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『RPG汚染計画』 作者:瀬戸文哉 / 未分類 未分類
全角11146文字
容量22292 bytes
原稿用紙約35.3枚

「慎がね、今日来ないかって」
 春風に窓際のカーテンがはためく。うららかな小春日和を迎えたとある中学校の二階、もうすぐ夏だというのにお日様がこちらを向いて元気に笑ってくれる日はなかなか訪れない。
 お手洗いから出てきたばかりの美乃は、心地良い風にのって耳に届いた異性の声に驚いて、手元のハンカチを落としてしまう。
「……はあ?」
 美乃は落ちたハンカチを拾い上げ、声をかけてきた同級生の男子に怪訝の眼差しを突き刺す。
「トイレの前でなんなのよ、一体」
 明らかに怒っている様子で、美乃はハンカチをポケットに入れながら文句を言う。そんな美乃の態度に動じることなく男のほうは頭を掻きながら繰り返す。
「だからさ、慎のやつが今日家に来てほしいんだって」
「うざー、適当に断っといてよ、來哉クン」
 そう言ったが最後、美乃は異臭漂う場違いなシチュエーションからすたすたと逃げ去る。女子トイレの前に残された來哉は、周囲の女子の視線を感じながら美乃と同じ階段を下っていく。
 
「頼むよー、俺だって困ってるんだよー」
「そんなこと知らないわよ」
 下校のチャイムが学校中に響く中、美乃は早く家に帰って見たいテレビがあったので、一段ずつ飛び越して階段を下りる。その後ろからは、しつこく來哉が一段抜かしで追ってくる。
「すぐ終わるみたいだからさ、な? 頼むよ」
 一階までの段差を下りきったところで、美乃は両足をぴたりと止める。來哉が少し期待を膨らませると、その期待を見事に砕くような顔つきで振り向く美乃の顔がそこにあった。
「しつこい、バカ、変態、もうつきまとわないで!」
 下駄箱前に怒鳴り声が響く。何事かと見守る周囲の生徒の視線を振り切って、美乃は長い髪をなびかせて玄関から走って逃げていく。周囲の生徒からはどよめきが起こり、今度は來哉のほうに蔑みの視線が送られる。
「なんで俺が――」
 來哉はがっくりとその場に腰を落とし、何かに負けてしまった気分に浸る。囲んでいた野次馬も次第に玄関から各々の家路についていく。

 美乃は玄関の外で待っている予定の友人の顔を捜す。
「あっ、みーのー!」
 その声に反応して、こちらに大きく手を振る馬鹿みたいな生徒を発見する。中学生とは思えないあの馬鹿っぷりは私の親友の明に間違いない。
 制服のスカートをはためかせてこちらに向かってくる明は、男子生徒の視線と一緒に美乃の前で急停止する。息をきらせた頭の悪い友人を見て、美乃は少し笑顔がこぼれた。
「ごめんあかり、早く帰ろ」
「うん、そーだねー」
 しかし明は、その場から一歩踏み出そうとはせず、美乃の目をじっと見つめる。それは、わずか五メートルの距離を全力で走って疲れたせいではなく、まさに今思い出した大事な伝言があったからだ。
「そーそーみのちゃん、あのね、慎くんから伝言!」
 美乃の中での究極のNGワード『慎』という名が出ると、美乃は突然顔色を曇らせて、親友の明にでさえ険しい表情を向ける。
「いーいー、そんなの。どうせウチに来いとか、そんな事でしょ」
「当ったりー、よく分かったね」
 少しは不正解であることを期待していたが、見事に正解してしまった美乃は賞品として小さなストレスとため息を頂いてしまった。
 慎といえば、クラスイチのゲームマニア。いわゆる引きこもりのオタク少年といったところか。あいつとまともに会話なんてしたこともなかったし、したくもなかった。第一顔すら会わせない日だってあるというのに、どうやら彼は私の事を好いているらしい。これだけは確かな事実であると同時に、最悪な現実として美乃に永遠につきまとって離れなくなった。
 來哉から初めてこの事を聞いた日には、気分が悪くなって学校を早退した。あのゲームオタクが、あのRPGの話しか出来ないやつが、あの陰気な引きこもり男が、自分のことを好きになった。その事実は美乃の小さな乙女心をひどく痛めた。
「じゃあさ、今から行こっか!」
「んー……はぁ?」
 美乃は間抜けな声を出して、明の発言を確認する。
「行くって、まさかあの慎の家に?」
 何故かその質問には答えずに、明は美乃の手を引いて校門に向かって突っ走る。 行くとも言ってないのになんか行くことになってるこの状況に、美乃は慌てて明の手を振りほどく。
「ちょっとー、私は行く気なんてないわよ! だいたい――」
 手を振りほどかれ、きょとんとして見てくる明に調子を狂わされ、少し落ち着きを取り戻した美乃。腕を引っ張られて乱れた制服を整えながら、美乃は続ける。
「だいたい、なんであかりまで行く気満々なのよ」
 美乃としては考えられない明の行動に突っ込むが、逆に明のほうが「なんで?」という顔をし、結局美乃の疑問はことごとく解決されぬまま再び腕をつかまれる。
「とにかくっ、行こうよ」
「ちょ、ちょっとぉ!」
 せっかく綺麗に整えた制服は、まただらしなく形を崩す。美乃はもうあきらめて明の案内に従うことにした。
 ――とりあえず、挨拶だけして即行で帰ろう。急げばドラマには間に合うかもしれない。

