- 『『くだんねー』 ≪短編≫』 作者:紅汰白 / 未分類 未分類
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原稿用紙約11.25枚
小さな公園のブランコの脇で、小さな少女が泣いていた。年は四歳か五歳くらい。両膝が擦り剥けていて、血が滲んでいた。
「くだんねー」
そう言いながら、少女と同じくらいの少年が近付いてきた。背は、少女より低い。
「何よぉ、痛いのぉ」
泣き顔でぐしゃぐしゃになった表情で睨むように少女は少年を見た。
「くだんねー」
「くだんなくないのぉ」
「……ほら、泣くなって」
そう言って差し伸べられた手を、少女は泣き顔のまま握り締めた。
「くだんねー……」
少年は照れたように頭の後ろをポリポリと掻いた。
「くだんなくないのぉ!」
* * * * *
夕日沈む学校のグランドの片隅で、少女が泣いている。年は小学校の低学年程。
「何泣いてんだ、くだんねー」
そう言いながら少年が近付いてきた。背は、少女よりもいくらか低い。
「だって、お父さんが約束破ったんだもん、休みの日に遊園地連れて行ってくれるって言ったんだもん!」
「それが、くだんねー」
「くだんなくない!」
「ほら、親父さん心配してっぞ、これ以上遅れたら、叱られるぞ」
そういって差し伸べられた手を、少女は握り締めた。
「怒られるのは、嫌だ!」
「そーそー」
周りの子ども達が色々と冷やかしたが、二人は気にした様子も無かった。
* * * * *
喪服を着た少女が、地べたに座り込んで泣いていた。年は小学校高学年ほど。髪は背中の中ほどにとどくくらい。
「泣くなって、くだんねー」
同じく喪服を着た、同じくらいの年の少年が歩いて近付いてきた。背は、少女より少し低い。
「くだんなくないもん、曾婆ちゃん死んじゃったんだよ!?」
「お前の曾婆、何歳?」
「たしか、百十とすこし」
「苦しんでた?」
「全然、眠るように死んだって」
「じゃあ、いいじゃん。お前の曾婆幸せだったじゃん。だか――」
「だから泣くなって、くだんねー、でしょ」
少年の言いたかったことを少女が先行して言った。少年は驚いたような表情になり、少女に手を差し伸べた。
「くだんねー」
「くだんねー」
少女はしっかりと少年の手を掴んだ。
* * * * *
「……くだんねー」
路地のようなところで、中学生くらいの少年が呟いた。照れくさそうに、頭の後ろを掻いている。
「くだんなくない!」
俯いたまま、恥ずかしげに同じくらいの、そして少年より少し背の低い少女が言った。少女はポツリと、さらに恥ずかしげに少女が付け加えた。
「……返事は?」
「……くだんねー」
二人なりの、サイン。
* * * * *
扉の前で、少女がしゃくり泣いていた。少女といってもあと少ししたら女性といってもさしあたり無いくらいだった。
「くだんねー」
いつの間に来たのか、少女と同じくらいの年の少年が呟いた。
「くだんなくないよ……」
「何も今生の別れじゃねーだろ。また逢えるって」
「そーかな」
「そーそー」
「じゃ、この涙はくだんねー、だね」
少女がくすりと笑った。
* * * * *
「やほ、おひさ!」
図書館の中で、女性が男性に挨拶をした。男性は怯んだように数秒黙ったが、その後、
「……くだんねー」
と言った。
* * * * *
「答えなさいよう……」
「……くだんねー」
そう言いながら、険悪なムードを一層引き立てるがごとく男性が煙草の煙を吐き出した。
「ちゃんと答えなさいよう……」
「くだんねー。何でそんなこと聞くんだよ」
「怪しいからよ」
「くだんねー。人を信じろ、お前は」
「くだんなくない、信じたいけど信じれない状況作ったあんたが悪い」
「そこが、くだんねー」
* * * * *
夜の街の中で、女性が泣いていた。その傍に、男性が立っている。
「何で泣くんだよ、お前。くだんねー」
「くだんなくないよ……。人生の中で、すっごい重要な言葉言ったの気づいてないの、あんたは」
「……別に、今までとたいしてかわらねーだろ、くだんねー」
「かなり違うよう」
「くだんねー」
