- 『Angel』 作者:渚 / 未分類 未分類
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全角8603文字
容量17206 bytes
原稿用紙約28枚
あなたは知っていますか?天使、ルシファーのことを。ルシファーは神に愛されていました。しかし、力を手に入れたルシファーは驕り高ぶり、やがて神を裏切りました。神はルシファーから羽をちぎり取り、天界から追放しました。やがて彼はこう呼ばれました。
悪魔(サタン)と。
「ルシファー。何してるの?」
あたしは後ろから彼に声をかけた。ルシファーは振り向かずに、純白の羽をふわりと動かす。綺麗な金髪がさらりと揺れる。
「ミリア、君こそ何してるんだい?仕事は?」
ルシファーは優しく微笑みながら言った。青い瞳の中に、あたしがうつる。すべてを見透かしているような、彼の目。
「早めに終わったの。あなたは?」
「僕?僕は下界を見てた」
「面白いこというわね」
あたしはふっと笑った。下界と天界は厚い雲で覆われていて見ることはできないのだ。彼はまたあたしに背を向けた。
「なんとなく見えるんだ。それに、別に見えたっておかしくないんじゃないかな」
「よくわからないわ」
ルシファーはあたしの方をむいて、ふわっと笑った。翼と同じぐらい、透き通るように白い肌。大きな、淡い青色の瞳。彼はとても、綺麗だ。
「だって、僕らだって人間と同じことをする。笑って、泣いて、毎日を過ごす。何が違うのかな、ってよく思うんだ」
「それって、侮辱だわ」
あたしは少しむっとしていった。彼は黙っている。
「あたしたちは、むやみやたらと木を切ったりしないわ。海に油を流し込んだりしないわ」
「ここには、海も木もない。あるのは雲だけだ」
ルシファーの声は静かだった。ふわふわと羽を動かす。
「でも、もしあったらあんなふうに破壊しないわ。それに…あなたの言い方だと、神様もあの人間と同じだというの?」
ルシファーは自分の足元の雲をすくった。しばらくそれを眺めていたが、やがて、ふーっと息をふいてそれを散らした。小さな、白いきらきらしたカケラが飛び散る。光が当たって、それは色とりどりの結晶になった。ルシファーは黙ってそのカケラを見送った。彼はいつも、なんとなくもどかしい。
「僕は、全部の生き物は同じだと思ってるよ」
「ルシファー!!」
あたしは思わず叫んだ。彼はゆっくりとあたしを振り返る。表情からは何も読めない。
「なんてこと言うの、ルシファー!!あの方への冒涜だわ!!訂正なさい、ルシファー!!!」
「僕は訂正するつもりはないよ、ミリア。本当のことだもの。あの人は確かに特別かもしれないけど、根本は僕たちと同じだ。楽しかったら笑うし、悲しければ泣く」
「あたしたちを作ったのは誰だと思ってるの?この世界そのものを創造されたのは、一体誰だというの!?あの方じゃない!!あたしたちは、あの方に生み出されたのよ!!」
「そして、最後はあの人によって消される。ちがう?」
「ちがうわ」
あたしの声はかすかに震えていた。彼は一体、何を根拠にそんなことを言っているんだろう。
「ねぇ、ミリア」
ルシファーはふわりと微笑んだ。風が彼の金色の髪を優しくゆらす。まるで金糸のような髪が額にはらりとかかる。
「あの人は、何でここにいるんだと思う?」
「…?どういう意味?」
「あの人も、僕たちと同じで誰かに創造されたってことだよ」
「そんな、まさか…」
「あの人本人がいっていた。自分は創られたって」
「…誰に…?」
あたしは彼を見た。彼もあたしを見た。あたしたちの頭上を、二人の女の子の天使がはしゃぎながら飛んでいく。白い羽が一枚、ふわりとふってきた。ルシファーはそっとそれを手に取った。いとおしそうにそれを見つめる。
「…あの人を創造した人は、もう…死んだ、というのはちょっとへんかな。うーん…もう、話をできるような状態じゃない。きっとその人も、偉大な人だったんだろうね」
ルシファーは羽を高く掲げた。そして、強い風が吹いた瞬間、ぱっと手を離した。羽はひらひらと舞い上がっていく。あたしはただそれを見つめた。高く、遠く、遠く…。
