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『月と地球の狭間で』 作者:ずっぽぱ / 未分類 未分類
全角3033.5文字
容量6067 bytes
原稿用紙約9.05枚
月光歴百十三年。人間が、動物が、植物が、地球と言う母星を離れ、月に移り住んでもう百十三年も経つ。長いのか、短いのか、たった十六年しか生きていない俺には分からないけど、一つ言える事は、「地球に生きたい」これだけは言える。誰にも負けない気持ち。だから、俺はいつも、窓から地球を眺める。かつて青い星と呼ばれたその星は、いまや闇に包まれ、黒く、光っている。

「おい、クロ!いつまでもぼーっとしてるんじゃねぇぞ!」
怒鳴り声が聞こえる。聞き覚えのある声だ。誰だったかな?
考えがまとまらないうちに頭に強い衝撃が走った。―――――殴られた。そして声の主が誰であるのかが閃いた。
「銀先生。何で殴るんですか」
銀先生は、もう何歳になるのか、髪には少し白髪が見える。しかし、まだまだ現役とでも言うように(実際に言ってるが)体の動きなどは若者に勝るところもある。実際、俺も勝った事がない。 
「全く久しぶりに稽古つけてやってんのにこれだもんなぁ。おまえから頼んできたんだろうが、稽古つけてくれって」
ああ、そういえばそうだ。憶えてる、かすかに。昨日先生の部屋に行って頼んだっけか。最近よく忘れる事がある。
「あ、すいません。先生」
「才能を潰さないでくれよ。おまえには強くなってもらわなきゃ困るんだからな」
その言葉の後に、先生の顔には「しまった」という感じの焦ったような感じがあった。聞かないほうがいいかとも思ったが、好奇心がその思いを打ち消した。
「困るって、なにか大会とかあるんですか?そういう話は全然聞きませんけど」
何か、隠し事をしていると、直感的に感じた。しかし、何を?銀先生は小学校に入ったばかりの頃からの付き合いだ、気持ちを読む―――というと大袈裟な気もするが、そういうのは結構できる。もともと先生も、隠し事が出来ないタイプだ。去年も、内緒で誕生日パーティの計画を立てているのを見破ってしまった。という事実がある。今回も同じように先生の態度に違和感を感じたのだ。
「いや、これといって何か特別なことをするわけではないが、強くなるにこしたことはないだろう。護身にもなるしな」
先生の言葉はもっともだが、なにか、やはり隠している気がしてならない。しかし「何を隠しているんですか」と聞く訳にはいかない。むしろ、聞く理由がないし。と自分でつっこんでしまった。なにやらバカらしくなってきた。
「ほら、ぼーっとしてると必殺コンボをお見舞いするぞ」
クロはその言葉に、珍しくすばやく反応し、稽古を再開した。


「疲れた」
この一言を言うだけでも、疲労が溜まっていくのをひしひしと感じていた。稽古を終えて、部屋に戻った俺はそのままベッドに倒れこんだ。端から見ると、まるで死体が倒れたように見えただろう、と自分で思った。我ながら情けない。一日の稽古でここまで体力を消耗するとは。こんな事なら筋トレでも毎日やっておけば良かったと、今更ながら反省した。
そしてふと目を閉じると、そのまま眠りに落ちてしまった。

