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『ボウシ(ショート)』 作者:ささら / 未分類 未分類
全角9508.5文字
容量19017 bytes
原稿用紙約27.8枚
ボウシ

 最近、もうすぐ訪れる冬に備えて、新しい帽子を買いました。赤と白の縞々のボウシ。それは、町外れの古着屋さんのショーケースに飾ってありました。生地がふかふかでとっても暖かそうでした。一目で心を奪われて、すぐに購入し、さっそく、私はその帽子を被って町にくりだしました。
「こんにちは」
 道端で、突然知らない男の人に声をかけられました。心なしか、少し興奮しているような声でした。最初はアンケートかな?と思いましたので、無視して通り過ぎました。そこからしばらく歩いて気づいたのですが、その人はどうやら私の後ろをついてきているようでした。そんなにアンケートがほしいのかしら、などと想像をし始めて、それでもしばらくは平常心を保っていたのですが、その人は一向に諦める気配がないので、ついに私は怖くなって走り出しました。それはもう、例えるなら犬に追われた猫のように。必死に、一気に。
 どのくらい、走ったのでしょうか。私の息は切れ、足元もおぼつかなくなってきました。
 ずっと、ずっと走っていました。時間にして十分間ぐらいでしょうか、恐怖で頭が真っ白になっていたので、自分がどこを走っているのかも分からなくなっていました。どこかお店の中に逃げ込めばよかったのでしょうが、その時は何故かそんな簡単なことが頭に浮かばず、私はひたすらに走り続けてしまいました。しかし一向にその人は振り切れません。私が陸上部の長距離練習で、毎日足腰を鍛えているにもかかわらずです。
 通り過ぎていく人たちは怪訝そうな視線を私に投げかけますが、ただそれだけでした。
 私は、助けを求めるため叫ぼうかとも思いましたが、今はまだ昼間ですし、何より臆病な私は叫ぶことに幾分かの抵抗を感じてしまいました。そして、ついに私は足を止めてしまいました。細く短い草木が茂るわき道の途中でした。
 恐怖と激しい動悸で言葉が出ません。人間、いざというときになるとこんなにも駄目なものなのでしょうか。追跡人の足音が止まりました。
 私は恐る恐る振り返り、そしてその追跡人と向かい合いました。私の目は恐怖のためにきっと涙でにじんでいたでしょう。私は、最悪の事態を覚悟しました。
 その人は私の目の前までやってきました。昼間の陽光が追跡人の色白い顔を映し出しました。くっきりとした目鼻。その鼻に丸いふちの付いた眼鏡をかけていました。お世辞にもあまりよく似合っていない、黒いスーツを着ていました。その手には、なにやら紙袋を持っています。
 今まで気づかなかったのですが、その人は外国の方のようでした。その顔はひどく疲れているようでしたが、それは私を追いかけてきたせいではないと思いました。何故なら、その人の息はほとんど乱れていなかったのです。
「よかった。やっと止まってくれました」
 その人は、外国の方とは思えないような流暢な日本語で語り始めました。
 私は恐怖で口を開くことが出来ませんでしたので、ただその人の妙に印象深い丸いふちの眼鏡を見つめていました。
「わたしは変質者ではありません」
 私が怯えていることを気づいているのでしょう。その人は出来るだけやさしい口調で、と思っているようでした。私は、だったらあなたは誰でしょうか、と続けようとしましたが、言葉の代わりに出たのは、情けない、ぜいぜい、といった息のはき出る音だけでした。
「私は旅人です」
 私の聞きたいことを察したのか、その人はまじめな顔でそういいきりました。
 この時、私はあまりの言葉に耳を疑ってしまいました。だって言うに事欠いて旅人ですから。なんて、遠い世界の響きなのでしょう。今のこの世界にそんな職業があるとは思えませんし、そんな事を言う人がまともな思考の持ち主であるとも思えませんでした。
 その人は、怯えたままの私を見て小さく溜息をはきました。
「私がだれだかわかりませんか?」
 どういう意味でしょう。先ほど旅人、と答えたのはやはり冗談だったのでしょうか。
 私が小さく首を振ると、その人は、あまりに残念そうな顔をしました。
 どういうことでしょうか。私に外国人の知り合いなどいません。
 それでも、その人は私が首を縦に振ることを期待していたようでした。
 段々と息が落ち着いてきた私は、思い切ってその人ときちんと会話をしてみることにしました。だって、本当に知り合いでしたらとても失礼ですから。
「ちょっと思い出せないのですが、私は、あなたに以前お会いしたことがありますでしょうか」
 私は、できるだけ、相手に失礼にならないように丁寧な口調で尋ねました。
 相手は、いいえ、と一言、心なしか悲しげに小さくつぶやきました。