 美乃は、きっと最初で最後になるであろう、慎の家の前に立った。
 意外と学校の近くにあった慎の家は、意外と豪華で、意外と大きくて、一人っ子のはずの慎には絶対的に勿体ない環境だと思った。家に対してなら、と美乃は慎の家に嫉妬する。決して慎に嫉妬しているわけではない、と自分の心に言いきかせながら。
 引きこもりの類は金銭面では恵まれているとよく言うけれど、豪邸と呼んでもおかしくないほどの家に生まれておいて、狭い部屋の中で生きるなんて勿体ないなあ。ま、どうでもいいか、と美乃はこれ以上慎のことについて考えることを強制終了させる。
 隣に立っている明も慎の家を見たのは初めてらしく、目の前の豪邸に目を光らせる。
 美しい装飾が施された玄関の向こうに視線をやると、庭師らしき人が広い庭一面に茂る木々や草を丁寧に手入れしている。いかにも無愛想な庭師らしき男は、黙々と手を動かしまるで機械のように同じ作業を繰り返していた。
「早く入っちゃえよ」
 ぼーっと眺めていた二人の背後から、トイレ前で会った顔がのこのこと現れる。
「何しに来たのよ」
「いやいや、ちゃんと慎の家に行ってくれるかどうか確かめないと――」
「あれぇ? 來哉くんも慎くんちに用があるの?」
 事情をいまいち知らない明は、てっきり來哉も慎に会いに来たと勘違いしているらしい。明の低脳ぶりを見て、美乃はとても面白いことを思いついた。
「そ、そうなのよ! よく分かったじゃない、あかり。ねぇ、來哉クン?」
「は? なに言って――」
 來哉は美乃の罠に掛けられているとも知らず、何の抵抗も出来ずに腕をつかまれる。
「じゃあ、一緒に入ろうっ!」
「えっ、えー? な、ちょっと……」
 明は來哉の腕をぐいっと引っ張って、玄関前まで連れて行かれる。明が門の装飾から呼び鈴のボタンを見つけると、人差し指で連打する。思いっきり指を突き動かしながら、來哉に合図をしてインターホンの前に立たせる。
 來哉を罠にかけた喜びを顔一面に広げながら、にやけ笑いが止まらない美乃は來哉の横で楽しそうに待つ。美乃のいやらしい視線を感じながら、來哉はインターホンの中から飛び出した声に身を怯ませる。
『やあ! よく来てくれたね。さっそく中に入ってくれ!』
 まるでアニメの声優のような声が聞こえたかと思うと、重々しい玄関の扉が勝手に両開きしていく。三人とも自動で開く扉なんてデパートでしか見たことがなかったので「おー」という驚きの声を一斉に上げ、扉の奥の光景が目の前に広がる。先程遠くから少し覗いたのだが、玄関をくぐると溢れんばかりの緑、花と木のコンチェルトに空の輝きが調和し、一般家庭の庭とは思えない異様な豪華さをむき出しにしていた。こんな素敵な場所が寂れた田舎町の中にあったとは、とその場にいた誰もが思った。緑の平面を真っ二つに区切る白と黒の石が、家の扉に向かって一直線に伸びて、訪問者を導く道としての役割を堂々と全うしていた。
 その道しるべに従いながら、美乃を先頭に謙虚な足取りで扉へ向かう。
「うへー、びっくりするほど豪華なうちだね!」
 庭師に大きな声で「おじゃましまーっす」と声をかけて(庭師はこちらににこりと微笑んだだけで挨拶は返してくれなかった)明は來哉の背中を押してずんずん進む。
「はやく入ろうよ、はーやーくー!」
 明らかに『お邪魔している』存在の明は、他人の邸宅だろうと関係なく、はしゃぎながら二人の背中を腕で押していく。二人とも明の勢いに押されて、ついには玄関の扉に体ごと突っ込んでしまった。
「ばか、どじっ。少しは謙遜したらどうなの?」
 当然のお叱りを受けた明は、両手を合わせて「ごっめーん」とまるで反省の素振りも見せないお決まりのポーズ。美乃はこのポーズを何度見てきたことか。
 來哉も何か言いかけたが、言葉が出る前に目の前の扉が開かれた。中から出てきた顔は、不思議そうに首を傾けて三人を見つめる。
「何やってんの? 早く入ってよ」
 そう言って、豪邸の主の一人は扉を全開まで広げて客人を招き入れる。

