- 『りんご』 作者:hiko / 未分類 未分類
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原稿用紙約11.3枚
「おはよっ」
僕は一人、誰もいない部屋の壁に言った。
そして、睡魔に二度負けはしたが、十分後にはだらだらとベッドから降りていた。
朝食を食べるために階段を下りなくてはならない。
「う、まだ――」
このままでは遅刻経験のない僕に欠陥ができてしまいそうなので、
まっすぐに洗面所に向かい、頭から浴びるように顔を洗った。
それでもなお眠気が去らないので、ついでに髪を僕は濡らした。
姿勢を低くして、今度は本当に頭から浴びた。
水気をなるべく切ってタオルで拭く、さっぱりした。
眠気も覚めて視界がはっきりした。
「ふう」
髪の毛が濡れてしっとりした感じが妙に落ち着いた。
ダイニングに入る。
見ると、机の上に野菜ジュースが一杯置いてある。
とんとんとん
キッチンから父親が僕と自分のお弁当、それに朝食を作っている音がした。
ここで少し説明させてもらうと、僕の家、我が家は父子家庭である。
4年前に今流行の離婚なんてものにいたってしまった。
まぁ、当初は「よくもこんな目に!!」などと両親を恨みはしたが、僕としては
今、母親がいなくなった分気楽でいい。
それくらいこの環境には慣れてしまっている。
住めば都、人は慣れるものだなと思う。
僕は、毎朝やっているようにキッチンに入るか入らないかのところで「おはよー」
と挨拶する。
父親も、急に話しかけたので少しびっくりしていたが「ん、おはよ」すぐに返して
くれた。
今朝は機嫌がいいようだ。
僕は父親とのこの会話が嫌だ。
別に父親が嫌いというわけではないし、僕が何か悪いことをしたというわけではな
い。
ただ、僕は誰の前でも機嫌を伺う癖があるのだ。
だから、その癖が出ると思うと気になってしまう。
まぁ、普段はあまり気にしてないのだが、一日の始まりくらいは誰しも自分が気に
なるものではないだろうか。
とりあえず挨拶はすましたので、机のジュースを立ったまま「グビッ」と一気飲み
して、コップを置きつつ席につく。
僕は新聞紙を広げ、一面を見渡し、テレビ欄をめくり後ろからみていく。
目に付いたのは、きのうも日本人に何人いるか分からない様な名前の野球選手が、
またヒットを打ったらしいということ。
あと一本。
野球を知らない僕にとって歴代だのなんだのはよく分からないが、すごいと思う。
なにせ、毎試合につき2本近くヒットを打たないといけないらしく、だいぶ前に学校
の授業の野球で3打席中かすりもしなかった経験がある僕にしてみれば、やはり評価
の対象にはなる。
しかし、またこの騒ぎももう少し経ったら何事もなかったように終わってしまうの
だろう。
こんな高いレベルの努力なんて僕は知らないが、一般市民の想像以上のもので、尊
敬に値するものなのに。
まあ、流行なんてそんなものだ。
それに、この人なら「僕は人気をとるために野球をやっているのではない」と言い
切るに決まっている。
かっこいい。
*
なんて思っていたら、朝食が出てきた。
パン、サラダ、りんご、ヨーグルト、そして紅茶。
父親が手をタオルで「パッパ」拭いてキッチンから足早に出てきて、僕の右隣の席
に座った。
「いったきまーすっ」
二人ほぼ同時に言い、紅茶の入ったコップをまた同時に口につける。
はじめパンへと手を出す。
僕はパンにマーガリンを塗り、その上に蜂蜜をたっぷりと塗る。
僕はこういうあまいものは大好物だ。
つまり甘党。
パン、サラダ、と食べ終わり、残りは口当たりの軽いりんごとヨーグルト。
今日の朝食は実に楽勝。
苦に値せず。
言っておくが、僕は朝食が嫌いというわけではない。
しかし、なかったらなかったでべつに食べなくてもいいというくらい、それに対し
て執着心は特に持ってはいない。
しーんとしていた部屋に、新鮮な「シャク」という音がした。
りんごを口にしたのは父親が先のようだ。
すると、今まで黙っていた我が家の犬が机の隣にある室内用の小屋(おり)から
「待っていました」と言わんばかりにいきよい良く出てきた。
そう、こいつの狙いは小さな食べかけのりんご。
それをねだりに、この一時だけいい子になりにきたのだ。