結局、ルシファーのいった言葉の意味はわからなかった。彼の話はいつも、核心に迫らない。
最後は神によって消されるというのは、どういう意味なんだろう。
ぼーっとしながら、魂を眺める。これが、あたしの仕事。魂を見て、善人か悪人かを見極めるのだ。善人は、ここで神に記憶を消され、代わりに翼とあたらしい名をあたえられる。ここにいる天使たちは、皆人間だったのだ。あたしも、ルシファーも。だが、誰も人間だった頃の記憶を持っていない。自分は一体、どんな人間だったんだろう。
「…ア…ミリア!!」
あたしははっと顔を上げる。隣からそばかすの顔があたしを見ていた。エフリ。あたしの友達。
「大丈夫?ボーっとしてるよ」
「ああ、ごめん…なんか、ルシファーと話したら調子狂っちゃってさ」
ため息をひとつつく。目の前できらきらしている魂をじっと見る。どうしてこれで善人か悪人かがわかるのか、と聞かれると、それは自分にもわからない。なんとなくわかるのだ。あたしは手に持っていた魂を悪人の箱に放り込んだ。気難しそうな顔をした男の天使が、その箱をひっくり返す。魂ははるか下へと落ちていく。転生させるのだ。正しい人生を送るまで。
「ルシファーと何話したの?」
「なんか、難しいこと。ルシファーっていったい何なのかしら」
「わからない。ルシファーってよく不思議なことを言うわ」
エフリはせっせと魂を手に取り、すばやく判断していた。一方あたしは、彼女が3個やる間に1個も終わらない。
「それに彼、一日中どこかで座り込んでるわ。よく不思議なこともするわよね」
「うん」
あたしは魂をぽいっと善人のほうに投げる。その魂はゆっくりと神の元へと上っていく。あたしは、その魂を見送った。あの先に、神様がいる。あたしたちは、翼を与えられたとき以外、神には会えない。そう、そのはずなのに…。
ルシファーは神に愛されていた。一番愛されていた。彼は何度も神と出会っているようだった。そして、神と普通に言葉を交わしているようだった。
あのお方の声を、あのお方の姿を、幾度となく見ているようだった。
ルシファーが「負の珠」の前にいた。負の珠とは、人間の「負」の感情、悲しみ、苦しみ、憎しみ、妬みなどをためるためのもの。それらの感情はとても荒っぽく、外に出すと天使たちを切り裂いてしまうのだ。
ルシファーはただそれを見ていた。あたしはなぜか、声をかけるのをためらった。彼が何をするのか、見ていたい。
と、突然、彼がその珠の中に手を突っ込んだ。珠の中の感情が暴れ、ルシファーの肌を切り裂く。白い肌に、真っ赤な血が飛び散る。あたしは息を呑んだ。一体彼は、何をしているのだろう。思わず彼の名を呼び、駆け寄る。
「ルシファー!!何してるの!!?」
あたしは彼の手をつかみ、珠の中から出そうとした。が、あたしは彼の顔を見て思わず手を離した。彼はあたしを見ていた、いや、にらんでいた。いつもは優しい暖かな海を思わせる瞳は、今は冷たく、厳しい冬の海のようだった。
「はなせ、ミリア」
彼はゆっくりと、しかし、厳しく言った。あたしが今まで聞いたことのないような声だった。あたしは思わずあとずさりする。彼はまた珠に、いや、血の流れる自分の手に顔を戻した。
「…血が見たいんだ。邪魔するな…」
あたしはぞくっとした。彼の顔は、あたしが今まで見たことないぐらい、不気味な微笑みに満ちていた。
「え?神と会いたい?」
「はい」
見張りはあからさまにまゆをひそめた。あたしだって無理な願いだとはわかっていた。でも、どうしてもルシファーのことで話をしたかったのだ。
「あのお方は、お前のような小娘には会わん。さっさと帰れ」
「お願いします、どうしても話をしたいんです」
「だめだ。あまりしつこいようなら、羽をもぎ取って下界に落とすぞ」
あたしは唇をかみ締めた。こんなヤツに用はない。あたしが会いたいのは、神様…。あたしは思い切って言った。
「お願いします、ルシファーのことでお話があるんです」
「ルシファー?」
「はい」
あたしは意気込んで話す。
「神様は、ルシファーを深く愛しておられます。彼の話なら、きっと聞いてくださると思うんです…」
