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『委員長の資格』 作者:GOA / 未分類 未分類
全角6517.5文字
容量13035 bytes
原稿用紙約20.8枚
 いつもと同じように自宅を出たのはぎりぎり、全力で走っていた。
 目的は一つ、頑張り次第で遅刻をしない電車に乗れるのだ。
 今日の調子は決して悪くはない。しかし、良いとも言い切れなかった。昨夜の夜更かしが祟り明らかな睡眠不足。朝食を取る余裕もなく今に至る。体力的に万全な状態でない今、空腹が気合を妨げ、走ることに集中することができなかった。
 結局、駅に着いたのはお目当ての電車が出発した後だった。
 力なく項垂れる。ため息をつく気力も無く変わりにお腹の虫が小さく鳴いた。
 先が思いやられる。さすがにこれ以上の遅刻は避けたい。うちの担任はかなりの変わり者で自分のことを教官と呼ばせている。特に挨拶や時間厳守は厳しく、校則や集団生活のマナーを違反する者には厳重注意、それでも反省をしない常習者には遠慮なく体罰を加えてくる。担任が女教師だからといって甘く見てはいけない。あの先生はなるべき職業を絶対に間違えたのだと自分も含め内輪では囁かれている。
 何はともあれ、時間厳守に固執しない自分が真面目にも必死に登校しているのは担任の影響に他ならない。目的を持って登校する。失敗した時のデメリットがささやかな緊張感を醸し出し毎日が退屈しなかった。良い意味で刺激になっている。
 第一段階は失敗。ミッションとしての難易度は高めだが次の第二段階に比べればまだ温い。
 第二段階は自己新記録と同じタイムを叩き出さなければならなかった。乗り込む電車の立ち位置から勝負が始まっている。
 気を取り直して改札口に定期券を通しホームに降りていった。

 一本電車を遅らせようが通勤ラッシュはまだ真っ盛り、ぎゅうぎゅう詰めの車内で出口付近をキープし押し寄せる人波に耐えながらスタートをゆっくりと待っていた。
 呼吸を整え、心を落ち着ける。
 しばらくすると揺れが多くなり徐々に減速していく。
 電車のドアがスタートの合図となる。
 駅に着きドアが開く、学校に向かって記録への挑戦が始まる・・・・・・