 本日の主役、慎は庭よりも広く感じるエントランスの中央で、ニコニコと笑いながら腰に手を当てて三人をなめまわすように見る。
 異様な空間をかもし出しているエントランスに、三人は言葉も出なかった。硝子張りの大きな天井がかなり高いところから見下ろしており、左右からは見たこともない不気味な像が槍や剣を構えてこっちを見ている。ここは本当に日本なのかと疑いたくなる。
 宮殿、王城という単語が頭に浮かびながら、美乃は慎の手が近くの扉を指しているのに気付く。
「こっち、こっち」
 慎は何かカードのようなものを壁に刺し、小さな機械音がしたかと思うと扉がゆっくりと開き始める。こんなドア、見たことない……ホテルの個室ですらドアノブで開けるというのに。
 美乃と來哉はぽかーんと棒立ち状態のままで、自分の身長の二倍以上はある銅像にぺたぺた触っている明のはしゃぎ声が、エントランスの広い空間にエコーしていた。
 まったく、慎のやつ――なんていい暮らししてんのよ。むかつく。
 やがて美乃は自分がここに来た目的を思い出し、はしゃいでいる明をとっ捕まえる。ぼけーっと天井のシャンデリアを見上げている來哉にも肘打ちし、慎が入っていったすごいドアへ二人を連れて歩き出す。
「なんだか、落ち着かないね」
 明がぽつんと呟く。あんたの場合はいつも落ち着いてないでしょ、と心からの突込みを入れながら、段差を跨いでドアをくぐる。