「くだんなくない」
* * * * *
椅子の上に、純白のドレスを着た女性が座っていて、そして泣いていた。
「なんか悲しいのかよ」
「悲しくない」
「じゃ、何でないてんのお前、くだんねー」
「くだんなくない」
「じゃ、無くの止めろお前」
「いーやーだー」
男性は一回息を吐くと、笑顔でこう言った。
「くだんねー」
* * * * *
ベッドに女性が寝ていた。すこし、疲れたような表情を浮かべている。
「双子かよ」
そばに置いてある椅子に腰を下ろしながら男性が言った。
「うん」
「へー頑張ったな。偉い偉い」
「……なんかさあ、もっと言い方無いの?あんたは」
「くだんねー、言うよりましだろう」
「言ってるじゃない」
「で、名前は?」
「話し変えないで」
「名前、決めてないの?」
「くだんねー以外なら」
「アホか、自分の子供に『くだんねー』て言う名前つける親がどこにいるんだ、くだんねー」
「あ、やっぱ言った」
「くだんねー」
「二回目ー」
* * * * *
華やかな宴会が行われていた。一番前で、女性がスピーチをしていた。
「どーして泣いてんだ、お前は」
初老に差し掛かった男性が、同じくらいの年の女性にぶっきらぼうに聞いた。男性の目には、涙が浮かんでいる。同じく、女性にも。
「そういうそっちだって泣いてるじゃない」
「ばか、これは眠いからであって……」
「言い訳は、くだんねー、よ」
「はいはい、俺もお前も、くだんねー」
* * * * *
「じじー」
そういいながら、幼稚園児くらいの少年が老人に飛びついた。
「おじいちゃんに向かって『じじー』はないでしょう?」
嗜めるように、傍にいた老婆が言った。
「くだんねー」
少年がそう言って、
「ほら、あんたが『くだんねー』ばかり言うからこの子にも移っちゃったじゃない。駄目よ、くだんねーなんて言っちゃ」
「でも、いい意味なら使ってもいいぞ」
「どんな意味でなら?」
「その場の空気を変えたい時だよ」
老人がそう言って、少年は小首をかしげた。老婆が楽しげにくすくす笑った。
「くだんねー」
* * * * *
「くだんねー……」
棺の前で、老人が呟いた。彼の伴侶はこの前老衰で静かに死んだ。そして、たっての希望で海に灰をばら撒く海葬が決定してた。今は、灰にする前の待ち時間。
「ほんと、くだんねー……」
平均寿命は男性のほうが女性より短い。しかし、平均と言うことはそれより長生きする人間がいたり、短く生きたりする人間がいるわけで。
「くだんねーよ……」
これで周りで子供がわいわい騒げば、少しは気分が紛らわせただろうが、あいにく最近出生率は物凄く低い。
「何で死んだんだよ、くだんねー……」
寿命があると言うことは、死ぬことを前提としているわけで。
人は死からは逃げれないわけで。
そして、自分も死ぬわけで幼い頃からずっと一緒だった人も死ぬわけで。
死んだら、もう逢えないわけで。
自分は、死ぬわけで。それだけが救いな気がするわけで。
けど、自分が死ぬのは明日かもしれないし、何十年も後かもしれないわけで。
「くだんねー……」
今までなら、「くだんなくない」と返してくれた人間は、もういないわけで、幼い頃から傍にいてくれた人間はもうどこにもいないわけで……。
老人の声はむなしく火葬場に響いた。
* * * * *
くだんねー……くだらないの崩し言葉。
くだらない……〔連語〕《動詞「くだる」の未然形+打消しの助動詞「ない」》まじめに取り合うだけの価値がない。程度が低くてばからしい。くだらぬ。くだらん。
Yahoo!辞書・大辞泉より
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2004/09/19(Sun)16:23:19 公開 / 紅汰白
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■作者からのメッセージ
途中から言葉ばかりになってる気がする。
途中までは意外と爽やかなのに、終わりが急に鬱っぽいですね。
くだらない、は上記の意味ですが違う意味でも使うことがあるので。