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『心の障壁 <2章>』 作者:はれるや  / 未分類 未分類
全角5128文字
容量10256 bytes
原稿用紙約17.15枚
俺は小学校3年生の夏休みに、海水浴へ行く途中通、交通事故で両親を亡くした。
対向車線からはみ出してきたトラックと正面衝突し、後部座席にいた俺だけは奇跡的に救助され、運転席にいた父と母は炎上する車に取り残された。
事故原因はトラック側の居眠り運転だったという。
事故を起こした運転手は亡くなり、事故に巻き込まれた父と母は、骨一つ残すことなく亡くなったという。
もちろん俺も無傷だったわけではなく、一週間程意識不明の重態だったらしい。
そんな最中、俺は奇妙な夢を見た。
光ひとつない真っ暗な世界の中、俺がただ一人たっていた。
怖くなって辺りを見回すと、父と母が暗闇のさらに奥へと歩いていくのが見えた。
俺もその後を追おうと走るのだが、どんなにがんばっても父と母との距離は縮まらなかった。
走りつかれた俺は両親の名前を叫んだ。
「おとうさーーーん! おかあさーーーん!」
距離のせいか父と母は一向に振り返らない。
「おとうさーーーん!! おかあさーーーん!!」
俺はあきらめることなくさらに叫んだ。
すると、とうとう父と母はこちらを振り返った。
「わたしたち・・・いかなくては・・・・」
それは父の声だった。
うまくは聞き取ることは出来なかったが、それは間違いなく父の声だった。
「小さな・・・・・いていく・・・たちを・・・・だったら・・・がない  わ、けれど・・・」
次に聞こえてきたのは母の声だった。
母は途中で言葉をとめると、言葉を続けた。
「・よ・・きて」
それが最後の一言だった。
そういうと母は、父と共に闇へ消えていった。
俺にはなぜだか、このとき母が泣いているのだとわかった。決して見えたわけではないけれど、俺はそう感じた。
それから後、俺がどうなったのかは覚えていない。
次に目を覚ましたときには、俺は病院のベッドの上にいた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

その日俺は、いつもと同じ朝を迎えていた。
目覚まし時計の電子音で目を覚まし、顔を洗って歯を磨き、着替えてから軽めの朝食をとり、家を出た。
この家から病院までの距離は大してない。歩いて5分から10分もすれば、もう着いてしまう。時刻は8時42分、8時50分までには着くだろう。
精神科は病院の数ある科の中でも、通勤時刻が最も遅い科である。
それゆえ、こんなに遅い時間に通勤しても問題は無い。
ほかの科である準備や患者のカルテは、病院側で用意してくれるためこちらは非常に楽だ。けれど、その分仕事には技術力が必要になってくるのだが・・・

俺は道行く人々を通りすぎながら歩くと、一人の女性が目に入った。
「あっ・・・」
向こうも気づいたのか、こちらに向かって歩いてくる。
俺も少しだけ前に足を進めることにした。
「おはようございます。」
「おはようございます。いつも主人がお世話になっております。」
俺の目の前にいる女性
東 恵子 (あずま けいこ)は、深々とお辞儀をする。
彼女は近所に住んでいるため、偶然出くわしたのだろう。
「いえ、旦那さんとは科が違います。そういうのは正悟(しょうご)にいっ てください。」
「・・・そうですか。けれど、うちの主人が先生にも迷惑をかけていないも のかと心配だったもので・・・」
「私ならそういうのには慣れていますから、大丈夫ですよ。それよ   
 り・・・」
俺は彼女の手の甲に目をやる。
よっぽど注意しなければわからないが、彼女の手の甲には小さな火傷があった。
「まだ暴力を振るっているんですか。健二(けんじ)は・・・」
「・・・・・・」
彼女はうつむき、黙り込んだ。沈黙は肯定ととるべきだろう。
彼女は、俺と同じ病院で働いている健二という男を亭主に持っており、彼の家庭内暴力に悩まされてい、一時期俺の患者としてカウンセリングを受けたことがある。
当時はひどい有様で、彼女の頭髪は所々抜け落ちていたり、顔には無数の痣があったりもしていた。あの頃の彼女ぐらい、精神的に極限にまで追い詰められてしまうと、心が空っぽで<あの声>を聞くことが出来ないため、彼女のカウンセリングは何回も行われた。
「恵子さん、私はかつての担当医として言わしてもらいますけど、いい加減 離婚したらどうです?」
「・・・はい。」
「なんでしたら裁判でも起こせばいい。非はあちらにあるんです、慰謝料だ ってとろうと思えば取れるんですよ?」
「・・・はい」
「あなたがそこまで我慢する必要があるとは思いません。そろそろ事を起こ してはどうでしょう?」
「そうですね・・・先生、こんなところでまでありがとうございます。」
彼女は再び一礼をする。
「礼なんてとんでもありません。結局どうするかはあなた次第ですし、私は あなたにいくつかの選択肢を教えてあげているのに過ぎません。」
「・・・そうですね。結局はわたし次第、ですもんね。」
「えぇ、それから病院外では先生はよしましょう。
 私には黒沢 智明(くろさわ ともあき)という名前があるんですか  
 ら。」
俺がそう言うと、彼女が少し微笑んだ。
「フフフフ・・・だって先生ってどこであっても先生みたいなんですもの。
 じゃあ、私もう行きますね。お元気で先生。」
そういうと彼女は人ごみへと消えていき、俺は静かにそれを見送った。
「なんだかなぁ・・・」
後に残された俺はそう呟くと、再び歩き始めた。
このときはまだ気づきもしなかったが、俺が彼女と言葉を交わすのはこれが最後となる。なぜならこの数日後彼女は・・・



