- 『Battlefield』 作者:月明 光 / 未分類 未分類
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原稿用紙約24.6枚
「えぇ!? ……ほ、本気かサクラ……?」
「本気も何も、カップルなら行って当然でしょ?
付き合い始めて三カ月も経つのに、行ったことのない方が珍しいよ。
私の友達なんて、最初のデートが遊園地だったんだから」
サクラの口から、悪魔の様な言葉が発せられる。
「じ、実は……その……今、金欠なんだ……。
だから、また今度ってことで……な?」
「大丈夫! ダイスケがそう言うと思って、
二人分の入場券を手に入れておいたの!
どうしても足りなかったら、私が少しぐらい出してあげるから。
それとも……私と一緒じゃ……イヤ……?」
「い、いや……そういうワケじゃなくて……」
サクラが潤んだ瞳で見つめることは、俺から拒否権を奪うことに等しい。
しかし、遊園地デートは、俺にとって死を意味すると言っても過言ではない。
「ほ、他の場所はダメか……?」
「ショッピングやレストランは飽きちゃったもん。
それに、最近新しいジェットコースターができたんだって! 楽しみだなぁ〜……♪」
本当は、懐にはまだ少し余裕がある。
しかし、俺にはどうしても行きたくない理由があった。
カップルのデートの定番である遊園地。
様々な愛の発展が期待できる遊園地。
俺が大嫌いな遊園地。
そう、高所恐怖症の上、クラッカーで気絶するくらい心臓が弱い俺は、
ジェットコースターはもちろんのこと、観覧車やお化け屋敷といった、
カップルの定番とも言えるアトラクションが大の苦手なのだ。
「どーしても無理って言うなら、他の男を逆ナンして行っちゃうもん」
「そ、そんな〜……」
何も知らないサクラが、容赦ない言葉を浴びせる。
事情を説明するという案も浮かんだが、こんな事をサクラに知られてしまったら、
もう二度と口も聞いてくれなくなるだろう。
バイト先で心を奪われたその日から、数多くのライバルを蹴落として、
ようやく付き合うことが出来た、俺の初めての彼女、サクラ。
そんな掛け替えのない人を、こんな理由で失いたくない。
「わ……分かったよ! 行けばいいんだろ!」
「やったあ♪ 約束だよ!」
気が付けば、口が勝手に動いていた。
そして、いよいよ約束の日が訪れてしまった。
遊園地のゲートの前で、酔い止めを確認しながら、サクラを待っていた。
幸せそうなカップルが、何組もゲートを通りすぎていく。
サクラが望んでいるのは、きっとあんなカップルなのだろう。
きっとあいつらは、八階からの光景を平気で眺めることができて、
震度3の時にもパニックになったりしないのだろう。
俺には、恐らく不可能な話だ。
園内から、音楽に混じって歓声や悲鳴が聞こえる。
もう少しすれば自分もあの場所にいるのだと思うと、背筋が凍る。
逃げたいのに逃げられない。
まるで、蜘蛛の巣にかかった虫のように。
――無事に帰れるだろうか?
「ゴメ〜ン! 待った?」
サクラが、息を切らせながら走ってきた。
「いや……今来たところ」
三十分も遅刻してきたが、今日だけはその方がいい。
「あれ……サクラ……その服は?」
「あ、気付いた? 初めての遊園地デートだから、新しい服を買ってみたの♪」
驚かせたかったから、ダイスケに内緒で買ったんだけど……似合うかな?」
そう言いながら、サクラはその場で華麗に一回転した。
立派なプロポーションを、水色のノースリーブが強調する。
脚線美を魅せる為か、青いズボンはギリギリまで丈を短くしてある。
きめ細かいネイルアートを刻んだ足が、小さなサンダルに収まっている。
スポーティーなショートヘアが、遠心力で美しく靡いた。
「あ、ああ……凄く似合うよ」
こんなに可愛い姿を見せられると、これくらいしか言葉が出ない。
「よかった〜! ダイスケが気に入ってくれるか、ずっと不安だったんだよ!」
どうやらサクラは、俺とは対照的に、やる気満々のようだ。
「……さあ! 急がないと行列ができちゃうよ!」
サクラに手を引かれ、俺は「戦場」に足を踏み入れた。
こうして、サクラにとっての「デート」、俺にとっての「戦い」が始まった。
「で、早速ジェットコースターか……」
行列の中で、ため息を吐きながら、小さな声で呟いた。