 私はますます訳が分からなくなりました。私が知らなくて、その人が知らなくて、どうして私はその人が誰であるかを知ることが出来るでしょうか。私は、ふたたび逃げ出したくなる衝動にかられましたが、何とか踏みとどまりました。ここで逃げ出しては、何となくいけないような気がしました。私は勇気を振り絞って、さらに質問を続けました。
「あなたは、その、有名人のような方なのでしょうか」
 有名人の方が私を追いかける道理がないことは分かっておりましたが、それでも何か質問をしないことには話が進みませんので、試しにこう尋ねてみました。
 その人は、少し何かを考えているようでした。もっとも、それが何を意味しているのか、私には図りかねました。少し経って、その人は再び語り始めました。
「有名人、とは、少し違います。しかし、自分で言うのも恐縮なのですが、その、世間というものに認知されているという点では、もしかしたら有名人と言えなくもないかと」
 その人は私の顔をちらちらと伺いつつ、しどろもどろに言いました。その様子は、私にもっとよく自分の顔をみてください、と言っているようでした。そうは言われましても、心当たりがないものはないので、とりあえず、この時私は反応に困ってしまいました。
「あの、あなたは、何をなさっているのでしょうか」
「だから旅人です」
 即答でした。心なしか声に力がこもっていました。私はこの人を完全に怒らせてしまったのだ、と恐怖で叫んでしまいそうでした。それでも、何とかこのときもとどまることが出来ました。私は恥ずかしながらほとんど恐怖で失禁しそうでした。
 数分間、沈黙が流れました。長い、長い数分間でした。それは永遠とさえ思えるほどに。
「あの、ヒント与えてもいいでしょうか……」
 突然、その人は口を開きました。私は、びくり、と体を震わせます。さらに、我が耳を疑ってしまいました。よりにもよって、ヒント、とはどういうことなのでしょうか。いつのまに、これはクイズかなかなにかになってしまったのでしょうか。この人が、自分の正体を私が分かるように明確に話してくれればいいのではないのでしょうか。それとも、やはりこの人は私が困るのを見て楽しむただの変質者なのでしょうか。
「はあ」
 何と間抜けな返答なのでしょう。ですが、私にはこの時この単純な二文字を言う以上に気力は残されてはいませんでした。その人は、こっくりと頷きました。
「私、こう見えてもイギリス人なのです」
 まず始めにその人はこう言いました。
 私は、そうなのですか、としか答えられません。その人は、じれったそうにさらに言葉をつなげます。
「私は、テレビにも出たことがあります」
 それは凄い。と素直にそう思いました。テレビに出るような方が変質者であるわけがありません。しかし、考え直して、夕方のニュース番組だけは別であるということに気が付きました。私は、恐る恐る尋ねてみます。
「それは、芸能人の方であるということでしょうか」
「いえ、そういうわけではありません」
 なぜこうも悪い方に予感が的中してしまうのでしょう。この方の口調から、そこの人がただの素人ではないという事は伺えましたが、まさかこういう「有名」だったとは思いませんでした。いや、とっくに気づいていたのかもしれません。私は絶句してしまいました。
「当然、私は、犯罪者ではありません」
 私のさらにさらに青白くなった顔を見て気づいたのでしょう、その人は、とても悲しそうな顔でいいました。私は、安心して腰が抜ける心地でした。思わず地面にへたってしまいそうでしたが、何とか足腰を踏ん張ってこらえました。この人は、人の考えていることが分かるようで、思わず何だか他人に気を使う人生を送っているのかな、と見当違いの疑問を抱いてしまいました。
 私は一言、すみません、と素直に謝りました。
 その人は、激しくショックを受けたようでしたが、それでも話を続けました。
「私はいろいろなところを旅しました。それこそ世界中です。ヨーロッパ。南、北アメリカ。アジア。そして、さらには、あんなところまでも……」
 突然その人は泣き出しました。私は唖然としてしまいました。何でこのタイミングで泣き出すのでしょうか。感極まって、というわけではありませんし、その人の言葉も泣く要素など何一つありませんから。あんなところまでも……、と言い残したのが少し気になりましたが、別に口を挟むことはしませんでした。
「とても、とても、つらい旅でした。本当にとても……」
 その人は、涙で声が震えていました。それでも、語るのを止めようとはしませんでした。
 何かに耐えているようで下唇を噛締めています。よほどつらかったのでしょうか。
「ですが、私の心はけしてくじけませんでした」
 言葉にひどく熱がこもっていました。
 なにやら、体のいい、ドラマでも見ているような心境になってきました。
