- 『彼岸花 その色まるで 夕日だね ≪短編≫』 作者:紅汰白 / 未分類 未分類
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屋上は立ち入り禁止。
それが僕の通う中学校の暗黙のルール。
学校側は禁止していない。生徒手帳にも、学校の開いている間は出入り自由だと明記されている。それに禁止されていても、いわゆる悪ガキは行くものだ。だけど、そんな話も聞いた事が無い。
屋上に行ってみたい、それが周りから優等生と呼ばれてきた僕の、唯一の願い事だ。だけど周りの人達は行こうとしないから、僕も行きにくい。
だから、行けなかった。
ある秋の日、二年生の二学期が始まって間もない日。僕はいつものように屋上に続く階段に向かった。そして、ああ、今日も誰もいない、止めておこうと諦める。
でも、その日は先客がいた。女の子。唇が夕日のように紅い。黒い髪が長い。名札は白くて(つまり、僕と同学年)、貼られているクラスを現す銀色のシールに書かれた数字は三。同じクラスだ。
「あら、あなたも屋上に?」
「え…う、うん」
なぜかしどろもどろに答えてしまった。
同じクラスのはずなのに僕はその子に見覚えがなく(全員覚えてるはずなのに)、そしてその子も僕に見覚えが無いらしい。僕は学級委員なのに。クラスメイト全員の挙手で決まったのに(まあ、周りに合わせたんだろうけど)。
「屋上からの景色、綺麗?」
「いや、僕も始めて行くから分からないや」
「そう」
その「そう」には、『まあ当たり前か』というニュアンスが含まれている気がした。噂だけでも、屋上に行った人は聞いた事が無いからだ。
「じゃあ、一緒に見ようか」
「そだね」
何となくその子を誘ってから微妙に後悔した。なぜならば、「わあ、嬉しい!」といって僕に顔を思いきり近づけて、両手をがしっと握ったからだ。
その子が可愛いから嬉しかったけど、誰かに見られたら物凄く恥ずかしい。
ゴムで出来た階段床は強く踏んでもぺしぺしという音しかたたなくて、なんだかいつもどおりだと安心した。そして、今からやろうとしていることは、いつもどおりではないことだ。
禁止されていないけど、誰もやらないから誰もやらないんだよな、そう納得しながら階段を上っていく。いつもならそこで足を止めてしまう、最後の一段も、その女の子と一緒なら大丈夫なような気がした。
屋上の扉を開けると夏の終わり兼秋の初め独特の微妙に涼しい風が吹きつけた。
「わあ……」「わあ……」
ほぼ同時に感嘆の声を洩らしていて、なんだか可笑しくなった。
でも、思い切った価値はあった。そして、それでも十分すぎるおつりが来る。
空が、綺麗だった。
少し空を見ない間に、真夏の入道雲浮かぶ低ぃて濃い青の空は、鱗雲浮かぶ高くて薄い蒼の秋の空になっていた。夕暮れ時のためか下の端のほうでは朱が指していて、……なんだか自分の語彙の少なさに愕然とした。
綺麗、もしくは美しいとしか言いようの無かった。
僕ら二人はずっと空を見ていた。
見ている間に朱はだんだんと空を多い、雲を赤に染め、そしてやがて世界を紅に変えた。
「綺麗だね」
少女が問いかけるように感想を言って、
「うん、それしか言いようが無いね」
僕は素直に認めた。
時計を見るとそろそろ先生が上がってくるだろう時間だった。女の子と屋上で二人きりのところを見られたら、物凄く気まずい。今日は帰ろう。
「あ、じゃあ僕は帰るね。君は?」
「私はもうちょっとだけここにいる。また逢おうね……ばいばい」
「あ、また会おうね、さよなら」
別れを告げ、階段を猛スピードで駆け下りながら思った。
この景色を他の人に見せたくない、黙っておこう。
思わず僕は笑みを浮かべていた。
なんだ、そんな簡単なことだったんだ。
皆、独占欲強すぎ。
夕日が沈むと、秋は夜になるのが早い。
今は夜と夕暮れの間の時間だから、まるで世界が薄い藍色の水に沈められたような感覚に陥る。影法師が、微妙に出づらそうだ。
その世界の中で、マンジュシャゲが紅を強く出して、微妙に異質な物になっていた。そういえばどうして僕は彼岸花をマンジュシャゲと呼ぶのだろう。どうでもいいや。
皆はマンジュシャゲが縁起が悪いというが、僕にはどうしてもそうとは思えなかった。
なぜなら、マンジュシャゲは夏と秋の境目に咲くのだ。マンジュシャゲが枯れる頃、秋が本格的に訪れるからだ。
命をはって、マンジュシャゲは秋の始まりと夏の終りを告げるのだ。なんて立派な花なんだろう。
そして、たぶんマンジュシャゲはお盆の帰りに居るべき場所に還る事の出来なかったすこしどじな人がたより火にするのだろう。
だから、マンジュシャゲは紅いのだ、まるで夕日のように。
翌日、教室中を見渡しても昨日の女の子は居なかった。休みは誰もいないし、まして不登校の子もいない。調べたけれど、今までに二年三組の時に死んだ人もいない。
じゃあ、あの子は誰だったんだろう。
もしかして、マンジュシャゲの精霊とか。……なんだかしゃれになっていない。
ただ、僕が次の年に屋上から去年とまったく、むしろ綺麗に見えた景色を見ていた時、黒い髪が僕の頬を少し撫でた。横を見ても、誰もいなかった。
「また、来るよ」
そういうと髪は僕を撫でるのをやめた。
帰り道、去年と変わらない帰り道、道の傍らに、美しく咲くマンジュシャゲを見て、手折って持ち帰ろうとしたけど、マンジュシャゲが可哀そうだからやめた。
結局僕は在学中も、卒業してからも屋上に行ったことを誰にも言うことはなかった。
今僕の隣りには、八年前に結婚した、短いけどさらさらで艶やかな黒髪が自慢の可愛らしい奥さんと、まるでマンジュシャゲや夕日のような紅い唇が愛らしい紅華(べにか)という名前がつけられた、秋生まれで今年で五歳になる娘がいる。
どちらとも、僕の本当に大事な人。
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2004/09/21(Tue)22:24:17 公開 / 紅汰白
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■作者からのメッセージ
ここに投稿した作品では初めて爽やか系かも…。
やはり主人公の名前が出てこない上に一人称。
紅汰白(あかたしら、です)はこういう作品もかけます。
思いつきで書いた割にはお気に入り。
学校の帰りに河原に咲いた彼岸花と秋の空を見たときに思いつきました。