「神は今、あなたとお会いすることはできません」
優しい声に、あたしはぱっと振り返った。綺麗な女の人が立っていた。優しい笑みを浮かべている。彼女は優雅にあたしに歩み寄った。
「あなた、お名前は?」
「あ、ミリアです…」
あたしは、彼女の細い腕にはめられている腕輪を見た。とても細かい作りの、美しいものだった。そしてそれは、この天界で身分が高いものにだけ与えられるものだ。あたしは緊張して彼女を見つめた。
「そう、ミリア。はじめまして…私はセフィル。よろしくお願いします」
彼女はゆっくりとお辞儀した。あたしもあわてて頭を下げる。見張りの男は緊張した面持ちで跳ねた髪を撫で付けている。
「あなたは、天使ルシファーのことで、神にお話したいことがあるのですね」
「はい」
「でも、残念ながら、神は一般の天使とはお会いしません。だから、あなたが直接神とお会いすることはできません」
「そう…ですか…」
がっくりした。この人が言うのなら、絶対にムリだろう。どうしても神にはなしたかった。ルシファーの、あの、異様な様子を。
「でも、私ならあなたと話すことができます。そして、私の口から神にお伝えすることができます」
あたしは思わずぱっと顔を上げた。セフィルは優しく微笑んでいた。そして、ふわりと羽を広げた。その辺にいる一般の天使とは違う。普通は2枚羽根、多くても4枚羽根だが、彼女は6枚羽根だった。それはいくつもの色の輝きを放つ、とても美しいものだった。彼女の姿は神々しく、思わず見とれてしまった。
「行きましょう、ミリア。神に直接話したかった位ですもの、ここでは言いにくいことなのでしょう?」
「あ、はい」
セフィルの言葉に、見張りはショックを受けた顔をしていた。いい気味だと思いながら、あたしも自分の2枚羽を広げた。セフィルはそっとあたしの手をとった。とても暖かく、心地の良い感触。このまま眠りたくなるのをこらえて、飛び上がった。
「あの、セフィル様」
「何?」
「あなたは、一体何をされているんですか?」
セフィルはふわりと微笑んだ。その笑顔が、ルシファーの笑顔と重なる。
「私は神の側近です。神の一番おそばにいるのは、きっと私です」
「…うらやましいです。あなたも、神に愛されているのですね」
「とても幸せです。あの人のおそばにいて、愛していただけるのが。あの人は、すべての母ですから。母からの愛ほど、暖かく、心地いいものはありません」
彼女は綺麗な髪をかきあげる。さらりと揺れた髪から、とてもいいにおいがした。
「…一番あの人のお側にいるのは私です。でも、一番愛されているのは私ではありません」
「え?じゃあ、いったい誰なのですか」
セフィルは、悲しげに視線を足元の雲に移した。そして、その悲しげな声のまま、小さく答えた。
「天使ルシファー。神は、彼を最も愛しておられる。あの人が唯一会うことを許す、一般の天使です」
「セフィル様…」
あたしの声の気遣わしげな音に気づいたのか、セフィルは微笑んだ。
「私は、それでもいいのです。あの人のお側にいるだけで幸せです。それに、私はあの人が生み出した、一人目の天使なのですよ」
「…あなたが…」
セフィルの神々しさの意味がわかったような気がした。この人は、神が最初に愛した人なのだ。彼女も、神のことを愛している。自分だけを愛してくれていた神の心がルシファーに移ったとき、彼女はどんな思いだったんだろう。
「あ、ごめんなさい、ルシファーのことで話があるんでしたよね?どうしたのですか?」
「あ、はい」
彼のことを話に来たことをすっかり忘れていた。
あたしはセフィルに今までのことを話した。最後は神に消されるといったこと、負の珠の中に手を入れたこと、血が見たいといったこと…。セフィルは、真剣な面持ちで聞いていた。話し終えると、彼女は複雑な表情になった。
「…最後に神に消されるなんて言うのは、神への冒涜です。本来ならすぐに神にお伝えしてここから追放します…しかし…」
あたしはなぜ彼女が迷うのかわからなかった。やがて彼女は言いにくそうに言った。