「最近できたばかりだから、私もまだ乗ったこと無いんだ。
だから、ちょっと怖いけど……やっぱりワクワクする!」
「そ、そうか……」
サクラが、子供のように目を輝かせる。
「なあ、サクラ……」
「何?」
「俺とジェットコースター、どっちが大事だ?」
「えっ? う……う〜ん……」
行列が、確実に前へ進んでいく。
ようやく見えてきた入り口の看板には、
『心臓が弱い方、高所恐怖症の方、乗り物に弱い方はご遠慮下さい』
と書かれていた。殆ど俺に当てはまる。
「も、もちろんダイスケに決まってるじゃない!」
「遅い」
「大丈夫、ダイスケ? 顔色悪いよ……」
サクラが心配そうに問いかける。
「あ、ああ……大丈夫……最近、こういうのご無沙汰だったから……」
どうやら、俺は辛うじて生きているようだ。
だが、全身が鉛の様に重たい。今にも倒れてしまいそうだ。
その上、足がガクガクと震えていて、歩くのさえもままならない。
酔い止めのお陰で嘔吐は免れたが、やはり酔うのだけは避けられなかった。
車の中で無理して本を読んだ時と似た感覚がする。
酔い止めが無ければ、こんなものでは済まなかっただろう。
それでも、子供の様にはしゃぐサクラを見ているだけで、
元気になれそうな気がするのは、惚気た弱味の所為だろうか。
「じゃあ次は……あれに乗ろうよ」
「コーヒーカップ……か……」
良かった。あれならギリギリで大丈夫だ。
多分、あれとメリーゴーランドぐらいしか、俺が平気で乗れるものは無いだろう。
「よ〜し、思いっきり回すから、ダイスケも手伝ってね♪」
「え……ま、回す……?」
「ほら、真ん中のを回すと、カップ自体が回るじゃない」
「あ……そ、そうだったな。久しぶりだから忘れてた……」
――し、知らなかった……。
通常の動きに耐えるのに精一杯で、カップ自体が動くなんて考えたこともなかった。
――コーヒーカップも無理、か……。
「はう〜……目が回る〜……」
「お、おい、大丈夫かサクラ……?」
サクラが、フラフラと俺に寄り掛かる。
俺は、サクラを近くのベンチに座らせ、自分も隣に座った。
同時に、我慢していた目眩や脱力感が、一気に全身を襲った。
自分を中心に、世界が猛スピードで回っているような感覚がする。
「あ、ありがと……」
「まったく……いくら何でも回し過ぎだぞ。遠心力で吹っ飛ぶかと思っ……」
何の前触れもなく、サクラが肩を寄せ、俺の肩に身を預けた。
サクラの肌がピッタリと密着して、彼女の肌の温もりが伝わってきた。
「よ、よせよ……。恥ずかしいだろうが」
「だって、まだクラクラするんだもん……。だから、もうちょっとだけ……ね?」
サクラが潤んだ瞳で見つめることは、俺から拒否権を奪うことに等しい。
「ったく……ちょっとだけだぞ……」
「やったあ♪」
――こういうのも、悪くないかな……?
「じゃあ、次は急流滑りに行こうね♪」
「…………」
――前言撤回。
その後も、今までは冗談でも乗れなかったものに次々と乗せられた。
酔い止めも、あっという間に使い果たしてしまった。
それでも、俺が無事に立っていられるのは、サクラが隣にいてくれるからであろう。
どんな危機的な状況でも、サクラがいれば切り抜けられる。
サクラがいるから、こんな場所でも笑顔でいられる。
恋人というのは、本当に不思議なものだ。
「わ〜! 綺麗〜!」
日が沈み、遊園地がロマンチックにライトアップされる。
その光景に、サクラが感嘆の声を漏らした。
「遊園地の醍醐味といえば、幻想的なライトアップだよね〜♪」
「そ、そうだな……」
――だったら、もう何も乗らないでくれ……。
表には出していないが、俺の身体は様々な意味で限界に達していた。
「ねえ、ダイスケ……最後にあと一つだけ乗りたいんだけど、いいかな?」
「……ん? あ、ああ……いいよ」
――良かった、これで終わりだ……。
「……で、何に乗りたいんだ?」
「……あれ」
サクラの人差し指は、幻想的な光を放つ観覧車を指していた。
――終わるのは、俺の方……か……。
高所恐怖症の俺が、観覧車に乗るなど言語道断だ。
十分以上もあんな高い場所にいるなんて、とても耐えられない。
この疲労困憊の身体で乗るのであれば尚更だ。
いくらサクラの為とはいえ、俺にも限界がある。
ここは、上手く言い包めて……
「嬉しいな……ダイスケと一緒に観覧車に乗れるなんて……♪」