「・・・そうかな? そんなもんかな?」
俺の目の前に座っている、この妙になれなれしい青年は、拍子抜けしたように俺に何回も聞き返してきた。
「まず話すことから入るべきなんじゃないかな? いくら家族といっても、 お互いの考えていることだわかるって言うわけではありません。まず自  分どうしたいのか親に話すべきなのでは? でなければ、あなた自身の気 持ちがうやむやになってしまいますよ。」
「・・・とりあえず相談しろってことでいいんですか?」
「出来るんならば、そうしたほうがいいかもしれませんね。
 話してみれば、自分が思ってみたほど反対されなかった、ってよく聞きま すから。」
「そうかぁ・・・そんなもんか。」
「まぁ、あくまで参考程度に考えてください。」
「わかりました。それじゃあ、ありがとうございました。」
「はい、それではがんばってください。」
俺は席を立つと、部屋を去ってゆく青年を見送った。
今日の患者は計6人。さっきの青年が最後だ。
「ふぅーーーー・・・」
俺は一人部屋でため息をつく。
時間は午後4時38分、いつもより早くに終わった。
今日は早く帰ろうと思い、部屋に流れる音楽をとめ、電気を消して俺はさっさと部屋を後にした。
カウンセリング室を出て、少しばかり廊下を歩いたところで、俺の後ろから声がかかった。
「おーーーい、黒澤!」
振り返ると、病院内で俺と親しい友人 島崎 正悟(しまさき しょうご)
がこちらに向かって走ってきた。この男は思ったことはいい意味でも悪い意味でも口にするため、俺にとっては<あの声>を聞かずにすむ、珍しい友人だ。
「今日は早いけど、もう帰るのか?」
「あぁ、今日ははいつもより早く終わったんでな。それよりなにか用がある のか?呼び止めたりして。」
「いや・・・ようって程ではないんだけど、今度また飲みでも行かないかと 思ってな。」
「そうだな、じゃあ機会があったらまた・・・」
「お前たち、なにをしている!」
不意に声がかかった。
俺は声のかかったほうへ振り返る、この嫌味ったらしい話し方をする男と言えば、ただ一人しかいない。
今朝会った、東 恵子の夫である男 東健二だ。
この男こそが、彼女に日々暴力を振るう最低男である。
「うわっ、先輩!?」
正悟が驚いたように声を上げる。
健二は外科医で、正悟は健二の後輩ということになる。さすがの正悟もこの男だけは苦手らしく、すぐ小さくなってしまう。実際のところ、この男が苦手なのは正悟だけではなく、この病院の人間の大多数は、この男が嫌っている。
自分の失敗は裏で処理するくせに、他人の失敗だけはつるし上げるし、平気で部下の論文を奪ったりする、まるで漫画やアニメにでも出てきそうな最低人間だ。
元は都会のほうのお偉いさんだったらしいが、何の事情でこんな田舎の病院にやってきたんだか・・・
「正悟先生、あなたには仕事を頼んでおいたはずですけど、こんなところで 何をしているんだ?」
「・・・・・・」
口達者な正悟ですらこの男へは口答えできない。
「ほかの科の人間と話しているだけの余裕があるんでしたら、頼まれた仕事 の一つや二つ、片付けてもらえたんですか?」
「いえ・・・その、まだです。」
「まだ? だったら早く片付けたらどうです、話など別にいつでも出来るで しょう。」
「・・・・・・」
正悟はただ黙っている。
まるで、この嵐が過ぎ去るのを待っているかのようだ。
「それから智明先生。」
内心俺はゲッと思った。
やれやれ、今度は俺の番か・・・
「あなたはうちとは科が違いますよね。そちらが早く終わったのはわかりま すけど、我々にはまだ仕事が残っているんです。仕事の邪魔はしないでい ただけますか? ほかの方の通行の邪魔になりますし。」
「呼び止めたのは俺・・・」
正悟が弁護に回ってくれたが、健二は聞く耳もたず。
「では、私にはまだ仕事が残っているので・・・」
そういうと、健二は足早に去っていった。
言いたいことだけ言って去っていく、まるで嵐のようなやつだ。
あいつの心の中はいつでも他人へのねたみや嫉妬、自分への圧倒的な自信やらでぐちゃぐちゃしているため、俺には近寄らなくてもあいつの<声>がきこえる。先ほども、口で言った事とほぼ同じ内容の<声>がきこえていた。
「何様だよあいつ。いつもでかい口ばっか聞くけどよ。威張る、短気、自己 中、これだけそろったら嫌な人間の三冠王だね。」
「やめておけ正悟、陰口じゃあなんの解決にもならない。それに、やつの言 い分にも一理ある。」
「・・・たく、おまえっていつもそうだよな。まぁ、わるかったな。巻き込 んじまったみたいで・・・」
「・・・この分は高くつくぞ。」
「マジかよ?」
「さぁてね。それよりそろそろ行った方がいいんじゃないか。また、あいつ が来たらさっき見たいのじゃあ済まないぞ。」
「そうだな、じゃあな。」
そう言うと正悟は小走りで去っていった。俺はそんな正悟を見送り、また歩きはじめた。
さて、俺はどうしようかな・・・

