- 『マリモ(ショートショート)』 作者:ささら / 未分類 未分類
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全角1406文字
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原稿用紙約4.05枚
マリモ
父さんが会社帰りに、駅前の露店で、僕に「マリモ」を買ってきた。
マリモ。僕のイメージでは、緑色をして丸い柔らかそうな物体。そしてちょっと不気味。生き物なのか植物なのか微妙。ってとこ。
僕はついつい父さんに、不覚にも、なんでマリモなの?と尋ねてしまった。
父さんは、露店が出ているもんだから覗いてみたらそれが売っていたんだよ。と僕に説明した。全然説明になってない気もするけど、あえてそこには突っ込まない事にした。父さんは僕が喜んでいると思っているのか、いないのか、マリモの瓶を持った僕のほうを見て、にこにこと笑っている。
父さんは続けて、知っているかい?マリモは藻類なんだよ。詳しくは緑藻類ってやつの仲間に分類されるんだ。などと、少し得意げにうんちくを語り始める。僕はそれを、わざと特に何の反応を示さずしばらく聞いていた。あまりに僕が反応しないので、少し間が持たなくて焦ってきた父さんが、マリモは実は球体ではなく、だけど全体として何故丸くなるのかを必死に説明しようとしたところで、僕は部屋に引き上げることにした。これ以上、父さんが自慢げに知識をひけらかすのに耐えられなかった。父さんのこういう所が嫌いだ。
僕は一言、分かったから。と面倒くさそうにつぶやいた。父さんはああ、そうか。と頷く。
何が、ああそうか、なんだか。
父さんに背を向けたとき、父さんは僕に大切に育てるんだよ。と一言とても小さな声でつぶやいた。僕は、聞こえなかったふりをして、無言で父さんのいる部屋から出ようとする。ドアを開けながら、父さんは今、さびしそうな顔をしているだろうな、と思った。
さっそく、この奇妙な緑色の物体が入ったビンを、部屋の窓際の棚の上に飾る。それだけで、何だか部屋の空気が綺麗になった気がした。そんなもんかな?と自分の単純な思想に少し呆れた。そのままマリモをしばらく眺める。
しばらく観察していると、マリモは意外と流動的な動きをするし、案外飽きが来ないことに気づいた。人は案外こういうものに癒しを感じるのかな?などと勝手に悟ってみたりする。マリモはしゃべらないし、ほとんど動きもしない。少しゆらゆらしているだけ。だけど、その体の線は非常に細かくて、なんていうか、生命の神秘ってやつを感じるには十分な代物だった。
意外に魅力的なマリモを眺めながら、父さんは何故マリモを買ってきたのかな?とあらためて考えてみた。父さんは、間接的にこうやって何かを訴えかけようとする。そんなことは、しばらく暮らしてみて、とっくに分かっていた。父さんがマリモに何かメッセージを込めたのかもしれないけど、あいにく僕にはそれがわからない。まさか、マリモのような人間になれといっているわけではあるまいし。マリモのような人間。どんな人間なのだろう。我ながら、すこしおかしくなる。たぶん、結構駄目人間なんだろうな。と想像する。
お父さん。お義父さん。
僕の機嫌をとろうとしているのは見え見えだけど、今回はなかなかセンスがあるじゃない。
もうそろそろ一ヶ月か。と僕は誰ともなしにつぶやく。
新しい父さんが来た日から。
僕は、後一品、マリモに匹敵するぐらいの、僕を惹きつけるものを僕に買ってきてくれたら、そろそろちゃんと会話をしてあげようかな、と思った。僕は現金な人間だ。それなりの物を与えられさえすれば、僕だって素直になれるのさ。
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2004/10/16(Sat)17:14:31 公開 / ささら
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■作者からのメッセージ
ささらのショートショート第三弾です。
さらに文章が短くなってしまいました。昨日の今日なので文章構成能力はまったく向上しておらず、へたれのままですがご容赦を。
ご感想いただけたらとてもうれしいです。