さくぶれる。

 「がっ!?」

 瞬間、男の体が宙へと舞った。それは男が攻撃にあわせて上へ跳んだと言う事もあるんだろうが、木をも一撃で折ってきたそれの一撃はとてつもなく重く、男の体の中に残る。男は追撃をしようと走りよってくるそれにマシンガンを乱射した。しかし、さきほどと同じように、それの前で消えた弾丸は煙を残し、地面へと落ちる。男はナイフを地面に突き刺し。こびりついた泥の塊をそれに向けて放り投げた。面の目の穴あたりにあたったドロを振り払おうとするそれの動きにわずかながら隙が出来る。男は銃口をそれの心臓に向ける。

 いける。今ならこのバケモンを殺せる!

 トリガーに、男の指がかかる。
 しかし、銃口からは弾が出る気配は無く、ただ沈黙が一秒過ぎ去る。

 ちッ! 弾切れかッ!

 ほかのあらゆる可能性を頭から捨てた男はマシンガンをもそれに投げつけると、すぐに空いた手で地面を押し、バネの様に自分の体を無理に立たせる。勢いを殺さぬまま、跳んでいるそれの下を通り越し、再度止まり、振り向く。
 それは、すでに振り向いたときにはもう目前にいた。
 
 男はナイフを突き出す。
 それはナイフを突き出した手を取り、ひじの関節に手刀を叩き込む。
 半ば強制的に曲がらされた男の手。男向いて曲がった手は、手中にあったナイフを男に眉間に突き刺す形となった。
 声をあげるまもなく、男の意識は無くなり、突き刺さったナイフが赤色を反射し、光る。
 瞬間、男の眉間から噴き出す紅。噴水のように吹き出るそれは、男の顔と、男をたった今殺したそれの面を真っ赤に染め上げた。

 「……」

 それは、血にぬれる面に指をかけ、自らの顔を暴くように、剥ぎ取った。
 揺れる髪の毛。幼い顔つき。頬にかかった数滴の赤色。
 12歳、13歳しかなさそうな、少年の顔。
 崩れ落ちて痙攣を続けながら血を噴水のように沸きあがらせている男を見て、少年は眉をひそめた。

 もう……来ないでくれよ

 震える唇から聞こえたのは、哀願するような悲しい声。
 血に染まった自分の手のひらを見つめ、唇をかみ締める。
 
 炎に照らされる影。倒れている男の影。もうひとつ、それを殺した少年の影。
 立ち尽くしている少年の影は、倒れている男の影に近づき、しゃがむ。
 しばらく動かなかった二つの影が、一つに重なり。もぞもぞと液体を噴出しながらうごめく化け物のように見えた。

 マイン

 奇怪。
 この現状を見たものは、必ずそういうだろう。
 同族だったものに向かって銃弾を乱打し続ける兵たち。その銃弾を恐れず、まっすぐ兵に近づき、引き裂いていくかつては人間だったものたち。そしてそれに引き裂かれたものが次々と起き上がり、またそれと同じように、兵たちを襲い始める。どれだけ銃弾を受けても、それらはひるむことなく、ゆっくりと。そして確実にその数を増やし、兵達の数を減らしていく。
 どこに隠れても、それらは迷うことなく兵のいる場所をわかっているかのように、探し出し、襲い、殺し、増やす。戦闘を想定して作られたグリーンコーティングを施した戦闘服も意味をなさず。次々と兵たちが死んでいくありさま。

