- 『それなりの…』 作者:蘇芳 / 未分類 未分類
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全角3903.5文字
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原稿用紙約14.7枚
「別れよう」
デートの場所は決まって高架の下だった。
デートの時間は決まって深夜だった。
「…なんで?」
なんで高架の下か。
警察の見回りが無く、人も近寄らないから。
なんで深夜か。
お互いが見えない分、大胆になれたから。
「このままじゃ、プラスにならないよ。お互いに…」
いつからプラスマイナス考えて恋愛するようになったか。
「…いやだよ……」
いつからか分からない。
ただ抱き合って、キスして、手をつないで。
たまにエッチな事をして。
ただお互いが求め合うだけじゃ、プラスにならない。
そろそろ、次へ進まないと。
その次が何なのか、それは俺にも分からないけど。
高校一年で付き合って、将来のこと、結婚まで考える奴は少ないと思う。
もちろん自分もそうで、結婚とか一切考えていなかった。
でも、ふと考えてみれば。やっぱり利害関係の話が持ち上がってきてしまう。
高架の上をトラックが通った。
ゴォォォォという音が、高架の下に大きく響いた。
「…ごめん」
「謝らないで…」
「…本当に、ごめん」
謝らないで。
ごめん。
永遠とも思えるような時間。意味のない反復。
高架の下は、やたらと五月蝿かった。
覚えているのはトラックの音、佐奈の涙。
七月三十一日、午前2時40分ごろの。
忘れもしない、あの日を。
机に伏して瞑目。まぶたの裏に浮かぶは君の顔…な訳無いか。
八月の五月病に苛まれながら、椅子に座ってうつらうつら。目を瞑れば自分の世界へ旅立てる。
でも出来ない。慣れない体勢で寝るということもあるけど、なぜか寝たら勿体無い気がした。
学校が始まって二日くらい。それなりに無関心に過ごしているので、正確な日にちも定かではない。
別れて夏休み終了までの三週間。
電話は無し。メールも無し。
向こうからも、俺からも。
一方的に振った。いや、あの場合は捨てた、の方がしっくりくる。
俺はスッキリした。そりゃそうだろ、煩わしくなって捨てたんだから。
でも向こうは…止めよう。もう終わったんだから。
「……」
机から体を起こして、大きく背伸びをする。
「…あー……」
そう言って割り切れたら、どんなに楽だろうか。
そこまで大人じゃない。いや、大人になったら割り切れるかどうかは別問題だ。
大人になったら考え方が変わるわけじゃない。余程の事があれば変わるかも知れないけど、大多数に余程のことは起きない。
いつまで経っても自分は自分で、他人は他人な訳らしい。
らしいというのは、かなり前に読んだ本に書いてあったからだ。
実際に確認したわけでもなく、かなり怪しいところだが。
とりあえず捨てたのに、頭の中はスッキリ。
自分が良ければ終わり。他人なんか関係無し。
「あー、畜生、最低……」
独白。空気に向かって愚痴をもらす。
空気は肯定も否定もなく在り続けて、相も変わらず俺を傍観。
空気が羨ましい。
何をするでもなく、ただ存在するだけで必要とされる。
俺もいつかは、そうなりたい。
でも無理だろうな。
空気は生きていくために必要で、無ければ困る。
俺は生きていくためには不必要で、無くても一切困らない。
未練タラタラ。
そんな自分がダセエ。
再び伏して瞑目。自分の世界へとダイブ。
意識は無意識へと落ちて、曇天へと吸い込まれて行った。
肩を叩かれる。無視。
頭を叩かれる。無視。
揺すぶられる。無視。
何をしても起きませんよ、私は存在しませんよ。
だからオメエも消えろタコ。
「はぁ…ダメ、起きない」
どうやら客人らしい。
鬱陶しげに目を開け、体を机から起こす。
手を前に突き出して背伸び。背骨からは不吉な音が。ゴキゴキメキメキ。
「あ、起きたか。ユウ、客。佐奈ちゃん」
「……」
眠気に支配された頭は現実へと。気まずそうに目線をずらせば、そこにいるのは愛しの背の君…だった人。
「ちょっと…話」
「……」
頷いて了承。時間を見てみれば始業五分前。
授業はサボるか、それとも五分以内に終わる内容か。
どちらでも良い。この蟠りを解消してくれ。
席から立ち上がり、起こしてくれた人物の肩を叩いて礼をする。
ニヤッと笑って親指を立てる。
顔面に「がんばれ!」と書いてあった。激励ご苦労、地獄に落ちろ。
つかつかと歩き、教室の入り口へ。
茶味がかった長髪に、甘く香る香水。
色素の薄い肌に、おなじく薄い眼の色。
小さく整った輪郭に、バランスよく配置されたパーツ。
「佐奈…」
別れを告げたはずなのに、あの時泣いていたはずなのに。
佐奈は平然とした顔で、俺の教室へと現れた。しかも名指し。
…刺されるかも。
「…屋上、行こ?」
そう言って、俺の背後をチラ見する。
何人かのチャレンジャーが、興味津々といった様子で眺めている。
帰ってきたらぶち殺す。目でそう言って、教室を後にした。
屋上は風がすごかった。
髪の毛は横に流れ、ネクタイが風にたなびく。
佐奈のスカートは風に吹かれ、その華奢な白い脚が外気に晒される。
見えそうで見えないチラリズムの探求は、この際だから無視しよう。
佐奈が髪の毛を鬱陶しそうに押さえて、屋上をぐるりと見回す。
何もない。
あるのは予備電源施設に、貯水タンク。そしてどっかのバカが食い散らかした、スナック菓子の袋。
