- 『杉の木の下 壱』 作者:夏季 / 未分類 未分類
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全角3222文字
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昔、太平洋の真ん中に『参』という国があった。
その国は平和だった。
子供たちは朝から晩まで元気に遊んでいた。
大人もどんなに辛い仕事をやっていても笑顔が絶えることはなかった。
――この話は『参』の国に住んでいる一人の少年の話だ。
「けーんちゃーん!学校、遅刻すんでぇ!!」
ある一軒の家の前で一人の少年が叫んでいる。すると、その家からまた一人の少年が鞄とバットを持って出てきた。
「けんちゃん、遅いって。走んで」
「ごめんて。寝坊してん、ごめんな」
この、『けんちゃん』と呼ばれている少年がこの話の主人公だ。
田山健二。14歳の野球少年だ。
健二と一緒に走っているのが、河原剛史。健二と同じ野球少年だ。
「また、先生に怒られるやんか」
剛史は鞄を背負いなおしながら言った。
「遅刻かどうかは分からんやん、着いてみんとさ。たけちゃん心配性やな〜」
健二は素振りをしながら走っている。剛史は誤って殴られないように少し間を空けて走っている。
しかし二人とも野球をやってるだけあって走るのは速い。もう学校にある大きな杉の木が見えてきた。杉の木はこの国にはあの学校にしかない。
「ほら!間に合ったやん。もう大丈夫やって」
健二が剛史に笑顔を向けて言った。
「分からんで。教室着くまで安心は出来んよ。甘くみてたら痛い目みるで」
二人はスピードを上げた。校門に入り、校庭を駆け抜けて杉の木の隣を通って校舎に入った。校舎は一階建ての木造で教室は全部で七つある。一つは職員室で、組は第六組まである。健二たちの教室は奥から二つ目の第五組だ。
二人は長い廊下を早歩きで歩いていった。壁には『廊下、走るな』の張り紙が風に揺らめいている。
第四組の前にきてもう大丈夫だと思い、二人はスピードを落とした。健二が第五組の扉を開けて二人で教室に飛び込んだ。
「「先生!おはようさんです!」」二人同時に挨拶をすると、担任の池田先生は少し驚いた顔をみせた。それから少しだけ笑って言った。
「あぁ、おはようさん。今日は遅刻なし!うん、よし」
二人は自分の席にドサッと座った。疲労と暑さが二人を襲った。
健二は目を閉じた。先生の声に生徒たちの小さな話し声、風の吹く音や剛史の寝息に耳をすましていると、だんだん眠くなってきた。そして健二は眠りについた。
「いぁぁたい!痛い!!」
耳がジンジンする。健二が目を覚ますと池田先生が目の前に立っていた。
「お前、今先生が言っとった事聞いとったか?」
健二の左耳をつまんで池田先生が言った。
「え?あ、すんません」
寝ぼけた声で健二が言った。
「せっかく今日は遅刻しなかったのに、これで帳消しやな」
先生はパッと手を離して教卓へ向かっていった。
「ええ!?そんなん言ったら剛史やって!」
剛史を指差しながら健二は抗議した。
「ん?河原がどうかしたんか?」
池田先生の言葉にハッと剛史を見ると、剛史はちゃんと起きていてえんぴつまで持っているしまつだ。剛史は健二をチラチラと見ている。どうやら笑うのを必死に堪えているようだ。剛史は面白い事があったり、笑いを堪えるときはいつも目をキョロキョロさせる。
剛史のちゃっかりさに関心しつつ、健二は赤くなって、苦笑いをうかべた。
その頃、『参』の国では天皇が変わり、健二たちの生活もどんどん変わっていった。『参』の国も日本やアメリカと同様に戦争をするようになり、工場がたくさん建つようになって、大人たちの顔から笑顔は消え、健二たちの遊び場だった空き地も次々と消えていった。しかし、それでも健二たちは残された数少ない空き地でよく遊んでいた。
――カキーン――
「そっち!!ボール行ったで!ライト取れー!!」
健二が叫んだ。
「あかん、ホームランや」
剛史が頭をかかえた。
応援席から隣町の歓声があふれた。健二たちは、隣町の野球チームと試合をやっていた。夏の公式試合でもあるので、応援客もたくさん来ていた。
「うわぁ、7対3やなんて!」
「もう、九回表やで!もう次しかあらへん」
「とにかく、もうこれ以上点取られたらあかんな。ここで止めとかんと」