 桜の咲く季節も終わり新学期の新鮮さが薄れつつある頃。
 私立浦和坂高等学校にも、どこにでもあるような何気ない一日が始まろうとしていた。

 がらがらと教室の前のドアが勢いよく開き、靴音を響かせながら女教師が入ってくる。
 パリッとしたスーツに身を包み、力強く床を踏みつける歩き方は軍人のような雰囲気を漂わせている。
 教卓の前で立ち止まり。
「起立!」
 怒鳴り込むような大きな声が良く通った。少し迫力のあるホームルームが始まりを告げる。
 皆慣れたもので誰も驚いた様子もなくクラス全員がそれに従った。立ち上がる位置、タイミングが機械のような精密さで揃っている。
「敬礼」
 全体が見事に揃い、右手を頭の高さまで掲げる軍隊式の挨拶が交わされた。
「着席」
 実に良く揃っている。よく見れば一人だけ座ったままの生徒がいるのだが窓際の端の席なのでその存在が明るみに出ることはなかった。
「ではまず出席から始めうようか。各班、班員を確認の上、欠員を報告せよ」
 各班の代表者が一人づつ起立し、班員の状況を報告していく。
「一班、欠員無し」「二班、欠員無し」「三班、島崎百合子、一名」
「島崎欠席と。次」
「四班、欠員無し」
 ワンテンポ遅れて。
「五班、班長吉田正直、一名」
 副班長の生徒が代わりを務める。
「また、吉田か」
 今度は後ろのドアが勢い良く開いた。
 すぐには言葉が出せず、息も絶え絶えに呼吸を合間を縫って何とか声を上げる。
「いえ、居ます──ただいま到着しました」
 怒られるのを覚悟で敬礼を交わすが。
「吉田欠席と。次」
 思っていたより普通に無視された。
「ちょっ、待って下さい。先生──いえ教官。だから居ますって」
 こっちも意地になって存在をアピールする。それにしても苦しい。今はそんなことより一刻も早く席に座りたかった。
「ああ、すまんな。吉田遅刻と。ん、遅刻三回、結局欠席じゃないか。余計な手間を取らすなまったく」
 出席簿に面倒臭そうに書き込んでいた。雰囲気の割にはおおらかである。
「一緒じゃ無いです教官。遅刻で欠席付けられるのと、いきなり欠席付けられるのとでは雲泥の差です。実際問題、欠席一回分は、遅刻二回分をチャラにできるのですから有効に使わないと」
「まあいい。今日も必死だったようだから、その意気込みに免じてペナルティは免除する。いいから、席につけ」
「はい」
 遅刻してきた吉田はそそくさと自分の席に座り込んでため息を吐いた。
 教官は出席簿から目を離し、思い出したかのように付け加える。
「ああ、私にはそうは思えんのだがな」
 びくっと体を震わせて、緊張が高まる。顔を上げて教官の表情を恐る恐る伺った。
「遅刻といっても高々五分、十分程度の事だろう。三倍しても最大三十分の時間が自由になるだけだ。私なら、遅刻を我慢して欠席する方を選ぶ。一限フルに使えば五十分の空き時間、休み時間の十分も入れれば計六十分は稼げる。もったいないと思わないか。もう少し計画を立てて行動を起せ。杜撰(ずさん)な計画は知らないところで損している」
 吉田は関心したように頷く。
「はっ! そんな裏技があったとは気づきませんでした。さすが教官です」
 ボールペンの先で吉田を指した。この教師にはこういう格好が様になっていた。威厳さえ感じる。
「だが吉田。明日それを実行したら体罰を考えるからな」
「そんなぁ。すごく良いプランなのに」
 あらかさまに落胆な表情を見せる吉田。
 そんな生徒を見て満足したのか、教師は笑みを称えていた。その整った顔立ちも去ることながら、芯の通った屈託の無い性格は独特ながらも生徒からの人望も厚かった。
「私も一応教師なのでな。生徒をそそのかすわけにはいかんのだ。面子もあるし、対面をこれ以上悪くするとお前達の親御さんがうるさいからな」
「そんな些細なこと気にするような教官じゃないでしょうに」
 ついつられて本音が出てしまう。
「何か言ったか」
「いえ、言ってません。次が支えてるので先をどうぞ」
 納得した表情を見せないまま出欠席の確認が再開される。
「では、六班頼む」
 全員揃っているのに誰も立たない。副班長が立とうかどうしようか悩んでいる。
「・・・・」
 六班の反応はなかった。視線が一人の生徒に集まる。教室の隅でうつらうつらと揺れていた。
 同じ班員が変わりに報告を引き継いだ。
「六班班長、日比谷音夢。電池切れです」
 クラス内が談笑に包まれる。
「お前もか、起きんか日比谷、日比谷音夢!」
 揺らめきがピタリと止まり。何事も無かったかのように。
「大丈夫、起きてます」
 しれっとした顔で言い放つ。
「嘘つけ、今まで寝てただろう」
「いえ。今、起きています」
 といい直した。
「大人しくしてるのでお構いなく」
 とさらに付け加える。
 このクラスで一番度胸が据わっているの間違いなく彼女であろう。
 さすがの教官も彼女の扱いだけは少しだけ苦手としていた。
「いや、駄目だ。私語を特別に許可する。このホームルームが終わるまで我慢しろ」
 眠そうな顔を惜しげにもせず。
「独り言を延々と続けるのは無理です」
「なら、羊でも数えてろ。千匹数えられたら寝てもかまわん」
 面倒な難題でカマをかけてみるが彼女はものともしなかった。
「羊が一匹、羊が二匹、羊が・・・」
 むしろやる気満々で数え始めて行く。普段の怠惰な彼女からは想像も出来ない積極さだった。
「いい度胸だ日比谷。間違えたらやり直しだからな」
 教官の方も後には退けない。
「羊が十匹、羊が・・・」
 しかし、やはり彼女は兵(つわもの)であった。
 これにはさすがにあきれた。仕方なく先を進める。
「いい返事だ日比谷。じゃあ、遅くなったがホームルームを始めるぞ。そろそろ私も自分で号令を掛けるのも面倒臭くなってきた。皆もクラスの雰囲気に馴染めた頃だと思う。そこで今日は学級委員長とその他の委員を決める。まあ、知ってると思うが我がクラスでは特権階級を認めている。階級が高いほど発言権が高い、余程理不尽な要求以外は従ってもらう。いいなそれが私のクラスの唯一の掟だ。慎重に選べよ。まず、委員長から立候補はいるか」
 あたりを見渡すが。
『・・・・』
 誰も反応を見せなかった。
 日比谷の羊を数える声だけが寂しく響いている。
「情けない、じゃあ推薦はあるか。ちゃんとそいつがその役職にどれだけ向いてるのかアピールしろよ。仕事を押し付けようとした時点でそいつにやらせるからな」
『・・・・』
 顔色一つかえず、周りの事など一切関係ないとばかりに、静かに力強く羊が数え挙げられていく。
 顔に手を当てて落胆の表情を見せる。
「本当に情けない。じゃあ私が選ぶ。誰か文句はあるか。今なら苦情を受けるぞ」