「…ルシファーは…そう、神は彼を愛しています…このことを聞けば、あの人はどんなに悲しむか…」
彼女の瞳は迷ってうろうろと泳いでいる。あたしはようやくわかった。セフィルとしては、自分の大好きな人を奪ったルシファーをすぐにでも追放したいだろう。しかし、それは神を深く傷つけてしまう行動だろう。二つの感情の間で迷っているのだ。
「…ミリア。この件は…申し訳ないのですけど…」
「わかっています。神様にはお伝えしないでいただけますか」
セフィルは驚いたようにあたしを見つめた。二つの青い目が、じっとあたしの目を見ている。やがて彼女はふわっと微笑んだ。
「…ありがとう」
「いえ。余計なお手間を取らせて、申し訳ございませんでした。では、私はこれで…」
セフィルはあたしを見ていなかった。どこかを凝視している。あたしは彼女の目線の先を追った。金髪の天使が、ゆっくりと飛んでいった。ルシファーだ。
あたしは彼女の顔を見て、ぞくっとした。セフィルの表情は、さっきまでの優しい笑みからは想像がつかないぐらい、憎しみに満ちた表情だった。
あたしは逃げるようにその場から飛び立った。怖い、怖い、怖い。ルシファーもセフィルも、あんなに優しく笑うのに、あんなふうに影を抱えている。他のすべての天使も、どこかには影を抱えているのだろうか。
50メートルほど離れてからあたしはセフィルを振り返った。彼女はまだ、ルシファーがいた方向をにらんでいた。
決めた。ルシファーと話をする。彼の本心を聞きたい。彼の心の奥底をのぞいてみたい。
あたしはルシファーの姿を探した。彼の金髪は良く目立つので、きっとすぐに見つかるだろう。
案の定、彼はいた。雲の上にたたずんでいる。あたしは急いで彼の駆け寄った。
「ルシファー!!」
彼は振り返った。あたしは思わず立ち止まった。彼は以前見たときと同じような、恐ろしい顔をしてあたしを見ていた。目を見開き、口は固く結ばれている。彼はあたしを見ると微笑んだ。だが、いつもの優しい笑みじゃない。不気味な、暗い笑み。
「なんだ、ミリアかぁ…」
「…ルシファー…何してるの…?」
あたしは両手を胸の前で固く結んだ。手から震えが伝わってくる。ルシファーはますますにたーっと笑った。
「もうすぐ始まるんだ…僕が今まで望んだことが…ほしいものが手にはいる…」
「何が…手にはいるの…?」
聞きたい。でも、聞きたくない。ルシファーはうれしそうに語った。
「全部だよ。全部、全部僕のものになるんだ…」
「全部って…?」
「全部さ。神の地位も、この天界も、すべて、僕のものだ…!!」
あたしは息を飲んだ。彼の青い瞳が、見る見る赤色に変わっていく。血の色。とっさにそう思った。
「君も見てるといいよ、ミリア…。ここを作り変える。神もろとも、全部消してやる…」
彼の背中から、漆黒の翼が6枚ばさっと生えた。あたしは思わず悲鳴をあげ、その場に座り込んだ。ルシファーは満足げにその翼を見、やがてふわりと浮かんだ。彼はあたしを振り返った。嘲るような笑み。
「ああ、君には言ったっけ?最後は神によって消されるって。僕が神なんだよ。みんな、僕が消すんだ」
彼はそれだけいうと、手に入れたばかりの翼を力強く羽ばたかせあっという間に飛んでいってしまった。
あたしはよろよろと立ち上がった。ルシファーが。あの優しいルシファーが。彼が、神を消す…?あの変わり果てた姿を見た神は、一体どう思うだろう。
あたしはがんばって力を入れ、羽ばたいた。神に、危機を伝えないといけない。神が、消されてしまう。
必死で羽ばたき、神の元へと急ぐ。風を切る音が聞こえる。あたしは歯を食いしばった。お願い、間に合って…。
が、その願いは届かなかった。下のほうから悲鳴が聞こえ、あたしは目を落とした。真っ黒い翼が見える。ルシファー。
彼は手に何かを持っている。それに彼がそっと触れると、突然天使たちが切り裂かれ、血が飛び散った。彼が持っているのが負の珠だと気づくのに、少し時間がかかった。彼は、あの中の感情を開放したのだ。天使たちが一人、また一人と倒れていく。
ルシファー。どうして?どうして?どうしてそんなひどいことをするの?一体何があなたをそうさせたの?