 中は意外と普通で、來哉の部屋とも大差ないほどの普通な中学生の部屋だった。壁にはポスター、ベッド横にはゲーム機やマンガの棚、CDコンポなど、特に疑問もわかないような部屋。ただし、慎がそんな普通の生活をしているはずがなく、壁に貼られたポスターなどは、やはり、といった内容のキャラクターばかりでいっぱいだった。美乃はこの時点でかなり退きはじめていた。
 慎はベッドの枕元に置かれたゲーム機を引っ張り出し、からまったコードを解き始める。
 お構いもなく部屋を物色し始めた明は、妙な猫の置物に興味を持ち、手に持ってみる。物の怪のようなリアル猫人形は明の手の上に乗ると『あいよー、ナイスフォロー!』と意味不明な電子音声を発し、右手をぎこちなく回転させた。明はビックリして猫人形をベッドに放り投げるが、慎はコードに神経を取られていたので何も気付かない。明は何事もなかったかのように猫を戻すことなく他の人形に目を付け始める。
 無言の時間が流れる。なんとなく気まずい雰囲気だったので、美乃は勇気を出して自分から発言してみる。
「あ、あのさ……どこに座ったらいいかな」
 コードに苦戦していた慎は、ちょっと嬉しそうに答える。
「どっこでもいいよー、座布団とかなくてごめんね」
 と言いつつ、ちゃっかり目の前には四人分の椅子。座布団がなくて腰掛があるとは、一体どういう部屋なのだろう、ここは。
 美乃は來哉と顔を見合わせながら、椅子に座る。明はしばらくポスターのアニメキャラに見とれていたが、すぐに飽きてもう一つの椅子にトスンとしりもちをつく。
 慎はぶつぶつ文句を言いながらコードを解こうと頑張っている。本当に自分達は何をしに来たのだろうか、とふいに空しい気持ちになった。隣で無邪気に笑う明が少し羨ましくなって、気分が沈む。
 慎がモタモタしているのを見て、場を和ますように來哉が話題を提起する。
「そ、そーいやさぁ、RPGのゲームって面白いよなー?」
 顔が引きつったまま発言する來哉の頑張りに、美乃も協力する姿勢を見せる。
「う、うんうんっ。でもさー、RPGって何の略なんだろうね、ね?」
 コードの接続段階に取りかかっていた慎も興味を示しはじめる。
「そんなのも知らないのかよ、みんなー」
 慎に小馬鹿にされて無性に腹が立った美乃だが、來哉の目配せになだめられてなんとか平静を保つ。
「ど、ど忘れしちゃうよね、こういうのって。なんだっけ、RPGって」
 美乃の目配せ返しを受けた來哉は、少し冷や汗を流しながら答える。
「えーっと、えー……あ、そうだ! 思い出した、あれだ」
 來哉が声を張り上げるので、今まで無視して部屋を眺めていた明も、正解を期待している美乃も、まるで人を試しているような気分に浸っている慎も息を呑んで來哉を見つめる。
「RPG――乱暴、パンダの、拷問じゃないか!?」

――期待した私が馬鹿だったわ。


 【乱暴パンダの拷問】

 モップを片手に、今日も力也は清掃アルバイトに力を注いでいた。
 力也の夢、動物園で仕事をするという小さい頃からの望みは、アルバイトという形ではあるもののついに叶った。叶ったから達成感が沸き起こるというわけでもなく、力也は毎日を平凡に過ごすこととなった。
 夢を持つときは、叶った後のことも考えなければならないという今更どうしようもない教訓を教えられた力也は、夢と現実の壁に寄り掛かる毎日を何の刺激もなく繰り返していた。
 いい加減、力也はこの仕事をやめようと思った。しかし、動物園は今までずっと変わらず持ち続けた夢だったので、他にやりたいことがあるかといえば何もなかったりする。フリーターより平凡な仕事はないな、と力也は動物園から離れることはなかった。
 人生に退屈さを感じるようになると、人間は衰退していく。川辺に乗り上げた魚のように、力也は夢に辿り着いたことで何もかもを失ったような気がした。
しかし、そんな力也の人生観もある動物のおかげで大きく捻じ曲げられることになる。
 それは、運命的な出会い。
 かつてないほどの登場シーンで、そいつは現れた。
「あ、ども」
 力也は、横にいた従業員の男に突然声を掛けられた。
「どちら様ですか?」
「この度こちらに左遷されちゃいました、パンダのクンクンです」
 良く見れば、男は人間の姿をしているものの顔は真っ白で黒斑模様が施されていた。言われてみればパンダに見えなくもない。が、あくまで根は人間であるという前提の話ではあるが。
「そういえば、園長がパンダ来るよみたいな事言ってましたけど、アナタだったんですね」
「いや違います」
 なんだ、違うのか。と少し期待を裏切られて力也は仕事に戻る。
 力也がパンダの部屋を掃除していると、パンダの数が減っていることに気がついた。
「あれ、リンリンがいない……」
 力也は小屋の隅々まで探すが、結局見つけられずに昼食のチャイムを耳にする。
 食堂へ着いた力也は、さっきのパンダ男に声を掛けられた。
「お前、どっち派?」
 新人の馴れ馴れしい態度に腹を立てながらも、素直に答える。
「ピーナッツかな」
「僕はキャラメル派ですよ」
 何が言いたかったのか分からず、パンダ男は消え去る。
 やがて席に着いた力也の前に、豪華な昼食が配られる。今日はいつもより豪華で、大皿に堂々と乗せられたパンダの丸焼きを、パンダの骨から取ったスープやパンダの内臓などが取り囲んでいる。
「そういえば、リンリンはピンクのリボンをしてたっけ」
 メインディッシュの丸焼きに添えられたピンク色のリボンを見て、力也は思い出しながら呟く。
 昼食を終え、力也はゴミ収集場へと向かう。