健二たちの野球仲間の、近所で有名な「竹内さん家の三坊主」こと、竹内 勝夫・秀治・信洋の三つ子が口々に言った。
「せやな。もうこれ以上は取らせへん。2アウトやしな。そんで九回裏で俺らがまた逆転しな負けや」健二が剛史を見ながら言った。
「絶対、負けへん!!」剛史が言った。
「次はホームラン狙いでいくで。まかしたで、4番バッター」健二が剛史の肩を叩いて言った。
「うん、わかった」剛史は力強く頷いた。
ゲームが始まった。相手のバッターは7番。初球、打ち上げたがショートの剛史が受け取って3アウト。健二たちの攻撃が始まった。最初のバッターは8、9番バッターだったが二人ともアウトで一気にピンチになってしまった。しかし、1、2、3番と竹内三坊主はうまくプレッシャーを跳ね除け、満塁になった。1番バッターの時はアウトになりそうだったが、相手のミスでセーフになった。そして、4番の剛史がバッターボックスに入った。応援席では剛史コールが充満していた。
「絶対、打つから」
剛史はバッターボックスで密かに観客に答えた。
しかし、相手のピッチャーも用心深く冷静で、驚いたことに一気にストライクを2回続けて入れてきた。もう、後が無い。
「くそっ!」
剛史は唇を噛んだ。
「たけちゃーん!!おもっきし打ったれー!!これで打ったらヒーローやでえっ!」
健二は喉が枯れるほど叫んだ。
剛史はバットを強く握り、相手のピッチャーを睨んだ。相手のピッチャーは薄く笑い、最後の一球を投げた。しかし、もう勝っただろうという安心感があったのか、相手のピッチャーの投げた最後の球は少し甘かった。剛史はそれを見逃さなかった。
――カキーン――
剛史は力いっぱいバットを振った。応援席からは歓声が響いた。
「ホームランや!!」誰かが叫んだ。
剛史はバットを放り出し、笑顔で片手をあげながら1塁へ向かって走り出した。逆転サヨナラホームランだ。
「やったー!!あいつ、ホンマに打ちよった!うそやー、ありえへん!!やったー!!」
健二はチームメイトと抱き合って跳ねながら喜び合った。
剛史と竹内三坊主は帰ってくるなりチームメイトに担ぎ上げられた。
「たけちゃん、やったなぁ!!」健二は剛史の背中をバシバシ叩いた。剛史は笑いながら「痛い」などと言っている。正直、嬉しそうだ。
「こらーーーーー!!!」
この興奮は収まりそうになかったが、一人の男によってそれは阻止された。皆、怒鳴り声のした方へ反射的に顔を向けた。
「ここで野球をしていいと誰が言った! 昼間からギャアギャア騒ぎよって、耳障りもいいとこだ!」男はこっちへズカズカとやって来て、全員を睨んだ。
「何やねん! 仕事で疲れてるからって子供にあたんなや!!」気分を害された剛史が男を睨んで言った。
「ホンマや! だいたいここで野球しようが何しようが、おっちゃんには関係あらへんやないか! 別におっちゃんの土地やってわけやないやろ」
竹内三坊主の一人の信洋が剛史の後を追って言った。
「餓鬼がナマイキ言ってんじゃねえ!!」
男はいきなり、剛史と信洋に殴りかかった。何人かが悲鳴をあげ、二人は殴られた所を抑えて蹲った。健二はビックリして男を見た。そして直ぐに剛史の側に駆け寄った。
「たけちゃん! 大丈夫か?」
剛史は腹を抑えて苦しんでいる。鳩尾には入らなかったようだが、大人に殴られたんじゃ何処を殴られても14歳の体には相当のダメージが残るだろう。
「うっ…」
剛史が苦しそうにうめいた。健二は剛史の背中をさすってやりながら、去って行こうとする男を見つけた。
「前はあんなん、死んでもせんかったのにな。大人は大分変わってもうたな…」
健二は男の後姿を眺めながら悪寒が体中を走るのを感じた。その悪寒はこの国の危機だったのかもしれない。
壱 終わり
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2004/09/01(Wed)01:30:05 公開 / 夏季
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■作者からのメッセージ
始めまして。夏季といいます。
ここまで読んで下さった方、ありがとうございます。楽しんで頂けたら嬉しいです。
素人なので、文中に変な所とかありましたら遠慮なく言ってください。
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