 これを奇怪といわず、なんと呼べばいいのだろうか。

 「たッ、助けてくれッ!!」

 助けを呼びながら逃げ出す兵。

 「やめろ、来るなッ、来る――」

 挟み撃ちにされ、胸と背中を同時に引き裂かれ、醜い姿へと変質する兵。

 「うぅぅおおおおおッ!」

 もう精神が壊れてしまっているのか、敵と味方の区別もつかずにただ、ただ近づくものに対し、奇声を張り上げながらわが身を守るため、銃弾を放つ兵。

 「いやだ……もういやだッ! こんなところにいたくないッ! 家に返してく……あああああッ!!!」

 マシンガンと、その兵の家族の写真が入ったロケットにしがみつき、生きたまま臓器を体から穿り返され、無残にもそれらになることなく死んでいく兵。

 殺戮――殺戮――殺戮

 本来、敵を恐怖に陥れる軍人たちが、逆に陥れられているこの状況。
 奇怪、奇妙、異質。全てが当てはまる状況。誰が想像できただろうか。

 ●

 「大丈夫ですかー?」

 ネームプレートに『マリエル』の名前を刻んだ女性は、包帯と消毒薬を両手に、テントの中で傷つき、うめいている兵達に大きな声で呼びかけた。
 まともな返事はなく、ブツブツと助けを何度もつぶやいているものか、恐怖のあまり大声をあげて親の名前を何度も何度も連呼するものばかりであった。

 「……もうッ一体何があったって言うの?」

 呆れんばかりのため息をし、肩を落としたマリエルは腰を落とした。膝の上に顎を乗せて、三角すわりをしたマリエルは消毒液と包帯をその場に置き、その現状を再確認するように、見回した。
 硬い地面に敷かれた布団の中に、もはや『普通のけが人』は存在せず、いずれもが大重傷をおい、全身が包帯でグルグル巻きにされていた。普通ではないというのはもちろんそれだけではなく。どの兵もが明らかに何かに怯えるような目をし、また、精神が錯乱していた。

 「そもそも、この傷。やっぱりおかしいのよね」

 マリエルは患者の傷を写した写真を見て、深く考え込んだ。
 一枚目の写真。腕を何かに引き裂かれたような傷跡だが、引き裂かれたあたりが深い紫色に変色しており、吹き出ている血も紫色をしていた。
 まるで人間のものではないように。
 二枚目の写真。これはすでに顔を引き裂かれて死んでいたものだったが、これもまた、明らかにおかしいものであった。右のこめかみから鼻の下までかけて傷跡が5本並んでいた。その死体の肌の色は、全体が紫色だったと報告書には書いてあった。何かの毒を塗った武器で斬りつけられたのだろうか。

 けど……ここまでの症状を引き起こす毒、武器にぬれるはず無いわ。下手したら自分の武器まで腐ってしまうかもしれないわ。

 考えれば考えるほど、謎はどんどん深まっていく。仮にも治療班長の自分がわからない症状というのがなんだか気に食わない。班長の名においても、何とかこの傷跡は何なのかを解明したい。マリエルはただそう思い、写真に張り付くようにただ写真を見続けた。

 「……はあ。わからないわー……とにかく、これは家に帰った後に何とかしようかしら」

 数々の変死体の写真をポケットにしまいこむと、マリエルはテントを出た。
 テントの外は暗い夜であり、遠い空の向こう側では赤い光がともっていた。ただの探索活動のはずだったのに、一体何が起きてしまったんだろうか。

 不意に、人の気配を感じる。
 警戒をしたまま、その気配のほうを振り向いた。すると、そこには14歳くらいの軍服を着た子供が立ち尽くしていた。

 「なんだ、トリッシュくんかー。どうしたの?」
 
 トリッシュと呼ばれる少年は、両腰のベルトにハンドガンを数丁。両膝の横のベルトに手榴弾も数個。その胸ポケットにはアーミーナイフが数本。まさにこれから戦争をしに行くような格好で、立ち尽くしていた。

 「これから俺も戦闘にいくから、医療道具をいくつかもらっておこうかなって」
 「あら、そんなことなら言ってくれればいいのに……黙って立っちゃってー」

 小さく微笑みを浮かべたマリエルは、トリッシュの頬がわずかに朱色になってうつむいているのに気づかずに、手にもっていた救急箱を手渡した。

 「もう細かいもの渡すより丸ごと持っていったほうが楽でしょ?」
 「いや、ほしいのは包帯と消毒液とテーピングだけなんだって」
 「いーのいーの、もらっときなさいッ」