しかし、犬の狙いとする父親のりんごはすでにもうひとかけらも残っていなかっ
た。
「む、これは」ということはまだ残っている僕のりんごが狙いとなるなわけだ。
はっと思う。
父親も意地汚い。
(なるほど、さては今日のりんごはおいしいな)
この犬がりんごを乞いにくるなんてことはもう5、6年前から分かってたろうに。
僕は別に美食家を名乗ったことはないが、おいしいものには目がなかったりする。
前提に、あれば是非食べたいというくらい中途半端な意気込みのものだが。
それでも今は目の前のりんごを犬に持ってかれるのは「いやだなぁ」と思ってい
る。
なにせ、あるのだし。
しかし、そんなことお構いなしにやつはきた。
そして断ることなどできない。
なぜなら、そいつの顔はさながら金融会社のあの犬のようで、かわいい。
なんて便利な顔なのだろう。
この現代社会日本国には犬歯を鋭くなどせず、血など流さずに、抱き締めたいくら
いにかわいいこの顔があればいいのさ、なんて思っているに違いない。
でも、そんなこと考えたってそれには勝てやしないことを僕は知っている。
しょうがなく、適当な大きさを残して「ぽいっ」と投げてやった。
「パック」と大分空気を含んで小さなりんごを食べる犬。
僕は全部で三個投げてやった。
その内二個は空振りをして落としてしまった。
もうこの犬は年なのだろうか、僕の投げ方が悪いのだろうか、僕があげる時は大抵
こんのものだ。
それでも犬は落ちたりんごを拾って「シャク」と食べた。
「なんだ、これっぽっちか」なんて態度がなんとなく伝わってきて気に食わない
が、本人はあきらめたようなのでよしとする。
(そそ、あきらめが肝心だよ犬君)
*
用が済むとすたすたと小屋の中に戻る犬。
厳禁だなと思う。
僕はヨーグルトと残った紅茶を胃袋に入れ、新聞紙を閉じ、
「ごちそうさま」と言った。
父親も「ごちそうさまでした」といい食器を片付けはじめた。
僕はそれを手伝う。
がちゃがちゃと、お皿のあたる音がする。
犬はすでに何もなかったように、小屋の中で気持ちよさそうに寝ていた。
「牛になるぞ」犬牛か、牛犬か、まぁどうでもいいか。
そんな気持ちよさそうに寝ている姿を見ると、もしかして、今さっき、りんごを僕
があげたの事なんてもう忘れているのだろうか、なんて思ってしまう。
(りんごのかけらくらいで恩なんかないか)とも思うが少しくらい覚えていてほし
い。
*
――なんて。
そんな犬に対しての思いにはせているうちに父親はもう出勤の支度ができていた。
なんて容量がいいのだろう。
そんの人になりたいとは思いはしないが、便利だなとは思った。
「じゃあ、今日は遅番だから」父親が言う。
「ん、分かった気をつけてね」僕が言う。
なんて今までに何回言ったか分からないような会話を発音
し合い、父親は出て行った。
「さて」
自分も出なくちゃな。
洗面所にいき、しゃこしゃこ歯を磨く。
ついでに鏡をみて、
「相変わらずの見栄えのない顔で」
なんていつもどおりに愚痴り、
少し大きめの制服を着て、かばんを持って犬を庭に出し、忘れかけていたお弁当を
急いでかばんにいれた。
玄関から出ようとしたとき、戸締りの点検を忘れていることに気づいたが、
「まぁ、大丈夫だろ」
という根拠のない理由で自己納得し、扉を開けた。
外は少し風が強いが快晴、いい天気だ。
もしかしたらまったく意味のない家のカギをかけ。
もしかしたらまったく意味のないカギの確認をし、僕は学校へと自転車を走らせ
た。
途中、耳に風があたり、一瞬音というものが僕の周りから消えたとき、僕はふと思
った。
犬は今、僕のあげたりんごを覚えていてくれているのだろうか。
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2004/10/05(Tue)20:36:00 公開 / hiko
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■作者からのメッセージ
ご指導により、僕なりに直してみました。ここは余計だ、なんて思った方。さらに指摘、よろしくお願いします。なお、この作品は短編とさせていただきます。
今後の意気込み↓↓↓
今後、この作品の風陰気を崩さず、さらに自己の力の向上のため、書いていきたいです。(なんか堅いですね;)