「っていうのが、RPGなわけで」
 もの凄く中途半端に終わった、來哉の『乱暴パンダの拷問』解説により部屋にはわりと冷めた空気が吹き込んでいた。
 フォローしがいのない暴走気味の來哉の小話に、美乃は呆れを通り越して引き攣り笑いが止まらなかった。
「へぇー、そうだったんだ! 意外と物知りなんだね、來哉くんって」
 明だけは面白がって話を聞いていたらしく、理解困難な來哉の物語を非常に楽しんでいたようだ。明の発言が続く。
「あたし、てっきりRPGって英語の省略かと思ってたけど、意外と日本語混じりだったりするんだね!」
 ひどく的を得た意見に、美乃はどうしてそこに気付かなかったのかと反省する。來哉も今の今まで気付かなかったようで、今までの語りは『ただの馬鹿な作り話』となってしまった。元々誰も(明を除き)正解とは思っていなかったのだが。
 明の注意を踏まえて、美乃もRPGの意味を考案してみる。
「えーっとじゃあ……なんだろう、英語ってことは――」
 美乃は既習範囲の英単語を必死に引っ張り出して、RPGをつくる。
「ら、ラジオ、プログラム、じぇねれーしょん?」

 ――じぇねれーしょんって、なんだっけ?


 【radio program generation】

「ハァーイ! 今週もこの時間がやってきたよお!」
『昨日もやったばかりですけどね』
「シャラップ、この際あんまり耳痛な突っ込みは流す方向で行くんでー」
『あ、ジュースこぼした』
「コラ、バカやってないでよミスターラビッチョ。それじゃ早速、タイトルコール行っちゃうよお!」
『見て下さい嶺崎さん、ブラウスがオレンジジュース色に』
「リスナーに伝わりにくいことはやめような、プリンセスラビッチョ」
『そういえば今嶺崎さん、私のことミスターラビッチョって呼びませんでした?』
「そうかい?」
『言いましたって。ミスターって。ていうか私は女性ですよ?』
「シャラーップ! 耳痛コメントは無視するって今言ったじゃーん」
『そうやって自分のミスをさらっと流すのほんと困ります。皆さーん、私は女ですよー!』
「自分で言うなよ」
『私が言わなきゃ誰が言うんですかっ!』
「さて、自己主張の強いコメントが出たところで、タイトルコールを――」
『カンペ見て下さいよ、嶺崎さん』
「ん? あっ、もうちょっと引っ張れってことね」
『ラジオだからって内部事情さらっと晒さないで下さいよ』
「最近のバラエティ番組なんてカンペ出しまくりだべ?」
『まぁ、そうですけどぉ……』
「カンペは見るためにあるもんだしな」
『多分隠れて見るためのものだと思いますよ』
「俺は逃げも隠れもしない性格だからなー」
『また大嘘を……』
「昔さー、友達とかくれんぼした時に、夏目漱石拾ったんだよね」
『紙幣なんてその辺に落ちてるもんなんですか、小銭はたまにありますけど』
「千円札じゃねぇよ、人間のほうだよ」
『えっ! もしかして、夏目漱石さんを拾ったんですか?』
「ん、なんかプロデューサーさんからタオル届いたよ」
『あーっ、ありがとうございますー渡瀬プロデューサー』
「生放送中にジュースこぼすなんて初の試みだな」
『そうですね』
「よし、オーケーが出たみたいなんで改めてレツゴーしちゃうよ!」
『はい』
「嶺崎」
『緋草の』
<ラジオ・プログラム・ジェネレーショーン!!>
「と、いうわけでですね、今週も始まったわけですが」
『冒頭でも言いましたね』