 そういってマリエルは、重たそうな救急箱を返そうとしたトリッシュの額を人差し指でつき、返還を拒否した。

 「じゃ、行ってらっしゃいね?」
 「……行ってきます」

 マリエルに逆らうことが出来なかったトリッシュは、あきらめて救急箱を肩に下げ、マリエルを見ないでそうつぶやいた。

 ……やっぱりマリエルさんはきれいだなあ

 顔を赤らめながらも、駆け足で森の中へと消え行くトリッシュを見送りながら、マリエルはその姿が見えなくなるまで手を振った。

 「さて、こっちも大忙――」

 テントの中に入り、もう一度患者たちの様子を見ようとしたマリエルの体が硬直する。視界いっぱいに広がる人間ではない別のものたち。軍服を着た兵だった別の異質。紫色の肌をし、白目を剥き出しにし、ドロドロとした体液を口から吐き出し、鼻がおかしくなるほどの異臭を放ち、その異質たちは、敷布団の中から静かにはいでた。

 それは、紛れも無く今しがたうめいていた人間たちだった。

 「何よ、これ……!?」

 人間のものとは思えないほど伸びて、鋭い、ライオンが持つような獲物をつかまえるためのものではなく、確実に獲物の肉と骨を引き裂くための殺戮の爪。それを振るって、その異質たちはテントの中を静かに荒らしまわっていた。音が出ることは無く、ただその爪を無造作に振るい、布団を引き裂き、花瓶の花をちぎり、自分と同じ仕事をこなしていた医療班の友達の肉を裂いていた。

 「……ッ」

 それらと、友達が引き裂かれる姿から逃げ出すため、マリエルはすぐさまその場を走り去る。このテント以外にマリエルに安全地帯は無い。けれども、あの異質たちと一緒にいるよりは、暗い森の中を逃げ回るほうがはるかに安全と判断したんだろう。

 どうして――どうして――どうして!?
 何で人間があんなものに変質するのよ!?

 涙に濡れる目を凝らし、マリエルは明かりの無いくらい森の中を走る。
 こうして動き回れば、兵の誰かに助けてもらえるかもしれない。もしかしたら森から出れるかもしれない。そんな塵とも残らない希望のタメに、マリエルは走った。
 後ろにいる気配を感じながら、まるで殺人鬼から逃げるように、走る。
 
 「……あれはッ?」

 暗闇の中で走るマリエルの視界に入ったのは人影。
 7人はあるほどの人影を目にし、マリエルは大急ぎでそれらの影に向かい、走った。助けを求めるため、自分が生き残るため、何より。

 あのバケモノどもを殺してもらうため

 人影との距離は確実に縮まっていく。
 助かる、やった。これで安心だ。

 ようやく、人影にマリエルの足はたどり着いた。荒い息を整えようともせず、人影の顔を見ようと見上げた時。
 それはテントで見た異質たちであった。

 振り上げられる腕。マリエルめがけて振り下ろされる腕。

 トリッシュく――

 

 ――くそッくそッくそッ

 群がる異質どもに囲まれ、絶望的状況に陥った少年兵は、心の中で叫ぶ。
 
 「倒しても倒してもどんどん増えていく……うざったいッ!」

 異質が放つ死の異臭に惑わされながらも、バイオネット……銃剣の切っ先で、それらの首をいくつも跳ね飛ばし、危険を感じたら、いったん離れ、威嚇射撃を行った後、もう一度首を飛ばす。マシンガンを乱射しても死なないそれらには有効な手段だったかもしれない。この少年兵だけでなく、隊全体がこの手段に気づけば。
 しかし、もはや生存者が数えるくらいになってしまった今となっては、数の暴力に押され、少年兵は確実に森の一角に追い込まれていた。

 残ってる武装は……ハンドガン2丁、手榴弾3個、アーミーナイフ4本、そしてもってるバイオネット……行けるか!?