「なぜなら、必ず私を探してくれる人がいたからです」
「それは、恋人ですか?」
 私は尋ねました。その人は、ひくっ、と一回しゃっくりをしました。そして一言つぶやきました。
「いえ、世界中の皆さんです」
 世界中の皆さん。その人は確かにそう言いました。世界中の皆さん。世界中の皆さん。世界中の皆さんこんにちは。なんということでしょう。私は、少し思考がショートしてしまいました。だって、その言葉は、あまりにも私の想像を超えていたものですから。
「私は、いつだって世界中の人々に探してもらいました。どんなに遠くに行ったとしても、しかし……」
 その人は、そこで言葉を一旦区切りました。私は、息をのんで次に続く言葉を待ちました。
「しかし、今はもう誰も私のことを探してはくれないのです」
 そう言って、おんおん、とさらに激しく泣きじゃくります。そして、ついには地面に座り込んでしまいました。私はどう対応していいか分からず、ただひたすらにおろおろしているだけでした。それはまるで、泣きじゃくる子供のあやし方が分からない母親のように。
「どうして、探してはくれないのですか?」
 私がその人を一応慰めながら、こう尋ねますと、その人は、私の持っている帽子を指差しました。どういうことでしょう。この赤と白の縞々の帽子がなんだというのでしょうか。これを欲しいというのでしょうか。これをあげれば泣き止んでくれるということでしょうか。
 その人は、指の先を私の帽子から下ろしました。少し落ち着いてきたよう で、若干落ち着いた声で、私に潤んだ瞳を向けながら答えました。
「皆さんは、私を偽者だというのです」
「あなたは、偽者なのですか」
 またやってしまいました。なんという間抜けな返答。思いっきり地雷を踏んでしまったというやつでしょうか。その人はいまだかつてないほど大きな声でおんおん、と泣き叫びました。これではまるで、私がいじめているようなものです。いい加減、私は、もう勘弁してほしいと切に感じ始めてきました。うんざりしてしまったというやつです。
 私は、帽子を脱いでその人の前に差し出しました。
 きょとんとしているその人に向かって、私は少し、いらいらした声で言いました。
「あなたが、何者なのか分かりませんし、正直、まったく興味もありません。あなたも私を知らないというのならば、私とあなたは他人同士です。他人同士は普通こんな会話はしないでしょう。私はこれ以上こんな不毛なやり取りを続けるのは耐えられません。あなたは、もしこの帽子がほしくて私に近づいてきたのなら、この帽子は差し上げますからもう私を解放してください。私にとって、あなたはだれでもありません!!」
 私のどこにこのようなことを言い切る勇気があったのでしょう。きっと、頭に血が上りすぎてしまったのです。それでも、私のうんざりした気持ちの方が、その人を掴みきれない恐怖よりも大分勝っていたので、後悔は感じませんでした。
 その人は、何だかひどく動揺しているようでした。私をただのおどおどしたさえない少女と思っていたのでしょうか、私は少し得意な気持ちになりつつその場を立ち去ろうとしました。その時でした。
 私は何が起こったかわかりませんでした。
 ただ、その人がただ立っただけです。その人はもう泣き止んでいました。 顔にはうっすらと笑みを浮かべています。何だか、私の一言で何かが吹っ切れたようでした。
 その人も少し笑った顔からはなぜだかオーラが出てしまったようでした。何だか懐かしいオーラです。なぜでしょうか。その人は、先ほどとはうって変わって紳士的な口調で語り始めました。
「すいません。みっともないところをお見せしてしまって。そうですね。あなたに、こんなことを言うのは筋違いなのは分かっています。だから、もう全てを話します。何故あなたに近づいたのか。何故私が泣いてしまったのか。けして、お時間は取らせませんからどうか、私の言葉を少しだけ聞いてください」
 そう、その人が言っている間、私はその人の微笑を、立ち尽くしたまま見つめていました。
 その人は、静かに語り始めました。
「私は、かつてその帽子と同じものを被っていたものです」



















「私は、かつてその帽子と同じものを被っていた者です」
 その人は、静かに語り始めました。赤と白の縞々の帽子。今はまた私の頭の上。その人は懐かしそうにそれを見つめています。私は、自分がじっと見つめられているようで少し照れくさくなりました。私はそれを悟られないように、そっと視線を落とします。
「私は、一年中同じ格好をしていました。同じ服。同じ帽子」
 その人の口調はとても穏やかでした。
「それこそが、私に他なりませんでした。それだけが、私でした。つまり、その格好が私の個性となっていたのです。ですが、それは、逆に……」