「パーソナリティは私、ファッション界のカリスマ篠崎と凡人緋草ちゃんでお送りしているわけなんですが」
『粗末過ぎる紹介にはうんざりです、緋草はこう見えても声優なんですよ』
「まぁまぁ気にしないでプリンセスラビッチョ、ところで最近なんかあった?」
『イキナリですね。番組的に振りとか欲しいところなんですが』
「答えられないならそれはそれで番組的にいいんですが」
『おいおい』
「じゃあなに、ラビッチョは何の変哲もない毎日を生きがいとしているわけ?」
『そんなことはないですよ、昨日だって昼間から友達とテニスやってましたし』
「おっ、なんだあるんじゃーんテニスネタ」
『ネタって』
「そういやさ、何でテニスっていきなり15対0になるんかね」
『それは……うーん、なんでだろう』
「一回で15点も取れると、気分的に盛り上がれるとかそんな理由?」
『スポーツマンシップですね』
「つーか、無難に時計の針で表現してたとかじゃないの?」
『あ、それなんか聞いたことありますよ。15分で90度針が動くからとか』
「三時なんだから3点でもいいと思うけどな」
『そこはやっぱ、気前良く得点するための創始者の考えがあるんじゃないですか』
「テニスを作った人物は偉大ということか」
『深いですね』
「俺は最近一番の出来事はねー」
『嶺崎さんビビッドだから、こういうネタいっぱいありそうですよね』
「うーん、やっぱあれかなぁ」
『なんですか』
「ラビッチョがジュースこぼしたりとか」
『…………』
「さ、今日はなんと豪華なゲストが遊びに来てくれておりますー」
『みたいですねー、横でスタンバってますよ』
「そう、なんと今日のゲストはー、今話題沸騰中のピアニスト、イギリスの泣かない金魚バチことアニー・グリーンさんの予定だったんで・す・が!」
『え』
「なんと、アニーさんは欠席。ということで」
『うわ、もしかして出演依頼蹴られたとかですか?』
「いや、指が車のドアに挟まって身動きが取れなくなったらしいよ」
『それ、早く救急車呼ぶべきじゃないですか?』
「まーそんなことはどうだっていいや、今日のゲストは欠席のローズさんに代わりまして」
『名前変わってる、ピアニストのアニーさんでしょ』
「うっ、耳痛っ!」
『……ごめんなさい、続けてください』
「はい、ではいよいよゲストに登場してもらいましょうか」
『そうですね』
「今日のゲストは、たまたま近くを通りかかっていた幸運なお笑い芸人さん、巷でブレイクしているらしい銀髪の天使こと、髭三郎さんです!」
『はくしゅー』
〔どうもー、初めまして。髭三郎で、ありますひげー〕
「シュールですねー」
『シュールですね』
「と、どうやらここで放送時間が残り少なくなってまいりました」
『うわ、あんなに引っ張っといて巻き指令出してますよプロデューサーさん』
「そもそも放送時間がプロデューサーの気分次第ってのが間違ってると思うんだけど、そこんとこどうよ髭三郎さん?」
『いや、番組裏事情ネタを振られても困るでしょうに』
〔そうですねー、もっとアンケートとか積極的に行うといいんじゃないかと思うで、ありますひげー〕
「おぉ、素晴らしいコメントを頂きました」
『このシュールさはどうにかなりませんか』
「と、いうわけでそろそろお別れの時間です」
『カウントダウンの合図出てますね、プロデューサーさんご苦労様です』
「それではリスナーの皆さん、また六十秒後にお会いしましょう!」
『まるでコマーシャルに入るみたいなテンションですね』