 少年兵は、一時頭の中を、敵を殺すことではなく、この場からいったん離れ、安全な場所へと逃げるように整える。今少年兵を囲んでいる数は、数える限りだと17。その後ろには、それらの倍以上あるかもしれない。

 「危険なカケだけど……やるしか、無いッ」

 少年兵は、バイオネットを肩にかけ、両腰にかけてあるベルトから、その銃身を抜き放つ。燃え盛る炎の赤い光が、銃身に反射し、少年兵の戦闘服のネームプレートを照らし出した。

 『トリッシュ・ヴェイ・アリス』

 トリッシュと言う名をもつ少年兵は、ハンドガンを前方の敵だけに向け、トリガーに指をかけた。

 幸い、こいつらの動きが鈍いことだけがひとつの救い。けど、こいつらは……みんなかつての戦友……。やりにくいけど……生きるためにはッ!

 戦友たちの顔が並ぶこの神が与えた悲劇の状況。
 しかし、それらの戦友だったものの顔は、すでに頬がはがれ、歯が剥き出しになっていたり、顔の半分が無くなり、脳みそを垂れさしていたりと、すでに判別がつかなくなっているから、まだ救いがあった。
 その方が、まだトリッシュも迷うことなく殺すことに専念できたからだ。
 
 「みんな、ごめんよッ!」
 
 トリッシュはそう叫び、歯を食いしばった後、トリガーを引く。音を立てて跳ね上がる銃身から飛び出る2発の銃弾。前にいるもう手足がなくなりかけ、何とか立っていられる状況の異質の二匹の片足に一発ずつ飛んで行く。足首が筋一本だけに残った場所を、弾丸はきれいに通過しながら、破壊していく。
 トリッシュは走り、崩れ落ちる異質の顔を思い切り踏み潰す。顔から吹き出た血を見て眉をひそめながら、さらに引き金を引く。
 
 あのプレートは……エリルのだな。

 ひときわ身長の小さい異質の顎に銃身をつき付け、発砲しながら、同い年だった戦友のことを考え、目を瞑って心の中で謝る。ゴメンよ、と。
 やがてハンドガンの弾も切れ、ハンドガンで異質の頭を殴り倒してから、その場に投げ捨てる。肩にかけたバイオネットを振るい、次々に頭を地面に落としていく。殺すことは考えない、アクマで逃げるためだけの一点突破。

 こいつは……バルグのおっさん。

 かつて、自分に武器の扱い方を教えてくれた人の顔を思い浮かべ、その両足を引き裂き、踏み潰し、進む。
 戦友たちだったものを踏みしめ、跳び、走り、殺し、進み。
 じょじょに異質の数の層が薄くなり始めた頃。バイオネットの弾が切れる。舌打ちをしながら、トリッシュはバイオネットの切っ先を突き出しながら走った。
 切っ先に貫かれて、トリッシュの動きにあわせてバイオネットの先で揺れる異質。切っ先に三体の異質が突き刺さった頃には、かかる重力も子供のトリッシュにはとても厳しいものになった。トリッシュはバイオネットを捨て、アーミーナイフを片手に、振り回しながら走る。

 「後少しで逃げ切れるんだ……どけッ!」

 ナイフごしに、肉を切り裂く感触が手に伝わる。気持ちいいいような、気持ち悪いような。下手したら快感にでもなってしまうような、生暖かいやわらかい感触。 
 昔、どこかの国で女性ばかりを殺していた『切り裂きジャック』ってのもこれが気持ちよくて人殺ししてんだろな。やわらかい女の肉を切るのが好きで。
 けど、俺は殺すためにやってるんじゃない、逃げるためだ。
 誰が好き好んで、人殺しなん――

 「――あつッ!?」

 突如背中を襲った灼熱感。燃える様に背中が熱く、何かが吹き出していた。恐る恐るトリッシュは振り向くと、血にぬれた手を振り上げる、髪の長い一匹の異質の姿。その胸に縫われているネームプレートには、『マリエル』と書かれていた。

 その首はもう腐っていて、今にもちぎれ落ちそうなほど皮も肉も薄くなっていて、すけるように白かった肌は紫色に変色していて。きれいな青色の瞳は、もう光も無くて片方がなくなっていて。あのサラサラだったセミロングの髪の毛は、赤と紫色の体液にまみれていて、その体には、ショットガンに開けられた、大きな穴がひとつ。