すぐに帰ろうと思っていた俺だったが、その足は病院内にある、小さな中庭へと向いていた。
この中庭は、芝生や植木などきれいに手入れがされており、基本的に午前中は障害者たちのリハビリに使われ、午後は調子の良くなった子供たちが遊ぶのに使われている。現に、俺の目の前でも何人かの子供達がグループになってボール遊びをしている。
「ふぅぅぅーーーー・・・」
俺は今日で何度目かになるため息をつき、中庭の中央にあるベンチに腰掛けた。                                一見するとこののどかな光景の中にも、人々の見えない負の感情が入り乱れている。それはちょっとでも俺が油断しようものなら、俺の頭の中には俺の頭の隅々まで響くき、思わず俺は頭を抱える。
「だいじょうぶ?」
「!?」
顔を上げると、そこには9〜11歳くらいの少女が、心配そうな顔をしながらこちらを見ていた。おそらく中庭で遊んでいた子供達の一人だろう。ボールを抱えているところから察するに、ボールを拾いにでもきたのだろうか。
しかし、いつからいたのだろう?俺はまったく気づかなかった。
やれやれ、昨日といい今といい最近の俺はどうかしている・・・
「だいじょうぶ?」
少女は再び聞いてきた。
「あぁ・・・大丈夫だよ。」
俺は短くそう答えると立ち上がり、この場を去ることにした。
こんな少女に気を遣わすのも、大人として情けない話しだし、俺自身まだ頭がズキズキしているからだ。
「それじゃあ、ありがとうな。」
俺は少女に背を向けあるきはじめた。
少女はしばし無言だったが、俺が4・5歩すすんだそのとき・・・
「お兄さんには聞こえるんでしょう? いろんな声が。」
「・・・え?」
俺は立ち止まった。
今、少女はなんと言ったのだろうか? あまりにも自然すぎるその一言で、俺の心をひどく動揺していた。
俺がゆっくりと振り返ると、少女はあどけない笑顔で俺を迎えた。


それがきっかけだった。

<つづく>














2004/09/16(Thu)14:33:48 公開 / はれるや 
■この作品の著作権ははれるや さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
久々の更新です!
ずいぶんと書くのが遅かったので、忘れてしまった方も、知らない方も多いと思いますが、今後ともよろしくお願いします。
感想・誤字脱字がございましたら教えてください。
また、以前行間の使い方に対するご意見が多かったので注意はしましたが、どうでしょうか?
文章力もまだないかもしれませんが、長い目で見てやってください(笑)。
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