暑い。いや、熱いのか。ふと目を覚ました。
「これは…夢か?」
もし夢の中なら、夢かどうか不思議がることはありえない。とクロは思った。
「じゃあ、現実か?本当にこんな事が…」
思ったことがどんどん口から出てきてしまう。滅多な事考えられないぞ。と一瞬笑ってしまった。その笑顔は一瞬で消え、クロはとりあえず部屋の外へ出た。
一面の―――――火の海。ゴウゴウと燃え上がり、恐らくヒトのものと思われる腕や足が火の中から力なくはみ出している。――――家族は?そのことにやっと考えが回ったクロは、火の小さいところを縫うように進んでいった。家族の部屋はすぐ近くのはずなのに、やけに長く感じられた。
やっとのことで家族の部屋に着いた。それだけで随分と体力を消費した。
「やっぱり筋トレしとけば良かったぜ。くそっ」
クロはドアを蹴破り、部屋の中へ飛び込むように入った。
「父さん!母さん!」
叫んでクロは動きを止めた。いや止まってしまった、という方が正しいだろう。
目の前にいるのは紛れもなく、自分の父と母だ。床に座っていた。変わり果てた姿で。紛れもなく。自分の、父と、母が、床に座って、変わり果てた姿で、父と、母が……
クロは自分が混乱していると気が付いた。しかしどうしようもないものを見てしまったのだ。変わり果てた父と母と、もう一つ。返り血を浴びた、銀先生を。


ふっと気が付くと、クロはベッドで寝ていた。
「何だ…夢だったのか。良かった」
クロの目には涙がにじんでいた。暑かったのはきっと悪夢を見て汗をかいたせいだ。
今何時だろう。とクロは時計を見るため横を向いて、愕然とした。人が立っていた。それ自体は別段問題はない。問題なのは、その人物と、所持品である。
「銀先生……」
その手には、恐らく血であろう赤いシミのついた手袋をつけていた。


「クロ…いいか、よく聞け。15ページのDの4だ」
それだけ言って、先生は窓から外に出て行った。一体何があったんだろうか。理解するのに時間がかかった。その時、3人ほどの警備員らしき人が部屋に入って来た。
「えーと、クロさんですね?ここにシルバー・ロイが来ませんでしたか?」
「シルバー・ロイ?」
聞いたことの無い名前にとりあえず「いいえ」と答えた。警備員はトランシーバーのようなもので仲間と連絡をとっているようだった。「いえ、こちらには来て無い様で…」と言っているのが聞こえた。警備員はこちらに向き直ると、「では、何かあったら教えてください」と言って帰っていった。
「ふう」
クロはため息をついてベッドに横になった。「15ページのDの4」を明日探そうともう寝る事にした。真夜中の2時であった。

次の日、クロは自分の持っている教科書やら資料集やらを引っ張り出してきた。
「きっと場所を示してるんだから…社会のとか見てみるか」
と、つい独り言を言ってしまう自分に笑ってしまった。その時ドアをノックする音がした。この部屋らしい。
「全く。これからって時に…」
クロはせっかくの来訪者に対して愚痴を言った。ドアを開けながら「はーい」といくらか無愛想な声と顔で言った。
「おはようっ、って言ってももう9時だけどね」
クロは驚きのあまり一瞬息が出来なくなった。――――渡季冬月(ときふゆつき)!!なぜ彼女がここに来るんだ!?渡季冬月と言えば学校で知らない人はいないと噂される文武両道の美少女――――これも噂だが――――しかし一体なんでまた?クロがあれこれ思案しているうちに冬月はズカズカと部屋に上がりこんだ。
「きったない部屋ね。教科書がばらまいてあるわ」
「なっ。これはちょっと調べ物をしようと思ってただけだ」
クロは思わず言い返した。冬月は「はいはい」と軽くあしらってから真顔に戻り真っ直ぐこっちを見た。クロは一瞬ドキッとしたが―――んなわけないか―――と、よぎった思いを打ち消した。しかしクロはまたドキッとすることになる。渡季冬月のこの一言で。
「15ページのDの4。行きましょう。そこへ行けば全てがわかるわ」
クロはまたしても一瞬息が出来なくなった。しかし次の一言で元に戻った。
「ま、理解できるかは別だけどね」
「早い方がいいわね。今日の午後、お昼食べたら私の部屋に来なさい。じゃあね」
ぺらぺらと喋りすたすたと帰っていった。たった5分ほどの事だったがやけに長く感じられた。クロは「理解できない…」とマジで思っていた。
2004/09/03(Fri)23:18:34 公開 / ずっぽぱ
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