大声で泣き叫びたい。ルシファーに、元に戻ってほしい。そう思った瞬間、あたしは下降していた。泣き叫びながら、ルシファーに突進する。彼はあたしに気づくと、にやりと笑い、珠をあたしのほうに向けた。途端、体中が切り裂かれ、鋭い痛みが走った。翼にダメージを受け、雲の上にぱさりと墜落する。あたしは涙を流しながら、上目遣いで彼を見た。彼は笑いながら、あたしを見下ろしていた。
「ミリア、馬鹿な真似はやめなよ。僕は神だよ。誰もかなわない。僕はできれば、君を苦しませたくない。じっとしててよ。すぐに首をはねてあげるよ」
彼はますます笑い、負の珠を高く掲げた。あたしは何とか這って逃げようとするが、思うように体が動かない。
「さよなら…」
珠が振り下ろされた。もうだめだ。あたしは硬く目をつぶった。が、いつまでたってもそれが起こらない。恐る恐る目を開けると、ルシファーは珠を途中まで降ろした格好で固まっていた。何とか上半身を起こしてみてみると、セフィルが彼を押さえ込んでいた。ルシファーは嘲笑した。
「そんなことしてどうするの?あなたには、僕を追放する力はないでしょう?」
「…ええ、ありません。だから、力を持った人を連れてきました」
さくり、という足音がして、あたしはそちらに顔を向けた。一人の女性が立っていた。あたしは思わずつぶやいた。…神様。
「…ルシファー…」
神の声は、深い悲しみに満ちていた。ルシファーは深紅の瞳で彼女をにらんだ。
「…いまさら何のようだい?」
「質問したいのは私です。なぜ…私を裏切ったのですか…?」
「聞くまでもないだろう?」
ルシファーはふっと笑った。
「僕は、今のままじゃ不満だ。だから作り変える。そのために、あなたは邪魔なんだよ…!!」
ルシファーの顔が醜悪にゆがんだ。見たくなかった。彼のそんな顔は。あたしは思わず目をそむけた。
「…ルシファー…今ならまだ許しましょう…改心はありませんか?」
「ない」
ルシファーはきっぱりといった。神は悲しげに目を伏せた。が、すぐに顔を上げ、両手に光のようなものをためはじめた。厳しい表情。
「ならば…天界の神として、天使たちを虐殺したあなたを、許すわけには行きません。天使ルシファー、あなたを永遠に追放します」
「できるのかい?」
ルシファーはなおもあざ笑った。
「そこからその光で翼を切り裂くんだろう?でも、そうしたら、あなたの愛しいセフィルまで切り裂いてしまうんじゃないかい?」
「…ええ、そうです」
神の変わりに、セフィルが答えた。
「…それがなんだというのですか」
セフィルの声は震えていた。ルシファーがさっと青ざめた。彼女が何をしようとしているか、悟ったようだった。
「あなたを追放するためなら、この命のひとつぐらい、神にささげます」
「セフィル様、だめです!!」
あたしは思わず叫んだ。セフィルはあたしを見て、優しく微笑んだ。以前と同じ、包み込んでくれるような微笑。
「いいのです、ミリア…これで…」
セフィルは神をゆっくりと見た。神は複雑な表情でセフィルを見た。あたしはすがる思いで神を見た。お願い、セフィルを殺さないで…。
「…いいのですね、セフィル」
「はい。あなたのために、この命、お使いしましょう」
「正気か!?人のために自分を犠牲にするなんて!!」
ルシファーがわめいた。その顔はいまや蒼白になっていた。
神は目を閉じた。たっぷり10秒ほどそうしていた。そして、ようやく目を開けたのと同時に、光を放った。その光はルシファーとセフィルを包み込んだ。ルシファーの悲鳴が聞こえ、そして、やがて光は消え、何も見えなくなった。
「…ルシファー…セフィル様…」
ぽろぽろ涙が出てくる。二人とも、もう帰ってこない。あたしは、神を恨んだ。もっと他に解決法はなかったのか?神をにらんだとき、あたしは驚いた。
神は泣いていた。大きな瞳から涙が一筋、二筋と流れる。
僕は、全部の生き物は同じだと思ってるよ
ルシファーの言葉がよみがえる。目の前にいるのは、天界の神ではなく、大切な人をなくし、悲しみにくれる一人の女性だった。
天使ルシファーは追放されました。しかし、その間に、一体いくつの物語があったことでしょう。いくつの愛があったのでしょう。いくつの悲しみがあったのでしょう。
何がルシファーをあそこまで変えたのでしょう。なぜ神は気づけなかったのでしょう。
それは誰も知らない、伝説…。
fin
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2004/09/21(Tue)20:26:15 公開 / 渚
■この作品の著作権は渚さんにあります。無断転載は禁止です。
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■作者からのメッセージ
こんばんわ。渚です。
なんだかいまいちわけのわからんものになってしまいました;神話の中にも、きっといくつもストーリーがあるだろうなーと思ってかいたものです。
書くのにめちゃめちゃ時間かかりました;ほぼ一週間かかりました;自分はここまで時間かけて短編書いたのは初めてです。
意見、感想等お待ちしております。