サクラが潤んだ瞳で見つめることは、俺から拒否権を奪うことに等しい。
分かっている。
夜の観覧車がカップルの登竜門であることぐらい、分かっている。
そして、もう逃げることなどできないことも。
俺は、意を決した。
サクラの為に、自分の為に、俺は己の限界に挑戦する。
サクラに手を引かれ、俺は観覧車に乗り込んだ。
地上が、少しずつ遠退いていく――
「わ〜! 見て、ダイスケ! 外、すっごく綺麗だよ!」
サクラが、まるで子供のように目を輝かせて、外の光景を眺める。
「そ、そうだな……」
――た、高い……。
それなりに覚悟はしていたがまさかこんなに高いとは……。
見下ろすだけで気を失ってしまいそうだ。
「今日は……楽しかったよ……」
俺の隣ではしゃいでいたサクラが、そう呟きながら俺に寄り添うように座った。
彼女の瞳は恍惚に満ちていて、『心ここに在らず』という言葉がよく似合う。
――あんなにはしゃいでいたサクラを、一発で手懐けるとは……。
「今日はゴメンね……」
サクラが、蚊の鳴くような声で唐突に囁く。
「……? 俺の所持金の事なら気にしなくてもいいぞ」
「そ、そうじゃなくて……」
「じゃあ、俺がおごったポップコーンを転んでぶちまけてしまったことか?」
「そ、それでもなくて……」
「それとも、ミラーハウスの中に俺を残して先にゴールしたことか?」
「そ、それもあるけど……その……苦手なんでしょ? こういう場所」
「!!!!!?」
「やっぱり……」
サクラの予想外の言葉に、俺は驚きを隠せなかった。
「な……なんで分かったんだ……?」
「無理して楽しんでいるフリをしていても、私には分かるよ。
ダイスケは巧く隠してたつもりだったかもしれないけど……」
「…………」
そ、そんな……お、終わりだ……。
サクラにだけは知られたくなかった。
こんなダサい欠点だけは知られたくなかった。
その為に今日一日必死に頑張ったのに、
隠し通せたと思ったのに……全て水の泡だ……。
「ありがとう……私の為に無理してくれたんだね……」
「え……?」
サクラの予想外の言葉に、俺は再び驚きを隠せなかった。
「ゴメンね、無理させちゃって。
本当は、もっと早く気付いてたんだけど、
ダイスケと一緒にいるのが楽しかったから……。
私って、本当に身勝手だよね……本当にゴメン!」
「…………」
サクラの言葉を最後に、辺りが沈黙する。
少しだけ戸惑ってから、、俺は頭を下げているサクラの頭を撫でた。
「サクラは悪くないよ。何にも言わなかった俺が悪かった。
俺……怖かったんだ。遊園地が苦手なんて知られたら、
サクラにフラれるんじゃないかって……」
「そんなワケないでしょ! 苦手なモノなんてあって当たり前だもん。
強い人っていうのは、苦手なモノにも立ち向かえる勇気がある人なんだよ。
私の為に我慢できるんだから、ダイスケは格好悪くなんて無いよ。
だから……もう嘘なんて吐かないで。
ダイスケに嘘吐かれるのが、私にとって一番辛いよ……」
サクラが、俺にギュッと抱きつく。
「そうだな……ゴメンな、サクラ……」
俺は、サクラの頭をそっと引き寄せ、唇を重ねた。
サクラの唇に触れると、不思議な感覚が身を包んだ。
華奢な体をそっと抱き締めると、仄かな香りが鼻を抜けた。
少しだけ、自分がいる場所を忘れることができた。
突然、観覧車の動きが止まり、ライトが消えた。
ライトアップで彩られた景色が一変、漆黒に染まった。
「え……ど、どうしたの……?」
「て……停電……かな……?」
夜目が利き始め、恐る恐る外を見ると、地上が遥か下に見えた。
――よりによって頂上かよ……。
ようやく事態を理解すると同時に、とてつもない恐怖が込み上げてきた。
こんな高い所に取り残され、平気でいられるワケがない。
平常心を失いかけたとき、サクラの声が聞こえた。
「ダイスケ……こ……怖いよ……」
「えっ……お、おい、サクラ……」
サクラが、俺を抱き締めていた腕に更に力を込めた。
彼女の腕が、痛いくらいに俺を締め付ける。
「わ、私……暗い所だけはダメなの……!」
涙声で訴えるサクラの体は、恐怖に震えていた。
そういえば、この前映画館に行ったときも、ずっと俺の腕を掴んでいた。
今日も、何故かお化け屋敷だけは近づきもしなかった。
――俺は、気付いてやれなかったのか……。
「こ……怖いよ……ダイスケ……!」
――俺は、どうすればいい?