 ・・・・・・

「ふむ、では発表する。委員長 吉田、書記 松本、文化委員 山崎、保健委員 岸野、放送委員 藤沢、美化委員 日比谷、以上」
 左から五班・一班・三班・二班・四班・六班の順に班長の名が適当に挙げられた。
 バンと机の叩く音がして。
「ちょっと待って下さい。どういう基準なんですか」
 立ち上がったのは吉田である。良く見ると日比谷も立ち上がっていた。
「苦情ならさっき締め切ったばかりなのだがな。聞いててわからんか、班長を適当に割り振ったのだよ」
 日比谷が視界に入る。珍しいく積極的なので考えを改めた。
「良いたいことがあるなら言ってみろ日比谷」
「羊が五十匹、羊が・・・」
 相変わらずだった。
「お前に聞いた私が馬鹿だった。変わりにお前が言ってみろ吉田」
 日比谷は席に着き、吉田が答える。
「つまり、自分は委員長の器ではありません」
「なぜだ」
 表情が険しい。
 少しだけ怯みながらも続ける。
「理想とする委員長という概念から、自分は最も委員長に向いていないからです」
 目を細めて凝視される。
 できることならこのまま帰りたい気分だった。
「なら、その理由を聞かせてもらおうか。筋が通っていればその意見を取り入れてやる」
 なんか嫌な汗が出てくる。今すぐにでも前言を撤回したかったが、今はそんな空気じゃなかった。こうなったら腹を括るしかない。
 尤もらしくでまかせを言うのはなぜか得意だった。今はそのスキルに賭けるしかない。
「一つ、自分は眼鏡を掛けていません。二つ、自分は成績優秀ではありません。三つ、自分は髪が長くありません。四つ、自分はいじめに合ったことがありません。五つ、自分は女ではありません。以上、五つの点から見て自分は委員長たる資格を一つも持ち合わせていないのでこの役職には不適合です」
「面白いこと言う。なら聞くが、眼鏡はなぜ必要なんだ」
 頑張れ俺。この試練に乗り切れば後は薔薇色の開放感が味わえるだろうから。
「眼鏡は人を知的に見せる効果があります。委員長はクラスの代表者であり、最高の発言権を持っています。威風堂々とまずは外見から入るべきです」
「一番尤もらしい、成績優秀の訳は」
 自分でも関心するぐらい次々とでまかせが出てくる。
「外見だけ整っていても、中身が伴わないとこの役職は任せられません。さらにクラスの代表として模範的である必要があり、理解力と判断力を兼ね備えたより高い人格者であることが望ましいからです。その最低基準として学力は必要事項のはずです」
 教官が納得している。心なしか嫌な予感がした。
「髪が長い理由は」
 喋ろうとして頭が真っ白になる。ネタがない、でも途中でやめるわけにはいかない。普段あまり使わない頭をフル動員して何とかその場を見繕う。
「日本人本来の特色は黒。色を染めることでしか自分を表現できない軟弱な若者に黒髪の素晴らしさと威厳を見せしめます。最も強く強調したいため、髪は長くある必要があります」
 教官の表情が微かに変わる。
「いじめの理由は」
 説得が功をそうしたのか、失敗したのか解らない。ここまできたら最後までやるだけだ。
 更に口から、調子の良い言葉が続く。
「いじめられる事により、弱者に対する気持ちを分かち合い、木目細やかな気配りが養われるからです」
「女である理由は」
 ラストスパート、ここで勢い良く言い切らなければ作戦は成功はありえない。
 弁に熱が入る。
「いいですか教官。これに関してはおまけみたいなものでして、女である必要はありませんが、男であったはならんのです。想像してみて下さい。メガネを掛けたロングヘヤーのいじめに遭うような男を。オタクの代名詞みたいな奴にクラスの看板を背負わす気ですか。その上、成績優秀だなんて嫌みったらしいこと、この上ない。そんな奴に委員長をやらすぐらいなら俺がやります」
 教官はニヤリと微笑んだ。
「なら、文句を言わずお前がやれ」
 ここで初めて自分で墓穴を掘ったこと知る。調子に乗りすぎたようだ。
「いえ、そういう事を言いたかったわけではなく、その」
「いいからやれ」
 こうなるともう逆らえなかった。
「そんなぁ」
「決定事項だ」
「あうち」
 もう、項垂れるしかなかった。
 役職確定、俺は委員長なのか・・・・・・
「それとな、委員長に必要な五箇条、なかなか面白い。そこそこ理にも適ってる。うちのクラスでも取り入れようと思う」
「どういう事で」
 吉田の質問がクラス全員の心情を語っていた。
「さっそく準備をしようか。各自自習、吉田は今から職員室だ」
「なぜ?」
 何がどうなったのか全く分からなかった。
「いいから、早くこい」
「はい」
 教官に強引に連れ出されるような形で教室から追い出される。