「なんで別れるの?」
唐突。言いよどんだ。
それは七月三十一日に言ったはずだ。
そしてお互い、ざっくり傷ついたはずだ。
「お互いプラスに、」
「そんな理由じゃない!!」
シン、とした。風を吹き止まない。
相変わらず髪の毛は風で流れて、ネクタイは風にたなびいている。
佐奈の白い華奢な脚は外気に晒されていて、髪の毛は風に流れている。
佐奈の両手は、何かを抱くように胸の前で合わせられてる。
「なんで!? 私に悪いところあった? それなら直すよ!! だから…」
佐奈は両手で顔を覆い、
「だから…嫌だよっ…別れたくないよ……」
搾り出したような声だった。
震えている。涙に濡れている。
「ごめん…」
また、だ。
「ホントに、ごめん…」
謝るしかできない。謝る以外に方法を知らない。
頭の悪い俺が延々と反芻する言葉。今の状態で、こんなに無力な言葉は無いと思う。
でも、それしか出来ない。
頭の悪い俺には、それしか浮かばない。
それが無意味な反復を繰り返すことを予測しながらも、俺は謝罪の言葉を並べつづけた。
だが、
「謝らないで!! 謝れば終わりなの!? ユウにしたらそれだけなの!?」
俺の言葉を遮るように、佐奈の叫びにも似た声が、俺の考えを転覆させた。
謝れば済むのか、佐奈の声はそう言っている。
屋上に響くことなく、佐奈の声は空に消えた。
でも俺には届いていた。
届いて、俺を切りつけていった。
それは鋭利な刃物で斬りつけられて、痛い。
「だったら…だったら、どうしろってんだ!? もっかい付き合うのか!?」
声を荒げる。痛みに耐えれずに、声を荒げる。
単に言われっ放しがムカついたのか、それとも本当に痛いと思ったのか。
思いは言葉として、口を介して佐奈に投げつけられる。
佐奈は身を震わせて、その顔に怯えの色を浮かべた。
「俺は嫌だ、もう終わったんだぞ? 俺から捨てたのに、また付き合うのか!? ふざけんな、俺の勝手にさせろよ…」
後半は力が無くなっていた。何でもかんでも自分勝手にできる奴が羨ましい。
こんなときも保身とか考えて、相手のこととか考えないで済むのだから。
「……」
しん、と響いた。
佐奈は言葉をなくした。
俺は黒い感情に身を任せて、それを佐奈にぶつけた。
「もう嫌なんだよ、自分に嘘つくのも…」
「…嘘?」
言葉が止まらない。
激情を抑えきれない。
「おまえを好きだよ、でも…それだけじゃ無理なんだよ。わかるか? 自分の事しか考えられないんだぞ? お前を上手く使いてえとか思ってるんだぞ!? こんな気持ちじゃ付き合いきれねえんだよ!!」
頬を涙が伝っていた。
なんで泣く? なんでだ?
俺は嫌なんだ、この関係が。
自分の気持ちが。
それなのに、
「大丈夫だよ…」
佐奈が一歩、俺に近づく。
「私は、大丈夫だよ…」
佐奈が一歩踏み出し、俺の首裏に手を這わせ、そして柔らかな膨らみに顔を押し付ける。
長い髪が顔にかかる。甘い香りが鼻腔をくすぐる。
「受け入れるから…」
きゅっ…と抱きしめる強さが増す。
「受け入れて…」
佐奈の細い肩は震えていなかった。耳には規則的な鼓動が届いてくる。
所在無さ気に垂れた両腕を、緩慢な動作で持ち上げる。
そして佐奈の細い体を、優しく、強く抱きしめる。
佐奈の体は細くて、それでも女の子特有のやーらかい感じで。
暖かい。
風は、止んでいた。
遠くでは授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響いていた。
結局サボった。単位、やばい。
「ユウ!!」
「ああ!?」
高架の下にいる。
トラックが通るたびにゴォォォォという音が響く。今日は交通量が多いのか、それともカミサマの嫌がらせか。
うるさくてボリューム上げないと、何言ってるのか分かりもしない。
周りは明るい。まだ午前十一時。学校は、サボった。
深夜と違って、お互いの顔がよく見える。
少し照れたような佐奈の笑顔が、俺の何かのスイッチを入れる。
「付き合って!!」
相変わらずトラックの音がうるさかった。でも、佐奈の少し高い声は耳をしっかり捉えた。
答えなんて、
「ああ!!」
決まってる。
順番間違えてる、というかえらく複雑だけど、こうして付き合い直すことにした。
人が変わるには、それなりの理由が必要らしい。
それなりの理由が何かは、誰にも分からないけど。
end
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2004/09/21(Tue)18:47:23 公開 /
蘇芳
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蘇芳さんにあります。無断転載は禁止です。
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■作者からのメッセージ
まずは今作に目を通して頂いたK氏に、感謝の意を表したく思います。
ありがとうございました。
少しばかり弱気になっていたところで、救われた気分です。心機一転、K氏を筆頭とした皆様、改めて宜しくお願い致します。
さて最後が消化不良気味であるかな、というのが作者の感想です。熟考してみたのですが、如何なものでしょうか。
目を通してくださった方は、一言でもいいので感想を入れてくれれば、作者が喜びます。
それでは、
加筆してみました。崩れたかな? とか思ったり。
とりあえず22日に届く『半分の月がのぼる空』が楽しみです。