この状況下で、俺に何ができる?
……いや、答えなんて分かっている。
俺は、遊園地が大の苦手だ。
でも、サクラはそんな俺を受け入れてくれた。
俺は、世界中の誰よりもサクラを愛している。
だから、俺はサクラを守らなければならない。
怖いのは、俺だけではないのだ。
俺は、サクラを優しく抱き締めた。
冷えた体を温めるかのように、優しく彼女の体を包んだ。
「ダイ……スケ……」
「大丈夫。俺が傍にいるから。ずっとこうしていてやるから。
何があっても、絶対に俺がサクラを守るから。
だから……泣くのだけは止めてくれないか。
サクラの泣き顔を見るのが、俺にとって一番辛いから……」
「う……うん……!」
怖いとか、そういった感覚は、いつの間にか除外されていた。
ただ、サクラを守りたい一心だった。
震えるサクラの体から、少しずつ恐怖が消えていくのが分かった。
ようやくライトが灯り始めた――――
「さっきはゴメンね、取り乱しちゃって。ダイスケに迷惑かけちゃったね……」
「気にするなって。彼女を守るのは彼氏の義務! 当然のことをしただけだ」
帰りの夜道。さっきのこともあって、サクラは、ずっと俺の手を握って離さない。
「……ところで、結局どうして止まっちゃったの?」
「さあ……何かの事故らしいけど、よく聞いてなかった。
まあ、別にいいじゃん。終わったことだし」
あの時、サクラは俺の腕の中で眠ってしまったのだ。
一日中ハイテンションだったから、疲れが溜まっていたのだろう。
観覧車が動き始めてもなかなか起きてくれなくて、
とうとうお姫様抱っこ状態で外に運び出す羽目になってしまった。
「あれはキツかったな……」
「ホントにゴメンね。恥ずかしい思いさせちゃって……」
「あ、いや……そっちじゃなくて……それもあるけど……」
「…………?」
サクラが怪訝そうな表情で俺を見つめる。
言うべきか否か迷ったが、今更後には引けない。
「……サクラの寝顔が……可愛かったから……」
「〜〜〜〜〜!!!」
サクラの顔が、見る見るうちに紅く染まった。
「○ק√☆!!! 〒仝〆$%!!!」
意味不明の言葉を叫びながら、サクラが空いている方の手で俺の肩をポカポカと叩く。
「何もしてないから! 本当に何もしてないから!」
誰かに変な誤解をされてはたまらないので、なんとかなだめようと試みる。
焦り過ぎた余り、自分も十分誤解を招くような言葉を口走っている事には気付かなかった。
「↑▽@◇Ω……本当?」
「ああ……本当だ……」
「…………」
サクラが叩くのを止め、同時に何も言わなくなった。
辺りを沈黙と静寂が支配した。
――やっぱ、言わなきゃよかった……。
サクラが必要以上に責任を感じないように気を遣っていたのが、完全に裏目に出てしまった。
そう思った時、サクラが唐突に口を開いた。
「ダイスケの体……暖かかった……。
ダイスケに抱かれたら……怖いのも忘れちゃった。
怖さ以上に、ダイスケに抱かれてると思ったらドキドキしちゃって……。
いつの間にか安心して、気が付いたら寝ちゃってた……」
サクラが、手を握る力を強める。
「今日は、ダイスケと遊園地でデートできて、本当によかったよ……」
「ああ……俺も」
そう言いながら、空いている方の手で、サクラの頭を愛撫した。
「……ねえ、またここに来ない?」
「……今度こそ俺に病院に担ぎ込まれろと?」
「そ、そうじゃなくて……どうしても乗れないのは、無理しなくてもいいから……ね?」
サクラが潤んだ瞳で見つめることは、俺から拒否権を奪うことに等しい。
「じゃあ……次のバイト代が入るまで待ってくれよ」
こうして、俺は再び戦場に足を踏み入れる。
だが、もう不安や迷いはない。
恋愛は、戦いなのだから。
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2004/09/18(Sat)12:29:17 公開 / 月明 光
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■作者からのメッセージ
二回目の投稿です。
未だに緊張が解けません(汗
ボコボコに批評されないことを祈ります。
この作品は、小説を書き始めたばかりの頃に書いたものを、一から書き直したものです。
あの頃と比べて、少しは成長したのかな……と、この作品を見ながら考えてます。
この作品を読んだ方は、どうか、遊園地が苦手な人を無理矢理誘うのは止めてください(切実