 しばらくしてからこのクラスではすでに馴染みとなった教室ドアが勢い良く開いた。もちろん大股で入ってくるのは教官である。なぜか一人だけだった。
「どうした、恥ずかしいのか。いいから入ってこい」
 続いて大柄な女生徒がもじもじしながら教室に入ってくる。
 メガネを掛けて長い黒髪をしていた。その長い髪は後ろで手束ね、三つ網みにして垂らしている。
 入ってくる足取りはぎこちなく、制服のサイズも合っていなかった。
 最初誰だか分からなかったが次第にクラスが騒ぎ出していく。
 正体は吉田だった。
「さて、紹介しよう。委員長だ。この姿である時は、いつどこで如何なる時もそう呼んでやってほしい。あれほど力説していた本来の委員長の在るべき姿になってもらったのだからな。任期は一学期間だ。但し、職務を全うすることができない場合、引き続きやってもらうことになる。いいな吉田」
 駄目もとで抗議をしてみる。
「無茶です教官。この格好で授業出たり校内をうろつくのは」
 膝上までしかないスカートのプリーツに心元無いのか、男に癖に内股になっている。
 必死な表情で懇願している初々しい姿は女の子以上に女の子に見えた。
「大丈夫だ、体育の授業以外はその格好でも構わないと校長の許可もとった。お前に関してだけはその制服以外は校則違反が適応されるからな」
「教官これはいじめです。教育委員会に訴えられます」
 神にでもすがる思いで口からでまかせが出る。
「何を言う。いじめの体験は委員長にとって必要事項なのだろう。それに本人が言い出したのだから他にとやかく言われる筋合いは無い」
 何も言い返せない。自分で蒔いた種がこんなに形で開花するなど誰が予測できたであろうか。
「なぜだぁ、なぜこうなったんだぁ。納得いかねぇ」
 その格好に不釣合いな悪態を吐く。黙っていれば美少女の部類に入るだけに違和感は絶大だった。
「まあ、とりあえず委員長。就任の挨拶でもしたらどうだ」
 吉田はすでに魂が抜けかかっていた。それでもクラスを一通り見渡し、ニヤリと笑う。なまじ女装が似合っている分、微笑がより一層不気味に見えた。声さえ出さなければもったいないぐらい美少女な彼である。
「二学期の委員長選出が楽しみですね。ふっふっふ・・・」
 その不吉な言葉にクラス内の男子生徒全員が凍りついてしまった。
 静まり返ったクラス内に羊を数える日比谷の声だけが静かに響いていた。

2004/10/01(Fri)12:41:10 公開 / GOA
■この作品の著作権はGOAさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
三作目です。短いのですが(読み切り)にしないのは連載する意志があるからです。
こっちを主軸に頑張っていこうと思いますのでお時間のある方お付き合い下さいませ。

感想・批評・指摘なんでも構いません。お待ちしております。
楽しんでもらえればいいのですが・・・
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この作品の投稿者 及び 運営スタッフ用編集口
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