- 『乞い人』 作者:村上 沙咲 / 未分類 未分類
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原稿用紙約8.75枚
孤独を感じるとき、きっと人は誰かを求めているんだ。僕が山本を欲しているとき、きっと僕は孤独なんだ。
山本とは大学で知り合った。彼女は同じ法学部でも授業で会うことはまずなかった。僕が真面目に知識を取り込んでいる間、彼女は彼女の人生を楽しんでいた。彼女が言うところの“楽しみ”とは“恋愛”と“その他”らしい。“その他”について彼女が僕に説明することはなかった。僕も深く知ろうとは思わなかった。
僕は多数の男がそう歩むであろう道を進み、自分なりにボーダーラインを引いた合格線にぎりぎり届くまでの努力をした。いや努力とは呼べない。ただの暮らしだ。ごく普通の生活を平凡に送ってきた。
「ひきょうじゃない?」
と眉間に軽くしわを寄せる山本には解らないかもしれないが、僕が生きる上でそれ以上頑張る必要はなかった。はみ出したなら責任を取らなければならない。あるときは謝罪や勇気までも必要になってくる。そういう煩わしいものに付き合うほど僕には精神的な…いや肉体的にもだが、体力はなかった。別に不満もないし、最低限のあふれる欲を満たす場はきちんとあった。僕がそう言うと彼女は、
「はーん、なんかでも効率的ではあるよね」
今日彼女は珍しく僕の部屋へ来た。初めて会った日以来2回目だ。
雑然とした湿っぽい僕の部屋になんなく座り込み、CDをあさっている。
「山本さ、商法のレポート出した?」出してないだろうけど。
なぜ彼女は進級できるのか僕には謎だった。
聴く気もないくせに弄ばせていた手を止めて、答えない口は逆に質問してきた。
「初めさ、篠田くんさ、自販機のとこで吸ってたタバコ何だったっけ?」
初めというのは僕と彼女が会ったときのことだろうか。あのときはお金がなくて残り3本の煙草を、空腹を紛らわせるため惜しんで吸っていた。
学食のある校舎の横の喫煙所は、構内で一番高い建物の影になっていて辛気臭いせいか女の子がいることはあんまりなかった。だから、煙草を吸ってもないのに灰皿のそばの自販機の前でぼーっとしていた山本の姿はすごく印象に残っている。
あのとき彼女がいきなり話しかけてきて、帰ろうとする僕についてきて強引に泊まっていった。そしてなにかと僕にかまうようになって今に至る。もう一年以上前だ。
「忘れた。もらいものだったから」
本当は覚えていた。“もらいもの”だったから。
「ピースだよ」山本はピースサインをしながらこっちを見た。
「知ってるなら聞くなよ」
「もう吸わないの?」
「止めたよ」
振り向かずに答える僕をしりめに、山本はまたCDを物色し始めた。
「これやるよ」
小原はそう言うといらいらしていた僕の前に一箱の煙草を差し出した。
「なんで?」
「プレゼント」
その日は僕が生まれて20年目の日だった。
「ああ。でもそれ吸ったことないし。うまいの?」
「うまいんじゃない?」
なんだよそれ。と思いつつも、まあ一応もらっておいた。
いつもながらあまり会話の続かない小原と僕はこれでも高校のときからの友達だった。周りより大人で、表面的なものだけで過ごせるから都合がよかった。やつは僕より頭もいいと思うのだが、なぜだか僕なんかと一緒にいた。
弁護士の母親と大学教授の父親をもつ、やつの不満は莫大だった。
前を行く小原はやたらに首を垂れて歩く。不安やどうしようもないものを一身に背負っているように見える。抱えているもの全てを半ばあきらめて、自分の中に許容できるなんて、僕には真似できない生き方だった。僕は逃げるのも捨てるのもお得意だから。嫌なものには蓋をして。要らないものは切り捨てる。決して捨てたものを拾ったりしない。努力も感謝もせずに生きている。プライドだけは高くて、許せないものは次々と過去へ消していった。面倒な人間関係が大嫌いだった。
そして人と広く浅く付き合う小原は、金遣いが荒くてよく女に泣かれたりもする男だったが、悲しみを隠せないやつだった。だから僕のプライドは心地いいままだった。よって僕にとって実は、唯一許せて、認めることができた存在だったのかもしれない。
小原が大学に顔を出さなくなったのは二回の後期からだった。連絡も取れなくなった。
「小原の家に行ったの?」
どういう風のふきまわしか、その日の昼に山本は僕に学食をおごるからと言って一緒に昼を食べていた。教授の息子であった小原が、もう2週間来てないということはクラスでも噂になっていた。普通に大学にきている学生は僕と小原の仲がよかったことを大概知っていたが、まともに授業に出てない山本がいきなりそんなことを訊くとは。
「いや」
そのことを訊きたかったのだろうことは表情を見ればわかった。彼女はそっけない返答に軽くため息をついて水を飲んだ。
「なんでそんなこと訊くんだ?」
「友達じゃない」
「誰と誰が?僕と山本?」
そのとき僕の心は、明確にならない嫉妬の支配が広がっていた。僕は自分にびっくりした。彼女に対して独占欲があったなんて認めたくない。
彼女は僕がいつもと違うことを察してしまったので、そんな僕に優しく接したかったようだ。
「私が何を考えているかわかる?」
一言も話さない僕を幼稚に思ったのだろうか。母性的な微笑が憎らしい。絡まる彼女の美しい腕が、急に僕に似つかわしくないように思えてしまって、僕はわざと乱暴に彼女を抱いた。自分を卑下したくなんてないのに。醜さを露呈されるなんて冗談じゃない。僕はそんな一般的な人間じゃないんだ。
はじめて見る彼女の部屋は服とベッド、小さな棚とクローゼットしかなかった。本もCDもない。けれども煙草を吸わないはずなのに、床に直に置かれていた灰皿には古い吸殻が残っていた。銘柄はピース。
「小原の知り合いだって知ってて僕を選んだんだね」
その台詞は僕自身を孤独に追いやっていった。彼女を欲するときの孤独は建前じゃなかったんだ。
その後僕らが言葉を交わすことはなかった。うつむく彼女は今までになく寂しそうに見えた。
寂しい目はお互いを見つめていた。夜が静寂を包むように、眠りにつくまで見つめ続けた。
山本と一緒に三回になることはなかった。
彼女もまた孤独だったのだろう。小原への思いが一方的になるのが怖かったのかもしれない。
でも、少なくとも自分が彼女にとってどうでもいい存在ではなかったと思う。
会わなくなっても僕の中で彼女が消えることはないんだろう。思い出なんて大嫌いなはずだったのに。
僕はきっと小原がまたもし僕の前に現れたら、以前と同じようにできないだろう。ぐちゃぐちゃな感情を持ち合わせたまま生きたくなんてなかったのに。
人は一度踏み入った領域を閉ざすことなんてできないんだ。欲する気持ちは永遠についてまわるんだろう。驕れる僕の、自尊心の妥協線を侵食して。
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■作者からのメッセージ
書きなぐりです、すいません…
脱字はっけんしました……
直しました。