 「――うそだあああああッ!!」

 大好きだったマリエルさん。いつも俺に優しくしてくれたマリエルさん。いつも優しく手当てをしてくれたマリエルさん。おっちょこちょいで、ドジで、料理も下手で。

 嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ――
 みんなのいない現実。
 みんなが敵の現実。
 誰もいないなら、誰もが敵ならこんな現実――
 
 
 ――こんな現実、いらない


 気がつけばその手にはピンの抜けた手榴弾が握られていた。
 
 
 マイン〜3


 暗闇。
 トリッシュ・ヴェイ・アリスは暗闇の中にいた。何も見えず、何も触れず、何も聞こえず、まるで五感が削り取られたように、トリッシュの体は何も感じ取ることが出来なかった。ただひとつわかるのは、友達も、身内も、兄貴分も、弟分も、大切なものも、大切な人も、好きだった人も、全て。

 ――全てが消えてなくなったということ

 最後に覚えていたのは、燃えるように熱い背中。ひどく穢れてしまった好きな人の体。手に持つ手榴弾と、真っ赤な光。何も感じられない今でも鮮明に覚えているのは、全体を包む灼熱感と、一瞬で呼吸が出来なくなったことと。好きな人の体が焼け崩れるその瞬間。

 ――ああ、俺って、死んじゃったんだなあ

 真っ暗な怖い闇の空間。この世界で、まるで自分ひとりだけのような孤独感を持つ、恐れ多き異界。意識だけが残り、ただ、ただそこに自分だけが存在する世界。ホントは見えないだけで天国かもしれない。花畑と、きれいな川があって、天使が飛び回っているかもしれない。もしかしたら、ホントは地獄かもしれない。灼熱地獄に入れられている罪人の傍を、金棒を持ったイカツイ顔した鬼がそれを見もせずに歩いてるかもしれない。

 ――死ぬって、こんなもんか

 何も無い世界なのに、誰もいない世界なのに、なぜか知らないけど、心が妙に安らいでいく。とても楽な気持ち。安心感。

 ――まるで、母さんの胸の中みたいだな

 もうこの世に存在しない母親の姿をまぶたの裏に思い浮かべた。笑顔の良く似合う、きれいな顔。トリッシュがまだ2つの時に、戦争の流れ弾に当たり死んでしまった時も、不安にさせないように最後まで笑顔を絶やさずに。

 ――あの笑顔だけは覚えてんだよなあ。ほかの何忘れても

 暖かい光のような、そんな笑顔。
 
 ――光?

 思い浮かべる母親の顔が、光に溶けて消えていく。

 ――目が、見える

 見えなかった、開けなかったトリッシュの目に、光が戻る。
 鮮明に映し出される、そこは楽園のような場所。自分が求めていた人の顔が並ぶ楽園。

 ――エリル。バルグのおっさん。母さん、父さん

 そして、マリエル。
 トリッシュの求める、トリッシュのほしい全てがそこにあった。天国と言うに、ふさわしい場所。周りの景色は真っ白で何も見えないが、とにかくなぜか暖かく、天国みたいに思えた。

 ――天国ってやつか?

 フ、と。笑いがこぼれる。ここには家族が、仲間が、マリエルがいる。死んだ、生きてるはどうだってよかった。ただ、そこに皆が居た。それだけで良かった。ほかには何もいらずに、何もほしくない。今あるこれらだけで十分だ。

 ――ま、いっか

 手招きをするみんなにつられて、トリッシュの足が動き出す。操られたかのように、ただ足がみんなの行く方向にしか動かない。けど、ほかにどこにも行くことは出来ずに、行くところも無くて、トリッシュはただ操られるがままにみんなの後を追った。

 ――父さん? 母さん?

 つれられて歩く中、不意に父親と母親が頭と胸から多大な量の紅を噴出し、崩れ落ちる。トリッシュが慌てて二人に駆けつけ、その体に触ろうとするや否や、突如溶けるようにその体は消えていく。静かに、ゆっくりと透明になっていって、消える。

 ――エリル? おっさん?