 そう言って、その人は声のトーンを少し落としましたが、それは、先ほどまでの悲痛に満ちた声ではありませんでした。もう、この人にためらいはないようでした。
「逆に、それは格好に自分を作られているのではと思うようになりました。それは、別に私ではなくてもよかったのではないか。同じ格好をしていれば、似たような顔立ちをしていればいいのではないか。そう思うようになりました。実際、私の格好を真似した別の人間を私の代わりに見つけてしまう人もいました。段々と、私は腹が立ってきました。そして、私は決心しました」
 言葉とは裏腹に、その人の声はいたって穏やかでした。私は、黙ってその人の言葉を聞いていました。
「いっそのこと、いっそのこと私が違う格好をしてみてはどうだろうか。私が、別に他の格好をしたとしても、きっと世界中の皆さんは私のことを見つけてくれるだろう。私は私以外にいないのだから。傲慢ながら、そう考えたのです。私は服を捨て、帽子を捨て、この黒いスーツに身を包みました。しかし……」
 そう言って、少し、遠い眼でその人は天を仰ぎました。私は、この人の心の中を感じてしまうようで、何だか悲しい気持ちになってきました。
「しかし……、姿が変わった私を見つけてくれる人は誰もいませんでした」
 私は何だか泣き出しそうな心境に陥ってきました。何だか、この人が、本当は凄く心のきれいな人のように思えてきたのです。その人の話す一言、一言に、何か魔法でもかけられているのでしょうか。
「私は、悲しみに打ちひしがれました。そして、私が、私こそが、と大声で主張しました。私の存在を。私が私であることを。しかし、人々は、スーツを着た私を偽者だと決め付けました。何回も、何度主張しても、それは変わりませんでした」
 その人は、思い出しているのでしょうか、少し悲しい顔をしました。
「そして、どうしようもなくなった私は、仕方がなく、また、昔の服と、その赤い帽子を探すことにしたのです」
 その人は、そこで一旦一息入れて、そして、話を続けます。
「服はすぐに見つかりましたが、その帽子はなかなか見つかりませんでした。何故でしょうか、帽子が自分を捨てた私から逃げている気がしてなりませんでした。私は必死に世界中を回りましたが、不思議と帽子は見つかりませんでした。しかし……」
 その人は、そう言い止めて、私の頭の上に視線を向けました。
「しかし、日本に来て、今日やっと、昔の私の帽子と同じものを見つけました。私は喜びに打ちひしがれました。そして、あなたを追いかけました。さぞ、あなたは怖かったことでしょう。そんな事も気づかないほど、愚かにも私は興奮してしまっていたのです。本当に、本当に申し訳ありません」
 その人は、深く、それはもう深く頭を下げました。とてもとても紳士的な態度でした。私には、すでにこの人が変質者などとは微塵も思えませんでした。目の前にいるのは、ただ一人、イギリス人の礼儀正しい紳士だけだったのです。
「それでは、あなたはこの帽子を探すために日本にやってきて、そして私がその帽子を被っているのを見て追いかけてきたのですか」
 その人は、一言、はい、と言って頷きました。その顔はいたって真面目でした。そして、その瞳は外国人特有のとても澄んだ青色をしているのです。
そうだったのか、と私は納得しました。わざわざ、帽子一つを追い求めて世界中を旅する人がいるとは私は今まで考えたことがありません。しかし、現実に、今、その人は、私の目の前に立っています。そして、私はその人が捜し求めていた帽子を持っている。私にとってはただの帽子でも、その人にとっては、何物にも変えられないものなのです。だとすれば、私がすることは一つしかないでしょう。
 私は、今度は丁寧に言いました。その言葉を。さっきいらだたしげに言った言葉を。
「私は、あなたに帽子をあげます。いえ、あげたいのですけど」
 私は、心からそう思いました。私は、何だか不思議とすがすがしい気持ちでこの言葉を言えたのです。ただの自己満足なのかもしれません。でも、私は心に嘘はついていません。
 しかし、その人は黙ってゆっくりと首を振りました。これは、私の予想に反していました。
 その人は笑いながら言いました。もういいのです、と。
 私は、何が何だかよく分からないまま、ただその人の次の言葉を待っていました。
 その人は言います。穏やかな声で。
「私は、今まで、その帽子さえあれば全てが解決すると思っていました。それさえあれば、また昔のように、きっと、世界中の皆さんが私を探しに来てくれると。確かにそうかもしれません。しかし、しかしその考えはけして正しくはないのです。私は、私を探してくれないことの理由を服のせいにしてしまいました。しかし、それが、それこそが私が格好に操られていることの事実に他ならないのでしょうか。さっきの、あなたの言ったとおりです。私は誰でもないのです。もしも、私が、私を世界中の皆さんに見つけてもらいたいと思うならば。私は、私にならなければいけないのです。格好じゃない。私が、胸を張って、これこそが私です、と言える人間に。そうしなければ、私は探してもらう資格などありえないのですから」