 美乃はそんなようなやりとりを想像しながら、ゲームとは無縁ということに気付く。
「おいおい、なんでゲームにラジオが出てくるんだよ」
 來哉の突っ込みにより後悔を募らせながら、自分の失敗を流す意味も含め、慎に改めて訊き直す。
「ね、ねぇ。実際のところ、どうなの?」
 救いを請うような眼差しを向けられた慎は、接続準備が完了したゲーム機を置いて美乃の隣の席に腰を落とす。
 コントローラをみんなに配りながら、慎はテレビの電源を入れて美乃に微笑んでみせる。
「RPGっていうのはさ」
 テレビにゲームのオープニング画面が映し出される。うきうきしながら画面に見入っている明や、コントローラの握り方に苦悩している來哉をよそに、慎は嫌というほどに笑みを湛えた顔で美乃に寄り添う。
「ラブリーで、パーフェクトな、ジェントルマン。つまり僕のことなんだけどね」
「ばかばかしい……」
 期待を裏切られた回答にいらいらしながら、美乃は執拗に接近してくる慎から椅子ごと動いて距離を置く。慎はそれでも笑いながら美乃に迫ってくる。
 いい加減慎の横柄な態度に我慢しきれなくなった美乃は、ついに椅子から立ち上がって慎を睨みつける。
「迷惑なのよっ! ゲームなら一人でやってればいいじゃない、私たちを巻き込まないでくれる?」
 声を荒げて慎を怒鳴り倒す。あまりの狂い様に驚いて椅子から派手に転げ落ちた慎は、鋭い形相の美乃であろうと、笑顔を絶やさない。無神経にも程がある。
「あーもしかして、このゲーム嫌いだったとか? じゃあ別のやつに――」
「私、帰るっ」
 美乃は手に持ったコントローラを強く床に叩きつけ、踵を返して部屋を飛び出していく。
「おい、待てよ!」
 明らかに怒っている美乃を心配し、來哉も追いかけるように開け放たれたドアをくぐって消えていく。
 いくら鈍感な明でもこればかりは二人の異常に気付き、慎に捨て台詞を残して部屋を立ち去る。
「ラブリーって、確かRじゃなくてLだよ」


 気付けば、自分の部屋の自分の布団にくるまって涙を流していた。
 どうやってあの豪邸を出たのかさえ記憶に残っていない。でもそんなことはどうでも良かった。
 どうして涙が出るの? どうして私のほうが傷ついたみたいになってるわけ?
 私がどんなことを言おうと、慎はきっと私のことを嫌いにならないだろう。
 むなしい。
 人に好かれることより、人に嫌われることのほうがつらいなんて。
 これほど邪魔な存在があっただろうか。
 消したい。
 今すぐ私の記憶からあの男を抹消したい。

「ミスターラビッチョ、最近で一番ショック受けたことってなんかある?」
『また唐突ですね、ていうか私はミスターじゃありませんって』
「敬意を表しているだけだからさ、気にするなって」
『んー……じゃあ最近のショッキングはそれで決まりです』
「あ、ショックだったの?」
『そりゃ傷つきますよ! 嶺崎さんは女性の心が分かってませんっ』
「すまん」
『え、いや、そんな普通に謝られるとこっちも困りますよ、えーっと』
「つーか聞いた話だとさ、つらい事があればそれと同じ分だけ嬉しいこともあるらしいよ」
『幸せは全人類平等ってやつですね』
「そうそう、だからあんまりくよくよしてないで、新しい道を突き進めってことだ!」
『なかなかイイこと言いますね、嶺崎さん』

 頭の裏のほうでまたあのラジオが聞こえてくる。
 ――自分が作った仮想物語に励まされるなんて。
 そう思いながら、美乃はベッドから手を伸ばし、机の上にあったノートとペンを手に取る。
 ノートの一番最後のページをびりっと破り、ラジオの会話をそこに書き取り始める。
「んー」
 書き始めたは良いが、そのペンはすぐに止まってしまう。
「ま、いいか。変えちゃおう」
 美乃は知識不足で書き出すことが出来なかった英単語を、無理矢理別の言葉に書き換えてタイトルを完成させる。
 すらすらと書き上げられたその題字は、美乃の心に戒めと決意の力を与えた。


   RPG 【Radio Program Go to the next!!】

2004/09/20(Mon)19:17:13 公開 / 瀬戸文哉
http://aa4a.com/cochipotato/
■この作品の著作権は瀬戸文哉さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
初めまして。初投稿させていただきます、瀬戸文哉です。
どうぞ宜しくお願いします。
そして私の拙作を最後まで読んで下さった方、本当にありがとうございます。
こういう短編のライトノベル系物語は初めてでしたので、いろいろまとめるのに苦労しました(果たしてまとまっているのかどうかさえも……^^;)
もし良ければ、未熟な私に厳しい批評をお願いします。
どんな酷評にも耐え抜いてみせます、きっと。宜しくお願いします。
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