 仲の良かった友達が、その後を追うように親分のように親しかった人の背中が、突如引き裂かれたように破ける。飛び出る血の勢いはすさまじく、少し離れていたトリッシュの体を覆うように飛び掛った。

 ――おい? どうしたッ

 血にまみれた二人の体を抱き起こそうと、また、そのちいさな小さな血に濡れた手を差し伸べようとする。が、その手はむなしくも振り払われる。紫色の肌の腐り落ちた腕に。

 ――え

 ゆっくりと起き上がる二人の姿は、トリッシュ本人が一番見たくも無い嫌いな、世界で一番くさくて、醜くて、穢れてて、ひどい存在。
 それは異質。世にも奇妙な姿を持った人の形をした異質。
 光を背にゆっくりとした足取りで近づいてくる二人に恐怖を感じたトリッシュはその場から逃げようと後ずさりをした。

 ――イヤ

 信じたくない突きつけられた現実。首を横に何度も振りながら、トリッシュは涙を浮かべながら、その言葉を何度もつぶやき続ける。

 『イヤ』

 いくらたたきつけても、投げつけても。その言葉は空しく白い世界に吸い込まれるだけで、トリッシュの望む世界には変わってくれない。いくらわがままを言っても、駄々をこねても、その願いはダレにも届くことなく、泡のように消えていく。

 ――マリエルさ――

 トリッシュにとってのもう頼れる最後の希望とも言えるマリエル。
 すがりつけるのはそれしかなく、後ろにマリエルらしい気配を感じたトリッシュは、確認するまでもなく、マリエルにしがみつこうとして――

 ――『違う』と拒絶する――
 ――『マリエル』じゃなく『異質』だったソレを――
 


 

 まあ黒こげた森で拾ったそいつは泣いてた訳よ。周りには腐れオーガスどもの死骸が盛りだくさんに地面とか木とかにへばりついてたんだよ。もうホンット焦げ臭いし変な煙は出てるわであーもうイヤと思ってたところだ。何? あれ? 生き残りってヤツ? あーね。あーね。なるほどね。てめえらで蒔いた種刈らせようとあいつらが兵士送ってきたわけね。いやふざけんなよって話。正直てめえが作ったもん手におえないからって手ごま送んなって話。こっちだって後片付けとか色々大変なんだからよ。
 ……何? お前はダレだ? 変な対極図の面なんてかぶってるなよって? うるせえな。趣味だよ趣味。おめえらだってチャラチャラしたネックレスとかピアスとかつけてんだろ。ソレと同じだって。……いや気ぃ悪くしたんなら謝るからって遠ざかんなって。マジたのむ……ちょッ、待てってオイッ。ホンット頼む。頼みます。ゴメンナサイって。謝るからどっか行くなってもう……気が短い。いや、今のなしね、無し無し。

 んーまあなんていうか森ン中後片付けしようと走り回ってたら大きな音がしたわけよ。おまけにオーガスどものきしょくわりぃ叫び声きいちまったし。不快だって。あーごめんごめん。話がすすまんないな。それでだな、その方向に行ってみたらどうよ? くさい? きしょい? 目ぇ開けられない? 開けたくない? 死屍累々っつーか、地獄絵図っつーかだな。とにかくとんでもない状況。あんたらなら思わず吐きそうになるね。賭ける? いや? まあいいけど。そしたらどうした。オーガスの死体の山の真ん中に大きな穴があいてたんだ。これはなんだよって思ってその穴に入ったらなんだ? 子供が一人まともな姿保ったまま横たわってるし? まあ死んでんだろってほっとこうと思ったら急に咳き込むし。まあ多分手榴弾でも投げて偶然生き延びれたんだろうな。そんで数少ないっつーか初めてみた生存者だから連れて帰ってきたわけだ。俺の家に。
 何? あんなバケモノ達が住み着いてる森の中に家なんか建てられるのかって?
 そりゃあおまえ。それが俺とお前の核の違いって――……聞いてる? おいッ!
 ……なんだよオイ。短気なだなオイ。まあいいか。こっちでも子供が目を覚ましたところだ。覚えとけよ? 絶対しばく。