 その人は、深く息を吐きました。私は、その人の一言、一言を聞き漏らしませんでした。その人は、何か憑き物が落ちたのでしょうか、ひどく穏やかな表情をしています。やがて、私は何だか凄く嬉しい気持ちでいることに気が付きました。何故でしょうか、目の前にいるその人が穏やかな気持ちをしていることを知っているからでしょうか。
「私は、国に帰ろうと思います」
 その人は言いました。
「そして、今度は本当の自分を探すたびに出ようと思います。たとえ、誰も探しに来てくれなくても、誰かが探しに来てくれるその日まで」
 そう言って、その人はにっこりと私に笑いかけました。眩しい、眩しい笑顔でした。
「それでは、最後に、昔のあなたの姿を見せてもらえますか」
 私の口から、このような言葉が零れ落ちてしまいました。一瞬その人は、きょとん、としたようでしたが、すぐに、いいですよ、と言って微笑みました。
「それでは、その、あなたの赤と白の素敵な帽子を貸していただけますか」
 その人は静かに言いました。
 私は、こくん、と頷き、頭の上の帽子をその人に渡しました。
「それでは、少し後ろを向いていてもらえますか。すぐに着替えますから」
 そう言って、手元の紙袋から、帽子と同じ赤と白の縞々の服を取り出しました。
 どうやら、二つあわせて作られてあるもののようでした。
 私は言われたとおり、後ろを向きました。心は、とても高鳴っていまし た。
 絹擦れの音がします。
 やがて、その人は言いました。
「もういいですよ」
 私は、ゆっくりと振り向きました。
「ああ!!あなたは……」
 私は思わず叫びました。その人は、私が、昔、数年前、よく知っていた人でした。何故気づかなかったのでしょうか。
「あなたは、ウォー……」











 私は、薄暗い部屋の中にいました。勉強机の椅子に腰掛けて。そして、幾秒もたたないうちに自分が夢を見ていたことに気づきました。私は、ついうたたねをしてしまったようです。何だかとても不思議な夢を見ていたようでしたが、それがどのようなものであったかは不思議と思い出せませんでした。私はむっくりと起き上がりました。
 ふと、勉強机の上に赤と白の縞々の帽子が置かれていることに気づきました。
 あれ、と私は首を傾げます。こんな帽子買った覚えはありませんでしたし、今は夏ですからこんな暑苦しい帽子はとてもとても。私は、しばらく、その帽子を眺めていました。

 ふと、突然、何か哀愁に似た思いに駆られました。何故でしょうか。先ほど見た夢と関係があるのでしょうか。その思いはどんどん強くなっていきます。そして、閃きとなって、その哀愁はある一人の青年を私に連想させました。
 その人は旅人。赤白の縞々の帽子と服を着た、ちょっぴり泣き虫なだけど、紳士な旅人。
この人は誰でしょう。ここまで詳細に連想できるのにその人の顔を不思議とイメージできません。
 ふと、私は、この時むしょうに図書館に行きたくなりました。まだ三時なので開いているはずです。何故そう思ったのか、多分、心の中で、私はその理由が分かっているのでしょう。私は不思議とそれを疑問に思いませんでした。私は、帽子を手に取ります。今日は夏ですが、そこまで暑くはありません。だからという訳ではありませんが、私は帽子を被りました。そして、静かに扉を開きます。
 あなたは、あなた。たとえ、このボウシがなくても、きっといつか、あなたを探し出してくれる人が現れるよ。そんなことを考えながら。
2004/10/17(Sun)22:54:51 公開 / ささら
■この作品の著作権はささらさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
ささら、ショート?第一弾。前作よりは大分長くなったと思いますが、これはショートに入るのかな?と考える今日この頃。何分、情けないことに原稿枚数の数え方が分からないのです。
さて、前回言っておきながら、悲しきかな連続投稿。言うべき言葉もありません。ふと、ペンを走らせたら完成してしまったので、やはり投稿することにしました。ネタ自体は、ちょっと危険なのかな?とも思いましたが、まあフルネームで出していないので大丈夫だろうということで。
相変わらず文章稚拙ですが、御感想いただけたら嬉しいです。
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この作品の投稿者 及び 運営スタッフ用編集口
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