 
 ●

 
 ――違う――

 「――!!」

 天井。
 両親が消え、戦友が敵となり、愛する人までもが信じられなくなって拒絶した次の瞬間に見えたもの。マリエルを突き飛ばして一瞬瞬きをした瞬間にはそれらはトリッシュの視界の中のどこにも存在せず、ただ少しこげ色が入った薄汚い天井があった。そうして荒い息を整えようともせず大きく見開いた目で天井を眺めること数秒。ようやく自分が横たわっていることに気づいた。

 「――あ」

 フカフカ。
 トリッシュは頭の後ろと、体の上から覆い被さるそれを瞬時に感じ取った。ここはどこか確かめようと体を動かそうとしても激痛が体全体を稲妻のように走るだけで、まるで動きはしない。首だけでもあげようとは努力してみたがやがてこめる力も空しく激痛に変わり、頭はフカフカの上へと落ちる。

 「よーやく起きたか」
 「え?」

 フカフカの中でもがくことを繰り返す途中。そんな自分を呼び止めるようにトリッシュに誰かが呼びかけた。

 「いやー、よく生きてたなお前」

 幼い声。自分と同じ年齢の人間が発するような少しだけ高い声。首を横に向ける。そこには、不思議としかいえないような小柄の少年が立っていた。戦闘中だったというのに、防弾チョッキの類どころかボロの布切れをつなぎ合わせたような半そでと半ズボン。その顔は黒と白を真ん中で割った対極図の面に隠されている。片方の耳からは赤い牙のような小さなイヤリングが三つ。吊り下げられていた。

 「あ……ッ。こ、こ、は……? あん、た。だ、れだ」
 「あーあー。あんまし動くな。血がにじんでベッドが汚れる」
 「ベッド……?」

 ――そう、ベッド。
 長い間入ったはおろか、見たことも無かったふわふわのベッド。大きな木の台に置かれたマットの上で、トリッシュは横になっていたのだ。

 「で、今はあんまりしゃべらないほうがいいぞ。眠っといたほうが楽だ」
 「……え?」
 「そろそろ……死ぬほど熱くなってくるから」

 一瞬、トリッシュはそいつが何を言っているのか分からなかった。熱くなる? 何が? 何で? 

 ――傷

 あっけにとられたトリッシュは異変に気づく。引き裂かれた背中も。手榴弾による重傷も。まるで灼熱感を感じないことを。致命傷だったはず。死んでもおかしくなかったはず。なのに、どうしてか。ここにこうして自分は横たわっている。今までの戦争のとき。包帯を巻いてても。治療をしても灼熱感だけは絶対に残らなかったはず。それがどうして。

 「――3・2・1……我慢しろよ。起きたお前が悪いんだから」

 その言葉が終わるか終わらないかのせとぎわで。突如炎であぶられるかのような灼熱感が全身を包み込む。

 「いぎッ!?」

 全身を針で刺し貫かれるような、指を一本一本切り落とされるような、背中全体を刀でぶったぎられたような。とても表現なんか出来たものではなかった。
 ただわかることはひとつだけ。

 『熱い』

 そしてもう一つ。

 『ここは地獄』

 灼熱感を通り越して逆に冷たいまで感覚が行ってしまう事に耐え切れず、トリッシュは意識を失った。

 「ふう……」

 焦らせやがって。
 対極図をつけた小柄の少年は、ため息をついて、その場にへたり込んだ。

 続く〜
2004/10/31(Sun)23:36:12 公開 / ベル
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■作者からのメッセージ

よく見れば誤字脱字どころか……全然書いた量が足りてない!?;;
 いやこれ後半は本当は『マイン〜3』のものですよ? 断じてコレは更新したものではありません。いやホントです。嘘だと思うなら自分の目をジーッと見つめてください……。
 1・2・3と数えれば全て自分がいったことがただしくな〜r(殴 いや催眠術なんか使えませんけどね(ぇー ではでは;;
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